前回 【艦これ】鳥海は空と海の狭間に その2

464 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:10:38.97 ID:A+5EMiDc0


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 黎明時の静やかな海を、トラックへ向かう深海棲艦の一団が航行している。
 港湾棲姫たちでホッポや青い目のヲ級を初め複数のイ級やロ級、他にもチ級やル級など複数の艦種を含んだ総勢二十二名に及ぶ艦隊だった。
 輪形陣の中心には港湾棲姫がいて、彼女は寝息を立てるホッポを肩車している。
 港湾棲姫はからすれば軽いが、確かに体にかかる重みは彼女にある感情を喚起させる。
 港湾棲姫は思い返す。悔恨に導かれて。


─────────

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 艦娘に亡命する。つまりは和解を目指す。
 港湾棲姫は提督の提案に心が揺らいでいた。
 というのも港湾棲姫たちを取り巻く環境を打破するアイデアに思えたからだ。
 心が揺らぐのは、そこに正当性を見出したからに他ならない。

 一方で提督の提案を受け入れるのも警戒した。
 この話は提督に――虜囚の立場に有利に働く話だからだ。
 提督に気を許してきているのと、この話に乗るのかはまったく別だった。

 港湾棲姫にとって意外なことに、飛行場姫が提督の話に食いついて質問を重ねていた。
 頭ごなしに否定はせずに疑問と疑惑を埋めていく。
 トラック諸島までどうやって向かうのか、空母棲姫たちを出し抜けるのか。艦娘たちとどうやって接触し、敵意がないと示すのか。
 提督はそれらの問いに答えを用意して、自身はガ島に留まるつもりだとも言う。
 どうして、そこまでする?
 理由は分からないが提案への警戒感は薄らいだ。
 提督は港湾棲姫たちを利用して、逃亡を図ろうとしているわけではない。

「艦娘タチハ……我々ハ受ケ入レル?」

 それまで黙っていたヲ級の発した問いは、一番の疑問であり問題だった。
 大前提への問いに提督は力強く頷いた。

「大丈夫だ」

 何を根拠にそこまで言いきれるのか。
 疑問への解を、納得するだけの材料を見出せずに、港湾棲姫はその時その場での返事を保留した。





465 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:12:27.05 ID:A+5EMiDc0


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 港湾棲姫はホッポが身じろぎするのを感じて我に返った。
 ホッポは寝起きの声を出して目を開ける。

「……コーワン?」

「ココニ……イルヨ」

 今ではすっかりこっちの呼び方が定着している。
 港湾棲姫としては、ホッポが喜んでいるのならと進んで正す気はなかった。
 何より気に入り始めている。ホッポが言ったようなかわいらしい名前かはともかく、据わりのいい響きだとは思っている。

「マダカカリソウ?」

「アト二日ハ……」

 すでにガ島を発ってから一昼夜は過ぎている。
 その間、二十ノット近い速度で航行を続けていて、ガ島からはだいぶ離れたが道半ば。

「降リルヨ? コーワンモ休マナイト」

「私ハマダ平気……」

 港湾棲姫はホッポを離さない。
 過剰に急ぐ必要はないが、もう少しだけ空母棲姫に備えて距離を稼いでおきたかった。
 逃亡しているからこそ休息が必要になってくる。
 疲弊したまま艦娘と接触する気はなかった。
 もしもの場合、艦娘と交戦しなくてはならない。

 提督は和解できると太鼓判を押したが、港湾棲姫はそこまで楽観視していなかった。
 艦娘が抱いた怒りや悲しみという負の感情を、提督は過小評価しているのではないか。そのように懸念していた。
 そうではないと願い、提督の言う通りであってほしい。
 でなければ道を閉ざされてしまう。

「コーワン、怖イノ?」

 港湾棲姫の心中を察したような言葉だった。

「怖クナイ……怖ガッテモ……イケナイ」

 今や一団の存亡を預かっている。
 それを苦とは思わない港湾棲姫だが、緊張感や警戒心は消せなかった。





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 考えをまとめきれないまま港湾棲姫は提督との話に再び臨んでいた。
 港湾棲姫の心の揺らぎは迷いに変じている。
 彼女は内心で提督の提案を是として受け入れ始めていて、だからこそ行動するか迷っていた。

「提督ニ都合ノイイ提案ダ」

 反対、というよりは確認のために出てきた言葉だった。
 提督はそれを否定せず認める。

「そうとも。しかし港湾たちにも悪くない提案だ」

「ドウシテ、ソウ言エル?」

「艦娘となら和解できるが空母棲姫とじゃ無理だろう。港湾が港湾である限り」

「私ガ私デアル……何ヲ言ッテイル?」

「君はワルサメと同じだ」

 提督は断じる。そのまま提督のペースに巻き込まれるように港湾棲姫は質問されていた。

「正直に言ってくれ。戦うのは好きか?」

「……必要ガアレバスルダケ」

 正直とは逆に遠まわしな答えに提督は笑う。そのまま彼は続ける。

「人間や艦娘が憎いのか?」

「ッ……モウ分カラナイ」

「だろうな。トラックを占領してから分かったことだが、君は現地住民に手出しをしないようにしていた」

 港湾棲姫は何も答えなかったが、それは事実だった。
 島内の奥に引っ込んでいれば関与しようとしなかったし、配下にも無視するよう伝えていた。



467 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:23:37.22 ID:A+5EMiDc0


「どうして人間を無視したかは知らない。港湾が優しいからか、単に人間にさして興味がなかったからかもしれないし」

「初メカラ……ソウダッタワケジャナイ」

 人間を無視したのはホッポとワルサメの影響が大きい。

「生マレタ時カラ人間ニ腹ガ立ッテイタ……ダケド、ホッポヤワルサメト出会ッテカラ私ノ何カガ変ワッテシマッタ」

 行き場のない憤りも悲嘆も恨みつらみも、気がつけば薄らいでしまっていた。
 そればかりはきっと提督にも理解できないだろうと港湾棲姫は思う。

「だが空母棲姫はそんな深海棲艦を認めないんじゃないのか?」

 その指摘は正しい。
 空母棲姫たちはある意味で純粋だった。少なくとも港湾棲姫はそう考えている。
 持って生まれた感情や衝動に忠実であり、それこそが不可侵で正統な深海棲艦らしさと考えていた。
 だからこそ港湾棲姫とは相容れない。変化してしまった彼女とは。

「港湾はホッポが大事だと言ったな?」

「確カニ言ッタ」

「この先、艦娘とも同じ深海棲艦とも戦うしかない道は修羅道だ。ホッポに残したいのは、そんな道か?」

 修羅道の意味を港湾は知らなかったが、何を言いたいのは想像がつく。
 そして同時にそれは彼女の痛い部分を的確に突いていた。

「そうでなくともニ方面作戦は避けないと」

「窮地ダト……言イタイノ?」

「好ましい状況とは、とてもじゃないが思えないな」

 言われずとも分かっている。だからこそ提督の出した亡命という案に港湾棲姫は惹かれた。

「港湾、お前は今後も艦娘との戦いが続くと言ったな」

 確かに言った。提督を味方に引き込むために言ったが、認識としては誤っていない。
 すでに数えで二年は続いていて、今なお収束どころか激化の一途を辿ろうとしている戦争。
 始めてしまったのは深海棲艦。終わらせるのは……誰かも分からない。

「だったら終わらせてみないか?」

 本気の視線が港湾棲姫を見ていた。



468 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:24:27.73 ID:A+5EMiDc0

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 ホッポは港湾棲姫から降りた。
 彼女たっての希望で、そうなると港湾棲姫も無理強いはできない。
 もっとも肩車が終わっても、二人は手を繋いで併走する。
 ホッポの足元は水面から反発するように浮いていた。
 そうなる理由は二人の姫にも分からない。ただ自然にできてしまうことだった。

「ホッポハチョッピリ怖イヨ……デモ提督ハコーワンミタイダッタ」

 港湾棲姫は複雑な気持ちだった。
 彼女自身も提督に同じようなことを言っているが、いざ別の相手からそう聞かされると違和感になってしまう。
 私と彼は似ていない。そんな思いを抱きながらも口外はしなかった。

「ソレニ、ソレニネ? 怖イケド楽シミナノ。ワルサメノオ友達ガイルンダヨネ。会ッテミタイ!」

 目を輝かせてホッポは言う。
 それは今まさに昇り始めた太陽と同じ輝きだった。
 港湾棲姫は目をすがめ、しかしそんなホッポを愛おしく思う。
 ホッポが握る手に力を入れる。

「……ガンバロ、コーワン」

 励まそうとしてくれてるのだと港湾棲姫はそこで気づいた。
 港湾棲姫は意を新たにする。
 何があっても戦うしかないと。
 望みは分かっているのだから、あとは立ち向かうだけ。
 そうでもしなければ……報いられないと。



469 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:25:34.17 ID:A+5EMiDc0


 その日、港湾棲姫たちは交代で休息を取った。
 睡眠と食事を済ませて活力を取り戻した彼女たちは、翌々日の午前にはトラック泊地の哨戒圏にまで進出した。
 しばらくして哨戒機に発見された一団は白旗を振り出す。
 提督から教えられたことで、交戦の意思なしを示す合図だと言われた。

「徹底抗戦……トデモ誤解サレナケレバイイノデスガ」

 青い目のヲ級が淡々と呟く。
 その点に関しては提督を信用するしかないと港湾棲姫は思った。
 頭上に張り付く哨戒機をそのままに、港湾棲姫は泊地への通信を試みる。
 和睦のための話し合いを求める旨を伝え、港湾棲姫たちはやや速度を落として泊地へ向かい続けた。

 提督から注意として、いくつかのことが挙げられている。
 哨戒機を攻撃してはならないし、こちらから艦載機を挙げるのも原則として控えたほうがいいと言われていた。
 不要な刺激を避け、交戦の意思がないのを証明するためでもある。

 ただ航空機の編隊が来るようなら、海底で身を潜めてやり過ごすようにも言われている。
 その場合、話し合いの余地もなく決裂したと言えてしまう。
 幸いというべきか、数時間が経っても交代の哨戒機しか飛来しなかった。

 昼を過ぎてから、港湾棲姫たちは針路上に黒い影がいくつもあるのを認めた。
 それが艦娘たちだと確信し、彼女はさらに近づいたところで配下に停止を命じる。

 港湾棲姫は懐を探り、提督に託された物を確認した。
 艦娘に渡してほしいと頼まれたのは指輪だ。
 誰に渡してもいいとは言われているが、できるならという条件で相手を指定されている。
 指輪の持つ意味を港湾棲姫は知らなくとも、それが提督とその誰かにとって大事な物なのは分かっていた。


470 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:26:05.55 ID:A+5EMiDc0


 もしかしたら威嚇の砲撃ぐらいあるかもしれない。
 そう考えていたが、何も起きないまま艦娘たちが近づいてくる。
 港湾棲姫は増速し一人だけ突出した形になる。
 すぐにヲ級も後に続いて追ってきた。

「ホッポヲオ願イ」

「オ断リ……シマス。私モ行クベキデショウ……提督ヲ襲ッタ者トシテ」

 港湾棲姫はヲ級に反対されて驚いた。
 今まで彼女は無理難題でも従ってくれていたからだ。
 一抹の不安を感じる一方で、今まで尽くしてくれた彼女の意思は尊重すべきだと港湾棲姫は考えた。

「最後ニ提督カラ言ワレマシタ。今コノ時ニ艦娘トドウ向キ合ワネバナラナイカ……ココハ我々ニトッテ通過点ダソウデス」

「ソウ……」

 艦娘たちからも何人かが突出して近づいてくるのを港湾棲姫は認める。
 その中心にいる艦娘には覚えがあった。
 トラックでの海戦でしつこく追撃してきた艦娘だ。
 名前も知っていた。提督から聞かされていたからだ。
 港湾棲姫は思い返す。彼女の名はと――。



471 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:37:48.15 ID:A+5EMiDc0


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海はトラック泊地の艦隊を預かって、白旗を掲げる保護を求める港湾棲姫たちへの接触を図ろうとしていた。
 内訳は第八艦隊として編成された一団で、顔触れは変わらず鳥海に高雄、島風、天津風、長波。ローマにリベッチオとなる。
 加えて他には愛宕、摩耶と扶桑型の二人に残りのイタリアの艦娘たち、球磨型の五人に嵐と萩風という面々だ。
 また後方にはニ航戦を中核とした機動部隊も待機していた。

「どういうつもりなんだろうなあ、深海棲艦のやつら」

「それを見極めるのが私たちの役目よ、摩耶」

 摩耶の疑問に高雄が答えていたが、鳥海も同じ疑問を抱いていた。
 もしも司令官さんがいたら積極的に応じようとしていたのだろうけど……。
 思案する鳥海に島風が話しかけてくる。

「鳥海さん、大丈夫? 前の戦闘から一ヶ月ぐらい空いちゃってるけど」

「ええ、心配ありません。それに今回は本当に戦闘になるか分かりませんし」

「あ、そっか。そうだよね」

 島風は安心したように言うと離れていく。
 もしかすると鳥海が本当に戦えるのか、探りを入れられたのかもしれない。
 深海棲艦に怒りをぶつけられれば楽なのかもしれないけど、空いた時間はそういった衝動を静めてくれていた。
 撃つのにためらいはないけど、そこに余計な感傷を差し挟む気はない。
 接触までは少し時間があるのも手伝って、気が緩みすぎない程度にそこかしこで会話が生じていた。
 球磨が鳥海に話かけてくる。

「新任さんもいきなり難題で大変クマ」

 トラック泊地には先だって新任の提督が着任していた。
 新任といっても、鳥海を初め少なくない艦娘にとって必ずしも初対面という相手ではない。
 元は輸送艦出雲の艦長としてと号作戦にも参加していて、出雲に乗艦していた艦娘たちならば面識があった。
 司令官さんが元艦長とモヒカン頭の軍医さんの二人を、提督として推挙したという話を聞いていたけれど。
 その一人が巡り巡ってトラック泊地に着任したのは、奇縁を感じるような話なのかもしれない。

「のっけから深海棲艦が助けてくれー、だもんね。不思議な話だよ」

 北上が球磨の話に乗っかってきて、鳥海も頷いた。



472 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:39:40.81 ID:A+5EMiDc0


「正直、ワルサメのことがなければ信じられなかったと思います」

「うんうん、それはあるよねえ。まー、あたしはワルサメってよく知らないんだけどさ。もったいなかったのかもね」

 もっと接点を持っておけば、ということなのかと鳥海は解釈した。
 北上と話しているためか、大井も会話に自然と入ってくる。

「でもワルサメを信じたのと、今回の件を同一視するのは早計じゃないです?」

「確かにその通りクマ。港湾棲姫とは交戦経験もあるクマ」

「だからこそ向こうも真剣とは言えるかもしれませんね」

 鳥海は答えつつ考える。
 港湾棲姫の狙いや本心がどこにあるのか見極める必要があるにしても、不安はさほど感じない。
 ワルサメという子は港湾棲姫という深海棲艦を信じていたから。
 それを早計と大井さんは言ってるとしても。
 大井がそういえば、と鳥海に聞く。

「新任提督といえば秘書艦を辞退してよかったの? あなた、結構こだわってたはずでしょ」

「それは司令官さんの秘書艦として、ですね。提督さんには提督さんの秘書艦が別にいるはずですから」

「そういうものかしら……ううん、確かにその通りかも」

 大井は北上のほうを見ながら何度も頷く。
 曖昧な笑顔で首を傾げる北上を尻目に、鳥海と球磨は力なく笑う。
 新任が着任してからの引き継ぎで、鳥海は秘書艦を辞退したいと伝えていた。
 表向きの理由としては、第八艦隊が継続するのなら旗艦として専念したいため。
 また前任との仕事に慣れすぎているために、新任のやり方には合わせない可能性があるから、ということにした。



473 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:48:52.94 ID:A+5EMiDc0


 もちろん秘書艦を継続するのが、新任の判断であり命令ならば謹んで受けるつもりだった。
 現に今でもしばしば助言を求められる。
 それでも率直に言えば、秘書艦であるのは望んでいなかった。
 ……私は他の誰でもない司令官さんの秘書艦ですから。
 結局、新任は鳥海の要求を承認し、秘書艦の席は今なお空席のままになっている。

「北上さんが秘書艦になってもいいんですよ」

「あたし? うーん、あんま興味ないかな。大井っちなら秘書艦にも向いてると思うんだけどねー」

「北上さんの秘書艦なら喜んで!」

「や、あたしって提督じゃないから」

「この二人が秘書艦になったら泊地が傾いてしまうクマ」

 冗談を言う球磨に、軽い調子で北上が口答えする。
 和やかな雰囲気を保ったまま、艦娘たちは深海棲艦たちを電探の範囲内に収めた。
 砲戦距離に入ったが砲撃は行わない。
 艦娘たちは硬くなりすぎず、しかし緊張感を伴って進んだ。
 すぐに肉眼で目標を捉えると、鳥海は艦隊全体で共有している回線に声を吹き込む。

「島風、敵潜は?」

「ソナーには感なし。あそこにいるだけだよ」

「となると報告通り、数は二十二。初めて見る姫もいるし、戦うなら港湾棲姫が難敵だけど……」

「まずは相手の話を聞いて、でしょう?」

 補足する高雄に鳥海は頷く。



474 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:50:57.70 ID:A+5EMiDc0


「まず私が先行して接触してみます」

 摩耶がすぐに反応する。

「だったら、あたしも行く。一人だけってのはさすがに危険だろ」

 摩耶のこういうところは頼もしかった。
 高雄もそれを認めると自らも志願するが、すぐに鳥海に反対された。

「姉さんはダメです。もしもの時に指揮を執ってもらわないと」

「そういうこった。高雄姉さんは大人しくしてなって」

「ならば私も行きましょう」

 名乗り出たのは扶桑だった。

「万が一を考えたら、戦艦の打撃力が必要じゃないかしら」

 鳥海は即座にもっともだと思った。

「お願いしてもいいですか? 心強いです」

「それなら姉様だけでなく私も!」

 すかさず山城が声を上げるので、鳥海も頷き返す。

「では、これで四人。みなさんはここで待機を。北上さんたちは甲標的を念のため展開しておいてください」

 それから鳥海は泊地と後方の機動部隊に向けて、港湾棲姫たちに接触すると伝える。
 あとは伸るか反るか。



475 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:52:10.13 ID:A+5EMiDc0


「もしも私たちが撃つか撃たれるかしたら戦闘を始めてください」

「……そうはならないのを願うわ」

 心配そうに高雄が見送る中、四人は深海棲艦たちに近づいていく。
 程なくして深海側からも港湾棲姫と青い目をしたヲ級の二人が近づいてくる。
 双方は五メートルほどの距離を開けて相対すると、鳥海が口火を切る。

「あなたたちの要求を聞かせて」

 答えたのは港湾棲姫で、両のかぎ爪を開いてみせる。
 小細工もなく無防備だと証明したいらしいと解釈した。

「先ニモ伝エタ通リ、我々ニ交戦ノ意思ハナイ……保護ヲ受ケタイ」

「つまり亡命したい……ということ?」

「ソウ……ソシテコレハ……君タチノ提督ガ提案シタコトデモアル」

 予想外の名前が出てきて、鳥海は固まったように止まる。
 他の三人も動揺したが、立ち直るのは鳥海よりも早かった。
 扶桑が鳥海に代わって訊く。

「提督が? 一体どういうこと?」

「提督ハ我々ノ元ニイタ……」

「……いた?」

「提督ハ我々ヲ逃ガスタメニ残ッタ……」

 扶桑たちは不可解に思う。話しの繋がりが見えてこないためだ。



476 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:53:15.59 ID:A+5EMiDc0


「初めから詳しく説明して。あなたたちに何があって、提督に何が起きているのかを」

 港湾棲姫は言われた通りに説明する。
 提督を拉致して拠点まで連れ去ったこととその理由。
 姫たちと提督がどう過ごしたかを話し、また彼女たちが空母棲姫と対立していることを。
 そして激突を避けるために提督の案に従って、艦娘たちに保護を求めていると。

「あいつはまだ生きてるのか!」

 摩耶が怒鳴るような調子で言う。
 港湾棲姫はそれに対して重々しく首を横に振る。

「最期ハ看取ッテイナイ……デモ彼ヲ守ルモノハモウナイ」

「だったら、どうして提督を連れて来なかった!」

「提督ガ……ソウ望ンダカラ」

 え、と気勢を削がれた声を出す摩耶に、港湾棲姫もまた俯き気味に言う。

「自分ガイテハ我々ノ逃亡ハ難シイト……アノ男ハ我々ヲ生カソウトシテクレタ」

「なんで……あんたら、深海棲艦だろ!? どうしてあいつがお前たちを助けるんだよ!」

 摩耶の悲痛な叫びが刺さる。
 港湾棲姫は唇を噛み、そして鳥海は顔を上げて疑問を投げかけた。

「数日前までなら司令官さんは生きていたの?」

「……エエ。提督ナラ確カニ生キテイタ」

「そんなのって……」

 鳥海は崩れ落ちそうになる。
 一ヶ月はあった。それが提督が消えてから今日に至るまでの期間。
 助け出すには十分すぎる時間があった。
 それなのに何も手を打てずに塞ぎ込んで……残された時間を無為にしていたなんて。



477 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:53:47.79 ID:A+5EMiDc0


「やめなさい、自分のせいだなんて考えるのは」

 山城だった。冷たいと取れる言葉を彼女は言い放つ。

「私たちは深海棲艦の動向を把握できていなかったのよ。拠点だってどこかも分からないのだから……誰にも助けられなかったの。あなたがどれだけ提督を想っていたとしても」

 冷徹に聞こえる声とは真逆に、山城は労るような眼差しを鳥海に向けている。
 鳥海は感謝した。山城の言葉は胸に痛くとも、不器用な優しさがある。
 そこで港湾棲姫に見つめられているのに気づいた。
 視線が絡むと港湾棲姫は口を開く。

「アナタガ……鳥海デショウ?」

「どうして私の名前を?」

「提督カラ……コレヲ渡シテホシイト」

 港湾棲姫は右腕を背中に回してから、改めてかぎ爪を開く。
 その上に小さな指輪が乗っているのを見て、鳥海は慌てて飛び出ると手を伸ばしていた。
 奪うように取り上げると、指輪を両手で守るように抱きしめ距離を取る。

「なんでこれを!」

「提督ガ……ドウシテモ君二渡シテホシイト」

「司令官さんが?」

「ソレカラ……『アリガトウ』ト」

 鳥海は体を縮めるように震えると、歯噛みして俯く。
 そんな彼女の感情に反応して、艤装が独りでに動き正面に展開すると主砲が港湾棲姫へと指向する。

「これは司令官さんの形見で! 今のは遺言ってことでしょ!」

 鳥海が港湾棲姫を睨む。その重圧に押されるように港湾棲姫が息を呑んだ。
 両者の間では緊迫感が急速に膨れあがっていた。



478 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:55:15.98 ID:A+5EMiDc0


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 飛行場姫は考える。ここで提督の願いを聞き入れるかどうか。
 死を望むなら与えるだけの義理はある。彼女はそう考えていた。
 港湾棲姫たちに別の道を示したのは事実で、それは飛行場姫にはできなかったことだ。
 まだ結果は分からずとも、このまま留まり続けて訪れる結果より期待が持てる。
 だから望みを叶えてやっても――。

「……急グコトハナイデショ」

 気がつけば飛行場姫はそう言っていた。
 心の無意識が先延ばしを選んだかのように。

「それは困る!」

 提督が言い返す。
 飛行場姫は理解していない。提督がどれほどの意をもって頼んだのかを。
 深海棲艦の中でも特に強力な個体であるが故に、彼女は身に降りかかる死の気配に疎かった。
 飛行場姫の予想に反して時間はもうなかった。
 物々しい気配が近づいてくるのに気づき、彼女は部屋の入り口を睨む。
 空母棲姫と装甲空母姫が二人のル級を伴って入ってきた。

「アラ、イタノ」

 どこか挑発するような空母棲姫の言葉を無視して、飛行場姫は装甲空母姫に聞く。

「コレハドウイウツモリ?」

「羊ノ収穫時カナト」



479 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:56:10.90 ID:A+5EMiDc0


「勝手ハヤメタホウガイインジャナイ」

「何故カシラ」

 険のある声は空母棲姫だ。
 二人の姫が自分を無視して話を進めようとしているのが気に入らなかった。

「≠тжa,,ガイナイナラ、誰モ提督ヲ守ラナイ。モシカシテ、アナタハ邪魔ヲスルノ?」

「マサカ」

 飛行場姫は提督を一瞥する。その時はとうに来ていたのだと彼女も理解した。

「私ハ彼女ジャナイ」

「ナラ構ワナイワネ」

 飛行場姫が道を譲るように脇へどくと、装甲空母姫が胸をなでおろしたように言う。

「助カル。私タチト違ッテ、ソッチノ二人ハ地上ニ慣レテナインダ」

 装甲空母の指した二人はル級のことで、すでに息が上がり始めている。
 進み出たル級たちは慎重に提督の両肩を掴むと立ち上がらせた。抵抗はない。

 飛行場姫は思う。人間は不思議だと。
 人間はあまりに脆い。
 だが、この脆い人間が深海棲艦を強く突き動かしもする。
 不思議な生き物だ。その考えを胸に飛行場姫は提督に聞く。



480 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:57:18.04 ID:A+5EMiDc0


「……ソンナニ食ベタイ?」

「ああ、心残りだよ」

 提督が引き立てられて連れて行かれようとしている。
 背中が見えた。白い軍服。死に装束。
 そんなつもりはないのだろう。
 しかし――白に赤は映える。
 提督の体を貫いてから、飛行場姫はそう思う。

 機械仕掛けの右腕は背中から胸へと抜けて、間の筋肉や胸骨、そして心臓を外へと掻き出していた。
 こふっと息を吐き出した提督の口から血の塊がこぼれる。
 抉り取ったものを手放して腕を引き抜くと、提督の体が膝から前に崩れて倒れる。
 反った背中が顔を飛行場姫へと向けさせた。
 光を失っていく目は飛行場姫を見ているはずだが、本当は何を見ているのかもう分からない。

 飛行場姫は考える。
 望みは確かに果たした。これは提督が望んだ結果だと。
 しかしとも彼女は考える。
 提督の本当の望みは違ったのだろうと。
 誰も彼を知らない場所で、誰にも死に様を知られることがないまま消える。
 飛行場姫は胸の痛みを自覚した。



481 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:58:05.94 ID:A+5EMiDc0


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 痛みは一瞬だったが息苦しさは長かった。
 提督は自分の身に何が起きたのか、正確には理解できていない。
 ただ見上げた先の飛行場姫が約束を守ってくれたのだけは分かった。
 言葉の代わりに、喉には何かが詰まっていて息苦しい。
 感謝したかったのかもしれないが、もう思い浮かんでこなかった。
 だが、それもすぐに苦にならなくなる。自分が見ているものも分からなくなる。
 世界が色を失っていく中、なぜか昔を思い出していた。

 幼少期……八だか九だか十の頃。
 父親に言われた。俺は実の子ではないと。
 そんな気はしてた、と返した。意地を張って。
 本当の両親は父の知り合いらしかった。

 十四の時、本当の両親に会いたくないかと父に聞かれた。
 父はあなただと答えた。その時の父の顔は……もう思い出せない。
 その一年後、父が死んだ。大往生だ。
 まだ深海棲艦との戦争が始める前。たぶん父は幸せだった。

 その後、父と同じように海軍士官を志した。
 高官だった父のコネはあったのだと思う。
 さほど優秀な成績を残せなかった自分が兵学校に入学できて卒業までして、海軍に食い扶持を得られたのは。

 それから何年かして戦争が始まった。
 深海棲艦との一方的な戦い。
 同期も後輩も先輩もみんな死んだ。
 そして、なぜか提督に抜擢された。艦娘という怪しい存在の指揮官として。
 今ならあの妖精が一枚噛んでいたのではないかと思えるが、その時に知る由もない。



482 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:58:39.74 ID:A+5EMiDc0


 初めて組んだのは生意気な駆逐艦だった。
 ただ、あの遠慮のなさは決して嫌いじゃない。でも生意気だ。
 その内、世界水準を自称する軽巡が増えて、他にもいっとう真面目な駆逐艦たちとめんどくさがりの駆逐艦がやってくる。

 全てが手探りだった。
 戦い、傷つき、その度に何かに気づいていく。
 艦娘は兵器であるが、同時に生きていた。
 苦しみ怯え、痛がって悲しむ。時には悩む。
 そして安らいで笑い、喜んで望みを語り、時に驚く。
 彼女たちにどう向き合うのか。本気で向き合うしかなかった。

 実働部隊の指揮官としては、俺には多少の適正があったらしい。
 やがて艦娘たちは増えていく。
 カニをこよなく愛する子、やたらおどおどしているけど優しい子。
 熊だか猫だか分からない軽巡姉妹。その中には心から頼りにするやつも出てきた。

 そして迎えた決戦。
 俺たちは勝って、一人を失った。
 それからも多くのことが起きていく。
 空いていた傷が塞がってきた頃、大切だった者と再開して――そして彼女とも出会った。

 ああ……最期に思い出せてよかった。
 ありがとう、俺は生きていた。
 ささやかな望み。
 この先も彼女と――鳥海と――



483 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 13:59:23.36 ID:A+5EMiDc0


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 今にも暴発してしまいそうな鳥海は港湾棲姫に向けた主砲を下ろそうとはしない。
 一方の港湾棲姫はそれを甘んじて受けようというのか、微動だにしなかった。

「鳥海」

 静止するような摩耶の声にも鳥海は視線を向けない。
 分かっている。こんなことしたって、もうどうにもならないのは。
 撃って破局させれば気が済むという話でもない。
 それでも収まりのつかない気持ちがある。

「待ッテ……ホシイ」

 港湾棲姫に付き従っていたヲ級が両者の間に割って入る。
 鳥海の向ける砲口の前に立ったヲ級は手を広げながら言う。

「撃ツナラ私ニシテホシイ」

 それには港湾棲姫が驚きの声を上げる。

「何ヲ言ウ!」

「……イイノデス。艦娘ヨ、アノ男ヲサラッタノハ私ダ」

「そう……」

 鳥海は短く答えながら、ヲ級を観察する。
 ヲ級は無表情で思惑がどこにあるのか鳥海にもよく分からない。



484 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 14:00:20.23 ID:A+5EMiDc0


「ドウシテモ許セナイナラ私デ手討チニシテホシイ。コーワンヤホッポタチハドウカ許シテ」

「……手打ち?」

「提督ガ最後ニ教エテクレタ。コウイウ時、人間ハ手討チニスルト言ウノダト」

 言葉の意味を考えて鳥海は小声で呟く。

「……人が悪いですよ、司令官さん」

 こうなるのを知ってか知らずか。
 ありがとう、の言葉と重なって何を求めているのか分かってしまった。
 気づいてしまった以上、叶えてあげたかった。それが最後に遺されたことならば。

「そうですね。どこかで終わりにしないと」

 鳥海の言葉にヲ級は顔を強張らせて目を見開く。
 一方の鳥海は息を吐いて肩から余計な力を抜いた。
 指輪は左手に収め、右手は自由にさせておく。
 艤装の静かな唸りをそのままに鳥海の体が前へと飛び出る。
 数歩分の距離を刹那の間に詰めると、右手が電光石火の速さでヲ級の頬を張った。
 その音に遠巻きに見ていた島風ら何人が思わず目を閉じる。港湾棲姫もホッポも反射的に目を閉じていた。
 ヲ級は呆けた顔で鳥海を見つめていた。

「希望通り、手打ちにしました」

 鳥海の言葉にヲ級は手を頬にやる。
 ややあってヲ級はとがめるような声を出していた。

「手打チトハ、コウイウコトデハナイハズ!」

「手で打ったじゃないですか……まだ叩かれ足りないんですか?」

「ソウジャナイ……ソウジャナクッテ……」

 尻すぼみになっていく声に、鳥海は小さな声で謝った。



485 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 14:01:12.99 ID:A+5EMiDc0


「ごめんなさい。悪乗りしてしまいましたね……手打ちには和解という意味があるんですよ。古い意味で手討ちなら、確かに殺すという意味も持ち合わせていますが」

 鳥海はため息をつく。
 司令官さんは最期まで戦ってくれたんですね……それを台無しになんてできない。

「あなたたちを許せと言ってたんですよ、司令官さんは」

「ソンナノ……ダメ」

 ヲ級は駄々をこねるように首を振る。
 鳥海は眼を細め、声のトーンを意図して下げる。

「あなたはそんなに私に沈めてほしいの?」

「ダッテ……私ナラ許セナイノニ……」

「……私はあなたたちを知りません。でも司令官さんはあなたたちを助けたかった……あの人自身の命よりも優先して」

 白露さんがワルサメを守ろうとしたように、司令官さんもまた港湾棲姫やこのヲ級を守ろうとした。
 だったらどうするかなんて決まってる。

「私、鳥海はあの人の秘書艦です。ならばその想いを汲むのは当然じゃないですか」

 ヲ級はうなだれる。鳥海からそれ以上何も言うことはなかった。
 それから港湾棲姫を見る。緊張も警戒も解けていない顔が見返してくる。

「わだかまりが完全に消えたとは思わないでください……それでも、あなたたちの要求を聞き入れます」

「……感謝スル」

「まだ、それには早いですよ。どうなるか分からないんですから」

「ソレデモ……信ジテクレタ」

「それも含めて、これからのあなたたち次第では?」



486 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 14:01:54.07 ID:A+5EMiDc0


 機会は作られた。
 でも私たちはまだスタートラインに立ったばかり。
 お互いのことは行動で示していくしかないと思えた。

「扶桑さん、提督さんに連絡してください。投降してきた深海棲艦を受け入れる準備をしてほしいと」

「ええ」

 本当なら鳥海は自分で連絡をするつもりだった。
 しかし緊張しきっていたのは彼女も同じで、気が張り詰めていたせいか一気に疲労感に襲われていた。
 そんな鳥海に山城が言う。

「鳥海。あなたは正しい判断をしたと思うわ」

「……そうだと思いたいです」

「姫は私と姉様で様子を見るわ。あなたは……少し楽にしてなさい」

 山城の視線は鳥海が受け取った指輪にも向いていた。
 泊地からの正式な命令となったことで、他の艦娘たちも深海棲艦を警戒しながらも誘導を始める。

「……ゴメンナサイ」

 ヲ級が見ていた。戸惑いを隠せず、それでも声を振り絞るようにもう一度謝ってくる。
 鳥海はどう答えていいのか分からず、首を横に振った。

「……やめましょう。私だって、あなたたちに何もしてこなかったわけじゃないんですから」



487 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 14:02:21.99 ID:A+5EMiDc0


 人数の多寡で語る話じゃないのは理解している。
 それでも多寡で語ってしまえば、私のほうが多くを奪ってきている。
 まだ気持ちを整理できていないのは確かで、だけどこの子を恨むよりも他にやったほうがいいことがあると思えた。
 それが何かはまだ全然分からないけど……。
 鳥海は左手で握り締めていた指輪を両手で包み直す。そうしていないとなくしそうな気がして。

「よくがんばったな」

 摩耶がすぐ近くまで来る。鳥海はできる限りの笑顔を返した。

「分かってたから……白旗振ってたでしょ。あれだって受け入れてほしいってことじゃない」

 言いながらも鳥海は自分が見栄を張っているのだと思った。
 怒りも恨みもぶつけるのが筋違いだと思えて、それで分かったようなことを言ってるだけで。悲しい気持ちは残ったままで。

「摩耶、ごめん……」

 危ないとは分かっていても、航行中の摩耶に正面から体を寄せる。
 これも分かってる。摩耶なら速度を同期させてくれるって。互いの艤装の速度が微速にまで落とされる。
 今度はちゃんと甘えることにした。
 摩耶の体に収まるように頭を胸に押しつける。
 何も言わず摩耶は頭と背中に手を回すと、浅く抱き返してくれた。
 髪に触れる感触を気にしていれば、余計なことも考えずに済む。
 私は……声を押し殺す。
 小さな指輪が、今度こそ司令官さんをなくしたという現実を教えてくれた。



488 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 14:03:08.17 ID:A+5EMiDc0


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 装甲空母姫は提督の亡骸を、彼女の占有空間へと運んでいた。
 そのあとに続くのは飛行場姫で、装甲空母姫に請われて足を運んでいた。
 空母棲姫は提督が死亡した時点で、彼への関心を失いル級たちと海底へと戻っている。

「ココハ……コンナ場所ガアッタノカ」

 飛行場姫の眼前にあるのは、言わば研究プラントだ。
 横倒しに並んだカプセルがいくつも入り口から奥へと連なっている。
 電力やその他よく分からないものを供給しているであろうケーブルが容器の上下から伸びていて、内部には液体が詰まっていた。
 そのいずれにも様々な艦種の深海棲艦が入っている。
 眠っているのか死んでいるのか飛行場姫には分からないが、ある言葉が自然と浮かんできた。

「保育器?」

「当タラズトモ遠カラズ。ココニ同ジ姫デ入レタノハ君ガ初メテ」

「ナゼ私ヲ?」

「誰カニ……知ッテホシカッタノカモシレナイ」

「コノ場所ヲ?」

 こんな薄気味悪い場所。そう内心で飛行場姫は付け加えていた。
 装甲空母姫は答える前に、提督の体を空いていたカプセルに入れる。

「何ヲシテイル?」

「誰カサンガ殺シテシマッタカラ、腐敗ダケハ抑エナイト」

「ソウデハナクテ、提督デ何ヲスルツモリダト」



489 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 14:03:51.94 ID:A+5EMiDc0


 装甲空母姫は片眉だけを吊り上げて笑う。

「代償ヲ支払ッテモラウ。人間ノ体ニ」

 飛行場姫は得も言われぬ不快感を覚えた。

「死ンダ人間ダ。安ラカニ眠ラセテヤッテハ」

「ソウハイカナイ。コノママデハ我々ハタカガ非力ナ人間ニ、戦力ノ一角ヲ崩サレタコトニナル」

 装甲空母姫は冷ややかな目でカプセルを見下ろす。提督の死体を。

「コノグライノ代償ヲ受ケ取ッテモ割ニ合ウマイ。改造モデキレバイイケド……」

 飛行場姫は思った。いっそ提督が入れられた容器も壊してしまおうかと。それはまったく難しいことではない。
 衝動じみた行動を取る前に、飛行場姫は別の容器を見て驚いた。
 その中に浮かんでいるのは深海棲艦ではない。

「艦娘……?」

「ソウ、ソレハパナマデ交戦シタアメリカノ艦娘ダ。私ノ艦載機ヲイクツモ落トシタ……代償ダ。他ニモ色々ナトコロカラ回収デキテネ、コノ数ヶ月ハ戦闘ガ多クテヨカッタ」

 装甲空母姫は愉快そうに笑うが、すぐにその笑い声を消す。
 あとに残ったのは真摯な顔だった。

「知ッテホシイノハ……深海棲艦ガ直面シテルコト。我々ハ窮地ニ追イ込マレテイル。ソレト気ヅイテイナイダケデ」

 飛行場姫は息を呑んだ。知らずに自分が踏み入れているのは危険な場所ではないかと思って。

「ゴク少数デモ、生マレナガラニ不完全ナ個体トイウノハイタ。ソウイッタ個体ヲ用イテ色々試シタヨ。改造シテ巨大化サセテ実験兵器ヲ載セタリ、艤装ニ転用シタ例モアル。成功モ失敗モ様々デ」

「知ッテル。ソレトコレガドウ繋ガルノ!」

「セッカチダナ、君ハ」

 こんな話なんか聞いていたくないだけ、飛行場姫は内心で言い返す。
 一方で姫である以上、知っておかなければいけない話だとも考えていた。



490 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 14:04:40.34 ID:A+5EMiDc0


「今デハ……深海棲艦ノ出生率ガ下ガッテイル。シカシ不完全ナ個体ノ発生率ハ反比例シテ上昇シテイル」

 飛行場姫は不審に思う。
 正確なデータとして把握しているわけではないが、それだけの変化ならもっと認知されている問題だと思えたからだ。
 その疑問をよそに装甲空母姫は話を続けた。

「モチロン今ガ過渡期トイウ可能性モアル。我々ノヨウナ姫ヤ9レ#=Cノヨウナ強靱ナ個体ガ生マレルタメノ」

「……デモ、ソウハ思ッテイナイ?」

「淘汰ニシテハ劣化ノ激シイ個体ガ多スギル。西海岸ナド酷イモノヨ。発祥ノ地ナノニ……ダカラコソカナ?」

 含み笑いをする装甲空母姫に、飛行場姫は胡乱げな眼差しを向ける。

「……信ジラレナイワ。ソレダッタラ、モット早ク気ヅクジャナイ」

「足リナイ者同士デ掛ケ合ワセテ、表面的ニハスグ分カラナイカラカナ。幸イ、我々ニモ小鬼ノ作リ出シタ修復材ガアル」

 聞かなければよかった、と飛行場姫は少なからず思った。
 装甲空母姫は完全な一体を用意するために複数の個体を切り刻んでは修復、欠けの生じた個体は対空砲台などへと改造していると言う。

「総数ハコレデ変ワラナイ。戦エナイ個体ニモ働キ場所ガアル」

 何か問題が、と問われているようで飛行場姫は絶句するしかなかった。
 おかしいと感じながら、どこがどうおかしいのかを指摘できない。
 浮かぶ理由が観念的になってしまい、それは不適切だと思えてしまう。

「ソウマデシテ……ドウシタイノ?」

「怖イカラ」

 装甲空母姫は真顔だった。その目は海のように茫洋としている。



491 : ◆xedeaV4uNo 2016/11/23(水) 14:05:32.76 ID:A+5EMiDc0


「私ハ怖イ。遠カラズ我々ハ滅ンデシマウノデハナイカト。外ノ理由モ内ノ理由モ絶対ニ嫌」

「ダカラトイッテ……」

 このやり方が本当に最適解なのか。そうではないと思う。
 しかし代案を出せるほど飛行場姫は冷静ではなかった。

「艦娘ヤ人間ガドウ絡ムノ」

「アア、ソレハ簡単ナ話デ足リナイ部分ハ外カラ補エバイイ。閉ジタ輪ノ中デ行ウヨリ健全デショ?」

 なんでもないことのように言われて、飛行場姫はきびすを返す。
 装甲空母姫の行為は、深海棲艦の未来を見据えての行動かもしれない。
 それ故に止められないと思う。しかし間違えてると、どこかで感じてしまう。
 展示された標本のような同族や艦娘を見ると、飛行場姫は強烈な嫌悪感が生じてくるのを抑えられない。
 あそこにあるのは等しくモノで、一様に死にくるまれていた。
 無機質な冷たさの中から明るい未来が生まれるという展望が、飛行場姫にはどうしても想像できない。

 飛行場姫の足は自然と外へと向かい、そのまま夜の海へと飛び込んだ。
 海水に当たれば、少しは淀んだ気持ちが晴れるかもしれないと期待して。
 実際に効果はあった。
 覚めた頭でどうでもできないと判断する。何も止められないし変えられない。

 飛行場姫は水面に仰向けに浮かび上がると、星空を見上げる。
 提督を憐れに思った。
 艦娘を想い死を賭したであろうに、その死後に艦娘と戦うために利用されるとは。

「コンナハズデハナカッタ……ソウハ思ワナイ?」

 飛行場姫は思う。この世界は残酷なのかもしれないと。
 そして、それに一役買ってるのは彼女自身と言えるとも。
 飛行場姫はうんざりしながら、流されるままに体を波に任せた。





 五章に続く。


498 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/11(日) 11:14:10.38 ID:1ZoVarZvo


 俺たちに魂はあるんだろうか?
 艦娘という我が身を顧みると、そんな疑問に行き当たることがある。

 艦娘は元になった艦の生まれ変わりって言われている。
 生まれ変わりなら魂があるという前提だろう。生きてなきゃ魂が宿るなんて考えはないはずだし。
 そもそも艦という無機物に魂が宿るのかって疑問もあるにはある。
 まあ、これは付喪神のようなもんなのかもしれない。

 俺には先代の記憶が多少なりとも残ってる。
 だから俺の場合は先代と混じってるって言ってもいいんじゃないかな。
 でも実際にゃ俺は俺だし、先代は先代だ。
 先代の記憶があるからって、それは俺自身の体験ってわけじゃない。

 あいつはあいつ、お前はお前。
 いつか言ってもらったことだけど、こういうのが正しいんだと思う。
 姿形が似ていて同一の艦娘として生を受けていても、同じであって同じではない存在。
 だから先代と俺がよく似ていたとしても、やっぱり俺たちは別物なんだ。
 たぶん、魂が違うんだから。

 艦娘に魂があるなら、魂を魂たらしめてるのは記憶なんじゃないかな。それも実際に体験した上での記憶。
 要は経験だ。
 だから記憶があったからって、それはそいつだって言えない。艦娘は軍艦じゃないし同型艦でもないってことで。
 なんで、こんな話をするのかって?
 ……まあ、あれさ。認めたくないんだ。

 俺たちは出会った。出会っちまったんだ、戦場で。
 俺が俺であるように、あいつはもうあいつじゃなかった。
 だって、やつには俺たちと過ごしたという体験はない。
 逆にあいつには俺たちと撃ち合った経験なんてないんだ。
 ……どうにも、こいつはいけないな。回りくどくて要領を得てないや。

