勇者「百年ずっと、待ってたよ」 中編

552: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 15:49:22.59 ID:8VMCOwRWo


第二章 uoy hti wevi lan nawi.





引用元: ・勇者「百年ずっと、待ってたよ」 



553: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 15:50:13.14 ID:8VMCOwRWo




女神「……たったいま尊い命がまたひとつ冥府に導かれました」

女神「安心してください。冥府はとっても安らかなところですから、彼も今頃……死の恐怖も痛みも忘れ、
   その美しい景色に心を奪われていることでしょう」

女神「勇者、そして剣士。私を解放してくれてありがとう。
   私はこの塔を司る三女神のうち一人です」

女神「二人の傷ついた体を癒して差し上げましょう。これで良くなるはず」

勇者「……ありがとうございます」

剣士「…………」

女神「……あなたたちに私から贈るものがあります」

女神「すでに勇者は女神の一人から力を、また別の一人から知識を得ましたね。
   力と知識……これこそ戦いに最も必要な二大要素ではありませんか」

女神「あなたはもう勇者にとって大事なその二つを手に入れている。だから私は、あなたが勇者としてではなく」

女神「一人の少年として最も望むものを贈りたいと考えているの」

女神「あなたの心を覗かせてもらいます」

女神「あなたが一番欲しているものは……」

女神「…………そう。分かりました」

勇者「……」

女神「ならば、これをあなたに差し上げましょう」





554: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 15:56:56.75 ID:8VMCOwRWo


* * *



大樹の村 跡地


勇者「……やっぱり、どう見てもこれは種だよね」

剣士「植えたらなにか生えてくるんじゃないかな」

勇者「だったらこの村の墓場に埋めようか」



剣士「なんの種だろう」

勇者「さあ……。花でも咲くのかな」

剣士「これが君の望みなの? 実は花が好きだったり?」

勇者「別にそういうことはないと思うんだけど……女神様が言うことなんだから、そうなのかな?」

剣士「……」

剣士「神様なんだから、もっと……死んだ人を蘇らせてくれたりしてくれればいいのに」

剣士「案外神様もできることは少ないんだね」

剣士「……二人でいるとなんだか静かだね。村で二人で遊んでたころは全然気にならなかったのに」

剣士「僧侶くんは夜はいっつも飲み屋に行くし、女の子がいればすぐに口説きにかかるし、
   口は悪いし、本当に私たちより年上なのかなって思うときがあったけど」

剣士「おもしろいことばっかり言うから、悲しい時もいつの間にか一緒に笑っちゃってたよ」

剣士「狩人ちゃん。無口で何考えてるか最初はよく分かんなかったな。
   全然笑わないからちょっと怖いお姉さんだなって思ってたけど」

剣士「本当は4人の中で一番みんなのこと気にかけてたよね。
   笑った顔、すごいかわいかったな。もっといろんなこと話したかった」

剣士「女の子同士の秘密の話だから、勇者と僧侶くんは聞いちゃだめだよ。二人には内緒」

勇者「はは……」

剣士「……」

剣士「……ごめん」

剣士「こんなこと、今話すべきじゃなかったね」

勇者「いいんだ。そうだね、4人でいたときは……変なパーティだって思ったけど」

勇者「あれはあれで楽しかったね」

剣士「ね」



勇者「二人の死を無駄にはしない」

勇者「王都に行こう」





555: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:01:37.24 ID:8VMCOwRWo



太陽の国 王都


国王「正直に言って……信じられん。今まで手加減をされていたとしか思えないほどだ。
   たった数日で、塔が奪われ、さらに沿岸部の村々はほぼ竜族に支配された」

国王「海路は水魔族によって阻まれ、陸路も何者かの魔法によって断たれてしまい、隣国からの救援も届かぬ」

騎士団長「このままでは間もなくこの王都も危険に晒される」

神殿長「……」

魔術師長「魔王は国王様のお命を狙っております。必ず王都を落としに来るでしょう。
     私たちが全身全霊でこの王都をお守りします」

神儀官「この国が誇る騎士団と魔術学院の長の二人ならば、それも可能かもしれませんね。
    ですが所詮はただの人……確実に王都を守れるとは限りません」

騎士団長「何だと?」

魔術師長「……口が過ぎるな神儀官。神殿長、あなたは部下に一体どのような教育を……」

神殿長「……」

魔術師長(チッ。傀儡か)

神儀官「一体何のために『勇者』がいると思っていらっしゃるのでしょう?
    そうですね、勇者?」


勇者「……塔を取り戻します」

勇者「そしてこの国への侵略をやめさせます」

神儀官「期待していますよ」

騎士団長「勇者。そうは言うが勝算はあるのか。四天王のうち3人を倒したのはさすがだが、
     残るは炎竜……そして魔王。手ごわいぞ」

勇者「分かっています」

国王「よくぞ言った」




556: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:05:04.61 ID:8VMCOwRWo




国王「勇者、魔王との決戦に必ず勝ち、我が国に勝利をもたらすのだ」

国王「魔王を討ち取れ。お主なら、それが……」

勇者「そのことなんですが、僕は魔王や魔族との戦いをできるだけ避けたいと思います」

魔術師長「……?」

騎士団長「どういうことだ?」

勇者「魔王に会いに行くことは行きますが、戦いの前に人と魔族の間における不可侵条約の締結を提案しようと思うのです」

魔術師長「……は、はあ?」

国王「不可侵条約……か」

勇者「元々この戦争を仕掛けたのは僕たち人間側だということは、国王様もご存じでしょう」

国王「……ああ、知っている。わしの曽祖父が始めたものだ……
   大っぴらに国民に知らせてはいないがな。その情報は女神から受け取ったものか」

勇者「戦争をどちらかの勝利という形で終わらせることに僕は反対します。
   不可侵条約を結んで、お互いの種族を尊重し、侵略行為を永遠に禁じましょう」

勇者「魔族が悪だというのなら人間も悪です。人間が善だというのなら魔族も善です。
   もうお互いが傷つくだけの戦争は終わりにしましょう」

騎士団長「……お前は魔族が人間と同等だと言うのか?国王の御前でなんということを……」

勇者「魔族と人は、同等だ。何度だって言う」

神儀官「…………………………」

神儀官「あら……」

国王「勇者、本心で言っているのか。お前の仲間も……多くの国民も……魔族によって命を奪われたのだぞ」

勇者「……本心です」


国王「…………分かった。不可侵条約締結に賛成しよう」

神儀官「国王様!」




557: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:06:28.83 ID:8VMCOwRWo




神儀官「お気は確かでいらっしゃいますか?魔族ですよ。奴らと条約を結ぶなど……!」

国王「しかし勇者、魔王とてすんなり首を縦に振ってくれるとも限らんぞ。
   そのときはどうするのだ?」

神儀官「国王様……」

勇者「その場合は……やはり戦闘になってしまうと思います」

騎士団長「平和的解決を図りたいと言いながら、結局は武力に訴えるのか」

勇者「……」

魔術師長「黙りなさいよ。なら腕っぷししか能のないあんたは他の策を思いつくって言うの?」

騎士団長「なにぃ?」

魔術師長「あら失礼」

魔術師長「とにかく。勇者は塔に行くのでしょう。ならばその間の王都護衛は私たちにまかせてちょうだい」

騎士団長「……まかせておけ」

国王「いい知らせを期待している。お主は我らの希望だ」

国王「塔へ発て。勇者」

神儀官「…………」


勇者「はい」





558: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:15:11.13 ID:8VMCOwRWo




剣士「あ! 勇者、王様たちと話終わった?」

勇者「終わったよ」

剣士「なんだって?」

勇者「賛成してくれた」

剣士「……よかった。認めてもらえたんだね」


魔術師「勇者に剣士!ここにいたのね。ちょっと色んなこと相談したいからこれから一緒にお昼食べながら話聞いてもらっていい?
    いま王都護衛のための魔術師配置のことを考えてるんだけど結構頭こんがらがっちゃって意見ほしいっていうかそのね」

副団長「やあ勇者に剣士くん。聞いたぞ太陽の塔に再び行くのだそうだな!
    そんなに多くはないが魔族のおおよその身長体重弱点などの情報を伝えたいと思うのだ!これから一緒に昼餉などどうだい」

魔術師「ちょっと!私の方が先に話しかけたんだからね」

副団長「なにい!俺の話の方が勇者たちにとって重要だろう!ここは俺に譲るがいいさ!!」

剣士「二人とも寝不足気味なのかな。テンションがおかしいよ」

勇者「それなら4人でいっしょに食べようよ」

魔術師「いいわね!名案だわ!」

副団長「よしさっそく行こうじゃないか!!!」





559: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:17:17.60 ID:8VMCOwRWo




副団長「と思ったがさすが昼時、いつも行っている広場の店にも全く空席がないな。ええいどうする!!」

魔術師「あれ、じゃあここは?新しくできたお店みたい。初めて入るけど行ってみようよ」


剣士「……なんか、この店焦げ臭い匂いしない?勇者」

勇者「え?そうかな」

副団長「うーん確かに剣士くんの言う通り。なんだか嫌な予感しかしない」

コック「い、いらっしゃいませ!」

魔術師「奥に行けば行くほど匂う……ちょっと地雷臭がしてきたわね、このお店。
    でももう席についてしまったし……」




コック「おまたせしましたっ! ビーフシチューにオムライスにチャーハンにタコライスです!!」

魔術師「……よかった、味は普通ね。びくびくしちゃった」

剣士「オムライスおいしー」

勇者「うん、おいしい」

副団長「うまいな。ところで今日は俺が奢ろう」

魔術師「待ちなさいよ。私が奢るつもりだったの。だから勇者も剣士もいっぱい食べてね。
    デザートもあるみたい。後で頼みましょ」

副団長「待て!!俺が先に奢ると言ったのだ。勇者も剣士くんも育ちざかりだろう、遠慮せずにどんどん追加していい」

魔術師「ちょっと、でしゃばんないでよ」

剣士「二人とも喧嘩しないで……ていうかなんか様子が変じゃない?どうしたの?」

勇者「……気持ちだけで嬉しいから、そんなに気を使わなくていいよ。ありがとう」

魔術師「ち、ちがっ……」

副団長「……魔術師、君のせいでいらぬ恥をかいた」

魔術師「私のせいだって言うの!?」

勇者「いやだから喧嘩しないでって……」






560: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:19:35.75 ID:8VMCOwRWo




コック「うわああああああああ! すすすすすすいませんすいません!!」ダバー

剣士「わああああっ!! なにっ!? これが噂の飛び土下座!」

コック「すいません!!料理に手違いがありまして……というのも味付けを間違えてしまいました!!
    何を隠そう、じつはわたくし、料理があまり得意ではないのです……!」

魔術師「厨房から立ちこめる焦げ臭さでうすうす気づいてたけどね」

剣士「一体何故コックを目指したの……」

副団長「ふむ、しかし味付けを間違えたというのは真か?普通にうまいと思ったが……」

魔術師「確かに。特別めちゃくちゃおいしい!ってわけでもないけど、不味くはないよ」

コック「い、いえ、確かに間違えてしまいました」

コック「ええと……チャーハンです。うわあああ!よりによって勇者様のお食事の味付けを間違ってしまうなど……
    ……首吊ってきます」

魔術師「ちょっとおおっ やめなさいやめなさい!!料理の腕の前にそのメンタルどうにかなさいよ!!」

勇者「……あー、確かに言われてみれば味が変かもしれないけど、そこまでじゃないから気にしないでください」

副団長「ふむ、どれどれ?」パク

副団長「………………………………」

魔術師「いつもうるさい副団長が無言になるなんて、よっぽどのことだわ。
    勇者、よく今まで平気で食べられてたね」

勇者「ま、まあね」


剣士「……」





561: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:23:03.75 ID:8VMCOwRWo



剣士「どんな味?」

勇者「え?」

剣士「どんな味がするの?」

勇者「ええと……普通よりちょっと、いや大分塩辛い。塩の量を間違えてしまったんですよね、コックさん」

コック「いえ!油と酢を間違えた上、肉いれたと思ったら角砂糖投入しておりました!!」

勇者「どんな間違いだよっ……!」ダン

勇者「いや、言われてみれば酸っぱいし甘い。すごい味だ」

剣士「……」


剣士「魔術師さん、副団長さん。ちょっと席はずしてもらっていいですか」

魔術師「へ?」

剣士「勇者に訊きたいことがあるので」

副団長「かまわんが……」





剣士「……」

勇者「……あのさ、ちょっと僕も二人に急きょ話したいことがあるから、剣士はここで待っててくれるかな」ガタッ

剣士「座って? 勇者」

勇者「でもほら、二人とも結構忙しいみたいだし、すぐ用事を済ませたいから……」

剣士「座れ」

勇者「はい」






562: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:35:11.71 ID:8VMCOwRWo




剣士「私にね、何か隠してることないかなって」

勇者「何もないよ」

剣士「うそつき。……おかしいと思ったんだ。雪の国でヒュドラを倒した後……
   急に甘いもの食べられるようになってたけど、あのときからでしょ」

剣士「味覚ないんだ」

勇者「……」

剣士「あのときからってことは、それ、あの魔法を使ったことが原因なんでしょ」

剣士「……魔女を倒すときも使ったよね。ああ、だから店に入るとき異臭にも気付かなかったんだね。
   嗅覚もないんだね」

剣士「そんな魔法なんだ……」

剣士「なんで黙ってたの?」

勇者「……黙ってたのは謝るよ。でも味覚も嗅覚も、なくても戦いに支障がないから平気だよ。
   最悪目さえ見えていれば、なんとでも、」

剣士「そういう問題じゃないでしょ」

剣士「君はいつから戦いのためだけに存在する兵器になったの。
   勇者は兵器じゃないでしょ。人間だよ」

剣士「味覚も嗅覚も全部人にとって大事なものでしょ。
   大体……戦いが終わった後はどうするの?」

剣士「もう戦わなくていいって時に、本当に目だけ見えていればいいなんて心から言えるの」

剣士「いままでもこれからも、君は人間だよ。戦いに必要ないからいらないなんて言わないでよ!
   戦いが終わった後も、君の人生はずっとずっと続くんだから……!」



剣士「……」

剣士「ねええ……ふざけてるの?いい加減怒るよ?」ガッ

剣士「なんで顔を上げてみたら勇者、嬉しそうに微笑んでたの?どう考えても表情の選択おかしいでしょ?ねえ?」

剣士「私真剣に話してるんだけど?」

勇者「ごめん、つい……謝るから胸倉離してくれ」

剣士「つい、なんなの?」

勇者「……嬉しくて」

勇者「ほかの誰が戦争のための兵器だと考えていても、君さえ僕は人間だと言ってくれるなら、
   それだけですごく嬉しいんだ。笑っちゃってごめんね」

剣士「……」

勇者「あの術のリスクは全部分かっていたけど、それでも使ったのは僕の意志だ。
   受け入れて生きていくよ」

勇者「心配してくれてありがとう」

剣士「…………なんでそんな風に言えるの」

剣士「なんでそんな大事なことずっと黙ってたの~~~~っ
   もーーーーーっなんでいっつも勇者はそうやって……も~~~~~……!!」

勇者「ごめん」

剣士「信じらんない……うぅ~~~~~……ううっ……う……」

剣士「…………気づいてあげられなくてごめんね…………」




563: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:39:07.37 ID:8VMCOwRWo




バタンッ!


副団長「勇者!剣士くん!」

剣士「うう……副団長さん?」グス

副団長「取り込み中すまんが、外に来てくれ……大変なことになった。外は大騒ぎだ」

勇者「一体何が?」

副団長「魔王から、君に向けてのメッセージだ」


勇者「な、なんだこれは……?」

魔術師「魔法で空に文字を浮かび上がらせたのね。こんな大規模な魔法めったに見れないよ」

副団長「『満月の夜に、魔王城に通じる門を塔におく』」

魔術師「満月には魔族の力が最も大きくなると言われている。罠としか考えられないけど……」

剣士「満月は確かもうすぐだよね」

勇者「魔王……」

勇者「……満月の夜か」





564: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:40:19.89 ID:8VMCOwRWo




* * *



勇者(罠なんだろうか)

勇者(でも行くしかない。どのみち塔には行かなければいけなかった)

勇者(……死ぬかもしれないな)

勇者(そう考えても不思議と気持ちが前向きのままでいられる)

勇者(狩人が死んで僧侶が死んで、家族が死んで、自分も多くの魔族を殺して……
   それでも正気を失わずにいられるのは)

勇者(多分、彼女のおかげなんだろう……、ってなにを考えてるんだ)


勇者「気を引き締めないと。会うのは魔王だ」



勇者「夜明けだ。出発しよう」




コンコン



勇者「……剣士?もう出発するけど」

勇者「まだ寝てるのか……?」



勇者「いつも早起きなのに珍しいな。……入るよ」





565: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:41:43.00 ID:8VMCOwRWo




剣士「……」

勇者「寝てるのか。……」

勇者「剣士。朝だ。もう起きないと……、……?」

勇者「え……?」


勇者「け……剣士?剣士……?」


勇者「なんでこんなに肌が冷たいんだ」

勇者「……???」

勇者「朝だよ、起きてくれよ。剣士……どうしちゃったんだよ」


勇者(まさか)

勇者(いやそんなわけない。ここは王都で……昨日の夜まで剣士も元気で……まさか)

勇者「…………」

勇者「心臓は動いているはずだ」

勇者「心臓は……」

勇者「動いてないはずがない」

勇者「そんな……はずは……」








勇者「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」



勇者「うそだ」





566: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:47:49.13 ID:8VMCOwRWo





――――――――――


勇者「……!」パチ

勇者「天井……?」

勇者(夢だったのか?)

勇者「……ハァ……ハァ……」

勇者「……おえっ……」

勇者(なんて夢だ。何度目の……)


ズルッ


勇者(夜明けだ……夢の中と同じ……また剣士の部屋へ歩いて行って……
   でもこれはもう現実であっているのか?まだ夢のなかじゃないのか?)

勇者(それともさっきのがやっぱり現実で、これは僕が現実逃避に見ている夢なのか?)

