1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 18:52:53.32 ID:OGbMq6Pqo



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「咲」

「ん、どうしたの京ちゃん」

「良かったな、お姉さんと仲直り出来て」

「……うん」


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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1445939573

引用元: ・「『須賀京太郎』とは、あなたのそうぞう上の存在に過ぎないのではないでしょうか」 


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4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 18:56:44.62 ID:OGbMq6Pqo




「ぅ……ん……?」


目を覚ましたら、あまりにも見慣れた天井がそこにあった。

寝ぼけた頭に妙な違和感を覚えながら身を起こす。

お腹のあたりにタオル生地の薄手の掛け布団がずり落ちるのを感じながら、あたりを見回す。


大きめの本棚、鏡と、洋服などが仕舞われている箪笥。

勉強机と、クレーンゲームの景品だったカピパラのぬいぐるみ。

いつもどおりの、自分の部屋だ。

6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 18:58:11.64 ID:OGbMq6Pqo

そこまでぼんやりと考えたところで、目の端に写っているものに焦点を合わせ、一瞬で目が覚める。

そうか、違和感があったのは、いつも見ているはずの天井を久しぶりに見たからだ。

目の前にあるのは、インターハイの紋章が大きく飾られている、夏の前には無かったモノ。






『清澄高校一年生 宮永咲』






楯に刻まれた名前に、じんわりとした実感と、暦の上では短く、しかし何年間も続いていたような数週間を思い出す。


7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 18:59:57.86 ID:OGbMq6Pqo



幾つもの顔、表情、笑顔、涙、声。


熱気、賽子の転がる音、点棒の音、牌の音。


熱と昂ぶりに満ちた景色と、そのあとの大騒ぎ。


それが、昨日まで居た風景。




そう、私は昨日、東京から──インターハイから帰ってきたのだ。


8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 19:00:49.77 ID:OGbMq6Pqo

さっと身支度をして、朝食をと思いリビングへ。

お父さんはもう出かけたみたいだ。机の上に置き手紙と可愛らしい紙袋。



『おめでとう』



簡単な、走り書きのそっけない文字。

それでも、すごく嬉しかった。紙袋の中身は私の好きなお店のシフォンケーキ、生クリーム付き。

ありがたく、朝食代わりに。幸せな甘さに頬が緩むのを感じる。カロリーからは目をそらす。

9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 19:02:19.26 ID:OGbMq6Pqo

お腹が満ちたら学校へ。

帰ってきて早々だが、取材が入っているとか何とか。


「まあ、勝ち進んだ者の義務みたいなものだと思って我慢して頂戴」


とは部長の言。



「おはよーだじぇ!」

「おはようございます」


待ち合わせをしていたわけでもないのに、登校途中で麻雀部の仲間と合流する。

まあ、普段から同じような時間に登校しているのだから特別なことでもないのだけど。


「おはよう。優希ちゃん、和ちゃん」

「ふっふっふ、ついにこの時が来たな咲ちゃん」


優希ちゃんは不敵な笑みを浮かべながら手をわきわきと動かす。

彼女は取材の話を聞いてからというもの、ずっとこの調子だ。

11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 19:03:12.68 ID:OGbMq6Pqo


「疲れは取れましたか?」


ふわりと髪を揺らしながら和ちゃんが言う。

優希ちゃんと違って、和ちゃんはいつもどおりだ。

インターミドルの個人戦チャンプにもなった経験などで、取材には慣れているのかもしれない。


「うん。ホテルも良かったけど、やっぱり家は落ち着くね」

「そうですね、私も気がついたらウトウトとしていました」

「ほらほら、早く行こうじぇ。私の時代が待っているのだ!」


優希ちゃんが駆け出す。


「ああもう、転ばないで下さいね、優希」


そう言いつつも心持ち足を早めた和ちゃんに、本当に仲がいいなあと思わずくすりと笑い、私も二人を追いかける。


「ほらほら、咲ちゃん早く早く!」

「もう、優希。急かさないでください」


12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 19:04:01.93 ID:OGbMq6Pqo

麻雀部の部室は、清澄高校本校舎から少し外れにある旧校舎の屋根裏が使われている。

運動部の熱心な練習の掛け声も、ここまでくると少し遠い。

階段を登り着いた部室には、すでに部長と染谷先輩が待っていた。


「おはようございます」

「おー、おはようさん」

「おはよう! どう、久しぶりの我が家はよく眠れたでしょう」


頼れる二人の先輩は、どうやら今日もごくごくいつも通りらしい。

染谷先輩は少しイタズラっぽい笑みを浮かべながらしっかりと。

部長は内から湧き出て止まらないとばかりに、自信に満ち溢れたような挨拶を返してくる。

13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 19:04:59.42 ID:OGbMq6Pqo


「しっかしあれじゃな、帰ってきて早々登校とは休む暇も無いのう」


自分の不満、と言うよりは私達後輩をねぎらうような様子で染谷先輩が言う。


「何言ってるんだじぇ先輩、私達の若さの前には休みなんかよりもやるべきことがいっぱいあるのだ!」


インタビューとかインタビューとか!と何に向かってか拳を突き上げる優希ちゃん。

取材に対して熱い思い入れがあるようだ。

単に目立つことが好きなだけかもしれないけど。


14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 19:05:48.16 ID:OGbMq6Pqo


「ノリノリじゃのう」

「じゃあ、ちょっと早いけど優希の勢いがあるうちに行きましょうか。待たせるよりは良いでしょ」

「出陣だじぇ!」

「そうですね、このまま待っていると優希が疲れちゃいそうですし」


取材は本校舎内の応接間でやるらしい。

その後、部室で少し写真を撮らせて欲しいということで、各員私物を軽く片付ける。

掃除はインターハイ出発前にしていったので、綺麗なものである。

私達が居ない間も、学生議会の人たちが何度か埃を払いにきてくれていたそうだ。

15: 今日分はもうちょいあるけどまた後で 2015/10/27(火) 19:07:11.63 ID:OGbMq6Pqo


わいわいと、部室を出る支度をし始める部員たちの中、部長に声をかける。


「今日は私達だけですか?」


インターハイの取材だからだろう、と納得しかけていたが、部室と部員で撮らせて欲しいという要望があると聞いて少し引っかかったのだ。


「? そりゃあそうでしょう」

「どうかしたのか、咲ちゃん」


当然、というような部長と優希ちゃんの言葉に、少したじろぐ。そういうものなのか。


「う、ううん、そうですよね」

「まあまだ疲れてるかもしれないけど、これが終わったら祝勝会だから!」


20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 22:37:32.70 ID:OGbMq6Pqo


取材は── 妙に私への質問が多かった気がするけど、そりゃねと部長をはじめ皆が笑っていた──順調に終わり、お昼過ぎから体育館で祝勝会が行われた。

朝から準備をしていたみたいで、床には絨毯が敷かれ垂れ幕がかけられていたりとかなり大掛かりだ。

壁際には料理が並んでいる。

学校側に許可をとって、有志で企画してくれていたらしい。


21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 22:38:15.24 ID:OGbMq6Pqo

挨拶やら賞賛やらの声も落ち着き、ようやく自由になったところで飲み物を取りに行きつつ辺りを見回す。

学校中の生徒どころか、近くの商店街の人たちまで協賛してくれたようで、かなり大きな館内もかなり混み合っている。

こんなにも体育館の中に人がいるのに、その外には入りきれない人や立食に疲れた人が座れる休憩所のようなスペースまでもが広く作られているのだからびっくりした。

その多くが祭り気分での参加だとしても、どれだけの人が応援していてくれたのか、今更ながらに実感する。


22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 22:39:19.95 ID:OGbMq6Pqo


「どうしたの、咲。トイレ探してる?」


キョロキョロとしていたら、後ろから声をかけられ、振り向く。

部長だった。

少し前に見た時には私の数倍の人に囲まれていたのに。

どんな手を使ったのか、今は周りにそれらしい人はなく、涼しい顔で手に持ったたい焼きを頬張っている。


「違います。というか、自分の学校でトイレの場所が分からないとか無いですから!」


23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 22:40:56.89 ID:OGbMq6Pqo


「いやー、でも咲だし」

「私をなんだと思ってるんですか」


いる? と差し出された食べかけのたい焼きを断りながら、気になっていることを聞く。


「挨拶、終わったんですか?」

「終わらないから、抜け出して来ちゃった」


お腹も減ってたし、と笑う。

副会長に押し付けたそうだ。


どうやって、と思わなくもないが、部長なら普通にやってのけるんだろうと思ってしまう。


24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 22:43:11.03 ID:OGbMq6Pqo

我らが麻雀部の部長は、麻雀部の部長というだけでなく、学校の学生議会長──所謂生徒会長──でもある。


その制度は名前だけでなく少々特殊で、副会長──正確には副議会長──と二人で立候補し、共に選挙戦を勝ち取って初めてその座に着くことができる。


部長と副会長は、数多の対立候補を退け、その座に2年連続で就いているという。


この自信に満ちた女性の相棒である、真面目そうでどこか達観した様子の有る、しかし先輩たち曰くロリコン疑惑があるらしい青年の顔を思い出す。


25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 22:47:32.27 ID:OGbMq6Pqo


そんな私の思考を知ってか知らずか、部長な生徒議会長は目の前でたい焼きをぺろりと平らげて、こちらに向き直る。


「それより、何か探してたの? 和なら入り口の所で質問攻めにあってたわよ。ちなみにたい焼きだったらすぐそこの裏ね」