 つまり俺たちは新種の深海棲艦と邂逅した。
 それだけなら、そういう話で済む。
 しかし俺はそいつから提督の気配を感じてしまった。

 ありえない話だよ。そう、ありえないんだと思っていたかった。
 あれは確かに深海棲艦だったから。
 だが魂がもしも記憶に根ざすなら……あの深海棲艦はやっぱりあいつでもあったんじゃないかって。
 俺はそれ認めたくないだけって話さ。
 実際やつは……やつも振り回されてたんじゃないかな。自分自身に、自分が持っていたモノに。



499 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/11(日) 11:17:20.76 ID:1ZoVarZvo


五章 咆哮の海


 港湾棲姫たちを受け入れてから一夜が過ぎた。
 その間、交戦の意思がない一団は積極的にトラック泊地からの要求や指示に従っている。
 元から受け入れるのも考慮して接触しただけあって、泊地としての対応も早かった。
 提督も港湾棲姫と通信を行い事の経緯や彼女たちの目的を改めて確認すると、今後に向けた当座の取り決めも交わしている。
 大本営からも近日中に人を派遣して話し合いを行うとのことで、それまで友好的な態度を取るよう言ってきたという。
 鳥海は思う。ここまでは司令官さんの計算通りなのかもしれない。
 この先どうなっていくのかは委ねられてしまった。

 翌日になって深海棲艦たちに夏島への上陸許可が認められた。
 提督さんと港湾棲姫の間で、改めて協議を行うために。
 もっとも上陸できるのは三人だけで、港湾棲姫にホッポと名乗る幼女のような見た目の姫、それに青い目のヲ級になる。
 他の深海棲艦は海からは離れられなかった。
 これは以前ワルサメからもたらされた情報とも合致している。
 砂浜では提督や何人もの艦娘が見守り、海上では二十名近くの深海棲艦が見送る中、最初に上陸した港湾棲姫がしみじみと言う。

「コンナ形デ戻ッテクルナンテ思ワナカッタ……」

 トラック諸島が深海棲艦の勢力圏だった頃、深海側の司令官を務めていたのが彼女だ。やっぱり思うところはあるんだと思う。
 続いて島に足を踏み入れたホッポが胸一杯に息を吸い込む。

「コーワン、匂イガ全然違ウヨ!」

「ソウ……ナノ?」

 少し戸惑い気味に港湾棲姫が言う。
 そんな彼女と鳥海はなぜか目が合った。
 いえ、私にも分かりませんが……そういえば、港湾棲姫はと号作戦の折に交戦したのを覚えているのかしら。
 あの時の夜戦で左腕を折られたんだっけ。今更持ち出す気はないけど左腕を思わず触ってしまう。
 当たり前の話だけど、港湾棲姫は私よりもホッポという姫を気にしていた。



500 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/11(日) 11:20:20.17 ID:1ZoVarZvo


「ココハナンダカ優シイヨ?」

「ソウ……ヨカッタネ」

「ウン!」

 子供をあやすようにほほ笑む港湾棲姫にホッポは無邪気に笑い返す。
 本当の親子みたいで、相手が深海棲艦であっても和んだ気持ちになっていた。
 だから司令官さんは彼女たちを助けたいと考えたのでしょうか……。
 最後に青い目のヲ級が上がってきたところで提督が代表して前に進み出る。

「先任の意向を受けて、あなたがたを受け入れたいと思います」

「感謝シマス、提督サン……」

 提督はそこで握手のために右手を差し出す。敬語を使ってるのも、彼なりの立場の示し方なんだろうと後ろから見ていた鳥海は考える。
 港湾棲姫は戸惑ったように提督の手を見ていたが、同じように右の手を開いて前に出す。
 彼女の手は大きなかぎ爪のようになっているから、お世辞にも握手には向いていなさそうだった。
 提督は港湾棲姫の人差し指と中指の二本を握って応じた。

「とは言ったものの喜ぶにはまだ早いかもしれません。先任や艦娘たちが認めたとしても、それは我が国の総意とは言えませんので」

「エエ……ソレデモ始メルコトガ……必要デス」

「そうですな……今はまずお互いがこうして出会えたのを感謝しましょう」

 提督の言葉に港湾棲姫も頷き返す。
 二人の様子を見ていたホッポが首を傾げる。

「コノ人モ提督?」

「ああ、提督って言うのは役職だからね。お姫様と一緒で何人かいるんだよ」

「フーン。アノネ、ホッポモ姫ナンダヨ。コーワントオンナジ!」

 嬉しそうに喋るホッポに提督さんは屈むと目線を合わせて褒めてあげる。
 できるだけ威圧感を与えないようにという配慮のようで、そういう気配りができる人らしい。



501 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/11(日) 11:21:35.90 ID:1ZoVarZvo


「では今後も含めて踏み込んだ話をするとして、そちらをどう呼べば?」

「イカヨウニデモ……私ノ名ハ人間ニハ認識デキナイ。デモ、コノ子ハコーワントイウ呼ビ方ガ気ニ入ッテル」

「コーワンハカワイイ!」

「それではコーワン、どうぞ泊地へ」

 提督が先頭に立って歩き出すと、それに従って鳥海たちも港湾棲姫たちも歩き始める。
 鳥海たち艦娘は護衛と監視を兼ねていたが、これまでの出来事からじきにそうする必要がなくなると察していた。
 それもこれも以前ワルサメと過ごしたからで、彼女の存在は深海棲艦への印象を変えるには十分だった。

 しかし、わだかまりもまた解消されていない。
 今まで戦ってきているのもあるし、何よりも司令官さんのことがある。
 先を見据えたいと考えていても、そこまでの割り切りができたなんて言えない。
 全てを水に流すには、お互いにまだ時間も理解も足りていないのだから。
 それでも今は言葉を交わすことはないけれど、これからは協調路線を取っていく。
 こうやって変わっていくのだけは確かなんだと鳥海には思えた。

 泊地の司令部施設内にある会議場で会談は行われた。
 最初から最後まで雰囲気は悪くなくて順調に進んでいく。
 会談の終わり際になって港湾棲姫が白露に会ってみたいと言いだした。ワルサメに良くしてくれていたと聞いていたからだという。
 そして提督は即答を避けた。
 この日の白露型は武蔵や空母たちと一緒に洋上へ訓練に出ている。
 訓練を中止して呼び戻すという手もあるけど、提督さんはそうはしなかった。

「今は洋上に出ているので戻ってきてから。それに我々も立ち会いますが、よろしいですな」

 確認というより条件の提示。港湾棲姫は頷いた。

「代わりと言ってはなんですが泊地を案内しましょう」

 提督のその一声で会談は終わりを迎えた。



502 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/11(日) 11:23:18.79 ID:1ZoVarZvo


 扶桑姉妹と夕雲型の何人かが引き続き港湾棲姫たちに付き添う中、鳥海はその任から外れた艦娘に含まれている。
 提督たちを見送ってから鳥海はため息をつくと、軽く頭を振る。
 それを高雄に見られていたのに気づく。

「お疲れね」

「昨日今日で色々ありましたからね。なんだか世界が変わってしまった気がします」

 気安く言ったつもりでも間違いではない。
 この数ヶ月で鳥海たちを取り巻く環境は大きく様変わりし、今もなお変わり続けている。
 激流に放り込まれたような我が身を顧みれば、疲れるというのが無理なのではないでしょうか。

「本当にそうね……」

 高雄も肩を落とすと鳥海と同じようにため息をついた。
 そんな二人に声がかかる。愛宕と摩耶だった。

「ちょっとー、二人とも湿っぽいわよ」

「だな。こんな時は間宮で息抜きしようぜ」

 摩耶は間宮券をちらつかせてみせる。

「いい考えね、ほらほら」

「もう、強引なんだから」

 愛宕が高雄の背を押していくが、高雄も満更でもなさそうにはにかんでいる。

「鳥海も来いよ」

 摩耶に促される。確かに名案かもしれないと鳥海も思う。ここは英気を養う時だと。



503 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/11(日) 11:24:11.85 ID:1ZoVarZvo


「うん。でもみんなは先に行ってて。工廠に用があるから先に済ませてくるね」

 鳥海は一人で行くつもりだったが、すぐに愛宕が手を挙げる。

「私も一緒に行きたいな!」

「別に面白い用事じゃないですよ? 先に食べていたほうがいいかと」

「それだと鳥海があとから食べてるのを眺めることになるかもしれないのよ。高雄には目の毒だわ」

「どうして私なのかしら」

「高雄ってばおなか周り気にしてるじゃない。食べ終わっちゃった後に見てたら、お代わりしたくなるでしょ?」

 愛宕は悪気のかけらもなく言う。
 高雄は一瞬頬を引きつらせたが、すぐにそれを表情から消す。

「人を食いしん坊みたいに言って……」

「でも事実でしょ?」

「それはそうだけど……」

「姉さんの腹はとにかく、工廠にどんな用があるんだよ?」

「うん……実はね」

 鳥海は指輪を取り出す。
 港湾棲姫の手を経ての私の元へとやってきた司令官さんの指輪。唯一の形見らしい形見になった指輪を。
 他の三人が息を詰める気配を感じながら鳥海は困ったように笑う。



504 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/11(日) 11:25:04.48 ID:1ZoVarZvo


「ペンダントにしてもらおうと思うんです。お守りの代わりに持っていたいので」

 指にはめるのも考えたけど、私と司令官さんではサイズが合わなかった。
 指輪は軍の装備に当たるから本来は返却しないといけないのでしょうが……どうしても、そうする気にはなれなかった。

「鳥海がそうしたいなら好きになさい。それにいいと思うわ」

 高雄が後押しするように言う。その表情は穏やかだった。
 愛宕も一緒に行く気はなくなったらしい。

「間宮で待ってるから、ちゃんと来てよね」

「もちろんです。摩耶のおごりですし」

「あんまりゆっくりしてると高雄姉さんが二人分食べちゃうかもしんないけどな」

「……摩耶?」

 抑えた声の高雄に摩耶が冗談っぽく謝ったのをきっかけに、鳥海は姉たちと別れて一人で工廠に向かう。
 工廠は司令部施設とは別の建物なので、鳥海は外に出てから歩いていく。
 何人かの妖精が装備や資材を確認する傍らを抜けていくと、工廠の奥で夕張が資材管理の帳簿に記入をしながら頭を捻っていた。

「今週の消費資材は……オーバー気味かあ。そろそろ成果も出さないといけないし……」

「夕張さん?」

 鳥海が声をかけると、我に返ったように夕張は立ち上がった。
 しかし相手が鳥海だと分かると安心したように胸をなで下ろす。



505 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/11(日) 11:26:06.66 ID:1ZoVarZvo


「なんだ、鳥海か。ああ、そうだ。資材の割り当てってもう少し増やせないかな?」

「どうでしょう。私も今は秘書艦じゃないですし」

「そっか……ごめん」

「いえ。いっそ夕張さんが秘書艦になっては? そうすれば資材の融通に悩まされないかと」

「私はこっちのほうが性に合ってるんだよね。秘書艦やってたら、工廠の仕事が疎かになっちゃうだろうし」

 工廠は夕張と明石の二人が中心になって機能している。
 得意な領域が微妙に違うのもあって、二人は協同して成果を挙げていた。
 もっとも開発される兵装の全てが実用に耐えるとは限らないが。

「やっぱり秘書艦って必要ね。ところで今日はどうしたの?」

「頼みたいことがあって」

 夕張は鳥海に椅子を勧めると、麦茶をコップに注ぐ。
 鳥海はそれを受け取ると、一口飲んでから話を切り出した。

「加工をお願いしたいんです。ペンダントのように」

 指輪を差し出すと夕張はそれを手に取って注視する。

「これ、提督の指輪かな?」

「はい。どうでしょう?」

「加工はできるし難しくもないけど」

 夕張は鳥海に一度指輪を返してくる。



506 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/11(日) 11:27:08.70 ID:1ZoVarZvo


「本当にいいの?」

 鳥海が頷くと、逆に夕張は困ったような冴えない表情になる。
 乗り気に見えない表情だけど理由が分からない。

「ペンダントってことは肌身離さず持っていたいということよね?」

「……はい。司令官さんとの繋がりがあった証明ですから」

 だからお守り代わりに。そして、あの人を救えなかった自分への戒めとしても。

「そこよ。ずっと持ってるなら戦闘中になくしちゃうかもしれないのに」

 夕張が渋っていた理由に鳥海は気づいた。
 戦闘の最中に失ってしまえば、今度こそ二度と戻ってこなくなる。
 わら山で針を探す、という慣用句があるけど海はわら山と比較できないほど広大で深奥なのだから。
 こうして鳥海の手元に指輪があることが、すでに奇縁の為したいたずらと言えるのに。

「私も前、提督から指輪はもらってるけど二人のはなんていうか特別じゃない。同じ指輪なのに本当に通じてたっていうか……だから、これは大切に保管しておいたほうがいいんじゃないかしら」

「それは考えました。というより最初はそのつもりだったので」

「だったら、どうして?」

 そこで鳥海は少しの間、沈黙した。
 夕張の言うように指輪を大事に取っておけば、鳥海が健在な限り二度と失われることはないかもしれない。
 しかしトラック泊地も決して襲撃とは無縁の拠点とは言えなかった。
 どこかに保管していても、敵の襲撃で灰燼に帰してしまう可能性もないなんて断言できない。
 だから手元に持っておきたい。
 理屈で考えればこうなってくるがそう言えなかった。

「司令官さんは私たちに感謝の言葉を遺していきました」

「そうみたいね……らしいっていうかなんていうか」

 夕張は寂しげに笑う。自分も同じような顔をしているのかもしれないと鳥海は思った。

「それで一晩考えてみたんです。あの人はどんな未来を思い描いてたんだろうって」

 見返す夕張は驚いたのか感心しているのか、相づちを打つように頷いてくる。



507 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/11(日) 11:27:59.90 ID:1ZoVarZvo


「何か分かったの?」

「いえ、残念ながら。でも司令官さんは私たちに期待してくれていたんだと思うんです」

 私たち艦娘が将来どう生きてどうなっていくのか。
 あの人はその点ではとにかく楽天的だったように今では思う。
 前途にどんな困難があっても、それを越えていけると信じているようで。

「これが司令官さんの代わりだなんて言いません。だけど……」

 掌に戻ってきた指輪に視線を落とす。
 これ自体はただの指輪だった。司令官さんが何を考え、どんな想いを込めていたとしても。
 それでも司令官さんは『ありがとう』の言葉と一緒にこれを託してきた。

「この指輪は私に教えてくれたんです。私たちが過ごした時間は無駄なんかじゃなかったって」

 だから私が望まない限り離したくない。
 大切だったことを忘れないためにも、先に進んでいくためにも。

「後生大事にしておくより私の近くでこれからを見届けてほしいんです。私が生きていく時間を」

「……あーもう、そこまで言われたら断れるわけないじゃない」

 夕張は今度こそ指輪を受け取り、鳥海は頭を下げた。

「何日か時間をちょうだい。最近面白い鋼材を開発できて――とにかく丈夫に作ってあげるから」

「当てにしてます」

「任せて。鳥海の艤装より丈夫にするから」

「それなら艤装のほうも丈夫にしてほしいです……」

「意気込みの話だよ」

 夕張は上機嫌そうに笑う。
 自信が覗いている笑みに、鳥海はもう一度礼を言ってから頭を下げた。
 後はできることをやっていくだけ。鳥海は人知れず気を引き締めていた。



513 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/17(土) 16:34:38.79 ID:XnFMKPV8o


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 白露が港湾棲姫へ抱いた第一印象は大きいだった。
 実際に近づいてみると、つくづくそう思える。
 訓練が終わって帰港すると、白露は汗を流してから姫が待つ波止場に向かった。
 そして姫の両隣には扶桑姉妹が並んでいる。

「大きいね」

 隣の時雨も同じようなことを言う。
 指名されたのは白露だけだったが、時雨は勝手についてきていた。
 というより他の妹たちもこっそりと追ってきている。
 以前、時雨が扶桑姉妹を同じように評していたのを白露は思い出す。
 港湾棲姫の足にはホッポが隠れるようにしがみついているが、怖がっているわけではなく逆に好奇の眼差しを二人に向けていた。
 少し離れたところにはヲ級と夕雲たちがいる。

「あれがホッポか。あっちは見た目通りというか小さいね」

 白露が無言で頷くと時雨は続ける。

「しかし……あの三人はまるで山だね」

「山かあ。ちょっと分かるかも」

 一人が山なら、三人並べば連峰?
 別に大女って意味じゃないけどさ。

「白いし氷山ってところかな。並んでるとすごく大きいし。いや、一人でも大きいんだけど」

 言われてみると三人とも白い。氷山というのも分かる――冷たすぎる気もするけど。

「大きい……あれが◯◯。違うね、◯◯か」

「うん……うん?」

 時雨は何を言い出すんだろう。白露は不審そうに時雨を見た。



514 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/17(土) 16:35:40.06 ID:XnFMKPV8o


「なんだい、姉さん。その目は」

「大きいって◯◯◯◯のこと?」

「他に何があるんだい?」

 さも当然のように言う時雨に、白露はげんなりとする。
 白露は時雨を置いていくように歩調を早めた。

「ちょっと! 何か言ってほしいな……」

 すぐに時雨も追いついてくる。白露は顔を向けず、声に呆れを乗せて言う。

「あたしは背とか体全体のことを言ってたんだけど……そっか、時雨ってばそういう子だったよね」

「ちょっと待って。ボクについて良からぬ誤解がある気がするんだけど」

「どの口がそれを言うの?」

 さっきのは完全に時雨の落ち度だと思うんだけど。
 間近に来て分かったのは扶桑が柔和な笑みを浮かべる一方で、山城は仏頂面をしていたということ。
 気を取り直して白露は挨拶する。

「あたしが白露だよ。それでこっちは時雨」

「ハジメマシテ、私ハ港湾棲姫……コーワン。ソレカラ、コノ子ガホッポ」

「ハジメマシテ!」

「それから私が氷山ね」

 ふて腐れたように山城が言い足す。
 白露は思わず肘で時雨を突いていた。
 あたしは知らないよ。この件では時雨と一切関わりがないという姿勢を貫こうと白露は内心で決めた。



515 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/17(土) 16:36:38.29 ID:XnFMKPV8o


「やあ、山城。今日も一段ときれいだ」

「見え透いたお世辞で懐柔できると思われてるなんて……やっぱり不幸だわ」

「あはは……」

 白露は乾いた笑いで誤魔化してから港湾棲姫に顔を向け直す。

「それで港湾棲姫が……」

「コーワント呼ンデ」

「じゃあコーワンがあたしに会いたいって聞いたんだけど」

 なるべく笑顔を意識して白露は話しかける。
 怖いという印象はなくても少しは緊張していた。
 ホッポが港湾棲姫から離れて前に出る。

「白露……ワルサメノオ友達?」

 見上げてくる顔はまっすぐ白露を見つめてくる。その目は何かを期待しているようだった。
 ワルサメがホッポやコーワンの話をしていたのを思い出す。
 その時のワルサメは二人を上手く伝えようと真剣だった。
 今ならその気持ちが白露にも分かる。きっとこの子は今と同じ目でワルサメを見ていたのだから。

「一番の友達だったよ」

「イチバン……」

「あなたがホッポね?」

「ウン……」

「あたしとお友達になろうよ」

 白露は手を差し出していた。
 ホッポは驚いた顔で固まったが、すぐに満面の笑顔と一緒にその手を握り返すと嬉しそうに振る。



516 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/17(土) 16:37:26.87 ID:XnFMKPV8o


「白露、ホッポトモオ友達!」

 あたしたちよりずっと小さな手だった。ホッポの白い手は見た目と違ってずっと温かい。
 港湾棲姫が頭を下げてきて、白露を驚かせた。

「オ礼ガ言イタカッタ……ワルサメノコト……大事ニシテクレテアリガトウ……ソレニホッポニモ」

「あたしは自分がしたいようにしてきただけで別に」

 こんな形で深海棲艦から感謝されるなんて思わなかった。
 なんでだろう。嬉しいのに……悲しかった。
 だって、ここにワルサメがいれば……あの子はきっとこういうところが見たかったんだと思えて。
 でも、この気持ちは表に出さないと決めた。もういないワルサメのためにも。

「それにしても、どうして白露とワルサメのことを知っていたのかしら?」

 扶桑の疑問に港湾棲姫が答える。

「提督ガ教エテクレタ」

「提督が?」

 一瞬どっちの提督か考えてしまったけど、前の提督としか思えない。
 でも、それならちょっと気になる。

「他にワルサメのことは何か言ってたの?」

「ココデワルサメガドウ過ゴシタノカ教エテクレタ」

「あたしの妹のことは?」

「提督ハ……必要以上ニ艦娘ノ話ハシタガラナカッタ」

 やっぱり春雨の話はしてないんだ。白露は確信した。
 たぶん情報の漏洩を嫌ってのことだろうとも。



517 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/17(土) 16:38:05.15 ID:XnFMKPV8o


「妹たちにも会ってくれないかな。紹介したいんだ」

 実を言えば春雨たちも隠れてこの様子を見ている。
 春雨は深海棲艦たちに会うのに戸惑っていた。自分がワルサメ――駆逐棲姫と互い違いでよく似ていると知っているから。
 でも遅かれ早かれ会ってしまう。同じ泊地にいて避け続けるなんて無理。
 それなら下手に時間を空けてしまうより、今の内に会ったほうがいいに決まってる。
 白露の声を待っていたように、残りの白露型一同が姿を見せる。
 コーワンもホッポもその中の一人、春雨に気づいた。

「ワルサメ!」

 ホッポが止める間もなく駆け出すと、春雨に飛びつく。
 春雨は腰の辺りに飛びついてきたホッポを受け止めたものの、手で触れて支えるのはためらっていた。

「コレハ……ドウイウコトナノ?」

「話せば長くなるんだけど」

 コーワンも戸惑っていた。白露はそんな彼女の手を取る。

「行こう、コーワン。春雨はあれじゃ動けないし」

 白露は返事を待たずにコーワンの手を引いていた。
 一方の春雨はホッポに抱きつかれてたじろいでいる。

「あの……私はワルサメじゃなくって春雨です。はひふへほのはです」



518 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/17(土) 16:38:37.35 ID:XnFMKPV8o


 春雨は恐る恐るといった手つきでホッポを体から離そうとするが、しがみついたホッポは離れない。
 むしろ万感を込めて春雨を見上げてくる。
 妹のさらに妹を見ているような気分だと、白露は思う。
 コーワンがすぐ近くに来たために、春雨の進退はいよいよ窮まった。

「あの……」

「アナタ……」

 春雨とコーワンは互いに口を開いて、上擦った呼びかけが重なる。
 視線を絡ませたまま今度は沈黙した姫を前に、やがて春雨は話し始めた。

「私、春雨って言って白露型の五番艦です、はい。姉は白露、時雨、村雨、夕立。妹は五月雨、海風、山風、江風、涼風――あ、山風はまだいないです、はい」

 普段よりも早口で春雨は言う。

「ワルサメのことは白露姉さんから聞いてます……私だけ彼女には会ったことないんです。入れ違いで保護されて……でも私はワルサメじゃなくって春雨で!」

 その時、春雨の頬を涙が伝っていった。

「あ、あれ……?」

 春雨は目元を拭うが、それをきっかけに次から次へと涙がこぼれ出す。

「なん……なんで涙が? 悲しくなんて、ないのに……」

 春雨は嗚咽をなんとか我慢しようとしているが、明らかにできていない。
 釣られたように顔をくしゃくしゃにしだしたホッポがコーワンを見上げる。
 つぶらな瞳には黒っぽい涙が溜まり始めていた。



519 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/17(土) 16:39:06.07 ID:XnFMKPV8o


「コーワンガ……泣カセタノ?」

「エ!? チ、違ウ! 別ニ何モ……」

 コーワンの言葉はホッポには届いていないようだった。
 春雨も限界が近いようで、震える声で夕立に助けを求める。

「夕立ねえさん……!」

 急に言われても夕立はどうしていいのか分からないのか、動転したように言う。

「お姉ちゃん、パスっぽい!」

 ここであたしに振らないで、夕立!
 内心を呑みこんで白露は言っていた。

「な、泣きたい時は泣いちゃうのがいっちばーん!」

 二人分の堰が切れて泣きじゃくってしまう。
 コーワンはそんな二人を前に、どうしていいのか分からずおろおろ混乱している。
 火でもついたかのようなうろたえ振りだけど、白露も置かれている状況としてはさほど変わらなかった。
 なだめようにも二人には白露の声が届いていないし、届いていたとしてもどうにかなるわけでもない。

「大惨事ね……不幸だわ。主に白露とコーワンが」

 山城さんが冷静に指摘してくるけど、助け船を出してくれるつもりはなさそうだった。
 二人の泣き声はいっそう激しくなってきて、あたしまで泣きたくなってきた。



520 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/17(土) 22:29:15.35 ID:XnFMKPV8o


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 私が最初に見たのは同じ深海棲艦だった。
 白くて長い手足に、頭は兜か鎧のような外殻に守られている。その一方で腰や胸の下は肌が露出していた。
 寒くはないのだろうか――私の格好も似たり寄ったりかもしれないが。

「オハヨウ……ゴザイマス」

 頭部に似合わず綺麗な声だと思った。
 その深海棲艦が手を伸ばしてきたので、私はそれを掴んで立ち上がる。
 どうすれば立ち上がれるのかは体が理解していた。それに従って体を動かせばいいだけ。

「状況……分カリマスカ?」

「イヤ、私ニハ何モ……」

 答えながら、他に誰かが私を見ているのに気づいた。
 私を立たせた深海棲艦の奥に二人の――姫と呼ばれる存在が立っている。
 言われずとも理解できた。相手が姫なのは。
 片方は私をせせら笑うように、もう片方は険しい目つきで見ている。

 そして警戒してしまう。
 この二人は私に害を為すかもしれないと。
 すでに何かされているのか。何かって何を?
 偏執狂なのだろうか、この頭は。

 私の戸惑いをよそに姫の片方が近づいてくる。
 何も着ていないようにしか見えないが、それはいい。
 唇を線にした薄い笑いは、私を値踏みしているようだった。
 私を立たせた深海棲艦は手を握ったままで、その力が強くなる。
 この姫が近づいてから、それは顕著だった。少しばかり痛い。



521 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/17(土) 22:30:53.58 ID:XnFMKPV8o


「艤装ノテストヲシマショウ。ソウソウ、私ノ名前ハ――」

 そこから先はほとんど聞き取れなかった。
 姫はそこで彼女の名や、どうやら一緒に私の名も口に出したようだったが。

「アナタノ名ヨ、声ニ出シテミテ」

 姫はまた何かを言い復唱を求めてきたができなかった。
 雑音や叫びを回らない舌で再現するのは不可能。
 その音は言わば壊れたテープを聞かされているようなものだ。
 ……テープとはなんだろう?
 私の頭は私の知らないことまで考え出す。
 生まれたばかりでも、この頭に知識はある。
 それにしては、この頭には私が知り得ない知識まで詰め込まれているような気がする。
 なぜそう思えるのかは分からないが……単なる思い違いかもしれない。

「ソッチノ彼女トイイ、名前ヲ認識デキナイノガ続クナンテ……出自ノ問題カ」

「出自?」

 姫は笑う。いくらかの嘲りも含まれている気がした。

「アナタタチニハ今ガアルジャナイ」

 何も教えるつもりはないようだった。
 しかし一理あるかもしれない。
 私がなんであれ、私は必要以上に私を知りたくないかもしれない。

「サア、来ナサイ」

 姫は背を向けて歩き始める。
 ついていくしかない。そして未だに手を握られたままだった。

「……アマリ強ク握ラナイデホシイ」

「……ゴメンナサイ」




522 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/17(土) 22:32:56.77 ID:XnFMKPV8o


 彼女はゆっくりと手を開いていく。
 私以上にさっきの言葉か、あの姫に対して何か思うことがあるのだろうか。
 仮面のようですらある頭部からは、表情が見えず感情を推し量ることもできない。

「握ルナトハ言ッテナイ」

 気づけば私は自然とそんなことを言っていた。彼女は首を横に振る。
 私は自分から彼女の手を取った。
 彼女をそのままにしておくのは……なぜか良くない気がして。
 私は手を引きながら、自分の歩調を確かめるように歩き始めた。
 前方にいる二人の姫の会話が少しだけ聞こえてくる。

「私モ行クノカ?」

「見タクナイ?」

「……責ハアルカ」

 私たちは通路を進む。天井には青白い明かりがあるが、ここは洞穴のように思えた。
 進んでいくと、それまでとは異なる深海棲艦がいた。
 黒いフードを被った深海棲艦だ。
 そいつは壁に寄りかかっていたが、姫たちに目配せしたようだった。

「好キニシナサイ。イツモノコトデショ」

 姫の声が聞こえてきた。面白がるような声だった。

「アリガタイ」

 そいつは壁から離れた。
 意外に幼い顔が笑みを張りつかせて、目を赤々と光らせて私を見ている。
 好戦的に見える表情に私は危険を感じた。



523 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/17(土) 22:35:38.24 ID:XnFMKPV8o


「危ナイ……」

 隣の彼女が警告しきる前に、私は手を離すと前へと踏み出していた。
 その時には向こうの深海棲艦も同じように私めがけて駆けだしている。
 ほとんど衝突するようにぶつかり合っていたが、互いに引きも倒れもせず押し合う。
 私はぶつかった直後に、そいつの手首を両手で押さえ込んでいた。

「生マレタバカリニシテハイイ反応ダヨ。気ニ入ッタ」

 そいつは楽しそうに笑っていた。悪気というものをまるで感じない。

「ダガ手数ハアタシノホウガ多イノサ」

 首に冷たくて太いものが巻き付いてくる。見ればそいつの体から尻尾が伸びて締め付けてきていた。
 巨大な口を持った尻尾の先端が顔のすぐ横に来ている。
 その気さえあれば噛み砕くのは簡単、ということか。

「ヒヒッ、怒ルナヨ。歓迎ノアイサツッテヤツサ」

 首への圧力が弱まり、尻尾が離れていく。
 これ以上をする気はないとみて、私もそいつから手を離した。

「ソッチノヤツハダメダメダッタケド」

 そいつは私を立たせてくれた彼女を見やる。こいつの判断基準はどうやら強弱らしい。

「オ前ハイイナ。名ハ? アタシハ9レ#=Cッテ呼バレテル」

「……何ヲ言ッテルノカ分カラナイ」

 正直に答える。すると後ろで様子を見ていた裸に近い姫が言ってくる。

「ダッタラ『レ級』トデモ呼ビナサイ」

「レ級?」

「ヒヒッ、十把一絡ゲカヨ」

「人間ハ彼女ヤ同種ヲソウ呼ンデイル。ソレナラ、アナタタチデモ言エルデショウ」



524 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/17(土) 22:36:53.43 ID:XnFMKPV8o


 確かにレ級なら言えるし分かる。
 レ級本人はその呼び方はあまり面白くないようだったが。

「名ヲ認識デキナイナラ、アナタタチ二人ハ人間ノ呼称デ呼ベバイイ。二人モ名無シガイルノモ紛ラワシイシ」

 改めて、その姫は自分たちの名を言う。

「人間ヤ艦娘流ノ基準デイエバ、私ガ装甲空母姫。コッチハ飛行場姫ダッタカ」

 その言葉なら理解できたので私は復唱した。
 すると装甲空母姫は満足げに笑い、やや距離を取ったままの飛行場姫は私から目を逸らした。
 やはり私は飛行場姫にあまり気に入られていないようだ。
 理由は分からないが、理由などないのかもしれない。人が人を嫌う理由など、意外に大した理由ではなかったりする。
 ……今、私は人間を基準に考えたのか?
 どちらにしても私とて彼女に理由のない警戒心を抱いている。お互い様というわけか。

「アナタタチハ新種ダケド姫デハナイカラ艦種ニ合ワセテ呼ビ方ガアルハズ。二人トモ重巡ノ艤装ニ適正ガアルケド、コッチノ彼女ハ軽巡ニヨリ適正ガアッタカラ」

「イロハ歌」

 急に後ろの飛行場姫が言い出す。

「イロハ歌……ソウ、ソレカラ名ヲツケテイルト確カニソウ言ッテイタ」

 誰が言っていたのだろう。飛行場姫の言葉からは分からない。
 ただ、その言葉は私に閃きを与えた。

「ソレナラ私ガ『ネ級』デ彼女ハ『ツ級』ニナル」

 私はまた私の知らない知識で話していた。
 ただ、これで決まった。私にはネ級という名がある。名と呼んでいいのか分からない名が。



531 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/27(火) 23:23:08.48 ID:lKPQ86Ago


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 港湾棲姫たちがトラック泊地に保護されてから半月が過ぎた。
 先日になって大本営から使節団が派遣され、港湾棲姫との協議も済んでいる。
 鳥海は会談には参加しなかったが、議事録を取っていた夕雲から要旨は教えてもらっていた。

「要は何も変わらないということですよ」

 夕雲は苦笑いしながら前置きとしてそう言った。
 決まったのは港湾棲姫たちを守るためにも、彼女らの安全を脅かす存在に対して艦娘や泊地の基地機能が行使されるということ。
 つまり正式な保護対象として認定された形になる。

 大本営は深海棲艦の生態調査を申し込んでいるが、これは深海側から拒否されている。
 調査という名目で何が行われるのか分からないのだから、断るのも当然だというのが夕雲と鳥海の共通認識だった。

 一方で将来的に港湾棲姫たちが人間に害を為すのなら、実力をもってして排除することになっている。
 そういった事情もあって、当面はトラック泊地でのみ深海棲艦の滞在を認めていた。
 また深海棲艦たちもただ守られるだけでなく、可能な限りの協力を約束している。
 協力するといっても具体的な形は定まっていなかったが、港湾棲姫は自分が持つ情報をここに至って開示していた。
 深海側の拠点や勢力に関する情報で、それは新たな戦いの幕開けも意味している。

 深海棲艦の主力がガダルカナル島に拠点を築いているのが港湾棲姫により判明したが、艦娘たちもMI作戦にまつわる被害からすぐに動けないというのが実情だ。
 各鎮守府や泊地では戦力の増強、あるいは立て直しを図りながら、本土ではガ島を攻略するための作戦の実施に向ける準備が始まっていた。
 トラック泊地でも新提督による体制が固まりつつある中、艦娘やマリアナ救援で摩耗した基地航空隊の練成が進んでいた。



532 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/27(火) 23:24:50.29 ID:lKPQ86Ago


 他方、港湾棲姫ら深海棲艦は泊地の艦娘や人間に馴染もうと努力している。
 多くの深海棲艦は言葉が通じないなりに身ぶり手ぶりで意思表示をしようとしているし、中には発声の練習をしている姿も目撃されている。
 港湾棲姫も自らをコーワンと呼び、日常に少しでも溶け込もうとしていた。
 艦娘たちもそんな深海棲艦たちを受け入れ始めた頃、鳥海はある妖精と再開を果たした。

「お久しぶりです、秘書艦さん」

 第八艦隊内での紅白戦を終えて帰投した鳥海の前に現れたのは、白の帽子を被ったセーラー服の妖精だった。
 と号作戦前に本土を訪れた時に、二人目の鳥海と引き合わせてきた妖精だ。
 彼女は以前と同じように白い猫を吊すように持ち上げている。

「あなた……確か司令官さんと一緒に会った」

「ええ、十ヶ一月ぶりですか」

「もうそんなに……」

 鳥海は以前の夜を思い出して動揺した。
 あの夜、あの場にいた司令官さんも二人目の鳥海も、この世界のどこにもいない。
 一年に満たない時間なのに、喪失は確実に迫っていたと気づかされた。
 言葉をなくした鳥海に妖精は言う。

「こうなると次は私の番かもしれませんね」

 内心を見透かしたような一言はどこまでが本気か分からず、鳥海はあえて何も答えなかった。

「少しお時間よろしいですか?」

「ええ、ちょっと待ってください」

 鳥海は高雄に後のことを頼んでから、妖精とその場を離れる。
 妖精は他で話したいというので、鳥海は妖精が先導していくのに任せた。
 屋外に向かう道中で、妖精は自分から話を進めていく。



533 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/27(火) 23:25:37.03 ID:lKPQ86Ago


「今日は深海棲艦の見定めに。新しい提督さんにもご挨拶しておきたいですし、秘書艦さんとも少し話しておきたくて」

「話すのは構わないんですけど、私ならもう秘書艦ではありませんので」

「そうなのですか? 失礼しました。それでも鳥海さんと話しておきたいのは本当ですよ」

 妖精が猫を支えるように抱き直すと、猫はその顔を見上げてから体を丸めて目を閉じる。
 寝に入るような猫を見て、鳥海は表情を柔らかくする。

「好きなんですね、猫」

「いえ、特には」

 妖精はきっぱりと否定する。

「でも前回も一緒でしたよね、その猫」

「この子は悪さをするから懲らしめてたんです。そうしたら懐かれてしまっただけで」

 口でそう言っても嫌がってるようには見えない。
 何よりも猫が懐いてるのは自明だし、好きでもなければこの子なんて呼ばないでしょうし。
 鳥海は一種の照れ隠しなんだと受け止めた。

「それはそれとして今の秘書艦はどなたです?」

「今は夕雲さんですね」



534 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/27(火) 23:26:18.48 ID:lKPQ86Ago


 夕雲さんが会談の議事録を取っていたのも秘書艦に抜擢されたため。
 今の提督さんは左腕がいくらか不自由で、そこに最初に気づいたのが夕雲さんだった。
 何度か仕事の話をしている時に、夕雲さんが馴れ初めを話してくれた。

「最初はただのぶきっちょさんかと思っていましたが」

 夕雲さんは提督さんが食事を取る時に右手だけで全部を済ませようとしていたのが引っかかったようで、しばらく意識してみていたら左腕が変だと気づいたという。
 それからは目立たないように提督さんの手助けをしていたら、ある時に提督さんから秘書艦を打診されて今では彼女が秘書艦を果たしている。
 端から見ていて、今の夕雲さんはとても充実しているようだった。
 司令官さんと一緒にいた時の私もそう見えていたのかもしれない。鳥海は一抹のさみしさを覚える。

「ここにしましょうか」

 妖精が口にした言葉に鳥海は今に意識を向けなおす。
 二人と一匹の組み合わせは屋外のラウンジに出ていた。
 日除けのパラソルと一緒に置かれているテーブルに向かい合って座る。

「提督さんのことは残念でした」

 司令官さんのことを言ってるのは、聞き返さなくなって分かる。

「我々は提督さんへの協力を約束していました。しかし、それもできずにこんな結果を迎えてしまったのは残念です」

 妖精の表情は薄い笑顔から変わらない。
 この表情の見えなさはそのまま腹の内の読めなさに繋がっている。
 いまいち感情が見えてこないから、どうしても形だけの言葉のようにも解釈できるけれど。

「まだこれからですよ。司令官さんはいなくなってしまいましたが、あの人は私たちに後事を残していきました」

「深海棲艦ですか。上手くやっていけそうなのですか?」

「……そう願いたいですね」

 大丈夫だと鳥海には言えない。
 共存を目指すような形になりつつある一方で、その先が大丈夫と断言するのはあまりに楽観的すぎるように思えたために。



535 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/27(火) 23:26:52.04 ID:lKPQ86Ago


「率直に申し上げると予想外でした」

「ここに深海棲艦がいるのが、ですか?」

「はい。だからこそ我々妖精も戸惑っているのです。この変化をどう捉えるべきなのか」

 鳥海にもその気持ちは理解できた。
 楽観視できないのも根ざすところは同じ理由だ。

「我々にとって深海棲艦は脅威でした。しかし今の状況では必ずしもそう言いきれなくなっています」

 妖精は初めて無表情を鳥海に向ける。
 なぜだか、その目は助けを求めているように鳥海には見えた。

「本来なら提督さんに聞くところでしたが鳥海さんに聞きます」

「……どうぞ」

「今のあなたたちは深海棲艦を受け入れ始めていますね?」

 鳥海はしっかり頷いた。
 心を許したとは言えないにしても、受け入れられるようには努めていた。
 鳥海だって例外ではないし、むしろ提督との関係が深かった自分こそが率先して受け入れる必要もあるとさえ感じている。

「では、もしも港湾棲姫たちを撃てと命令されたら撃てますか?」

 妖精の質問に鳥海は素直な反応を見せた。戸惑いという反応を。
 戸惑っているからか、妖精の言葉は感情を欠いた他人事の声に聞こえた。

「人間が全てあなたの提督さんのように考えるわけではありません。深海棲艦を恐れ憎む者もいますし、深海棲艦もまたそんな人間とは相容れないでしょう」

「そうかもしれませんね……」

「あるいは港湾棲姫たちがそういった理由から人間を見限るかもしれません。いずれにせよ理想がどうであれ、火種そのものは消えないでしょう」



536 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/27(火) 23:28:38.79 ID:lKPQ86Ago


 言いたいことは分かるし、敵対した場合も想定されているのは知っている。
 この場は口だけでも撃てると答えてもいいのかもしれない。模範的な回答という意味では。
 だけど……簡単に撃てるとは言いたくなかった。
 言葉にした瞬間、それが現実になってしまいそうな気がした。裏を返せば撃ちたくないということでもある。
 かといって戦うのを嫌がってるわけじゃない自分も自覚していた。
 言葉が思うように出てこない鳥海に構わず、妖精は話し続ける。

「さっきも言ったように本当ならこれは提督さんに問う話でした。今まで人間を見てきましたが、時に理想や主義主張ばかりが先行すると本当に大事なものを犠牲にしてまで通そうとするのです。それは本末転倒ではないでしょうか」

「本当に大事なもの……ですか」

 鳥海は呟く。
 すでに私はなくしている。
 でも、そこには理想とか主義とか関係あったの? そうは思えない。
 だから難しく考えることなんてないと、鳥海は素直に答える。

「……その時にならないと分からないですよ、撃てるかなんて。状況だって分からないですし」

 よくよく考えると、この答えはあまりよくない。
 場合によっては命令を拒むと言っているのだから。
 それでも本心なのは間違いない。
 下手に追及される前に鳥海は付け足す。

「ただ、そうならないように力を尽くすのが私たちや港湾棲姫、それにあなたたち妖精もじゃないですか?」

「我々も?」

「客観的でいたいのかもしれませんが、あなたの言うことは少し……他人事に聞こえました。この世界に生きておいて、なんにでも他人事を決め込むのは……ちょっとずるいです」

 鳥海の指摘に妖精はなにやら感嘆の声を出して頷いている。
 しかし鳥海は恥ずかしかった。
 偉そうに言ったけど私自身が誰かを批判できるような立場でもなく。
 妖精は満足そうに笑っていた。
 その笑顔の意味を伝えることもなく、妖精は話を切り上げた。



537 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/27(火) 23:29:34.19 ID:lKPQ86Ago


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 陽光の照り返しを受けた海面が白く輝いていて、直視していると目が痛くなってくる。
 ネ級は意識して視線を上げた。そうすれば光を気にせずにいられる。
 艤装の適合を確認してからは、連日のようにツ級と共に洋上で様々な訓練を行っていた。

 この日は飛行場姫が用意した練習機の集団を相手に、回避行動や対空射撃の要旨を叩き込まれていた。
 およそ四時間ほど、朝から始まり正午を回ってからもしばらく続いた訓練は終わり、今は休止の時間に入っている。
 飛行場姫は相変わらず私を避けているが、訓練に関してはとても真摯だった。
 丁寧に諸々の説明をするし、実際に体が反応できるように時間をかけて付き合ってくれる。
 公私の二面的なズレの意味は未だに分からないままだが。

 ネ級の顔に水しぶきがかかった。
 原因はネ級の腰に装着されて背面へと伸びている艤装、その中核を為す二基の主砲だ。
 二基の主砲はそれぞれ海竜のような頭部に三門の主砲と黒い装甲壁を被せた姿をしている。
 ネ級とは別に自立した意識を持つ主砲たちは、ネ級の体に頭を押しつけていた。

「ソンナニジャレツカナイデ」

 ネ級の制止を無視して体をすり寄せてくるので、右の主砲へと手を伸ばす。
 主砲は被弾の危険が少ない下部には装甲がなく地肌が露出している。
 少し強めに顎の辺りをかいてやると、気持ちいいのか喜んでいるのが分かった。
 そうしていると左側もせがむように頭を押しつけてくるので、ネ級はそちらもかいてやる。

「仕方ノナイヤツラダ」

 硬い金属の感触は冷たく心地よいとは言えないが、ネ級は形ばかりの抵抗をして好きなようにさせていた。
 私の体からは粘性のある黒い液体が分泌されていて、それが主砲たちを汚してしまう。
 しかし主砲たちはまったく気にしていないようだった。
 すぐ近くにいたツ級が笑うような気配を見せる。

「懐カレテマスネ」

「少シグライ離レテクレテモイインダケド」



538 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/27(火) 23:30:49.94 ID:lKPQ86Ago


 答えながら艤装を身につけたツ級の姿を見る。
 連装両用砲を二基四門載せた艤装を、それぞれ両腕にグラブのようにはめていた。
 背部には航行を支援するための機関部を背負っている。
 やはり目立つのは両腕の艤装で、さながら巨人の腕のようになっていて物々しい。
 あの腕相手に殴り合いはしたくないとネ級は内心で思う。

「シカシ海トイウノハ静カナンダナ」

「エエ、ナンダカ落チ着キマス」

 風こそ吹いているが他に音らしい音はなかった。
 強いて言えば波が足に当たる水音や艤装のかすかな駆動音はあるが、それも私たちがいなければ存在しない音かもしれない。
 本当にこんな世界で戦いなんかやっているのだろうか。
 この空と海の狭間には静寂しかないのに。

「狭間……?」

 私の頭に突如として何かが思い浮ぶ。
 女だ。女が海の上に立っている。背を向けているので顔は分からないし、この後ろ姿も知らない。

「ネ級?」

 ツ級の声がこだまのように響く。その声のほうが現実感がなかった。
 私の前にいるのは緑と白の服を着ていて、黒髪の長い女。誰なのか私は、俺は、知らない、知っている。
 女の先には空と海、静かなる狭間。こことは違う、どこか遠い世界。
 私は何かを声に出していた。口が動くのを実感し、しかし声の意味が分からない。



539 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/27(火) 23:31:30.29 ID:lKPQ86Ago


「シッカリシテクダサイ……ネ級」

 体をツ級に揺り動かされ、私は現実に立ち返った。
 ツ級の表情は分からないが私を心配してくれているようだった。主砲たちも気遣わしげに顔を覗き込んできている。
 握られた肩が痛かったが、今の私の関心事はそこじゃない。

「大丈夫デスカ?」

「アア、私ハ一体……」

 白昼夢とでも言うのだろうか。
 私の頭に残った残像が今はとても遠い。実際に見た光景とは思えない……それは間違いないだろう。
 しかし現実味のない幻、そう呼んでしまうにはあまりに間に迫る引力があった。
 私の頭の中の誰かが見たのか、それとも想像したのか……私の知らない感情が何かを急き立ててくるようだった。
 ……頭の誰か、とはなんだ? 私はなぜそんなことを考える?