勇者(もう一度確かめないと……また……)


コンコン


勇者「剣士」

剣士「……」

勇者「…………あああ……動いてない。心臓が動いてない。息をしていない。体温がない。生きてない」

勇者「一体誰が!!いつの間に……ちがう、やっぱりこれは夢なんだ。あり得ないだろこんなの」



―――――――――――――



勇者「……」パチ

勇者「はあ……■あ……今度こそ現実だから剣士は死んで■いはずなんだ。もう一度確■めに」

勇者「行って……ああ、でも■しまた死ん■いたらどう■■ばいいんだ。だれ■やった■だ……まも■なかった……■たひと■しなせてし■った……」

勇者「なんと■■もけん■だけ■まもりた■ったのに……だれだ■……■れが■ったんだよ■れが」

勇者「ま■■てしまっ■」

勇■「……」

■者「……■んどたし■めてもしんで■■。け■しはしん■……ころ■れた■■……■■■……」

■■「■■■」





567: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:51:48.87 ID:8VMCOwRWo


―――――――――


■■「■■■■■■ ■■■ ■■ ■■■■■■■■■……■■■■」

■■「……■■■、■■……■■■」



568: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:55:17.87 ID:8VMCOwRWo



―――――――――――――――



勇者「……」パチ

勇者「……短剣」



ザクッ!!



勇者(血が出ている。熱い。痛みだ)

勇者(ということはこれこそ現実……)


スタスタ


ガチャ


剣士「……」

勇者「……」

勇者(呼吸をしてる、体温がある。剣士は生きてる、死んでいない)

勇者「はあっ……よかった……」ズル


剣士「むにゃむにゃ」ゴロン


勇者(神様、なんでもあげますから……なんでもしますから)

勇者(剣士だけはどうか……)





569: ◆TRhdaykzHI 2014/03/26(水) 16:59:27.93 ID:8VMCOwRWo



勇者(そのためなら自分はどうなってもかまわない)


パアッ



勇者「!? なんだ……? 僕の部屋から明かりが漏れてる」


ガチャ


勇者「……魔法書が光っているのか? うっ眩しい……一体何事だ」

勇者「あれ?最後のページの呪文が……」

勇者「読めるようになってる。今まで解読できなかったのに……何故いきなり」


勇者「そうか」

勇者「最後の呪文の代償は……」

勇者「やっぱりそうなるか」

勇者「……だったら。もういっそここで……」

勇者「……」




576: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 19:52:03.53 ID:nmXPlOIKo



王立図書館 地下



獅子像「……む」

獅子像「久しいな。勇者」

勇者「やあ」

獅子像「こんな早朝に一体何用だ。まだ図書館も開館していまい。どこから忍びこんだのだ」

勇者「見なかったことにしてくれ」



スタッ



勇者「……剣は……やっぱり抜けない、か」

勇者「なら仕方ないな。おいていこう」






577: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 19:53:48.60 ID:nmXPlOIKo



* * *



剣士「勇者おはよう! まだ寝てるの? もう朝だよ」

剣士「……あれ?いない。どこ行っちゃったんだろ」


剣士「おはようおばさん。勇者どこ行ったか知ってる?」

宿屋「あら……?おはよう。勇者様ならもう宿を出たみたいだけど?」

剣士「え? 何か用事でもあるのかな」

宿屋「用事というか、満月の夜に塔に到着できるよう、今日王都を発つって……」

宿屋「てっきりあなたも一緒に行ったかと思ったのに、まだいたのね」

剣士「ええっ!?なにそれ、聞いてないよ。探しに行ってくる!!」

宿屋「行ってらっしゃい……気をつけてね」




王都 城壁門




剣士「もう、いつ出発するかとかちゃんと事前に言ってくれないと困るよ」

剣士「準備だっていろいろあるのに!とりあえず剣だけ持ってきたけど」

剣士「……ああっいた!! 勇者っ!!」

剣士「あれっ副団長さんに魔術師さんも……おはようございます」

副団長「剣士くん……」

魔術師「お、おはよ」

剣士「ひどいよ勇者!なんで何も言わずに宿を出ちゃったの?」

剣士「塔に行って魔王に会うんでしょ?すごく大事な日じゃない。ちゃんとそういうの昨日のうちに出発時刻とか言っといてよ」

剣士「でも追いつけてよかった。二人は見送りに来てくれたの?」

勇者「……」

剣士「ねえ、どうしたの?なんでこっち向いてくれないの……?」





578: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 19:55:30.36 ID:nmXPlOIKo





勇者「見送りじゃない」

勇者「僕は二人とともに魔王城に行く」

剣士「え?……ああ、そうなんだ。じゃあ、また4人パーティだね」

剣士「副団長さんも魔術師さんも王都を離れていいの? でも心強いな!嬉しい。よろしくね」

勇者「4人じゃない。3人だ」

勇者「君はついて来ないでくれ」

剣士「……へっ? な……なに言ってんの?」

勇者「今まで我慢していたけど、正直に言って足手まといなんだ。
   君を庇いながら戦うのももううんざりだ」

剣士「…………?? どうしたの……急に、そんな……」

剣士「ず、ずっといっしょに戦ってきたじゃない。
   どうしてそんなこと言うの」

剣士「わ……私は足手まといなんかじゃないよ!!
   剣だって強くなったし、十分戦えるよっ」

剣士「旅立ちの時とは違う。私は強くなったんだから!!」

勇者「じゃあ証明して見せろ」チャキ

剣士「えっ……」

勇者「剣を抜け」





579: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 19:57:43.62 ID:nmXPlOIKo




勇者「……」タッ

剣士「ゆ、勇者――…… わっ!!」チャキ


キィンッ


剣士「ちょっとっ……ねえっなんなの……」ググ

剣士「……くっ!」



勇者の攻撃!
剣士はかわした!

剣士の攻撃!
勇者はダメージをうけていない!


魔術師「……ゆ、勇者」

副団長「……待て」ガシ

魔術師「……」



―――――――――――
――――――――
――――



剣士「……うっ! く……」

剣士「あっ!?」


勇者の攻撃!
剣士の剣を弾き飛ばした!


ヒュンヒュンヒュン……ドッ


剣士(剣がっ……)

剣士「……!」


勇者は剣士の喉に短剣を突きつけた。



勇者「足手まといだ。邪魔をするな」

剣士「……っ、なんで急に……」

勇者「君が気づかなかっただけだろ。ずっと前から嫌いだった」

勇者「故郷がなくなってしまったから天涯孤独の君を憐れんで、同情でいっしょにいてやったんだ」

勇者「でも我慢の限界だ。もう顔も見たくない。二度と僕の前に現れるな」





580: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 19:59:34.95 ID:nmXPlOIKo




剣士「……」

勇者「……二人ともお待たせ。行こう」スタスタ

魔術師「あ、うん……」



剣士「……」

副団長「剣士くん」ポン

剣士「……」ビク

副団長「彼のことは我々にまかせたまえ。それで……君のことだが。
    君には王都の遙か南にある村に行って護衛任務にあたってほしいんだ」

剣士「……」

副団長「もちろん、剣を捨てて生きるというのならそれも構わない。
    しかしその場合も王都から離れて暮らしてほしい」

剣士「……」

副団長「これを君に。そうだな……今から2時間後くらいか。
    王都から南に出る大型馬車がある。そのチケットだ」

副団長「では、達者で」






581: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:03:33.86 ID:nmXPlOIKo





* * *






斧使い「でお前はどうすんだよ?」

戦士「どうするも何もよう……魔族が来たら俺なんてひとたまりもねえだろ。田舎に逃げるよ……」

戦士「王都より南はまだ安全だっつー話だ。あいつら北から見境なしに侵略してきてるからな」

斧使い「お前も行くのかぁ。そうか……。やっぱりそうだよな。……俺も……」

戦士「ん? おい、あれ……」

斧使い「あ? ……ああ!なんであいつこんなところにいるんだ?」



剣士「……」

斧使い「おおーい! 剣士のお嬢ちゃん!」

戦士「ひとりでなにしてんだ?」

剣士「……おじさんたち……ずっと前に酔っ払って勇者に絡んできた人だっけ」

斧使い「む、昔のことは忘れろよ。でも、勇者もお前も見直したぜ!
    すげえ強くなったんだなぁ。魔族をバンバン倒しちまいやがって……」

戦士「ちなみに今日は酒飲んでないぜ」

剣士「ふうん」

斧使い「それより、なんか大変なことになってるじゃねえか。
    魔王城に……結局行くんだろ?」

戦士「勇者はどこにいるんだ?」

剣士「勇者は……もう行っちゃったよ」

斧使い「?? 剣士はいっしょに行かねえのか?」

剣士「……」

剣士「……ついてくるなだってさ!私のこと、ずっと前から嫌いだったんだって!!」

剣士「私が一人で可哀そうだから今まで優しくしてくれたんだってさ!
   でも弱いから、役に立たないから、足手まといだからもういらないって!」

戦士「ええっ!? 勇者が本当にそんなこと言ったのか?」

斧使い「あいつなに考えてるんだ?」

剣士「そんなの私にだって分かんないよっ」

剣士「……本当いっつも何考えてるんだか全然分かんない」

剣士「私だって……私だって勇者のことなんか嫌い!!」スッ

剣士「雪の国でもらった指輪、……。
   今ならもっといい装備なんていくらでも買えるし、ただの飾りでつけてただけだし」

剣士「もういらない」

戦士「おいおい、なにしてんだよ?」






582: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:05:14.76 ID:nmXPlOIKo




ポチャン



斧使い「……あーあ。いいのか?この川は流れが早いからもう取り戻せねえぞ?」

剣士「いらないんだってば!」

剣士「……私はもう行くね。馬車の時間、そろそろだから」

戦士「馬車って、どこ行きのだ?」

剣士「南」



斧使い「……行っちまった」

戦士「なにかあったのかねぇ」





583: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:07:56.78 ID:nmXPlOIKo



* * *


ガタン……ガタンガタン


子ども「わー、お馬さんはやーい」

母親「ちゃんと席に座って。あぶないでしょ」


おじいさん「しかし、これから王国はどうなってしまうのじゃろうか……」

おばあさん「王都が襲撃されたら、もう……」


剣士「……」

剣士「……」ギュッ


  「そしたらあっという間に魔族がこの国を制圧するんだろうな」

  「今から行く南部も安全ではなくなってしまうな……」

  「聞いたか? ○○の村なんて、一晩どころかたった数時間で滅ぼされたそうだ」

  「勝ち目なんかないじゃないか……」


剣士「……」

子ども「ねー、この剣触ってもいい?」

剣士「……いいよ」





584: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:08:44.98 ID:nmXPlOIKo



子ども「わあ、重い」

剣士「君にはまだ早いよ」

子ども「……ねえお姉ちゃん怖いの?震えてるよ」

剣士「そんなことない。なんにも怖くなんかないよ」

子ども「大丈夫だよ。勇者様が私たちのこと助けてくれるから」

剣士「……」

剣士「……そうだね。勇者は強いからね」

剣士「……………………」

剣士「…………でも、弱いところもあるんだよ」

剣士「私ずっと知ってた。知ってたんだ」

剣士「ごめんね、剣返して」

子ども「?」

剣士「行かなくちゃ」





585: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:11:31.88 ID:nmXPlOIKo






剣士「はあっ、はあっ、はあっ……!」

剣士「…………っ」ガッ


ザバーンッ


剣士「!?」

斧使い「プハッ おえっ水飲んじまった」

戦士「おおい!そっちどうだ?」

斧使い「ない。お前んとこは」

戦士「ないからお前に聞いたんだよ」


剣士「……??」

斧使い「くそっ、どこに……、んんっ!?」

戦士「!!」

斧使い「み、見つけたぞ!ここだ!ほら!」

戦士「でかした!お前もたまにはやるじゃねえか! よし、さっさと上がろうぜ……さみいよ」

剣士「……おじさんたち、なにしてんの?」

斧使い「おお、タイミングいいな。ほら、これ探しに来たんだろ?」ポイ

剣士「!」パシ

剣士「……私が捨てた指輪。ずっと探してくれてたの?」

戦士「俺が探そうって最初に言ったのさ」

斧使い「馬鹿!!見つけたのは俺だ!!」


剣士「……」

剣士「…………ありがとう!」

剣士「おじさん!私やっぱり南には行かない。北へ行くよ」

戦士「そうか。頑張れよ」

斧使い「……俺もやっぱ、南には行かん。王都に残る。ここで、戦うさ」

戦士「まあ俺はもともとそのつもりだったけどな」

剣士「あの日おじさんたちと王都で手合わせしたときは……私は負けそうになったけど、今度もう一度手合わせをする?」





586: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:18:33.42 ID:nmXPlOIKo



斧使い「……そうだな、いつか再戦だ。シラフの俺は強いぜえ」

戦士「ふん。俺の方が強いね」

剣士「私だってもう負けないよ」

剣士「誰にだって負けない。私、強いからね」

剣士「おじさんたち、ありがと! またね!!」


斧使い「おう」

戦士「またな」





587: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:19:55.90 ID:nmXPlOIKo



* * *


魔術師「ほんとにこれでよかったのかな」

副団長「あいつが選んだんだ」

魔術師「でも、一人で行くなんて。……死ぬつもりなんじゃないかってさ」

副団長「……」

副団長「俺たちは王都を死守しなければ。魔王軍は勇者がいないうちに王都を攻撃してくるかもしれない」

副団長「あいつが帰ってきたときに、情けない様を晒すわけにはいかないからな」

魔術師「……そうね」

魔術師「でも、剣士は…………あっ」

副団長「?」


剣士「副団長さん。魔術師さん」

副団長「剣士くん……どうしてここに?」

剣士「私と……」

剣士「――勝負して」





――――――――――――
―――――――――
―――――




副団長「………………いやぁ……」

副団長「参ったね……」


魔術師「……情けない様は晒さないんじゃなかったの」

副団長「しかし君、少しくらい手助けしてくれてもいいじゃないか」

魔術師「馬鹿ね。王都が危険だって時に、みすみす魔力を消費したくないっつの」

副団長「……はあ。精進せねば」


副団長「強くなったなぁ。……剣士くん」

魔術師「じゃっ私は副団長が剣士にボロ負けしたってこと、団長と部下に伝えてこよーっと」

副団長「やめてくれ」






588: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:23:13.05 ID:nmXPlOIKo





森を抜けた先に広がる地平線を視線でなぞった。
青く揺らぐ空に霞んで、遙か彼方に聳え立つ象牙の塔。

風が吹けば地面の砂が舞い上がって小さな竜巻をつくった。
顔を腕で覆いながらまた歩みを進める。

今日は風が強い。
だから、近づく足音にもすぐに気付けなかった。


「勇者」


砂塵舞う中、剣士が勇者を睨んでいた。
その姿を見た瞬間、怒りに似た感情に心臓が沸きたった。

あれだけ言ってもだめなのか。


「……剣士、」

「杖を構えて」

「……は?」

「私と本気で勝負して」


ざ、と二人の間に再び風が通り抜ける。
視界を守るために上げた左手の先で、剣士が切刃を回さんとしていた。
砂色に濁る世界の中に、ただ彼女の剣が放つ燐光だけが確かだった。




589: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:25:22.70 ID:nmXPlOIKo




「勝負してよ。証明するから」

「私が誰より強いってこと……!」


残光を伴って振り下ろされた剣を、咄嗟に腰から引き抜いた短剣で受け止める。
刃がぶつかり合う鋭い金属音。
ぎちぎちと互いの腕が軋む音さえ聞こえるほどの近距離で二人は睨みあった。


「もう弱いなんて、言わせない」

「やっと気づいたんだ。この剣は……私の思いの分だけ強く光るんだって」


女神に授かった剣がひときわ青白く輝いた。
勇者は一時、全てを忘れてその光に目を奪われた。


「私が何のために強くなったと思ってんの!?」



まさに猛攻と言ってよかった。
王都の城壁での剣士とは……否、今まで共に戦ってきた剣士の動きともまるで違っていた。

今までよりずっと強く、ずっと速く、ずっと鋭く白刃が振るわれる。
気を抜けば一瞬で勝負がつく。
攻撃を防ぎながらじりじりと後退していることさえ勇者は気づいていなかった。




590: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:28:05.63 ID:nmXPlOIKo




しかし剣より強く鋭いのは、剣士の視線だった。
穴が開くのではないかと思うくらいの視線に射ぬかれるのを恐れて、思わず目を逸らした。


「君のそばで一緒に戦いたかったからだよ」


ハッと気づくと、剣士の右手に剣がない。
いつの間にか左手にそれは握られており、今まさに下段より地面を抉り取りながら勇者に迫っていた。


「だから負けないよ。私が強くなった理由にかけて、絶対に私は負けない!」

「誰にだって――勇者にだって、負けないっ!!」



短剣では防げない。
そう判断した勇者は上半身を捻ってその一撃を避けた。

唖然とした。
ズズンと、音というより振動にちらりと振り返れば、
見渡す限りの林がその幹の途中から斬られていた。

次々と轟音を立てて倒れ来る木を避け、また二人は剣を突き合わせた。





591: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:30:06.97 ID:nmXPlOIKo




「……はっきり言わないと分からないのか!?」

「ここで退かないなら、殺す」


歯を食いしばりながら、ほとんど唸ってそう言えば
剣士もギロリと睨み上げて剣を握りなおした。


「やってみろ」

「……っ」


舌を打ってから勇者は短剣を逆手に持ち直した。
またあの時と同じように剣を弾き飛ばすつもりなのだと悟り、剣士は身構えた。


弧を描いて飛んでくる斬撃に合わせて、剣士も身を捩る。
避けるのではない。正面から迎えるつもりだった。


――剣を折ってやる!
勇者も剣士も、この一撃に賭けて全力を投じた。
これで決着をつける。




592: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:35:21.16 ID:nmXPlOIKo



「……!」


音すらなく半刃が空を舞うのを驚愕の思いで見た。
薄青の空にそれが溶けていくのを見届ける前に視界がぐらつく。

勇者の剣を折った後、剣士は身をかがめて躊躇いなく勇者に足払いをしたのだった。
いっさい淀みのないその身のこなしを見るに、初めから剣を折るのは自分だと分かっていたようだ。