焼きそばならあそこ、フランクフルトはあっちと食べ物の場所を案内し始めた部長に、先ほど気になっていたことを思い出す。


「ああ、いえ。京ちゃんの姿が見えないもので」


きっと祝勝会から来ているのだろうと思ったのだが、姿を見かけていない。

人が多いから見ないだけでどこかにいるのだろうとは思うのだが、自分たちだけ取材を受けたことへの漠然とした後ろめたさからか、気分の座りが悪いのだ。

来ているのなら、何か話題があるわけでもないけれど、少し話したかった。


26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 22:52:23.65 ID:OGbMq6Pqo


「部長は見かけませんでしたか?」

「うーん……」


どうやら見てはいないらしい。

でもこの様子なら、来ないという連絡も受けていなさそうだ。


「まだ来てないだけかな……あ、優希ちゃんと一緒にいるかも?」


部長に連絡をとってもらおうかと考えて、そこまでするほどでも無いかと一瞬で答えが出る。

私は相変わらず自分の携帯電話を持っていなかった。


27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 22:56:04.12 ID:OGbMq6Pqo


「まあ、見て回りながらちょっと探してみます。部長ももし京ちゃんを見かけたら教えて下さい」

「……良いけど、キョウちゃんってどんな子だったかしら」

「はい?」

「咲の言い方だと、きっと私も会ったことがあるんだろうけど、思い出せないのよね。咲の知り合いならそう多くないから、紹介されたら流石に覚えてると思うんだけど……」

「え、どうしたんですか、部長?」

「いや、失礼だとは思うのよ? 後輩に紹介された相手を……紹介されてるのよね? 人を覚えるのは得意だと思ってたんだけどねー……」


28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 22:58:59.29 ID:OGbMq6Pqo










「キョウちゃんって、うちの生徒?なのよね?」







29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 23:12:02.47 ID:OGbMq6Pqo


「部長?」


部長の言葉に、混乱する。


「京ちゃんですよ? えぇと、その……」


そして、気づく。

相手が、人をからかうのが好きな小悪魔みたいな人だということを。


「……もー、一瞬信じちゃったじゃないですか。このタイミングでやめてくださいよ」


本人はバツが悪そうだ。


「いえ、本当に分からないのよ」

「いや、もう分かってますから。いいですって」


しかし質の悪い冗談だ、と呆れる。

確かに、女子だらけの麻雀部にあって、少々影の薄い部分はあるけれど。


「……うーん、待って。もう一度思い出してみるから。いつ会ったのかだけでもヒント貰えない?」


30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 23:13:26.20 ID:OGbMq6Pqo

もう、この人は。

往生際悪く悪ふざけを続ける部長に、少しむっとしたところで、また一つ声がかかる。


「おー咲ちゃん。楽しんでるかー?」


優希ちゃんだった。

探す手間が省けた、とほっとして、部長を放っておいて、聞く。


「ああ、優希ちゃん。京ちゃん見なかった?」

「?」

「多分、来てると思うんだけど」


私の言葉に、優希ちゃんは首をかしげる。




「誰? 私の知ってる人なのか?」




31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 23:14:28.90 ID:OGbMq6Pqo


「──……え?」


優希ちゃんの顔をまじまじと見る。

見る限り優希ちゃんにふざけている気配はなく、純粋に疑問を持って聞いているようだった。


「優希ちゃん、京ちゃんだよ? 須賀京太郎」


再び混乱する。

不快感を帯びた不安が、わずかにお腹をくすぐった。


32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 23:15:30.38 ID:OGbMq6Pqo


「え、キョウちゃんって男の子なの?」


部長が驚いたように声を上げる。

その声色が、あまりにも普通に驚いていて、振り返る。


驚いていた。


それが分かるほど、私にも分かるほど。演技ではないと、何故か確信した。

それほど部長は素の様子だった。

優希ちゃんもかなり驚いた様子だ。


「え、咲ちゃん、男に知り合い居たのか!」


意外だじぇ、と本当に意外そうに、目を丸くしている。


33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/27(火) 23:16:41.35 ID:OGbMq6Pqo


「なんか、咲ちゃんって男と話すのとか苦手そうなイメージがあるじぇ」

「京太郎、だっけ? それをキョウちゃんって、幼なじみとかなのかしら」

「まさか、恋人か!?」


わいわいと、にわかに盛り上がりを見せる二人に、困惑する。


「え、ちょっと待って下さい。どういうことですか?」


言葉が、上手く出ない。


「だって、京ちゃんですよ? 同じ麻雀部員の」


その、私の言葉に、二人はきょとんとする。


36: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/28(水) 00:05:57.18 ID:TAx5YXYwo


「何言ってるんだ、咲ちゃん」


「咲の場合天然ボケなのか冗談なのか、判断つき辛いわね」




「清澄高校麻雀部は、私達5人で全員」








「須賀京太郎なんて子、麻雀部には居ないでしょう?」





37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/28(水) 00:07:03.63 ID:TAx5YXYwo



その言葉は、あまりにも理解しがたかった。



冗談であって欲しいが──冗談でもあまり面白いものとは思えないが──二人の表情は、あまりにも普通の戸惑いを浮かべていた。



39: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/28(水) 00:08:04.52 ID:TAx5YXYwo


「──……冗談、ですよね?」


私は、こう言うしか無い。

これ以外に、言える言葉が見つからない。



なんなのだろう、これは。

冗談にしか思えないのに、冗談を言っているようにはとてもじゃないが見えない。

部長だけならまだその可能性が十分あった。

でも、隠し事の出来ない優希ちゃんまでが言う。


「……咲ちゃん?」

「咲?」


40: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/28(水) 00:09:56.31 ID:TAx5YXYwo


周囲がざわめいている。

そのざわめきがひときわ大きくなって、そこから2つの声が飛び出した。


「どーしたんじゃ、こんなとこで。なんか揉めとるときーて来たんじゃが」

「なにかあったんですか?」


染谷先輩と和ちゃんだ。

二人を見て、顔を上げて、周りの皆がこちらを見ていることに気づいた。


目、目、目、目、目──


その視線の塊に頭がふらつくのを感じながら、部長が何かを言いかけたのを体で遮って、二人に縋り付く。


41: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/28(水) 00:12:21.30 ID:TAx5YXYwo


「ねえ、京ちゃんを知ってるよね?」


「は?」

「?」



嫌な予感がしていた。

ありえないのに、そんなはずがないとわかっているはずなのに。

予感がしていた。






そして、その予感は──







「なんじゃ、京ちゃん? 人の名前か?」

「えっと、咲さんのご友人ですか?」


42: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/28(水) 00:13:53.22 ID:TAx5YXYwo








──── 予感ではなく、本当になった。







65: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/01(日) 01:08:46.03 ID:HgY52dfyo







須賀京太郎。




清澄高校麻雀部唯一の男子部員で、私の、宮永咲の中学からのクラスメイト。



身長は大分高い。



ひょろっとしているようで、中学時代にはハンドボールに打ち込んでいたから、見た目よりもずっと筋肉質で力も体力も結構ある。



成績は特別悪くもなく、得意な科目も苦手な科目もある。一番得意なのは体育。


66: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/01(日) 01:10:04.09 ID:HgY52dfyo


私と比べると文系科目が出来なくて、理系科目が出来る。



最近は料理を始めたらしい。



龍門渕さんの執事さんが先生で、ある縁でタコス作りを教わってからだいたい週1で料理を教えてもらっているそうだ。



何度か食べさせてもらったことがあるけど、結構おいしくて、宮永家の家事を受け持っている私としてはもやもやとした危機感を抱いている。


67: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/01(日) 01:10:45.03 ID:HgY52dfyo

ちなみに、麻雀は高校から。


初心者で、どういう縁かは知らないけれど、何故か麻雀部に入っていた。


あんな離れにある場所だから、興味が無ければ辿りつけないと思うのだけど。


女子だらけで平気なのかなと思わないでもないけど、本人は特に居心地が悪そうということはなく、かと言って浮かれた様子もない。


そういえば、中学校の頃から女子だらけの中でもあまり気にしていなかったな。

68: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/01(日) 01:12:23.13 ID:HgY52dfyo


部長からはなんというか、肉体的に頼りにされている。

唯一の男子部員だから、仕方ないかも。本人も普通に請け負っているし。


染谷先輩からは時折からかわれながらも、普通に信頼し、信頼されている感じだ。よく気にかけられてもいる。

お手本のような先輩後輩の関係、かな。


優希ちゃんは犬、犬と言いながらよく京ちゃんをかまっている。かまっているという言い方は京ちゃんが聞けば嫌がるだろうけど。

なんというか、悪友というのはこういうものなのかな、という仲の良さ。


和ちゃんは、なんというか……部の仲間、って感じ。

こう、別に悪いことでもないのに歯切れが悪いのは、京ちゃんが和ちゃんのことを好いているみたいだから。

対して和ちゃんの京ちゃんに対する接し方は極めて自然で、なんの含意もなく、普通に部員としてのものなのだ。

京ちゃんには残念だけれど、和ちゃんにはそうした気持ちは一切ないだろう。

69: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/01(日) 01:13:45.69 ID:HgY52dfyo