「名前ヲ……呼ンダヨウデシタ」

「名前? 誰ノダ?」

「……ソコマデハ。ヨク聞キ取レマセンデシタ」



540 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/27(火) 23:32:10.99 ID:lKPQ86Ago


 嘘だ。ネ級はすぐに察した。
 よく聞き取れていないのに名前だとどうして分かる。
 しかしネ級は問いたださなかった。
 ツ級がどう感じたのかは定かでないが、ネ級が知らないほうがいいと考えたのだろう。
 今はその配慮を信用することにした。
 ネ級が信用しているのはツ級と二匹の主砲だけだった。
 他の深海棲艦は意思の疎通が困難か、腹に一物隠していそうな連中だけだった。

「ツ級ハ私ヲ……知ッテイル?」

「……言葉ノ意味ガ分カリマセン」

 確かにそうだ。私だって同じようなことを聞かれたら首を傾げる。
 だが他に言い方が見つからなかった。
 私は時に自分が知り得ないことまで知っている。この頭には他の誰かがいると考えた方が自然に思えてしまう。
 ネ級以外の何がいるというのだ、私は。

「デモ……私タチハ元ハキット……」

 ツ級は何かを言いかけてやめてしまった。
 仮面のような顔は追求も気遣いも、全てを拒んでしまっているようだった。
 ネ級はツ級を見ていて、ある考えが思い浮んでくる。
 彼女もまた、もう一人の誰かに住みつかれているのだろうか。



541 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/27(火) 23:35:59.83 ID:lKPQ86Ago

─────────

───────

─────


 装甲空母姫は少し離れた洋上でネ級とツ級の訓練状況をつぶさに観察していた。
 隣では飛行場姫が同じように様子を見ている。
 互いに艤装を装備していて、どちらの艤装も体の左右を囲むように飛行甲板と砲塔が並んでいるという共通点がある。
 もっとも装甲空母姫は名の由来通りに飛行甲板が装甲化されているなどの差異も多い。
 違いが顕著なのは砲火力だろう。
 装甲空母姫が大口径の単装砲を片舷三門の計六門に対し、飛行場姫は小口径の連装砲を片舷二基四門の計八門を装備している。
 またこの場では装着していないが、飛行場姫の右腕に接続する形で運用する大口径砲を有した生体艤装も存在していた。

「君ガ指導ヲ買ッテ出タノハ意外ダッタ。気マグレデハナイノダロウ?」

 装甲空母姫の言葉に飛行場姫はぶっきらぼうに応じる。

「気マグレヨ」

「ソウ。君ガソウ言ウノナラ、ソレデイイ」

 装甲空母姫はあくまで自分のペースで話す。

「ツ級ハ艦娘ヲ基礎ニシタ個体。コッチハ改造ト呼ンダホウガ、イクラカ近イ言イ回シカモ」

「ソウ」

 関心がなさそうに飛行場姫は答えた。
 ただ、表面的な反応で内心は興味を持っている。

「私ノ知ッテル艦娘?」

「君、艦娘ニ知リ合イガイルノ?」

「……イナイワネ」

 他の姫たちは艦娘について……というより元になった軍艦についての知識を有してる場合がある。
 戦艦棲姫なら戦艦のことは知っているし、空母棲姫なら空母といった具合に。
 装甲空母姫はどうなのか、そういう話をしたことはないと飛行場姫は振り返る。



542 : ◆xedeaV4uNo 2016/12/27(火) 23:36:35.24 ID:lKPQ86Ago


「アノ男――提督ヲ混ゼタ個体デ生キ延ビタノハ、アノネ級ダケ」

 当然言われたことに装甲空母姫は口をつぐむ。
 二人はしばらく無言で訓練を見ていたが、やがて沈黙に折れたのは飛行場姫だった。

「続キハ? 今ノ話ダトネ級以外ハ……」

「ヤッパリ気ニナッテル」

 含み笑いをしてから、何か言い立てられる前に装甲空母姫は口を開き直す。

「建造ト呼バレル手法デイクラカノ資材ト核ニナル素体、ソレカラ提督ノ部位ヲ小分ケニシテ混ゼテミタ。生マレ返ッタ個体ハドレモ健常ダッタガ、ホボ幼体ノ間ニ死ンデシマッタ。唯一、成体マデ成長デキタノガネ級トイウワケ」

 飛行場姫は説明の光景を想像して不快そうに表情を歪めたが、装甲空母姫は気にしていないのか気づいていないのか話を続ける。

「アレハ一番混ザッタ個体。頭ヲ丸々使ッタカラ」

「……ダカラ提督ニ準ズルヨウナコトヲ知ッテイタ?」

「断片デ無自覚ノヨウナ状態ダロウガネ。タダ限定的ニダガ有益ナ情報ハ引キ出セルカモシレナイ」

「ソウ都合ヨク話スカシラ」

「サテ……少ナクトモ隠シ立テハシナイハズ。彼女ハ深海棲艦ダカラ」

 飛行場姫は返事を控えた。
 何を聞いたところでやることは変わらない。
 できることならネ級を沈ませたくないのが、彼女の偽らざる気持ちだった。
 提督を殺したことは悔やんでいない――提督がそれを望んだのだから。

 だが、この状況を承服するかは別だ。
 納得のいかない部分があるからこそ、ネ級にできる限りはしてやろうと思っている。
 差し当たっては生存率を高めるための協力を。
 どうネ級と接していいのか分からないままだが、戦闘に関しては彼女の方に一日の長があった。
 ネ級、それにツ級もそうだが、飛行場姫はどこかで憐れみに近い感情を抱いている。
 飛行場姫は内心で自問していた。
 これは感傷なのだろうかと。



551 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/09(月) 22:21:31.61 ID:LBV/bUw6o


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海は港湾棲姫たちと話す必要があると感じていた。
 妖精の問いかけが気になっていたし、最初の接触時以来ほとんど言葉を交わしていない。
 どちらも多忙だったのはあるが、それを口実に接触を避けようという気持ちが少しはあった。

 陸上にいる深海棲艦は三人だけで、まだ個室は与えられていないし将来的にどうなるかも分からない。
 今はそれぞれ個別に分けられて艦娘たちと相部屋という形になっていた。
 港湾棲姫は扶桑山城と、ホッポは白露型と、そしてヲ級は蒼龍たちと同じ部屋を使用している。
 これは素行の監視も兼ねている処置なのだけど、深海棲艦たちは不満には思っていないようだった。
 というより、どちらかといえば艦娘と接点が持てるのを歓迎している節がある。
 案外、彼女たちは社交的らしい。

 鳥海が赴いたのは扶桑たちの部屋だった。
 とにもかくにも深海棲艦を知るには、まず港湾棲姫を知るのが最も近道だと思えたから。
 部屋のドアをノックすると、中から扶桑が誰何の声をかけてきたので応じる。

「鳥海? 珍しいわね、ここに来てくれるなんて」

 扶桑がドアを開けると、部屋の奥で山城と港湾棲姫がちゃぶ台を挟んで何かしているのが見えた。
 掃除の行き届いた清潔な部屋で、本人たちの希望で扶桑型は和室を使っている。

「港湾棲姫、いえ。コーワンと少し話がしたくて」

「もちろん構わないわ、たぶん。でも少し待ってあげてくれないかしら」

 扶桑は鳥海を中へと案内しながら言う。
 山城と港湾棲姫はボードゲームに興じていて、集中している二人は鳥海に気づいていない。
 姉さんたちとやったことあるけど、なんという名前だったっけ……。
 名前は思い出せないけど、海戦をモチーフにしたゲームでルールと目的はシンプルだった。
 二人がやっているのは盤上に軍艦を模した複数の駒を並べて、それを相手より先に見つけて沈めていくというゲームだ。

「山城も私とならいい勝負ができるんだけど……」

 扶桑はすでに勝負は決したかのような言い方をする。



552 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/09(月) 22:22:03.89 ID:LBV/bUw6o


「あなたもやってみる?」

「いえ、今日は遠慮しておきます。熱中しすぎちゃいそうですし」

 計算だけではどうにもできない運の要素も大きいから、一度始めてしまうとついつい没頭してしまう。
 特にどちらかが負けず嫌いだと。そして艦娘というのは意外というべきか当然というべきか負けず嫌いが多い。
 それにしても艦娘と深海棲艦の姫がボードゲームをやってるのはシュールな光景なのかも。
 見守っていると港湾棲姫が山城の持ち駒を順調に沈めていき勝負は決した。
 山城さんには……運がなかったとしか言いようのない推移だった。

「また負けてしまうなんて……」

 肩を落とす山城に港湾棲姫は慰めの言葉をかける。

「今回ハ運ガナカッタダケ……」

「今回もの間違いでしょ……不幸だわ」

 山城が深々とため息をついたところで、港湾棲姫は苦笑する調子で顔を上げた。
 視線が鳥海と絡む。山城もそこでようやく鳥海に気づいた。

「鳥海……ダッタカシラ。イツカラココニ?」

「少し前からね。あなたと話したいって」

 扶桑の説明に港湾棲姫は落ち着いた顔で見返す。

「私たちは外したほうがいいかしら?」

「いえ、そういう話にはならないと思います」

 鳥海がかぶりを振ると、扶桑は座布団を敷いて座るように勧めてきた。
 左側に港湾棲姫、右に山城が見える場に座る。
 山城はそそくさとボードゲームを箱に片付け始めていた。



553 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/09(月) 22:25:11.32 ID:LBV/bUw6o


「コーワンにこちらの生活はどうか聞きに来たんですけど」

 心配する必要がないのは間違いなさそう。彼女はすっかり馴染んでいるようだから。
 港湾棲姫はほほ笑む。

「知ラナイコト、分カラナイコトハ多イ……シカシ、ソレモ含メテ充足シテイル」

 鳥海もつられたように笑い返す。自然とそうしたくなるような魅力を感じて。

「そうみたいですね。あなたたちには慣れない環境で苦労もあるかと思ったんですが」

「苦労……ソレハ違ウ。コレハ私タチガ未来ヲ望ンダカラ……」

 港湾棲姫は鳥海を見つめている。優しい目だと鳥海は思う。

「今ノ提督ニモ前ノ提督ニモ感謝シテイル……私タチダケデハ……コウハナラナカッタ」

「それなら教えてくれませんか? あなたはどんな未来を望んでいるのかを」

 どう答えるのだろう。鳥海は興味があった。
 この返答こそが今後の自分たちの関係を決定づけるはずだった。

「私ニハ付キ従ッテクレル者タチガイル……皆ヲ穏ヤカニ暮ラセルヨウニシテヤリタイ」

 ほほ笑みから一転して、引き締めた表情で港湾棲姫は答える。

「中デモホッポガ一番。ホッポガ笑ッテイラレルヨウニシテアゲタイ。アノ子ハ私ニトッテノ……」

 港湾棲姫はそこで言い淀む。
 言葉を探るような間を置いたが、彼女は続くはずの言葉を変えたようだった。



554 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/09(月) 22:26:23.63 ID:LBV/bUw6o


「以前、提督ガ私ニ言ッタ……ホッポニドンナ道ヲ残シタイノカト。私ハアノ子ニ笑ッテイテホシイ」

 母親みたいなことを言うんですね。内心でそう思う鳥海だったが口には出さなかった。
 親の情というのが想像しかできない身としては、コーワンのほうが艦娘より生き物らしいのかもしれない。
 それが彼女にとって褒め言葉になるかは分からないけど。

「大切なんですね、ホッポが」

「エエ、私ノ命ヲ賭セル。アナタタチニハ……奇異ニ見エル?」

「いえ。その気持ちは分かります。私にだって……」

 司令官さんがいた。だから分かるって断言していい。
 しかし鳥海は言葉を濁したままにした。
 名前を出したら責めるような形になってしまうかもしれなくて、それは望ましくない。
 責めるのも、その理由に司令官さんと口にするのも。

 続くはずだった言葉をなくすと、港湾棲姫もまた沈黙した。
 鳥海が見る限り、港湾棲姫はごく当たり前の――喜怒哀楽の感情を持っている。
 ならばコーワンは司令官さんに対して、人並みに罪悪感や後悔の念を抱いているのかもしれない。
 憂いを漂わせる顔を見ていると、そう思えてしまう。

 黙している二人に、扶桑が切り分けた羊羹を運んできた。
 小皿に載せられたそれを並べると、扶桑は鳥海の向かい側に座る。
 よく見ると扶桑と山城の羊羹は半分の大きさしかないのに鳥海は気づいた。
 しかし鳥海は触れなかった。客人への気遣いかもしれず、尋ねるのは無粋な気がして。

「わざわざ聞きに来たからには何かあったの?」

「頃合いだと思ったのもあるんですけど……」



555 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/09(月) 22:27:38.52 ID:LBV/bUw6o


 山城に訊かれて、鳥海は要領を得ない返事をしていた。
 どうするか迷ったが、妖精と話した内容を素直に打ち明けてしまおうと決める。
 下手に隠すと、不要な誤解を招いてしまうような気もした。
 妖精との話を一通り説明すると扶桑がため息をつくように感想を漏らす。

「ずいぶん意地悪な質問をされたのね。将来、コーワンたちと戦うかもしれないなんて」

「……イヤ、ソノ妖精ノ懸念ハ……人間ノ懸念? モットモダト思ウ」

 港湾棲姫は平静に見える様子で言う。

「今ノ我々ガ排サレナイノハ人間ニトッテモ価値ガアルカラ。ダケド私タチガ協力ニ応ジズ……アルイハ他ノ理由デモ危険ト見ナサレタラ……」

「可能性はある、と言いたいんですか?」

 鳥海の疑問に港湾棲姫は弱々しい笑みを投げかける。

「未来ハ誰ニモ……分カラナイ」

 それはそうかもしれないけど……。
 今度は山城がむくれたような顔をして言う。

「あなたはそれでいいの、コーワン?」

 自分は嫌だと言うような物言いに、港湾棲姫は俯きがちに答えた。

「ヨクハナイガ……必要トアレバ、ソウシナクテハナラナイ。ソレガ私」

「ここまできて、そうなるのは……不幸ね」

 山城から口癖のように出てくる不幸という言葉だが、今回のは鳥海も同感だった。
 やっぱり、そういう不幸な事態を避けられるようにしていくしかない。
 司令官さんが……ううん、これは私もまた望んでいるのだから。


556 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/09(月) 22:28:15.27 ID:LBV/bUw6o


 不意に扶桑が呟く。

「幸せって何かしら?」

 え、と鳥海は少し抜けた声を出した。
 その呟きが問いかけだと気づいたのは、扶桑が三人を順に見ていったからだ。
 まさか、そんなことを尋ねられるなんて考えてもいなかった。
 幸運とか不運という話は扶桑さんでなく山城さんがする話だとばかり。確かに扶桑さんにも幸薄いところはあるにしても。
 真っ先に山城が身を乗り出して宣言した。

「姉様とご一緒できるなら、いつでもどんなところでも幸せです!」

「ありがとう、私もそう言ってもらえるのは嬉しいわ。それで、さっきのあなたたちの話を聞いてて、二人は誰かの幸せを望んでるんだなって思ったの」

 私の場合は望んでいる、というより望んでいた。言葉にすれば小さな違いは、もう二度と変えられない。
 ……少しだけコーワンが羨ましかった。彼女にはまだホッポがいるんだから。

「でも気になったの。二人とも誰かの幸せと引き替えにできるなら、自分を捨ててもいいって考えてるようで。もし、そうならよくないと思うわ」

 扶桑は気遣わしげに二人を見る。

「今の私たちは……これからも何かの犠牲の上に立って生きていくことになるはずよ。こんな言い方が相応しいか分からないけど、それは仕方ないの」

 扶桑は深く息を吐き出す。物憂げな眼差しだが、同時に優しげでもあった。
 彼女は鳥海を見て、それから港湾棲姫に視線を定める。

「だからといって自分を犠牲にして、というのも違うんじゃないかしら。あの子の幸せにはあなたもいなくちゃだめでしょ?」

「ソウカナ……」

「そうよ。ホッポがあなたの幸せを望まないはずないでしょ? だからコーワンがホッポの幸せを望むなら、あなたも無事でないと。鳥海なら分かってくれるかしら?」



557 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/09(月) 22:28:58.11 ID:LBV/bUw6o


 いきなり話を振られた鳥海は驚き、しかしはっきりと頷いた。

「言いたいことは分かります……いえ、その通りなんだと思います。ホッポのためを思うならこそ、コーワンは自分も大事にしなくてはならないのでしょう」

 残される者の気持ちを考えれば。
 扶桑さんの言うように、もしもコーワンに何かあればホッポは悲しむ。それはきっと……どんな想いから生じた結果でも幸せではない。
 ……なら司令官さんは私たちの幸せを願いながら、私たちを不幸にしたの?
 違う。そうなんだけど、そうじゃない。考えがまとまらなくて言葉にならない。
 だけど私は……幸せとは言えないけど絶対に不幸でもないんだから。
 鳥海は自分の気持ちを整理できず、複雑な思いに囚われる。
 表情にそんな様子が出たのか、扶桑は鳥海を見据えて謝った。

「私こそ意地悪な話をしてしまったわね、ごめんなさい」

「いえ……」

 鳥海はそう返しながらも、釈然としていない顔をしていた。
 ……幸せってなんだろう。
 満足すること? 悲しまないこと? 思うがままにすること?
 はっきりとは分からないけど、私たちは誰かと関わっている……だから一方通行の想いは幸せに至らないのかもしれない。

 いずれにしても分かったこともある。
 港湾棲姫の動機というのは鳥海に共感できる理由だった。
 確かにコーワンが言うように未来は分からない。
 しかし彼女にホッポのためという理由があるなら、今この時を信用するには十分なのではないかと。



558 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/09(月) 22:41:26.93 ID:LBV/bUw6o


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 日暮れ前に降り出した夕立のために、夜気は普段よりも湿っぽかった。
 雨露に濡れた夜の歩道を進み、鳥海は海岸へと足を運ぶ。
 なんとはなしに見上げると月には墨を塗ったような雲がかかっている。
 海外線にざっと目を通すと、波打ち際に彼女の探す相手――ヲ級がいた。

 砂を踏みながら近づいていくと、話に聞いていた通りヲ級は一人ではない。
 イ級が三人、整列するように波間にいる。
 ヲ級の後ろから近づいてくる鳥海に気づいて、イ級たちが一様に鳴くような声を出した。

「ヲキュー、ウシロウシロー」

 ゆっくりとヲ級が振り返る。
 暗い海を背景にした青い目に白い肌の少女は、どこか隔世の存在のように見えた。
 とはいっても彼女の声は現実のそれである。

「ドウシテ、ココニ?」

「飛龍さんに教えてもらったんですよ。夜はここで発声練習しているって」

 話を聞いた時、飛龍さんは夜遊びに行ってるだなんて言ってたけど。
 ヲ級は分かりにくいが小さく頷く。イ級たちは恥ずかしがっているのか警戒してるのか、波の中に体を半ば隠しながら鳥海とヲ級を見上げていた。

「ミンナ話シタガッテル。飛龍ガ発声練習ハ……コウスルノダト教エテクレタ」

 ヲ級は息を吸い込むと早口に言う。

「隣ノ牡蠣ハヨク客食ウ牡蠣ダ」

「よく柿食う客ですよ、それを言うなら」

 客を食べる柿なんて、どう考えても妖怪じゃないですか。
 柿の言い方が少し違う気がするのも気になったけど……もしかしたら貝の牡蠣を指してるのかも。
 どっちにしてもずれてる。


559 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/09(月) 22:41:59.41 ID:LBV/bUw6o


「……間違ッテル?」

「えっと、練習法はそれでいいと思います。言葉の意味が少し変なだけで」

「難シイ……」

 あまり表情の見えない顔でヲ級は言う。
 鳥海は気になったことを訊く。

「ヲ級はどこで言葉を覚えたんです? 深海棲艦って話せても、意味の通じないことを言うだけの場合もあるのに、あなたや姫は違うようだけど」

「アレハ……ココニ勝手ニ浮カンデクル」

 ヲ級は自分の頭を指し示す。頭の中で何かが、ということでしょうか。

「アノ時期ヲ過ギルト話セルヨウニナル……ダケド、アノ時期ハ一番生キ延ビルノガ難シイ」

「どういうことです?」

 ヲ級の物騒な一言に鳥海は眉をひそめていた。

「ソノ頃ダト体ガ戦闘ニ耐エラレルヨウニナル……ダカラ艦娘ト戦ウ……ソシテ多クハ沈ム」

 鳥海は息を詰めた。藪蛇だったのかもしれないと思い。
 ヲ級は淡々と言う。

「我々ハ海カラ生ジテ海ニ還ッテイク……摂理。気ニシナクテ、イイ」

 応えられない鳥海に、ヲ級はイ級たちへと向き直る。
 どちらも声を出さないまま、少しばかりの時間が過ぎた。
 ややあってヲ級がまた振り返ると、青い目がともし火のように揺れる。

「ズット考エテイタ。私ハドウシテココニイルノカヲ」


560 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/09(月) 22:46:01.02 ID:LBV/bUw6o


 鳥海は真っ直ぐ見つめられて、それまで予想もしてなかった言葉を急に思い浮かべた。
 案の定というべきなのか、ヲ級は予想通りのことを言いだした。

「鳥海、私モ一緒ニ戦ワセテホシイ」

 鳥海はすぐに首を左右に振っていた。

「その必要はありません。それに私たちの相手は深海棲艦なんですよ?」

 分かっているんでしょうか。
 同胞殺し、というのはどう受け止めていいのか見当もつかない。
 ヲ級は分かってると言いたげだった。分かってないはずなんてないのだと。

「私ハ私ヲ認メテクレタコーワンノタメニ戦ッテキタ。ソレハ正シカッタシ、コレカラモ変ワラナイ」

「そのコーワンは知ってるんですか?」

「話シテナイ……」

「それに仲間だった相手に銃を向けるんですよ……本当にいいんですか?」

「……私ノ仲間ナラ、ココニイルヨ。ココニイタ」

 ゆるやかに告白しながらヲ級は後ろのイ級たちに手を向けた。

「私ノ仲間ハ、ミンナココニイル……ソウ教エテクレタ人間ガイタ。ダカラ私ノ力ヲ……私ノタメニ使イタイ」

 鳥海は今一度、首を左右に振る。
 断るためではなく観念したという意味で。
 ヲ級のことはよく知らない。知らずとも、その言葉が真摯なのは伝わった。



561 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/09(月) 22:47:59.32 ID:LBV/bUw6o


「提督さんに私から進言してみます。どうするかは提督さんが決めることですけど……コーワンにはあなたから話して、自分で解決してください」

「感謝スル……」

「嬉しくないです……だって、きっとあなたにはつらいことですよ、ヲ級」

「コレデイイ……必要ナコト……私タチガ、ココデ生キテイクタメニ」

 ヲ級の後ろのイ級たちが鳴くと、ヲ級もまた短く鳴き返した。イルカのようだと鳥海は思う。
 悲しげに聞こえたのは、自分がそんな気分でいるせいかも。
 ……私たちはみんな不安なんだ。
 艦娘も深海棲艦も人間も妖精も。種がどうこうでなく、今の私たちはそれぞれが変化の岐路に立たされている。

 司令官さんはずるい。こんな大事な時にいないなんて。
 私たちにきっかけを与えるだけ与えて、自分はどこにもいないなんて。
 きっと私たちに未来を繋ごうとして……でも、司令官さん。私の未来にはあなたがいたんですよ。
 いてほしかったのに。
 不安でも、ううん。不安だからこそ私たちは戦わなくちゃいけない。
 私なら、私たちならどうするかを考えていかないと。



562 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/09(月) 22:48:30.31 ID:LBV/bUw6o


─────────

───────

─────


 トラック泊地では初の正月を迎えていた。
 前任を偲びながらも湿っぽさを望まないとも考えられ、また港湾棲姫たちがいるのもあって大々的に新年会が執り行われた。

 鳥海は十二月の暮れからしばらく、提督にもらったマフラーをかけていた。
 常夏の島では季節外れの防寒具だったが、彼女は年が明けるまでは頑なに外そうとしなかった。
 年が明けると、姉たちと一緒に新たに建てられた神社に初詣に行った。実は神頼みはしていない。

 木曾は天龍や龍田、まるゆに向けて年賀状を書いた。
 どこかでちゃんと顔を合わせて話そうと心に決めている。トラック土産は決まらないままだった。

 コーワンは扶桑たちと一緒におせち作りに挑戦している。
 彼女の作った料理の評判は上々で、コーワンもまた楽しそうだった。

 ホッポはお年玉の存在を知って、晴れ着姿の白露たちと一緒になって提督にせがみに行っていた。
 もっとも提督からは餅の現物支給しかなく、はぐらかされたのには気づかないままだった。

 白露はそんなホッポをほほ笑ましく思い、しっかり守ってあげようと思う。
 ワルサメの代わりをする気はないが、単純にホッポが好きだと言えた。

 ヲ級は艦種対抗の餅の早食い大会に、空母代表の一人として駆り出されていた。
 帽子のような頭と一緒に食べるのは有りか無しかで物議を醸したが、敢闘賞という形で決着を見ている。
 ちなみに優勝者の武蔵はそれ以上に食べていた。

 球磨と多摩は晴れ着に着替えたものの終始マイペースに過ごした。
 ただ二人は、今年こそは身近な誰かを失わないようにと願っている。

 島風はリベッチオや清霜たちと羽子板に興じた。
 トラック泊地の駆逐艦では年長者になる自分に気づいてしまい、しっかりしないとと内心で決意を固めていた。

 夕雲は年始は秘書艦を休業し、妹たちの面倒を見ている。
 あまり普段と変わらないと気づいてしまったが、それも悪くないと笑っていた。

 嵐と萩風は手違いがあって野分と舞風からの年賀状が年明け前に来てしまった。
 もう一度四駆を組みたいと決心したが、同時にトラック泊地から離れたくない自分たちにも気づく。

 それぞれが思いを秘めて迎えたその年。
 一月の後半に差しかかった頃、ガダルカナル島攻略に向けての作戦が開始された。



570 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/23(月) 10:50:57.31 ID:/xxkOiGKo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 コーワンからもたらされた情報により、深海棲艦の主要拠点はガダルカナル島にあると判明している。
 彼女から引き出せた情報を元に立案された作戦は廻号作戦と命名された。
 攻勢に出ていたはずが、いつの間にか守勢に転じていた現状を転換させたいという意味も作戦名には込められている。とのこと。
 もっとも作戦に参加する艦娘や人間の将兵からすれば、肝心の作戦の中身が重要に。

 廻号作戦の最終目標はガ島にいる深海勢力の掃討になるものの、そのためには継続的な攻撃により敵戦力を漸減していく必要があると判断された。
 しかしガ島はどの拠点からも遠すぎて、一番近いトラックからでも片道だけで二千キロを越えてしまう。
 そこで手始めにラバウル、次いでブインとショートランドを占領し拠点化することで、前線基地として運用しながらガ島の攻略を目指すことになった。

 トラック泊地から選抜されたのは鳥海を旗艦とする第八艦隊を筆頭に愛宕と摩耶、球磨型と嵐、萩風、武蔵。夕雲型とイタリア艦が全艦。
 空母の艦娘に至っては蒼龍、飛龍、雲龍、飛鷹、隼鷹、龍鳳、鳳翔の計七名がトラックに所属しているが、鳳翔以外の全員が作戦に帯同している。
 またトラック泊地そのものがラバウルの制圧後、基地航空隊を派遣する出発点として活用される手はずだった。
 さらに第八艦隊に帯同する形で、青い目のヲ級も加わっている。

 迎えて一月二十五日。
 ラバウルの占領はいざ始まると一日足らず、しかもほぼ無血で完了していた。
 ガ島方面から飛来した爆撃機や小規模の艦隊による攻撃こそ受けたものの、深海棲艦の抵抗は弱い。
 司令部からの命令で、この日の内に作戦は第二段階のブイン、並びにショートランドの制圧に移行した。
 ラバウルには一部の工兵と護衛艦隊を残して、基地航空隊を運用できるよう急ピッチで飛行場の建設が始まった。

 鳥海らトラック泊地の艦娘たちは先行しブーゲンビル島を通り越し、鉄底海峡を抜けて進攻してくる艦隊を迎撃することになっていた。
 初動こそ順調でも、この先は本格的な抵抗が予想されていた。案の定、これは現実となる。
 二十六日に入ってから鳥海たちは先遣艦隊らを二度の戦闘を経て撃退しているが、さらに後方に重巡棲姫と存在を示唆されていた装甲空母姫。
 さらに軽重それぞれの巡洋艦級の新種を擁した艦隊が控えているのを偵察機が発見している。

 この間にもガ島から飛来したと思われる爆撃機の大編隊がブインとショートランドに猛爆を行っていた。
 敵機の数は優に千機を超えていて、一部は鳥海たちにも流れてきた。
 またソロモン海方面にも迎撃を受け持っている艦隊があるが、空母棲姫と戦艦棲姫、複数のレ級からなる艦隊を発見したと知らせてきている。
 ここに至って、それぞれの戦場では主力艦隊同士がぶつかり合う構図を描き始めていた。



571 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/23(月) 10:56:48.96 ID:/xxkOiGKo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海は微速で警戒航行を続けたまま空を仰ぎ見た。
 時刻は現地時間で一○二○を指している。
 日が高く昇っていて天候も快晴。
 しかし南海の空は雲量が多く、縦に膨らんだ厚雲が低高度まで降りてきている。
 きっと上空からの見通しは悪いはず。もっとも電探の発展は目視に頼らずとも、索敵を容易にさせている。
 そして、それは別に人類や艦娘だけに許された特権というわけでもない。
 艦娘も深海棲艦も互いの位置や目的を把握した上で作戦を遂行しようとしている。

 鳥海たちは二度の戦闘と一度の空襲を経てなお、ベラ・ラベラ島北方三十キロ付近に布陣していた。
 じきに現れる重巡棲姫たちを迎撃するのが、今の鳥海たちの任務だ。
 トラックの艦娘たちは状況の変化に即応するため、水上打撃艦隊と機動部隊とで大きく二つに分かれていた。
 機動部隊はヲ級を除いた空母陣に夕雲型の半数で構成され、出雲型輸送艦と行動を共にしおよそ百キロほど後方に控えている。

「鉄底海峡……行けなくはなかったのでしょうが」

「ソノ先ハガダルカナル……行ッテミル?」

 つぶやいた鳥海に近くにいたヲ級が反応する。鳥海はおかしそうに首を振る。

「やめてください、ヲキュー。それとこれは別なんです」

 自分で言ってから何がそれこれで別なんだろうと思ったが、今はガ島に行く気がないという意思表示ができれば十分だった。
 青い目のヲ級――ヲキューは重々しそうに頷く。
 彼女がよく見せる反応だった。話が分かっていてもいなくても。

 そんなヲ級だがトラック泊地に馴染むに従って、一つの問題が浮かび上がってきた。
 彼女をどう呼んで、その他のヲ級と区別するかという問題が。
 何か名前をつければ解決する話でも、当のヲ級が名前をつけられるのに抵抗があるようだった。
 かといってヲっさんだとかヲっちゃんではあんまりだ。
 結局、飛龍さんや隼鷹さんがアクセントを変えて、心持ち柔らかく聞こえるような呼び方に変えていたのが定着して落ち着いた。



572 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/23(月) 10:57:35.79 ID:/xxkOiGKo


 そのヲキューは第八艦隊に帯同――というより鳥海の隷下に加わる場合のみ戦闘に参加するのを認められている。
 表向きの扱いは義勇兵になっていた。彼女の背景はともかく、動機を踏まえると適切な扱いと言えそう。
 純粋に戦力という単位で考えても、ヲキューの存在は第八艦隊にとっても有益だった。

 一方で鳥海は察している。
 ヲキューが万が一を起こした場合は、自分の手で責任を取らなくてはならないのだとも。
 そんな最悪と呼べそうな事態が訪れるとは考えたくなかった。
 でも、何が起きてもおかしくないのだけは痛感している。
 鳥海は軽く頭を振って悪い考えを追い払うと、ちょうど二人の後ろからローマが声をかけてきた。

「ここはあなたには縁のある海域だそうね」

 鳥海がローマのほうを振り返ると、腕を組んで航行している姿が目に入った。
 ローマの艤装には黒くすすけた箇所がいくつかある。
 被弾した痕跡だけど、そこはさすがに戦艦。中口径ぐらいの砲弾ならたやすく弾き返していたのを見ている。
 二度の海戦ではいずれも先遣艦隊と呼べる程度の規模の相手で、水雷戦隊が中心になって攻めてきていた。

「鉄底海峡ですか? そこなら、もっとこの先ですし私より夕立さんや綾波さんの語り草だと思いますけど」

「そう? 大活躍したって聞いてるけど」

「ソウナノ?」

「軍艦の話ですし戦術的にはそうだったかもしれませんけど……」

 鳥海は言葉を濁しながら、自然と胸元にかけた提督の指輪を使ったペンダントをまさぐっていた。
 夕張さんがペンダントを完成させるまで二週間近くかかっていたが、その分だけいい仕上がりだとは本人の弁。
 デモンストレーションでクレーンとで引っ張ってみましょうかと言いだしたけど、それは丁重にお断りしている。
 鳥海は意識せずやっている行動に気づいて手を離す。今はもっと目の前のことに集中しないと。



573 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/23(月) 10:59:08.89 ID:/xxkOiGKo


「とにかく……次の戦闘が正念場になります。相手はあの重巡棲姫ですから」

 敵艦隊の数は四十を越えていて、数ならこちらの倍以上いる。
 すでに機動部隊の艦載機が敵主力艦隊へと二次に及ぶ攻撃をかけているが、消耗が激しい割にどちらの攻撃も成果は芳しくない。
 多数の戦闘機隊に事前に阻まれ、包囲を突破した攻撃隊も二種の新種による対空砲火のために大きな被害を被っていた。
 特にツ級軽巡は単身でハリネズミのような弾幕を展開し攻撃隊を阻んだという。
 いずれにしても攻撃隊の損耗が想定を超過しているので、第三次攻撃が最後になりそうだった。

「取り巻きを排除しながら私と姉さん。それに武蔵とで集中砲火を浴びせてやればいいのね」

「ええ。向こうはこちらの倍以上いますし新種もいるので、一筋縄ではいかないでしょうけど。それとヲキューには今回の戦闘から参加してもらいます」

「分カッタ」

「最初に機動部隊が航空支援をしてくれるので、それが済んでから艦載機を射出してください。いくらIFFで識別できるようにしていても、見た目は敵機そのものですから」

 先の二戦ではヲキューの存在を隠すために海中に身を潜めさせている。
 鳥海は彼女をできるだけ温存しておきたかった。
 ヲ級の艦載機による攻撃は確実に奇襲となる。本当に最初の一撃目に限れば。
 コーワンを始めとした一部の深海棲艦がトラックに身を寄せたと知っていても、ヲキューが戦列に加わってくるのは想定してないはず。
 仮に想定していても、それまでの戦闘で秘匿できていれば警戒心は薄れている。
 彼女の使いどころは今しかなかった。これから先はヲキューにも戦ってもらう。彼女の選んだ道として。
 そんな鳥海の気持ちを知ってか知らずか、ヲキューは今一度首を縦に動かす。

「分カッテイル……私ヲ使ッテミセテ」

 どの道、後に引けない。
 接敵予想時刻まで一時間を切って、鳥海は迷いのない声で戦闘準備を命じる。
 ローマとヲキューの二人は所定の位置に動くために離れていく。



574 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/23(月) 11:00:45.06 ID:/xxkOiGKo


「あの」

 離れる二人を鳥海は呼び止める。
 考えがあって声をかけたわけではなかったが鳥海は素直に言う。

「お二人とも頼りにしてます」

 ローマはかすかに目を見開き、すぐに視線を逸らすと頬をかく。

「……ふーん。ま、私はやるようにやるだけよ。ビスマルクだったら当然だとか言ってはしゃいでるんでしょうけど」

 ローマは少し早口になっているが、鳥海は指摘しなかった。
 ヲキューは頷かず沈黙を保った。ややあって気づいたように言う。

「任セロ」

 それからおよそ三十分あまりが過ぎた頃、鳥海たちの頭上に機動部隊の第三次攻撃隊が到着した。
 戦爆連合でその数は百五十機ほど。
 六人の搭載機数は四百機ほどで稼働率を八割と仮定すると、もう半数が失われたか使用不能になっていると考えられた。
 機動部隊は現在地を隠すために無線封鎖を続けているけど、攻撃隊の重い損害に苦い思いを抱いているのは疑いようもない。
 それでも猛禽のように上空を飛ぶ航空機の存在は力強かった。

「こっちは甲標的の展開終わったよー」

 北上からの通信に鳥海は了解と返す。
 所定海域から大きく離れなかったのは、北上ら重雷装艦の甲標的を使用するためだった。
 甲標的は特殊潜航艇とも言うべき小型の兵器で、事前に海中に展開しておくことで待ち伏せての雷撃を行える。
 こちらから進攻しての戦闘では使いにくいけど、あらかじめ待ち構えていられる今回のような状況では頼りになる。
 やれるだけの準備はできたはず。
 そうして数分後には電探が目視できるよりも遠くの敵艦隊の存在を捉えるも、すぐにジャミングの影響下に入り本来の機能を果たせなくなる。
 今になって鳥海は思う。今日は長くなりそうだと。



575 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/23(月) 11:02:36.50 ID:/xxkOiGKo


─────────

───────

─────

 電探で探知した頃には目視もできなかったが、今はもう敵の艦種まで判別できるようになっていた。
 決戦の口火は鳥海らの突撃と足並みを揃える航空隊によって切られる。
 なけなしの攻撃隊の血路を開こうと、果敢に烈風隊が乱舞する敵集団の中に飛び込んでいく。
 烈風が海鷲だとすれば、敵艦載機の集団は蜂だった。
 個々の性能では烈風の方が高くとも執拗に群がる敵機の群れは一機、また一機と烈風の数を減らしていく。
 制空権争いは劣勢。贔屓目に見ても拮抗していればいいほうというのが鳥海の見立てだった。

 しかし攻撃機隊もまた勇敢で、わずかな直掩機と共に次々と攻撃態勢へ入っていく。
 駆逐艦が急降下爆撃の直撃を受けて爆散したかと思えば、リ級重巡が航空魚雷の直撃を受けて海の藻屑へと変えられていく。
 投弾前に被弾して翼から火を噴きだした流星が、抱えたままの爆弾ごと深海棲艦に体当たりして果てていくのも見た。

「死に急ぐような真似なんか……」

 鳥海は航空戦の推移を苦しく思う一方で不審に感じていた。敵機の対空砲火は想像してたほどには激しくない。
 報告にあがっていたツ級がいないのかもしれない。
 動向を探るためにも観測機を飛ばしたいけど、制空権もままならなくてはすぐに撃墜されるのが関の山。
 不審を疑念として抱えたまま、鳥海は下命した。

「全艦、射程距離に入り次第、順次砲撃を開始してください! まずは敵艦を減らします!」

 返事を聞きながら鳥海もまた砲撃を開始する。
 ここまで来て弾薬を温存する気は鳥海になく、深海棲艦もまた砲撃を始めていた。

「役立タズドモ……マトメテ沈メロォッ!」

 回線に割り込んで重巡棲姫の大音量が広がる。
 敵艦隊の陣形は複縦陣を三つずつ並べたような状態で、中央の縦陣の最奥に重巡棲姫がいる。その後ろには三隻のル級が遅れながらも追従していた。
 深海棲艦の動きそのものは分かりやすい。
 一言で表わせば力押し。航空隊の攻撃を凌げば、あとは数を頼りに呑み込もうとしてくる。
 まともに相手をしては消耗ばかり強いられてしまう。
 そんな状況を変えたのは、航空攻撃が終了したのを見計らって投入されたヲキューの艦載機だった。



576 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/23(月) 11:03:50.27 ID:/xxkOiGKo


『調子ガヨケレバ六十機グライ飛バセル』

 そう語っていたヲキューだが、ざっと見たところ九十機は向かっていく。
 二番艦として鳥海の後ろに位置する高雄が苦笑するような響きで言う。

「聞いてた話より多いわね……」

「計算通りには行かないものです」

 嬉しい誤算だった。
 ヲキューの艦載機はどれもが戦闘爆撃機として使われていて、縦列の二列目以降にいる深海棲艦めがけて次々と攻撃をかけていく。
 見た目上は味方機と変わらないために、攻撃を受け始めた深海棲艦たちは隊列を崩していった。

 明らかに混乱し始めたところに、続けて左翼方向から甲標的の魚雷が敵艦隊の横腹めがけて突入していく。
 甲標的から放たれた魚雷は酸素魚雷でないため白い航跡が発生する。
 なまじ軌道が見えるだけに、狙われた深海棲艦たちを中心に恐慌をもたらしていく。
 不運な何隻かが魚雷の餌食になる間にも、ヲキューの艦載機は烈風に代わって制空権争いへと加わっていった。

 敵の足並みが乱れている間に混戦に持ち込んで流れを決定づける。
 鳥海は突撃の命令を出す一方で、戦場が混乱している隙に零式水上観測機を射出する。
 観測機は艦隊の上空を避けるように旋回し、敵艦隊の配置や動きを艦娘たちへと伝え始める。
 つぶさに敵情を伝えていた観測機だが、やがて重巡棲姫の艦隊から離れた位置にいる別の艦隊を発見した。
 ネ級とツ級を含んだ艦隊で鳥海たちの左方を突くよう迂回している、と伝えてきたところで通信が途絶える。
 撃墜されてしまったと見るしかない。

「新型には球磨たちで対処するクマ!」

「お願いします、ご武運を!」



577 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/23(月) 11:04:52.82 ID:/xxkOiGKo


 球磨たちの一団が砲撃を加えながら離れていくのを横目に、鳥海は中央の敵陣へと飛び込んでいく。
 砲撃を浴びせながら縦陣を割るように進むと、重巡棲姫までの道が一気に開く。
 敵が総崩れになったのではなく、意図して重巡棲姫と向かい合わせるような動きに感じられた。
 三方から攻められてはたまらない。

「イタリア組は左を、武蔵さんたちは右の敵を! 第八艦隊と愛宕姉さん、摩耶は私に続いて!」

 左右を抑えてもらっている間に重巡棲姫に一撃を与える。でなければ、その後ろにいる取り巻きの戦艦だけでも排除しておく。
 そんな矢先だった。

「雷跡確認! 右から来るぞ! 近すぎる!」

 長波からの警告の声、というより悲鳴が鳥海の耳に届く。
 雷跡を確認するより前に轟々と水柱が立ち上るのが見えた。それも二つ。
 被雷の水柱を見てどこから何がという疑問と、誰に当たったという恐怖とが同時にやってくる。
 ……命中したのが誰かは分かる。味方の位置は常に把握するよう務めているから。
 あの位置は愛宕姉さんと摩耶だった。

「潜水艦!? じゃない、甲標的みたいなやつよ!」

「摩耶さんの浸水がひどい! このままだと……」

 天津風と島風がそれぞれ伝えてくる。
 鳥海より先に摩耶と愛宕の切羽詰まった声が入った。

「クソがっ! あたしらに構うな!」

「そうよ、このまま攻撃を!」

 それは聞けない。鳥海は胸の内で即答すると言っていた。

「島風、リベッチオさんは摩耶、天津風さんと長波さんは愛宕姉さんを護衛しながら後退を」

「重巡棲姫はどうすんだ!」

 摩耶の怒鳴り声に、感情をできる限り抑えるよう意識して伝える。

「あいつは私と高雄姉さんが相手をします」

 告げてから鳥海は怖気を感じて、その場から弧を描くように大きく離れる。
 姿勢を立て直すと、やや遅れて本来の進路上に砲撃による水柱が林立する。そのまま進んでいれば確実にいくつかは命中していた。

「フフ……アハハ、イイゾ……当タッタノハ高雄型カ! レイテノ再現トイコウジャナイカ!」

 重巡棲姫はあざ笑いながら、海蛇のような主砲で砲撃してくる。
 最初の接触の時と違って素面らしかった。酔い潰れていれば楽なものを。

「私は触雷してない……あの時とは違う。鳥海の言う通りよ、あいつは私たちが相手をする」

 高雄の声は静かなのに聞き漏らせないような迫力があった。
 姉が何を言いたいのは分かっているし、同じ気持ちだったから。
 鳥海は短く息を吐いて胸元を意識する。もう取りこぼしたくない。だから戦うまで。