「ぐっ」

地に叩きつけられた後、慌ててすぐに立ち上がろうとする勇者のマントの襟首を、剣士の剣が縫いとめた。


「私の勝ち」


勇者に馬乗りになって太陽を背に背負った剣士が、逆光の中嬉しそうに笑った。


「連れていってね」




593: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:37:58.90 ID:nmXPlOIKo



勇者「……だめだ」

勇者「そういうところが嫌いなんだ。人の話を全く聞かないところが」

勇者「顔も見たくないって言っただろ……!」

剣士「私だって勇者のことなんか大っ嫌いだよ」

剣士「勇者なんて方向音痴だしすぐ道に迷うし、朝は弱いし寝起き悪いし寝癖とかすごいし」

勇者「……」

剣士「整理整頓苦手だし、鈍感だし、宿の部屋すぐ散らかすし、うそつきだし大事なことずっと黙ってるし」

剣士「全然私のこと頼ってくれないし全部一人でなんとかしようとするし」

剣士「だから大っ嫌い」

勇者「……っじゃあ放っておいてくれよ!」

剣士「……」









剣士「……うそだよ。本当は全部好き」

剣士「勇者が私のことずっと前から嫌いでも、私はずっと前から君のこと好きだった」


剣士「……だから、どうせ放っておいてもいつかなくなる命なら、君のために使い果たしたい」

剣士「君のためなら、死んだって構わない」




594: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:41:41.60 ID:nmXPlOIKo



勇者「……!」

勇者「そんなこと二度と口にしないでくれ」

剣士「やだよ。何度でも言うし、魔王城には着いて行くよ」

剣士「私だって盾くらいにはなるんだから」

剣士「……一人きりでなんて絶対戦ってほしくないの。
   一人じゃ怖いことも、二人なら怖くないよ」

剣士「だからいっしょにいさせて」

勇者「……っ」

勇者「盾になんかできるもんか」

勇者「……君、ほんとに馬鹿だろ……っ」

剣士「あはは……勇者の泣き虫」

勇者「泣いてるのは剣士だ」

剣士「勇者じゃん」

勇者「君だ」


剣士「……あはは!」

勇者「はは……」





595: ◆TRhdaykzHI 2014/03/28(金) 20:43:41.82 ID:nmXPlOIKo



剣士「剣、折っちゃってごめんね。これ、副団長さんからだよ。新しい短剣」

勇者「副団長から……?」

剣士「きっと剣を折るのは君だろうからって」

勇者「……そ、そう」





剣士「じゃ、行こう!」

剣士「あのね、みんなが君の本当の名前を忘れちゃっても、私だけはずっと覚えててあげるからね」

剣士「自分の名前を忘れそうになったらいつでも私が教えてあげる」

剣士「だからいっしょにいようね。最期まで、ずっと」





603: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 15:07:32.28 ID:ykIdgyRXo




* * *

数日後



剣士「わーっ……海だ」

勇者「塔が近づいてきたね。ここから先は魔王軍に侵略された土地だ」

勇者「今日はこの海辺の町に泊まろうか……」

勇者「満月の夜は、明日だ。夜までには塔に辿りつけるだろう」

剣士「うん」

剣士「もう旅もこれで終わりだね」

剣士「宿屋に行ったら海に行こうよ。日没までまだちょっと時間があるでしょ」

勇者「いいよ」

剣士「やった!じゃあ決まり!早く宿とろう!」グイ

勇者「うわっ」




剣士「海がオレンジ色だ。夕日が真ん丸でおもしろいね」

勇者「眩しいな……」

剣士「まだ水はちょっと冷たいや。貝殻集めようっと。勇者もやろうよ」

勇者「僕はいいよ。ここにいる」

剣士「えー」




604: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 15:10:24.56 ID:ykIdgyRXo



剣士「勇者っ見てこれ。誰かが捨てたビン。久しぶりにね、手紙を書こうかなって」

勇者「ちょうど目の前に海もあるしね」

剣士「そうそう」



剣士「……あれっ……」

勇者「……」

剣士「寝ちゃったんだ。相変わらず寝顔……いや言うと怒るからやめとこ」







ザザン…… ザザン……



剣士「これでよしっと……」

剣士「えい」


ポチャン


剣士「いつか誰かに届くかなぁ」

剣士(……届くわけないよね。こんな広い海なんだから)

剣士(5通目の手紙はたぶん書けないだろうなー)

剣士(勇者は魔族と不可侵条約を結べるって信じてるのかもしれないけど、
   私は……本当の本当にそんなことできるのかなってちょっと不安)

剣士(たぶん、話し合いで終わるわけないって思ってる)

剣士(これ以上なくすわけにはいかない。守らなくっちゃ)







605: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 15:13:51.87 ID:ykIdgyRXo




勇者「書き終わったの?」

剣士「えっ!? ゆ、勇者起きてたの!?」

勇者「いや、いま起きたんだ」

剣士「なんだ、そっか」

勇者「でもその反応……もしかして僕のこと変な風に書いた?」

剣士「かか書いてないよ。変な風には。変な風には!」

勇者「慌てるところが怪しいな」

剣士「だめだめ!ボトルとりに行こうとしないで!なんも書いてないってばっ」

剣士「ていうかほらもうこんな暗いし、宿に戻ろうよ!ね!」

勇者「あ、本当だ。そうだね、帰ろうか」




勇者「……」

勇者「ずいぶん遠くまで来ちゃったね」

剣士「……うん。ほんと」

勇者「明日晴れるかな」

剣士「晴れるよ多分。私、晴れ女だし。勇者は晴れ男でしょ」

剣士「旅立ちの日のこと覚えてる?雲ひとつないきれいな青空だったな」

勇者「そうだったね」

勇者「確かに……見事な青空だった。あの日も」


剣士「……」

剣士「……やっぱりもうちょっと海にいない?」

勇者「寒くない?」

剣士「平気平気! もうちょっとだけ、海を見ていたいの」





606: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 15:16:17.04 ID:ykIdgyRXo




勇者「……」

剣士「ところで勇者。もしかして最後の呪文読めるようになったのかな」

勇者「はっ!?」

剣士「あ。やっぱりそうなんだ」

勇者「な、なんで」

剣士「勘。 そっかー、読めるようになっちゃったんだ。その呪文は何を代償にするのかな」

剣士「……言わなくても分かってるよ。どうせその呪文、一回きりしか使えないものなんでしょ」

剣士「君の命が代償なんでしょ。大体想像はつくよ。なんて嫌な魔法」

勇者「……」

剣士「勇者が使うって決めたなら、使ってもいいよ。私は止めない」

勇者「え」

剣士「でもその時は……私もいっしょに」

剣士「……いいよね?」


勇者「…………それじゃ、意味がない」

勇者「意味がないんだ」

剣士「ずっといっしょって言ったじゃん」

剣士「生きるのも死ぬのも、私はどっちだっていいの。いっしょにいれたらどっちでも」

剣士「ほんとだよ」






607: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 15:21:53.77 ID:ykIdgyRXo





勇者「……」

剣士「ああっ カニだ!! 勇者!見てほら、このカニ白い!!すごい!!」

勇者「……」

剣士「勇者ってば! ゆ……勇者? あのう……」

勇者「……」

剣士「カ、カニがほら……勇者の指はさみではさんでるんだけど……い、痛くないのかな」

勇者「痛い」

剣士「だ、だよね。……なんで私の顔そんなに見るの?なんかついてる?ていうかカニとろうよ……。
   もういいよ、とってあげる。うわっ はさまれたところ赤くなってるよ」

剣士「……あれっちょっと、手離して。ど……どうしたの? なんか変だよ!?」

剣士「ねーーーっ ほんとに手は離して!!」ブンブン

剣士「私、指太いし……マメとかできてるしっ、爪割れちゃってるし、あんまり見られたくないっていうかその~~ね、ほら」

勇者「そんなのどうだっていいよ」

剣士「よくないよ馬鹿!」


勇者「……前にひどいこと言ってごめん」

剣士「えっ?ああ、うん、いいよ、別に」

勇者「僕もずっと前から君のことが好きだった」

剣士「……えっ」

剣士「ええっ?……え……」

勇者「……」


剣士「……で、でも勇者は巨 の女の子が好きなのでは……?????????」

勇者(……僧侶……)ガク

勇者「断じてそんなことはない。というか別に君だって……」

剣士「ぎゃーっ どこ見てんの馬鹿じゃないの意味わかんない!!」






608: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 15:29:57.01 ID:ykIdgyRXo




勇者「…………」

勇者「……、それだけ言えてよかった」

剣士「ほ、ほんとに?」

勇者「うん」

剣士「……ありがと」

勇者「僕の方こそありがとう」

勇者「……生きるのって、全然思い通りにいかないし、悲しいことや苦しいことばっかりだけど」

勇者「生まれてきてよかった。本当によかった」

勇者「…………」

勇者「もう戻ろうか」スッ

剣士「あ、待って」ガシ


バターン


勇者「歩きだした瞬間に足首を掴むのはやめてくれ。こうなる」

剣士「あはは、ごめんごめん」

剣士「それで本当に終わり? なんか言いたそうだったから」

勇者「……終わりだよ」

剣士「うそだ。もう自分にも私にも嘘つくのやめてよ。嘘をつく度悲しくなるのは勇者なんだから」

剣士「ちゃんと全部言って」

勇者「なんでもないって」

剣士「言わないと」

剣士「泣くよ。私が」

勇者「ええっ」



剣士「……最後なんだから……ちゃんと本当のこと言ってよ……」

勇者「……」

剣士「誰にも言わないから。言っちゃいけないことでもなんでもいいよ」

勇者「……ちがうって」

剣士「私のこと好きなんでしょっ!? じゃあ言って、全部聞かせて、ちゃんと言ってよぉっ」グス

勇者「うっ」




609: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 15:34:59.71 ID:ykIdgyRXo



勇者「……っ」


勇者「……僕は」

勇者「……誰にも許されないとしても……」

勇者「明日も明後日もその先も…………生きたい」

勇者「……どんなに生きるのが辛くても、君と生きたい」

勇者「…………」

勇者「死にたくない」

勇者「……君と……一秒でも長くこの世界で生きていたい……っ」



勇者「だから……全て終わった後に、世界中から僕といっしょに逃げてほしい」

勇者「それでずっといっしょにいてほしい」

勇者「君のことをまた危険に晒してしまうけれど、僕が絶対にまもるから」

勇者「……いっしょに生きてほしい」



剣士「……」

剣士「もちろん」

剣士「やっと本当の気持ち言ってくれたんだね」

剣士「……どんな言葉より嬉しいな」

剣士「世界中のどんな敵よりも君のこと守ってあげる!」

剣士「生きるのがどんなに辛くっても二人でいれば何にも怖くないよ」

剣士「……ね!」





610: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 15:40:32.50 ID:ykIdgyRXo




* * *



宿



勇者「明日は何時ごろに出発しようか」

剣士「7時くらいかな? って言ってもどうせ勇者は起きられないだろうから私が起こしてあげるよ」

勇者「こんなときくらい、ちゃんと起きられるよ」

剣士「本当かなあ」

勇者「さすがに大丈夫だって」


勇者「今日は早く寝ようか。じゃあ、おやすみ」

剣士「……あ、待って。あ、あのさ。勇者は大人になったら何になりたいの?」

勇者「え? うーん……正直全然分からないんだ。あんまり考えたことなくって」

剣士「だったら学校の先生とかいいと思う!勇者あたまいいし!魔族の言葉だってすぐ覚えたじゃない!」

勇者「そんなによくないよ。剣士は……何になるつもりなんだ?」

剣士「……うん。あのね、笑うかもしれないけど。私、楽器を弾く人になりたいなって」

剣士「雪の国でね、チェロ弾きのおじいさんに会って、落ち込んでたけどすごく励まされたから
   私もあんな風に音楽を弾けるようになりたいなってずっと思ってたの」

剣士「剣も好きなんだけどね。音楽を勉強しようかなって」

勇者「剣士が音楽を……?」

剣士「うん、変かな……ってめちゃくちゃ笑ってる!!なんなのすごい失礼!!」

勇者「ちゃんと弾けるの?」

剣士「弾…………けないかもしれないけどいっぱい勉強して弾くの!!楽譜も読めるようになるんだからね!!
   もーーーっ笑うのやめてよ!上手く弾けるようになっても勇者には絶対聴かせないからね!」





611: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 15:46:38.28 ID:ykIdgyRXo





勇者「ごめん。ちょっと立って」

剣士「? はい」


ギュッ


剣士「ふぎゃっ!!?」

勇者「……」

勇者「そんな尻尾踏まれた猫みたいな声出さなくても……」

剣士「だだだだだだだだってゆゆゆゆゆうしゃが」

勇者「どんなに下手でもいいから一番最初に聴かせてほしいな」

剣士「あ、う、うん、別にそれは、全然いいよ、うん、えっと、うん、ね」


剣士「……いっぱい練習して、いつか勇者に聴かせてあげるね」

勇者「楽しみにしてる」

剣士「背、伸びたね……前は私と変わらなかったのに」

勇者「そうかな」

剣士「うん。伸びたよ。手も……なんかおっきいし、声もいつの間にかちょっと低いし
   ……なんだかこうしてるとちょっと恥ずかしい……かも」

勇者「……剣士」

剣士「もう女の子に間違われないね!」

勇者「…………………………………………」

勇者「そんな過去は一切ない。
   大体あったとしても……幼児のころは男女の差なんてあんまりないわけだからそういうことは日常茶飯事だと言える」

剣士「えー幼児のときじゃないよ。ほら12歳のとき学校でさ……」

勇者「覚えてないっ!!!全っ然分からないなあ……ところで剣士は何の楽器を弾きたいと思ってるの?」

剣士「いやほらあったじゃん、午後の授業で村の外から来た先生が……」

勇者「何の楽器が弾きたいんだっ!?」

剣士「楽器? うーんそうだね、やっぱりあのおじいさんみたいにチェロとか。おっきくてかっこいいのがいいな!」

勇者「チェロか、うん、いいと思うよ」

勇者「……うん」

勇者「すごくいいな」

剣士「でしょ? すぐ上手くなるから楽しみにしててね。勇者」







612: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 15:57:13.88 ID:ykIdgyRXo



第一章 幻想の水平線




613: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 16:00:05.93 ID:ykIdgyRXo





剣士の攻撃!
魔族Aは気絶した!

勇者の攻撃!
魔族BCDは逃亡した!


剣士「……やっと塔の頂上に来れた……」ハアハア

勇者「夜に間に合った。……満月だ」

勇者「転移魔法陣が浮かび上がった。魔王城に繋がる陣だね」

剣士「……」

勇者「行こう」






ヒュン





614: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 16:04:57.88 ID:ykIdgyRXo


魔王城



勇者「ここが……」

剣士「魔族領の中心地、魔王の住まう場所……魔王城」

剣士「さすがに雰囲気あるけど……夜だからだね!!夜だからちょっと不気味なだけだね!
   昼だったら全然怖くないもんね!!」

勇者「てっきり途中で炎竜が襲ってくると思ったんだけどな」

勇者「なんか引っかかるな。
   やっぱりこれは罠で、もしかして王都が今……」

勇者「……考えても仕方ないな。もう来てしまったんだから。
   僕は僕にできることをしなくては」

剣士「うん、そうだよ」

勇者「……行こうか」

剣士「うん」





剣士「……」

剣士「……だれもいないね……」

勇者「静まり返ってる……」


ボッ


剣士「なっなに」

勇者「廊下の燭台に次々に火が灯って……奥に続いて行ってる。
   こっちに来いって言っているんだろうね」

剣士「……誰が!?」

勇者「そりゃ……魔王が」

剣士「あ、そっか」

剣士「それにしても大きな城……暗くってよく見えないけど」

勇者「敵がいなくて正直助かった。こんな広い城じゃ、魔王のいるところに辿りつくまで満身創痍になりそうだ」

剣士「回復薬とかもうほとんど使っちゃったもんね……」

勇者「でもこれで、最後だ」

勇者「……これで最後。今日で全て終わらせる」





615: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 16:12:47.52 ID:ykIdgyRXo



魔王「……」

魔王「来たか……」


魔王「私が魔王だ。お前が勇者だな」

勇者「……そうです」

魔王「思っていたより若いな……。お前のような若輩者に……私の部下が何人もやられたとは信じがたいことよ」

魔王「……ふん。年など関係ないか」

魔王「今更言葉を交わすのも無粋だな。では、始めるとするか」

魔王「我々のために死んでくれ。勇者」

勇者「待ってください。僕たちは戦いに来たのではありません……実は」




魔王「……ほう。不可侵条約とは……。おかしなことを言う」

勇者「ですが、」

魔王「信じられると思うか?そのような口約束に過ぎぬ条約など……結んだところで何も変わりはしないだろう。
   どうせ勝機が見えたら10年経たぬうちに条約など破棄するに決まっている」

魔王「お前たち人間はいつもそうだな。表面では友好的な態度をとっても……
   腹の内では約束を破棄してでも相手を出し抜くことだけ考えている」

魔王「我々魔族は一度信用した相手は二度と裏切らぬし、約束は永遠に守り続ける。
   我々の生き方は人にとっては愚直だと映るかもしれんがな」

勇者「口約束ではありません」

勇者「一度した契約を違えたら命を奪うような術があります。その術を使えば……」

魔王「ほう……いまお前の身にかけられている魔術か?」

勇者「!」

剣士(……?)

勇者「……。魔法に長けてる魔族ならその術をもっと改良できると思います」






616: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 16:16:50.83 ID:ykIdgyRXo




魔王「私に平和条約を持ちかける勇者の身に、そのような術をかける人間か……」

魔王「百歩譲ってお前は信用できても、ほかの人間は信用できんな」

勇者「でも……!」

魔王「……これ以上無駄だ。しかし、そうだな……私に勝てたら条約を結ぶのも吝かではない」

魔王「これでいいか?」

魔王「では戦おう」



魔王が襲いかかってきた!