以上が、清澄高校麻雀部唯一の男子部員の簡単な説明だ。


半年にも満たない期間ではあるけれど、彼は確かに存在して、皆と絆を紡いできた。




70: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/01(日) 01:15:42.78 ID:HgY52dfyo



その彼が、京ちゃんが。





まるで居ないものを語るかのように、同じ麻雀部員の仲間から名を呼ばれている。





物珍しそうに、聞き覚えがまるでないように。








71: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/01(日) 01:19:22.83 ID:HgY52dfyo







「……」


自分の部屋の天井をじっと見つめる。

何度も何かを考えようとして、そのたびに何も考えられないことに気がついて、ただただ天井を見つめる。

胸元で意味もなく合わせた両の指先が絡まり、離れ、押し付けあう。



ぷかりと、ふと気がついたように、一つ感情が浮かぶ。



今日は、悪いことをしてしまったな。



72: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/01(日) 01:26:36.43 ID:HgY52dfyo

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「どうじゃ?咲。落ち着いたか?」

「……はい、すみませんでした」


騒がしさから離れた空き教室。

今日の、祝勝会の準備の為に開けてもらっていたらしいそこに、私は染谷先輩と向き合って座っていた。

染谷先輩の横には、心配そうな顔をした和ちゃんと優希ちゃんが私の顔を覗き込んでいる。

部長は会場で先ほどの私の奇行を執り成してくれているらしい。

73: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/01(日) 01:27:29.02 ID:HgY52dfyo


そう、奇行。


染谷先輩と、和ちゃんの言葉を聞いて、私は少しパニックになってしまった。

麻雀部の部員だけでなく、周囲で見ていた皆に、京ちゃんのことを知っているかと聞いて回る。

その様子が、自分でも分かるくらい必死過ぎて、誰も彼もを困惑させた。


そこには自分のクラスメイトが居て、知ってる人と知らない人が居て、京ちゃんと仲の良い友達が居て──

79: ガチ寝落ちしてその後余裕なくてPC触れなかったし!ゴメンだし! ちょい急ぎ投稿なんでミスあるかも 2015/11/04(水) 11:59:45.44 ID:hlpsUJTTo


「……」


部長の計らいはありがたい。

あのままだと、もしかしたら夏休みが明けたらクラスから浮いてしまっていたかもしれない。

そう冷静に部長に感謝を抱く自分は頭の隅の方に確かにいる。


                     ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
しかし、冷静になってなおそれどころではない衝撃が今も頭を揺らしている。



何故。

どうして。

疑問ばかりが頭のなかをぐるぐる廻る。


80: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:00:35.84 ID:hlpsUJTTo


生徒、先生、商店街の人たち。

その誰一人として、京ちゃんのことを知っている人は居なかった。



麻雀部の1年生4人で買いに行ったコロッケ屋のおばさんも、一緒に食べに行ったラーメン屋のおじさんも。

京ちゃんのクラスを受け持っている先生も、何度か部長命令で一緒に手伝いに行ったことのある生徒議会の人たちも、一緒に馬鹿みたいなことをやっていた友達も。



誰一人として。


81: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:02:20.32 ID:hlpsUJTTo


「……本当に、知らないんですよね──」


絞りだすようにして発した言葉は、かすれていた。


「──京ちゃんのこと」


私の言葉に、和ちゃんは私をじっと見て、優希ちゃんは俯く。

染谷先輩は一瞬顔を背けて、私の目を見て、躊躇うように言う。


「……ああ、知らん」


そこには、私に悟られまいとしているけれど、隠し切れない困惑があった。

82: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:04:17.69 ID:hlpsUJTTo


染谷先輩だけではない。

和ちゃんは私を心配したように見つめている。

優希ちゃんも、先ほどのはしゃぎ様が嘘のように、俯いて時折私の様子を上目遣いに伺っている。




皆、私と同じだった。


私と同じように、異常性を感じている。





私は、皆に。




皆は、私に。



83: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:05:31.02 ID:hlpsUJTTo


根本の部分が異なってしまっているような。

一人の人間の存在を通じて、まるで世界が隔てられているような。





そして、先ほど。

分かってしまった。









私は、ただ一人異物だった。



84: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:06:47.30 ID:hlpsUJTTo


「須賀、京太郎、か」


染谷先輩が呟く。

それは、まさに初めて聞いた言葉の語感を確かめるようで、お腹の奥がきゅうとなる。


「……咲さん」


和ちゃんが、落ち着いた声で言う。


「咲さんは、その、本当に……」


和ちゃんの言葉が詰まる。

それでも、聞きたいことは分かる。


分かるけれど、答えたくなかった。


場が沈黙する。

85: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:07:48.48 ID:hlpsUJTTo


コンコンコン、とノックがされたのはその時だ。


「どう? 咲の様子は」


少し空いたドアの隙間から、部長が顔をひょこりと覗かせる。

そして場の空気に気づいたのか、肩を竦めた。


「まあ、こうだろうとは思ったけど」


教室へと足を踏み入れ、染谷先輩の横に立つ。

86: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:08:52.44 ID:hlpsUJTTo


「主役は抜けちゃったけど、祝勝会は続けてもらってるわ。せっかく準備してもらったしね」


ああ、そうだった。

せっかく準備してもらったのに。


冷静な部分が思う。

思うけれど、冷静でない部分はそんなこと、と思ってしまう。


手のひらが痛いことに気がついて、手を開く。

くっきりと爪の跡がついていた。


87: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:11:26.11 ID:hlpsUJTTo


と、その開いた手にペラリと一枚の紙が差し出される。

顔を上げる。


「見たほうが早いと思って」


部長がひらひらと紙を揺らす。

紙を受け取って、それが何かすぐに気づく。



『麻雀部員一覧』



注意書きを見るに、生徒議会が管理している部活動のメンバー表らしい。





そこにある名前は───



88: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:17:11.38 ID:hlpsUJTTo






   3年
   ・竹井久
   2年
   ・染谷まこ
   1年
               
   ・原村和
   ・片岡優希
   ・宮永咲





89: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:18:35.16 ID:hlpsUJTTo




分かっていた。

分かっていたけれど、実際に目にして、紙を持つ手が震えた。



「──須賀京太郎という部員は、いない」



部長の言葉は静かだ。




「そして、私──私たちは、須賀京太郎という子を知らない」


90: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:19:07.72 ID:hlpsUJTTo


私は、手で顔を覆う。


「……なんで──」


手のひらを、目に押し付ける。

それでこの夢が覚めるのではないか。

夢ならば、覚めてくれないだろうか。




夢であってはくれないだろうか。


91: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:20:20.79 ID:hlpsUJTTo


ぽんと、肩に何かが乗っかる。

その後、部長の声がした。


「……ごめんなさいね、もしかしたら酷なことをしたのかもしれない」

「でも、ここははっきりとさせたほうが良いと思ったの。……きっと、咲のためにも」


私は、顔を上げられない。

声は聞こえているけれど、反応をする器官が麻痺したようだった。

そんな私を気にしてなのか気にせずなのか、部長は私の肩から手を離す。

92: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:21:06.11 ID:hlpsUJTTo


「今日のところは帰りなさい、話し合うにしてもちょっと日が悪いし。疲れているにも関わらず来てもらってありがとうね」


耳の先で部長の声が聞こえた。

続けて和ちゃんと優希ちゃんにも声をかける。


「和と優希は咲を送ってあげてくれないかしら。その後戻ってくるにしろ帰るにしろ、連絡を頂戴。まこはこっちを手伝って」


こんな時でも、部長は部長らしい。

いや、こんな時だからこそだろうか。


和ちゃんと優希ちゃん支えられるようにして立ち上がりながら、ぼんやりとそう思った。


93: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:22:02.55 ID:hlpsUJTTo




優希ちゃんと和ちゃんに付き添われ、家に着き、二人の心配を背に受けながら家に入る。


部屋に入り、入り口にかばんを落として、低い丸テーブル前の座布団にぼふりと腰を落とす。


丸テーブルに残る黒いシミを理由もなく指先で擦る。



94: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:27:11.08 ID:hlpsUJTTo


この机は冬にはこたつにもなる優れものだ。

ただ、ギリギリ2人用といったところなので、もう一人体の大きい人が入ると机の下はぎゅうぎゅうになる。


冬に京ちゃんが来るとそれはもう激しい戦いが、用語の意味ではなく文字通りの机下で繰り広げられたものだ。

足が乗っかり乗っかられ、絡まり、色んな所を蹴り合って、たまに変なプロレス技をかけられる。

二人が──というより私が──疲れてきたり、机の上で何かを食べたりするときには、大体は真ん中で区切ったり、京ちゃんの足の上に私の足を乗せることで落ち着くけれど。


95: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:27:56.41 ID:hlpsUJTTo



指先で擦るシミを見る。

これはなんのシミだったか。

鍋をつついた時に出来たものだっけ。いや、クリスマス祝いとか言ってケーキを食べたときだったかもしれない。



そのまま体を倒して、ごろりと寝転ぶ。

天井が見えて、何かを考えようとして。


96: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:30:03.06 ID:hlpsUJTTo

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何も考えられずに、今に至る。



そうだ、と思った。

せっかく準備してもらった祝勝会を抜けてきたのだった。

それどころか一時的に中断させるようなことまでして、部活の皆を巻き込んでしまった。





部活の皆を。





一人居ないはずの、皆。

そう思っているのは私だけ。

97: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:31:21.43 ID:hlpsUJTTo


今日の会話を思い返す。

他人事のように改めてみると、まるで似ている別の世界に迷い込んでしまった物語の会話みたいだ。



──もしかして、本当に別世界に迷い込んだのかも。



そんなオカルトじゃないんですから、と親友の声を幻聴する。



くすりと笑う。

これは余裕が出てきたのだろうか、それとも現実逃避をしているだけだろうか。


98: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:33:50.01 ID:hlpsUJTTo


首を反らして、飾ってあるカピパラのぬいぐるみを見る。



───ねえ、まだやるの?