「やらせないわよ、鳥海。愛宕と摩耶を」

「ええ。もう誰も失うつもりはありません」



583 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/27(金) 22:47:17.47 ID:B/Ye64Jxo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 付き合いきれない。
 遠目に戦闘の状況を見た上で抱いたネ級の感想になる。
 それはネ級がツ級の他に二人ずつのイ級やチ級を率いて、計六人から成る即席の水雷戦隊を組まされた時と同じ気持ちだった。
 きっかけは装甲空母姫が次の戦闘に際して、自分ならどう行動するのか聞かれたためだ。
 その場には艦隊の総司令と言うべき重巡棲姫もいた。
 どこか試すような問いかけを不思議に思いながらも、自然に浮かぶままに答えていた。

「敵ノ大マカナ位置ガ分カルナラ別働隊ヲ用意シテ両側カラ牽制スル……頭数ハコチラガ多イノダシ。ソレニ艦娘トイウノハ輸送艦ト行動スルナラ、ソレモ叩イテシマイタイ」

 輸送艦を叩くには艦載機が必要、と言ってからネ級は二つのことに気づいた。
 まず装甲空母姫はともかく、重巡棲姫はネ級の話など聞く気はないのだと。
 もう一つは重巡棲姫はネ級を、そしてツ級も嫌悪しているということ。
 転じてネ級は一つの誤解にも気づく。飛行場姫は自分を避けてはいるが、どうやら嫌ってはいなかったらしいと。
 装甲空母姫が興味を、重巡棲姫は嫌悪を、飛行場姫は……ネ級は思い浮んだ感情をたとえる言葉を知らない。

 なんにせよ重巡棲姫が聞く気がない以上は話もここで終わるはずだったが、何を思ったのか装甲空母姫が自身の配下をネ級に預けてしまった。
 ネ級とツ級は装甲空母姫の直属という扱いなので、重巡棲姫を飛ばして融通も効くらしい。
 しかしネ級は思う。私に面倒を押しつけないでほしいと。事態に介入できない我が身をネ級は初めて鬱陶しく感じた。

 そして現在、重巡棲姫はしないでもいい消耗をしている。
 敵に動きがないのは、それが敵にとって適した場所だからだ。
 誘いに乗るのは構わないが無闇に突っ込んでいい理由にはならない。
 あるいは――姫という連中は総じて強い。にもかかわらず自分たちを基準に物差しをはかる。
 そうやって生じた食い違いがこの結果になるのか。

「ドウスル……ネ級?」

「行クシカナイダロウ」

 ツ級の問いかけにネ級は断じる。
 戦況がどうであれ無視する理由にはならないし、それに艦娘たちも放っておいてはくれない。



584 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/27(金) 22:51:02.88 ID:B/Ye64Jxo


「抑エガ来タ。アレヲマズハドウニカ……」

 敵の艦種や出方を見極めようと、ネ級は艦娘たちに焦点を定める。
 ――どれも見たことのある顔だと感じた。
 相手は七人。駆逐艦と軽巡が二人ずつに、重雷装艦が三人。ネ級はそう確信していた。
 二人ずつが似通った服装をしているが、一人だけ黒い外套を幌のようにはためかせているのがネ級の興味を引く。
 その艦娘の顔を見て、ネ級の頭の中に何かの光景が去来したような気がした。
 それが何かを顧みる間もなく、ネ級の頭に電流が駆け巡るような鋭い痛みが走る。
 目の奥に生じた痛みに、両目を隠すように頭を抑えてうずくまった。
 速度を維持できずに落伍していくネ級に、ツ級が慌てて寄り添うように近づく。
 他の深海棲艦はネ級の異状に反応する素振りを見せるが、それ以上に艦娘に引かれるように接近していくままだった。

「ソノ目……!」

「目ダト……」

 ネ級は全身の血が逆流し、内蔵を締め上げるような正体不明の痛みに悶えていた。
 視界は霞がかった赤になり、口から漏れる呼気は沸騰したかのように熱い。
 食いしばった歯からは声にならない声が漏れ出す。凶暴な獣としての唸りが喉奥から震えてくる。
 ネ級の瞳が深紅に染まり、同じ色の光が体からも立ち昇り始めていた。
 犬歯を剥き出しにして、怒りに染まった形相を向ける。

「落チ着イテ……ソノ子タチモ怯エテイル」

 事実、主砲たちのか細い声が聞こえてきて、ツ級の巨人のような指が戸惑いがちにネ級の腕に触れる。
 払いのけなかったのは、まだネ級を一部の理性が押さえつけていたからだった。
 燃えたぎる衝動に駆られながら、ネ級は先行した形の四人に吠える。

「奥ノ三人ヲ狙エ! ヤツラガ最モ魚雷ヲ積ンデイル!」

 何故分かったのか理解できないまま、ネ級はツ級を置き去りにして水面を蹴っていた。
 火力を集中――とかすかに浮かんだ考えは霧の中へと消えている。
 重雷装艦を守るように正面に位置する四人――軽巡と駆逐艦が二人。
 ネ級は急速に距離を詰めながら彼我の砲撃音を聞いていた。



585 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/27(金) 22:53:34.86 ID:B/Ye64Jxo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 木曾は姉たちの会話を聞きながら、相手の出方を窺っていた。
 砲撃をしようにも、まだ適正距離とは言いがたい。

「魚雷撃つ前に命中するのはいやだよねー。や、撃った後でもやだけどさ」

「だったら口じゃなくて足を動かすにゃ」

「ごもっともで」

 気の抜けたやり取りだが戦闘準備は整っているし、自然体なのは余計な気負いがないからだと木曾は前向きに受け止めていた。
 球磨と多摩を先頭を併走し、その後ろに萩風と嵐が。そして北上、大井、木曾の三人が続く。

「怖いのは新型クマ。何をしてくるクマ?」

 新種、新型。艦娘でも、この辺りの言い回しはまちまちだ。
 どっちにしても未知数の敵で、警戒するなというのが無理な注文だ。
 ネ級重巡もツ級軽巡も対空戦闘に秀でているのは分かっている。特にツ級軽巡は。
 だが水上戦闘がどれほどのものかは実際に戦ってみなければ分からない。
 木曾はネ級と目が合ったような気がした。
 きっと気のせいだろう。そう思った直後、ネ級が後ろへと脱落していく。

「ん……?」

 木曾は出し抜けに胸への疼痛を感じた。
 弱いが確かな痛み。一時期は頻繁に感じていたが、やがて提督との関係が清算されて行くにつれて消えていったのと同じ痛みを。
 なんで、こんなところで。
 確かめるように胸元を握っていると、大井が目ざとく気づいた。

「ちょっと大丈夫なの?」

「ああ、なんでもないさ」

 連戦の疲れが取れていないのかもしれない。
 気に留めないことにした。その痛みは覚えている。だからこそ気にしてはいけないと。



586 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/27(金) 22:55:12.37 ID:B/Ye64Jxo


「それより変だぞ、あのネ級とかいうの」

「不調ならこっちが助かるから、そのままでいてほしいんだけど」

 大井の声はどこか冷ややかで容赦がない。敵にかける情けはないとでもいうように。
 多摩は用心深く目を細めた。

「誘われてるかにゃ?」

「でも向こうの隊列は乱れてますよ?」

 萩風の指摘するように脱落したネ級に合わせてツ級も減速したが、イ級とチ級は前に先行しすぎているようだった。
 遠目だがネ級は苦しんでいるように見受けられる。普通の状態でないのは間違いなさそうだが。
 木曾は疼痛が治まっていくのを感じた。
 それを知る由もないが、意気込んだ声を嵐があげる。

「今の内に叩きましょうよ!」

「俺も賛成だ。こいつらを叩いたって重巡棲姫が残ってんだ」

 新型を沈めてはい終わり、というわけにはいかない。
 あくまで主目標は重巡棲姫だからだ。

「その通りクマ。さっさと蹴散らして合流するクマ」

「待つにゃ。様子がおかしいにゃ」

 動きを止めていたネ級から赤い燐光が瞬き始めていた。
 エリートなんて呼ばれ方をする強化個体がまとっているのと同じ赤い光だ。
 きっかけなんて分かりやしない。ただ厄介なやつだと直感した。



587 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/27(金) 22:56:42.52 ID:B/Ye64Jxo


 そしてネ級が何事かを叫ぶと深海棲艦たちが一気に動き出す。
 ネ級が猛然と向かってくる中、イ級とチ級たちが砲撃を始めた。
 砲撃の飛翔音が近づいてくるが、同時に遠いとも感じる。
 実際に砲撃は木曾や北上の後方に大きく外れていた。
 それは二つの事実を暗示している。

「練度は大したことないようだが、真っ先に俺たちを狙ってきやがったか」

「北上たちはこのままイ級とチ級を頼むクマ。球磨たちは新型二人をやるクマ」

 球磨の指示に一同は応じると、迅速に隊列を組み直す。
 木曾は正面の敵たちを見据えながらもネ級が気になって仕方なかった。
 盗み見るように目を向ければ、ネ級は赤く染まっていた。比喩ではなく、自身が発する光のために。
 だが何よりも興味を惹くのは……なんだ?
 新型としての性能か、未知の強敵への好奇心。それとも危機感か?
 どれも違う。
 言葉にできない、というよりは認めてしまいたくない違和感。提督にまつわっていた胸の疼きが原因だ。

「……まさかね」

 浮かんだ疑念を形にしないように言葉で取り消す。
 イ級とチ級の練度が低かろうと余所見は余所見。油断は油断だ。
 それでもなお木曾はネ級を観察してしまう。

 細身の女だ。赤い光をまとっているが、深海棲艦らしい白い肌に白い髪、黒い衣服に艤装。
 顎の辺りが歯のような装甲に守られているようで、この点はヲ級に似ていると思った。
 武装は三連装二基の主砲が海蛇だか海竜のように背中の方から伸びてるようだ。こちらは鳥海たちと交戦している重巡棲姫と似ていた。
 大腿部にはどうやら副砲もついているらしい。ここからでは分からないが、どこかに魚雷発射管もあるはず。
 火力ならこちらの重巡組のほうが充実しているように思えるが、火力で全てが決まるわけじゃない。
 ネ級は一心不乱に球磨たちへと向かっていく。
 まるで獣のように。あいつには、あんな一面なんてきっとない……ないよな。



588 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/27(金) 22:58:40.09 ID:B/Ye64Jxo


「さて、こっちはこっちでやりますかねー」

 北上の声に木曾の注意が正面へと引き戻される。
 物事には順序があって、今はネ級ばかりに気を取られている時じゃない。

「俺がイ級の露払いをやる。姉さんたちはチ級を」

 主砲の照準を先頭のイ級に合わせる。
 あいつ――前任の提督の代から、各艦とも運用する兵装の見直しが図られている。
 重雷装艦には性能の陳腐化した14センチ砲に代わって、イタリア組からもたらされた152ミリ三連装速射砲に改められていた。
 その火砲が猛然と砲煙をあげながら砲弾を吐き出していく。
 たちまちイ級が水柱に包まれ、二射目には命中の閃光が生じてイ級を無力化していた。
 北上も大井も、それぞれチ級への砲撃を開始している。
 木曾はとどめになる三射目を行いながら、すぐにもう一体のイ級へと狙いを変えていた。

 さして練度の高くないイ級なんぞ、正面から当たってしまえば怖い相手でもなんでもない。
 それはチ級にしたって同じだ。
 護衛を固められて魚雷をばら撒かれるだとか、混戦中に乱入されるだとか生かす方法なんていくらでもあるのに。

「お前らの指揮官は無能だな」

 俺たちには十分な装備を与えられて、実戦も訓練も多くの機会が与えられて。
 それもこれも相手を倒すためでなく、自分たちを助けるためにだ。

「望んでくれたやつがいたんだよ、俺たちにはさ」

 誰の救いにもならない言葉を木曾はつぶやく。
 砲戦はさほどの時間を要さず、木曾たちが圧倒する形で終わった。



589 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/27(金) 23:00:18.50 ID:B/Ye64Jxo


 すぐに三人は転進する。ネ級とツ級が残っているためだ。
 球磨たちが苦戦しているのは通信のやり取りで分かった。

『何クマ、こいつ! 訳の分からない動きばかりするなクマ!』

『大丈夫なの、嵐!?』

『くそっ、やられた! 火が回る前に魚雷を投棄するぞ!』

『萩風、球磨と嵐を下がらせるから護衛を……うっとうしいにゃ、ツ級!』

 損傷した球磨と嵐を守る形で、多摩が矢面に立っていた。
 孤立していたツ級も今や砲戦に加わり、ネ級や球磨たちとは距離を開けたまま支援砲撃を行っている。
 対空戦闘を視野に入れた両用砲だからか、口径は小さいが矢継ぎ早に砲弾を送り込んでいた。

「……嫌なやつだ」

 ばらまくような撃ち方だが上手い。
 損傷している球磨と嵐の退路を塞ぐ狙い方で、命中せずとも動きを阻害する効果がある。
 水上艦への砲撃は相手の未来位置を予測して行うのだから、ツ級は球磨たちの動きを計算し予測しているのか。
 ……こいつはネ級ともまた雰囲気が違う。だが厄介なやつなのには変わりない。

「多摩ねえ、そっちの支援に入るよ!」

 窮状に北上の声から間延びした調子が消えている。

「こっちよりツ級を先に頼むにゃ!」

「りょーかい、任せちゃって!」

 北上と大井がツ級へと向かっていく。
 木曾もそちらに向かおうとして迷った。
 球磨や多摩を信用していないわけじゃない。退路を確保するためにもツ級は邪魔だ。
 しかし球磨たちを無視してはいけないという直感があった。
 木曾は決断していた。




590 : ◆xedeaV4uNo 2017/01/27(金) 23:01:50.27 ID:B/Ye64Jxo


「姉さんたち、ツ級は頼んだ!」

「ちょっと木曾! 勝手な真似は……!」

 大井が呼び止める声が聞こえてくるが、その時にはもう木曾は転進を済ませている。

「あのネ級は危険なんだ!」

 こんな理由で独断をやっていいわけがない。それでも――。
 木曾はネ級へと向かう。
 ネ級の速度はかなり速く、不規則な機動を見せている。
 球磨たちを二手に分断させ、集中砲火を浴びても怯む様子させ見せない。
 最初と違い、今は黒い体液を体にまとっているようだった。

 だが砲撃はでたらめだ。
 ネ級は獣のように首を巡らせながら、背中から伸びた主砲と大腿の副砲が乱射していた。
 ……違う、あれで狙いは絞ってやがる。
 損傷で動きの遅くなった球磨と嵐を主砲が狙いつつ、副砲は多摩と萩風に向けて撃たれていた。
 異質なのは誰か一人に絞らず、全員を同時に相手取ろうとしているかのような動きだ。
 戦力を削ぐという発想がないのか。
 そのお陰で球磨も嵐も健在なのかもしれないと思えば、木曾としてはそのままでいいと考えるしかない。

 木曾としては雷撃を当てて流れを変えたいところだが、下手に撃てば同士討ちの危険もある。
 縦横無尽に暴れるネ級がどこまで意図しているかは分からない。
 考えてる場合じゃないと自覚する意識が砲撃を始めさせ、すぐに一弾がネ級の主砲に当たるが装甲を抜けずに弾かれる。
 後方からの攻撃にネ級は素早く反応し振り返った。
 赤く染まった目が残光の線を引く。
 歯を食いしばったネ級が腹の内からゆっくりと声を震わせる。

「カン、ムス……カンムス! カンムスウウゥゥゥ!」

 海風に乗った叫びは遠吠えだった。
 衝動と敵意を露わにし、誇示するけだものの咆吼。
 目を見開き、木曾を凝視している。その目に浮かんでいるのは純然たる敵意だった。

「……違う! お前は違う!」

 今では痛みは完全に消えている。むしろ疼痛を感じた理由が分からなくなっていた。
 代わりに重圧が体中にまとわり付いていた。

「どうして、こっちに来たにゃ!」

「多摩姉、こいつはここで沈める! 沈めなくちゃならない!」

 叱責するような多摩に叫び返していた。
 そうとも、こいつはここで終わらせる。
 俺の疑念が確信に変わる前に、鳥海がやつに出会っちまう前に、俺自身の手でやる。
 木曾の表情に一切の迷いはなく、相対した強敵に対する固い決意が浮かんでいた。



596 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:14:24.98 ID:2TZ4vk5Ao


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 島風はリベッチオと共に摩耶を守りながら敵艦と交戦していた。
 摩耶の艤装はひどく損傷していて、艤装の主機は咳きこむような音を出している。

「摩耶さん、浸水はどう?」

「鈍足なら排水が間に合うけど、これ以上は無理だな……クソが!」

「もー、マヤってば口が悪いー!」

「ほっとけ!」

 今の摩耶は七ノット程度の速度しか出せず、控えめに見ても艤装が大破しているのは確実だった。
 浸水により電装部もショートし、主砲の発射すらままならなくなっている。
 とはいえ、離れた位置にいる愛宕も含めて、体が五体満足なのは不幸中の幸いだと言えた。

 損傷している摩耶を狙わせないために、二人は敵艦に肉薄することで注意を引きつけていた。
 砲撃の威力が弱くとも近づけばそれなりに有効だったし、何よりも敵は雷撃を恐れてくれる。
 二人は代わる代わる一人が接敵し、もう一人が摩耶の周辺を警戒しながら敵を追い払っていた。

 それでも遠からず限界が来てしまうのは明白だった。
 迎撃の度に二人は傷ついていき、摩耶はそんな二人を見ていることしかできない。
 困難な状況にもかかわらず、二人の士気は高い。自らが傷つくのさえ厭わないように。
 だから摩耶は思い切って言う。

「なあ、あたしより愛宕姉さんを助けてくれないか?」

 見捨てていいから。言外に隠れている言葉が分からない二人でもない。
 島風とリベッチオは顔を見合わせていた。

「お前たちがあたしに付き合う必要なんかないからさ」



597 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:16:24.63 ID:2TZ4vk5Ao


 島風は振り返ると摩耶の顔を見る。
 必要ならあるよ。その言葉は飲み込んで。

「んー……リベはどう思う?」

「えっ、リベにそれ聞いちゃうの?」

「だって私はそんなつもりないし……」

「リベだってそうだよ!」

「というわけだよ、摩耶さん。この話はこれでおしまいだね」

 摩耶が言い返す間もなく新手の砲撃が続けて来る。
 命中弾こそなかったが、今度は一隻や二隻でなく多数による砲撃だった。

「駆逐艦と重巡が二人ずつ!」

 敵影を確認した島風が素早く伝える。
 複数による攻撃は初期の混乱から立ち直って、統制の取れた行動を取り始めている証拠だ。
 弱気の虫が覗く摩耶より先に島風が言っていた。

「摩耶さんを諦めたら絶対に後悔するし」

「マヤも主砲ぐらい撃てないの? 手で装填するとかして!」

「無茶言うなぁ……けど、そんぐらいしないと死んでも死に切れないか……」

「だから死なないってー!」

 続く砲撃も外れたが、摩耶が吹き上がった水柱をもろに被る。
 それで摩耶も頭が少しは冷えたようだった。



598 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:17:02.69 ID:2TZ4vk5Ao


「島風、連装砲ちゃんを一つ貸してくれ。やるだけやってみなくっちゃな」

「いいよ。でも、無茶はダメだからね」

 島風は振り返り、摩耶の目を見ながら言う。
 応じる言葉はないが、ヤケになった顔でないと島風は感じた。
 連装砲ちゃんの一つを送ろうとしたところで、第三者の声が入った。

『それには及ばないわ』

 耳のインカムから聞こえてきたのはローマの声。
 やや遅れて摩耶たちを狙っていた艦隊に横方向から砲撃が見舞われ、一発が重巡リ級を直撃し沈黙させた。

『よし、そちらに合流する』

 砲撃の手応えを感じた声を残して、ローマは通信を切る。
 戦艦砲を受けて、建て直しのためか敵艦隊が後退していく。入れ代わるようにローマが三人の前に到着する。
 決して無傷ではなく、折れ曲がった主砲も何本かあった。

「グラッチェー、ローマ!」

「ディ、ディモールトベネ?」

 島風はしどろもどろに答えると、ローマが軽くため息をつく。

「いいわよ、日本語で」

「なんでローマがこっちにいるんだよ、重巡棲姫は?」

「取り巻きに邪魔されてるうちに距離を取られてしまったのよ。だから、まずはあんたたちを助ける」

 そういう指示もきちゃったし、と小声でローマがつぶやくのを島風は聞き逃さなかった。

「愛宕のほうには姉さんと武蔵がいるから大丈夫よ。あんたはまず自分の心配だけをしてなさい」

 損傷の激しい摩耶を一瞥してローマは告げると、摩耶は食い下がるように聞く。

「じゃあ重巡棲姫はどうなるんだよ」

「鳥海と高雄が相手をしている。今は……!」

 ローマは再攻撃の様子を見せ始めた敵艦隊を睨むように見ていた。

「今あなたたちを守れって言うのは、まずここを支えろってことでしょ? やってみせるわよ、そのぐらい」

 姫を倒しても戦線が崩壊して、こっちが壊滅してたら意味がない。ローマが言いたいのはそういうことなのだと島風は解釈した。

「……早く落ち着かせないとね」

 そう応じる島風の内心では、鳥海への信頼と不安がせめぎあっていた。
 重巡棲姫の手強さは、じかに交戦した経験がある島風にも分かっていたから。
 あの二人はかなりの無理をしでかそうとしているはずだった。



599 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:17:48.44 ID:2TZ4vk5Ao


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海、高雄と重巡棲姫との交戦は主戦場の横へ流れる形で続いていた。
 引き離したのか、引き離されたのか。その線引きは曖昧だった。
 というのも愛宕と摩耶から重巡棲姫を引き離すという点では鳥海たちの都合に適っていたし、二人を孤立させるという姫の意図とも合致していたからだ。
 だから、これは互いの意図が一致した結果。少なくとも鳥海はそのように現状を捉えている。

「役立タズドモ……沈メエェッ!」

 重巡棲姫が戦意を音量に乗せて砲撃してくる。
 正面に位置する鳥海と左方から攻める高雄は撃ち返しながらも、熾烈な砲火に邪魔をされて距離を詰め切れずにいた。
 砲撃の飛翔音が近づいてくるのを感じ、鳥海は右に針路をずらす。
 これで当たらないという確信は、五秒後に後方に生まれた水柱が証明していた。
 調子そのものはすこぶる良好だった。

「ペンダントのおかげかしら?」

 独語してから、それはちょっと違うような気がした。かといって間違えてるとも思い切れないのは胸の辺りに熱を感じるせいかも。
 でも、なんだってよかった。
 経験、直感、加護。思い込みでも何かが助けてくれると信じて、それが私自身の動きに噛み合っていい影響を与えてくれるなら。
 大事なのは後れを取らないという自信があるということ。
 側面を取っている高雄への狙いを減らす意図も込めて、鳥海は声を張る。

「私に当ててみなさい、重巡棲姫!」

「見下スナァ、艦娘!」

 それまで高雄も狙っていた主砲が二基ともしなると鳥海へ向く。白い肉塊のような主砲は、視覚が退化した竜をどことなく想起させた。
 倍になった殺気が砲炎の光を瞬かせる。
 それを消すように側方から放たれた高雄の主砲弾が重巡棲姫に命中するが、大した損傷にはなっていない。
 鳥海もまた回避運動を行いながら砲撃を続けるが、全弾が命中したとしても同じような結果にしかならないと予測していた。
 重巡棲姫の腰部にある連装副砲が速射を行い、突撃の機会を窺う高雄の出足を阻む。



600 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:18:48.14 ID:2TZ4vk5Ao


「出来損ナイドモガ調子ニ乗ッテ!」

「火力が強い……重巡って言ってるけど戦艦並みじゃない!」

 高雄の評価は適切だった。
 火力もそうだけど打たれ強さも、並みの戦艦級を凌駕している。
 こちらは主砲の残弾は四割を切り、魚雷は一斉射分のみ。
 姉さんも魚雷は使ってないけど主砲弾は同じような状態のはず。
 無駄弾を使わなければいいだけ、と鳥海は高揚の続く頭で判断する。
 どっちにしたって撃てるだけ撃ち込まないと、まずこの姫は沈められない。

「……二度モ私ノ手ニカカルトハ……愚カナヤツ!」

「二度……?」

「マリアナデ沈メタヤツヨリハデキルヨウダガ、艦娘ハ艦娘ニスギナイ!」

「マリアナ? もう一人の鳥海を言ってるの!」

 問い詰める声に重巡棲姫は笑い声を上げた。

「ナンダ……知ラナカッタノ? 一人デノコノコヤッテ来テサア!」

 一人で。そう、その通り。二人目の鳥海は味方の撤退を支援するために単身で。
 そうして交戦したのが重巡棲姫だなんて思いもしなかった。
 だとしたら……これは仇討ち?
 思いもしなかった言葉が鳥海の頭を過ぎった。

「教エテヤロウカ! アノ出来損ナイガ、ドウヤッテ沈ンデイッタノカ!」

 重巡棲姫の高笑いが耳朶を打ち、鳥海は我知らず奥歯を噛む。
 事情があろうとなかろうと、ここで討たなくてはならない敵なのは承知している。
 それでも私怨のような感情が芽生えそうだった。
 しかし答えたのは鳥海ではなく、割り込んだ高雄の声だった。

「結構よ」



601 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:20:00.56 ID:2TZ4vk5Ao


 高笑いを遮るように高雄が放っていた主砲弾が、立て続けに重巡棲姫へと落ちていった。
 より正確になった命中に、重巡棲姫は忌々しげに高雄を睨めつける。
 その毒々しさを高雄は正面から受け止めていた。

「あなたの口から鳥海を語ってほしくないもの。たとえ直接の妹じゃなくっても」

「死ニ損ナイメ……ダガ喜ブトイイ。今度ハ貴様モ妹トモドモ……水底ヘ送ッテヤル」

 白い肉塊のような主砲がまた高雄を指向するが、高雄もまた決して一箇所には留まっていなかった。

「私たちのことなんて何も知らないくせに!」

「不本意ダガ知ッテルトモ……タダ一人レイテヲ生キ延ビタ姉ハ、無様ニ終戦マデ生キ長ラエタモノノ……譲渡サレタ敵国ニヨッテ処分サレタ」

 重巡棲姫の顔に喜色が浮かび、さも愉快そうに言う。

「ミジメジャナイカ、艦娘! ダカラ沈ンデシマエエッ!」

「それは軍艦としての話じゃない! 知らないのよ、艦娘としての私たちを!」

 それに、と高雄が言い足すのを鳥海は聞く。

「無様ではあっても、みじめではなかったもの。戦うための誇りは失っていなかった!」

「誇り……」

 鳥海はつぶやき、もう一人の鳥海に思いを馳せた。
 あの子は仲間のために戦って、そうして沈んでいった。
 どう沈んだかなんて分からない。
 最期まで撃ち続けたかもしれないし、独りでいるのを悔やんで寂しがったかもしれない。
 沈んでいくのを嘆いて恐れたかもしれなければ、もっと生きたいと願ってもおかしくなかった。
 あるいは何もかもを受け入れて満足したか、自分の代わりに他の誰かが命を繋いだと信じて。

 全てが仮定で可能性だった。真実はあの子の内にしかない。
 そして……鳥海には確かに理由があった。彼女は使命を果たしたのだと思う。
 一つ。本当に一つだけ言えるのは。

「姉さんもあの子も……出来損ないと呼ぶのは許しません!」

 鳥海として、そこだけは譲れなかった。


602 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:22:12.93 ID:2TZ4vk5Ao


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 木曾と多摩の主砲がネ級を捉える。
 十字火線の交点となったネ級は複数の直撃弾を受けるが、構わずに木曾へと向かう。
 すぐに木曾も軸をずらすように移動しようとするが、そこに主砲が撃ち込まれていく。
 より正確になっていく砲撃により、至近弾を受けて艤装が悲鳴を上げる。
 木曾もまた撃ち返し続けるが、加速がつき始めたネ級は左腕を盾代わりに掲げて突進を続ける。

「カン……ムス!」

「島風並みに速いのに硬いときたか……!」

 木曾の放った主砲は左腕を抜けずに弾かれる。
 砲弾の破片と一緒にネ級の体液も落ちて、傷ついた白い肌が露出した。
 しかし、それもすぐに浸出したらしい体液が隠す。
 横から多摩の砲撃を受けながらも、強引に距離を埋めてきたネ級と木曾とが交錯する。
 接触したのは木曾が引き抜いたサーベルと、黒い体液にまみれたネ級の腕だった。

「っ……重たいっ!」

 木曾は刃先を通して伝わってきた痺れを伴った感触に顔をしかめる。
 生身の腕ではなく鋼鉄を切りつけてしまったような不快感だった。
 歯を食いしばったまま、木曾は距離を取りながらネ級の背へ向き直る。

 四つん這いの姿勢から、ネ級は振り上げた両腕を海面へ交互に突き立てながら右へ急旋回してくる。
 まるで硬い地面へ杭を打つかのような動きで、二基の主砲は慣性を打ち消すために左へと身をしならせていた。
 曲がりきったネ級は、そのまま這うように海面に爪を立ててから木曾へと向かっていく。

「海面を叩いて……沈みもしないで、どういう理屈だよ!」

 舌打ち一つ、木曾は砲撃で迎撃する。
 艦娘も艤装の効力で海に沈んでいかないが、それはあくまで沈まないだけだ。足場として使えるわけではない。
 こう接近されては不利だが、ネ級がそれを許さない。



603 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:23:08.77 ID:2TZ4vk5Ao


「まったく獣みたいなやつにゃ!」

 それを多摩姉が言うのか、と出かかった言葉を口内に留めたまま木曾は撃ち続ける。
 ニ方面からの砲撃にネ級の主砲が多摩へと応射すると、悲鳴が飛び込んできた。

「にゃあ!」

「多摩姉!?」

 被弾したのか? それを確認する間もなくネ級が突っ込んできた。
 白刃と黒く染まった腕がぶつかりあって火花を散らす。
 斬れず、砕けず、押し合い、踏みとどまろうとする。

「こっちは光り物だぞ、ちったぁ怖がれ!」

 威嚇するよう木曾は叫ぶが効果はない。
 刃物を前にすれば砲撃のやり取りとは別の緊張が生じるもんなのに、こいつはお構いなしだ。
 見た目はサーベルでも、実際にはラフな扱いに耐えられるよう手を加えられている。
 そんな物に素手で挑むのは、どんな心境だ。
 よほど腕に自信があるか、単に見境がないのか。あるいは……恐れを知らない?

 数度の打ち合いを経て、ネ級の体液が堅牢さの理由だと木曾は見抜いた。
 粘性のせいなのか剛性も備えているのか、特殊な防護膜として機能しているらしい。
 さっきの急カーブもこれが機能しているのかと考え、しかし対処法までは思い浮ばなかった。

「――シイッ!」

 ネ級の主砲が木曾に向かって噛みついてくる。
 予想外ではなかったが警戒は薄れていた。
 左右同時の噛みつきを身を捻っていなすが、ネ級そのものが迫ってきた。

「ジャマ、スルナッ!」

 拳が振り上げられ、木曾は受けるしかないと直感した。
 右手でサーベルの刃先を下げた状態で握り、左腕を寝かせた刀身に添わせる。
 ネ級の拳が刃の上から衝突し、左腕が不気味な音を立てる。
 折られる――そう感じた時には体が後ろに弾き飛ばされていた。
 水面に二度三度と叩きつけられてから、木曾は姿勢を立て直しながら右へ転回する。追撃が来る。
 ……そう考えた木曾だが、追撃はこない。
 ネ級は木曾を忘れたように明後日の方向を見ていた。



604 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:24:51.31 ID:2TZ4vk5Ao


「……ツキュウ」

 その声を残してネ級は木曾に背を向けて離れていく。
 合流する気だと悟り、阻止しようとした木曾が腕の痛みに苦悶の表情を浮かべた。

「バカ力しやがって……!」

 折れてはいないが、痛みと痺れで上手く力が入らなくなっていた。
 だが、それでも追撃の主砲を撃つ。
 必中の念を込めて撃ったそれはネ級に当たる軌道を描いている。
 しかし、思った形では命中しなかった。
 主砲の片割れが振り子のように揺れると、自ら砲弾へ当たりに行き本体への命中を防いでいた。
 装甲部分で受けたのか、主砲は何事もなかったかのように元の位置へと戻る。

「なろぉ……」

「すぐ追うにゃ!」

 飛んできた多摩の声に、木曾はそちらの様子も見る。
 多摩の艤装には大穴が開いていて、そこから白煙がくすぶっていた。

「大丈夫なのか、多摩姉?」

「見ての通りにゃ!」

「無傷ってわけでもないだろ」

「動くし撃てるにゃ。それより北上たちに連絡するから、すぐ行くにゃ」

 強がりかもしれない。だけど心強かった。
 ネ級を過小評価しているつもりはなかったが、見通しが甘かったのも否定できない。
 早く撃退するどころの話じゃなくなっていた。



605 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:26:23.87 ID:2TZ4vk5Ao

─────────


───────

─────


 ネ級がツ級を視界に捉えた時、すでに彼女は苦境に立たされていた。
 北上と大井の連携はネ級から着実に戦闘能力を奪っている。
 左腕の砲塔群は沈黙し、主機にも損傷があるのか機動が鈍くキレがない。
 ネ級は残った右側の両用砲で応戦しているが、今や翻弄されている。
 振りきろうにも振りきれず、かろうじて雷撃だけはさせないようにするのが精一杯のようだった。
 そこまで見て取って、ネ級は主砲を撃つ。

 より近い大井が水柱に囲まれるが命中弾はない。
 ネ級の接近は知らされていても、北上たちは手負いのツ級への追撃の手を緩めなかった。
 すでに半壊していた左腕がさらに穿たれ、巨人じみた指が崩れて元のか細い指が露出するのを見ながら、ネ級は砲撃を続けながら横合いから割り込むように向かっていく。

「コノバハ……マカセロ……」

「ネ級……? ナゼ来タ……?」

 ツ級に指摘され、初めて自分が何をしているのかネ級は疑問に思った。
 しかし、その疑問もすぐにより大きな衝動の波に呑まれていく。
 狙うべき敵がいて倒すべき敵がいる。ツ級への意識が薄れ、目前の敵だけしか見えなくなる。

「サガレ……!」

 ネ級は誰に向けたかも定かでない言葉を吠えていた。
 主砲のみならず副砲も撃ちかけながら接近しても、まっすぐとした動きで北上たちはツ級への砲撃を続けていた。
 その時、二人の艤装から長い物がいくつも飛び出し海面へと落ちる。魚雷だ。
 誘われた。と頭の片隅が判断し、魚雷を探すが航跡は見えない。
 よくよく目を凝らすと、海とは違う黒色が高速で向かってくるのを見つける。
 酸素魚雷、片舷二十発の計四十発。
 それを知っているのを疑問に思うことなく、ネ級は網を張ったように疾駆する魚雷へ自分から向かう。



606 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:27:51.52 ID:2TZ4vk5Ao


 焼きつく衝動が彼女に行動を促すと、体がその命令を実行するために体液が――血が甲冑のような装甲の隙間から漏れ出て足底へと流れていく。
 海面への反発を得たことで、踏み切りの要領でネ級は海面を蹴り上げ跳んだ。
 そうして魚雷を上から飛び越えたはずだったが、着水すると同時に脚に強い負荷がかかる。
 さらに後ろの海面で魚雷が爆裂し、海中からの衝撃波に押し出された。
 着水時に沈み込んだ足をより傷つけながらもネ級は止まらない。

「こいつ!?」

 大井が驚きの声をあげた。
 魚雷は喫水線下からの攻撃なのだから、要は直上近辺にさえいなければ無効化できる。
 想定外の手段で雷撃を凌がれた大井だが、切り替えは早かった。
 砲撃能力を損なったツ級からネ級へ砲撃を向け直す。

 着水時の負荷と足元からの衝撃で、ネ級は体を上下に揺らしたまま副砲を撃ちかける。
 しかし姿勢の不安定さは命中率の低下に繋がり、全弾が外れ副砲も動かなくなった。弾切れだ。
 大井の放った一弾が首元にある歯のような装甲を破壊する。
 それでも構わずネ級は大井へと低い姿勢で飛びかかった。

 ざわめきの収まらない海面に大井の体が腰から押し倒される。
 艤装の効力により彼女の体は沈まずに仰向けの体勢となり、かぶさるようにネ級がのしかかる。
 すでにネ級は右の拳を握り締めると腕を振り上げていた。

「あんたなんかに――っ!?」

 大井はとっさに手に持った主砲を向けるが、ネ級が素早く払い飛ばす。
 得物を失った大井はネ級と目を合わせ、思わず顔を引きつらせる。
 爛々と輝く目は血走っているようなのに、ネ級には表情がない。
 すぐに大井は腕を盾代わりにして頭を守り、無言のままネ級は拳を振り下ろす。
 そして――肉を殴りつける音が乱打され、暴力が繰り広げられた。



607 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:34:48.48 ID:2TZ4vk5Ao


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「離れて! 大井っちからどきなよ!」

 五秒か、十秒か。さして長い時間はかからず北上が助けに入ってくる。
 大井を巻き込まないようネ級の主砲を狙い撃つ。
 主砲に連続して被弾し、回避のできない体勢はまずいと見てかネ級はすかさず離れた。
 北上が砲撃を続けながら、打ちのめされた大井の安否を確認する。

「大井っち、返事できる? 動ける?」

 矢継ぎ早に聞きながら、北上は大井とネ級の間に入り砲撃を続け、残る魚雷も引き離すために発射する。
 大井の体は小刻みに震えていた。左手は顔を隠すように置かれたままだが、口からは一筋の血が流れているのを北上は見る。
 一方のネ級は雷撃から避けるためにも距離を取り直しながら、ツ級が後退を始めているのを視界の片隅に入れた。
 その頃には木曾も追いついてきて、後ろからも砲撃を加える。
 倒れたままの大井の姿を見てか、木曾は無線に怒鳴っていた。

「大井姉は!」

「生きてるよ! 生きてるけど、よく分かんなくて……」

 北上に動揺した声を返されて、木曾も焦った。
 こういう反応は今までに覚えがなかったからだ。
 だが北上はすぐに言う。動揺の影は引っ込んでいた。

「とにかく、今はこいつだよ。こいつをどうにかしないと、大井っちを連れて帰れないし」

「ああ、分かっ――」

 木曾が答え切る前にネ級は動いた。
 背部に隠れた魚雷発射管が筒先を横へとスライドさせて発射体勢に入る。
 間を置かず北上に向けて魚雷を撃つと、ネ級は木曾へと向き直り砲撃と共に突出する。
 木曾が距離を保ったまま砲戦を継続しようとする傍らで、北上は最初から雷撃を避けるコースに乗っていた。



608 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:37:33.34 ID:2TZ4vk5Ao


「こんな軌道だったらさー……」

 最初から自分なら撃たない。
 そう考えてから、北上はその軌道が厳密には自分を狙っていないのに気づき、急旋回すると後方へと引き返し始めた。

「……さいてーじゃん、あいつ」

 ネ級の狙いは動けない大井の方だった。
 そう気づいてしまうと、扇状に広がる魚雷の射界は当てずっぽうではないと分かる。
 軌道と雷速から概算すると、大井への命中を防ぐには誰かが間に入って代わりに盾になるしかなさそうだった。
 そして誰かとは北上以外ありえなかった。
 魚雷の命中率自体はかなり低くとも、今の大井には危険すぎる。

「それは困るんだけどなー!」

 北上の艤装が焦りが乗り移ったように咳き込むと、可能な限りの速度を出して魚雷の進行方向上へと回り込もうとうする。
 大井が弱々しい声を振り絞ったのは、そんな時だった。

「来ないで……来ないで、北上さん……」

「よかったよー。無事だったんだ」

 できる限り大井からも離れたかった北上だが、そうするだけの余裕がなく回り込めたのは大井のすぐ近くになってしまう。

「ガラじゃないのは分かってるんだけどさー、大井っちが逆の立場だったら守ってくれるよね。だからあたしもね」

 緊迫感のない軽口を言いながら、北上は息をつく。
 大井を抱えて動いても間に合わない。ならば、少しだけでも前で当たったほうがいい。

「ああ、でもこれ……絶対に痛いよねー……」

 北上は目を閉じた。痛いのは分かりきっていたから。



609 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:41:49.18 ID:2TZ4vk5Ao


 そうして耳が一瞬聞こえなくなるような轟音と、足元が崩れてしまったような衝撃。そして横から海面に倒れる体を自覚した。
 ……それは北上の想像とは違った。

「……あれ?」

 思ったほど痛くない。というのが北上の感想だった。
 そんなはずないと思い目を開けると、向かい合うように倒れる大井の顔が正面にあった。
 血の気が薄くなった大井の顔に、何がなんだか北上には分からない。

「……は?」

 体を起こして、大井も起こそうと触って気づいた。
 大井が背中にひどい傷を負っているのに。
 回した手が赤黒い血で濡れている。

「……何やってんのさ……大井っち」

「よかった……北上さんが無事で……」

 本当に安堵したように大井は笑う。
 かばうはずが、かばわれた。北上は愕然とした。

「こんなのあべこべじゃん! どうして……!」

「だって……北上さんですよ……当然じゃないですか」

「こんな、こんなの嬉しくないよぉ」

 大井は少しだけ困ったようにほほ笑む。
 しかし、すぐに痛みのせいか表情を歪める。




610 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:42:59.15 ID:2TZ4vk5Ao


「一つ……お願いしていいですか?」

「いいよ、なんでも言って」

「木曾を……助けてあげてください」

「でも、でも大井っちが……!」

「大丈夫です……当たり所がよかったみたいで。こうして話せてるじゃないですか……」

 力なく笑う大いに北上は何も言えない。

「それに多摩姉さんが拾ってくれると思いますから……向かってるんですよね……」

「うん……通信じゃそう言ってたから……」

「だったら心配いらないじゃないですか……」

「大井っち……私ね……」

 北上はそれ以上言わなかった。
 何を言っても泣き言になってしまいそうで、それでは大井の頼みを果たせないと思って。

「また……またあとでねー」

「ええ……北上さん……好きですよ」

「……私もだよ」

 それで二人の話は終わった。
 北上は木曾を助けるためにも、未だに戦闘を続けている二人の元へと向かう。
 中破状態でも向かっているという多摩には、大井の保護を頼んだ。
 まだ戦いは終わっていない。


─────────

───────

─────


 北上が遠ざかっていき、残された大井は空を仰ぐ。
 あとは大丈夫だろうと思う。
 まぶたが重い。ちゃんと次に目を開けられるのかは不安だったけど、大丈夫だと思うことにした。

「北上さんの楽天が移ったのかな……」

 北上とお揃いと思えば満更でもなかった。
 楽しそうに笑うと、顔にその余韻を残して大井は眠るように目を閉じた。



611 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:44:11.30 ID:2TZ4vk5Ao


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 木曾は遠方で立ち上る水柱を見た。
 遅れてやってきた衝撃波が水面を伝い足下を揺らしたような気がした。
 そしてネ級は目もくれない。気にもかけない。結果を知ってた以上、顧みる必要はないと言わんばかりに。
 それが木曾の怒りをかき立てる。

「……見ろよ」

 返答は主砲による一斉射だった。

「自分が何をやったか見やがれ!」

 砲撃をかいくぐり木曾も撃ち返す。

「お前のやったことだろ! 知らん顔してさあ!」

 すれ違った砲撃が木曾とネ級のそれぞれに命中する。
 木曾は主砲に被弾し、発射できなくなったそれを投棄する。
 ネ級は腹部や腕部に複数の命中弾を出すが、動きが鈍った様子もなくまだまだ健在らしい。
 ただネ級も弾を切らしたのか、主砲は威嚇するように口を打ち合わせるばかりだった。
 木曾は今一度サーベルを抜き、ネ級もまた木曾に向かって猪突する。

「せあっ!」

 木曾はサーベルがネ級の腕を打ち払い、蛇のように体を伸ばして突っ込んでくるネ級の主砲を側面に回り込んで避ける。
 返す形で突き入れられたサーベルを、ネ級もまた逆の手で逸らす。
 互いに足を止めず、ごく近い距離で攻防の応酬を繰り広げる。
 両者はどちらも中心になれないまま円を描くような軌道で、相手の死角を求めて攻撃を続けていた。

 膠着した状況が動いたのは、ネ級の右主砲が攻撃を空振りしたことだ。
 噛みつきが外れ、元の位置に戻ろうとしたタイミングを木曾は逃さなかった。
 主砲が引くのに合わせて、装甲のない下側を斬りつけるように払う。

 斬りつけられた主砲が悲鳴を上げて、ネ級が戸惑う。
 即座に木曾はネ級の右側を狙って攻撃を始める。
 やや遅れながらネ級も防御に回るが、主砲の片割れが崩れたことで綻びが見えた。

 木曾は左手でマントを破るように外すと、風上に回るのに合わせて叩きつけるように投げつける。
 視界を突然塞がれたネ級は、体を引くが動きが大きく鈍った。
 事態を飲み込みきれないままの声が吠える。