勇者「……くっ……」

剣士「勝とう。勇者」

剣士「これで全部終わりだよ!」

勇者「……ああ!」




―――――――――――――――――――
――――――――――――――――
―――――――――――





617: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 16:21:13.22 ID:ykIdgyRXo



―――――――――――
――――――――――――――――
―――――――――――――――――――


ドサッ



魔王「……ゴホッ……ゴホ、ゴホ」

魔王「はあ……はあ……」

魔王「ふ……強いな。私の敗北だ……」



剣士「……はあ……はあっ……か、勝った?」

剣士(なんか様子が変……?)

勇者「約束です……条約を結んで下さい……!」

勇者「今日で戦争は終わりにしてください」



魔王「……」

魔王「二つ謝らねばならんことがある」

勇者「えっ……?」

魔王「まず私は……もう魔王ではない」

剣士「!?」

魔王「条約締結の決定権は既に私の手にはない……」

剣士「どっ、どういうこと?」

魔王「二つ目だ」

魔王「私が今日勇者を城に招いたのは、戦うためでも……話し合うためでもない」

魔王「私は生きすぎた。どのみち病で間もなく倒れるこの身なら……惜しむまい」

魔王「私の跡は、息子が継いでくれる」

勇者「何をする気だ……!?」

魔王「……道連れだ……」





618: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 16:23:13.41 ID:ykIdgyRXo




カッ



勇者(!! 自爆……!?)

勇者(最初から……このつもりで……!)

剣士「……!」

勇者「剣士……っ!!」





――――――――――――――・・・・



剣士(……)

剣士(……)

剣士(……う……ん?)

剣士(あれ……私なにしてたんだっけ。
   なんか……重っ……なに?)

剣士「……げほっ げほ……あ、あれ?勇者だ……」

剣士「勇者。勇者? ねえどうしたの?勇者」









剣士「……ゆうしゃ……?」

剣士「ゆうしゃ……や、やだ……うそだよねっ」

剣士「いっしょに……いきようって……言ってくれたじゃん」

剣士「起きて……起きてよぉ……」

剣士「起きてっ……勇者ってば……!!」





619: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 16:32:15.30 ID:ykIdgyRXo


太陽の国



炎竜「間もなく王都だな。事前に決めた通りに動くぞ」

竜「了解」


炎竜「……ふむ」

兄「……」

炎竜「魔王様のことが気になるか」

兄「いや……違う」

炎竜「嘘をつくな。何年お主のことを見てきたと思っている。
   ……行け」

兄「炎竜」

炎竜「もともとこの国はわしの担当だ。お主の力を借りずとも、竜族だけで十分」

炎竜「行ってこい」

兄「……」

兄「悪い」

炎竜「気にするな」





620: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 16:34:26.21 ID:ykIdgyRXo





勇者「………………」

剣士「うぅ……っ」



勇者「……げほっ」

剣士「ふぇっ!?!?」

勇者「げほげほっ……はあ」

剣士「ゆっ……!? え……っ!? あ、あれ……っ!?」

勇者「……なんで……泣いてるの?」

剣士「だ、だって勇者が死んじゃったから……!!!」

勇者「……あれ。生きてる」

剣士「わああああああんっ よがっだぁぁぁ」ガバ

勇者「わっ……」




勇者「でも、自爆に巻き込まれたはずだったのに……何故無事なんだろう」

剣士「あ。私の剣が、あんなところに飛んでる。しかも粉々だし」

剣士「もしかして……剣が守ってくれたのかな」

勇者「……そうか」

勇者「でも自爆前提としても、さすが魔王だな」

剣士「……ね。私たちボロボロだもんね」

勇者「もう魔王じゃないって言ってたけど、どういうことだろう。
   また新しい魔王を見つけ出して話をつけないといけないのか……骨が折れるな」

勇者「……はあ。とにかく今日はもう王都に戻ろう。
   魔力もほとんど使ってしまったし、これ以上魔族領にいるのは危険だ」

剣士「そうだね。これからのことはまた考えよう。……んっ?」

剣士「あっ、……あのー、剣拾ってきてくれる?
   こ、腰抜けちゃったみたい……あはは」

勇者「いいよ」


スタスタ……


勇者(剣……もう修復はできそうにないな)

勇者(……魔王は跡かたもない……。僕たちを道連れにして死ぬために、ずっとここで待っていたのか……)

勇者(……)





621: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 16:43:59.40 ID:ykIdgyRXo



ギィ……


勇者「?」

勇者「剣士?扉からでなくても、転移魔法で」

勇者「帰れ……る」


剣士「…………だれ?」

勇者「……!?」


兄「…………」

兄「貴様らが生き残ったのか……」

兄「炎竜に感謝しなければ。」


兄「危うく取り逃がすところだった……!!」バチチ


剣士「……っ!?」

兄「どちらが勇者だ? ……どちらでもいいか」

兄「お前からだ」

剣士「!」

勇者(間に合えっ……!!)タッ



シュンッ



兄「!」

兄(転移魔法か……)

兄(逃がさん。ここで必ず仕留める)






622: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 16:49:55.37 ID:ykIdgyRXo




ヒュン



勇者「はあっ……はあ、 ……え!?」

勇者「王都じゃない……!? ここは魔王城の中だ」

勇者「転移魔法の妨害?さっきの男がやったのか? まさか」


勇者「剣士! しっかりしろっ」

剣士「……」

勇者(さっきの男の攻撃が掠ったのか。外傷はないけど……意識が朦朧としてる)


勇者(……)

勇者(魔族領のど真ん中、僕たちの国までどれくらいの距離があるのかもわからない。
   転移魔法が使えなければ帰れない……)

勇者(……いや、確か塔から魔王城に続いてたあの魔法陣は、僕たちが使っても消えてなかった。
   もしかしてあれならいけるかもしれない)


勇者(でも)


カツン……カツン……カツン……



勇者(遠くで足音が聞こえる。あの男が追ってきてるんだ。
   きっとあいつが魔王なんだろう)

勇者(一瞬で分かったけど、戦った方の魔王よりずっと強い)

勇者(あいつはいずれここにもやってくる。逃げても……追いつかれる。そうしたら二人とも殺される。
   剣士はこんな状態だし、剣は折れてしまったし……僕ももう強力な魔法は……)

勇者「…………」

勇者「巻き込むわけにはいかない。そうだ、僕が勇者なんだから。ここで決着をつけないと」






623: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 16:54:12.89 ID:ykIdgyRXo




勇者「剣士。剣士、聞いてくれ」

剣士「……う」

勇者「体が動くようになったら、君一人でここに来た魔法陣から王都へ帰るんだ。聞こえてる?」

剣士「…………勇者……は……?」



勇者「ごめん。約束破ってばっかりだね」

勇者「最後に残ってる魔力は全部君に使うよ。
   やっぱり……君には生きてほしいんだ」


剣士「……ゆ……」

勇者「僕は本当に最初から、色んな人に勇者らしくないって言われて
   自分でもそう思ってたんだけど」

勇者「それでも勇者として生きようって思えたのは剣士のおかげなんだ……」

勇者「世界を守りたかったわけじゃない。
   君がずっと笑ってられる世界を守りたかった」

勇者「君が僕を勇者にしてくれたんだ」

勇者「今までずっと……」

勇者「そばにいてくれてありがとう」



剣士「まって……」

剣士「……まってよ……」





624: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 16:57:31.97 ID:ykIdgyRXo



カツン……



兄「……」

勇者「僕が勇者だ」

勇者「君が魔王か」

兄「そうだろうな」

勇者「じゃあ条約締結の決定権は君にあるんだ。
   もうこれ以上戦争を長引かせるのはやめよう」

勇者「お互いこれから侵略行為はやめにすると誓っ……」

兄「黙れ」

兄「貴様らの言葉など二度と信用しない。大体……そんなもの、こちらに何のメリットがある?
  勇者はここで殺される。散々手こずった貴様が死ねば、大陸制圧も楽に進むだろうな」

兄「条約などと語っているが、要は命乞いだろう」

兄「耳を貸すつもりはない。死ね」

勇者「……そうか」

勇者「じゃあ君をここから生きて帰すわけにはいかない」

兄「ハッ……ははははは」

兄「そんな台詞を吐ける立場か!? 魔力もほとんどその身に残っていない貴様が?
  俺の目には立っているのもやっとといった風に映っているが、気のせいか?」

勇者「今から使う術は、魔力を消費するものじゃない」





625: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:00:58.87 ID:ykIdgyRXo





勇者は呪文を唱えた!
兄の背後に冥界の扉が開いた!


兄「なに……!?」

勇者「……くっ……」


兄は冥界に引きずり込まれる!


兄「なんだこの術は!? ……くそっ、離せ!」

兄「貴様!! 貴様なんぞに……人間なんぞに俺までやられてたまるかっ!!」

兄「こんなところで死ぬわけにはいかない」

兄「俺は……っ!」

勇者「ぐっ……早く閉まってくれ……っ」ガク

兄「必ず……」

勇者(閉まれ!早く……!)

勇者「早く死んでくれっ……」

兄「貴様らを」

兄「根絶やしに……」



ギギギギギギギ……


……バタン。



勇者「はあっ、はあ、はあ、はあ」

勇者「ああ……」





626: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:18:26.33 ID:ykIdgyRXo



――――――――――――――――
――――――――――



兄(ああ……)

兄(死んでしまったのか)

兄(……妹にも父上にも、死んだ魔族にも申し訳が立たん)

兄(俺は……何一つ、成し遂げられずに……死んでしまった)

兄(………………)



兄(……?)




「兄さん!」



兄(これは……?)





627: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:19:52.88 ID:ykIdgyRXo






「そんな未来が真実あるとするのなら、今俺たちが行っていることはなんだというのだ。
  俺は……俺だって……殺さずにいられたら、何も奪わずにいられたらそれが最良だ……しかし」
  
「もう戦争は始っていて、終わらせねばならん。未来がどうあれ、決着をつけねば。
  そしてそれは、俺たちの勝利という形でなければならない。敗北者には死と屈辱が待っているのだから」
  
「勝利も敗北も無意味だっていうことに、いつか兄さんも気づくわ。
  それでも戦うというなら……」

「私の大切な兄さん。世界でたったひとりの兄さん……」
  
「本当は、私の魔力は何かの水晶にでも封じようかと思ってたのだけど、全部兄さんへのおまじないに使うね」

「私のほとんどすべての魔力を使った、最後の魔法だよ」
  
「何をするつもりだ?」

「兄さんが大ピンチに陥ったときに、きっとこの魔法が兄さんを守ってくれる。とびきりの魔法なの」

「……魔力のほぼすべてを……本気なんだな」

「もう必要ないのよ」





「だからこの魔法がいつか大好きな兄さんのこと、守ってくれますように!」





兄「……!」






628: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:21:46.04 ID:ykIdgyRXo





勇者「はあっ、はあ、はあ……終わった……」

勇者「ぼくも……もう……」





勇者「はあっ……はあ……。 ……?」



ギギギ



勇者「え………………?」



ギギギギッ……ギイィ……



兄「…………がはっ」

兄「やってくれたな……勇者」

勇者「な……なんで」

勇者「いきてっ……?」

兄「俺の、勝ちだ」

兄「ははは。はははは。はははは」

兄「死ね」







629: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:23:18.50 ID:ykIdgyRXo




勇者は上を見た。

幾多の剣が天井を埋め尽くさんばかりにして、矛先を勇者に向けていた。

兄が指先を動かした。



飛び散った血が、随分離れたところにいる兄の頬にまで付着すると

彼はそれを嫌そうに拭った。




勇者は死んだ。





630: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:24:48.73 ID:ykIdgyRXo




兄「おい」

部下「ハッ」

兄「片づけておけ」

部下「いかように」

兄「好きにしろ。用はない。捨てるなり焼くなり食うなり……何でもいい」

部下「はい」


部下「王子。……右腕は……」

兄「チッ……忌々しい勇者め」

兄「利き腕と、魔力半分持っていかれた。先ほどから試しているが、回復する見込みはなさそうだ」

兄「……あんな術を……人間ごときが……」フラ

部下「随分とお疲れのようです。お休みになられては」

兄「……あとは頼んだ……」





兄「ああ、それと」

兄「もう一人、城にいる」

兄「そいつも始末しとけ」

部下「かしこまりました」






631: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:26:02.88 ID:ykIdgyRXo




* * *



剣士「……」

剣士「……」

剣士「うっ……?」


剣士「ここは?」

剣士「……牢? 暗くてよく見えない」

剣士「……えっと、魔王倒して……でももう一人きて、剣がなくって」

剣士「私……」

剣士「あっ そうだ……勇者!」

剣士「いない。別のところに捕えられてるのかな……」

剣士「……探しに行かないと。とにかくこの牢を……ってあれ?
   鍵かかってないよ。私も拘束されてないし、捕えとく気あるのかな」

剣士(でも好都合だ。多分ここ……まだ魔族領だよね。見つからないよう慎重に行動しなくちゃ)





632: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:27:32.46 ID:ykIdgyRXo




剣士「……」

剣士(てっきり魔王城の地下牢かなって思ってたんだけど、城っていうより広い民家……?)

剣士(人間の家とはちょっと違うけど、やっぱり家だよね、これ。
   柱とか家具とかすごい大きいな)

剣士(部屋がいっぱい。この中のどれかの部屋に、たぶん勇者は……いる。
   早く見つけ出さないと)

剣士(……あれからどれくらいの時間が立ったんだろう。窓を見たら、外は夜だったけど……。
   捕えられてるのに私が無傷だったってことは、勇者も無事……だよね)

剣士(てことは、あの赤い目の男と話をつけられたのかな。
   平和条約、結べたのかも。じゃあ、もう戦争は終わりだ)



ガチャ



剣士(ここにもいない)



ガチャ


剣士(……キッチン……かな)

剣士(大きいまな板。使われた形跡のある鍋……まだ温かいや。
   ここの家主の魔族は今食事中か)

剣士(……包丁、護身用にいちおう持っとこうかな。使いにくそうだけど)

剣士(血が付いてるから適当に拭って……ってなんかこれじゃ私が殺人鬼みたい)

剣士「そんなこと言ってらんないか」



剣士「……!」

剣士(二階から、いま声が……)






633: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:29:26.91 ID:ykIdgyRXo



二階



剣士(なにかしゃべってる。けど、魔族の言葉だから分かんないや)

剣士(とにかく、ちょっと扉の影で様子を窺おう……)





子「え~~~ これだけなの?」

父「我がまま言うなよ。これでもお父さん頑張っておこぼれもらってきたんだぞ」

母「そうよ……ほら、いただきますしましょ」

子「はーい。いただきまーす」

父「……ん。うん。ああ、なかなかうまいな、やっぱり」モグモグ

母「まっ、私の料理の腕もあるんでしょうけどね!」

父「ははは、そうだな」

子「ほんとだ!おいしい!」モグモグ

父「今日はお前の誕生日だからな。お前が立派な魔族の男になれるように、いっぱい食べるんだぞ」

子「はーい」モグモグ

母「ふふ……それで、これがメインよ」

父「今日の目玉料理はこちら! なんつってな、ハハハ!」

母「もう、寒いわよ」

子「わあっ すごいっ!!」ガタッ

母「あ」


ガシャンッ


父「おいおい、なにやってんだ。うわあ」

母「やだ、どうしよう。もったいないわ」

母「とにかくアレを探して。どっかに転がっちゃったかしら」




剣士「……?」

剣士(あ、何かこっちに転がってきた)

剣士(どうしよう? 魔族もこっちに探しに来るかもしれないし、一階に一旦)

剣士(移動して……)


コロコロコロコロ……





634: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:31:13.75 ID:ykIdgyRXo




コロコロ……


……。


剣士(…………?)

剣士(なんだろ、これ。ボール?)スッ

剣士(……ひっ!! めめめめめめっめめめ目玉っっ)

剣士(おおおおちっ落ち着いて……!動揺したら私がいることばれるっ!!)

剣士(とりあえずゆっくり音をたてずにコレを床に置いて、)

剣士(…………)

剣士(…………あれ)





剣士(この目)

剣士(見たことある)

剣士(……えっと どこだっけ)

剣士(森の色……深い緑の優しい色)

剣士(ゆっくり瞬きする癖が好きだったな)

剣士(ずっと見てきた緑色)















剣士「……」

剣士「勇者の目だ」





635: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:35:15.61 ID:ykIdgyRXo




剣士「……」


スタスタ


父「うわっ……!? なんでここに……?」

母「あなた、ちゃんと鍵かけなかったの!?」

父「いや、両腕と両足の骨折ったから、どうせ動けないと思って……
  なんでこいつ普通に動けてるんだ?」

母「捕まえてよ。明日の分でしょ」

父「まあ、こいつは勇者でもなんでもない、ただの人間だからあまり価値もないが……」

母「それでも若いメスの食材は貴重じゃない。老いてるのよりはおいしいし」

父「そうだな。大人しくしろよ……って、全然暴れてないな」




剣士(うそでしょ?)