───もうちょっとなんだって。

───あ。

───おっしゃ! ほら、カピそっくりだろこれ!

───可愛いけどさー……買ったほうが安かったんじゃないのかなー。

───ばかやろー、自分の手で取るのが良いんじゃねーか。ほれ。

───? なに?

───ウチにはカピがいるからな。これは咲にやる。

───……なんの為に取ったのさ。





────でもまあ、ありがとう。京ちゃん。


99: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:35:16.59 ID:hlpsUJTTo


そうだ。

彼が居ないなんてありえない。

だったら、ここにあるぬいぐるみはなんなのだろう。

あの時、少ないお小遣いをかけてとって私にくれたぬいぐるみは、たしかにそこにある。

確かに、そこにあるんだ。





目を閉じる。


100: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:35:52.02 ID:hlpsUJTTo



昨日は、確かに京ちゃんが居た。


そこには部長も染谷先輩も、和ちゃんも優希ちゃんも居て、皆で話しながら帰った。


京ちゃんは私の荷物を持っていて、駅に着いて、私を家に送った。


そして京ちゃんは───


101: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:36:35.37 ID:hlpsUJTTo


バッと跳ね起きようとして、勢いが足りなくて後頭部をしたたかに打ちつけ、少し悶絶する。

そして、床に手を付きながら身を起こす。




そうだ、なんで思いつかなかったのだろう。



制服のママ、部屋を飛び出して、靴を履いて家を出る。

102: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:37:44.69 ID:hlpsUJTTo


先輩たちの会話で、まるで京ちゃんがいなくなったように錯覚していた。

そもそも、それもおかしな話だけれど、それでもこれは大きな勘違いだ。



駆けて、すぐそこにも関わらず息が上がりながら辿り着いたのは、ある一軒家の前。

外はもう夕方で、夕焼け色に辺りが染まっている。

朱色に染まったポストの上に掛けられた表札の名前は──須賀。


103: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:38:42.90 ID:hlpsUJTTo


最初から、悩むよりも先に、こうすればよかったのだ。

何が起きているのかは分からない。

でも、だからこそ話すべきだった。




話そう。


話して、一緒に考えてもらうんだ。


104: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/04(水) 12:39:28.88 ID:hlpsUJTTo


インターホンを押す。

聞こえてきた声に、私は声を張り上げる。




「あの、京ちゃんいますか!」





京ちゃん──須賀京太郎、本人に。


126: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/29(日) 23:58:10.01 ID:ZFRLUvawo






「あら、咲ちゃん?」





インターホンから発されるのは、聞き慣れた優しげな女性の声。

しかしそのゆったりとした応答が今はもどかしい。


「あのっ」

「今丁度暇してたのよ、どうぞ上がっていって」


私の声を聴く前に、パタパタと足音が聞こえてくる。



127: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/30(月) 00:00:19.24 ID:6LOow//vo



ああ、もう。



こういう人なのだ。

インターホンも切らずに遠ざかる足音を聞きながら、諦めてドアが開くのを待つ。




ガチャリと、ドアが開く。

その向こうから顔を出したのは、若く綺麗な女性。


「いらっしゃい。なんだか久しぶりね、高校生になってからあまりウチに来ることが無かったから」


綺麗なセミロングの金髪と肩に掛けたカーディガンを揺らして、微笑む。


「インターハイに行く前に会ってるじゃないですか」

「あの時は挨拶だけだったもの」




彼女は、京ちゃんのお母さん──須賀京香さん。






小さい頃から私やお姉ちゃんのことを知る、近所のお姉さんだ。


128: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/30(月) 00:01:55.26 ID:6LOow//vo


「ちょうど今朝にマカロンを焼いたの、ココナツの。今も好きかしら」


ココナツのマカロンは昔から好きだ。

京香さんの作る、間にクリームを挟んだ方も美味しいのだけど、私はあのカリッとした方が好きだった。


でも、来たのはそのためじゃない。


129: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/30(月) 00:03:50.25 ID:6LOow//vo



「あの、京ちゃん居ますか?」




そう、わたしはその為に来たんだ。





京ちゃんに、今起きていることを話さなければいけない。


なんで今日来なかったのか、今の状況を知っているのか。



130: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/30(月) 00:04:49.32 ID:6LOow//vo




先生が、クラスメイトが。



部長が、染谷先輩が、優希ちゃんが、和ちゃんが。



誰も、京ちゃんのことを覚えていないということを。




131: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/30(月) 00:06:06.51 ID:6LOow//vo



もしかして。


京ちゃんが、私のことを知らなかったらどうしよう。


京ちゃんまでが、私を一人異端者にするかもしれない。





須賀京太郎を、皆が知らないように。



皆を、私を須賀京太郎が知らなかったら。


132: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/30(月) 00:07:10.97 ID:6LOow//vo





そうだったら。そうだとしても。




不安だったけれど、京ちゃんに会って確かめないといけない。




133: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/30(月) 00:10:19.73 ID:6LOow//vo








───





───……。







……………… 私は、そんな。



134: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/30(月) 00:13:50.07 ID:6LOow//vo









       ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
そんな、他愛のないことを考えた。





135: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/30(月) 00:15:05.52 ID:6LOow//vo




考えて、考えて、考えなければ。




私は、考えていなければ。






考えていなければ、考えてしまうから。



136: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/30(月) 00:18:23.91 ID:6LOow//vo




  ・ ・ ・ ・ ・ ・
 考えてしまう。




 だって、見えてしまったから。








京ちゃんと言ったときの。


京ちゃんと、私が言った時の。


京香さんの顔が。









まるで。



137: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/30(月) 00:20:52.77 ID:6LOow//vo




「京ちゃん?」



まるで───



「どなたかしら。私のことではないのよね、私も昔は京ちゃんと呼ばれていたけど」



私は───





「……っぁ、はぁ、ぁ」



頭の中が、冷たくなる感覚。


同時に熱が頭の後ろの方に集まる。


息が吐き出せなくなった。




呼吸ってどうやるんだっけ。


138: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/30(月) 00:21:47.47 ID:6LOow//vo




「咲ちゃん?」



私は、目を押しつぶすように手のひらを押し付ける。

その場に座り込んで、ただただ。







嗚咽を閉じ込めることしか出来なかった。



139:  流石に眠すぎる……予定途中だけど寝ます 2015/11/30(月) 00:27:15.44 ID:6LOow//vo






───本当は、そうなのではないかと予感はあった。


───その予感を、直視したくなかった。


───京ちゃんの居ない世界なのではないか。


───だから、そのことを考えないようにして、希望だけを残してここに来た。








───希望だけを。




152: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 14:23:19.24 ID:LB6iXSW9o




「落ち着いた?」



突然泣き出した私を支え、京香さんは時折バランスを崩しながらもリビングへと導いた。

京香さんは体が丈夫ではなく、私よりも力がない。



それでも、気遣いの一つ一つが丁寧で、献身的だった。



目の前のテーブルに置かれた、ホットミルクを眺める。

ミルクパンでゆったりと暖められたそれは、僅かなはちみつの香りを漂わせている。


「……うん、ありがとうございます」


まぶたは、まだ熱い。

153: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 14:24:33.69 ID:LB6iXSW9o

京香さんが、私をじっと見る。

そしてどこかのんびりと、自分のカップに入れたホットミルクに口をつける。

そうしたしぐさは、自分のためというよりも、私を安心させるためのもののように思えた。

ほう、と暖かなため息をついて、言う。


「きっかけは、きっと、私の反応なのでしょうね」


154: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 14:26:54.42 ID:LB6iXSW9o

呟くような、穏やかな声。

京香さんは、人の反応に鋭い。


「……聞かせてもらっても良いかしら、『きょうちゃん』のこと」



大丈夫、落ち着いている。



「覚えて、いないんですね」

「覚えて?」



「京ちゃんは──須賀京太郎は。子供です」



「京香さんと、龍太郎さんの」



155: 用事が……誰か代行(ry   夜再開できるかな 2015/12/06(日) 14:29:40.44 ID:LB6iXSW9o


その言葉を聞いて、京香さんは目をゆっくりと見開く。

そして僅かに顔を伏せ、表情は困惑、そして悲しみへと変わりゆく。



口を開こうとして躊躇い、息を静かに吐いた。

その呼気には、少なくない痛みを感じた。

161: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:23:35.36 ID:LB6iXSW9o


てちてち、と床が鳴る。

見ると、京香さんの足元に毛むくじゃらなかたまりがふんふんと鼻を寄せていた。

カピバラのカピだ。


京香さんはカピを撫でて、表情を和らげた。

カピは京香さんの足の間へと潜り込み、身を落ち着ける。

京香さんが、静かな表情で私を見た。


162: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:24:25.63 ID:LB6iXSW9o



「咲ちゃんも、知っているでしょう?」


彼女は言う。





「私は、子供を産めないの」





163: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:25:25.59 ID:LB6iXSW9o




「体が出産に耐えられない。そして、この体の弱さは遺伝する可能性が高いと言われている」


「生まないではなく、産めない」


「……、咲ちゃんも、知ってるでしょう?」



164: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:29:13.55 ID:LB6iXSW9o






         