「コドモダマシガァッ!」



612 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:47:01.05 ID:2TZ4vk5Ao


 まったく、その通りだよ。
 マントを引きちぎろうとする、その瞬間をついて木曾のサーベルがネ級の胸部を貫く。
 素早く手首を返して、さらに捻りこむ。
 ネ級がそれまでとは違う、明確な痛みを訴える叫びを上げる。
 サーベルを引き抜こうとする木曾だったが、ネ級の体にがっちりと食い込んでしまったのと左の主砲が逆襲してきたので素早く手放し離れる。

 ネ級が痛みに悶えながらもマントを引き裂く。
 赤い目はまだ戦意に燃え、武器を失った木曾へと向かう。

「直線すぎるんだよ!」

 木曾は迅速に体の左側を向けると必殺の酸素魚雷を投射する。
 こう近くては自分も無傷でいられる保証はなかったが、木曾は相討ち覚悟で撃っていた。
 至近距離で水柱が弾ける。木曾は左側のスクリューがねじ切れるのを感じた。
 空高く昇った水柱の余韻が収まらない内に、ネ級が水しぶきを突き割って飛び込んでくる。

 木曾は右手でサーベルを収めるはずの鞘を掴む。
 ネ級はどこかの砲撃で装甲が破壊されたために、白い顎が露出している。

「おおおおっ!」

 気合いを込めて狙い澄ました鞘を右から左へと顎に叩きつけた。
 顎を打たれたネ級は弛緩したように片膝を崩しかける。衝撃で脳を揺さぶられたために。
 木曾は素早く腕を戻す形で、逆側の顎も打ち付けた。
 今度こそネ級の両膝が崩れる。だが左の主砲がネ級を守るように木曾に噛みついてくる。
 すぐに身を引いた木曾だったが、鞘に噛みつかれ奪われてしまう。
 鈍った右のスクリューだけで下がる木曾は雷管の調子を確認するが、さっきの衝撃で動作しない。
 もう手持ちの武器は残されていなかった。



613 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:48:45.89 ID:2TZ4vk5Ao


 昏倒したようなネ級だったが、ゆっくりと体を起こす。
 まだ目や全身から揺らめく赤い光は消えていない。
 そのネ級は頭をふらつかせながらも、木曾を見ようとする。

 まだ来るのか。
 そう考えた途端にネ級の首が前に倒れる。
 ネ級が鼻を押さえるが、指の隙間から黒い体液が流れ出す。
 タールのような重みを持った体液は、脈打つかのように次々にあふれていく。
 それが鼻血だと理解すると、木曾は気づいた。
 今までネ級の体を守っていたのは、ネ級自身の血なのだと。

 こいつは血を垂れ流しながら戦い続けていたのか。
 その精神性がどこから来るのかは木曾にも分からない。
 獣ならば傷つけば身の安全を考える。理性があっても同様だ。
 だったら、こいつにあるのはなんだ?
 攻撃本能? 自壊をためらわずに攻撃するのを本能などと呼んでいいのかよ。

「……おかしいぜ、お前」

 木曾は自分の声に憐れみの色が混じっているのに気づいた。こいつからすれば余計なお世話だろうに。
 ネ級から赤い光が消えていく。と同時に木曾は胸の内に疼痛が甦ってくるのを自覚した。

「お前は……誰なんだ?」

 木曾はネ級を見つめる。
 ネ級もまた見つめ返していた。混乱したような顔のまま口を開く。

「……キ……キ……ソ?」

「なん、なんで俺の名前を!」

 いや、ちゃんと言ったわけじゃない。何かの偶然かもしれない。
 ネ級は木曾の疑問に答えることはなかった。



614 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/05(日) 21:51:00.92 ID:2TZ4vk5Ao


「木曾、離れて。そっちに砲撃行ったから」

 一瞬、誰の声だか分からなかった。
 北上の声だとすぐに分からなかったのは、無線の調子も悪いのかもしれない。
 だけど無事だったと思い、待ってほしいとも考え、しかし何も言えないまま木曾は条件反射でさらに距離を取ろうとした。
 そうして飛来した砲弾が――ネ級の頭部を吹き飛ばした。
 正確には完全は吹き飛ばしてはいない。右目を蒸発させ右脳を海面にぶちまけ、重油のような体液を辺りに撒き散らせはしたが。
 ネ級の主砲たちがすぐにネ級の頭の前で盾になるように丸まる。

「とどめは刺させてもら――砲撃っ!?」

 木曾は近づいてきた北上と、それを襲う砲撃を見た。
 一度は後退したはずのツ級が戻り、北上へ牽制の砲撃を続けながらネ級に高速で近づいてくる。
 ツ級は木曾にも視線を向けたようだが、武装がないと見て脅威ではないと判断したのか撃ってはこなかった。
 すぐに辿り着いたツ級は、ネ級の体を左側に担ぎ上げる。ネ級の主砲たちは傷ついた右側も含めて、威嚇するように口を打ち鳴らす。

「待て、お前たちは……!」

「撃タセナイデ……」

 仮面のような顔から漏れた声は、それだけ言うと北上へ牽制の射撃を続けながら今度こそ戦場から逃れるように東の方へと後退していく。
 木曾は何もできないまま遠ざかっていく深海棲艦たちを見ているしかできなかった。

「なんなんだよ、お前たちは……」

 ぶり返した胸の痛みはもう遠い。
 出会った。出会ってしまった。もしかしたら出会ってはいけないやつと。
 木曾は放心したように水平線を見続けることしかできなかった。



619 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:34:05.63 ID:AUGE67Ido


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 奔流から生じた飛沫が頬を打ちつける。
 鳥海は自身を包囲するかのような水柱を突き破って主砲で反撃する。
 しかし主砲弾は重巡棲姫の体に届く前に弾かれた。
 姫から伸びる太い尾のような主砲の仕業だ。
 盾代わりになって姫への攻撃を防いだ主砲が、返礼とばかりに砲弾を次々と吐きかけてきた。

「ドウシタ、モウ終イカ?」

「あの主砲をどうにかしないことには……!」

 主砲も副砲もどちらも脅威だけど、より怖いのはやはり主砲だった。
 火力面は言うに及ばず、姫の周囲を自動で警戒し防衛してくるせいで死角というものを感じさせない。
 攻略のためには、あれを潰すしかない。というのは頭では分かってる。
 問題はそのための手立てが限られていること。

「悔しいけど、私たちの火力だけではじり貧ね……」

 合流を果たしていた高雄はやり切れない顔をしていて、鳥海は慰めにもならないことを返していた。

「意気込みだけで沈めようとは思いませんが……」

 二人とも明確な直撃弾はないが、至近弾だけでも艤装の損傷は積み重なっていた。
 どちらも最高速は三十ノット程度まで落ち込み、心許なかった弾薬はさらに減っている。
 一方の重巡棲姫は人の体も含めて何度も被弾しているが、堪えたようには見られない。

 鳥海たちは少しずつ後退を始めている。
 ヲキュー艦載機から中継されて全体の戦況がどう動いたかは伝えられていた。

 三人の戦艦を中心にして、体勢を整えつつあった敵艦隊へと再攻勢をかけたことで海戦の勝敗は決しつつある。
 さらなる被害を受けた深海棲艦は散り散りになって各個撃破されるか、戦域外へと逃亡を図ることとなった。
 一方で新種に当たっていた球磨たちの艦隊は半壊状態に陥り、三人の戦艦もそれぞれ小中破といった損傷を被っている。



620 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:34:46.14 ID:AUGE67Ido


 鳥海は重巡棲姫と砲火を交える一方で、新たにいくつかの指示を送っていた。
 夕雲と巻雲には、愛宕と摩耶の二人を護衛しながら輸送艦まで後退するよう伝え、球磨たちにはザラと早霜、清霜の三人に護衛に回るよう言っている。
 そして武蔵と第八艦隊には、針路上の残敵を掃討しながら重巡棲姫に向かうよう指示を出した。
 想定していた経緯からはだいぶ変わってしまったけど、本来なら姫には可能な限りの総力で当たるはずだったのだから。

 だから、今はこのまま増援が到着するまでの時間を稼げばいい。
 それが鳥海と高雄の共通認識だ。
 ただ、それがあくまで二人の現状が悪化しなければという前提による考え方だった。
 厄介なのは鳥海たちと重巡棲姫は南東に向かう形で交戦を行ってしまったのに対し、愛宕たちを守る形になった他の艦娘たちは西に向かう形での戦闘を行っていた。
 彼我の距離は鳥海が想定していたよりも広がってしまっている。

「フーン……ドウヤラ私カラ逃ゲタイヨウネェ……!」

 背を向けているこちらの動きですぐにでも気づいていただろうに、重巡棲姫は今更とぼけたことを言い出すと増速して距離を詰め始める。
 砲撃も執拗に迫ってきた。
 回避のためにはどうしても横にも大きく動く必要が出てきて、それが時間のロスになって姫との距離がより近づいてくる。

「沈メ! 沈メエエエ!」

「くっ……!」

 主砲の斉射と副砲の乱射に見舞われ、回避行動に揺さぶられるまま主砲を指向する。
 狙うは副砲……せめて、あれだけでも!
 一発目が正確に右副砲の天蓋部を叩くと、続く二射目が同じ箇所に削り取るように命中すると副砲が止まる。
 もう片方も――と狙いを変えようとした意識が、横から聞こえてきた破砕音によって削がれる。

「ああっ!?」

「マズハ一人!」

 直撃を受けた高雄が行き足を鈍らせて、撃ち返す砲撃も右側の四門だけに減っている。
 一拍置くような間を開けてから、追撃のための砲撃を重巡棲姫も放つ。
 それは狙い済ましたように高雄に直撃する、そう鳥海は感じていた。



621 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:35:41.51 ID:AUGE67Ido


「姉さん!」

「ダメよ、鳥海!」

 そう言われながらも、鳥海は高雄の前へすぐに回り込んでいた。
 鳥海は左側の艤装――艦橋や通信アンテナなどの艦上構造物を模した装備が載った側を、自身の前へと掲げる。
 姫の放った主砲弾が連続して、そこに命中していく。
 艦上構造物がひしゃげ、その下にある装甲も衝撃に耐えきれずに弾け飛ぶと、破片が二の腕を切って鮮血が流れ出る。
 鋭い痛みに思わず傷口の近くを押さえてしまう。

「釣レタ! コレデ二人トモドモ!」

「そうはさせないと!」

 高雄が先んじて残る四門の主砲を撃つ。
 それは徹甲弾ではなく対空用の三式弾だった。姫の前面で弾けた弾頭から焼夷弾子が花火のように咲いて体を押し包む。
 艤装の装甲を抜けるような貫通力はないが、姫の体や髪に火が燃え移ると、たまらずに耳障りな悲鳴を残して海中に飛び込んだ。

「今の内に引き離すわよ!」

 高雄に促されて、二人は一気に後退を図る。
 しかし高雄の速力はさらに二十ノットそこそこまで落ち込んでいた。鳥海は先行しすぎないように速力を調節する。
 二人はそれぞれ被害状況の確認を済ませていた。

「私の通信網は全滅ですね……姉さん、以降の指揮や連絡はお願いしてもいいですか?」

「こっちにも無理よ。私ではあの姫から逃げられないもの……」

「私だって同じです。もう三十ノットも出せないんですよ」

「それでも、あなたのほうが戦力として確実だわ」

 高雄は言いつつ後ろを振り返る。
 重巡棲姫はまだ海面に姿を現していない。
 前に向き直った高雄の顔から、鳥海は悲壮な決意を感じ取っていた。
 次に高雄の口から出た言葉は実際にそれを裏づけていた。

「鳥海、私を置いていきなさい。あなたが他のみんなを連れてくるまでは持たせてみせるから」

「無謀です、姉さん!」

 即答していた。姉さんは何も分かってない……分かってるのかもしれないけど分かってない。



622 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:36:25.92 ID:AUGE67Ido


「このままでは二人とも沈められるわ。でも、あなただけなら……」

「姉さんがどうしてもそうする気なら私もご一緒します」

「鳥海……」

「考え直さなくてもいいです。姉さんがそうするなら、私もそうするまでですから」

 頑なすぎるのかもしれない。だけど、これは正直な気持ちでもあった。
 少しの間、二人は無言で進む。次は鳥海から話し始める。

「戦闘が始まってすぐに流星が特攻するのを見ました。仕方ないと思って……だけど、すごく嫌な気分でもあったんです。そうやって消えないでほしいって」

 ふと扶桑さんと交わした言葉を思い出していた。
 誰かの幸せには別の誰かも必要というなら……私には姉さんが必要で、姉さんにも私が必要……なんだと思いたい。

「考え直さなくていいなんて言いましたけど嘘です……私は司令官さんがいなくなってから、自分なんか沈んでしまえばいいって思ってたんです」

「あなた……そこまで思い詰めていたの?」

 高雄が息を呑む。その頃の話は申し合わせずとも、お互いにしないようにしてきていた。
 克服はしているつもりでも、まだ持ち出すのはつらく思えると感じていたから。

「でも怒られました。今なら分かりますけど怒られて当然でした。そんなことになっても、今度は他の誰かを悲しませるだけだったんですから」

「……そうね」

「私は……私たちはもう、みんな艦娘として知ってるんです。残される苦しさを……やるせなさを。だから簡単に背負わせないでください……どうか、どうかお願いします」

 鳥海は目を伏せ頭を下げる。
 高雄はそんな鳥海を見て、ぽつりとつぶやく。

「……怖かったのよ」

「え……」



623 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:37:58.72 ID:AUGE67Ido


「愛宕、摩耶と被雷して思ってしまったの。ああ、次は鳥海の番だって――それで私はまたひとりぼっちになるんだって。そうなるぐらいならって……」

 高雄は深く息をつく。悔いを全て吐き出してしまおうとするかのように。

「でも、そうじゃなかったのよね。あの姫に言ったこと……艦娘としての私たちを知らないって。私たちはもう艦娘なのよね」

 高雄は笑う。少しの自負と、姉としての寛容さを持ち合わせた笑顔を。
 それは鳥海が好きな表情の一つだった。

「自分で縛っていたのよ。軍艦としての出来事をそのまま、私自身に」

「姉さん……」

 その時、まだ後方の海面に弾着の水柱が生じる。
 慌てて振り返ると重巡棲姫が猛追してきていた。

「ヤッテクレタジャナイ……デモネエ!」

 姫の皮膚はやけどのせいかところどころが赤くなり、髪の端にも焼けた痕跡が残っていた。
 しかし三式弾をもろに浴びたにしては、軽すぎる負傷としか言えない。
 不意を打たれた怒りからか、金色の瞳はより一層輝いているように見えた。

「コンナ小細工ヲスルノハ……追イツメラレテルカラヨネェ……高雄型ッ!」

 重巡棲姫は喜色を浮かべながら追撃を始めてきた。
 せっかく引き離した距離がじりじりと詰められていく。
 あの姫が言うことは正しい。確かに私たちは追い詰められている。
 けれど。

「……悲観するには早すぎたみたいですね」

「ええ……ええ!」

 西方への進路上から進入してくる深海棲艦の艦載機の編隊が見えた。
 ヲキューの艦載機群だ。数は二十機ほどになっているが、頼もしいのに変わりはない。
 高雄はすぐにヲキューに連絡を入れて状況を確認する。

「距離は二〇〇〇〇ぐらいだけど、私たちと向こうの間に深海棲艦の残存艦艇が防衛戦を敷いてるって」

「足止めか分断か……どっちにしても、いやらしいですね」



624 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:38:30.42 ID:AUGE67Ido


 ヲキュー艦載機を迎え撃ちながらも、なお近づいてくる重巡棲姫を見て、鳥海は作戦を考え直していた。
 今のままだと合流するだけの時間は残されていない。仮に彼我が妨害をまったく受けなくても合流まで十分以上はかかる。
 あるいは逆襲に出れば……。

「姉さん、向こうの残存戦力はどの程度の戦力なんです?」

「……重巡が三、軽巡が四、駆逐艦が二だそうよ」

「大型艦はなし……できるかしら……?」

 どちらにしても姫には早晩追いつかれてしまうのなら、ここで雌雄を決するしかない。
 かといって自分が犠牲になる気も、姉さんを犠牲にする気もなかった。
 危険を冒すなら勝算がある形で。
 気づけば鳥海は胸元のペンダントに触れていた。
 心なしか熱を持ったように感じて、鳥海は意を決した。

「姉さん、弾着観測をお願いします」

「観測って、あなたの?」

「いえ、私ではなくて武蔵さんたちのです。三人の中から二人でいいので」

「武蔵たちの? もしかして……この距離から姫に砲撃させるの?」

「護衛をしてる島風たちには苦労をかけますが」

 鳥海は微笑んだ。これだけのやり取りでも、何を考えているのか分かってもらえているのだから。
 長距離からの艦砲によって、姫を直接攻撃してもらう。高雄が観測を行い鳥海が足止めを行えば、命中も十分に期待できるはずだった。

「待ちなさい! 弾が届くのと当てられるのは違うのよ」

「ですが、あの三人ならここでも有効射程内のはずです。それに重巡棲姫の動きなら、私ができる限り抑えてみせますし、姉さんなら……」

「やりたいことは分かったけど、それなら私も……」

「ダメです、姉さんは観測手に専念してもらわないと。私からは通信できないですし」



625 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:39:13.31 ID:AUGE67Ido


 鳥海の指摘に高雄は渋面を作る。
 言い分が正しいと認めながらも、簡単には納得できていない。そんな顔だった。

「本当にいいのね? 味方の砲撃に巻き込まれる恐れもあるのよ?」

「私なら大丈夫です。姉さんこそ、しっかり指示してあげてください。これから目になるんですから」

 その間にも重巡棲姫は艦載機を突破して、再び鳥海たちに迫りつつあった。
 高雄も意を決して、離れた第八艦隊の艦娘たちに作戦の説明をし始める。
 姫の放った砲撃はまだ外れたままだが、一射ごとに正確になっていく。

「次の弾着が終わったら行きます!」

「了解! 頼むわよ、鳥海!」

「頼まれました!」

 鳥海は後方を確認すると、浅く息を漏らす。
 高雄の横顔を見て、最後になるかもしれない言葉を伝える。

「姉さん。月並みですけど……信じてくれてありがとうございます」

「そういうのは無事に帰ってきてから言いなさい……」

「はい。でも姉さんもみんなも信じてますよ。でないと、できませんので。こんな無茶は」

 水柱が鳥海の前後に合わせて四つ生まれる。挟叉弾だった。
 このまま行けば次は直撃弾かもしれないが、鳥海は弧を描くように右回りで後ろへ――重巡棲姫へと向き直る。
 損傷による重心のズレを意識し、出力が落ちた缶の調子を気にし、艤装を失って手持ち無沙汰気味の左手でペンダントを握り締めた。
 大丈夫。すぐ後ろには姉さんがいて、もっと後ろには他の仲間もいる。私は一人で戦うわけじゃない。
 だから進む。だから下がらない。難しいことは何もないんだから。

「第八艦隊旗艦、鳥海! 行きます!」

 現時点での最大速力は二十七ノット。損傷により本調子ではないが、それでも普段以上に艤装が力強いように鳥海は感じていた。
 一度は開いた距離を自ら近づきながら、彼女は再び姫へと戦いを挑んだ。



626 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:39:51.78 ID:AUGE67Ido


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 高雄から作戦内容を説明する通信を受けて、ローマは隊列の組み直しを指示していた。
 島風を先頭に駆逐艦が縦陣による突撃隊形を作ると、最後尾には火力支援のためにリットリオが就く。
 防衛線を形作る残存艦隊を撃破し突破するのが、彼女たちの役目だった。

 指示を出したローマは速度を二十ノットに合わせて武蔵と並走する。
 ローマの艤装は中破判定されるだけの損傷を負って速力が落ちているのもあるが、それ以上に砲撃諸元のズレを少しでも小さくするという理由のほうが大きい。
 二人が重巡棲姫への長距離砲撃を担っていた。
 最後列には艦載機を全て放ったヲキューがいる。

「私が第一、第二主砲で十五秒間隔で砲撃。その諸元を修正してから武蔵が一斉射。あとは順次斉射でいいわね」

「ああ、それでいい」

 砲撃の段取りを打ち合わせれば、あとは高雄からの砲撃命令を待つばかりだった。

「それにしても目視できない相手への砲撃なんて……」

 残存艦隊に対応するために、二人の前方に位置するリットリオが言う。
 驚いてるとも呆れてるとも取れる口振りだったが、武蔵はなんでもなさそうに笑い返す。

「電探射撃の応用と考えればいいさ。固定目標でないのが難しいところだが」

 例外はあるものの、艦娘と深海棲艦の砲雷撃戦は五キロ圏内で行われるのが常だった。
 艦娘の身長では水平線までの距離、およそ五キロまでしか見通せないためだ。
 しかし本来の有効射程距離はもっと長い。

 それを有効に生かせたのが、と号作戦時のような対地攻撃だった。
 もちろん海上でも、相手の位置座標が分かっていれば狙うことはできる。
 ただ対地攻撃の目標というのは固定目標かつ大きい場合がほとんどで、多少狙いから逸れても有効だが、深海棲艦相手となればそうもいかない。
 目視外の距離から狙うには小さく速すぎる。
 それを補うために観測機と電探を併用しての射撃を行うのだが、深海側のジャミング能力が増強されたのもあり安定性には欠けていた。



627 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:40:20.37 ID:AUGE67Ido


「姫の動きなら鳥海が抑えてくれるでしょ。観測も高雄がしてくれるから、その点は心配しなくていいはずよ。要は当てられるかは私たち次第よ」

 当然のように言ってのけるローマに、リットリオは感激したように言う。

「ローマがそんなに素直に人を評価するなんて……ザラにも聞かせてあげたい!」

 リットリオに言われてローマは頬を赤くする。

「っ……そんなことより姉さんはそっちをお願いね。私も武蔵も砲撃されようが雷撃されようが、こっちに集中したいから」

「うん、露払いも護衛もお姉ちゃんに任せて!」

「はぁ……姉さんってば調子いいんだから」

 そんな二人のやり取りを見聞きしていた武蔵はしみじみと言う。

「姉か……うん、姉妹とはいいものだな」

「他人事みたいに言って。あんたも姉さんと妹がいるんでしょ。有名な大和が」

 口を尖らせるようなローマに、武蔵は苦笑いで答える。

「艦娘になって、まだ一度も会ったことないんだ。だから、どんなやつかも分からん」

「……いつかは会えるわよ」

「そうだな。気が合うといいんだが」

 その話はここで終わった。今為すべきは別のことだ。
 ローマは改めて指示を出す。

「駆逐艦たち。あんたたちは残存艦隊を突破したら、鳥海と高雄の救援に向かいなさい。どうせ無茶しすぎて、護衛無しじゃ帰ってこられない状態になってるだろうから」



628 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:40:57.75 ID:AUGE67Ido


 程なくして、高雄からの砲撃命令が伝えられる。
 ローマは返答として、稼動する第一主砲を仰角を高めにして発射していた。
 それを合図にして島風たちも突撃を始める。
 最後尾にいたヲキューがローマたちの前に進み出ると、そのまま島風たちに追いすがろうとする。
 駆逐艦の縦列の中で最後尾にいた長波が近づいてきたヲキューに気づく。

「何やってんだい、ヲキュー? 後ろにいないと危ないぞ」

「私モ行ク……空母ガ飛ビ出シテキタラ……ドウ思ウ?」

「そりゃあ、いい的だとしか……囮でもやろうっての?」

「大丈夫……私ハ巡洋艦ヨリシブトイ」

「そういう問題かぁ? どうする、島風?」

 話を振られた島風は後ろを振り返るが、すぐに正面に視線を戻す。

「ついてくるのはいいけど、先行するのはなし。それならいいよ」

「アリガトウ……」

「それでいいですよね、ローマさん」

「……その子の好きにさせてあげなさい。面倒は嫌よ」

 無愛想に答えるローマだが、ヲ級の安全をまったく気にしてないわけでもない。
 ただ高雄からの砲撃命令が届いた以上、そちらに意識は切り替わっている。
 だからヲキューのことはひとまず他に任せてしまおうと考えた。



629 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:42:11.20 ID:AUGE67Ido


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海は砲撃を交えながら、重巡棲姫へとより接近していく。
 砲火の応酬の中、重巡棲姫は愉快そうに笑う。

「ヤケニナッタカ!」

「あいにく水雷戦の本領は接近戦なので……!」

 迫る砲撃をかいくぐりながら、鳥海は砲撃を連続して重巡棲姫へと当てていく。
 肩や腹に当たった砲弾が姫の体を削り、金色の輝きを撒き散らす。
 すぐに二本の主砲が撃ち放しながら、姫を守るように前面に並ぶ。

 砲撃を避けつつ側面を取ろうとする鳥海だが、避けきれずに一撃を受ける。
 体ごと後ろに押し返されるような衝撃と、艤装が潰れそうになるのを骨に感じた。
 着弾の轟音が耳を襲い、肌にかかる水が熱い。明らかに不正な振動が体を揺さぶる。
 しかし鳥海は衝撃を振り切る。
 帽子や探照灯、衣服の端が衝撃で吹き飛んでいたが、大きな損傷もなく砲撃を凌いでいた。

「フン……艦娘ノ考エルコトハ同ジダナ……助カラナイト悟レバ……スグ突撃シテクル!」

「勝ちを捨ててるつもりはありません!」

「ナラバ、モウ一度沈メエ!」

 さらに互いに撃ち合う。鳥海の砲撃が姫の艤装の一角を削り飛ばすと、逆に姫からの砲撃を紙一重で避ける。
 すでに夜戦距離に入っているので、この先の被弾は一発でも命取りになりかねなかった。
 鳥海は深く息を吐く。緊張はしてるけど、体を強張らせる類じゃない。

 耳が自分とも姫とも違う砲弾の飛翔音を聞きつけた。
 それは空気を裂きながら、姫の後方の海面に落ちると三つの盛大な水柱を生じさせた。
 ローマさんかリットリオさんのどちらか……。
 水柱の大きさと太さからイタリア艦だと鳥海は当たりをつける。
 いつもより水柱が高く思えるのは、俯角がついてる影響かもしれない。



630 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:43:30.45 ID:AUGE67Ido


「戦艦砲ダト……狙イ撃ツトイウノカ、私ヲ……!」

 驚きと怒りなのか、重巡棲姫の声が震えている。
 鳥海は頭の中でカウントを始めた。この場で撃ち合う以上、弾着までの秒数を計算しておく必要があった。
 さらに数度の撃ち合いをしていると、次の砲撃が降り注ぐ。
 今度もイタリア艦からの艦砲射撃で、最初よりは姫に近い位置に着弾していた。
 そうしてやってきた三射目は前二つよりも激しかった。
 武蔵が放った四十六センチ砲は重巡棲姫の間近、そして鳥海の付近にも落ちた。
 九つの砲弾によって地震が起きたかのような揺れに見舞われるが、鳥海は引き倒されないようにこらえる。

「オノレ……同士討チガ怖クナイノカ!」

「怖くないわけないでしょう!」

 言い返しながら砲撃する。狙い澄まそうとしていた主砲の頭部に当たると、体勢を崩させる。
 もしも一発でも戦艦たちの主砲が誤って鳥海に命中しようものなら、鳥海も終わりだった。
 それでも鳥海は退こうとしない。怖いという気持ちより、ここで姫の足を止めるという意思のほうが強かった。

 互いに命中弾を出せないまま、さらに数度の砲撃が降り注ぐが水柱を立てるだけに終わっていた。
 こっちももっと攻めて足を止めさせないと。
 チャンスはやがて訪れた。
 徐々に正確になっていく砲撃から逃れようと、弾着のタイミングに合わせて姫は右に舵を切る――その時には鳥海も予想針路に向けて魚雷を投射していた。

 扇状に放たれた魚雷が姫の体の下に潜り込んで消える。
 一拍置いても何も起きない。外れてしまった……と鳥海の胸中に過ぎった瞬間、重巡棲姫の足元が爆発した。
 その衝撃にほんの短い間だが、姫の体が空中に投げ出される。
 鳥海は投げ出された足先が砕けたようになっているのをはっきりと見た。



631 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:45:19.52 ID:AUGE67Ido


 魚雷の爆発に翻弄された重巡棲姫が、鳥海に憎悪のこもった視線を向け、怒りに燃えた咆哮をあげる。

「キサマアアアアア!」

 大気を鳴動させるような大声に、鳥海は思わず両耳を押さえてしまう。
 初戦時からの対策として、耳のインカムから姫の声を打ち消す周波数が出るようになっていたが、実際は焼け石に水にすぎなかった。
 より大きな波である姫の声が他の音を呑み込んで、耳をつんざき苛む。
 その最中、重巡棲姫の主砲が鳥海へと狙いを定めるように動く。
 三半規管が揺さぶられたことによる酔いに似た不快感を我慢しながら、鳥海はなんとか舵を切りつつ主砲で反撃を試みようとする。

 だが、どちらも主砲は撃てなかった。
 両者の間にいくつもの水柱が生じたからだ。外れた主砲弾によるものだが、姫よりも鳥海の近くに着弾していた。
 弾着によって生じた荒波に鳥海は落ち葉のようにあおられる。だが、それによって姫の砲撃が外れていった。
 命拾いしたという思いを抱え、ふらつきをごまかすように頭を一振りすると鳥海は重巡棲姫に追いすがる。
 外しようのない距離からの砲撃が姫の体に少しばかりの傷を負わせ、姫の砲撃が右の艤装の側部についた主砲を基部から根こそぎ抉り取っていく。

「撃てるのはこれで四門……」

 魚雷も使い切って、主砲も連装砲塔を三基失っているから火力は半分未満。艤装もひどい有様になってる。
 それでも重巡棲姫もまた消耗し、鳥海よりも速度が鈍っていた。
 鳥海は側面に回り込みながら、小さくカウントを刻む。そろそろ次の艦砲が来るはずだった。

「五、四、さ――」

 鳥海の計算より二秒ほど早く武蔵の放った主砲弾が到達する。
 今度の砲撃は極めて正確だった。
 姫を包み込むように水柱が生じ、恨みがましい姫の声が砲撃音にも負けずに聞こえてくる。
 やがて水柱が収まった時、重巡棲姫は額の二本角の長い方が半ばで折れ、腕や体、そして白い主砲たちの至る所にもひび割れが生じていた。
 傷口から金色の光を流す姫は、なおも敵愾心を向けていた。

「ヨクモ……ヨクモ……ヤッテクレタナ! オ前ハココデ……!」



632 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:47:21.95 ID:AUGE67Ido


 重巡棲姫が鳥海に接近し、鳥海もまた下がるどころか前に出ていた。
 少しずつ速度を上げると、右手側から回り込みながら懐に飛び込もうと近づいていく。
 それを迎撃せんと重巡棲姫の主砲たちも動く。
 より近い左の主砲が鳥海へと急速に迫る。
 長砲身を角のようにして突っ込んできた頭を、鳥海は減速しながら左手と体を横から押し当てるようにしながら外へと受け流す。
 擦れた勢いで手袋が破れ、肌からは血が流れるのを痛みとして感じる。鮫肌のような感触だとぼんやり思う。
 それでも鳥海は右手で艤装を操作すると、残る四門を主砲の横に押し当てて――撃った。
 至近距離からの砲撃と爆炎を受け、主砲が海面に打ち据えられると痙攣して起き上がらなくなる。

「ヤッタナ、艦娘ゥ!」

 後退しようとする鳥海に向かって、残った右の主砲が砲撃しようと前へと動いてくる。
 ……そう。離脱するように見せれば、頭に血が上っている姫は必ず追撃に移ろうとする。
 足のスクリューを後進から前進へと切り替えると、鳥海は艤装を握った右腕を引き絞ると殴りつけるように前へと突き出す。
 その先には白い頭の口があり、連装砲の一基が口内へと押し込まれる。
 砲身をくわえ込んでしまった主砲が身じろぎし、姫が明らかにうろたえて目を見開く。

「これなら狙いは必要ないですね……!」

「ナッ……ヨセ、ヤメ――」

「主砲、てー!」

 重巡棲姫の主砲が後ろに引き伸ばされるように膨らむと、泡が内側から生じたように表面がぼこぼこと細かく浮き上がる。
 そうして膨張した肉塊が姫の腹付近の結合部付近から破裂すると、炎と金色の液体をまき散らす。
 連鎖的に起きた小爆発がそれもすぐに呑み込み、溶岩が出現したような大爆発が起きる。
 その爆発に鳥海もまた吹き飛ばされ、海面へと叩きつけられた。

 前後不覚に陥ったまま、鳥海はぼんやりと空を見上げる。
 しかし爆発の衝撃で、一時的に視力と聴力に支障をきたしたために、そうしていることさえ認識できないままでいた。
 至近距離での爆発は鳥海と艤装も摩耗させている。
 口内に突っ込んだ二門の砲身は溶断され、残る二門も爆発の衝撃で歪んでいた。
 艤装の損傷もいよいよ壊滅的で、かろうじて浮かんでいるだけだった。



633 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:50:00.96 ID:AUGE67Ido


 少しずつ意識を取り戻し始めた鳥海は、上空を砲弾が放物線を描くのを見た。
 それが砲撃だと漫然と思い、時間の存在を意識した。
 そんな鳥海の首に腕が伸びる。重巡棲姫の左腕だった。

「帰レナイ……帰レルカ分カラナイジャナイ……ドウシテクレルノ? ドウシテクレルノ! ドコニ帰レバイイノオオッ!」

 半ば錯乱した重巡棲姫が鳥海の首を締めると、その膂力で持ち上げた。
 かなり消耗している姫だが、それでも鳥海一人ではとても引きはがせないだけの力を残していた。
 混沌に揺れる目をしていた鳥海だが、急速に瞳が色を取り戻す。
 状況を飲み込みきれていない頭でつぶやく。

「重巡……」

「黙レエ! シャベルナア!」

 首が締め上げられ、鳥海は苦悶の声を漏らす。
 重巡棲姫の右腕や腹部は黒炭のようになっていて、そうでない部分も深いひび割れが生じていた。
 金色の輝きも薄れつつあり、腹部から繋がっていた二つの主砲は当然ない。

「マダ戦艦ガ狙ッテルノヨネエ……イイワ、沈ンデアゲルワァ……艦娘ガ艦娘モ沈メルノヨ」

 引きつったような笑い声を出すが、すぐに姫はむせてそれをやめる。

「弾着マデ何秒カ、計算シテミナサイ。ソレガオ前ニ残サレタ時間ヨ!」

「――あと二十秒」

 声を振り絞って鳥海は重巡棲姫の目を見返す。
 重巡棲姫は呆然としたような顔をしていた。予想外の反応といった風に。

「たぶん……こうしてる間にも十五秒を切ったわよ、重巡棲姫――あなたが終わるまで」

 宣告のような声を受けて、目覚めたように重巡棲姫は一転して怒りに任せた声を浴びせる。

「殺シテヤル! 今スグクビリ殺シテヤル!」

 喉が締めつけられて、体の内から鋼がきしんで瓦解してしまいそうな音が響いてくる。
 苦しそうに顔を歪める鳥海を前に、姫はけたたましい哄笑をあげはじめる。
 それでも鳥海は気丈に見返す。
 気づいたんだ。ここで終わるとしても、私はお前が望むような反応なんかしてやらない。



634 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:51:55.11 ID:AUGE67Ido


「沈メ! モロトモ沈メエエッ!」

 指に込められた力が強くなる。最期だとばかりに。
 その瞬間、爆ぜる音と風が生まれて姫の笑い声をかき消した。
 鳥海は首への圧力が緩むのを感じたが、同時に耳鳴りにも見舞われる。
 瞬間的に平衡感覚を失った体だけど、抱きかかえられたらしいのがなんとなく分かった。

「姉、さん」

 呂律が回ってるのか疑わしい声が出てくる。
 見上げた先の高雄の顔は凛々しかった。

「レイテの焼き直し? そんなことが本当に起きると? 起こさせると? バカめと言って差し上げますわ!」

「揃イモ……揃ッテエッ!」

「この私がいる限り、あんなことは絶対に繰り返させません!」

 今にも吠え出しそうな重巡棲姫に、高雄の主砲がダメ押しのように放たれ動きを封じる。
 怯みながらも重巡棲姫は吠える。怨嗟の声こそが己の証明だとでも示すかのように。
 重巡棲姫はもう一人の鳥海の仇で。姉さんたちや私を、他の誰かを沈めようとしている敵。
 だとしても……彼女を哀れに思った。思ってしまう気持ちを止められない。
 そう受け止めてしまう私の感情こそ、重巡棲姫は許せないのだとしても。

 ついに弾着の時間になった。
 大気を切り裂く飛翔音ごと、巨人の拳のような砲弾が降り注いでいく。
 そして私は確かに見た。重巡棲姫が砕かれて壊れていくのを。



635 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:52:53.02 ID:AUGE67Ido


─────────

───────

─────


「……こんな無茶をするのなら、一人で行かせるべきじゃなかったわ」

 高雄は鳥海を抱きしめるようにして言う。
 鳥海は言葉もなかった。代わりにできるだけの力を込めると姉を抱き返した。

「……提督がいたら、絶対に今のあなたを叱りつけるわよ。だから、あんな真似はもうしないで……」

 小さく頷く。約束はできない。でも姉さんの言ってることは正しい。
 やっぱり私は何も言えなかった。
 申し訳なくて視線を下げると、司令官さんの指輪が胸元で光っているのが見えた。
 あれだけの戦闘後でも無事なのには、加工してくれた夕張さんにひたすら感謝するしかない。
 ただ、太陽を照り返しているのか、いつになく光って見えるのが気になった。
 何かを訴えかけてくれてるかのようで。

 鳥海は気づいた。
 高雄の背後に金と白のまだらな姿が現れたのを。重巡棲姫の主砲だった。
 傷だらけの主砲は鎌首をもたげ大口を開く。
 高雄も危険に気づくが、鳥海はぽっかりと開いた口の中も金色に輝いているのを見る。

 ――だけど主砲は私にも姉さんにも届かなかった。
 錫杖を右手に握り締めたヲキューが主砲の頭を横殴りに弾き飛ばしていたから。
 最後の力だったのか、主砲は続いて何度かの振り下ろしを受けると、動かなくなって海中に没していった。

「ヲ……無事デ何ヨリ……」

「あなたこそ……」

 高雄が息を弾ませながら応じる。
 ヲキューは左腕を肩から流れる黒ずんだ血と一緒に垂らしていた。

「先に行くなって言ったじゃない! 被弾までしてるのに!」

 島風の声が聞こえる。無線ではなく、大きな声での呼びかけが。
 本当に戦闘が終わったんだと、私はやっと安心した。

「島風を……怒らせたらダメですよ……」

「ヲ……」

 困ったような顔のヲキューを見ると、なんだかおかしかった。
 ……結果で語るなら、この戦闘で私たちは初めて姫級の撃沈を果たした。
 だけど達成感はない……少なくとも私には。
 私にあったのは、ただただ疲労感とやり場のない倦怠感ばかりだった。



636 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/13(月) 10:53:34.19 ID:AUGE67Ido


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ネ級はツ級に担がれたまま意識を取り戻した。
 ただし頭の右側を失っているために、半ば夢の中にいるようでもあった。

「私ハ……」

「ヨカッタ……起キテクレタ……」

「ツ級……オ前タチモ無事ダッタノカ」

 主砲たちが普段よりは控えめにネ級に頭をすり寄せてくる。
 ネ級は主砲たちを労うために手を伸ばそうとして、自分の体に剣が刺さったままなのに気づいた。胸から柄が生えている。
 断片的だがネ級は覚えている。自分が衝動に取り憑かれたまま、艦娘たちと交戦したのを。
 ネ級が動こうとしているのを察したのか、ツ級が言う。

「ココデ無理ニ抜イタラ……出血ガ止マラナクナル……カモ」

 ネ級はその言葉に従った。痛みを感じていないというのもある。
 目を閉じたネ級は代わりに強烈な眠気に襲われる。
 夢うつつのまま、意識できないままに言う。

「俺ハ……愚カナノカモシレナイ。大切ニシテイタモノヲ……自分カラ……私ハ……」

 傷つけてはならないものを傷つけてしまったのではないだろうか。
 まどろみの中にネ級の感情は溶け始めている。元より、ネ級はまだ後悔も悔恨も明確な形では知らない。
 ツ級はネ級の不安定さには気づいていたが、それを当人にも含めて口外する気はなかった。
 代わりに彼女は本心を覗かせた。

「ソレハ私モ同ジ……私ハキット元ハ艦娘ダッタ……アナタモソウダッタノ? ネ級……」

 ネ級は答えなかったが、ツ級の言葉はしっかり聞いていた。
 まどろみの中、艦娘という単語に刺激されてネ級はささやくように誰かの名を呼んだ。
 ツ級は確かに聞こえた、その名を呼び返してみる。

「チョウ……カイ?」

 ツ級は何故だか胸が痛かった。理由は分からない。もう一度声に出してみると、やはり痛いと思えた。
 一つ思ったのは、その名がネ級に根ざす何かと結びついてるということ。
 あの時――最後にネ級と戦っていた艦娘だろうかとツ級は考えたが、それは正しくないような気がした。
 名前が意味するところは分からないままだが、きっとネ級には重要な意味を持つのだろうとツ級は漫然と考える。
 その意味が分かった時、ネ級はもう手の届かない場所に行ってしまうのかもしれない。
 ネ級の主砲たちが小さく鳴く。不安げな声は潮風の中に消えていった。



 六章に続く。



642 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/27(月) 23:52:24.33 ID:IVX4HgwKo


 提督と艦娘、艦娘と深海棲艦。
 私たちにはいわば立場があります。どう出会うかは立場によって左右されるんだと思います。

 彼女と実際に出会ったのは戦場の最中でした。
 必然であれ偶然であれ、そんな場で出会ってしまえば何が起きてしまうかは……。
 私たちの間には血が流れるしかなかったのかもしれません。
 たとえ望まずとも。

 だけど、こうも考えてしまうんです。
 もう少しだけ違う出会いかたをして、ほんのちょっとだけ別の言葉をかけていれば。
 私たちには異なる可能性もあったのかもしれません。

 出会いがあれば、もちろん別れもあります。
 別れを決めるのは出会いかたじゃなくて、どう交わったかなんだと思います。
 もし違う交わりかたをしていれば、結末は違ったのかもしれません。
 ……別れが避けられないのだとしても。



643 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/27(月) 23:53:33.74 ID:IVX4HgwKo


六章 面影の残滓



 二月。日本なら冬の厳しい寒さが続きながらも春の兆しが見受けられる時期だが、赤道に近いトラック泊地では縁のない話だ。
 冷房のやんわり効いた執務室で、提督は秘書艦の夕雲から諸々の報告を受けていた。

「……以上が現在の各種資材の備蓄量になりますね」

「せっかく先代が貯蓄していた修復材をごっそり放出することになるとはな」

 ぼやく調子で言いながら、提督は差し出された報告書を前にため息をつく。
 つい数日前までトラックに寄港していたラバウル行きの輸送船団には燃料や弾薬は元より、食料や真水、衣類などといった品目に加えて、高速修復材が積み込まれていた。
 大部分は本土からの輸送品だが、修復材に限ってはトラック泊地が備蓄していた分もかなりの量が提供されている。

「各島に分散していた分まで回収しましたからね」

 夕雲はなだめるように笑ってから、つけ加える。

「でも向こうの戦況を考えれば仕方ありませんよ。それに先代でも同じようにしていたはずでしょうし」

「……やっぱりラバウルは苦しそうか?」

「夕雲たちトラック艦隊は無事に引き上げられましたが、苦しい状況のままだったのは確かですね。私たちもかなりの被害を受けましたし」

 言われて提督にはとある顔が思い浮んだ。
 ようやく艦娘の名前と顔が一致するようになっていた。

「大井が無事でよかった」

「ええ、もう少し応急処置が遅れていたらどうなっていたのか……」

「大井や鳥海、他も手酷くやられて……しかも、ウチの被害はそれでも軽い方だからな」

 ガダルカナル島の攻略を目指した廻号作戦は、第二段階であるブイン・ショートランドを拠点化するための進出を果たしていた。
 また二段階作戦時にベラ・ラベラ島近海やソロモン海側でそれぞれ生起した海戦では、重巡棲姫や複数のレ級といった多くの深海棲艦を撃沈している。
 しかしながら激しい戦闘により、ソロモン海側では歴戦の艦娘も含んだ少なくない数の喪失艦を出すなど被害もまた大きい。



644 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/27(月) 23:54:17.27 ID:IVX4HgwKo


「送り出すだけ送り出して、ただ待つしかないのも気を揉むな……先代が前線に出たがった気も分かる」

「提督。夕雲も先代が前線に出るのを嫌がった鳥海さんの気持ちが分かりますよ?」

 釘を差す一言に提督は曖昧に笑い返す。
 ラバウルのみならずブインとショートランドも抑えてはいるが、盤石とはとても呼べない状態だった。
 少なくない艦娘が現地に防衛戦力として留まる中、トラック所属の艦娘たちはトラックへと帰還している。
 ラバウル方面に戦力が集中しすぎていたし、輸送路の中継点であるトラックの守りが疎かになっていると判断されたために。