剣士(………………………………………………手)

剣士(ああぁぁ……甲に傷……親指の近くの痣…………勇者の手だ……)


剣士「じゃあっ……じゃあ……、この皿にのってる肉も」

剣士「はらわたも」

剣士「舌も」

剣士「歯も」

剣士「全部勇者なんだぁ……」


剣士「あ……あはっ……勇者のこと食べてたんだぁ」

剣士「私の一番大切な人……食べられちゃってるんだ……」

剣士「ああ…………」






636: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:39:18.61 ID:ykIdgyRXo





子「ねえ……お父さんお母さん。この人間、泣いてるよ……?」

母「そうねえ……」

子「かわいそうだよ……」










子「お腹すいてるんじゃないのかな?」





637: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:40:27.86 ID:ykIdgyRXo



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何度吐いても吐いても口の中に無理やり入れられた肉の味とか感触とかずっと残ってて、まだ胃の中にあるような気がして体中の震えが止まらない。半焼けが好きなのかどうか知らないしどうでもいいが、口に詰め込まれたあの人の左手は噛むとじんわり血が滲んで、口腔内に鉄の味が広がった。顎を掴まれて歯が勝手にそれを食む、するとまず肉を食いちぎるあの感触と脂肪が滲みだすあの音が。そして次に歯があの人の骨にかち合って軋んだ。ゴリゴリ。ゴリッ。悪夢だ。何度かそうされるうちに骨は断ち切れなかったけど周囲の肉が噛みちぎれた。グチャっと湿った音がして驚いた瞬間に呼吸といっしょに飲みこんでしまった。私の喉を通って、食道を通って、やがて胃にあの人の肉が。
吐いた。
赤い吐瀉物の中にぷかぷか浮かんでるあの人の骨と皮と脂肪と筋肉と血管と爪を眺める。夢中になって貪るように見つめる。皮膚の下に虫が湧いたように全身が熱くて痒くてたまらない。それでいて氷水のなかにいるみたいに寒かった。だからぶるぶる震えてて自分の体を支えることもできなかった。だれかが笑っている。けたけた楽しそうに笑ってる。子どもは私が吐くのを見てて残念そうな声を漏らすと、いつの間にか私の手から離れてたあの人の眼球を拾って、服で拭って口の中に放り込んだ。






638: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:43:38.22 ID:ykIdgyRXo




だから。だからだからだからだからだからだからね取り戻さなくちゃいけなかったから傍らにあった包丁を握ってそいつの口に差しこんだ。両頬を一気に切り裂いてあの人の目をとり返したら、次は咽頭。骨の間に包丁を縦に刺したらそのまま一気に背骨に沿って下へ、足の付け根まで一気に切り開いた。馬鹿みたいに赤いのがそこから噴き出して全身にそれを浴びたら熱湯のようだった。こんなものをずっと怖がっていたなんて愚かしい。ただの水だ。胃と思われる臓器を手で引っこ抜くと、包丁で裂いて中を探す。いない。いないいない。いない。頭をひっつかんで、びくびく痙攣してる体ごと持ち上げると思いっきり床にたたきつけた。うまく頭蓋骨を割れたようだ。脳漿が右目に入ってちょっと痛い。左目だけ開けて脳みその中をかき分けてあの人を探す。が、ここにもいない。あの人がいない。笑い声がうるさい。あと二人残ってる。笑っているのはどっちだ。どっちもか。男の方がこっちに来たから拳を避けるついでに腕を斬りおとす。そろそろ包丁の切れ味が悪いがこれしか武器がないので仕方ない。大きく口を開けたので、そこに刃をつっこんで上あごを切り取った。目が気に食わなかったので二つとも潰した。化け物でも見るような目だ。化け物はどっちだ?そう言えばまだ心臓の中は探していなかった!大事なところなのでそこに匿ってるのかもしれない。胸を裂いて心臓を見つけ出す。丁寧に探してみたけどここにもいなかった。それから全身を探してみたけど結果はいっしょだった。残り一人。顔をひきつらせて笑い声をあげながら、逃げようとするので今度は足から切った。まだ笑っている。気がくるっているのか?うるさいので喉を潰す。「エサじゃないんだよ」何が?「お前らのエサになるために勇者は生まれてきたわけじゃないんだよ」なにを言っている?あの人はエサになんかなってない。エサになんてなるわけない。そんなこと私が許さない。でも、見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。心臓にも脳にも胃にも腸にも腕にも脚にも目にも食道にも肺にも血管にもどこにもいない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。ついにだれもいなくなった。なのにおかしい。笑い声が止まない。誰かがずっと耳元で笑っている。狂った笑い声をあげている。
気づいた。
笑っているのは私だ。




639: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:49:05.40 ID:ykIdgyRXo





剣士「あはははははははっあははははははははっあはっははははははっはははははは、ははははっははは」

剣士「変なの!全然おもしろくないのに笑いが止まんないよ! あははははっきゃはははははきゃはははっはは」

剣士「くるっちゃったんだ! あはははっあはっははははは!! 私っくるっちゃったんだ!あはははは!!」

剣士「本当はずっと前から壊れてたんだけどね!でもあの人がいたから平気だっただけ!きゃはははははははははは」

剣士「あは」

剣士「…………」

剣士「…………………………………………………………………………………………………………………………………………」




剣士(……ええと)

剣士(包丁。包丁どこやったっけ)


剣士(……首でいいかな)





――ザシュッ


……ドサッ……




640: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:54:34.38 ID:ykIdgyRXo























剣士「なんちゃって♪」

剣士「全部うそだよ」




剣士「うん。びっくりした?全部うそなの。どこからうそかって言うと、最初からだね」

剣士「そう、ぜんぶ作り話なんだ。私の妄想」

剣士「戦争なんてないし、『勇者』も『魔王』もいないし、何から何までぜーんぶうそ」

剣士「だってこんなひどい話現実にあるわけないでしょ?」

剣士「本当にあるお話はね……戦いなんてないの。
   朝起きて、家族と喋って、ご飯食べて、友だちに会って、学校に行くか仕事して、夜になったら遅くなる前に寝なくちゃね」

剣士「平凡で、どこにでもありふれてる日常だよ。特別なことなんて全然起きないよ」

剣士「こんな話……おもしろくないよね」

剣士「つまんないよねっ……」

剣士「……でも私にとっては大切な……」

剣士「とっても大切な……」

剣士「私だけの」

剣士「……」


剣士「この話は、だからもう終わり」

剣士「もう見ないでね。さようなら」

剣士「誰にも見られたくないの。私だけのものだから」

剣士「じゃあね」




641: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:56:02.41 ID:ykIdgyRXo



剣士「……」

剣士「見ないでよ」

剣士「見るなって言ってんじゃん」

剣士「…………見ないでよ……」

剣士「…………やめて……」

剣士「もうやめて……」





642: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 17:57:25.94 ID:ykIdgyRXo



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少女「じゃあ……いくよ?」

少年「うん」

少女「……」



ギイ~~~~~ッ


少女「……」

少年「……うっ、ん……」

少女「笑わないって言ったじゃん!!!」

少年「わ、笑ってないよ」

少女「肩震えてるよっ!! どんなに下手でもいいって言ったの勇者じゃん!!」

少年「やっぱりさ、チェロはちょっと難しいんじゃないの?なんか支えるので精いっぱいって感じになってるよ」

少女「でもこれがいいんだもん……」

少女「ううっ やっぱり音楽の才能ないのかも」

少年「そんなことないよ。もう一回やってみよう」

少女「……うん」






643: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:00:02.07 ID:ykIdgyRXo





少年「……?」

少女「どうしたの?」

少女「あれ……海? この村の丘から……海なんて見えたっけ」

少女「きれい」

少年「……今……あの海の向こうから誰かが僕のこと、呼んだ気がしたんだ」

少女「海の向こうから?」

少年「……いつかあの水平線の先に行かなくちゃ」

少年「何故だかそんな気がするんだ……」

少女「……」



少女「だめ」

少年「え?」

少女「行っちゃだめ」

少女「お願いだから、どこにもいかないで」

少女「ここにいて……!」





644: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:02:39.10 ID:ykIdgyRXo



第零章 SEULE!





645: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:03:36.42 ID:ykIdgyRXo



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剣士「……首を掻き切ったはずなのに、血がいっぱいでたのに、どうして私はまだ生きてるのかな」

剣士「……傷が治ってる」

剣士「なんで?」

剣士「これじゃ死ねない」


グサッ グチャッ ザク ブチュッ ザグッ グサ


剣士「死ねない、死ねない、死ねない、死ねない、死ねない、死ねないっ!!」

剣士「みんなのところにいかせてよおっ!!」

剣士「はあっ……はあっ……あ゛あああぁぁぁっ……痛い、痛い、痛いよ……」



カランッ……



剣士「……はあ、はあ……」

剣士「……?」



剣士「……剣……」

剣士「剣だ」





646: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:05:53.10 ID:ykIdgyRXo




剣士(私の剣じゃない……王都の図書館の地下にあった……あの剣)

剣士(私も勇者も鞘から抜けなかった緋色の剣)

剣士(さっきまで、ここになかったはずなのに……)



カチャッ



剣士(…………)

剣士「ねえ」

剣士「君の名前、もう一度教えて」



剣士「……ああ、そう」

剣士「『魔剣』……『アルファルド』。孤独の星」

剣士「だから、あのときの私には抜けなくって」


スッ


剣士「今の私に、抜けるんだ」

剣士「……」

剣士「いいよ。君に私の命も心も――全部あげる」

剣士「だからいっしょに、戦ってよ」





647: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:11:08.87 ID:ykIdgyRXo




――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――
―――――――――――――



少女「お願いだから、どこにもいかないで」

少女「ここにいて……!」

少女「外の世界は危ないんだよ」

少女「どうしても、行くって言うんなら、私もいっしょについていく」

少女「君のこと、私が守るから!」

少女「……えっ……あれ?勇者? どこ行っちゃったの?」

少女「……勇者! どこ?」




剣士「ばーか」


剣士「勇者はもういないよ」


少女「えっ……」

剣士「お前のせいで死んだんだ」

剣士「弱いくせにそうやって我儘言って困らせて、結局いっつも守られてる」

剣士「……でも……」

剣士「ひとりでなんて戦ってほしくなかったから……っ」

剣士「…………もう何もかも遅いけど」

剣士「罪を犯したなら罰を受けて償わなければならない」

剣士「私が償う」

剣士「お前が罰を受けるんだ」チャキ

少女「……や、やめて」

少女「勇者っ……!」



剣士「……だから」

剣士「もういないって」




ザシュッ





648: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:12:43.76 ID:ykIdgyRXo


第一章 夢のあとに




649: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:15:10.85 ID:ykIdgyRXo



太陽の国 王都


騎士団長「国王様の避難が完了した! まかせて悪かったな、私もいま戦う。戦況は?」

副団長「団長!……戦況ははっきり言って最悪です」

副団長「上から竜族が火吹いて街を燃やすわ、地上からはオークやミノタウロスなんかの魔族が押し寄せてくるわで住民の避難もままなりません!」

副団長「上にいて手出しできないドラゴンは弓兵が、地上の魔族は騎士が抑えてますが……
    もう間もなく第三区も突破されそうです」

団長「特にドラゴンが強敵だな。弓が全く効いておらんではないか!なんて頑丈さだ……!」


オーク「……」

副団長「くそっ!絶対にここから先の侵入は許さない」

副団長「うおおおおお!」

オーク「がああああああっ!」



魔術師「好き勝手燃やしてくれてるわね!……もう!こんな中心街にまで火の手が!まだ人々の避難が完了してないのに」

魔術師「そうそこ。建物が火で崩れそうなところ! みんなで一斉に結界を張るよ。せーの」

魔術師「……うん、ここはあなたたちにまかせるから!私は前線に行って弓兵のサポートを……」

部下「あっ!魔術師さん!」

魔術師「!? ドラゴン!」


バリーンッ


魔術師「い、一撃で数人態勢の結界を? そ、そんなぁ」

竜「……」カパ

部下「魔術師さん!!逃げてください! 竜のブレスです!」

魔術師「じゃあこんなの、どうやって防ぐのよっ……!」




ピシャーン!



竜「ガッ」フラフラ

魔術師「……!?」





650: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:16:49.47 ID:ykIdgyRXo



弓兵「な、なんだ!? 空から雷が竜にいきなり落ちて……」


副団長「……! これは、」

副団長「勇者の魔法だ!!!!!!!!!!!!!」

団長「うるさい! 報告が聞こえんだろうが!!」

副団長「あいつっ! 帰ってきたのか!!!」

副団長「どこに…… あっ」

副団長「剣士くん……!?!? 剣士くんじゃないか!!!!!!」


剣士「……」


副団長「この血は一体……怪我をしているのか!? 神官!こっちに来てくれ!!負傷者だ!急ぎで頼む!!」

剣士「無傷だよ」

副団長「そ、そうかっ!!よかった……!! 魔王との話し合いはどうなったんだ?」

副団長「それに、勇者はどこだ?転移魔法で一緒に帰ってきたのだろう?」

剣士「勇者はいないよ」

副団長「……?? どういうことだ……? さ、さっきの雷魔法は勇者しか使えない魔法だろう!?」

剣士「……竜……」

剣士「炎竜……」

副団長「……剣士くん……? どうした? 勇者に何か……あったのか?」


ダッ


副団長「あっ おい!!剣士くん!!どこに行くんだ!」





651: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:20:37.29 ID:ykIdgyRXo






時計塔 螺旋階段


タッタッタッタッタ……


剣士「『勇者』のものであるはずの魔剣を抜いたのは私」

剣士「転移魔法を使ってここに帰ってきたのも私」

剣士「勇者が使ってた雷の魔法を使えたのも私……!」

剣士「そんな馬鹿な話ってある?……偶然じゃあり得ないよね?」

剣士「あはははっ!そうだよね、そっちの方が……『おもしろい』もんねっ!!」

剣士「ああ神様っ!!! 神様!! 私たちの尊き創造主様!!」

剣士「いつかあなたも殺しに行きます!!」




バンッ!!



炎竜「……む」バサバサ


剣士「最後の四天王。炎竜」

剣士「死んで」


炎竜「なんだ貴様は?」

炎竜「……その剣は……」






652: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:22:39.95 ID:ykIdgyRXo




炎竜「その剣は貴様が持っていいものではない!! 今すぐ返せ!!」

剣士「お前たちこそ返せ」

剣士「私から奪ったもの全部返せ」

剣士「それができないんだったら、黙って今すぐここで死ね」

炎竜「随分と生意気な口をきく……いいだろう、その身全て燃やしつくしてくれよう」



剣士が襲いかかってきた!


炎竜のドラゴンブレス!
剣士は炎に突っ込んだ!



剣士「……」タンッ

炎竜「!?」


剣士は剣を振りかぶった!剣士の攻撃!


――――ヒュッ……


炎竜「がっ……」

炎竜「な……にぃ……!!」


剣士「あは。真っ二つだ」



炎竜は地に落ちた。
炎竜を殺した。




653: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:24:45.37 ID:ykIdgyRXo



ドサッ!!


神官「!? いま屋根のうえに落ちたのって……!!」



神官「ひい、ふうふう…… ああっやっぱり剣士さん!全身ひどい火傷だ……!!というか何故上空から……!?」

神官「すぐに治癒魔法をっ」

剣士「いい」

神官「へっ!?い、いや放っておいたら死んじゃいますよ!!」

剣士「すぐ治る」タッ

神官「ちょっと!!剣士さんっ!!?」

剣士「時間がないんだから」

剣士「邪魔しないでよ」






654: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:26:16.74 ID:ykIdgyRXo




* * *


国王「王都の半分が燃えてしまい、死傷者は約600人……住民の三分の一か」

国王「……傷は大きいな。しかし……よく竜族たちの攻撃を凌いでくれた。
   王都が完全に陥落しなかったのもここを守ってくれたお主たちのおかげだ」

団長「……いえ、それが。その……我々だけではもっと被害は甚大だったかと……」

魔術師長「あの子です。勇者の仲間の剣士。あの子が急に現れて、魔族を斬っていきました」

国王「剣士はいまどこに?」

副団長「魔族の襲撃から姿が見えないのです。……いま部下に探させております」

国王「そうか……。しかし、剣士とともに魔王城に赴いた勇者はどこなのだ?」

団長「あれから勇者の姿を見た者は……おりません」

魔術師長「恐らく……」

魔術師「そんなっ」

国王「勇者が……。……もしそうだとしたならば……もう我々が魔王軍に対抗できる術はない」

魔術師長「もう、終わりですね……」




バタン



剣士「…………………………………………………………」


副団長「剣士くん!!一体いままでどこにっ……」

魔術師「剣士っ……」





655: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:28:00.21 ID:ykIdgyRXo



魔王城


ざわざわ ざわざわ



竜「炎竜様がやられた……赤い剣をもったやたら強い人間がいて、仲間が次々と沈んでいった」

魔族A「炎竜様も! ということは王都制圧は失敗に終わったのか?」

魔族B「四天王様が全員やられた……数百年四天王を務めてきたあのお方たちだぞ、そうそう後釜なんているもんか」

側近「加えて魔王様も……お亡くなりになりました」

魔族C「でも勇者は死んだんだろう!?」

魔族A「し、しかし次期魔王様の王子も……い、いまお休みになられてるそうじゃないか」

側近「利き腕と魔力半分を勇者との戦いで失われました。大変お疲れのようで、仰る通りお休みになられてます」

竜「魔力半分って……」

魔族B「なんか随分流れが変わってしまったじゃないか。
    魔王様も、四天王様もいなくなって……姫様も亡くなって……王子も深手を負った……」

魔族B「これで、勝ち目はあるのか……?」

魔族A「俺たち魔族の未来はどうなるんだ?」

魔族C「もう……終わりだ………………」

側近「……滅多なことを言うものではありませんよ」



ガチャッ



兄「…………………………………………………………」



側近「あっ……まだお休みになられていた方が」





656: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:29:20.51 ID:ykIdgyRXo








「「まだ終わっていない」」








657: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:30:31.28 ID:ykIdgyRXo




剣士「戦争はまだ続いてる」

兄「そして、俺が終わらせる」



剣士「人類の勝利と」

兄「魔族の勝利と」


剣士「魔族の敗北によって。」

兄「人間の敗北によって。」


剣士「私が絶対終わらせるよ」

兄「俺が、必ずこの手で終わらせてやる」





勇者「私が勇者だ」


魔王「俺が魔王だ」





658: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:32:38.68 ID:ykIdgyRXo




勇者「魔王が何人でてきたって四天王が何人でてきたって、どうでもいいよ」

勇者「邪魔する奴は全員斬り伏せる」

勇者「とくにあいつ。赤い目のあの男。あいつが……きっと今の魔王なんだ」

勇者「あいつだけは楽に死なせてなんかやらない」



魔王「王都に現れた赤い剣の娘だと?そいつは魔王城に来ていた勇者の仲間だ」

魔王「……赤い剣……魔剣か? ならばその人間が新しい勇者だな」

魔王「ハッ……勇者が何人いようが全員仕留めるだけだ」

魔王「俺の邪魔はさせん」





勇者「次会うときまで待ってて、魔王」

魔王「次相まみえるときまで首を洗って待っていろ、勇者」




659: ◆TRhdaykzHI 2014/04/01(火) 18:33:20.95 ID:ykIdgyRXo





「「ぶっ殺す」」






664: ◆TRhdaykzHI 2014/04/04(金) 23:50:41.02 ID:gGyhfRijo


第二章 おお死よ、星屑よ



665: ◆TRhdaykzHI 2014/04/04(金) 23:52:51.70 ID:gGyhfRijo



副団長「ふう……。どうだろうか」

魔術師「なかなかいいと思うよ。花も供えて……っと」

勇者「……」

副団長「王都にも彼の墓がつくられたが、やはり故郷に眠りたいだろうと思ってね……。
    あっちにあるもののように立派なものではないが」

魔術師「……ねえ、本当に彼は……死んでしまったの?」

勇者「死んだよ」

副団長「……。しかし、彼が死んでそのすぐ後に剣士くんが「勇者」になることなど、あり得るのか?
    それに勇者の魔法が後天的に使えるようになるなど聞いたことがない」