                                            







165: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:30:10.85 ID:LB6iXSW9o




「───」



私は11桁の番号を言う。

京香さんは一瞬虚を衝かれた顔をするが、すぐにそれが何か気づいたらしい。


少しだけ逡巡した後、どうぞ、というように私の後ろを手のひらで示す。

その指先は迷いを示すように僅かに曲がっている。

166: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:30:54.36 ID:LB6iXSW9o


私はソファーから立ち上がって、一瞬ふらついて、駆け出す。

壁際に置いてある電話に手を延ばし、受話器を持ち上げる。


167: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:32:17.08 ID:LB6iXSW9o


私は携帯電話を持っていない。

でも、だからこそ、よく掛ける電話番号は覚えている。

自分の家、お父さんの携帯電話、和ちゃんの携帯電話、優希ちゃんの携帯電話。

そして、




───番号を押す。





京ちゃんの携帯電話の番号だって。

間違えるはずがない。指先が覚えている。


168: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:33:26.99 ID:LB6iXSW9o





───♪~







ガタガタガタ、という音と、アップテンポなメロディーが聞こえた。



すぐ、真横から。


169: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:34:26.36 ID:LB6iXSW9o


電話機の横に、影に隠れるようにして、見覚えのある携帯電話が震えている。



「……咲ちゃんが言った電話番号は、その携帯電話の番号」


京香さんの声は、遠くてそれほど大きな声ではないのに、よく聞こえた。


「使ってない携帯電話だから、なんで咲ちゃんが番号を知ってるのか分からないけれど──」


170: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:35:32.75 ID:LB6iXSW9o



「──居ないのよ。少なくとも、ここには。咲ちゃんの探す、『きょうちゃん』という人は」



大丈夫。

大丈夫。

私は落ち着いている。


大丈夫、私は落ち着いている。

京香さんが悪いのではない。

この世界からすると、私がおかしいのだから。






だから──







───お願い、落ち着いて。


171: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:37:26.23 ID:LB6iXSW9o



「──あの、フラワーアレンジメント」

「?」



「焼き物で出来た掛け時計、太陽発電のラジオ、手彫りの写真立て」




「──その、肩に掛けているカーディガンも」



「全部……全部っ」





───ああ、駄目だ。もう無理だよ。


───聞きたく無かった。


───京香さんの、京ちゃんを他人のように呼ぶ声なんて。


172: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:38:53.52 ID:LB6iXSW9o







「京ちゃんが……京ちゃんのなのに」







173: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:39:53.84 ID:LB6iXSW9o




───フラワーアレンジメントは、母の日のプレゼントだと一緒に作った。



───焼き物の時計は自然公園の手作りコーナーで。



───ソーラーラジオは、中学校の選択授業で上手く作れたのだと自慢気だった。



───手彫りの写真立ては、結婚記念日のプレゼント。



───カーディガンは、誕生日プレゼントで一緒に探した。




174: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:40:21.91 ID:LB6iXSW9o






「なんで、忘れてるんですか?」






175: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:41:09.33 ID:LB6iXSW9o


電話を置く。

写真立てにふらふらと近づく。


「なんで、覚えていないんですか?」


手彫りの写真立てには、今よりも若い京香さんと龍太郎さんが手を組んではにかんでいる。

その写真立ての隣の、シックな木目調の、もう一つの写真立てを手に取る。


176: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:42:49.23 ID:LB6iXSW9o




「なんで───」










「───なんで、この写真には、京ちゃんが写ってないの?」



177: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:44:02.43 ID:LB6iXSW9o



そこには、どこか自然にあふれた緑色の風景と、綺麗な湖。


そして、今とほとんど変わらない京香さんと龍太郎さんの二人だけが、やさしい笑みをたたえている。






───去年の夏の家族旅行、3人で撮ってもらったはずの、家族写真の中で。



178: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:45:38.09 ID:LB6iXSW9o



ばたり、と扉の閉まる音で、意識が戻る。

あれ、いつの間に自分の部屋に戻ってきたのだろう。



何か忘れ物をしているような気がするけれど、思いつかない。思い出せない。



179: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:46:54.41 ID:LB6iXSW9o



ふらりと、本棚へと近づく。


アルバムを探して、手に取る。

その重みは、お腹の方に響いた。


そして、座りもせずにページを捲る。

焦燥感で、手が震える。





──体の奥のほうが冷たい。





手が止まる。

カリカリと、爪先が紙をひっかく。




最後のページ。


閉じる。


180: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:48:30.80 ID:LB6iXSW9o


中学時代の写真は多くない。

その多くないほとんどに、一緒に写っていたはずなのに。


居なかった。

何処にも。

写真にすら。







京ちゃんの姿が。




181: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:49:16.57 ID:LB6iXSW9o


アルバムを抱えて丸くなる。

ぎゅうと抱きしめていると、わずかに落ち着く気がした。






抱きしめる。





ぎゅうと、抱きしめる。




182: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:50:22.82 ID:LB6iXSW9o





遠くで名前を呼ばれている気がして、目を開いた。

気がつけば電気をつけていない部屋は真っ暗で、今は何時なのだろう、とぼんやり思う。


咲、電話だぞー。


お父さんの声だ。

ふらふらと、立ち上がる。


ゴトリと音を立ててアルバムが床に落ちた。

183: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:52:10.45 ID:LB6iXSW9o


電話のそばに行くと、お父さんが受話器を揺らしていた。

私を見て笑う。


「なんだ、寝てたのか? 凄いことになってんぞ」




あまり長くなるなよ?


渡された受話器を耳に当てる。

電子音が聞いたことのあるメロディーを奏でている。

フックを押して、保留を解除する。


聞こえてきたのは部長の声だった。


明日来れる?




断ろうとして、でも口からでた答えは違った。


184: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/06(日) 20:53:10.28 ID:LB6iXSW9o




ベッドへと這い登る。

手を伸ばして、引っ張りだしたものに腕を回しながら、横になる。

カピバラのぬいぐるみを抱きしめて、目を閉じる。



明日には、何かが変わってるかもしれない。










そんな淡い期待に、全思考を預けながら。



195: ちょっと書きながら投下してみる 2015/12/25(金) 23:59:28.08 ID:EgRF+ZNRo





「まあ、なんの為に集まってもらったのかは、あえて説明する必要もないでしょう」




部長が言う。

背の高いカウンターチェアに斜めに腰掛けて、足を組んだ格好は部長によく似合っていた。



196: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/26(土) 00:03:59.83 ID:j1NV0rNZo


私達が今いるのは、部室ではない。

麻雀喫茶『roof-top』。

染谷先輩の実家で、何故か出前のカツ丼が評判の雀荘だ。


197: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/26(土) 00:09:55.41 ID:j1NV0rNZo

部長はカウンター席に腰掛けて、優希ちゃんと和ちゃんは私と同じテーブルの席に座っている。染谷先輩は立ったまままだ。

今は開店前で、他にお客さんの姿はない。


「……」


私はただぼんやりと、机の上に置かれたお冷のグラスを見つめている。

これから始まるだろう議論に、弁論を用意する気力もなかった。

まるで魔女裁判のようになるだろう。

物語の中でしか知らない悲劇の描写を引き合いに出してみる。

それでも、悲壮感の欠片すら感じない。

只々、胸の内に空白を感じるだけだ。


198: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/26(土) 00:22:36.93 ID:j1NV0rNZo


今朝、起きて、アルバムを開いた。

手は震えていたけれど、その時は確かに、わずかにでも希望があった。

あったと、信じたい。



しかし、開いて、そこにあるものを見た時。

浮かんだのは「やっぱり」という言葉だった。

淡い希望は打ち砕かれて、昨日から今日は何も変わらない。


199: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/26(土) 00:38:03.13 ID:j1NV0rNZo


今日ここに来たのは、単に「約束したのだから行かなければ」という観念があっただけだった。

期待も希望も、特にあったわけではない。

断りの電話を入れるには、時間が迫りすぎていたということもある。

悪く言えば、私は惰性で今ここに座っていた。


200: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/26(土) 00:39:21.40 ID:j1NV0rNZo



そんな私の内情を知ってか知らずか──きっと知らないだろう──部長は脚組みを解き、私をすっと見る。



「咲。答え難いことは答えなくていい、と言いたいところだけど、場合が場合だしね。出来る限り、詳しく聞かせて欲しいかな」



始まった。

ぼんやりと、そう思った。


201: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/26(土) 00:40:17.53 ID:j1NV0rNZo


いったい何をするのだろう。

尋問みたいなことをされるのだろうか。

みたいなことを、と言っても実際にはどのようなものかは知らないのだけど。

それとも、私が言ったことを、端から端まで理論建てて否定していくのだろうか。

京ちゃんの存在を主張している私が、どれだけ間違っているのか、それをきっと教えてくれるのだ。

いや、もしかしたら私自身の何もかもを否定されるのかもしれない。

私はきっと、この世界でただ一人オカシイ人間なのだから、何から何まで否定されても可笑しくは無い。


202: 駄目だ限界なので寝る。年内にこの部分だけでも終わらせたいけど休みないからなぁ 2015/12/26(土) 00:42:52.90 ID:j1NV0rNZo