「ラバウルもせっかく占領したのにブインらともども毎日空爆されて、輸送船団の航路には潜水艦隊が跳梁するようになった。まさに消耗戦だ」

 状況をまとめた提督は、思い立ったように夕雲に聞く。

「あのヲ級改とでもいうような深海棲艦はどんな様子だった?」

「ヲキューさんですか? 不審な点という意味でしたら特には。むしろ積極的に協力していたぐらいですよ」

 夕雲は人差し指を口元に当てると、ほんの少しだけ目を細める。
 そうすると少女らしい見た目の夕雲に、大人の女としての色が立つように提督には見えた。

「何か気がかりでも?」

「いやなに、鳥海は自分で面倒を見ると言ったが、本当のところはどう見えるか他の意見も聞きたかったんだ」

「ああ……そういう。同じ船に乗りかかったからには一蓮托生ですよ。ここだけの話、初めは連れていくのもどうかと思っていましたけど」

 夕雲は悟ったように首を振る。

「でもヲキューさんも自分の居場所を守るためには戦うしかないのでしょう。ですから提督、あの子も夕雲たちとあまり変わりませんよ」

 提督は何か言いたげに口を開いたが、そこからは言葉が続かない。
 やり場がなさそうに提督は夕雲から視線を逸らしていた。



645 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/27(月) 23:54:47.86 ID:IVX4HgwKo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海たちは作戦室を借りて、廻号作戦の反省会を行っていた。
 先日の海戦に参加していた者だけでなく、扶桑と山城に白露型からは時雨や海風も話を聞こうと会に加わっていた。
 海図や航空写真を貼りつけたアクリル板の前で、鳥海が進行役をする。
 まずはヲキューの運用方法や海戦全体での行動の見直しとなり、やがてネ級とツ級の話題へと移っていく。

「ツ級からですが、実際に交戦した球磨さんたちからお話をうかがいたいんですが」

「何度か話が出てるけど防空巡洋艦クマ。摩耶が機銃で身を固めてるなら、あっちは両用砲で弾幕を張ってくる感じクマ」

「砲戦の時は速射でこっちの出足をくじいたり退路を塞ごうとしてきたにゃ。こっちの動きをよく見てたということにゃ」

 球磨と多摩がそれぞれの印象を語ると、球磨が後ろの席に座る北上と大井に振り返る。鳥海もそれを自然と目で追う。
 ちょっと前よりも二人の距離は、さらに近づいたように見える。たぶん気のせいじゃない。
 大井は先の海戦にてネ級の攻撃でかなり危険なところまで追いこまれていたが、なんとか九死に一生を得ていた。
 それが二人には作用しているのかもしれない。身近な存在がそばにいる大切さとして。

「北上たちはどう思ったクマ?」

「うーん、攻めるのは得意だけど攻められるのは苦手なのかも。あたしと大井っちで撃ち合ってた時はそんなに怖くなかったかな」

「二対一というのを差し引いてもそうでしたね。砲撃に専念されると厄介でも、早い内からしっかり狙っていけば、そこまで難しい相手じゃないはずよ」

「となると艦載機でしかける時が問題だよね」

 飛龍が横から言う。
 ツ級については、やはり艦載機への打撃力が大きいのが何よりの特徴になる。
 そして、これは分かったところで簡単に手を打てるような話でもなかった。

「もし敵艦隊にツ級がいたら、最優先で狙っていくしかなさそうですね」

「だね。無傷とはいかないだろうけど、ほっとけばほっとくほど被害が出るなら早いうちに叩いてしまわないと」

 それが艦載機への被害を減らすことになり、総合的には航空戦力の維持にも繋がるはずだった。
 ひとまずの結論が出たと見て、鳥海はネ級の話へと進める。



646 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/27(月) 23:56:13.85 ID:IVX4HgwKo


「ではネ級のことですけど……」

「強敵にゃ。いくら未知の相手でも、単体であそこまでやられるとは思わなかったにゃ」

「次に会ったらギッタギッタにしてあげましょうかね。そうするだけの理由もあるからねー」

 多摩と北上がすぐに声に出す。
 実際、ネ級の戦闘力は予想以上だった。
 先の海戦における球磨たちの被害は大井と木曾が大破、球磨と多摩、嵐が中破という惨状で、ほとんどがネ級からもたらされている。

「どういう敵なんです? データとかあれこれは拝見しましたけど」

 重巡棲姫と同じく自立した生き物のような二つの主砲に、三十八ノットはあろうかという快速に軽快な運動性能。
 特殊な体液をまとっているためか非常に打たれ強く、身体も強靱で四肢そのものが一種の凶器となっている。
 そういった性質からか接近しての戦闘……それも至近距離での戦闘を好むらしい。現に木曾とはサーベルと素手とで格闘戦を行っている。
 重巡棲姫との戦闘を振り返ると、自分との共通点を見いだしてしまうような気持ちで鳥海はなんとなく嫌だった。

 鳥海はそういった情報を挙げてきた木曾が、反省会が始まってからずっと黙ったままなのに気づいている。
 退屈してるとかではなさそうで、話はちゃんと聞いているようだけど。
 不審には思っても、話を振って聞き出すきっかけを見つけられずにいた。

「獣みたいなやつだったクマ」

「獣のように動くやつにゃ」

「動物っぽい姉さんたちがそれを……いえ、確かにその通りでしたけど」

 球磨、多摩、大井の意見は一致していて、鳥海は獣らしいという印象を強める。
 イ級のように人型と呼べない相手もいるけど、獣のように感じたことはほとんどない。
 そうなるとネ級はやはり異質なのかもしれない。



647 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/27(月) 23:57:06.87 ID:IVX4HgwKo


「そんなやつだから動きが読みにくいにゃ。いきなり狙う相手を変えたり、魚雷に向かって跳ねて避けようとしてたにゃ」

 多摩はそこで首を傾げ、鳥海は不思議に思った。

「どうしたんです?」

「……ツ級を守ろうという意思はあったような気がするにゃ。多摩と木曾と撃ち合ってたと思ったら、急に離れたところにいた北上たちに向かっていったにゃ」

「なるほどなー。言われてみれば」

 北上も大きく頷く。

「確かにネ級がこなければ、あと一押しでツ級を沈めていたはずだよねえ」

「となるとツ級の危険を察知して矛先を変えた……?」

「でないと説明がつかないにゃ。木曾はどう思うにゃ?」

「え? ああ……うん、たぶんそうじゃないかな」

 話を振られた木曾は驚いたような顔をしてから応じる。
 木曾さんにしてはずいぶんと歯切れが悪くて、これでなんでもないというのは無理がある。

「ちゃんと聞いてたにゃ?」

「聞いてたよ。あのネ級は確かにツ級を守ろうとしてたしツ級もそうだった……けど、それがそんなに特別なことかよ。深海棲艦だって僚艦の支援ぐらいやるだろ」

 どこか突き放すような調子だった。
 鳥海は木曾に訊いていた。

「何か気になることがあるんですね?」



648 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/27(月) 23:57:47.80 ID:IVX4HgwKo


「……鳥海は何も感じなかったのか?」

「いえ……」

 鳥海は正直に首を横に振った。
 こういう遠回しな言いかたを木曾さんがする時は、一種の決まり事がある。司令官さんの話をする時だけ。
 ……分からないのは、どうしてこのタイミングでそんな話が出てくるのかということ。
 寂しげに肩を落とした木曾だが、すぐに思い切ったように手を挙げた。
 鳥海が促すと木曾はすぐに話し始めた。

「俺が思うに、あのネ級は短期決戦型だ。おそらく高性能と継戦能力が両立できてないんだ」

「そう考える根拠は?」

「まず対空戦闘でどのぐらい弾薬を消費してたかは分からないけど、砲戦の途中で弾切れを起こしていた。一会戦で尽きるってのは、元の搭載量が少ないからだと思う」

「それは確かに早いですね……」

「それから、あの黒い体液だ。あれはたぶんあいつ自身の血だよ。これはヲキューにも訊きたいんだけど、あんたたちの血は装甲みたいに硬くなったりするのか?」

 後ろのほうに座っていたヲキューに視線が集まる中、彼女は否定した。

「ソウイウ話ハ聞イタコトガナイ……モシソウナラ……ネ級ガ特殊ナ個体ダトイウコト」

「そうか……でも俺は確信してるよ。あのネ級は血を流しながら戦ってるんだ。そんなやつが長時間戦えるとは思えないな」

 木曾の話はまだ仮説の域を出ていないが説得力がある。
 一度きりの交戦で断じるには早すぎるが、対策の指針にするには十分だった。



649 : ◆xedeaV4uNo 2017/02/27(月) 23:58:41.39 ID:IVX4HgwKo


「つまり持久戦に持ち込んで消耗を待つのが一番、ということですね」

「……ああ。あいつもそれを知ってか知らずか、無理やり突っ込んできて混戦にしようとするんだけどな」

 鳥海の言葉に木曾は肩をすくめて応じる。相変わらず表情は浮かないままで。

「それにあいつはもしかすると……」

 木曾は何事かを言いかけてやめてしまう。
 俯きがちの顔は明らかに何かを隠している。
 しかし鳥海はこの場で追求しなかった。言いたくない以上は、あとで個人的に聞いたほうがいいと考えて。

「あなたからはどう、ヲキュー? ネ級とツ級について」

「……分カラナイ。ツ級トネ級ニハ会ッタコトハナイシ……聞イタコトモナイ」

 一通りの意見が出てしまうと、ネ級についての話はなくなった。
 反省会全体でも、あらかたの意見が出尽くした感があったので、これで打ち切りという流れになっていく。
 鳥海が終了を告げようとしたところで、いきなり木曾が席から立ち上がった。

「待ってくれ、やっぱりみんなに聞いてほしいんだ」

 木曾は居合わせた一同を見回して、そして鳥海を正面に見る形で止まる。
 その顔に焦燥をにじませて。

「あのネ級は……提督かもしれないんだ……」

 まるで助けを乞うかのように弱々しい声で告白した。



654 : ◆xedeaV4uNo 2017/03/07(火) 00:58:24.41 ID:swBp8reno


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 男と女がいた。男は人間で女は艦娘だった。
 二人はどこかの部屋で向かいあって話していたり、何かの紙片をまとめたりしている。
 またある時には別の場所で笑いながら何かを食べていた。
 声は聞こえてくるが、何を話しているのかはあまり分からない。
 それでも男のほうの考えは分かるような気がした。

 二人は港から海を見ていることもあれば、女が洋上で訓練しているのを男が遠くから眺めていることもあった。
 雨が降った日には並んで空を仰いで、夜空に星々が瞬けば祈るように天を見上げる。
 太陽が身を焦がすのなら、月は思いを研ぎ澄ませた。

 女が男に本を渡すと、男は一人になった時にそれを真剣に読んだ。楽しみながら考えて。
 あとになって女と本の内容をしっかり話しあっていた。

 話しあってといえば、海図と駒を前にどう動かすかで盛り上がっていたことがある。
 どちらかといえば女のほうが話したがっていて、男は疲れた顔を隠しながらも満更でもなさそうだった。

 必ずしも二人の間が順調とは限らない。
 意見がぶつかっているらしいこともあれば、男が女の過ちを指摘することもある。
 逆に女が男の落ち度をとがめるたり、二人揃って何かの失敗をしでかすこともあった。
 失敗は時として誰かの命を脅かすこともある。己であったり他者であったり。

 それでも二人は進んでいく。
 手が絡まれば心がふれあい、変化がもたらされていく。
 変化を受け入れれば、少しずつ自らも変わる。それはさらに別の変化を呼び込んだ。
 そうして男と女の間には時間が折り重なっていく。
 積み重なって育まれた想いは、輝いて見えた。

 ある時、男が女に何かを手渡した。
 それは小さくて丸い指輪で、他の艦娘たちも同じ物を渡されている。
 だけど、どうしてだろう。その二人の指輪だけは何かが違う。
 見た目は何も変わらないのに何かが……。

 やがて気づいた。
 これは私の頭の中にいる誰かの記憶なのだと。
 記憶は足跡だ。砕けてもなお色あせない思い出を拾い集めていく。
 私はそうして集めた記憶を夢見ていた――。



656 : ◆xedeaV4uNo 2017/03/07(火) 00:59:51.52 ID:swBp8reno


─────────

───────

─────


 頂点に昇った太陽が照りつく中、湿った風が体にぶつかっていく。
 火照った体を冷ましていく感覚を心地よいとネ級は思う。
 つい一時間ほど前まで装甲空母姫の下、複数のレ級たちと条件を変えながら模擬戦を行っていた。
 ネ級には新たに変化が現れていて、金色の光を体から発するようになっていたために。

「モウ体ハ大丈夫ナンデスカ?」

「見テタダロウ? モウイツデモ戦エル」

 身を案じてくるツ級の問いかけに頷く。
 ネ級が目覚めたのは、前回の交戦からおよそ三日が経ってからだった。
 治療用の溶液に満たされたカプセルに入れられていたため、早いうちから傷は治っていたが意識のほうは違う。
 艦娘の攻撃で頭をなかば吹き飛ばされたのは覚えていて、すぐに目覚めなくても無理はないと思えた。
 そのまま二度と目覚めなくても、おかしくないだけの傷を負ったのだから。

「マダ傷モ治ッタバカリナノニ……」

 模擬戦といっても使用するのは実弾だ。装薬量や砲弾の重量を減らし、弾頭も潰れやすいよう手こそ加えられているが、やはり当たれば沈まずとも傷つく。
 光を放つ個体は通常よりも高い性能を有し、さらに赤よりも金の光を放つ個体のほうがより強い。
 どれだけ性能が向上したかを確かめるための模擬戦で、ネ級は単体同士の戦闘ならばレ級が相手でもほとんどは優勢に事を運んでみせている。

 唯一、ネ級が最後まで優勢に立てなかったのが赤い光を放つレ級で、ネ級が意識を持ってすぐに初めて出会ったレ級でもあった。
 純粋に戦いを楽しんでるようなレ級たちの中でも赤いレ級は一際だ。
 その在り様はかえって純粋に思えて、どこかうらやましかった。


657 : ◆xedeaV4uNo 2017/03/07(火) 01:02:56.24 ID:swBp8reno


「ソレヨリモ……迷惑ヲカケタ。ツ級ガ助ケテクレナケレバ今頃ハ……」

「迷惑ダナンテ……私コソ……ネ級ガイナケレバ……」

「シカシ……」

 どことなく奇妙な空気になる。
 互いにかばいあうような言いかたになって、ネ級は収まりが悪かった。
 その時、潜っていたネ級の主砲たちが海中から飛び出ると、甘えるように鳴きながら身をすりつけてくる。
 今まで主砲たちは腹を空かせていたので、足元を泳ぐ魚を狙っていた。

「ソウダッタ……オ前タチモヨクヤッテクレタ。怯エサセテ……ゴメン」

 下腹部にあたる場所を掻いてやりながらネ級は言う。
 いつもならしつこく感じるふれあいも、変わらない態度の表れと思えばうれしかった。
 そんなネ級の顔にツ級は手を伸ばしてきた。艤装をつけていない彼女の指はほっそりとしている。

「右目ハ……治ラナカッタンデスネ……」

「ハガセバ……見エルカモ」

 ネ級の顔半分は今や固まった体液が甲殻のように貼りついている。
 頭の傷を隠すように広がるそれは右目にも覆い被さっていて、かさぶたのようにも思えた。

「コレハ戒メナノカモシレナイ……自制ヲ失ッタ愚カナ私ヘノ……」

 ネ級は先の戦いの全てを覚えているわけではないが、強烈な衝動につき動かされるままになっていたのは分かる。
 言うなれば――怒りや憎しみを根にした攻撃衝動に。
 しかし艦娘にそこまでの激情を抱く理由は今もって分からない。
 それだけに、何に起因するかも分からない感情に振り回されるのは恐ろしかった。



658 : ◆xedeaV4uNo 2017/03/07(火) 01:04:08.03 ID:swBp8reno


「……知ッテマスカ?」

 いきなりツ級はそんな風に聞いてくる。
 話は変わるけど、とまるで世間話というのをするような気楽さで。

「艦娘ハ金色ノ深海棲艦ヲフラグシップト呼ンデルソウデスヨ」

「赤イノハ?」

「エリート……ダッタヨウナ」

「ソレ……元艦娘ダッタカラ分カルノ?」

「……ソウカモシレマセンネ」

 苦笑いするような響きだが、ツ級の表情は仮面のような外殻に隠されて分からない。
 退却中に告白されたのは覚えている。
 ツ級は艦娘だった。
 ありえるのかは分からないが、少なくとも本人はそう信じている。
 ネ級としても否定できない。
 自分の頭の中にも別の誰かがいる。それは間違いなく、しかも彼女ではなく彼。



659 : ◆xedeaV4uNo 2017/03/07(火) 01:05:50.59 ID:swBp8reno


「ドウシテ私ニアンナ話ヲシタ?」

「アナタハ……話ヲ聞イテクレルカラ……私ヲ知ッテホシカッタノカモ」

 ネ級は返答に窮した。
 しかし打ち明けた思いは汲んでやりたいと思う。気軽にできるような内容ではないのだから。

「ネ級ハドウナノ? 私ガソウナラ、ネ級ダッテ……」

「分カラナイ。タダ……私ニモ原形ガアッタハズ。シカシ艦娘デハナイト思ウ」

 ネ級は彼の記憶を夢として見た。
 夢の常で内容はもう思い出せないが、自分が知りえない光景を見ているのは確かだ。
 そして彼が抱いたであろう思いも、おそらくは理解してしまった。

「ダケド……私ハ何モ知リタクナイ。ツ級モコレハ外シタクナイ……同ジコト」

 仮面のようなツ級の外殻にふれると、息を呑むような気配を感じた。
 私たちは向き合えない。己の影には。
 知ってしまったら、きっと自分ではいられなくなるから。
 いずれ向き合わねばならない時が来るかもしれないが、それが今とはどうしても思えない。

「コノ話ハヤメヨウ」

 まるで秘密を共有するように話す。
 もっとも、あの装甲空母姫が何も知らないわけがなかった。
 となれば秘密を共有した気になっていても、現実には掌の上でもてあそばれてるだけなのかもしれない。



660 : ◆xedeaV4uNo 2017/03/07(火) 01:07:36.28 ID:swBp8reno


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ガダルカナル島にて四人の深海棲艦の姫たちと赤い目のレ級たちは、今後の作戦を決めるために一同に会していた。
 青い光で照らされた部屋には円卓があるが空席が二つ。
 港湾棲姫と重巡棲姫がいるはずの場所だ。

「次ノ攻撃目標ハトラック諸島ヲ提案スルワ。準備ガ整ッタラ、スグニデモ総力デネ」

 いわば円卓会議における空母棲姫の第一声がそれだった。
 飛行場姫は口を挟まずにいるつもりだったが、予想してなかった地名に聞き返す。

「トラック? ラバウルヤブインハドウスル? 抑エ込ンデイルトハイエ艦娘タチガ進出シテイルノニ」

「ダカラコソヨ。ラバウルヘノ補給路トシテ、アノ島ハマスマス重要ニナッタ。ソレニ空爆ヲ続ケ潜水艦隊ガイレバ、当面ノ封ジ込メハ簡単ヨ」

「ソレハソウデモ……」

「ソレニ、アノ島ニハ裏切リ者ガイル。アロウコトカ、私タチニ牙ヲムイタ」

 空母棲姫は控えめながらも声に怒りを含んでいた。
 先の戦いでヲ級が艦娘側に加わっていたという報告は飛行場姫の耳にも届いている。
 また、そのヲ級が港湾棲姫の腹心である青い目のヲ級だとも確信していた。

「人間タチハ我々ガスグニハ攻メテコナイト考エテイルデショウシ……何ヨリモ……仇ヲ討タナクテハ。善キ深海棲艦ノタメニ」

 空母棲姫が言っているのは重巡棲姫のことで間違いなさそうだった。
 傍若無人な空母棲姫であっても、重巡棲姫の喪失には思うところがあったらしく意外に思えた。

「彼女ハマサシク深海棲艦ダッタワ。ソノ彼女ヲ討ッタノガ、トラック諸島ヲ根城ニシテル艦娘タチラシイジャナイ」

 日頃なら嘲笑を唇の端に浮かべている空母棲姫だが、今はそれもない。
 それだけに本気で言ってるのだと飛行場姫は悟り、それ以上は何も言わずに引いた。



661 : ◆xedeaV4uNo 2017/03/07(火) 01:09:20.30 ID:swBp8reno


「アナタタチハドウ?」

「私ハ賛成ダワ。アノ島ニハ武蔵ガイルモノ」

 戦艦棲姫が静かに笑いながら支持する。

「イツカハ雌雄ヲ決ッシタイ相手……ソノ時ガキタトイウコトヨ」

 空母棲姫にというより、はるか遠くの相手に語りかけているような調子だった。
 好意的に考えれば、すでに先を見据えているということなのかもしれない。
 続いて装甲空母姫とレ級も賛意を示す。

「アノ島ヲ叩ク意義ハ大イニアル。デキルダケノ戦力ヲ用意シヨウ」

「戦エルナラ選リ好ミナンテシナイサ」

「イイ返事。アトハアナタダケダケド、ドウスル? コノ島ニモ守リハ必要ダケド」

 改めて問いかけてきた空母棲姫に飛行場姫は答える。

「……私モ行ク。総力デト言ッタノハ、アナタヨ」

 空母棲姫は驚いたような顔をすると聞き返す。

「ドウイウ心境ノ変化カシラ」

「フン……私ニモ思ウトコロガアル」

 理由は口にしなかったが、空母棲姫はすぐに満足したようにほほ笑んだ。

「ソウ、ナラ決マリネ。一週間以内ニハ進攻ヲ始メマショウ」

 誰も性急すぎるとの声は上げなかった。
 そのあとで装甲空母姫が新たに投入できる戦力についての説明を終えれば会議は済んだ。
 三々五々にそれぞれが散っていく中、装甲空母姫が飛行場姫に話しかけてきた。



662 : ◆xedeaV4uNo 2017/03/07(火) 01:10:58.23 ID:swBp8reno


「意外ダナ、君マデ帯同スル気ニナルナンテ」

「言ッタ通リ……アノ島ニハ私モ思ウトコロガアルノヨ」

「≠тжa,,ガイルカラ?」

「今モイルカハ分カラナイ」

 気のなさそうに飛行場姫は応じるが図星だった。
 トラック諸島には港湾棲姫やホッポたちがいる。
 しかし何があれば、深海棲艦が艦娘に協力する気になるのかが分からない。

 ヲ級が自発的に戦うのを選んだのか、それとも戦力として使われるのを強要されているのか。
 どちらにしても、争いを避けるためにガ島を去ったのは飛行場姫も知っている。
 だからこそ理由を知る必要がある。それも自身の目と耳で見聞きして確かめないと納得がいかない。
 事と次第によっては実力行使が必要で、今がそうだと飛行場姫は内心に結論づける。

「……ソレヨリ、アノ二人ハドウナノ?」

「二人? アア……ツ級トネ級」

「ズイブンヤラレタト聞イタケド」

「確カニ。シカシ初陣ダッタニモカカワラズ、向コウニモ十分通ジルノガ分カッテ満足ダヨ」

 飛行場姫は話を変えたかったのもあるが、二人を気にしていたのも確かだ。
 ネ級とツ級――少なくともネ級とは無関係だと言えないのが飛行場姫だった。
 あくまで表面上は無関心を装っていたが。
 それに対して装甲空母姫は意味ありげに笑う。内心などお見通しだとでも言いたそうに。



663 : ◆xedeaV4uNo 2017/03/07(火) 01:11:59.89 ID:swBp8reno


「イイデータガ取レタ……ソレダケニ惜シクモアルケド」

「惜シイ?」

「ネ級ノホウハタブン長クナイヨ。体ノ細胞ガ劣化シハジメテル」

 装甲空母姫の口は軽かった。大した話ではないように。

「……ドウイウ意味?」

「詳シイ因果関係ハ分カッテナイ……セッカクノ性能ガ負担ヲカケスギテルノカ……ハジメカラ不具合デモ抱エテタノカ……自覚ガナイノハサイワイトイウノカナ」

「ソウ……」

 彼女はしばし考えを巡らせてから装甲空母姫に申し出た。

「私ニアノ二人ヲクレナイカ」

 その申し出は装甲空母姫にとっても意外だったのか、真顔になって即答はしなかった。

「ドウイウ風ノ吹キ回シ?」

「次ノ戦イニ出向ク以上ハ、使エル護衛ガホシイダケ」

 あくまでも愛想なく飛行場姫は言い、装甲空母姫も吟味しているようだった。
 しかし判断はすぐに下した。

「イイヨ、構ワナイ」

「……アッサリ決メルノネ」

「全テデナイニシテモ、アノ二人カラハ有益ナ情報ハ取レテイル。ナクシタトコロデ私ハモウ困ラナイ」

 食ったような答えに飛行場姫は鼻を鳴らした。
 そこに装甲空母姫はつけ加える。

「君ニ使ワレルノガ楽トモ限ラナイ」

 うっすらと皮肉めいた笑みを見せていた。
 いら立ちを隠せずに飛行場姫は機械仕掛けの右腕を鳴らすが、装甲空母姫はおかしそうに笑うと立ち去っていった。
 一人残された形の飛行場姫はため息をつく。

「ソレニシテモ……因縁トデモ言ウノ……」

 トラック諸島を港湾棲姫が奪われたことから今の事態が始まったように思える。
 ワルサメの死に深海棲艦同士の対立、提督という人間にまつわる出来事と顛末。そして人間や艦娘を素とした深海棲艦。
 だとすれば、決着をつけるにもトラックは相応しいのかもしれない。
 始まった場所であるのなら、終わらせる場所としても。



671 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/03(月) 22:41:36.75 ID:guiKg8tso


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 二月十八日。
 トラック泊地では、鳥海が総員起こしの前に目を覚ましていた。
 これは秘書艦を務めていた頃からの習慣なので、これといったな理由があるわけじゃない。
 夜の黒が抜け切らない藍色の空を窓から見ながら、なんの変哲もない朝だと鳥海は思った。

 服を着替えて身だしなみを整えながら、胸元のペンダントを包むように握る。
 司令官さんの指輪を使ったペンダントだけど、今は金属の冷たさしか感じない。

「……本当にあなたなんですか?」

 指輪に声をかけたところで何も答えてくれない。それでも聞かずにはいられなかった。
 ネ級の正体が提督ではないかという話。
 それに対する反応は艦娘の間でもまちまちだったが、多くは半信半疑だった。

 人間が深海棲艦化するのがありえるのか分からないし、それに木曾さん以外にそう感じた者もいない。
 ネ級の話を聞いたり航空写真を何度見ても、ネ級が司令官さんだとは感じなかった。
 だから鳥海はネ級が提督だと思えないが、木曾の話を勘違いだとも思えない。

 あの二人の間には特別な繋がりがあった。
 かつて沈んだ初代の木曾という艦娘を軸にした、司令官さんと今の木曾さんだけにある結びつき。
 それは私と司令官さんにはない別の繋がりで、それが何かを木曾さんに訴えかけたのかもしれない。
 私には分からない何かを。

 鳥海は握っていたペンダントから手を離す。
 熱が伝わっていても、何かを伝え返してくるようなことはない。
 それが悔しかった。
 もし木曾さんの仮定が正しいのだとすれば……それはあんまりだと思う。


672 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/03(月) 22:42:36.14 ID:guiKg8tso


 六時になって総員起こしのアナウンスを聞くと、七時には姉さんたちと一緒に間宮で朝食を取る。
 そして八時になれば編成割りに従って訓練や哨戒任務に赴いていく。
 これがトラック泊地における朝の流れ。
 この日は大規模な対空戦闘訓練があらかじめ組まれていて、鳥海もそちらに参加するのが決まっていた。

 というのも廻号作戦で機動部隊の艦載機は大打撃を受けて、機体の補充が完了していても平均的な練度は大きく落ちている。
 航空隊の練度を底上げするためにも、できるだけの手を打っておく必要があった。
 やがて昼に差しかかり、午前の訓練を切り上げてちょうど帰投した頃だった。敵艦隊発見を知らせる警報が届いたのは。
 発見したのは哨戒中の彩雲で、泊地からおよそ三百キロほど離れた南南東の海域で発見された。

 深海棲艦は彩雲に気づいていても、威容を見せつけるためなのか無視している。
 あまつさえ、これみよがしに艦載機の発艦を始めた。
 実際に泊地では伝えられた敵の規模に色めき立っていた。
 総数で三百に及ぶ敵艦隊は、まさしく大艦隊という以外に言葉がない。
 以前のMI作戦時にマリアナへ攻撃してきた時よりも、さらに敵の数は多かった。
 さらに四人の姫がいるのも確認され、主力が投じられているのは疑いようもない。

 深海棲艦は菱形の方陣を作るように大きく四つに分かれ、それぞれ姫が中核になっている。
 先陣には戦艦棲姫やレ級、ル級やタ級と高火力の戦艦が固まり、こちらから見た左右には装甲空母姫と飛行場姫が、そして最後尾には複数のヌ級とヲ級を従えた空母棲姫という形だ。
 左右の艦隊は護衛や支援を兼ねているようだけど、編成は意外と違うようだった。
 装甲空母姫が巡洋艦や駆逐艦を多数従えているのに対して、飛行場姫のほうは少数に留まっている。
 その代わりにネ級やツ級がいるのが確認され、こちらは少数精鋭の編成と見込まれた。

 また各姫に共通しているのは、球状艦載機をそのまま巨大化させたような艦と呼んでいいのかも怪しい物体が周囲にいくつも漂っている。
 従来の深海棲艦の倍近い大きさのそれは姫の守護が目的らしく、仮称で護衛要塞と名づけられた。

「相手が三百ってことは戦力比がざっと六対一……うん、苦しくなるね」

「間宮さんとか秋津洲みたいに戦うのが苦手な艦娘もいるんだから、もっときつい数字になるわよ」

 近くにいた島風と天津風がそう話しているのを聞き、そちらへ目を向ける。
 まじめな言葉とは裏腹に、二人には余分な気負いもなさそうだった。
 鳥海は口を挟まずに二人の話を聞く。



673 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/03(月) 22:43:55.32 ID:guiKg8tso


「まだ前回から一ヶ月も経ってないのに、よくこれだけの戦力を集めてくるよ」

「ラバウルやブインに投入されてる戦力が釘づけにされてる間に、この泊地を陥落させるつもりなんでしょうね」

「そうだとしても急すぎない? 向こうだって大艦隊を動かすのは楽じゃないはずなのに」

「あたしたちをそれだけ高く買ってるんでしょ。ありがた迷惑だけど」

 天津風の言うようにトラック泊地はラバウル方面への重要な補給基地であり、深海棲艦の亡命者であるコーワンたちもいる。
 よりガ島に近い地点まで進出されていてもなお……されているからこそ、この地に痛打を与えるだけの意味があるとも言える。
 投機的すぎる作戦にも思えるけど、他の鎮守府や泊地に援軍を出す余力はないはずだった。

『八艦隊と二航戦は正面を迂回し敵基幹戦力……空母棲姫への攻撃を。残りは先行した扶桑らと合流して敵艦隊の侵攻を食い止めろ』

 提督からの命令が通信越しに伝えられてくる。
 すでにこういった襲撃を想定して、いくつかの作戦案は検討されていた。
 この場合、敵正面に主戦力を投入しつつ、機動力と突破力に優れた第八艦隊と二航戦で敵主力へと側方、可能であれば後方から強襲をかける。
 皮肉な話ではあるけど、襲撃に乗じて司令官さんを失ったことでこれらの案はより仔細に詰められていた。
 想定外なのは、ここまでの著しい戦力差。

 それでも早いうちに発見できたので、迎撃の準備を整える時間はあった。
 基地航空隊がスクランブル発進し、当直に就いていた扶桑型と白露型はすでに先行して湾外に出ている。
 訓練から戻った鳥海たちにも、整備課の人員や妖精たちが燃料の補給や実弾への交換を大わらわで進めていった。

 鳥海は洋上に出ると、改めて第八艦隊と二航戦の面々と合流して敵艦隊を迂回するように右回りに針路を取る。
 他の艦娘たちもいくつかの艦隊に分かれると扶桑たちの元へと向かっていく。
 中でも摩耶は愛宕、ザラ、夕雲型から特に目のいい高波と沖波を連れて、先頭に立って進んでいった。
 真っ先に防空艦として対空砲火を集中させるために。



674 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/03(月) 22:44:58.32 ID:guiKg8tso


 この頃になると退避した彩雲に代わり、秋島のレーダーサイトから情報が次々に転送されてくる。
 敵機の数は優に千機を超えていて、これだけで基地と機動部隊で運用している航空機を合わせた数以上になってしまう。
 劣勢は火を見るより明らかだった。

「急ぎましょう。第二次攻撃ならまだ防げるはずです」

 鳥海の指示の元、艦隊が三十ノット近くまで速度を上げる。
 両艦隊の中で一番足の遅いローマに合わせた形になるが、本来なら十分に高速と呼べる速度でもこの時はもどかしさばかりが募った。
 向こうからも近づいてきているとはいえ、敵艦隊は遠い。
 二航戦の旗艦を務める飛龍が鳥海の横、声の直接届くところまで進んでくる。

「敵艦隊に突入するなら夕雲たちも連れていって。数は多い方がいいでしょ」

「夕雲さんたちはそちらの護衛です。気持ちはありがたいですけど離れさせるわけにはいきません」

 練度の面では申し分なくても、夕雲さんたちの一人でも欠かすわけにはいかない。
 今の二航戦は飛龍、蒼龍、雲龍の三人に夕雲、巻雲、風雲からなる護衛の六人で構成されている。
 正規空母三人に対する護衛と考えると、駆逐艦の三人は最低限の数でしかなかった。

「成否にかかわらず、この攻撃で全てが片づくとは思えません。だから二航戦の守りも不可欠なんです」

「……ま、確かに空母棲姫一人沈めれば収まる話ってわけじゃなさそうだしね。けど無理はしないでよね、今回の戦いも長丁場になると思うから」

「ええ、お気遣いありがとうございます」

 鳥海が頭を下げると、飛龍は針路上である東の空を見上げる。表情を曇らせながら。
 こんな時に限って、空は澄み切って晴れ渡っている。
 敵機は発見しやすいけど、それはまた敵機がこちらを狙いやすいということでもあった。
 今のところ鳥海たちが発見された様子はなく、基地から発した戦闘機隊が敵と接触したとの知らせもないが、それも時間の問題だった。



675 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/03(月) 22:45:55.46 ID:guiKg8tso


「ここから艦戦だけでも飛ばします?」

「そうしたいのはやまやまだけど、反復攻撃をしたいしもっと近づきたいね。それに相手の数が数だから母艦をしっかり叩いてやらないと。元をどうにかしないと勝ち目はないよ」

 飛龍の言葉に鳥海も頷く。
 これだけの戦力差がある以上、相手の中核戦力に狙いを絞って叩くしかない。
 ただ相手は姫級が四人もいて、そのいずれも中核と呼べる相手だった。
 鳥海は第八艦隊に帯同する形になっているヲキューへと話を向ける。

「ヲキューはこの戦力をどう見ます?」

「ガ島ノ防衛ニモ残シテイルニシテモ……限リナク総力ニ近イ……ハズ。本気ナノハ……確カ」

 ヲキューは急ごしらえで20.3cm連装砲を二基右腕に備えつけていた。
 対空戦用の措置で、あくまで自衛が目的なのと砲弾を持たせる余裕がないので三式弾しか載せていない。
 そのヲキューも空に目をやっていた。

「飛龍さん、ヲキューも二航戦のほうで見てもらうのはできますか?」

「こっちは構わないけど」

 ヲキューが驚いたように目を大きくする。

「置イテクツモリ……?」

「今回は難しい作戦ですからね。このまま飛龍さんたちと機動部隊として動いたほうがいいかとは」

 ヲキューは首を傾げたが、すぐに口を開く。
 納得してないのは明らかだった。



676 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/03(月) 22:46:51.84 ID:guiKg8tso


「鳥海ハコノママ……空母棲姫マデタドリ着ケルト思ウ?」

「飛行場姫あたりが立ち塞がってくるはずでしょうね」

 向こうにも電探もあるし制空権もあちらのほうが優勢。
 艦載機なら間隙を突けるかもしれないけど、それでも第八艦隊はそうもいかない。
 空母棲姫の艦隊に着くまでに発見されて、あちらとしては機動部隊への突入を防がなくてはならない。
 となると飛行場姫が針路上に移動してくるはず。少なくとも、どんな手立てであれ妨害は確実にされる。

「……ソレナラ私モ行ク。私ノ艦載機ハ役ニ立ツ……」

「安全は約束できませんよ?」

「ソンナノ……イツダッテ……ドコニイテモ……同ジ……分カリキッタコト」

 どうしても一緒についていくつもりらしい。
 そんなヲキューを見てか、飛龍さんは面白そうに笑う。

「違いないわ。それに案外さ、私たちと一緒にいないほうが安全かもよ? 深海棲艦も空母を優先的に狙うだろうから」

「飛龍さん、そんな不吉なことは……」

「だって分からないじゃん、何が起きるかなんて。魔の五分間なんて話もあるし」

 鳥海の心配をよそに、飛龍はあくまでもおかしそうに笑い飛ばしていた。
 そのまま笑い終わると自然に表情を引き締める。

「ま、それはともかくヲキューがいるかいないかじゃ、そっちも防空面じゃぜんぜん違うよね。本人だって希望してるんだし、いいじゃない」

「ソウ……ソレニ飛行場姫……アノカタナラ私ノ話ヲ聞イテクレルカモ」

 普段はあまり感情を声に乗せないヲキューだったが、この時は少し違うように聞こえる。
 なんというか熱っぽい。
 飛龍とも目が合って、向こうもそう感じたらしいと鳥海は察した。



677 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/03(月) 22:47:33.82 ID:guiKg8tso


「説得でもするつもりですか?」

「……必要ナラ。鳥海ダッテネ級ニ会エバソウスル……違ウ?」

「それは……そうかもしれませんね」

 鳥海ははっきりとはさせずに濁す。
 確かに話そうとはすると思い、しかし何をぶつけていいのかは分からないまま。
 それでも鳥海は、ネ級に会えば自ずと言葉が出てくると考えていた。
 もどかしく思うのは、何も敵艦隊と距離があるからだけではない。
 心の準備が完全にはできていないんだ。ネ級と……司令官さんかもしれない深海棲艦と向き合うための。
 それでも、と鳥海は思う。

「何も話さなかったら……伝えようとしなかったら、きっと後悔しますよね。ヲキュー、変なことを言ってしまってごめんなさい」

「……変ナコトハ言ッテナカッタ思ウケド」

「まあ、あれこれ悩んじゃうところは鳥海らしい気はするけど」

 よく分からないと言いたそうなヲキューに、飛龍は苦笑いするような調子で鳥海を見ている。
 鳥海は二人から視線を外すと、針路上の空を意識した。
 この空の下にはネ級がいる。
 泊地に迫る深海棲艦を撃退しなくてはならないけど、それとは別に彼女とも接触しなければならない。
 その結果どうなるかは分からないし、出会わなければと悔やんでしまう可能性もある。
 だけど、と鳥海は胸の内で切実に思う。
 会わなくては何も始まらないと。

 ほどなくして基地航空隊の迎撃機と深海棲艦の艦載機が接触して交戦に入ったとの知らせが届いた。
 戦闘が始まったのを知り、鳥海たちは無言になって進んでいく。
 もう接触まで、さほどの時間が残されていないのを肌で感じながら。



682 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/15(土) 20:00:18.96 ID:y2wSRSw9o


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 照りつける陽光の下、ネ級はツ級と共に飛行場姫の護衛に就いていた。
 総数で六十近い数からなる艦隊は姫を中心にした輪形陣を形作っていて、直径にして五百メートル四方へと広がっている。
 その中でもネ級とツ級は飛行場姫のすぐ前後に位置していた。
 他の深海棲艦が姫とは遠巻きになっている中、二人はそれぞれ三メートルも離れない位置を保ち続けている。

 飛行場姫の近くにはネ級とツ級しかいなく、装甲空母姫から各姫へ提供された護衛要塞も輪の外縁部に回されていた。
 戦闘が始まればこれだけの密着はかえって危険となるが、まだ最前列にいる戦艦棲姫と機動部隊を擁する空母棲姫の艦隊しかそれぞれ砲火と空襲に晒されていない。
 だから今はまだ静かなものだ。

 つい少し前まで飛行場姫は艦載機を発艦させていた。
 双胴の飛行甲板から飛び立っていたのは、いわば重戦闘爆撃機で他の艦載機とは違う。
 他機種の倍近い大きさをした球状に双発の翼を生やしている。
 本来なら地上運用を前提にした機体だが、大型の艤装かつ高い運用能力を持つ飛行場姫だけが海上での運用を可能にしていた。

 そうして飛び立って行った重爆隊述べ八十機は、第一次攻撃の中での第二波としてトラック泊地への空爆に向かっている。
 空母棲姫らの艦載機と入れ替わる形での攻撃になるはずだった。
 もっとも、こうした連携が取れるのも最初のうちだけだろう。
 以後は彼我の攻撃で足並みが乱れて、各々の判断で行動しなくてはならなくなってくる。

「以前……トイウホド前デハナイケド、私ノソバニハコーワントイウ姫ガイタ」

 急に話しかけられたのに驚き、ネ級は体を後ろへ流すように振り返る。
 飛行場姫は泰然とこちらを見ている。
 主砲たちは近くの姫に緊張でもしているのか、珍しく大人しい。
 そして姫の背中を守る形のツ級は表情こそ分からないが、聞き耳を立てて様子をうかがっているのではないかと思えた。



683 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/15(土) 20:01:17.35 ID:y2wSRSw9o


「コーワンハ……我々ノ元ヲ去リ、アノ島ニイル」

「トラックニ……?」

 ネ級が聞き返すと飛行場姫は神妙な顔で頷く。

「ソレニ彼女ノ配下タチモ。先日ノ海戦デハ艦娘ノ側ニ立ッテイタトイウ」

「話ニハ聞イテマスガ……」

 重巡棲姫と交戦した艦隊の中に、にわかに信じがたいが艦娘に混じってヲ級がいたという。
 同じ海域にはいたが接触はしていない。
 それが良かったのか悪かったのかは分からなかった。
 どちらにしても、あの日あの時の自分には関係のないことだったかもしれない。ネ級はそうも思う。

「ネ級ハソノコトヲ……ドウ考エル。ナゼ協力シテイルノカ……想像デキル?」

 こんな話を聞いてくるのは不可解だった。不可解といえば私たちを護衛に抜擢した理由も分からない。
 それについては姫はただ一言、気まぐれだと答えていた。
 となれば、これも気まぐれで片付けられる……単に話す気がないだけか。

「分カリマセン……私ハソノコーワンヲ知ラナイ」

 分からないという分かりきった答えを示すと、姫はネ級を見つめていた。
 怒るわけでも落胆するわけでもなさそうな顔を前にして、居心地の悪さを感じる。
 何かを言わせたいようで、しかしそれが何かは想像がつかない。

「タダ……艦娘ニ味方スルナラ……私タチノ敵デハナイノデスカ?」

「ソノ判断ヲシタイ……コーワンタチガ敵ニナッテシマッタノカ……ソレトモ助ケナクテハナラナイノカ」

 コーワンという姫がどんな相手かは分からないが、飛行場姫は簡単に諦める気はなさそうだった。
 おそらく楽な道にはならないと理解した上で。



684 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/15(土) 20:02:15.15 ID:y2wSRSw9o


「私タチニ何カ……サセタイノデスカ?」

 後ろから声を挟んできたのはツ級だった。飛行場姫は顔を向けずに言う。

「今モ言ッタヨウニ私ハ見極メタイ……モシ連中ノ誰カ出会エタラ接触スル……ダカラ私ヲ守リナサイ」

「姫ガソウ望ムノデアレバ……」

 ツ級の言葉にネ級も小さく頷くと、苦笑いを伴ったように言う。

「私ハ我ヲ忘レルカモシレナイ……」

「ナラバ……コウ覚エナサイ。オ前ノ使命ハ私ヲ守ルコトト。迷ッタ時ハソレヲ基準ニ考エナサイ」

「……妙案デスネ」

 飛行場姫の真意は図りかねる部分もあるが、闇雲ではない目的があるのはいいことだ。
 それに今では飛行場姫は、他の姫よりも私たちを気にかけてくれているように感じる。
 彼女を守るため、というのは確かにさほど悪くない考えかもしれない。

「トコロデ……コノ攻撃ガドウナルカ……オ前ハドウ考エル?」

「……分カリマセン」

 飛行場姫はこちらを直視していた。白い顔は笑わず、かといって怒るでも急かすでもない。
 ただ値踏みされているような気分にはなった。

「言ッテミナサイ、思ウママニ」

「デハ……ソレナリノ被害ハ与エラレルハズ……シカシ、コレデ十分ニ叩ケルカマデハ……」

 促す言葉にネ級は素直に従うと、そのまま根拠とした理由を伝えようとする。



685 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/15(土) 20:02:55.28 ID:y2wSRSw9o


「被害ヲ防グタメニ備エハシテイルデショウ……資材ヲ分散シテオクダトカ……拠点ノ守リヲ厚クシテオクダトカ」

 ネ級は自分ならそのぐらいはすると考える。
 そして被害を減らすための工夫をしたり策を練ったところで、攻撃から無傷で済むとも思えない。
 綻びというのは必ず生じるものだから。
 それが想定の範囲内に収まるかどうかだが、さすがにそこまでは敵情を想像できない。

「数デハ我々ガ有利……シカシ、ソレデ勝敗ガ決シテクレル相手ナラ初メカラ……コノヨウナ事態ニ直面シテイナカッタハズデス」

 トラック諸島を陥落させれば、おそらくラバウルらの維持はできなくなる。
 そうなれば戦線が下がってガ島への圧力は一気に弱まるだろう。
 いい話だ。それにこの戦力差なら十分に成し遂げられる。

