1: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/07/01(日)22:03:26 ID:thK
・四部構成の第一部

引用元: 南条光「深海2000m」 



31: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/07/01(日)22:22:21 ID:thK
 だが。

 彼が躊躇している間に、光は答えた。

 答えてしまった。彼の望む答えを。

『わかった。100連勝して、最強のヒーローになってやる』


32: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/07/01(日)22:22:46 ID:thK
 アタシはLIVEバトルの会場で、また、初めて対戦相手を見た。
 麗奈。小関麗奈。世界征服を目論む、悪の帝王。
 そういうふれこみで売り出された、アタシとおなじような子。

 麗奈は、テレビで初めてみたときみたいに、不敵に笑っている。
 笑顔は好きだ。みんな笑顔のまま、アタシだけここからいなくなってしまえばいいのに。

 麗奈と2人でステージに上がる。

「アンタさあ」

 司会が話し出す前に、麗奈が言った。このライブハウス全体に響くような、声。

「99連勝でアタシとぶつかるなんて、ほんっとにツいてないわね!」

 挑発。こんなことは、はじめてだ。心が、ざわつく。

「アンタのおかげで、アタシの名前はアイドル界中に響き渡るわ!
 “あの”南条光を倒したアイドルだってさ!!」

 負けてあげようか。そんな言葉が思わず口から出そうになる。
 麗奈はとても元気だ。こどもは元気なほうがいい。

33: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/07/01(日)22:23:17 ID:thK
先攻後攻。ジャンケンをする。
 アタシはすこし驚いた。麗奈はズルをした。
 
 わざと後出しをして負けた。
 顔を上げて、麗奈の方を見る。不敵に笑っている。

 後攻は、先攻の動きを見ることになる。ここで、先攻の相手のパフォーマンスがうまくいっても、失敗してもプレッシャーがかかる。
 
 “本当に勝てるのかな” “おなじような失敗をしたらやだな”

 だから普通、みんなは先攻になりたがる。でもみんなを先攻にはできないから、ジャンケンをしてる。
 でも、麗奈は自分で後攻を選んだ。いままで、こんなヤツは知らない。
 まあどうせ……アタシが勝つけどな。

34: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/07/01(日)22:23:37 ID:thK
 ステージ。アタシが1人だけになる。曲がはじまる。
 身体はいつもどおりに動く。テンポは前ほど速くない。余裕だ。

 身体だけが、気持ちよく動く。楽しくない。
 アタシは深く潜り過ぎた。誰もここへはやってこない。
 
 どうせ最後だ。アタシはアドリブを入れて、動きをさらに激しくする。
 観客席から、耳障りな音が聞こえる。深い、不快が喉の奥からこみ上げる。

 構成を無視して、麗奈の方を見た。
 ヤツはまだ不敵に笑って、隣にいる女性になにか耳打ちをしている。

35: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/07/01(日)22:23:55 ID:thK

 笑ってやがる。アタシはこんなに苦しいのに。
 アタシがこんなに苦しんでるのに!!

 みんなが笑っている。
 みんなアタシのことを見向きもしないで、ばかみたいに笑ってる。

 もういやだ、もういやだ……もう、うんざりだ!!!

 パフォーマンスが終わったとき。
 アタシのほおが、ギリリギリリと、横にゆがんで開いた。

「みんなぁ! 声援ありがとな!!」

 口が滑って、ステージから降りる。

36: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/07/01(日)22:24:26 ID:thK
 入れ違いになって、麗奈が首をコキコキと鳴らしながらステージに上がる。

 アタシが席につくより前に、麗奈が叫んだ。

「愚民どもぉっ!
 しょっぱいパフォーマンスの時間は終わりよ!!」
 
 思わず振り返った。ハウス全体が、わずかに震えた。
 麗奈はマイクを使っていない。

 あんな小さな身体から、どうしてこんな声量がでるんだ?

「はじめなさぁいっ!!」

 アタシがぼうっとしている間に、曲が始まる。
 観客がざわつき始める。多分みんなの頭も、麗奈の声でいっぱいになっている。
 
 おなじ曲なのに、麗奈の構成はアタシとちがう。
 それどころかめちゃくちゃにアドリブを入れて、構成をすぐに変えて、立て直している。

37: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/07/01(日)22:24:49 ID:thK
 アドリブのほとんどは、観客への罵声だ。

「愚民どもぉっ!! もっと盛り上げなさいっ!!」

「そこ!! スマホ越しにアタシを見てんじゃないわよ!!!」

「ブーイングするなぁぁぁっ!! 」
 麗奈は観客に一切媚びない。観客を顧みない。
 気づけば、あっという間にパフォーマンスが終わっていた。

「アンタ達まあまあね! 次からはもっと頑張りなさい!!」

 麗奈が、吐き捨てるように言う。礼もしないで席にどっかりと腰をかける。
 アイドルとは思えないふてぶてしさだ。

 観客は静まりかえっている。嵐が通ったあとみたいだ。
 アタシのパフォーマンスのことなんて、多分誰もおぼえてない。

 自分の席に戻ると、Pがタオルを握りしめたまま呆然としていた。
 観客と同じような顔をしている。

38: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/07/01(日)22:25:12 ID:thK
「P、タオルをくれ!」

 アタシが声をかけると、Pさんは慌ててタオルをくれた。
 身体中、汗びっしょりだ。

 しばらくして、麗奈とステージに上がる。
 観客席からのブーイングも上がる。

「黙りなさい!!!」

 麗奈が一喝すると、また静かになる。
 麗奈は、完全に観客をコントロールしてる。

 勝敗は告げられるまでもなかった。

39: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/07/01(日)22:25:32 ID:thK
 帰り道の、Pさんの、車の中。
 アタシはベテトレさんに言われたことを思い出した。

 アイドルとして、ヒーローとして決定的に欠けているもの。 
 
 それはアタシ自身が観客に、ファンに、みんなに語りかけないことだった。
 
 自分の気持ちを、自分のこころを、伝えることをあきらめていたんだ。
 勇気を出さなきゃいけなかったんだ。誰かに分けてあげるくらいの勇気を。

 「P」

 相棒に声をかける。運転席が震えた。

「アタシはアイドルをやめない」

 アタシの気持ち。

「麗奈みたいなヤツは、アタシが倒さなきゃ」

 麗奈はひどいやつだ。
 きっといままで、LIVEバトルのたびに、アイドル達をこんな気持ちにさせていたんだろう。

「アタシが麗奈を倒す」

 ひとしずくの涙が、シートに濡らした。

40: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/07/01(日)22:25:55 ID:thK
~~~~~

小関麗奈「高度8000m」へつづく


次回 小関麗奈「高度8000m」