「じゃあまずは……そうね、コレをはっきりさせておくべきね」








「咲にとって、京ちゃんってどういう存在だったの?」


215: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/07(木) 23:51:51.38 ID:ZsOYZilUo



部長が京ちゃんと呼んでいる。

不思議な感覚。



それにしても。

なんだか、普通の質問だ。

好奇心を滲ませた瞳を向けてくる部長を、無感動に見る。


皆も私をじっと見ていて、私の答えを待っている。

私にとっての京ちゃんって、なんだろう。

ぼんやりと考えて、言葉にしてみる。





「……京ちゃんは、……家族、みたいな感じでした」


216: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/07(木) 23:53:03.24 ID:ZsOYZilUo



反応はない。

その眼差しは真剣だったり、楽しそうだったりと違いはあるけど、一様に言葉の続きを促している。



私は話す。


「中学生のときからの付き合いで、私が困っているときには、いつも助けてくれました」



217: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/07(木) 23:58:54.78 ID:ZsOYZilUo



京ちゃんにはからかわれることも多いけど、助けてほしいと思ったときにはいつも助けてくれた。


迷子になれば見つけてくれたし、寂しい時にはそばに居てくれた。


中学からの付き合いで、男の子なのに、いつの間にか一番一緒にいる時間が長くなっていた。


喧嘩は……どうだろう。


今思えば、何かあった時には私が一方的に怒っていただけの気がする。


恋愛感情は、正直よくわからない。


ハンドボールをやってた時とかは、正直カッコ良いと思ったこともあるけれど。



218: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/08(金) 00:03:56.94 ID:NbROBsPlo


「えー、じゃあ恋人じゃないのね」


部長が大げさにがっかりとしたように言う。


「キスとかもしたことないの?」

「ありませんよ、そんな……」

「手を繋いだりとかは?」

「えぇと、お正月とかの人が凄かったときには、少し」


流れで答えて、なんでこんなことを答えているのだろう、と意識が僅かにはっきりする。

顔が熱くなってきた。


「じゃあ、裸を見ちゃったり見ら」

「悪乗りしすぎじゃ」


ぱこ、と丸まったメニューが部長の額に当たり音を立てる。

渋谷先輩に叩かれて、あう、と部長がのけぞった。


219: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/08(金) 00:11:41.26 ID:NbROBsPlo


「でも、彼氏じゃなかったって分かって少し安心したじぇ」


優希ちゃんが、ズズズとオレンジジュースをストローで啜る。


「咲ちゃんに彼氏が居るって知ったら、ちょっと咲ちゃんのイメージを改めなきゃいけないとこだったじぇ」

「そうじゃのう、後輩に先を越されてたかと少し心配に思うたわ」

「あら、まこはそういうの興味あるの?」

「そりゃまあ、華の女子高校生じゃしの」

「でも、ずっと仲の良い男の子が居るっていうのは少し羨ましいですね」

「和がそう言うのは意外ね」

「のどちゃんは意外と乙女なのだ」

「意外とってどういう意味ですか」


220: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/08(金) 00:17:10.42 ID:NbROBsPlo


わいわいと、皆が喋り出す。

あまりの空気の違いに、呆気にとられていると、部長が私に言う。


「麻雀部ではどうだったの?」

「どう、というのは」

「男の子一人でしょ? 色々大変そうじゃない?」

「そうじゃのう、ちょっと想像できんな」

「京ちゃんはそういうの気にしてませんでしたよ、というより部内では誰も男子女子を気にしてなかったような……」

「男女のあーんなことやこんなことは?」

「なかったですよ……」

「えー、こーんな可愛い女の子に囲まれたハーレムなのに何にもなし?」

「自分で言うか」


もちろんまこも含まれてるわよ、と妙に自慢気な顔で部長が言う。

渋谷先輩ははいはい、と生返事。


223: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/08(金) 00:24:47.15 ID:NbROBsPlo


「しかし唯一の男手じゃ。久がコキ使ったりしとったんじゃありゃーせんか?」

「いえ、まあ……」


やっぱりのう、と染谷先輩は部長をじろりと見る。

部長は神妙な顔をして頷く。


「その私はきっと、私の偽物ね。だって私には覚えがないもの」

「あんたなぁ……」


呆れた顔で染谷先輩はため息をつく。

不思議だった。

酷い言い分なはずなのに、昨日と同じ『覚えてない』のはずなのに、心はざわめかない。


「でも、京ちゃんも率先してそういうことをしてましたから」


実際、京ちゃんは人に頼られることが性に合っていたみたいだった。

文句を言ったり渋ったりしながらも、人のために何かをすることが多くて、本人は母さんのせいだな、と笑っていた。

京香さんはああ見えて、家事以外はけっこうな、その……ポンコツ、だったりする。


224: >>221 全然気づかんかった……ワハハの読み間違い並に直したい……各自修正してくれい…… 2016/01/08(金) 00:37:37.46 ID:NbROBsPlo


「麻雀は強かったんですか?」

「ううん、高校から始めたって言ってたし、普通の初心者だったよ」

「ありゃ、意外じゃの」

「私も咲ちゃんの昔なじみって聞いて強そうなイメージだったじぇ」

「……ちゃんと、教えてあげたりしてたのかしら」


部長が少し声量を落とす。

この点は、流石に心配になったらしい。


「最近はインターハイとかもありましたし、ちょっと放置でしたけど……」

「そう……」

「でも、本人はそんなに気にしてませんでしたね」

「? やる気が無かったとかか?」

「やる気がなかったとはちょっと違うかな」


優希ちゃんの言葉に、少し考える。


「部活は真面目にやってたし、でも、何だろ……競技としての麻雀には重きを置いてなかった、のかな」


負ければ悔しがっていたし、ネット麻雀で勉強したりもしてたけど、なんというかそこを重要視していなかった気がする。


「目当ての子でも居たのかしら」

「あはは……」


否定出来ないので、曖昧に笑う。


「まあ、空いた時間に教えたりしてましたよ。そもそも打てるようになるまで教えてもらったのが麻雀部だったそうですし」

「そう」


私の言葉で、部長も少しは安心したみたいだ。



225: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/08(金) 01:00:01.73 ID:NbROBsPlo


「なーなー咲ちゃん、そのきょーちゃんは1年だったんだろ? 私はどうだったんだ?」

「優希ちゃんとは仲が良かったよ、いつもじゃれてるみたいで」

「そうですよね、私達とは同級生だったんですよね。私はどんな感じだったんでしょうか」

「和ちゃんは……普通?だったかな」


京ちゃんが好意を抱いていた、というのは言わないほうが良いだろう、多分。


「普通……ですか」


和ちゃんは少し複雑そうな表情。

ごめん和ちゃん、でも和ちゃんは本当に普通に接してたし……。


「私は私は?」

「部長は……姉御と舎弟?」

「えー」

「ちなみにわしは?」

「染谷先輩は良い先輩後輩でしたよ」


なんかまこだけ扱い良くない?と言う部長に、再び染谷先輩が呆れた顔をしてワイワイと盛り上がる。


226: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/08(金) 01:08:00.94 ID:NbROBsPlo


「じゃあねえ、次は──」



「……あの、これは何なんでしょうか」



「?」

「だって、私は話を聞きたいって言われてきたんですよ?」

「だから、話を聞いてるんじゃない」

「そうじゃなくて……」


あまりにも、空気が違いすぎた。


昨日はまるで、得体のしれないものの話をしていたようだったのに。



227: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/08(金) 01:09:14.28 ID:NbROBsPlo



「……昨日ね、皆で話したのよ」

「話した?」

「咲が帰った後にね」


部長が静かな笑顔で言う。


「咲が、なんであんなことを言い出したのかって」


228: 中途半端だけどここまでで 2016/01/08(金) 01:14:35.36 ID:NbROBsPlo



「同じ学校にもう一人生徒が居た。麻雀部に、もう一人の部員が居た。 私に──もう一人後輩が居た」


染谷先輩が続ける。


「正直、突拍子もない話での。記憶に無い人間が、仲間に居たはずと言われたんじゃ。まあ、ちょっと信じがたいのう」

「でも、咲ちゃんが嘘をついてないことくらい、私達にも分かったじぇ」


まんじょーいっちだったじぇ、と言う優希ちゃんの後に、だから、と和ちゃんが続く。


「だから、皆で決めたんです。咲さんの話を聞こうって」





皆が、私をまっすぐに見ている。

皆を見渡して、部長と目があったところで、部長が笑う。



「まあ、そういうことよ」

236: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 19:28:05.63 ID:FpEpUavGo



「正直ね、落ち着いてから、少し後悔したのよ。結論だけを急ぎすぎたんじゃないかって」


部長が恥ずかしげに首に手を当てる。


「何も急ぐことは無いのに、答えだけを突き付けてしまった。咲だって、嘘をついてる訳じゃない、それは分かったはずなのに」

「これは結論ではなくて、結論までの過程こそが大切なことだと気づくのに、少し時間がかかってしまったの」



237: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 19:29:37.20 ID:FpEpUavGo