勇者「後天的に使えるようになることはあったみたいだよ。司書が言ってたもん」

魔術師「し、司書?だれ?」

勇者「あの人が死んですぐ後に私が勇者になったことから、私分かったの。
   勇者の選別は偉大な偉大な神様によって、確かになされてるってね」

勇者「……。行かなきゃ。星の国に」

勇者「魔女族は厄介な魔法を使ってくるから、早めに潰しときたいんだ」

魔術師「……剣士……あのね……」

勇者「うん。魔術師さんと副団長さんが言いたいこと、分かります」

勇者「私はこれからあの人とは正反対の道を選ぶ……だけど」

勇者「私、分かっちゃったの。
   いま、この世界で、どちらの種族も生きるなんてことはできない」

勇者「一方が生き残るためには、もう一方を全滅させなければならない。
   中途半端に取り残せばどっちの種族も滅ぶ運命なんだ」

勇者「だったら私はあの人が守ろうとしたものを守るよ」

勇者「……あの人が生きてたら……もしかしたら別の道もあったかもしれないけど
   私にはできない……これだけしか選べない」





666: ◆TRhdaykzHI 2014/04/04(金) 23:54:28.34 ID:gGyhfRijo




勇者「そうだ。魔術師さんに訊きたいことあったんだ。
   誓いを破ったらその人の命を奪う魔術ってあるの?」

魔術師「あるけれど、それは私の分野じゃないから詳しくは知らないな。
    それは神殿の魔術だよ」

勇者「……ふーん……神殿ね」



勇者「……ん」

勇者「ここ、あの人と一緒に種を埋めたところ。芽、出たんだ……」

副団長「……」

勇者「もう意味、ないけどね」





667: ◆TRhdaykzHI 2014/04/04(金) 23:58:19.36 ID:gGyhfRijo



一週間後

星の国 魔王軍侵略地区




勇者「……はあ」

勇者「やっと終わった」



勇者「!」チャキ

騎士「ち、違います!俺は人間です!あのっ、勇者様でいらっしゃいます……よね」

勇者「……」

騎士「星の国王様より勇者様にお伝えすることがあって参ったのですが……」

勇者「なに?」

騎士「魔王が雪の国の王都を制圧したそうです。
   雪の国は国境も封鎖され、全域魔王軍に制圧されました」

勇者「へえ。あいつ、自分でも動くんだ」

騎士「そ、それから太陽の国と雪の国の塔、どちらも破壊されました。
   修復は困難であり、神殿によるともう女神様お二人とも……消滅してしまったようです」

勇者「あ、忘れてた」

騎士「え?」


ビッ……!


騎士「…………え!?」

騎士「な……なんてことをしているんですかっ!?
   我が国の塔を……は、破壊するなんて!!」

騎士「塔の守護神を殺してしまうなんて……!!あなたは今とんでもないことをしてしまったんですよ!」

勇者「神様になんてもう頼らない」

勇者「私、神様って大っ嫌い。私たちを盤上の駒みたいに扱う神様なんてさ」

勇者「おもちゃじゃないんだよ。お前の娯楽のために存在してるわけじゃない……」

騎士「ゆ……勇者様、なんてことを……」

勇者「この国にいた魔族は全部殺したからもう帰るね。じゃあ」

騎士「ああっ、ちょっと!!」






668: ◆TRhdaykzHI 2014/04/05(土) 00:10:12.79 ID:YHxBqZy7o



太陽の国



国王「雪の国が魔王軍の手に落ちた……勇者よ、雪の国奪還に行ってくれるか」

勇者「嫌だよ」

騎士団長「なっ……!?」

国王「……何故だ?」

勇者「雪の国に行ったら今度はまた別のところが占領されて、どうせ同じことになると思うし」

勇者「もう後手に回るのいや」

勇者「だから魔族領に攻め込むよ」

魔術師長「でも、雪の国を助けに行けるのは勇者だけなのよ。
     国境は封鎖されてしまったから、転移魔法を使えるあなただけがあの国に行ける」

勇者「魔王もそう考えてる。あいつの思い通りになるだけじゃ勝てない」

騎士団長「しかし、それではあの国の国民はっ……虐殺にあうのだぞ」

勇者「はあ……じゃあ戦争に負けて人類全部滅ぼされてもいいって言うの?」

勇者「それに、ならこっちも虐殺し返せばいいだけだよ」

副団長「……!?」

勇者「あっちは自分が優勢だと思ってるだろうけど、そろそろ自分たちの立場思い知らせないと」





669: ◆TRhdaykzHI 2014/04/05(土) 00:13:58.70 ID:YHxBqZy7o



国王「……」

国王「分かった」

神儀官「素晴らしいですね。
    たった一週間で星の国の魔族を殲滅した実力、それにその決断力」パチパチ

神儀官「あなたこそ勇者に相応しいです。その前の彼は……些か優柔不断でしたからね。
    平和条約などという提案までしてくるほど、」


ダンッ!!


勇者「あの人の悪口はやめてね。うっかり手が滑って殺しちゃうかも」

神儀官「ふふ。ああ、怖い怖い」

勇者「……。ねえ、そうだ。神殿の人にね……訊きたいことあったんだ」

勇者「もしかして……あの人に…………」クラッ

勇者「……ん……」

魔術師「剣士っ! どうしたの、大丈夫?」

神儀官「あら……どうされたのです?お身体は大事になさりませんと。
    では、私は神殿会議の時間なので失礼しますね。ごきげんよう、勇者様」





671: ◆TRhdaykzHI 2014/04/05(土) 00:19:31.72 ID:YHxBqZy7o



宿


魔術師「本当に大丈夫なの? だって顔色が……」

勇者「平気。ここでいいよ」

魔術師「……あのね、剣士……頼ってくれても全然いいんだよ。
    私とあなたはあんまり長い時をいっしょに過ごしたわけじゃないけれど」

魔術師「彼が王都にいた2年間、あなたのこといっぱい話してくれたの。
    私、いつもにこにこ笑ってたあなたのこと好きだよ」

魔術師「彼だって、あなたがまた笑ってくれることを望んでると思う……。
    ……傷が勝手に治るって言ったよね。どんなに傷ついても必ず癒えるって」

勇者「そうだよ。なんでか知らないけど」

魔術師「あなたに魔法がかかってるのよ」

魔術師「……なんだかね、それ、彼の魔法の気配がするんだ」

勇者「…………」

勇者「もう行くね」スタスタ

魔術師「あ……」





672: ◆TRhdaykzHI 2014/04/05(土) 00:20:54.69 ID:YHxBqZy7o



バタン


勇者「……ふう……」

  「おかえり」

勇者「……」

  「どうしたの? 具合が悪い?」

勇者「……ちょっと目眩がするだけ……」

  「魔剣を使う対価か。時間があんまりないのかな。思ったより早いね」

勇者「そうだよ、時間がない。1カ月か……2カ月か……たぶんそれくらい。
   それまでに終わらせないと……」

勇者「ねえ、私に魔法をかけたのって君なの?」

勇者「あのとき意識がぼんやりしてて、君が話してるの全然覚えてないんだ……。
   最後になんて言ってたの……」

  「……」

  「さあ」

勇者「……わかるわけないか」

勇者「君は私の幻覚だもんね。私が知る以上のこと知ってるわけないよね」

勇者「……はは」




673: ◆TRhdaykzHI 2014/04/05(土) 00:23:02.93 ID:YHxBqZy7o


第三章 とつぜんジャックは泣き崩れ、叫んだ。「あの馬鹿野郎ども、自分らが何を殺したかわかってるのか!」




674: ◆TRhdaykzHI 2014/04/05(土) 00:24:27.69 ID:YHxBqZy7o



* * *


勇者「……え? なんで。転移魔法で行くからいいよ」

副団長「いや、昨日の会議で決まったことなんだ……。
    騎士と魔術師と神官で編成された軍とともに、魔族領へ続く大河を渡って行ってほしい」

副団長「大河にも魔族が待ち構えているだろうから、君の力が必要なんだ」

勇者「だからそんなことしなくっても、私一人ですぐあっちに行けるって。
   ……だれ? 提案したの」

副団長「……神殿さ」

勇者「……あの女」ギロ


神儀官「……」ニコ

勇者「監視のつもり? 余計なことを」

勇者「時間がないのにっ……」




675: ◆TRhdaykzHI 2014/04/05(土) 00:27:49.04 ID:YHxBqZy7o




魔族領


神官「こ、ここが魔族の地……気を引き締めてかないと……っ」

騎士「勇者様とご一緒なんだ、そこまで怯えなくても大丈夫さ。
   なにせ大河のどでかいモンスターも一撃で沈めちゃう人なんだからな」

勇者「自分の命は自分で守ってね。私、守らないから」

神官「は、はい」


シーン…


騎士「勇者様、どこから手をつけるおつもりですか」

勇者「ドラゴン邪魔だから竜族のいるとこ……竜の谷だっけ。
   そこ目指しつつ手当たり次第通った村破壊するつもり」

神官「でもそれでは、谷につくのは随分先になってしまうのでは?
   いくら私たちが大勢いるとしても、村を全て破壊するとなると」

騎士「騎士神官魔術師あわせて総勢150人くらいいますけどね」

勇者「すぐ終わるよ」ヒュッ

神官「え……」



騎士「…………!! ふ、伏せろっ」

神官「うわっ!」


―――・・・……


勇者「ね」

騎士「……信じられない。村ひとつ、さっきの一振りで?」

神官「まるで跡かたもなかったかのように……」

勇者「生き残らせても、治めとく人間がいないでしょ。反乱起こされたら振り出しだし」


勇者(……別にこんなこといちいち話さなくていいのに。いいわけしてるみたい……)

勇者「やだな」スタスタ

神官「あっ、待ってください……」






676: ◆TRhdaykzHI 2014/04/05(土) 00:33:44.22 ID:YHxBqZy7o




エルフの里



エルフ母「起きなさい!起きなさいったら!!」

女エルフ「へ……? なによう……お母さん?」

エルフ母「すぐにここから逃げるわよ!人間たちが……勇者が侵略に来たみたいなの!
     ここから北の村は全部一瞬で消されたみたいだわ。鴉が教えてくれたのよ」

女エルフ「勇者……? でも……勇者はもう……」

エルフ母「ここももう危ないわ!みんなもう逃げはじめてる。
     先祖代々受け継いできた地を捨てるのは……惜しいけど、命には代えられません。逃げるわよ」

女エルフ「わ、私ちょっと話してくるっ。お母さんは先に逃げてて!!」

エルフ母「どこいくのっ!? こらっ!!」






女エルフ「……あっ……剣士!」

女エルフ「剣士が……勇者になったの……?」

勇者「……」

女エルフ「剣士が、ほかの村を消したの?」

勇者「そうだよ」

女エルフ「……っな、なんで!剣士あのとき言ってくれたじゃん……!
     戦争は終わりにするって!」

勇者「それを妨げたのは、君たちの魔王でしょ?」

勇者「どけ。どかないならお前から殺す」

女エルフ「! エ、エルフの里も消すの? やめなさいよっ!!
     そんなの許さないよ。ここはどかない!!」

勇者「あっそ」チャキ

女エルフ「……なんでよ……なんでこんなことするの?……」

女エルフ「私と……と、とっ、友だちになってくれたじゃん。
     人間と魔族でも友だちになれるからって……勇者も言ってたのに」

勇者「友だち」

勇者「そんなものじゃない」




680: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 16:23:57.14 ID:Ruy+5Y7ao



女エルフ「どうしてよ?魔族も人間も違いなんてないって……」

勇者「そう言ってたあの人は魔族に食べられちゃったよ」

勇者「エサ。家畜。食料。同等だなんて、思ってない。
   でもさ……それ、人間もいっしょなんだよね」

勇者「村の人が人魚食べてたの知ってる。見ちゃった。私も食べちゃったんだもん」

勇者「いいところも悪いところも気持ち悪いくらいいっしょで、だからこそ共存は無理なんだって。
   種族の違いよりも文化の違いが、お互いへの認識がまず立ちはだかってる」

勇者「積み重ねてきた歴史が重すぎたんだね。そうそう変えられるものじゃない」

勇者「だから、無理なんだよ」

勇者「ここでどっちかが滅ばないと、またいつか戦いが起きちゃうよ。
   こんな辛いの、もうたくさん。被害を最小限に抑えるためにここらへんで終わろうよ」

女エルフ「私たちを殺すの? それもあんたにとって辛いくせに」

勇者「……。あのときは……ちゃんと友だちだって思えたよ。
   でも今はだめ。人じゃない、魔族の君の姿かたちを見てるだけで……吐きそう」

女エルフ「……それならさ、こんな風にごちゃごちゃ喋ってないで最初に私から殺せばよかったのに。
     どうせ里も私も消すなら、順番なんてどうだっていいじゃん」

女エルフ「なのに『どかなきゃお前から消す』なんて言ってさ。
     やっぱり、剣士は心のどこかで迷ってるんだよ」

勇者「黙ってよ」

女エルフ「迷ってるくらいならやめてよ!私たちの里を消さないで!!」

勇者「迷ってなんかない。適当なこと言わないでよ」




勇者「……ッ」ググ

女エルフ「うっ……!」

勇者「……」

女エルフ「……ほら、迷ってる。手だって震えてるじゃん……やめてよ」

勇者「黙れ」




681: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 16:25:35.67 ID:Ruy+5Y7ao




「……敵の怪我まで治して、最初見たときから思ってたけど、勇者ってほんとヤサシイんだね。
 ばっかみたい。こんなことされても私は人間なんて大嫌いなんだからね」

「どうせ戦っても死んじゃうんだから、無駄だって!だからやめなよ!
 で……でさ、勇者と剣士の二人だけなら、私が匿ってあげてもいいよ。大叔母様もいいよって言ってくれたし……」
     
「そうだね。平和が一番だよね。
 あのとき……やっぱりあのエルフを殺さなくてよかった」

「なんだか、えーと……えっと……うまく言えないけど、今ちょっと嬉しい」


「そうしたら、私たちと女エルフも戦わなくて済むね!」


勇者「うるさいな……!」

勇者「うるさいっ!!」



ドッ……



女エルフ「あ……っ」ドサ

女エルフ「……」



勇者「……ぁ」


勇者「っ……はあ……変なことばっか言って…………はあ……
   ほら、やっぱり違う。ちゃんと殺せたもんね」

勇者「あはは、はは。 もう何だって殺せる。私はちゃんとできる」

勇者「できるんだから」


神官「勇者様、よろしいですか? 西の方角に村が……」

勇者「……うん今行く」




682: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 16:29:04.38 ID:Ruy+5Y7ao



* * *


王都


騎士「救援物資の受領は完了しました。
   3時間後に国王様との謁見、そして明日に戦場に転移して頂くので、それまでお身体をお休めください」

勇者「ああ、うん」


バタン


勇者「……」

  「おかえり」

  「ねえ、ひどいよ剣士。どうして私を殺したの?痛かったんだよ?」

勇者「……はあ……増えてる……」

勇者「休ませてよ」

  「友だちだって言ってくれたのに。裏切ったんだ、ひどいじゃない剣士」

  「勇者の守りたかったものを守るためとか言って、そんな大義名分、殺される方にとっちゃ何の関係もないの。
   私だけじゃなくて、私の里にいたみんな、お母さんもお父さんも大叔母様も殺したんだね。ひどいよ、あんまりよ。
   エルフだけじゃない、ほかの種族もみんなみんな、全部殺しちゃったんだ」

  「魔族領の北部から入って、続いて西部も全滅させて……どれだけの数を殺したの?その剣で。この、大量虐殺者。
   むしろ虐殺を勇者のためって言ってる時点で、責任転嫁だよね?自分のせいじゃないって思ってるんでしょ?」

勇者「あの人のためじゃない……私が……」

  「あーあみんな恨んでるよ。勇者も今の剣士の姿見たらどう思うだろうね?あ、本物の勇者のことだよ。
   でもさ、一番ずるいのは、幻覚である私にこんなことを喋らせて少しでも楽になろうとするあんただよ」

  「責めてほしいんでしょ、詰ってほしいんでしょ」

  「でも、本当は、死んだらもう喋らないよ」

勇者「ねえお願い。静かにしてよ……眠りたい……」

  「いやよ、眠らせてなんかあげない。ねえ、死ぬのってどんな感じだか分かる?
   暗くて静かで、怖かった……。痛かったよ」

  「私のお腹、刺したよね?すっごく痛かった!!!! ねえ分かる?
   こんな風に一気にグサってやったよねっ!!血がいっぱいでて痛くて痛くて痛くて痛くて泣きそうだった!!」グッ

勇者「いっ……!」


  

683: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 16:31:34.84 ID:Ruy+5Y7ao