 しかし、その後が分からない。
 一時的に優勢に立てたところで戦局そのものを覆すのは難しいのではないか。
 結局、喉元に食らいつかれているのは深海棲艦のほうなのだから。
 あるいはガ島を放棄してパナマ方面へ交代するという手もある。
 向こうに行ったことはないので、向こうの事情は知らないが。

「シカシ何ヨリモ……艦娘ガイマス。空母棲姫ハトラックヲ攻メ落トスヨリモ……艦娘トノ戦イヲ優先サセルノデハナイデショウカ」

 一度は衝動に身を委ねたネ級だからこそ推し量れる。
 おそらく空母棲姫は艦娘との決着を果たそうとするのではないかと。
 戦力を誇示するような態度もそれをどこか望んでいるからでは。
 逃げ隠れはせずに、この海で全てを。



686 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/15(土) 20:03:40.22 ID:y2wSRSw9o


「拠点ヲ叩クノモ重要デスガ……最後ハ艦娘トノ戦イデス。艦娘ガ残ル限リ、イカニ被害ヲ与エタトテ……向コウノ巻キ返シハ難シクナイデショウ」

「分カラナイ話デモナイ……我々ハ惹カレテイルノカシラ……」

 姫は何にとは言わなかったが、言おうとしたことは分かる。
 艦娘を無視できない。その執着とも言える感情は見ようによっては、確かに惹かれていると言い換えられるのかもしれない。

 ネ級は体を前へと向け直す。
 視界にあるのは海、空、水平線。
 この海の上には艦娘たちがいる。近いようで遠くかけ離れた存在が。
 だが、そんな艦娘に協力している深海棲艦もいる。
 ……どうだろう。もしコーワンとやらが自発的に艦娘に協力しているのなら、さほどの違いはないのか。

 ネ級は右目のある辺りに手をやる。代わりに触れた甲殻は冷たく、それでいて滑らかな肌触りだった。
 これは艦娘に執着している証、あるいは代償とも言える。
 なぜ、そうなるかは分からない……しかし逆説的に思うこともあった。
 決着を望んでいるのは私もまた同じだ。
 艦娘という未知の相手との。それでいて衝動を呼び覚ます相手と。
 そして、その術は戦うことしかない。
 それ以外を私は知らない。



687 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/15(土) 20:04:54.24 ID:y2wSRSw9o


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 白露たちの戦いは敵編隊を迎え撃ったところから始まった。
 迎撃機を突破してきたのは、戦爆連合およそ六百。
 総力として正面方向へ投入された艦娘は三十人余りで、そちらへ襲来したのは三分の一の二百機ほどで、残りは泊地へと飛び去っていた。
 一人頭五、六機の相手と考えれば、そこまで多くないのかもしれない。
 少なくとも白露は、敵機をあまり多くはないと前向きに考えるようにした。

 飛鷹ら軽空母を中心にした輪形陣を組んで矢継ぎ早に対空砲火を打ち上げる中、敵編隊も散開すると全周を埋めるように襲いかかってくる。
 敵機は光に誘われる羽虫のように、対空砲火が盛んな艦娘により集中して攻撃を加えていく。
 白露は難を逃れたが、艦隊の矢面で弾幕を形成していた摩耶を始めとした艦娘が次々と被弾していくのを見聞きした。

 十五分近い空襲が終わった時点での被害は小さくなかった。
 摩耶を始め、十人近い艦娘が中破判定の損傷を受けて火力や速力を損ない、至近弾などでいくらかの損傷を負った艦娘も多い。
 次の空襲が来る前に艦隊を預かっていた球磨が、中破した者に護衛をつけて泊地へと下がるように令する。
 この辺はあらかじめ決められていたことで、手遅れになる前に応急修理を施すためだった。
 早め早めの修理をすることで長く戦える……というわけだけど、それは正面戦力が半減するということでも。

 そして現在。
 戦艦棲姫やレ級を擁した艦隊を迎え撃っていた。
 いくつかの艦隊に分かれて交戦する中、白露は扶桑、山城に取りつこうとする水雷戦隊を阻んでいる。
 その扶桑と山城は少し前まで複数のレ級と撃ち合い、今は白露たちの火力支援に回っていた。

 僚艦を組んでる妹たち――時雨、夕立、春雨、海風も孤立しすぎない程度に散開して、盛んに砲撃を加えている。
 何隻かは砲撃で撃沈したり追い払ってるけど、とにかく数が多い。
 一発撃つごとに少なくとも三倍量の砲撃が返されてくる。
 まともに当たった弾はまだないけど、至近弾だけでも装甲の薄い艤装には堪えてしまう。



688 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/15(土) 20:06:20.77 ID:y2wSRSw9o


「なんて激しい砲撃……」

 春雨がたじろぐ声を聞いて、白露はすぐに声をかける。

「足を止めちゃダメだよ。向こうの狙いはそんなによくないみたいだから」

「はい、白露姉さん!」

 元気のいい返事を聞きながら、白露も水平線付近の敵へと撃ち返す。
 早々に突撃してきた艦隊に魚雷をばらまいて撃退してからは、何度か突撃しようとしてくるものの距離を保っての砲戦が続いている。
 こっちが駆逐艦ばかりだから、近づくなら砲戦で消耗させてからと考えてるのかも。

「でもこれ、春雨じゃなくてもすごいっぽい!」

「雨は……いつか止むさ」

「砲撃のことを言ってるなら冗談になりませんよ……」

 妹たちのマイペースな声に思わず笑いそうになるけど、その時すぐ後ろに敵弾が落ちた。
 文字通りの冷や水を背中から浴びせられて、白露は濡れねずみになった体を身震いさせる。

「うぅ……帰ったらまずはお風呂に入らないと……」

 乾いた時に髪がごわごわする感触にはいつまで経っても慣れない。
 でも、今日のお風呂は順番待ちになっちゃうかも。
 それはそれでしょうがないけど、帰ったら一番最初にするのはやっぱりお風呂しよう。
 だって無事に帰るんだから。あたしも、妹たちも、みんなも。

「あんたたち、余裕そうね……」

「いいじゃない、山城。頼もしいわ」

 呆れたような声の山城に対し、扶桑は逆に面白がっているように聞こえる。
 この二人、特に扶桑はこの戦線を支える要になっていた。



689 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/15(土) 20:08:41.77 ID:y2wSRSw9o


「今日はなんだか調子がいいわ……!」

 扶桑の撃ち込んだ主砲が巡洋艦の一隻に直撃すると、一撃で轟沈させる。その余波が敵艦隊をかき乱す。
 確かに今日の扶桑さんはすごい。
 白露が合間に確認できただけでも、他にもレ級を二隻は沈めている。
 今もこうして敵の攻勢を的確に潰してくれていた。

 それでも白露たちは少しずつ押されるように後退していた。
 前衛に当たる艦隊だけが相手でもこちらの何倍もいる。
 相手を多少沈めたところで、それだけじゃ劣勢を覆せそうになかった。
 この戦力差から前線が下がるのは織り込み済みだったけど、計画通りとかでなくて単に押されているだけというのが正しいところ。
 今でこそ優勢でも、それは相手が被害を避けようとしてるからのようにも感じる。
 付け入る隙さえあれば一度ぐらいは押し返しておきたい。
 相手の出端をくじいておけば、この後の戦いも優位に運べるかもしれないし。

「こちらから打って出てみようかしら……」

 白露が思わず扶桑のほうを見ると、それに気づいた扶桑と目が合う。
 どうも同じようなことを考えていたみたい。
 扶桑が頷くと号令するよう片手を挙げた。

「このまま――」

 扶桑の近くに大口径砲弾がいくつも着水する。声をあげた矢先だった。
 明らかに戦艦砲による攻撃。

「姉様!」

「大丈夫よ! それよりも――」

「二時方向に戦艦棲姫を見ゆ――撃った!」



690 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/15(土) 20:09:11.00 ID:y2wSRSw9o


 時雨がいち早く伝えてくる。
 黒いドレスの女が巨大な双腕を持つ怪物を背中に抱えていた――遠目だと白露にはそう見えた。
 怪物の両肩だか腕には三門の主砲がそれぞれ載っている。
 そして姫の周囲を護衛要塞と名づけられた球体がたゆたうように守っている。そっちの数は三体。

「あれが戦艦棲姫……沈めれば流れを変えられるけど、どうかしら」

 言いながら扶桑はすでに姫のほうを見据えている。

「あの姫は私が相手をします。みんなは周りを……」

「あんな大物、一人でやろうなんてずるいじゃないか」

「そうです、姉様。私もお供します」

 時雨と山城が続くのを聞き、白露は他の妹たちに素早く指示を出す。

「あたしたちは支援に回るよ。他の敵の動きに注意してね」

 ここで見逃す手はない、よね。
 白露は球磨たちへと戦艦棲姫と交戦に入るのを無線に流したが、本当に伝わったかは確認できない。
 深海棲艦、特に姫級の周囲はワルサメを喪ったあの戦い以来、強力なジャミングを発生させているために。
 深入りしすぎて帰って来られない、なんてことにならないようしないと。



695 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/19(水) 09:55:46.98 ID:Syr+xBqoo


 敵の動きも一気に攻勢に転じた。
 戦艦棲姫と護衛が砲撃しながら扶桑たちへと向かう一方で、それまで撃ち合っていた水雷戦隊も縦陣を組んで突撃隊形に移ってくる。
 扶桑の砲撃で中核の巡洋艦は沈んでいるが、改修型のイ級とロ級がまだ十隻残っていた。
 横から扶桑たちへ近づいて一撃離脱を図ろうとしているらしく、私たちがやるのはあれを阻止すること。

「夕立と海風は左から攻撃を、あたしと春雨は右から。目標は先頭のイ級で、そのあとは自分の判断で!」

 挟み撃ちの格好になるけど、敵は針路を変えようともせずまっすぐ進んでくる。
 こっちが駆逐艦だけなのと数の差があるから、多少の被害は無視して一気に突破するつもりらしい。
 あたしでもそうするかも。こっちの火力だけでは突撃を抑えきれずに突破できるはずだから。
 それでも先頭のイ級を叩ければ後続艦の足並みが乱れる。そこさえうまく叩ければ。

 主砲を両手で把持して、白露らは加速してきたイ級たちに砲撃を浴びせていく。
 互いに高速ですれ違いながら撃ち合い、かなり接近されながらも先頭のイ級に命中弾が出た。
 一度でも当てると行き足が鈍り、たちどころに命中弾が重なっていく。
 めった打ちにされた先頭艦を避けようと後続の二番艦が針路を変えようとするが、すかさずそこに目標を切り替えた白露の主砲弾が命中した。

「白露姉さん、前!」

 春雨の警告を聞く前に、危険を感じた白露の体は転蛇を行っている。
 二隻分の砲撃が白露を狙っていた。
 敵艦隊の最後尾にいた二隻のロ級が隊列から外れて向かってきている。
 足止めだけでなく、こっちも沈めるつもりなのは間違いない。

 砲撃を避けて春雨と一緒になって二隻を迎え撃っている間に、残りの駆逐艦が突破していこうとしてるのを感じる。
 そっちは夕立と海風に任せるしかないけど、二人だけで抑えきれる数でもない。
 今はどうしようもなく、まずは自身を狙ってくる二隻の相手をするしかなかった。
 こっちも春雨の協力があったけど、二隻を撃沈するまでに時間を食ってしまう。



696 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/19(水) 09:56:54.06 ID:Syr+xBqoo


「抜かれたっぽい、三隻!」

「ごめんなさい! 転進して追います!」

 夕立が怒鳴るように、海風はせっぱ詰まった声で言ってくる。
 こんな状況でなければ言ってあげたいけど、よくやってくれたよ。
 こっちが時間を稼がれてる間に、手負いが混じっているにしても二人は四隻を沈めてるんだから。

「あたしたちも行くよ、春雨」

 白露と春雨も今度は突破していった駆逐艦たちを追って、扶桑たちへと戻っていく。
 追いすがりながら砲撃するけど、今や左右へと散開した三隻の駆逐艦には思うように当たらない。
 その時だった。遠くに見える扶桑から、砲撃の発射炎とはまったく違う強烈な光が生じる。
 すぐに山城の悲鳴が飛び込んできて、いきなりの悲鳴に思わず飛び上がりそうになった。

「姉様!? 姉様!?」

「ダメだ、落ち着いて! 山城!」

 声だけじゃ詳細が分からないけど、かなりまずい状況なのだけは分かる。
 おそらくは艤装から白い煙が天に向かって立ち上り始めているのが、離れたここからでも見えた。
 白露は深呼吸して一拍置く。こっちまで動揺が移ったら収拾がつかなくなってしまう。

「何があったの、時雨!」

「姫の攻撃が扶桑に直撃! 出血がひどいし火も出てる!」

「私が前に……姉様の盾になる!」

「そんなに騒がないで、山城……まだ撃てるわ……!」

 血の気が引いたような扶桑の声が白露の耳に届く。そして戦う意思を示すように砲撃もしてみせた。
 だけど無理をしてるのは明らかだった。
 それにこれは三隻の駆逐艦たちにとって絶好のチャンスでもある。
 なんとしても止めたいのに、砲撃がまるで当たらなくて焦りばかりが募る。
 そんな焦りをあざ笑うように駆逐艦たちは扶桑さんたちに迫っていた。



697 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/19(水) 09:58:40.49 ID:Syr+xBqoo


 時雨が最後の壁として立ちはだかるけど、いくら時雨でも一人で三隻を相手にしながら守り抜くのは難しい。
 中央のロ級が時雨の砲撃に捕まると、後を追うように放ったこちらの砲撃がやっと命中する。
 体の破片をばらまくように海中へと没していく中、残り二隻となったイ級が時雨の左右を抜けていこうとする。
 すぐさま時雨がこっちから見て左のイ級へと魚雷を投射するのが見え、そのまま振り返りながら砲撃を続けていた。

「みんな、右のイ級に砲撃を集中して!」

 間に合わないかもしれない、と過ぎった悪い考えを振り払うように言っていた。
 それまで当たらなかったのが嘘みたいに、右のイ級に弾着の光が次々と生じる。撃沈まではあっという間だった。
 これで最後の一隻。そっちには時雨の魚雷も砲撃も行ってる。

 ――だけど、最後のイ級には雷撃はおろか時雨の砲撃も当たらなかった。
 虚しく上がる水柱の間を抜けるように横合いから接近したイ級は、扶桑へと雷撃を放って一目散に離脱していく。
 六条の白い航跡がまっすぐと伸びていき。

「避けて、扶桑!」

 時雨が叫ぶのがこだましても、それが無理なのは誰の目にも明らかだった。
 そうして扶桑を狙った魚雷が二つの水柱へと変じる。
 足元から致命の一撃を与えるそれが、本来の機能を発揮したということだった。
 初めて見る光景じゃない。今までだって何度もこうして敵艦を沈めてきたんだから。
 その光景に白露たちは言葉を失う。その場にあって一番最初に立ち直ったのが山城だった。

「姉様はまだ無事よ! 早く――」

 先の言葉は山城への命中弾でかき消された。
 鉄と鉄がぶつかって軋む異音が響いてきて、白露は弾かれたように声を出す。

「時雨、海風! すぐ扶桑さんの消火と後退を! 夕立は三人の護衛! 曳航してでも連れて帰るよ!」

 それぞれが返事をするも春雨だけが違う声を出す。


698 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/19(水) 10:01:08.54 ID:Syr+xBqoo


「ここからは砲撃よりも回避運動に専念して。一気に近づいて雷撃やっちゃうよ!」

 戦艦棲姫の狙いは激しく損傷した扶桑から、いまだに砲撃を続ける山城に代わっていた。
 周囲を取り巻いていた護衛要塞は二体に減っている。扶桑さんか山城さんのどっちかが沈めたに違いない。
 姫にも扶桑と山城の命中弾による痕跡があるものの、十分な損傷を与えているようには見えない。

 護衛要塞たちは大口を開けると、口内から鈍色の主砲がせり出してくる。
 三連装の砲口が上下に並んで大きさは重巡と同じ、と見て取った白露は要塞の正面から外れるように近づいていく。
 二人に向けての迎撃が始まった。
 海面を叩くばかりで後逸していく弾着を尻目に、白露たちは戦艦棲姫との相対距離を縮めていく。
 あの要塞は浮き砲台に近いんだ。陸上で言えば自走砲に。
 直線上にしか撃てないのを見て、白露は一気に近づこうと決める。
 やっぱり駆逐艦の小回りについてこれてない。

 護衛要塞の攻撃を避けながら戦艦棲姫の横を狙って近づくと、姫の艤装がわななくようにおたけびを挙げる。
 警告するような響きに、それまで山城への砲撃に集中していた戦艦棲姫がようやく白露たちを見る。
 どこか艶然とした顔をしていた姫が白露、そして春雨へと視線を流すと表情を変えた。
 小さな驚きを含ませたような声を発する。

「ワルサメ……?」

「違う! 私はワルサメじゃない!」

「沈メラレル……?」

「私は!」

 噛み合わないやり取りと一緒に、ごとんという音が波風に乗ってきた。
 魚雷発射管の安全装置が解除された音だった。まだ雷撃点には遠いのに。

「私は春雨です!」

 春雨の背負った二基の四連装魚雷発射管から八つの酸素魚雷が投射されていた。
 さすがに雷撃は危ないと考えているのか、戦艦棲姫は射線から離れるように回頭していく。
 あれじゃきっと当たらない。



699 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/19(水) 10:02:37.05 ID:Syr+xBqoo


「春雨、このまま離脱して!」

「でも……!」

「魚雷を撃ったらあたしたちの仕事はおしまい! 行って!」

 先走ってしまったのを春雨が気にしているのは分かっても、そっちに気を遣ってる余裕はなかった。
 雷撃を避けようとする姫を追う形で転進し、同航するように併走する。
 白露は護衛要塞の向きにも気を払う。
 自分が撃たれるのも離脱に入ったはずの春雨を狙われるのもたまったもんじゃない。

 白露はすぐに雷撃点を修正しようとし、逆にこの状態がいいととっさに考えた。
 新たな雷撃点をなかば直感的に導き出すと、姫の動きを先回りするように急行する。
 狙うのは戦艦棲姫の移動先であり、さらに姫を守るはずの護衛要塞によって白露が一時でも死角になる位置。
 大丈夫、通ってる。今しかない。背中に二段にして積んでいる四連装魚雷発射管、八門分を向ける。

「ここがいっちばんいい射線!」

 魚雷を投射。反動で押し出された体を白露はすぐに立て直す。
 八発の酸素魚雷は空を滑空するように着水し、一度は海底に潜り込んでいく。
 その後、ジャイロコンパスにより針路修正を行いながら浮き上がるのを白露は頭に思い浮かべる。
 予想通りの軌道を描く魚雷はそのまま疾駆すると、宙に浮かぶ護衛要塞の真下をすり抜けて、さらに先にいる飛行場姫に海底から食らいつく。
 それが白露の導き出した一番いい射線だった。

 そうして白露が見たのは想像とは違う光景だった。
 射線上の護衛要塞が勢いよく海底へと落下すると沈み込む。
 狙いは明らかだった。姫の身代わりになろうとしている。
 轟々と立ち上った水柱が、その狙いが達成されたという事実を証明していた。

 投射した魚雷の何本が命中したのか分からないけど、過剰な破壊力を発揮したらしい。
 護衛要塞の水中から飛び出ていた部分が、渦巻くようにあっという間に海中へと引きずり込まれていく。
 白露は雷撃を阻止されて、無意識の内に歯を食いしばっていた。



700 : ◆xedeaV4uNo 2017/04/19(水) 10:03:06.13 ID:Syr+xBqoo


「危ナカッタ……トデモ言ッタトコロカシラ」

 戦艦棲姫は目を細めて白露を見る。
 口元には笑みを浮かべているが、嘲っている調子ではなかった。

「……思イ出シタ……アノ時……ワルサメニ会イニ来タ艦娘カ」

「だったら……何?」

 戦艦棲姫はただ白露を見ていた。姫のほうは撃たないが最後に残った護衛要塞が白露へと砲撃を始める。
 砲弾がかすめて体勢を崩しそうになった白露に姫は妖しく笑いかけた。

「……命拾イシタヨウネ」

 その言葉の意味が分からないまま最後の護衛要塞が中空で爆発し、海面へ落ちていく。
 砲撃だと理解して誰がと疑問が生じる間に、戦艦棲姫が遠くを見ていた。おそらく砲撃の来た方角を。
 白露が始めからいなかったかのように姫は独りごちる。

「手傷ヲ負ッテルンダ……ドウシタモノカシラ……本調子ノ武蔵ガヨカッタケド……デモ戦場デハ相手ヲ選ベナイ……ソウデショウ? ソウハ思ワナイ?」

 姫がどこまでも楽しそうに囁く姿に思わずたじろいだ。
 今の砲撃は武蔵が助けに来たものだと察し、同時に戦艦棲姫はその武蔵との邂逅を待ち望んでいたのだと知って。
 他のことが些事と言いたげな様子はひたむきであるようで、どこか歪に思える。
 戦艦棲姫という魔女が今なお何かをつぶやいてるのを、白露は恐れをもって聞いた。



703 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/03(水) 19:52:45.18 ID:xfY61Hj2o


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 武蔵は弾着を認めると、胸に詰めていた息を深く吐き出す。
 不思議なものだが手応えを感じていた。
 現に放った砲撃は護衛要塞を撃破している。
 あの要塞の場合、撃沈なのか撃墜になるのかは気になるところだが、障害の一つを排除できたのは間違いない。

「これで白露はひとまず安全だな」

「まだ棲姫が残ってますけど……」

 清霜と一緒に武蔵の護衛に就いている沖波が疑問を差し挟んでくる。
 眼鏡越しの視線に武蔵は笑い返す。

「やつ、戦艦棲姫の狙いはこの武蔵だ。今もこっちを見ている。ここにいる限り、優先的に私を狙ってくるだろうさ」

 自分の言葉を胸中で反芻した武蔵は顔をしかめる。
 戦ったのは一度きりだが、やつが妙な執着を示していたのは忘れていない。

「面倒なやつに目をつけられたものだ。ここで決着をつけてしまいたいが」

「清霜たちもいるし一網打尽にしちゃいましょうよ!」

 気を吐くのは清霜で、今にも肉薄して魚雷を叩き込みに行きそうな気配がある。
 それ自体は頼もしいし、さすがだと褒めてやりたいところだ。

「普通に考えれば単艦は狙い目だな」

 確かにこれは好機だ。
 これだけ手薄な状態で姫と相対する機会など、この先はもうないかもしれない。
 しかし清霜と違い、沖波は慎重な姿勢を崩さなかった。

「でも私たちは扶桑さんたちの撤退支援に来てるんだし……」

「だけど姫の射程内にいるんじゃ撃たれっぱなしになるよ? 安全確保のためにもここは!」

 清霜の言うことはもっともだが、沖波の言い分にも一理ある。
 敵を前にしての意見としては慎重すぎる嫌いもあるが、その敵の動きを大局的には掴み切れていない。
 航空隊は艦隊の上空を守るのが手一杯で、制空権はほとんど握られてしまっている。当然、こちらからの偵察は困難だった。



704 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/03(水) 19:56:45.50 ID:xfY61Hj2o


 すでに砲戦が始まってから三十分以上が過ぎている。
 両翼の敵艦隊が増援として現れたとしてもおかしくない頃合いではある。
 あるいは退路を抑える形で挟撃してくる危険がないとも言えない。

「……沖波の言う通りだ。敵の動きが不透明だし、何より扶桑たちをこんな場所で失うわけにはいかない」

 戦線を下げる必要がある、というのが艦隊をまとめる球磨たちの考えで武蔵も同感だった。
 このまま前線の維持に固執していては、孤立して各個撃破されかねない。
 それで方々で戦う艦娘たちの後退を助けるのが、武蔵たちが負っていた役割だった。

「戦艦棲姫は私が相手をする。二人は扶桑や白露たちを助けてやってくれ」

「待ってよ、武蔵さん。清霜も沖波姉様も戦えるよ?」

「戦えるからこそだ。私に何かあっても安心して託せる」

 言ってから武蔵は苦笑する。
 これでは遺言のように取られかねんな。

「もちろん、やつに後れを取る気などないぜ。何せ私は武蔵だからな」

 不安を感じさせないように武蔵が笑い飛ばすと、清霜と沖波も顔を見合わせてから武蔵の元を離れていく。
 戦艦棲姫は武蔵が射程内に入っているにもかかわらず、未だに撃ってこない。
 どうやら先制させてくれるようで、以前の交戦で痛みがどうとか言っていたのを思い出す。
 こちらを侮っているのではなく、単純にそういう相手なのだろう。

 しかし、それを差し引いても戦艦棲姫を相手にすれば、こちらもただでは済むまい。
 ここに来るまでの交戦で何度も被弾している。見た目はともかく艤装内の調子はさほどよくない。
 戦艦棲姫も決して無傷ではないが、これから相手をするにはやはり不安が残る状態だった。
 いずれは倒さなくてはならない相手だが、果たして今かかずらわうのは得策だろうか。

 そこまで考えた武蔵は、内なる弱気の虫を意識の外へと追いやる。
 こうして海に出てしまえば相手は選べない。時と場合もだ。
 ならばやってやるまで。上等じゃないか。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず……やらせてもらうぜ、戦艦棲姫」

 遠目に見る戦艦棲姫は笑いながら待ち構えているようだった。



705 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/03(水) 20:00:40.47 ID:xfY61Hj2o


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 トラック泊地に襲来した航空隊は述べ五百機あまり。
 戦闘機隊や艦娘を突破してからは、迎撃らしい迎撃を受けることもなく泊地を蹂躙していった。
 二波に渡っての攻撃は時間にすれば十五分ほどでしかないが、爆撃に晒される提督からすれば感覚が引き延ばされたような、もどかしい時間だった。

 秋島に設置されたレーダーサイトは真っ先に標的となり破壊され、夏島にある大小複数の飛行場にも爆弾の雨を降らせた。
 もちろん基地司令部にも空襲は及んだ。
 ただ航空隊は猛威こそ振るったが、泊地が有する全ての機能を不全に陥らせるには力不足だった。
 敵が冷静であれば、攻撃の成果は不十分と判断するはずだ。

 第一次空襲が収束してから、およそ五分。
 司令部に詰める提督は集まってきた被害状況を確認しながら、それぞれに対応のための命令を下していく。
 各飛行場への被害は小さくないが、すでに工兵や妖精たちによって爆撃痕を鉄板で塞ぐなどの応急処置が始まっている。
 人間の航空機も運用できる大型の飛行場は後回しにさせていた。
 今はまず戻ってくる基地航空隊を受け入れできる状態にし、迎撃機を再度空へ上げられるようにするのが急務だった。

 司令部施設や港湾周辺への被害が小さいのは幸いだった。
 攻撃の手こそ及んでいたが、元々これらの施設は堅牢に作られている。
 特に工廠などは設計上なら武蔵の艦砲にも耐えられるよう建設されていた。
 ただ、今回の攻撃はまだ一次空襲に過ぎず、二次三次と攻撃が続けばどれだけ被害が拡大していくのかは予断を許さない。

 対応に追われる提督の前にコーワンが現れたのは、そんな折だ。
 提督は怪訝な顔を向ける。
 泊地にいる深海棲艦たちには避難して身を隠すよう伝えていた。
 実態がどうであれ、提督からすれば彼女たちは守る対象なのだから。

「コーワン、まだ避難していなかったんですか?」

 思わず敬語が出てくるのは、コーワン相手にはそういう話しかたをしていたせいだ。
 それにコーワン本人にはそんな話しかたをさせる雰囲気もある。姫というのが肩書きだけではないかのように。
 コーワンは硬い顔つきで首を横に振る。
 泊地にいる間は穏やかな表情を見せることが増えていたコーワンも、さすがにこの時ばかりは違った。



706 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/03(水) 20:05:03.36 ID:xfY61Hj2o


「提督……私ノ配下タチモ……戦力ニ加エテホシイ」

 コーワンの言ってることが分かるだけに提督は聞き返す。

「待った、あなたたちは戦うのが嫌で亡命してきたのでは?」

「確カニ我々ハ戦イヲ避ケヨウトヤッテキタ……シカシ……コノママデハ守レナイ……戦況ガ思ワシクナイノハ分カル」

 コーワンは硬さを残したままの顔で憂う。
 難しい決断を迫られて、他には手立てが思い浮かばなかった時にするのと同じ顔だ。

「ココハ我々ヲ受ケ入レテクレタ……ダカラ……」

 守ろうとするなら戦うしかない。
 続くはずの言葉を想像して、それが出てくる前に提督は聞いていた。

「……深海棲艦の何人がそう言ってるんで?」

「……全員」

「全員?」

「私モ同ジ……戦エルノナラ戦ッテイル……」

 今になってコーワンが苦い顔をしている理由が分かった気がする。
 戦うのを部下に押し付ける形になってしまっているせいか。
 コーワンが泊地に現れた時に身につけていた艤装はここにない。
 大本営と交渉した際に研究目的で本土へと回収されていた。
 コーワンとしても戦う意思がないのを示す証明と考えたのか、二つ返事で応じている。
 深海棲艦たちの反乱に備えての措置でもあったのだろうが、事ここに至っては裏目に出てしまっている感が否めない。

「オ願イダ、提督」



707 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/03(水) 20:05:56.97 ID:xfY61Hj2o


 提督は溜めた息を鼻から深々と出す。体の節々に緊張と疲労が広がっているのを感じる。
 庇護対象として考えない場合でも提督には懸念があった。
 どこまで深海棲艦を当てにしていいのか。
 それは個人的な不安にも近く、不自由な左手に提督は視線を落とす。

 トラック泊地にいる深海棲艦はおよそ二十。
 これを艦娘と合わせれば戦力比は四対一にまで縮まり、六対一よりはずいぶんまともな数字に思えてくる。
 泊地を守り艦娘の被害を抑えようとするならば、答えは自ずと決まる。
 ……これも奇縁か。

「それなら深海棲艦たちは港を守ってほしい」

「……承知シタ」

「よろしく頼む、コーワン」

 提督は頭を下げていた。
 伸るか反るかの話で、どうするも何も受けるしかない。
 上手くいけば劣勢が少し好転し、下手を打てば劣勢がさらに悪くなるだけ。
 選択した結果のリスクと、何もしなかった結果のリスクを天秤にかけるという話。
 そして与えられた可能性には乗るしかない。というのが提督の持論だった。

「ソンナコトハシナイデ……」

 コーワンの制する言葉に提督は顔を上げると、そのまま咳払いをして気を取り直したように言う。

「一時間以内に第二次攻撃隊がやってくるはずだ。そこで少しでも敵機を減らしてほしい」

 艦娘たちとの連携も取ったことがないのに、いきなり増援には出せない。
 そんなことをすれば混乱を招いて逆効果になる恐れもある。
 ならば目の行き届きやすい近くにいてくれたほうがいいという判断だ。

「ヲキュータチデハ防ゲナイト……?」

「攻撃を遅らせたり、敵機動部隊に被害は与えられるはずですよ。だが阻止となると……」

 八艦隊と二航戦の働きには期待していても、二次空襲の阻止そのものは難しいというのが提督の見解だった。
 日没までに最低でも、あと一回は空襲に耐えなければならない。

 こうなってくると提督の懸念は海戦の推移だった。
 この戦いで泊地を守り抜けるかはこの空襲による結果と、艦娘たちに今の海戦でどれほどの被害が生じるか次第だ。
 前線はなるべく維持してほしいと伝えているが、それが不可能なのは分かっている。
 最終的には四人の姫級を撃破するなり、敵の主力に大打撃を与える必要がある。
 しかし、そのための打開策を未だに提督は見出せていなかった。




708 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/03(水) 20:08:38.08 ID:xfY61Hj2o


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ネ級と出会ったらどうする?
 鳥海は自身に向けた問いかけに、まずは呼びかけてみようと答えを出していた。
 呼びかけてみて、伝えられるなら自分の気持ちを伝える。
 それが司令官さんに伝えたいことなのか、ネ級に問い質したいことなのかはっきりしなくとも。

 鳥海ら第八艦隊は空母棲姫の機動部隊を目指していたが、その途上で飛行場姫の艦隊に針路上に先回りされていた。
 敵の布陣は広く散開しているだけに迂回は困難と見て、鳥海は飛行場姫へと目標を切り替えた。
 散開しているなら、正面の戦力は薄く突破そのものは難しくないはずという計算もある。
 敵機動部隊への攻撃は後ろに控えるニ航戦に託し、鳥海たちは前衛にいた護衛要塞を撃破してすぐのことだった。

「見えた、飛行場姫だよ。それにネ級たちもいる」

 島風が目ざとく伝えてくる。鳥海も敵の陣容を確認する。
 飛行場姫の前後にはネ級とツ級が付き従い、他にも複数の重巡リ級と駆逐ネ級が周辺を警護していた。
 数で言えば、今のこちらとほぼ同数といったところ。

「飛行場姫にネ級……向こうから来てくれるなんて」

「どうする気、鳥海?」

 高雄に訊かれ、鳥海は自問と同じ答えを返す。

「ネ級に話しかけてみます。反応がなかったり撃たれてしまったら……それまでですが」

 会話は望めないかも。ネ級はすでに艦娘たちと交戦してしまっている。
 それでも、これはネ級に接触する好機だった。もしかすると最初で最後の。
 だから、それまでなんて簡単に見切りをつけてしまいたくない。
 諦めるなら諦めるなりに納得できるだけのことはやらないと。
 そう考えた矢先にヲキューが一人だけで突出していく。



709 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/03(水) 20:12:07.15 ID:xfY61Hj2o


「待って、ヲキュー! まだ相手の出方が……」

「気ヅイテタ? サッキハ私ヘノ攻撃ガナカッタ……空母ガコンナニ近クニイルノニ」

 言われるまでもなく、鳥海もそれには気づいている。
 護衛要塞はヲキューを攻撃対象とは考えていないようだった。
 だけど飛行場姫たちもそうだという保証はどこにもない。
 もう少し様子を見てからでも、と言おうとした鳥海にヲキューが振り返える。

「私ガ狙ワレタラ……モウ戦ウシカナイトイウコト……」

 普段は表情に感情を出してこなかったヲキューが、この時はほほ笑んでいた。自嘲するような寂しさを漂わせて。
 そんな顔をして。感情を出すなら、もっとちゃんと笑わないと。
 鳥海の内心を呑み込むように、砲撃の発砲炎が飛行場姫から生じた。

「鳥海、反撃するわよ!」

「少しだけ待ってください!」

 すでに砲戦距離に入っているローマを制すると、鳥海はあえて弾着まで待った。
 大気を切り裂く飛翔音を伴った砲弾が、鳥海らの前方に落ちていく。
 果たして飛行場姫たちは撃ってきたけど、ヲキューを狙ってはいなかった。
 この砲撃にもヲキューを鳥海たちと分断しようという気配を感じる。
 となるとヲキューの近くにいては、かえって流れ弾を集めてしまうかもしれない。

「反撃します! 目標は各自、臨機応変に判断してください。ただしネ級には私、飛行場姫にはヲキューが当たりますので、それ以外の相手をお願いします」

 敵艦隊も散開していく。
 あちらも各個撃破という方針なのかもしれないけど、こちらとしてもおあつらえ向き。
 すぐにネ級の未来位置と交わるよう舵を調整する。



710 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/03(水) 20:13:56.46 ID:xfY61Hj2o


 鳥海はペンダントに触れて深呼吸を一度。
 緊張している。高揚とは違う、不安に近い緊張。
 あのネ級が司令官さんだとは今でも思えない。
 なのに話そうとしている。それが正しいかは分からない。
 それでも私はあなたと話したい。あなたを知ろうと思っている。

「――聞こえますか?」

 暗号化もされていない通信帯域で鳥海は話しかける。
 どう呼べばいいのだろう。迷い、名前を呼ぶのはやめた。

「聞こえますか? 私の声が……私が分かりますか?」

 返事はない。分かってる。このぐらいじゃ何もしてないのと同じ。
 これだけ近いんだから聞こえているのは分かっている。

 ネ級の姿は前回の戦闘から少し変わっているらしい。
 右目のほうが例の黒い体液で隠されているようで、体からは金色の燐光がこぼれている。
 戦うことになれば、ますます強敵になってるのかもしれない。
 さらに鳥海は呼び続ける。ネ級は未だに砲撃の一つもしてこない。
 そしてネ級が応えた。

「私ニ言ッテイルノカ?」

 抑揚に欠けた深海棲艦の声に、鳥海は思わず言葉を詰まらせた。
 ネ級が問いかけを重ねる。

「オ前ハ私ヲ見テイル……ドウシテダ?」

「それは……あなたが司令官さんだったかもしれないから……!」

「司令官……?」



711 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/03(水) 20:16:42.79 ID:xfY61Hj2o


 苦い気持ちを噛みしめながら鳥海は言い返していた。
 ネ級が司令官さんのはずがない。それなのに私は何かにすがろうとしている。
 希望とも絶望とも言える、不確実な可能性に。

「そうです! 私は司令官さんの秘書艦で、高雄型四番艦の……」

「……馴レ馴レシイナ、艦娘!」

 ネ級が遮ると双頭の主砲が一鳴きして鳥海へと指向する。
 狙われてる。鳥海が反射的に主砲を操作しそうになるが、前方へと構えただけに留める。
 まだ何も伝えられてない。何も割り切れていないのに。

「私ハオ前ナド知ラナイ。私ニ何ヲ思オウト勝手ダ……何ヲ求メルノモ構ワナイガ……」

 ネ級の体から発している金色の光の明滅がはっきりしていく。
 戦闘体勢に入るように姿勢を低く下げると、ネ級の主砲たちが威嚇するように歯を打ち鳴らす。

「私ニオ前ヲ押シ付ケルナ!」

 拒絶の言葉とともに主砲たちが砲撃を放った。
 鳥海もまた転進し変速。回避のために蛇行するような機動を取り始める。
 戦うしかない? こうなるしかなかった?
 疑問に絡み取られながらも、それでもここで沈むわけにはいかないと強く意識する。

「司令官さん……いえ……ネ級!」

 砲弾が近くに落ちて、衝撃が体や艤装を震わせていく。
 ネ級はこちらを見ている。そこにある感情は読み取れないけど、一つだけ分かっているのは向こうは本気ということ。
 戦うしかない。その現実を嫌でも痛感するしかなかった。



714 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/11(木) 01:37:44.47 ID:n+pcqnCFo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ネ級は表面上こそ平静を装っていたが、内心では少なからず動揺していた。
 それは交戦に至った今でも変わっていない。
 初陣と違って強烈な攻撃衝動には駆られていないが、今の状態を思えば逆に衝動に身を委ねられれば楽だったのにと思う。

「ナンナンダ、アノ艦娘……」

 巧みに砲撃を避けた眼鏡の艦娘は、速度を上げると後ろを取ろうと快速を発揮し始める。
 こちらも速度を上げ主砲たちが迎撃を続けるが、砲撃の瞬間を見計らったかのように艦娘は体を横にずらして変針してしまう。
 ことごとく、こちらの予測を外すように。

 距離はやや遠く、近づけば命中精度も上がる。
 当たらないなら当たる距離まで近づけばいいし、それができるのは分かっていた。
 そうしないのは、あの艦娘と間近で接触するのを警戒しているからだ。
 あの艦娘はどうしてだか心を揺さぶってくる。
 そして応射はまだ来ない。代わりに声が飛んでくる。

「もう少し話を聞いてください!」

「今更ダナ!」

 なおも艦娘は語りかけようとしてくる。この期に及んで。
 ともすれば、その声に引き込まれてしまいそうな己をネ級は自覚している。
 艦娘の声は誠実だった。そして、どこか切迫もしている。

 だからこそネ級は畏れを感じていた。
 できてもいない覚悟を求められているような感覚を味わう。
 私の動揺が乗り移ったように主砲たちも困惑しているのを感じる。
 さっきから砲撃がかすりもしないのは、それだけが原因ではないが。



715 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/11(木) 01:39:30.12 ID:n+pcqnCFo


「教えて! あなたは本当に……司令官さんだったんですか!」

「分カラナイコトヲ!」

「では……あなたはどうして私たちと戦うんですか!」

「バカヲ言ウ……私ハ深海棲艦ダ! 艦娘ト戦ウニハ十分ナ理由ダロウ!」

「私たちに協力してくれる深海棲艦もいます!」

 それは知っている。現に今、飛行場姫がそのヲ級の相手をしている。
 だが、それと私は関係ない。むしろ相手のペースに引きずられてしまっている。
 だから無視する。

「オ前コソ……艦娘ダカラ戦ウノデハ?」

 ……無視すればいいと思うのに、自分からそんなことを言っていた。
 そもそも初めから応じなければよかったのに、それができなかった理由も不可解だ。
 答えなくてはならないと、その時は感じていた。
 今もまたそうなのかもしれない。聞かなければならないと。

「……初めはそうでした。今でもそういう部分はあります」

 律義にも艦娘は答えてきた。
 こちらの攻撃を避けながら反撃はせず、しかし砲口は常にこちらを追っている。

「だけど艦娘だから、そんな立場だからというだけじゃありません」

「ナラバ……ドウシテ」

「私には今も以前も望みがありますから……」

「望ミ……?」

 ネ級は胸中でも、おうむ返しにする。
 よく分からない概念だと思い、それ故に自分に当てはめられない。



716 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/11(木) 01:40:42.48 ID:n+pcqnCFo


「私の名前は鳥海です」

「チョウカイ……鳥海カ……」

 名乗られた名を口の中で転がす。
 初めて聞くのに、ひどく大切なことのように聞こえる。
 そう感じてしまうのは、この頭のせいだろうか。私に宿るもう一人の影のせいで。
 司令官……それが私の頭にいるのか?