「ごめんなさい、咲さん」


部長の後を継ぐように、和ちゃんが言う。


「私達は嘘をついていない、それは本当のことです」

「でも、だからといって咲さんが嘘をついていることにして良いはずが無かったんです」





「昨日の今日で、手のひらを返しているように思われるかもしれませんが……力にならせてもらえませんか?」




和ちゃんの言葉に、染谷先輩が頭を掻く。


「ただ、言っとくがのう。その『京ちゃん』の存在を、わしらが信じたわけじゃないことは言うとくぞ」






「わしらが信じとるのは、ただ咲のことだけじゃ」









それは、今の自分にはあまりにも綺麗な言葉だった。


242: 寝落ちってたのよー 2016/01/16(土) 21:28:59.58 ID:FpEpUavGo


「もしかしたら、咲ちゃんだけじゃ分からないことが分かるかもしれないじぇ!」

「昨日も、色々話したのよ? 咲だけ異世界人説は和が全力否定してたけど」

「そんなオカルトありえません。真面目に考えてください」

「真面目なんだけどねえ」



あまりにも、眩しかった。






──私は、諦めてしまったから。





「なんで」

なんで、今更。








私が諦めてしまった後に。



繋ぎ止めようとするの。


243: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 21:29:51.70 ID:FpEpUavGo






「無理ですよ」






244: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 21:31:25.22 ID:FpEpUavGo

「あら、わからないじゃない」

「だって、ぜんぜん違う。私の知っている世界と、この世界は違うことだらけ」

「どこまで同じでどこから違うのかも分からない」



「それこそ、本当に異世界に来たみたいに」



「教えて下さい」

「私は、インターハイに出れたんですか? そもそもいつ麻雀部に入ったんですか?」

「私が麻雀部に入ったきっかけは? 出会ったとき、私は私だった? お姉ちゃんとは仲直り出来たの? 私は、どうして清澄高校に入ったの?」



本当に異世界の住人であれば、良かったのに。

そうすれば、私はただ戻る術を探せば良いだけなのに。



「──教えて、ください」



245: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 21:32:58.65 ID:FpEpUavGo


そんな私に皆は顔を見合わせ、



「咲と会ったのは、わしが一番最後だったかのう。第一印象は本を探してる文学少女って感じじゃったが」

「咲ちゃんは出会った時から咲ちゃんだったじぇ」

「私の時はまた小さい子がいるわねぇって感じだったかしら。その後すぐに凄いの来た!って思ったけど」

「私は……正直、その、最初はちょっと嫌でした。麻雀は好きじゃないって言われたり……」

「のどちゃんも強く当たったりしててお互い様だった気もするじぇ。そーいえば、怒って帰っちゃったとかあったなー」

「それは、その……若気の至りというか……」

「たった半年前じゃろうが」




私に、応える。


246: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 21:37:03.85 ID:FpEpUavGo


「インターハイはまあ、昨日の祝勝会で言わずもがなでしょう」

「おねえさんとは仲直りしたって咲ちゃんが自分で言ってたじぇ」

「挨拶もしたしのう、アレで実は仲直りしてなかったのなら驚きじゃ」



言葉が痛い。

関わるのを止めて欲しくて、皆を遠ざけようとして吐いた言葉が飲み込まれていく。


247: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 21:40:44.50 ID:FpEpUavGo


「咲が麻雀部に入ったのは勧誘期間が過ぎてしばらくしてからだったかのう」

「私が図書館で誘ったのよね。咲が清澄を選んだ理由って聞いたことある?」

「そういえばありませんね」


それでも、やっぱり希望に至らない。

どころか、私の納得を深くする。





諦めるための納得を。


248: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 21:42:08.45 ID:FpEpUavGo




「──やっぱり、無理ですよ」


「聞けば聞くほど、私の知ってる世界なのに」


「ただ、京ちゃんだけが消えている」



執拗に、徹底的に。

まるで、何かの意思が京ちゃんだけを消そうとしているかのように。


249: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 21:43:52.61 ID:FpEpUavGo


「ねえ和ちゃん、優希ちゃん、覚えてないの?」


「私をここに連れてきたのは、京ちゃんだよ?」


「なのに、なんで?」


「部長が私を?」


「私が、知ってる世界でも、図書館で部長に誘われたけど」


「それは、京ちゃんが私を連れてきたからで、だから部長が私を麻雀部に誘ったんだよ?」


「なのに、京ちゃんではなく部長が──」



250: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 21:45:10.81 ID:FpEpUavGo






「──────」





251: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 21:46:00.93 ID:FpEpUavGo




「────部長」


「部長はなんで」






「なんで私を誘ったんですか?」

252: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 22:10:51.90 ID:FpEpUavGo



「……やっぱり、強かったっていうのが一番の理由かしら」

「強かった、から」

「ええ。プラマイゼロを見せられて、夢を見ないなんて方が無理な話でしょう」

「でも、部長」



253: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 22:11:21.99 ID:FpEpUavGo



「どこで、私が強いなんてことを知ったんですか?」

「え?」




254: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 22:15:27.53 ID:FpEpUavGo


「ええと……んん? あ、そうそう、部室で和と優希とゲストが打ってたのを見たのよ」

「さっき言ったでしょう、ゲストに小さい子が居るなって思って、その打ち方に驚いたのよ」

「じゃあ、麻雀部に連れてきたのは部長じゃないんですね?」

「そうね」




「ねえ、和ちゃん優希ちゃん」

「私が、なんで麻雀部に居たか覚えてる?」



「……確か私は咲ちゃんが来たとこを見てないからのどちゃんが答えるじぇ」

「え? ええと……普通に、麻雀を打ちに来たのでは?」


255: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 22:20:56.99 ID:FpEpUavGo






 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「私は麻雀がキライだったのに?」





256: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 22:27:35.29 ID:FpEpUavGo


広い室内が、しんとなる。


「和ちゃん、言ってたよね」


「私が、麻雀好きじゃなかったって」

「それは……」

「間違いじゃないよ、和ちゃんには控えめに言ったけど、私はあの時確かに麻雀がキライだったから」



             ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「でも、じゃあ、なんで私は麻雀部で麻雀を打っていたの?」


257: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 22:29:15.64 ID:FpEpUavGo


「……待ってください、ちょっと、待って……」

「和か、優希が誘うたんじゃないんか?」

「私も、のどちゃんもあの時が初顔合わせだった……はずだじょ」

「え、ちょっと待って、和も優希も覚えてないの?」

「部長」


258: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 22:31:44.24 ID:FpEpUavGo


「部長はさっき、私が打っていたのを見たと言ってましたよね」


「和ちゃんと、優希ちゃんと、私と──あと一人は?」

「あと一人……ゲストの子じゃあ」

「何年生か、どんな子だったか。覚えてますか?」

「あれ、えーと、ちょっと待って。ええと……え? あれ?」


259: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 22:35:39.64 ID:FpEpUavGo


「……どういうことじゃ」


染谷先輩が、呆然と呟く。


「誰も……誰も、覚えてないんか?」


「……ぁああ」

「咲!? どうした、大丈夫か!?」


260: 以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/16(土) 22:37:48.16 ID:FpEpUavGo



──京ちゃんの。



「咲さん?」

「咲ちゃん!?」

「咲、泣いてるの?」



──京ちゃんの欠片を。









───やっと、見つけた。



279: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 21:21:34.20 ID:jaVggvmMo






「お帰り。早かったな」


家に帰ると、お父さんが受話器を耳に当てていた。


「ただいま」


ぼんやりとしたまま、私も挨拶を返す。







その日は、結局話し合いの体をなさず、うやむやの内に解散となった。


誰も彼もが混乱して、収拾がつかなくなっていた。


部長が解散、と言った声に、疲弊がわずかに見えたのは気のせいじゃなかったと思う。




私は、安堵と同時に押し寄せてきた急激な疲れが頭を靄がからせて、熱に浮かされたようにゆらゆらと揺れる。

280: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 21:23:17.39 ID:jaVggvmMo




分かってる。


京ちゃんの存在が証明されたのではないということくらい。


ここから何をすれば良いのかも分かっていないことくらい。


それでも、何処にもなかった手掛かりの欠片がようやく見つかった。


京ちゃんの存在に関わりがあるとしか思えない事象を、ようやく見つけたのだ。


今少し、この安堵に身を委ねていたかった。



282: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 21:31:06.03 ID:jaVggvmMo


「ああ、咲が帰って来た」


私の名前が出たことに反応して、お父さんを見る。

それに気づいて、お父さんは受話器を指す。


「かーさん」


ああ、お母さんか。

インターハイの間に、お父さん達にも色々あったらしい。

私がこちらに帰ってくるまでに数度、お父さんとお母さんが連絡を取っていたとお姉ちゃんから聞いている。


そうか、お母さんと話してるのか。

ぼんやりとしたまま、自分の部屋に足を向けて──

283: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 21:33:50.72 ID:jaVggvmMo




「──お父さんっ」

「うおっ!?」


私が飛びつくように声を掛けると、お父さんはビクリと肩を跳ねる。


「びびったじゃねーか、まだ居たのか。どーし」

「お姉ちゃん居るっ!?」

「……かーさんなら今繋がってるけど」

「いまは、おかーさんじゃなくてっ」



284: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 21:38:12.06 ID:jaVggvmMo



お父さんが受話機越しに二言三言声を交わした後、私に渡す。

受話機を耳に当てる。


「お姉ちゃん?」

「……お母さん、泣いてたよ」


あぁ。

間違いない、お姉ちゃんの声だ。

それだけのことにとてつもない安心を感じる。


そして、言葉の意味が思考に届く。


「えぇっ、ちが、私はそういうつもりじゃ」

「うそ」


笑いを含んだ声が、受話機から届く。


「え」

「泣いてないよ、ちょっと拗ねてたけどね」

「っ、もう!」

「ふふ」


からかいの言葉にむくれて見せるも、そうした応対のひとつひとつが嬉しい。


285: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 21:43:39.54 ID:jaVggvmMo