コンコン


魔術師「剣士?いる? 王都に今帰ってきてるって聞いてちょっと寄ったんだけど……」

魔術師「剣士……?」


魔術師「きゃあっ ちょっと、なにやってるのよ!!やめなさい! 剣を抜いて!!」

勇者「……」

魔術師「どうしてこんなことしたの……剣士」

勇者「私じゃない、あのエルフが」

魔術師「エルフ……?」

勇者「……何でもない。傷は塞がるから大丈夫。何か用ですか……」

魔術師「あのね、今度から私も王都を離れて戦場に行くことになったから。
    何度も前から上に頼みこんでたんだけど、やっと許可もらえたから」

魔術師「副団長……あいつも行きたがってたんだけど、どうも騎士団の方は難しいみたい」

勇者「人手は足りてるけど」

魔術師「私もあいつもあなたが心配なのよ。見る度痩せてるじゃない。
    それに……さっきみたいなことは、もしかして何度もしていたの……?」

勇者「私は大丈夫です。何に邪魔されたって絶対やります」

魔術師「……そう」





684: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 16:33:42.80 ID:Ruy+5Y7ao




魔術師「……もうご飯食べた?王様に会うまで時間あるでしょ?
    食べ物持ってきたわ。いっしょに食べましょうよ」

勇者「ありがとう。でも、水でいいの」

魔術師「水って食べ物じゃないわよ。ちゃんと食べて、元気出さないと!ねっ!
    色々持ってきたんだよ、えーとパンに魚に肉に果物にお菓子に……ほら、おいしそうでしょ」スッ

勇者「やめてっ!! ……あまり近づけないで」

魔術師「わっ……!?」

魔術師「……剣士、どうして食べないの? 食事をしないと死んじゃうよ」

勇者「死なないから平気。水でいい」

勇者「食べないんじゃなくて……食べれません。あの日からずっと」

魔術師「まさか……うそでしょ?剣士」

勇者「それ、悪いんですけど持ち帰ってくれますか……私はいりません」

勇者「……眠いの」




685: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 16:36:53.10 ID:Ruy+5Y7ao


* * *


勇者「……報告はこれで終わり」

国王「うむ。お主はよくやっておるな……感謝する。
   次はいよいよ魔王城のある中央部か」

国王「魔王軍は雪の国に続いて星の国の王都も制圧した。
   これで残るのは我が国だけだ」

騎士団長「勇者。王都で魔王を待ち構えるわけにはいかんのか?」

勇者「あいつは絶対私のところに来るよ」

勇者「それに、あそこで戦いたいの。あそこで私が勝つことに意味がある」

勇者「だから……、ぐっ…… ゴホッ、ゲホ」ビチャ

副団長「どうした!? 血が……」

魔術師長「神官、すぐに治癒魔法を!」

神儀官「治癒魔法では、治せません」

団長「なにを言っている、早く!」

神儀官「魔剣の対価ですね、勇者様。その剣は命を燃やす剣なのですから」

魔術師「どういうこと?」



勇者「……」

勇者「…………」

勇者「なんで知ってるの?」

勇者「私、だれにも言ってない」





686: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 16:41:19.40 ID:Ruy+5Y7ao



神儀官「禁術も魔剣も管理していたのはこの国の女神様だったでしょう?
    神の領域、すなわち我々の管轄です」

神儀官「もっともその存在について詳しく知っているのはほんの数人ですけれど……
    私もその一人です。あら、申し上げていなかったでしょうか」

勇者「…………え?」

勇者「ずっと……知ってたの?剣がこういう剣だってことも……
   禁術を使う度に何が奪われるのかってことも……ずっと知ってたの?」

勇者「知ってて黙認してたの? いや、違うか。知ってて、それでも使わせようとした。
   本人には教えないで、自分からすすんで使わせようとしたんだね。あの人の優しさにつけこんで」

勇者「だからだよね?」

勇者「あの人が勇者だった頃と、今の状況はさして変わらないのに、
   あの人は少人数で旅立たせて……私が勇者になったときは」

勇者「――私がこの魔剣を手にしてからは、嫌になるくらいの大人数をお供につけたね。
   一人でいいって言ってるのにさぁ……」

神儀官「それは些か邪推しすぎではないでしょうか?」

勇者「どうせ剣を抜ける条件だって知ってたんでしょ」

勇者「ねえ、もうひとつお前に訊きたいことがある」スラッ

団長「! 勇者!!王の御前であるぞ、剣をしまえ!」

勇者「そんなこと、どうだっていいんだよ」



勇者「前にも訊こうとしたんだった」

勇者「あの人に何を誓わせたの?」




688: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 16:43:58.79 ID:Ruy+5Y7ao



神儀官「……」

神儀官「彼が申し出たのですよ」

神儀官「戦争が終わった後に、危険な魔法を使える自分が残っていたら人々が安心できないだろうから
    その時には自分は表舞台から消えることを約束する、と……」

神儀官「ですから神殿の魔術の下に誓って頂いただけです。何か問題が?」

勇者「は、は、は、は」

勇者「ふざけんのも大概にしてよ」

勇者「ああ……『世界中から逃げて』って……あの人が言ってたのはそういうことだったんだ。
   私はてっきり……まさか人間から逃げるって意味だとは……思わなかったよ」

勇者「彼が自分から申し出た? 違うでしょ。お前が言ったんだろ」

勇者「ねえ……あんまりじゃない?あの人が何のために……辛い思いいっぱいしたと思ってんの?」

神儀官「英雄には英雄なりに始末をつけて頂きませんと、我々平民は日々の暮らしもままなりません」

勇者「英雄って本当に思ってる?『勇者』だなんて名前つけて祀り上げて
   ボロボロになるまで使い古して用済みになったら死んでくれなんてさ」

勇者「それじゃ人柱とか奴隷とかの名前の方があってるよ」

神儀官「……戦争には、そして平和には犠牲がつきものです」

勇者「あははっ」

勇者「同感」チャキ


副団長「剣士くんっ!!やめるんだ、君はっ……」

勇者「邪魔しないで」

副団長「ぐっ」




689: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 16:46:48.14 ID:Ruy+5Y7ao



魔術師長「ちょっとちょっと……なんなの!止めるわよ!」

団長「もうやってる!くそっ」

魔術師「剣士っ!!だめよ、やめて!!」

魔術師「気持ちは分かるけど、そんなことしたらあなた処刑よ……!!」

勇者「どいてて」



神儀官「……私は人ですよ。あなたが慕っていたあの彼が、守ろうとした人類です」

神儀官「魔族ではなく人を今殺してしまっていいのですか?」

神儀官「あなたの剣はその瞬間から、戦争解決のために振るわれるものでなく……
    個人的な欲求から殺戮のために振るわれる虐殺者の剣となるのです」

勇者「そうだよ」

神儀官「え?」

勇者「元からそうだよ。私は徹頭徹尾私のためだけに戦ってるんだから」

神儀官「…………まさか、本当に今この場で私を殺そうと言うのですか?」

神儀官「この私を?」


勇者「?」

勇者「なんで殺されないって思ってたの?」



――ヒュッ……!

ゴトッ……




690: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 16:51:37.60 ID:Ruy+5Y7ao



副団長「ああ……なんてことだ」

神官「ヒッ……! 神儀官様の、く、首っ……」



勇者「王様はどこまで知ってたのかな」スタスタ

団長「勇者。それ以上国王様に近づくんじゃない!!」

団長「いくら勇者とて国王様に剣を向ければ、その瞬間から貴様はこの国全ての者を敵に回すぞ」

勇者「別にいいけど……負けるのそっちだし」

国王「……よい。皆、勇者をわしの元に通すのだ」

魔術師長「国王様!?」

国王「勇者…………すまなかった。殺したければそうするがいい。
   わしは神殿がそのような誓いを彼にさせていたことに気付かなかった……」

国王「しかし、魔剣や禁術のことを黙っていたのは真実だ。
   わしはその代償のことも知っていたが……告げることはしなかった」

国王「……この国の国民を守るために、彼にそれを使ってもらわねばならなかった。
   万が一にでも、彼が代償を恐れて魔法を使わないなどということがあってはいけなかった」

国王「魔剣についても、お主が言った通りだ……謝っても謝りきれん。
   旅立ちの時に、神殿が持ちかけた案をわしは受け入れた」

国王「わしは最低の王だ。大多数を守るために少数の犠牲を生まずにはいられない」

勇者「……」

勇者「うん最低。この国もこの世界もみんなも……私も」

勇者「全部最低……」




691: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 16:55:21.70 ID:Ruy+5Y7ao




「神儀官様が勇者に斬り殺された」

「国王様にまで剣を向けたらしいぞ」

「王は無事らしいが」

「なんてことだ」

「あの勇者は罪人だ」

「殺人罪」

「弑逆」

「危険だ。今すぐ処刑を」

「しかし、勇者がいなくなったら戦争はどうなる?」

「……」


「人殺しの罪人が国の英雄などと後世にとても語り継げない」

「あの者の名を勇者として歴史に残すことを禁じよう」

「そうだ」

「それが妥当だ」

「罪人の名を……」

「それを刑としよう」

「それがいい」

「あの者の存在を――消そう」



692: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 16:56:48.44 ID:Ruy+5Y7ao



* * *


魔族A「来たぞ……勇者だ!!」

魔族B「後衛部隊が魔法を放ったら、一斉に前後左右から斬りかかれ……!
    一瞬だぞ、気を抜くなっ!!」

魔族C「やってやる……!!」




勇者(あーあ)

勇者(ずっと一番近くにいたのに、全然気づいてあげられなかったなあ……)

魔族A「うおおおおおおっ!!死ねっ勇者!!」

勇者(どうしてあんな風に笑えてたのかな)ザシュッ

魔族B「く、くそっ!よくもっ! ぎゃああああぁぁぁっ」

勇者「どんな気持ちでさっ……ああ、もう最悪だよ。全部遅すぎるよ」

魔族C「がはっ」


ドサッ



勇者(謝りたい)


勇者(会いたい……会いたい。会いたい。会いたい。会いたい)

勇者(会いたい)




693: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 16:58:09.26 ID:Ruy+5Y7ao



勇者(あの人に会いたい……)




……ザッ……



勇者「………………!」

勇者(……)

勇者「…………」

勇者「…………」


勇者「あの日から」


勇者「ずっと……会いたかったよ」






勇者「……魔王」




魔王「……」

魔王「俺もだ」






勇者「ぐっちゃぐちゃにして生まれてきたこと後悔させてあげる。
   お前が一体何を殺したのか自覚して。生を呪って惨めに死ね、この野郎」

魔王「意気がるなよ小娘が。この世全ての苦痛を味あわせてからじっくり殺してやる。
   貴様らによって世界から何が失われたのかをその容量の少ない脳みそで考えろ」

「「死ね」」




694: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 16:59:26.10 ID:Ruy+5Y7ao


第四章 G線上のアリア




695: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 17:02:59.17 ID:Ruy+5Y7ao



――キィン!


魔王「盗人猛々しいとはこのことだな。
   魔剣を返せ。それは貴様が振るっていいものではない!」

勇者「……」

勇者「知るかよ」


勇者「ねえ!その片腕、あの人に取られたんでしょ!?」

勇者「あはははは! 無様だね。バランスよくなるようにもう片方も?いであげるよ」ブン

魔王「余計な世話だ」ヒュ


魔王「それに……無様なのはどっちだか。
   お前の連れの男の死体を見せてやりたかった」

魔王「剣が刺さってまるで針鼠のようだったな。あれは傑作だった」

勇者「…………」ヒクッ

勇者「…………じゃあお前も同じようにしてやるよ……!」

魔王「!」


ビッ


魔王「俺に一太刀浴びせるとは」

魔王「……だが間合いを誤ったな。剣に頼りすぎだ」グッ


ダンッ!


勇者「っ……!!」

魔王「ちょこまかとよく動く……目障りだ」


メリッ ゴキグギグキグシャ


勇者「い゛っ……たいなあ!!いつまでその足乗せてんだよっ!!」ヒュッ

魔王「チッ」





696: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 17:07:20.89 ID:Ruy+5Y7ao


―――――――――――
――――――――
――――


勇者「ハァ……はあ……」

魔王「しぶといな……さっさと死ね」

勇者「私の台詞なんだけど」


勇者「……どうしてこんなことになっちゃったんだろ」

勇者「こんなはずじゃなかったのに。どこで間違っちゃったのかな!」キンッ

勇者「生まれてこなければよかった。この世界もお前も私も全部……
   どうせこんなことになるなら、最初からなければよかった」

魔王「ならその首、今すぐ差しだせ」ザシュッ

勇者「お前にだけは絶対あげない」ズバッ


勇者「ねえ、何回殺したら死ぬの?そろそろ本当に死んでよ」

魔王「それこそ俺の台詞だ。いい加減貴様の面も見飽きたわ」

勇者「……」

魔王「……」


魔王「貴様をここで殺して……残った人間を絶滅させる。
   それを成し遂げるまで、俺は死なない」

勇者「あははっ」

勇者「お前もほかの魔族も、私によって殺されるんだよ。
   残念だね……」

魔王「そんなことはさせない」

勇者「お前がどう言おうと関係ない。私がするって決めたんだから」




697: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 17:10:35.64 ID:Ruy+5Y7ao



勇者「……」

勇者「お前さえ……いなければ」

魔王「貴様さえいなければ」


「「あのとき全てが終わったものを……っ!!」」



ダンッ!


勇者「死んじゃえっ……!!!」ズバ

魔王「……貴様がな……!」


グチュ


勇者「っああぁぁ……っ!!うっ……」

勇者「あぁ……ああ、あははははははっ!!」ガシ

魔王「!?」

勇者「お前の左腕を塞ぐためなら、……お前を殺すためなら!!」

勇者「片目が潰れるくらいどうってことない!!」

勇者「死ねよ。死ね」

勇者「魔王!!!」



ドスッ!!




698: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 17:13:48.09 ID:Ruy+5Y7ao




魔王「……」

魔王「がはっ……!」


グサッ ドス グチャ ゴキッ ビチャッ


魔王「ぐ……」

魔王「…………」




勇者「……死んだ……?」

勇者「やった。私の勝ち」

勇者「あはははははははははははっ!!私が勝ったんだ!」




勇者「うっ……はあ……はあ……」

勇者「……疲れちゃったな……ははは」




699: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 17:15:42.73 ID:Ruy+5Y7ao


お母さん。お父さん。

勝ちました。


狩人ちゃん。

僧侶くん。

勇者。ハル。

勝ったよ。

笑って。


私はこれから、もう二度と笑えません。




700: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 17:18:28.81 ID:Ruy+5Y7ao


第五章 タイスの瞑想曲



701: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 17:28:34.58 ID:Ruy+5Y7ao




勇者「…………」

勇者「……」パチ

魔術師「あ……よかった。目がさめたのね」

勇者「ここは?」

副団長「王都だ。まだ寝ていた方がいい」

副団長「剣士くん。魔王はいなくなった。君は本当によくやってくれた……」

副団長「心から礼を言わせてくれ。……それから謝らせてほしい」

魔術師「私も。ごめんなさい。
    彼とあなたがどんな思いをして戦ってたのかなんて全然気づきもせずに……」

勇者「……?」

副団長「俺たちは間違っていた。もっと早くからこうしていればよかった。
    剣士くん、その魔剣は俺に託して、もうゆっくり休んでくれ」

副団長「俺がこれからは前線に立とう。王都を離れる許可は既に団長にもらっている」

副団長「命を奪う剣など君に握らせていいものではなかった。
    あいつに申し開きができない」

勇者「……さっきから」

勇者「彼とかあいつとか、一体だれ」

副団長「ん……?」

魔術師「だれって、あなたとずっといっしょにいた勇者だよ」

勇者「勇者は私でしょ」

魔術師「えっ……いや、……ハロルドのことだよ。ハル。知ってるでしょ?」

勇者「…………」

勇者「さあ。知らないけど」

魔術師「……冗談だよね?」

勇者「……?」





702: ◆TRhdaykzHI 2014/04/07(月) 17:37:51.01 ID:Ruy+5Y7ao



副団長「……。ほかの仲間のことは覚えてるか?」

副団長「僧侶や狩人くんのことは……?」

勇者「わかんない……」

勇者「私は記憶をなくしているの?」

魔術師「…………」

副団長「……これも剣のせいなのか」

副団長「……なんてひどい。もういい、魔剣を俺にくれ。
    あとは俺がやる」


カチャッ


副団長「ぬっ……ぐぐ……なんだこれは?なんて固い……ぐぐぐ」

魔術師「し、しっかりしてよ!」

副団長「うぐぐ」

勇者「剣を返して。あなたじゃ抜けない。無駄だよ」

勇者「行かなきゃ」

魔術師「ちょっと待って。どこに行くの?」

勇者「私がいるべき場所に。もう時間がない」

勇者「やり残したままじゃ、死んでも死にきれない……」


勇者「剣を返して」

勇者「私の剣だよ」





708: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 16:39:10.97 ID:29aBfSSSo



* * *


数週間後

魔族領 最南端 森林奥


勇者「…………」

勇者「最後の……村……」

勇者「雪の国と星の国にいる魔族は全て消したから……」

勇者「だから、今日で全て終わる……」



ズルッ……ズッ……



魔族「くそっ……もうだめだ、逃げろ!俺たちじゃ敵わないぞ!!」

魔族「逃げ、…………ああっ!!奴ら……村に火を放ちやがった!」

魔族「火の手に塞がれて南は無理だ!ほかの出口を……」

魔族「…………うわああああっ!!」


ドサッ



勇者(熱い)

勇者(肺が燃える……)


勇者「火をつけたのはだれ?」

騎士「はっ……隊長です」

騎士「疫病が流行ったら……困りますので」

勇者「ああ、そう」

勇者「……」




709: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 16:40:03.71 ID:29aBfSSSo



パキッ


騎士「勇者様。手から今、なにか……指輪でしょうか?」

勇者「?」

勇者「指輪なんてつけてたっけ」

勇者「……外れちゃったし、いっか」


ズルッ……ズル……



「き、きた!勇者が来た!!逃げろっ何でもいいから逃げろ、早くっ」

「頼む、助けてくれ……妻と子だけでも……」



勇者(……)

勇者(私、なんでこんなことしてるんだっけ)

勇者(わかんないけど、やらなくちゃ)