「あなたには何があるんですか、ネ級」

 何もない。
 即答に近い速さで浮かんでしまった答えにネ級は慄然とした。
 知らず歯を噛みしめ、今なおこちらを追いつめようとしながらも手を出さない艦娘に意識を集中する。
 戦うしかない。それ以外にないのに、それ以外を求めてくる。
 あの鳥海は未知だ。
 危険だと思う一方で、興味も引かれてしまう。それはあまり望ましくないのかもしれない。

「あなたの望みは……私たちと争うことなんですか?」

 知らない。
 分かるのは、このままでは私は動けなくなる。
 だから耳を閉ざし鳥海の動きにだけ注目し、主砲たちと意識を通わせるよう努める。
 相手の動きは速い。しかし私ほどではない。故に対抗できる。逃げ回るのをやめ、正面から向かい合う。

 主砲に二秒の間隔を空けて撃たせる。両大腿部の副砲もさらに数秒遅らせて予想した移動先に向けて発砲開始。
 鳥海が左右に動いて回避するが、副砲の射界に飛び込み被弾するのが見えた。

「どうしても戦うしかないんですか!」

「オ前ハ違ウノカ!」



717 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/11(木) 01:42:13.56 ID:n+pcqnCFo


 聞かれ、叫び、ネ級は今度こそ無視すると決めた。
 副砲での発砲を継続し、主砲たちには逆に射撃間隔よりも照準の補正に集中するよう伝える。
 鳥海は副砲の網から逃れたが、すぐに主砲弾に追い立てられた。
 足が鈍った様子もなく、一発二発当てた程度では大した損傷にならない。

「この……分からず屋!」

 ついに鳥海も撃ってきた。
 しかしネ級の意識は別のところにあった。
 なぜ、こうにも鳥海は私に感情をぶつけようとしてくる?
 そして、私はなぜ耳を傾けようとしている?
 その疑問は前後左右の四方を水柱で包まれたことで阻害された。
 挟叉、というよりも包囲されている。

「次は当てます……!」

 最後の警告だと言わんばかりの声。
 今の言葉に嘘はなさそうだった。
 この精度なら、初めから当てようと思えば当てられたということか。
 鳥海という艦娘は強敵だ。戦闘経験が豊富とは言えないが、それでも分かる。

「面白イ……ヤッテミロ」

 だが望むところだった。そうなれば戦うしかなくなる。
 分からないことを聞かされるよりも分かりやすくていい。
 身を焦がすような攻撃衝動は沸き上がらないが、そんなのはどうでもよかった。これは私の問題だ。
 その時、鳥海へと横殴りに砲撃が浴びせられ、彼女は逃れようと即座に面舵を切って離脱をかける。

「援護スル……」

 抑揚を抑えたツ級の声が割って入り、両腕の両用砲が火を噴く。
 広範囲にばらまくような撃ち方だが鳥海には当たらない。
 ツ級が追撃しようと、弾幕を張りながら鳥海との距離を詰めていく。
 一度は離脱した鳥海もすぐに体勢を立て直すと、視線と主砲をツ級へと向けるのが見えた。
 おそらく、この狙いもかなり正確なはずだ。



718 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/11(木) 01:43:32.96 ID:n+pcqnCFo


「離レロ、ツ級……オ前デハ鳥海ノ相手ハ無理ダ」

「アレガ鳥海……」

 こちらの声が届いているはずなのに、ツ級はなおも鳥海へと迫っていく。
 ネ級はツ級に急行しながら、主砲たちも砲撃を見舞う。
 命中はしないまま、鳥海はツ級へと狙いを定め、そして撃った。

 危険を察知したのか、ツ級が直前に右へと切り返す。
 しかし鳥海の砲撃は吸い寄せられるようにツ級に集まる。
 ほぼ同時のタイミングで到達した十発の砲撃がネ級の間近に落ちていき、何発かが違わず直撃したようだった。
 ツ級が頭を大きく振る。一弾が頭部に命中したらしいが、仮面のような外殻によって弾かれたらしいのは幸運だった。
 すぐにツ級も撃ち返すが、砲のいくつかは今の攻撃で沈黙したらしい。
 ツ級の前に先回りできたのは、鳥海の次弾が到達する前だった。

「何ヲ……!」

「アイツハ私ニ任セレバイイ」

 ツ級の声を背中に受けながら、ネ級は両腕を盾代わりに掲げる。両腕から粘性のある黒い体液が流れるよう、にじみ出してくる。
 鳥海の放った次弾が降り注ぐ。
 痛みと衝撃、そして熱さが渾然一体の激震となって体を襲う。
 それらは長続きはしないで、感覚の彼方へと押しやられて消えていく。
 ネ級は腕を開いて前屈みになると、単眼を明々と輝かせる。

「オ前ハ……ヤハリ私ノ敵ダ」

 初めからこうなるしかなかった。
 距離を取ったままの鳥海に見返され、ネ級は金色の眼差しを向ける。
 ツ級をやらせるわけにはいかない。
 頭の中で何かがざわついている。この判断は正しくないとでも言うように。
 もう一人の私にとってはそうかもしれないが、私にとってはこれで正しい。
 ……理由を持ち合わせないまま、私は自分にそう言い聞かせた。



722 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/21(日) 19:03:11.34 ID:oF+PZE8ro


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ヲキューは飛行場姫と相対していた。
 周囲では艦娘と深海棲艦たちがそれぞれ一騎打ちに近い形で交戦し、こちらも構図としては変わらない。
 他と違うのは私は仮設の主砲を撃たなかったし、飛行場姫も砲撃こそすれど当てようとはしていなかった。

「当テテモ構ワナイノニ……」

「ソチラコソ……ワザト外シテイマスネ……」

 姫が本気で沈めに来ていたら、とうに海の藻屑へと変えられている。
 戦艦相当の大口径砲弾を撃ち込む合間に、飛行場姫が接触してきていた。
 深海棲艦同士の秘匿回線によるもので、傍受を警戒してだろうというのは推測できる。
 堂々と話しても不都合はないが、姫はそう考えていないらしい。

「……ドウシテ艦娘ニ与シテイル? 戦闘ヲ強要サレテルノデハ?」

「誤解ガアリマス……」

 警戒と戸惑いを漂わせた声に、秘匿回線を利用している理由が分かった気がする。
 ヲキューは静止するように大きく減速すると、両手を下げて体を開くような姿勢を取った。
 無抵抗の意思がないと示すために。
 飛行場姫も訝しげな顔をしながらも減速する。

「私モコーワンタチモ……何モ強要ナドサレテイマセン」

「……何モ起キテイナイノ? 質ヲ取ラレタトカモナク?」

「私ガココニイテ……同ジ深海棲艦ト戦ッタノモ……全テハ私ガ決メタコトデス……」

 ヲキューの言葉に飛行場姫は驚きの表情を浮かべる。
 予期していなかった反応らしく、飛行場姫は信じられないといった体で訊く。



723 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/21(日) 19:03:52.19 ID:oF+PZE8ro


「言ワサレテイル……ワケデモナイヨウネ」

「……ハイ」

「何ガソウサセタ?」

「コーワントホッポ……ソレニ彼女タチヲ慕ウ仲間ヲ守ルタメニ……コレガ最善ト思ッタマデデス」

 ヲキューにとってはごく自然な決断だった。
 説明しながらヲキューは思い出す。
 鳥海がこの決断はつらいものになると言っていたのを。
 そのときは漠然とそうかもしれないと思った程度だった。
 ヲキューも他の深海棲艦も同族意識というのは薄い。少なくともヲキューは少し前まで意識するようなことはなかった。
 しかし目の前に見知った飛行場姫が現れれば、警句の意味も理解してしまう。

「アナタコソ島ヲ離レテ、コンナトコロマデ来タノハ……コーワンタチヲ案ジタカラデスカ?」

「別ニ……コノ戦イガ分水嶺ダト……ソウ感ジタカラ来タダケ」

 素っ気ない返しだが指摘は正しい。
 ヲキューはそう判断すると、つらつらと言う。

「環境ヤ立場ハ変ワリマシタ……シカシ己ニ課シタ役割マデハ……変ワッテイマセン」

 コーワンは私が命を懸けていいと思える相手だった。
 ホッポは守りたいと思え、そして今なら連帯感を持ち合わせた者たちもいる。
 艦娘たちも私たちと向き合おうとしていた。

「私ガ決メタコトデス……誰ニ言ワレタ覚エナド……アリマセン」

 ヲキューの言葉を受け止めた飛行場姫が息を呑む。
 姫はそのまま直視するよう、油断のない眼差しを向けて訊く。

「オ前ハ深海棲艦ガ人間ヤ艦娘タチト……本当ニ生キテイケルト思ッテイルノ?」

「分カラナイ……コーワンナラ、ソウ答エルデショウ。私ニモ分カリマセン……デスガ尽力ハ惜シマナイツモリデス……」



724 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/21(日) 19:04:43.23 ID:oF+PZE8ro


 気がついてしまえば、私の周りには多くがあふれていた。
 自分よりも価値があると思えるものでいっぱいに。だから。

「思ウダケデハ……何モ分カリマセン……デキルカハ我々次第デモ……深海棲艦ト艦娘ハ同ジデハナイノデス……鏡写シノ……隣人ノ……」

 ヲキューはそこで言葉を詰まらせる。
 切迫した気持ちがあるのに、それが形になって思うように出てこない。
 言いたいことを言葉にするには、まだ語彙が足りなかった。

「……モウ一ツ訊イテオク」

 ヲキューが言葉を探している様を飛行場姫はまじまじと見ていたが、おもむろに切り出す。

「コチラニ戻ルツモリハアル?」

「アリマセン……」

「ソウ……敵同士トイウコト……」

 確認するような姫の呟きにヲキューは頷きかけて、すぐにやめた。代わりに言う。

「ドウカ……退イテハクレマセンカ? アナタトテ……コーワント争ウノハ望ンデイナイハズ」

「……冗談デショ。話ニナラナイ」

 心底呆れたとばかりの声。
 飛行場姫が強い視線と共に、巨大な顎のような艤装に載せた主砲をヲキューへと向ける。
 冷たく硬質な砲口が狙いを定めたのか、ある一点で静止した。
 動けずにたじろぐヲキューをよそに、飛行場姫は一蹴するように言い放っていた。

「提案シテルツモリナラ……自分ガ優位ニ立ツカ……我々ヘノ利ヲ示シテミナサイ」



725 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/21(日) 19:09:06.04 ID:oF+PZE8ro


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海がツ級に向けて放った砲撃は間に入ったネ級に阻まれていた。
 ネ級の体に命中の閃光が生じ、黒い飛沫が爆発の中に別の黒色として混じる。
 今度は逆にネ級からの反撃が届き、艤装に砲弾が正面から衝突してのけぞるよう押し返された。
 追い撃ちをかけるようにツ級の連続砲撃が来る。
 広範囲に振りまいたような砲弾が、変則的な之の字を描いて避ける鳥海を追い立てていく。

「あなたたちとは勘が合うみたいですね……!」

 思わず鳥海は口に出す。
 予想通りの動き方をしてくれて簡単に当たってくれるかと思えば、すんでのところで回避して大きな被害に繋がるような当たり方にはならない。
 こちらもそうだし、向こうの二人にとってもそれは同じようだった。
 そのせいで被弾こそ重なっていても互いに余力を残したまま、体力を削り合っているような状態になっている。

 意図してできるような状態じゃない。摩耶や姉さんたちと模擬戦で撃ち合うと、たまにこんな状況に陥いる時がある。
 お互いになんとなく動きが読めてしまったり、機動が噛み合ってしまう場合に。
 だから勘が合うとしか形容できなかった。

「ソンナモノ……合ッテイルワケ……!」

 砲撃と一緒になって言い返したのはツ級のほうだった。
 事前の分析と違い、かなり積極的に攻撃をしかけてきている。
 弾幕を張りながら執拗に距離を詰めようとしてきていて、ずいぶん攻撃的な印象だ。

 ツ級からは攻めようという気迫を感じるけど、それが前に出すぎている。
 攻撃ばかりに気を取られて、どこか単調に思える動き。
 ならば、それに合わせるまで。予想針路上に向けて砲撃しつつ離脱を図る。

 こちらに迫りつつも後逸していく砲撃を横目に、支援に回っていたネ級が砲撃の未来位置へと先回りしていくのを見る。
 同じようにツ級の動きを先回りしているのか、それとも私の動きに合わせているのかは分からない。
 ただ、この砲撃もネ級が肩代わりするように当たっていく。
 怖いのは、やはり彼女のほう。
 さっきからツ級へ直撃しそうな砲撃を何度も防いでいるけど、動きが鈍った様子はまるで見受けられない。



726 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/21(日) 19:10:34.53 ID:oF+PZE8ro


「本当にツ級を守ろうとして……」

 木曾の指摘を鳥海は忘れていない。
 ――ネ級はツ級を守るよう行動する。
 前回の海戦と異なる点として、今のネ級は自身をコントロールしているらしい。
 ツ級から一定の距離を保ったまま、こちらに合わせて対応を変えてきている。
 いっそがむしゃらに突撃してきてくれるほうが、まだ楽だったのに。

「仕留メル……」

 ツ級がつぶやくのが聞こえてくる。
 仮面のような頭部の奥では敵意を向けているはず。
 ネ級の双頭の主砲もこちらを指向しているのを見る。
 左右に視線を巡らし逃げ道を探す。今回はよくないかもしれないという予感が急速に膨らんでいく。
 せめて、どちらか一方なら。そう考えた矢先だった。
 ツ級の背中に着弾の光が瞬き、体勢を崩すのが見えた。予想外の攻撃にネ級も視線を外して砲撃の手が止まる。

「こちら島風、今から加勢するよ!」

「いいところに来てくれました!」

 二人の深海棲艦の背後から、島風が三基の自立型連装砲を引き連れて高速で近づいてくる。
 見る見る近づいてくる島風が砲撃を浴びせていくと、ネ級たちの動きが乱れた。
 ネ級は私と島風のどちらを狙うかで、ためらったかのように交互に首を巡らし、ツ級も島風へと注意が逸れる。
 それは明確な隙だった。

「そういうことですか……ここで形勢を逆転させてもらいます!」

 この二人の弱点は戦闘経験の少なさでもあるんだ。
 今みたいに突発的な事態に直面すると、動きが硬直して対応が二手も三手も遅れてしまう。



727 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/21(日) 19:15:02.09 ID:oF+PZE8ro


 もしも私が同じ立場ならツ級を島風に当てる。
 島風と連装砲ちゃんたちを相手にしようとするなら、広範囲により速く砲撃できるツ級のほうが相性がいいはずだから。
 だからこそツ級を今一度狙う。ツ級を無力化して、その上でネ級と……決着をつけなくては。

 島風が注意を引きつけている間に、鳥海もまた四基八門の主砲を一斉射した。
 撃ち出された徹甲弾が放物線を描いてツ級へと飛翔する。
 遅れてネ級が鳥海の砲撃に気づくが、その時には砲弾は間近に迫ってた。

 島風を注視してたツ級も砲撃に気づいて振り返ろうとするが、それは命中の直前でもあった。
 一弾が巨腕じみた右の艤装に当たり、上段の砲塔を基部から抉るように弾き飛ばして空へと舞い上げる。
 別の一弾はツ級の足元に落ちて脚部を傷つけ、さらに別の砲弾が頭部の左側をかすめるように命中すると外殻の一部を削り取っていった。

「ツッ……!」

 ツ級は苦悶の声をあげるも、たたらを踏むようにしながら持ちこたえる。
 破損した外殻からはツ級の素顔が一部だけ露出していた。不健康なまでに白い頬と、赤い左目。
 ツ級が怒りに燃えたかのように睨み返してくるけど、どうしてか引っかかるような違和感を感じる。
 その理由を顧みる間はなく、ネ級からの砲撃が来ていた。

 回避するつもりだったのに向こうの砲撃も正確だった。
 頭を思いっきりはたかれたような衝撃を受けて、視界が一瞬真っ白になる。
 砲撃に煽られて、視界が戻った後でも平衡感覚が狂ってしまったようだった。
 痛いというよりも苦しかった。催した吐き気をこらえながら、鳥海は被害状況を確認しようと努める。

 その間にネ級は滑るように島風とツ級の間へと回り込むと、島風に突進していく。
 双頭の主砲たちは鎌首をもたげるようにしたまま鳥海に睨みを利かせている。
 ネ級が島風へと副砲を撃ち始めた。ツ級に比べれば密度は薄いが、それでもかなりの速射性能だ。
 島風は砲撃を上手く避けるも、後から追従する形の連装砲ちゃんたちはそうもいかなかった。
 一基が副砲の直撃を受けると砲身をひしゃげさせて停止し、別の一基は裏返るようにひっくり返ってしまう。



728 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/21(日) 19:15:52.99 ID:oF+PZE8ro


 そして島風とツ級は相対距離を詰めつつある。
 島風が接触を避けるように舵を切るが、ネ級もその動きに合わせてくる。まるで衝突を望んでいるかのような動き。
 密着されたらネ級に敵う道理がない。そして島風に引き離せるかは微妙なところに思えた。

「島風!」

「分かってるって!」

 すぐにネ級へと砲撃の目標を変えるも、ツ級からの攻撃も来ていた。
 構わずに一斉射。島風をみすみすやらせる気はない。
 こちらが砲撃を撃ち込むのと入れ代わりに、ツ級の砲撃が投網のように落ちてくる。
 鳥海が反射的に頭を下げて顔を隠すと、引っかき音を何度も響かせながら艤装が次々と叩かれていく。
 高角砲弾をそのまま撃ちこんで来て、それが命中前に破裂したらしい。
 主要部の装甲こそ抜かれなかったものの、装甲のほとんどない甲板部を破片でずたずたにされていた。

 逆に鳥海が放った主砲弾もネ級へと命中していく。
 双頭の主砲が盾代わりになって何発かを防ぐも、一発が主砲たちをすり抜けて背中に当たる。
 背中から突き飛ばされるようにつんのめるも、ネ級の勢いは止まらない。
 もう一撃浴びせようにも、ツ級の砲撃を避けざるをえなかった。
 タイミングを逸する。島風とネ級はもう近い。

 逃げて、と叫びそうになる。
 ネ級は副砲をつるべ撃ちにしていく。
 次々と見舞われる砲撃に島風がよろめき、ついに一弾が命中すると立て続けに命中が重なっていく。
 ネ級はそのまま動きが鈍った島風の背中を取ろうとしていた。

 ツ級の砲撃が来ていても、鳥海は強引に前へ出る。
 深海棲艦に妨害されて、機能を十全に発揮できなくなっていた電探が息を吹き返したのはそんな時だった。
 同時に声が割り込んでくる。

『コノ海域ニイル同胞……並ビニ人間、艦娘、トラック諸島ノ深海棲艦ニ告グ。双方、交戦ヲ中止セヨ……繰リ返ス……』

 おそらくは飛行場姫の声――ジャミングされてないのか、その声は明瞭に通っていた。
 戦闘の停止を呼びかける声に、島風の後ろを取るはずだったネ級がそのまま手出ししないで行き過ぎるのを見る。
 周囲での砲声も少しずつまばらになっていく。



729 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/21(日) 19:16:46.46 ID:oF+PZE8ro


 ツ級も撃ってこなくなったのを見て、鳥海は島風に近づきながら周囲に視線を巡らして状況の把握に努める。
 周辺の深海棲艦たちの砲撃は途絶え始めていて、鳥海も艦隊に砲撃を中止するよう伝える。
 深海棲艦が手を止めてるのに撃ち続けるのは、墓穴を掘る結果に繋がりそうだと感じていた。
 そうして双方ともに膠着する。

「各艦、被害状況を知らせて」

 鳥海は照準だけはネ級に定めたまま通信を流す。
 ややあって各々が被害状況を伝えてくる。幸いと言うべきで、島風の他には深手を負った者はいない。
 島風も傷つきながらも、連装砲ちゃんを抱えたままネ級から注意を逸らさないようにしていた。

「島風、怪我は……?」

「大丈夫です……他の連装砲ちゃんたちも拾ってあげないと……」

 損傷のほどは中破といったところで、島風本人は健在そうながら額から頬に伝った血が滴り落ちていた。
 ネ級たちへの警戒を解けないまま、鳥海も損傷した連装砲たちの回収に向かう島風を護衛するようについていく。
 その二人をネ級はいつでも攻撃できるように見ていた。

「……本気で撃ったんですね」

 気づけば口にしていた鳥海に、ネ級は驚いたように片目を丸くしたがそれもすぐに消えた。

「何ヲ当タリ前ノコトヲ……」

 当たり前……そう、確かにその通りだった。
 そんなの分かりきってたのに、どうして私は……。
 戦闘が中断したと見たのか、飛行場姫の言葉が変わる。
 姫は鳥海たちのみならず、泊地の提督や他の海域にも通信を流していた。

『スデニ我々ノ戦力ハ理解シテモラッタハズ。艦娘タチハ健闘シテイル……シカシ我々ハ精々三割程度ノ戦力シカ、マダ当テテイナイ……』

 その言葉を裏付けるように、外縁部にいたはずの深海棲艦や護衛要塞たちが水平線上に小さな影法師のように現れていた。

『必要以上ニ血ヲ流ス必要ハナイ……ユエニ要求スル。トラック諸島ヲ放棄セヨ。サスレバ我々ハ諸君ラヲ見逃ソウ』

 有り体に言えば降伏勧告だった。
 信じられない、というのが鳥海が真っ先に思い浮かべた答えだ。
 トラック泊地を放棄できるかという点を除いても、ワルサメと空母棲姫の顛末を知っていれば飛行場姫の言葉を素直に受け取るのは危うい。
 そもそも鳥海たちの一存で決定できるような話でもなかった。
 これは提督が決断しなければならないことだった。



730 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/21(日) 19:17:35.63 ID:oF+PZE8ro


 しかし、この提案が飛行場姫からもたらされたものというのは無視できない。
 飛行場姫と空母棲姫は違う。
 鳥海はやむなくネ級から視線を外すとヲキューの姿を探し求める。
 いた。二人は対峙している。ただ遠目には飛行場姫はヲキューを主砲で狙っているようにも見えた。
 脅されているのか見かけだけなのか。
 鳥海は艦隊内の無線でヲキューに問う。

「信じていいんですか? ダメならとぼけて」

「……アア」

 ヲキューは信用している。
 仮にこのまま交戦を継続するなら、鳥海たちとしては飛行場姫を一点狙いするしかない。
 その結果として飛行場姫を撃沈できる可能性は高いが、同時に鳥海ら第八艦隊も包囲されて壊滅する。
 改めて全体の状況を把握しているであろう提督から、回答が来るまでさほどの時間はかからなかった。

『貴君の提案は十分検討に値すると判じている。しかし急な提案であり、吟味するための時間をいただきたい』

『イイダロウ……明朝ノ○五○○……返事ハソコマデ待ツ……人間ト艦娘ノ賢明ナ返答ニ期待スル』

 明らかな時間稼ぎだけど飛行場姫は乗ってきた。
 話がとんとん拍子で進んでるけど、これは飛行場姫の独断ではないかという考えが鳥海の頭に過ぎる。
 これはきっと先延ばしでしかない。あの空母棲姫が素直に受け入れるとは考えられない。
 だけど、このまま戦闘を継続しても悲惨な結果しか待ち受けていないのは容易に想像がついた。

「ココマデカ……」

 ネ級がぽつりと漏らす。
 油断と警戒を隠さない様子は未だに臨戦態勢のままだと言えた。
 分かっていたのに。ネ級も私を敵と呼んで、私もまた司令官さんの面影を見出せずにいて。

「あなたは……やっぱりいないんですね……」

 連装砲ちゃんを回収していた島風が、その手を止めて見上げてくるのを感じた。
 ネ級は身構えるようにこちらを見続けている。冷え冷えとした眼差しで。
 程なくしてから提督からの後退命令が届き、それを復唱してからも鳥海の体から緊張感は解けなかった。



731 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/21(日) 19:19:38.95 ID:oF+PZE8ro


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 武蔵は朦朧とした意識の中で聞く。自然と肩でするようになってしまった呼吸が苦しい。

「戦闘ヲヤメロト……サテ、ドウシタモノカ」

 戦艦棲姫が誰に向けてか判別のつかない問いかけを口にする。
 姫は手傷を負っていた。体の所々に擦過傷があり、艤装を担う豪腕の獣もその両腕を不自然な形に歪め、曲げている。

 しかし武蔵の負傷はそれ以上で体から血が流れすぎていた。さらしを朱に染め、その色はなおも広がり続けている。
 傷だらけの艤装が風に煽られて、鋼同士が食い合うような耳障りな音が響かせる。
 ひび割れた眼鏡を通して、どこか虚ろになりがちな目で戦艦棲姫を睨みつけようとしていた。
 ……ダメだ、どうにも意識が上手く定まらない。
 そんな武蔵に戦艦棲姫は笑う。

「ハッキリ言ウト……アナタニハ失望シテルノ」

 嘲るような悲しむような、曖昧なほほ笑み。
 誰に向けたものなのか。と武蔵はぼんやりと思案するが、それも意識の混濁に呑まれて明確な形になれない。

「アナタハモット手強イト思ッテイタ……アノ名バカリノ戦艦タチト違ッテ……」

「扶桑たちのことを言ってるのか!」

 姫の言葉に武蔵の意識が少なからず覚醒する。
 仲間への侮辱は許せない。痛みも疲れもこの時ばかりは消え去っていた。
 戦艦棲姫は驚いたように目を見開くが、すぐに元の調子に戻る。

「サア……前ノ海戦デ沈メタ艦娘タチノコトカモ」

「貴様……!」

 秘密を打ち明けるように忍び笑いを漏らす。



732 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/21(日) 19:20:46.75 ID:oF+PZE8ro


 こいつは、と叫び出しそうになった武蔵だが、代わりに砲声が一面に響く。
 ただし、それは武蔵が放ったのではなく戦艦棲姫でもない。
 二人よりもはるかに小口径の、駆逐艦による砲撃だった。

「武蔵さん、今から助太刀するよ!」

「清霜か……!」

 白露たちと一緒に後退したはずだったが。
 いや、どうして戻ってきたのかよりも、こいつは清霜の手に負えるような相手じゃない。
 次々と撃ち込まれる砲弾が戦艦棲姫に命中し、撃たれた艤装が唸るように喉を鳴らすがすぐに姫がなだめるように制す。

「アラアラ……健気……セッカクノ提案……ゴ破談ニナッテモイイノカシラ……」

 涼しい顔で砲撃を浴びる姫は、砲撃を受けてること自体に気づいていないような調子で話を続ける。

「トニカクネ……コノグライシカ戦エナイナンテ……ガッカリ」

 戦艦棲姫は首を左右に振り、そして相変わらずほほ笑みを顔に貼り付けていた。

「モチロン……アナタガ最初カラ本調子ナラモット……ダカラ……私モ今回ハ見逃ス」

「なんだと……?」

「ダッテ……ソウジャナイ? アナタヲ沈メタラ……今度ハ誰トノ対決ヲ心待チニスレバイイノ? オ姉サンノ大和……ソレトモ妹サンノ信濃カシラ?」

 愉快そうに戦艦棲姫は笑っている。
 こいつは……この場で刺し違えてでも沈めたほうがいいのかもしれない。
 主砲を撃ち込もうとする武蔵だが、艤装が思うように反応しない。視界も端のほうからぼやけはじめていた。

「分カッテイルトハ思ウケド……アナタタチハアノ子ノ提案ニハ応ジラレナイ……コチラモ今ノママノ提案デハ済マサナイデショウシ」



733 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/21(日) 19:21:16.28 ID:oF+PZE8ro


 それでも見逃すのは……そのほうが戦艦棲姫にも都合がいいからか。
 武蔵はそこで重みに耐えかねるように片膝をついた。顔だけは戦艦棲姫を見上げる。
 清霜も武蔵に並ぶように追いつくと体を支えてくる。その目には涙がたまっているように見えた。

「武蔵さん!?」

「聞コエテイタデショウ……決着ハ預ケテアゲル……」

「そうじゃない! あなたは武蔵さんが怖いから逃げるのよ……!」

 精一杯の声が叫ぶのを聞く。
 やめさせないと。下手に挑発したら清霜の身が危険だ。
 一度はついた膝を立たせる。震えているのは足なのか体全体なのか、もう区別がつかない。
 恐れていた事態にはならなかった。少なくとも今は。

「デハ言ッテオコウカシラ……」

 戦艦棲姫はあくまでも笑っていた。この状況も楽しんでいるように。

「駆逐艦ノオ嬢サン、次モ武蔵ノ側ニイタラ沈メテアゲル……」

 隣で寄り添う清霜が息を呑むのを感じる。
 脅し文句ではあるが、ただの脅しではない。本当にそれをやろうという相手だからだ。

「私ガイル限リ……武蔵ニハ誰モ守ラセテアゲナイ」

 そうか。頭の片隅で思う。私は挑戦状を突きつけられたのだと。
 いや……そうじゃない、逆だ。
 脅威に挑まなくてはならないのは、他でもないこの武蔵のほうだ。



734 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/21(日) 19:22:07.76 ID:oF+PZE8ro


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「……言ッタデショウ。要求ヲ通シタクバ優位ニ立テト」

 ヲキューに狙いを定めたままの飛行場姫が、どこか諭すように優しげに言う。
 しかし、それも束の間ですぐになりを潜める。

「黙ッテ退キナサイ……今ダケハ見逃シテアゲル……」

「次ハナイ……ソウイウコトデスカ……?」

 ヲキューの言葉に飛行場姫は何も答えない代わりに主砲の狙いを外す。
 飛行場姫の提案は深海棲艦たちの間にも波紋を呼んでいた。
 反対の急先鋒となると思われていた空母棲姫も、飛行場姫に追従する形で戦闘の停止を命じている。
 もっとも停戦に賛同したわけでなく、直前に二航戦の航空隊による強襲を受けて機動部隊が被害を負ったためだと飛行場姫は見ている。
 あくまで通信からでしか被害状況を把握していないが、予想外の被害を出して混乱しているのは確実だった。
 おそらく空母棲姫としては、追撃を防いで立て直しの時間を稼げるぐらいにしか考えていないだろう。

「……行キナサイ。人間ハ話ヲ受ケタ」

「……分カリマシタ。一ツダケ……教エテクダサイ」

 もしかすると、これがお互いに顔を突き合わす最後の機会になってしまうかもしれない。
 そんな考えを過ぎらせながら、姫は無言で頷く。

「我々ガ去ッタ後……提督ハドウナッタノデスカ……?」

「……知ッテドウスル」

「……艦娘ガズット気ニカケテ……真相ガ分カルナラ……教エテアゲタイ……」

「艦娘ノタメ? 変ワッタワネ、アナタ」

「ソウデスカ……? 私ハ……艦娘モ嫌イデハナク……ムシロ好キデス」

 飛行場姫はヲキューから目を逸らすように視線をさまよわせる。
 伝えるべきか迷い、しかし正直に答える。



735 : ◆xedeaV4uNo 2017/05/21(日) 19:23:02.12 ID:oF+PZE8ro


「死ンダワ……私ガコノ手デ殺シタ」

 聞かされたヲキューは目立った反応を見せなかった。
 驚きもせず、微動だにしなかったのではないかとさえ思える状態で。

「ドウシテ……ソノヨウナコトニ?」

「彼ガ望ンダ……利用サレルノヲ防グタメニ」

 そこまで話してから、飛行場姫は提督との最後のやり取りを思い出す。

「ヲキュー……アナタハ最期ニ何カ食ベタイ……ソウ考エタコトハアル?」

「イエ……ヨク分カリマセン」

「私モヨ。ダケド提督ハ誰カノカレートイウ物ヲ食ベタイト言ッテイタ」

「……人間ヤ艦娘ニトッテ……食事ハタダノ栄養摂取デハナイノデ……」

「ヨク分カラナイ話ネ……デモ提督ガ……最期マデ提督デアロウトシテイタノハ確カ……ソシテ誰カニ会イタイトモ言ッテイタ……」

 その時に出た艦娘の名前は思い出せない。ヲキューならそれが誰かは当たりがついてるのかもしれない。
 そして飛行場姫は思う。自分は艦娘にとっては仇になるのだと。
 直接手を下したのは、他の誰でもない己なのだから。

「……伝エナサイ。モシ清算ヲ望ムナラ……私ハイツデモ相手ニナルト」

「分カリマシタ……シカシ……艦娘ハアナタガ想像シテイルヨウナコトハ望マナイト思イマス」

「……ドウシテソウ言エルノ?」

「私ガ……マダココニイルカラデス」

 ヲキューは頭を下げると、踵を返すように背を見せる。
 以前は見慣れていたはずの背中を飛行場姫は黙って見送るだけだった。



740 : ◆xedeaV4uNo 2017/06/05(月) 22:56:40.14 ID:DJHJuw8xo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海たちが泊地に戻ってきたのは十七時を回ろうかという頃。
 空襲の難を逃れた二隻の出雲型に分乗し、三十ノットの強速に揺られながらの帰還だった。
 普段から荒波に揉まれがちなので船酔いになったりはしないけど、さしもの私たちも疲れ切っている。
 艦内のそこかしこでぐったりしている姿が散見されたとしても無理もなかった。

 泊地の近海ではコーワンの部下たちが警戒航行をしているのが見えた。
 私たちがいない間、彼女たちが泊地を守ってくれていたらしい。

 すぐにドック入りすると艤装の本格的な修理が始まり、負傷の治療にも傷の軽重を問わず高速修復剤が用いられた。
 陽が沈むまで、まだ一時間半近くある。
 せめて日が暮れるまでは安心しきれない。
 いつでも最出撃できるように警戒態勢こそ解けていないものの、深海棲艦の動きも今のところは収まっていた。
 だけど、これで何もかも元通り──とはならなかった。

「どうして姉様が目を覚まさないのよ!」

「ちょっ、落ち着いてくださいってば!」

 山城さんが夕張さんの両肩を掴んで食ってかかる。ただならない剣幕。
 夕張さんはドックでの現場監督をやっていて、今も治療の責任者を務めていた。
 いけない、と思った時には体が動いていた。
 白露さんと時雨さんもそう思ったのか、三人がかりで山城さんを引きはがすように抑える。
 夕張さんは怯えたような顔をしながら、身を守るように体をちぢこめていた。

「おかしいじゃない、治療は済んだんじゃないの!」

 鳥海ら三人がかりで抑えている山城だが、ともすれば制止を振り切ってしまいそうだった。
 扶桑さんの傷は修復剤で癒えているも、意識を失ったまま眠ってしまっている。
 胸が上下しているので息は間違いなくある。
 だけどこのまま眠り続けるんじゃないかと、そんな不安も抱かせる姿だった。



741 : ◆xedeaV4uNo 2017/06/05(月) 22:58:55.69 ID:DJHJuw8xo


「姉様にもしものことがあったら――」

「少しは落ち着け。みんなもそう言ってるでしょうが」

 出し抜けに言ったのはローマさんで、いきなり山城さんの額を指で小突く。
 不意打ちに気勢が削がれたのか、山城さんが呆けたような顔をする。私もちょっと驚いた。
 ローマさんがため息混じりに見える調子で続ける。

「私も経験あるけど一日か二日あれば起きてくるわよ。大方、今は長い夢でも見てるんでしょ」

「でも……」

「でも何? 不安になるのは分かるけど、私の知ってる扶桑が見てたら今のあんたを……どうするんだろ?」

 最後のほうは自分でも分かってないようなローマの言葉に、山城の体から力が抜ける。
 山城がどこか憑き物の落ちた顔で周りを見て、それから最後に夕張と顔を合わせた。

「ごめんなさい……八つ当たりしてた……」

「え……ああ! いいんです、私は別にそんな……」

 こちらはまだ、どこかぎこちない笑顔で夕張も答える。
 緊張していた空気が和らいでいくのを感じ、鳥海たちも山城からゆっくり離れた。
 少し張り詰めすぎている部分はあるけど、今はこれでいいのかもしれない。
 鳥海は人知れずため息をつくと、ローマにだけ話しかける。

「ありがとうございます、ローマさん」

「別に……戻って早々、あんなの見せられたら気が滅入るだけだから」

 ローマはぶっきらぼうに答えると、そのままの調子で鳥海に訊く。



742 : ◆xedeaV4uNo 2017/06/05(月) 23:00:33.79 ID:DJHJuw8xo


「そっちこそ平気なの?」

「私ですか?」

「ネ級と交戦したんでしょ。島風は怪我させられたんだし、あなたもその……気にかけてたじゃない。色々」

 言葉を探すように言う。ローマのそんな不器用に見える様子に鳥海は吹き出す。

「なんで笑うのよ……」

「いえ、ごめんなさい。でも収穫はありましたよ? ネ級は――ネ級でしかないって分かりましたから」

 今の言い方はちょっと不正確だ。分かったんじゃなくって認められた、が正しい。
 ふーん、とローマはどこか気のない返事をする。

「分かってるでしょうけど、あまり気負いすぎることもないから」

「ええ、お気遣いありがとうございます」

 ちょうどその頃になって提督さんがコーワンと一緒にドックまでやってきた。
 ここまで自分から来たのは、まだ今日の戦闘が終わったという確証がないからでしょう。
 提督さんも疲れているだろうに周りには感じさせないようにしたいのか大股で歩いていた。コーワンは唇を引き絞っているからか硬い顔つきに見える。

「みんな、そのまま聞いてくれ。少し前に空母棲姫が提示された要求を変えてきた」

 空母棲姫はこちらがトラックを放棄するだけでなく、コーワンやホッポら深海棲艦全員の身柄の引き渡しも要求してきていた。
 さらに期限も今日の二十一時までに縮められている。
 要求とはいっても、降伏勧告だったのは前から変わっていない。
 それでも飛行場姫の時はコーワンたちには触れず、不問にしようとしていた節がある。



743 : ◆xedeaV4uNo 2017/06/05(月) 23:03:24.02 ID:DJHJuw8xo


「君たちの意見も聞かせてほしい」

「提督こそどのようにお考えでしょうか?」

 夕雲さんが先んじて尋ねる。その場にいる誰もが考えているであろう疑問だった。

「俺としてはここからの撤退はしたくない。ラバウル方面の友軍を見殺しにすることになるからだ」

 元から泊地の放棄を想定しての漸減作戦もあるにはあったけど、各地の戦力がラバウルに進出しブインとショートランドに橋頭堡を築こうとしている今では難しい案だった。
 一時で済むならまだしもトラック泊地を失えば補給路に大きな制限を受け前線への圧力が強まり、戦線を瓦解させかねない。
 ラバウルも潜水艦隊の脅威にさらされて、補給の成否はますます重要になっている。

「しかし、このまま戦い続けて徒にここの戦力を消耗させるのは、もっと愚かだとも思う。だから改めて他の意見も知りたいんだ」

 深海棲艦側の要求を呑むか否か。つまりは戦うべきか退くべきか。
 飛行場姫も言っていたように、昼の戦闘ではまだ深海棲艦も本腰を入れきっていなかった節がある。
 彼女の言葉を信じるなら、まともに当たれば私たちはやがて敵に呑まれてしまう。小さな波は大きな波に呑まれて消えるのと同じように。
 束の間だけ訪れた沈黙は、ありえないだろという摩耶の声によって破られた。

「大体さ、あの空母棲姫を信用するってのがおかしいんだ。あいつが前に何をしたのか覚えてんだろ」

「あいつはワルサメを撃った」

 鳥海は一瞬耳を疑った。今のは白露の声だったが、いつもの朗らかさがまったく感じられなかったからだ。
 明るさを欠いた声が続く。

「そんなやつをどうして信じられるの?」

「戦うしかなかろうよ。口でどう言おうが、やつらは本心では私たちの始末を望んでいる」

「姉様のことは別にしても、コーワンたちを差し出せということですよね? そんなの話にならないわ」

 武蔵さんと山城さんも白露さんに続く。
 三人の表情は一様に硬くて緊張感を伴っていた。その身を投げ打ってもいいとでも言うように。
 とはいえ、言いたいことは分かる。空母棲姫は要求を呑んだところで、それを守るとは思えない。
 すると多摩さんも手を挙げる。

「多摩も同感だけど、撤退そのものは視野に入れといたほうがいいと思うにゃ」

「島風も多摩さんに賛成です。帰ればまた戻ってこられるって言うし……」

 鳥海は考えをまとめようと自然と視線を下げた。
 誰もが戦うのを是としている。それは私だって……。



744 : ◆xedeaV4uNo 2017/06/05(月) 23:04:23.83 ID:DJHJuw8xo


「鳥海さんはどうお考えですか?」

 夕雲に訊かれ鳥海は顔を上げた。
 注目が集まっている。こういうのには秘書艦を務めている間に慣れていた。
 だから胸を張る。みんなの意思も明白だから、私も素直に言うだけ。

「退路を確保している上でなら戦うべきだと思います。ここだけでなく、もっと大勢の命も懸かっていますから簡単には引き下がれませんしね」

 けれど、ただ闇雲に戦うだけでも意味がない。いかに相手が強大であったり因縁があったとしても。

「しかし、それで私たちに甚大な被害が生じるようではダメなんです。泊地を守り抜いたとしても、それで今後全ての戦闘が終わるわけじゃないんですから」

 もちろん戦いの風向きは間違いなく変わる。結果が勝ち負けどちらに転んだとしても。
 だけど勝っても負けても、こちらが共倒れになってしまっては意味がない。この先、進むことになろうと押し留まることになろうと。

「提督さんの言葉を拡大解釈するようですが、ここを失うだけなら後から巻き返しもできるはずです。でも私たちが多くの仲間を欠いたり……あるいはコーワンたちを失ったら?」

 ちょっとだけ間を置く。言葉の意味を少しでも考えてもらうために。
 いえ、みんなだって本当は分かっている。たぶん。
 
「思うに、それが私たちの敗北です。積み上げてきた今までとこれからを失うのと同じですから……だから負けないためなら戦うべきだと思っています」

 鳥海はペンダントを握る。
 あなたは生きた。わたしも生きている。生きるというのは可能性に立ち向かうこと……なんだと思う。

「どうやら……聞くまでもなかったか?」

 提督が声を発したのを聞き、鳥海はペンダントから手を離す。
 一同を見渡していき、それぞれの顔に浮かぶ気持ちを確かめていくようだった。
 提督は決然とした声を出す。

「夕張と整備科は修理が済み次第、すぐに夜戦の用意を始めてくれ。向こうは仕かけてくるぞ」

 その言葉を皮切りに、意思確認の場は作戦会議へと変わる。
 今夜の内に起きるはずの夜戦と、その後に来る決戦に向けての最後のすり合わせへと。



745 : ◆xedeaV4uNo 2017/06/05(月) 23:06:59.18 ID:DJHJuw8xo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「マッタクヨクモヤッテクレタワネ……オ陰デイイ時間稼ギニハナッタケド」

「不満ナノカ感謝シテイルノカ……ハッキリシテモライタイモノダ」

 飛行場姫は空母棲姫に対して露骨に表情を歪める。
 元から虫は合わない。それを隠す気もないまま顔を合わせ続ける。
 深海棲艦はトラック泊地からおよそ四百キロ付近の位置を、四つの艦隊に別れる形で遊弋している。
 その中にあって、四人の姫は一堂に会していた。
 陽が暮れるまでおよそ一時間残っているが日中の攻撃は終わっている。

「感謝ナラシテイルワヨ? 降伏勧告ニシテハ……アノ条件ハ温スギルケド」

 飛行場姫は悪びれた様子も、気分を害した様子もなく応じる。
 別になじる気はない。ただ、やはり合わないというのを再確認するばかりだった。
 空母棲姫率いる機動部隊は飛龍たちの反撃で想定以上の被害を出している。
 飛行場姫が要求を伝え出す少し前の話だった。

「ダカラ……要求ヲ変エタノカ?」

「モット分カリヤスイ降伏勧告ニネ」

 空母棲姫は少し前に人間たちへと要求への返答を早め、コーワンたちも差し出すように通達している。
 どうあってもコーワンたちを始末しないと気が済まないらしい。

「別ニイイジャナイ。長々考エルヨウナ話デハナイモノ……尻尾ヲ巻イテ逃ゲ去ルカ……イサギヨク踏ミ潰サレルカ。ソレダケ」

 そこに戦艦棲姫も話に加わってくる。
 唇が伸びやかな弧を描いていた。今の状況を楽しんでいるらしいが、腹の奥底は分からない。

「アノ艦娘タチナラ継戦ヲ選ブ……キット……間違イナク」

「デショウネ……ソウデナクテハ面白クナイワ」



746 : ◆xedeaV4uNo 2017/06/05(月) 23:08:24.31 ID:DJHJuw8xo


 空母棲姫はそこで装甲空母姫と顔を向ける。

「全体ノ被害状況ハドウカシラ?」

「戦闘ニ参加シタ艦隊デハ喪失ガ三割弱……損傷モ含メレバ倍ニナル。全体デハ二割ガナンラカノ被害ヲ受ケテイル」

 空母棲姫は口を閉ざすと真顔になっていた。
 さすがに想定を越えていたらしい。

「コノ戦力差デヨクモヤッテクレルワネ……」

「ブツケタ戦力モコチラハ少ナカッタ……トハイエ、モット積極的ニ我々モ動クベキダッタカナ」

「敵ニ与エタ損害ハ?」

「ハッキリトハ分カラナイ……シカシ割ニ合ッテイナイト思ウヨ」

 飛行場姫は空母棲姫が渋面を作るのを見る。
 しかし、すぐにその表情は消えていた。代わりにいつもの薄い笑いが顔に張りつく。

「今夜……予定通リニ夜戦ヲ行ウ……敵拠点ヘ攻撃ヲ仕カケ、艦娘ドモニモ消耗シテモラウトシテ……」

 夜間にトラック泊地に砲撃を実行するのは最初から決まっていたことだった。
 レ級艦隊を主力とした小規模な打撃艦隊で短時間に火力を集中させて速やかに帰還するというもの。
 レ級たちであれば中途半端な迎撃艦隊なら撃退できるし、大部隊が来るようなら速やかに撤退すればよかった。
 艦娘たちは迎撃の必要に迫られる時点で、休息の時間を奪われ負担を強いられるのだから実行して損はない。
 島の陥落を目指すのは、あくまで昼間の攻撃時という前提だった。

「ガ島マデ戻レソウニナイ子タチモ投入シマショウ」

 飛行場姫はその一言に固まった。
 ガ島まで戻れないというのは、つまり応急修理でもどうにもならずに大きな損傷を負っている艦を指している。
 思わず身を乗り出して空母棲姫へと問い質す。



747 : ◆xedeaV4uNo 2017/06/05(月) 23:10:00.14 ID:DJHJuw8xo


「ミスミス死ニニ行カセルノカ」

「手ノ施シヨウガナイナラ有効ニ使ウ……モシ嫌ガッテ逃ゲルヨウナラ9レ#=Cニ片付ケテモラエバイイノダシ」

 9レ#=Cと言われて、赤いレ級を頭に思い浮かべる。
 あれはずいぶん好戦的な個体だ。空母棲姫の指示に嬉々として従ってもおかしくはない。

「怒ッテルノ? アナタト同ジナノニ」

「私ガ同ジ……?」

「アノ提督ヲ死ナセタデショ?」

「コノ話トソレハ関係ナイ……」

「アルワヨ……アナタハ望ミヲ叶エタノデショウ? 私ノ場合ハ死ニ花ヲ咲カセル機会ヲ与エテアゲルノ」

 当たり前のように言われて飛行場姫は唇を噛む。
 私とお前は違う、という声が出てこない。
 違いを説明できなかった。だから嫌いなはずの空母棲姫と自分が変わらないような気持ちを抱いてしまう。

「最期マデ本懐ヲ遂ゲテモラワナイト。アナタノ配下カラモ……」

「断ル。攻メ落トス気ノナイ戦イニ部下ヲ使ワセル気ハナイ」

「……マアイイワ」



748 : ◆xedeaV4uNo 2017/06/05(月) 23:11:00.57 ID:DJHJuw8xo


 空母棲姫が改めて装甲空母姫へ話を向ける。

「……アナタオ手製ノ護衛タチモ投入シテ? 夜戦艦隊ノ被害ヲ少シハ肩代ワリデキルデショウシ……陸上攻撃ニモ向イテルハズ」

「護衛要塞カイ? モチロン構ワナイ」

「ヨカッタ、コウイウ時コソ使ワナイト……アレモ問題ノアル同胞ヲ切リ刻ンデ造ッタノヨネ?」

 装甲空母姫が真顔で空母棲姫を見返していた。
 空母棲姫は笑い、戦艦棲姫は話に無関心。私は二人の空母姫を傍観することにした。

「……ナゼ、ソレヲ知ッテイル?」

「秘密ノハズ……カシラ? 逆ニドウシテ気ヅカレナイト思ッテイタノカガ不思議」

「ナルホド……ドウヤラ君ヲ見クビッテイタヨウダ」

「イイノヨ? 評価ナンテ後カラ変ワッテイクモノ」

「ソレデ私ヲドウスル?」

「何モシナイワヨ? アナタハ何モ悪クナイモノ……私好ミデハナイヤリ方デモ……アナタハドッチツカズノ風見鶏デハナイカラ」

 飛行場姫は空母棲姫が視線を向けたのに気づき、眉間に皺を寄せる。
 ああ、なるほど。私だけがここにいるべき理由を本当は持ち合わせていないのかもしれない。
 奇妙な疎外感は話し合いが終わり、自身の艦隊に戻ってからもしばらく消えることはなかった。


次回 【艦これ】鳥海は空と海の狭間に その4