宮永照。


高校麻雀界のトップを行く白糸台高校、そのエース。


それが、私のお姉ちゃん。




私とお姉ちゃんは、とある事情があって長く絶縁状態になっていた。

仲直りしたのはつい最近のことで、インターハイに出ることがなければ、きっとそれも無し得なかっただろう。



「久しぶり……でもないか。2日ぶりだね、咲」



まだ2日なんだ。


もう数日が過ぎたかのような感覚だった。


286: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 21:46:28.36 ID:jaVggvmMo


「お姉ちゃん」

「?」

「会えないかな」

「2日前に会ったばかりだけど?」

「それでも、聞いてほしいことがあるの」


お姉ちゃんに聞いてほしかった。

数年間、音信不通で、空白の方が多くなっている今でも。

多分、私が最も信頼しているのはお姉ちゃんだ。



会いたい、話を聞いてほしい。

笑われるだろうか。

お姉ちゃんも、私が変だと思うだろうか。




───それでも。


287: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 21:50:10.80 ID:jaVggvmMo


「……咲たちのおかげで」

「?」

「今は、毎日ミーティングや猛特訓でスケジュールが埋まっている」

「そっか……」



288: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 21:50:53.67 ID:jaVggvmMo





「だから、私は行けないけど」



「咲が来るなら、話を聞いてあげる」




289: しばし中断 2016/01/31(日) 21:51:45.97 ID:jaVggvmMo



「──うん! 行く、行くよ!」

「そう」




静かだけど、お姉ちゃんが微笑んでいるのが分かった。



307: 途中まで投稿 続きは夜に 2016/02/27(土) 12:15:54.56 ID:od5pT+3ao







「───で、まさか翌日に来るとは思わなかったけど」

「えへへ……」






308: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 12:16:49.30 ID:od5pT+3ao


東京駅近くの、有名な喫茶店。

日はまだ高くとも今は夕方で、店内は色々な格好の人で埋まっている。


ちなみにお姉ちゃんは制服で、私は私服だった。

部活終わりに迎えに来てくれたのだ。


「でも、迷子癖は相変わらずなんだね」

「む、昔よりはマシになったし……」


お姉ちゃんを待っている間、お土産を見るついでに軽く迷子になった。

待ち合わせ場所に向かう途中のお姉ちゃんが通りがかったため、事なきを得たのだけど。

その時のお姉ちゃんの飽きれ顔が想起される。

309: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 12:18:35.99 ID:od5pT+3ao


「インターハイ後に会ったときには、結構普通だったのに」


ショートケーキにフォークを通しながら、お姉ちゃんが言う。

あの時は、皆が居たから迷子になることが少なかった。

部長や染谷先輩の後ろについて行き、和ちゃんや優希ちゃんの横を歩き、京ちゃんに背中を押されて───


「ねえ、お姉ちゃん」

「なに?」

「京ちゃん──須賀京太郎を、覚えてる?」

「……私が、長野に居た頃の知り合い?」

「ううん」


ショックはない。

京ちゃんとお姉ちゃんはインターハイ後に会っている。

けれど、部活の皆が覚えていないのだから、お姉ちゃんも覚えてはいないだろうと思っていた。


「私が、今日来たのは」


310: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 12:19:14.49 ID:od5pT+3ao






「その、須賀京太郎という、男の子のことなの」






311: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 12:20:12.85 ID:od5pT+3ao


私は話す。


出会った頃の話、中学校での出来事、高校でのやり取り。


インターハイの間と、お姉ちゃんに紹介した時のことと、その後のこと。


京ちゃんとの記憶と──消し去られたその存在について。


お姉ちゃんは、言葉を挟むことなく、黙々とケーキを消費する。


居なくなってからのことを話した時には、僅かな鈍痛を伴った。


理由は分からない。


取り返しの付かない状況に陥ったような、そんな感覚を思い出すからだろうか。


実際、もう二度と、取り返しの付くことは無いと思った。


もう、二度と。


でも──


312: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 12:24:07.16 ID:od5pT+3ao



「──昨日、ようやく見つけた。京ちゃんが、居たことの手がかりを」


私を麻雀部に連れてきたのが誰なのか。

長野県予選で優希ちゃんのタコスを買ってきたのは、インターハイで食べたタコスを作ったのは。

学生議会室まで、私と一緒に資料を持っていったのは。

roof-topの模様替えで、大きな鉢植えを運んだのは。

一年生麻雀勝負で、ラスを引いたのは。

清澄高校麻雀部で、一番紅茶を淹れるのが上手かったのは。



誰も、答えることが出来なかった。



京ちゃんが居た場所に時間に、確かな空白があった。


313: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 12:26:16.37 ID:od5pT+3ao



「京ちゃんが居た場所は、確かにあった」








「──あったからこそ」



この事を話すために、私はお姉ちゃんに会いに来た。


・ ・
こう考えることは自然であるだろうけれど、触れてはいけないことのような気がして、避けていた。

なぜか、とても恐ろしいことのような気がしていたから。


314: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 12:28:38.15 ID:od5pT+3ao




「不思議なの」




「なんで、皆は──京ちゃんのことを忘れているんだろう」




315: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 12:29:15.32 ID:od5pT+3ao



もはや、このような不自然な空白が見つかって、避けようのなくなった疑念。


空白のそこに、京ちゃんが居たのなら。


大きな大きな何らかの力が、京ちゃんを消したとしか思えなかった。



316: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 12:33:38.73 ID:od5pT+3ao



「────咲」


お姉ちゃんが、ゆったりと紅茶を含んで飲み込んで、言う。

同時に、




──────ぞわり




見られている感覚があった。

強烈な違和感と、懐かしさ。



インターハイでこう呼ばれていた、お姉ちゃんの感覚。








照魔鏡。


317: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 12:34:49.91 ID:od5pT+3ao



「その、須賀君というのは」



僅かに緊張する。

ひんやりと冷たいアイスティーのコップを手のひらで包む。



318: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 12:35:24.49 ID:od5pT+3ao









「彼氏?」





319: 続きは夜 2016/02/27(土) 12:37:23.22 ID:od5pT+3ao





「──え?」


口がポカンと開く。

呆ける脳が隅っこの方で、そういえば、とぼんやり思う。



そういえば、京ちゃんを紹介したときにも同じことを聞かれたな。


328: のんびり書きながら投下するよー 2016/02/27(土) 23:11:10.25 ID:od5pT+3ao

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「なるほど、分かった」


お姉ちゃんの言葉と同時に、見られているような感覚が消える。


「須賀さんの息子さん……か。……京香さんには、よくお世話になった」

「うん……」

「京香さんも清澄だったかな。制服が同じようにセーラーだった覚えがあるけど」

「よく覚えてるね……聞いたこと無いし、違うと思うけど……」


疲れた。

ちょっとだけ、机に突っ伏す。

331: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 23:31:34.77 ID:od5pT+3ao


様々なことを聞かれた。


私と京ちゃんの関係に始まり。


私が京ちゃんをどう思っているか、京ちゃんが私をどう思っていると思うか。


さらには京ちゃんの周囲の状況や、家庭環境まで。



332: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 23:34:17.03 ID:od5pT+3ao


でも、きっとお姉ちゃんのことだから。


「必要、だったんだよね?」



手を繋いだ時にどんな気分だったか、キスしてみたいと思ったことは等々、根掘り葉掘り聞かれたことも。

きっと、とても深い理由が──


「? 質問自体は私が聞きたかっただけだけど」


333: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 23:36:51.98 ID:od5pT+3ao


完全に、机に突っ伏す。


私が答えを濁そうとすると、真剣な顔をしてじっと見つめてくるものだから、大事なことだと思って真摯に答えたのに。


とても恥ずかしくなりながら、恥ずかしいことを口走ったりしたのに。


ただ、聞きたかっただけって。


聞きたかっただけって。


334: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 23:41:00.03 ID:od5pT+3ao


「でも、話すことは必要だったから」


頭上から聞こえた声に、顔をあげる。


「咲をちょっと『見』させてもらった」


そう言うお姉ちゃんの表情は、なにか考えているようで、結果が良いのか悪いのか判然としない。


335: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 23:42:18.68 ID:od5pT+3ao





「結論から言うと」




「咲がオカルトの影響を受けている様子はない」



336: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 23:43:14.35 ID:od5pT+3ao



オカルト────




──……






「……オカルト?」

「そう」

337: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 23:47:56.45 ID:od5pT+3ao


淡々としたお姉ちゃんの様子からは、それが重要な事なのかそうでないのかが分かりづらい。


「ええと、麻雀の?」

「じゃない方。いや、同じと言えば同じ?」


ストローを咥えながら顔を傾ける様は、思考する表情に妙な愛嬌を加える。


338: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 23:53:54.24 ID:od5pT+3ao


「まあ、簡単にいえば」



「その『京ちゃん』の存在──記憶とかそういったものに、何らかの力が働いてるんじゃないかなって調べたけど」



「咲にはその影響が見られなかったってこと」


次回 「『須賀京太郎』とは、あなたのそうぞう上の存在に過ぎないのではないでしょうか」 後編