勇者(やらなくちゃ……やらなくちゃ……やらなくちゃ……やらなくちゃ……)スッ






710: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:02:35.67 ID:29aBfSSSo


―――――――――――――
―――――――――――
――――――


ガタン


魔族の子ども「…………っ!!」

勇者「家の中に隠れてたら火で燃えちゃうよ……」


勇者「あのね……君で最後」

勇者「この世界で、生き残っている魔族は君で最後なんだ」

子ども「ううっ……うう」

勇者「……なんだ。手負いか」

勇者「血がいっぱいでてる。それじゃ君も……すぐ死んじゃうんだね……」

勇者「はあ……はあ…………」チャキ

子ども「母さん、父さん、姉さん……!」

子ども「ゆ……許さない。許さないぞっ!!殺したきゃ殺せよっ!!祟ってやる!!呪ってやる!!」

子ども「みんなを殺したお前のこと、いつか絶対殺してやるっ!!」


勇者「……君の言葉、わかんないんだけど」

勇者「不思議となに……言ってるか……わかるよ」

勇者「復讐したいんでしょ……。ほら、この剣……使いなよ」


カランッ……


子ども「!?」

子ども「な、なんだよ……っ!?」

勇者「ひとりぼっちの君なら……その魔剣を使えるよ」ドサ

勇者「どうせ……私ももう……だから……」

勇者「急所は、ここと、ここ。……分かった?」





711: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:09:23.44 ID:29aBfSSSo



子ども「……」

子ども「っ……!」チャキ

子ども「う、ああぁぁっ!」


勇者「……うん」



ドスッ



勇者「……」ガクン


パタッ……




712: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:09:57.20 ID:29aBfSSSo




子ども「ぜえ、はあ、はあ、はあ……」

子ども「! 勇者の体が……砂に変わってく」

子ども「……」

子ども「……う……」

子ども「もう、立ってられない……ううう」

子ども「母さん……父さん……姉さん……」

子ども「死んだら……みんなに会えるかなぁ……」


子ども「…………」


ドサッ……





713: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:11:23.78 ID:29aBfSSSo


第六章 「わしにどうしてあんたを救うことができよう?おのれを救うことさえできぬわしに?」
      微笑をうかべて、「まだわからんかね? 救済はどこにもないのじゃ」




714: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:14:34.25 ID:29aBfSSSo



勇者「……」パチ

勇者「ここは……?」

勇者「夜……屋外。花畑……」

勇者「!」

勇者(遠くから……誰かこっちに来る。フードのマントをかぶった小さな人……いや、子ども)



勇者「だれ」

??「おかえりなさい」

鍵守「ボクは冥界の番人です……せかいをつなぐトビラの鍵をまもる者」

鍵守「だからカギモリってなのってますけど、べつにどうよんでもいいです」

勇者「……」

勇者「冥界……」

勇者「じゃあ私……死んだんだ」

勇者「ああ……やっと」



鍵守「たいへんでしたね……。……あの、つぎのせかいでは……きっとしあわせになれます」

鍵守「とびらはあっちです。ボクが案内します。さあ」

勇者「……は?」

勇者「次の世界……?」

勇者「いらないよ。そんなの」





715: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:18:00.80 ID:29aBfSSSo



勇者「ここで私の存在を完全に消して」

勇者「また生きるのなんて絶対いや」

鍵守「えっ……でも……こまります」

勇者「困るのはこっちだよ。私は消えたいの!!」

勇者「あんなにたくさん殺した……もういやだ……いや」

勇者「やっと死ねたって思ったのに、どうして……ひどい……」

鍵守「おちついて。だいじょうぶ」

鍵守「つぎのせかいでは、なにもかも一からまたやりなおせます」

鍵守「それに……あなたのことを待ってる人がいます」

勇者「誰にも会いたくなんてない!!!!」

勇者「誰にも見られたくないの……!」

勇者「……はなしてよ」パシッ

鍵守「あっ」


勇者「冥府がそういうところなら……もう用はない」

鍵守「あっ だめですよ……ガケに立ったらあぶないです」

鍵守「そっちは……あぶないので、こちらにきてください」

勇者「……」


タッ……


鍵守「あっ……!」

鍵守「だめだってば!」





716: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:21:59.80 ID:29aBfSSSo






鍵守「ああ……どうしよう」

鍵守「落ちていってしまった……」

鍵守「もうボクの手ではたすけられない」

鍵守「あの子がじぶんでこちらにきてくれないと……うう……こまったな」



鍵守「やっぱりこうなっちゃうのか……」



717: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:23:58.39 ID:29aBfSSSo


第七章 幽霊は丘の上で自分が消えるのを待つ




718: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:25:01.88 ID:29aBfSSSo




* * *


気づくとその子はどこかの山の上の小さな墓場にいました。

雨風に晒され続けた簡素な十字架や墓石といっしょに、曇り空の下立っていました。




かわいそうな子。


もう、自分の名前も思い出せません。

なにもかも忘れてしまいました。

ただ勇者として自分が行ったことだけはちゃんと覚えてました。


冥府の番人の導きを拒絶した魂は、現世に取り残されて幽霊になってしまうのです。

その子は空っぽの幽霊となりました。





719: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:28:56.08 ID:29aBfSSSo




左胸にはしるズキズキとした痛みをのぞけば、体は軽く、どこにでも行けそうでしたけれど。

別に行きたいところなどなかったので、幽霊はずっとその墓場にいました。



膝を抱えて、丘の上。

日が昇っているうちは流れる雲と空の色を。

日が落ちてからは動く星座と藍の空を。

飽きることなくずっと眺めて過ごしました。



戦争が終わって、だんだん世界は平和になりました。

壊された建物は新しく建て直され、血で汚れた道は舗装され、人々の傷も癒えました。

幽霊のその子の名前はどこにも刻まれることはありませんでした。





720: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:30:42.98 ID:29aBfSSSo




でも、ちゃんと覚えていてくれる人もいたみたいですよ。


その子がいる墓場にはめったに人が訪れることはなかったのですけど

たまに、男と女の二人連れが来ることもあったんですね。



決まって白い花束を持ってきて、丘の縁に一番近いところに並んでる二つの墓に添えるんです。

そしてちょっとだけ泣いて、馬車で帰って行くのでした。

幽霊は、いつもその二つの墓のうち一つに寄りかかっていたのですけど

その時だけは少し離れたところに座って、不思議そうに、涙を流す二人を見つめます。


本当は、二人は、幽霊に色々と世話を焼いてくれた人たちです。

でもやっぱり幽霊の記憶からは消えていました。

悲しいですね。





721: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:33:21.42 ID:29aBfSSSo



幽霊が幽霊になってからしばらくたったころでしょうか。

ある日突然気づきました。

墓の横に小さな木が生えているって。



墓場の周りは焼け野原になってたので、木が生えてくるなんて珍しいことでした。

10年もたたずに立派な枝葉を広げる木に育ちました。

幽霊は墓石に寄りかかるのをやめて、木にもたれかかって無限に思えるような時をずっと過ごしました。



雨の日は青々とした葉っぱが幽霊を雫から守ってくれました。

カンカン照りの日は木のつくる影にはいって暑さをやり過ごしました。

幽霊は死んでるので、濡れも日焼けもしないのですが。

そうしていると左胸の、いまはもうないはずの心臓が痛むのもちょっと忘れられるものでしたから。




722: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:36:05.48 ID:29aBfSSSo



20年……30年……50年……


どんどん木は大きく空に向かって伸びました。

もう大樹といっていいような威厳を持ち合わせていました。


ただ不思議なことは、その木は1年中ずっと緑色の葉っぱをつけていることです。

幽霊は、寒くなる時期に葉を落として、暖かくなったらまた葉をつける木しか知らなかったので

変な木だなあと思ってました。



そういう木のこと、常緑樹っていいます。

幽霊が知っているのは落葉樹でした。

幽霊は枯れ木にどこか寂しい印象をもっていたので、常緑樹の方が好きになりました。




723: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:41:08.05 ID:29aBfSSSo



50年を少し過ぎたくらいでしょうかね。

人の声がせず、寂しかったその山に人が住みはじめました。

どこからか流れてきて自然と集まった人々が、この山に新しく村をつくることにしたようです。



丘の上の墓場を発見して、どでかい大樹を見てびっくりしていました。

村は大樹の村と名付けられました。

そうして一度竜に焼かれてしまった村は、名前を取り戻しました。




724: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:42:51.29 ID:29aBfSSSo




子どもが生まれて、人口が増え、どんどん村はにぎやかになっていきました。

幽霊はその少し前くらいからだんだん何かを考えるとか、感じるとか、そういうのがなくなってきてました。

このまま、静かに消えていくのだろうと。

風に溶けてなくなっていくのだろうと。思っていました。


けれどある日突然、幽霊の心は平穏を失いました。

その日、その村で一人の男の子が生まれました。

産声が上がって数日後。王都から馬車がやってきて告げました。

「その子は勇者だ」と。


勇者!

幽霊は閉じかけていた目を見開きました。

勇者が生まれた。




725: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:45:38.38 ID:29aBfSSSo



勇者が生まれた同じ日に、世界のどこかで

いずれ魔王となる女の子も生まれていました。


幽霊は気が狂わんばかりになって地面に突っ伏しました。



「取り逃がしていたんだ!」

「全員やったと思っていたのに……」

「一体どこに隠れていたんだ?」

「あの子どもが最後の一人じゃなかった!!!」

「私はしくじったんだ」



このままでは。

せっかくもう戦争が起きないようにとあんなことをしたのに、

また勇者と魔王による戦がはじまってしまうのです。

幽霊のしたことは全て無駄になってしまう。



でももう死んじゃってるのでね。

幽霊にはなにもできませんでした。

ただ後悔して嘆くことしか。




726: ◆TRhdaykzHI 2014/04/08(火) 17:48:37.84 ID:29aBfSSSo



さてそんなことは露知らず勇者は赤ん坊から少年へ成長しました。

剣の修行に明け暮れる毎日です。

あの日、祖母が丘の上の墓場に忘れ物をしたと言い、

祖母の代わりにそれをとりに勇者は丘に向かいました。


そこで幽霊に会いました。

真昼間です。幽霊の体を透かして真っ青な空が見えました。



勇者は、びっくりしてうわあ、だとかうぎゃあ、とかそんなことを叫びました。

それまで幽霊を見ることのできる人間はいなかったので

幽霊もびっくりしました。


びっくりしつつも、うるさく喚く少年にむかついたのでアイアンクローを掛けました。

勇者はさらに驚いて飛びあがりました。

まさか出会いがしらに幽霊にアイアンクローをされるとは思っていなかったのでしょう。

そりゃそうです。


このことは勇者のトラウマになって、

背が今よりずっと伸びた後でも、彼は一人で夜に墓場に行くことは控えます。

勇者ですが、怖いものは怖いのです。






736: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 18:20:27.56 ID:ArXQ6KQUo



勇者はその日は一目散に墓場から逃げ帰って、

夜ベッドの中であの恐ろしい体験を思い返してはぶるりと震えました。


なかでも一番恐ろしかったのは、幽霊の左胸……人間なら心臓があるはずところから

だらだらと真っ赤な血が流れ出ていたことです。

なんてグロテスク……鳥肌がたってしまいますね。




次の日……

勇者は傷薬を持って、恐る恐る墓場へと行ってみました。

幽霊は昨日と同じように、大きな木の下で蹲っていました。

いつでも逃げ出せるよう距離をとって、傷薬をひょいと投げてみると

幽霊はきょとんとしました。


不思議なことに、勇者の言葉は幽霊には聴こえていましたが、

幽霊の言葉は勇者に届きませんでした。


傷薬は効きませんでした。なので投げ返しました。

勇者はそれからなんやかんやと喋ってきましたが

幽霊にとってはそれがうるさくてたまらかったので、チョーククローをかけました。


勇者のトラウマは深まりました。




737: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 18:21:17.44 ID:ArXQ6KQUo



…………やがて勇者は魔王討伐のために旅立ちました。

苦難を乗り越えた末にやっと辿りついた魔王城。

ですが、戦いは起きませんでした。

魔王が勇者にある提案をしたのですよ。

「見逃してほしい」って。


詳しくはまた別の機会に語るとしましょう。


勇者はそれを受け入れて、魔王たちは地の果ての島でこれまで通りひっそりと生きることになりました。

けれどそううまくはいかないものです。

幽霊が剣を振るっていたときのように。

人間の国の王は魔族を一人残らずこの世から消したかったのです。

もっとも、二人の行動理由は異なっていたみたいでしたけれど。




738: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 18:21:57.40 ID:ArXQ6KQUo




あーあ……勇者のうっかりから、魔族の居場所がばれてしまいました。


魔族が圧倒的に強かった昔に比べ、全体的に見ていまは人間の方が強いみたいです。

もっとも、魔族たちは人々を殺さないように戦っていたので

本当のところは分かりません。


勇者は、魔王に協力することに決めました。

魔族と人が共に生きることのできる世界を目指そうと。

二人は手を取り合いました。


幽霊は。

幽霊は……信じられない思いで、ただ一言吐き捨てました。

「馬鹿が」


どうせ裏切られます。どうせ何もかもうまくいきっこない。

祈っても悩んでもどうせ悲劇につながるようこの世界はできているのだから。

幽霊は暗澹たる気持ちで、ただ見まもりました。

また戦いがはじまる……

あの悪夢のような……殺し合いの日々が……




739: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 18:22:34.77 ID:ArXQ6KQUo



ですが、幽霊の予想ははずれました。

魔王と勇者は決してお互いを裏切ることがありませんでした。

時に笑いあい、時にふざけあい、まるで種族の垣根などないように。

幽霊と……幽霊が大切に思っていた誰かさんが夢見ていた光景のように。

幽霊があの日、血濡れの部屋でかなぐり捨てた夢のように……。



そして運命の日を迎えました。

勇者の処刑。

魔族のためにクーデターを起こそうとしてたことが国王にばれました。

ギロチンの刃が勇者の首を真っ二つに分けようとしたとき……


魔王が助けに来ました。

王子を見つけ出せたことで、太陽の国の王が変わりました。


新しい王は、かなりふざけた野郎ですが、寛大です。

魔族は人とともに生きることを許されました。

種族の垣根を越えて、人と魔族はともに歩みはじめました。

よかったですね。

よくなかったのは幽霊です。




740: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 18:30:33.65 ID:ArXQ6KQUo



戦争は起きませんでした。

虐殺は行われませんでした。

平和が再び訪れました。


「そんな……」

「うそだ……」


幽霊は膝から崩れ落ちました。

もう二度と立ち上がれないような気がしました。


「じゃあ……私がしたことの意味って……」

「いったいなんだったの……」

「あんなにがんばって」

「ぜんぶむだだったの……」



幽霊は間違っていたと思いますか?

もしかして、幽霊がもし違う行動をとっていれば、百年前の戦争は犠牲なしに終結したでしょうか?



どうでしょうね。

ちゃんと答えてくれる人はどこにもいません。





741: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 18:31:16.51 ID:ArXQ6KQUo



でも少なくとも幽霊は、自分が間違っていたと思ったみたいです。

間違っていたことは分かっても、どうすれば正解だったのかは、やっぱり分かりませんでした。

ずっと考えても答えは出ないままでした。

やがて幽霊は、幼子みたいに声をあげて泣きじゃくりました。

泣いたのなんて久しぶりで、さいしょは透明な血が流れたのかと思ったくらいです。


「うーーっ……ううっ……うっ……ごめんなさい……」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、」

「ごめんなさい…………!」


もし、いまこの場に『時の剣』があったならば、

きっと幽霊は時間を巻き戻して、母親のおなかのなかにいる自分を殺すのでしょうね。

いずれ世界の害悪になる自分自身が生まれないように、存在を消すでしょう。





742: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 18:38:39.15 ID:ArXQ6KQUo



ずーっとずっとひとりで泣き続けていた幽霊は、

ある日自分以外の泣き声が聞こえたのに気付きました。


ちょっと離れた墓で、魔王の小さな女の子がしくしく泣いてました。

その墓は、あの勇者の墓です。

勇者は魔王の命を助けるために『時の剣』を使って、

その代償にこの世からいなくなってしまったのです。



幽霊は魔王を見つめました。

赤い瞳が、剣を交えたあの男そっくりで……

でも何故かあのときとは違って、静かな気持ちでその瞳を見つめることができました。


魔王の女の子が行ってしまって、また墓場は静かになりました。



幽霊は村を振りかえりました。

遠くで風車が音もなく回っていました。

大樹の枝に、ツバメが巣をつくっていました。

焼け野原だったこの辺りも、ずいぶんと景色がよくなりました。




743: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 18:39:47.66 ID:ArXQ6KQUo



「あーあ。馬鹿じゃないの」

「魔王なんか助けて、自分は死んじゃってさ」

「魔族だよ。魔族なのに……」

「……馬鹿だなぁ」


「仕方ないから……助けてあげるよ。勇者」


幽霊は立ちあがりました。

100年いたこの墓場とも、今日でお別れです。





744: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 18:40:14.82 ID:ArXQ6KQUo


第八章 エヴァーグリーン




745: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 18:40:47.43 ID:ArXQ6KQUo



ずっといっしょに永い時を過ごした大樹を仰ぎ見ました。

これからもこの木は、この村と山を見まもっていくのでしょう。


一枚の葉っぱが幽霊の頭にひらりと舞い落ちてきました。

それを手にとって、じっと見つめます。


その緑色は、エヴァーグリーン……朽ちることのない永遠の色ですね。

誰かさんの目の色そっくりです。

幽霊は、その色を見ているとなんだか懐かしい気持ちになります。


その木の種を誰かさんといっしょに植えたことも、

そのとき交わした会話も、涙も、笑みも、

もう幽霊が思い出すことはありません。二度と。





746: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 18:51:09.50 ID:ArXQ6KQUo



そういえばその木の種は女神様がくれたものなのでしたっけ。

そうですね。

もしかしたら、この葉と同じ目の色をした誰かさんの、自分でも気づいてなかった本当の願いは

いつか一人ぼっちになってしまう女の子のそばにいてあげたかったのかもしれません。



幽霊の手のひらの葉っぱは、しばらくしてから風に吹かれて

またひらひら飛んでいきました。

その葉を追うようにして、幽霊は歩きだしました。


時の神殿へ。

時の女神の元へ。

自分の終わりへと。




747: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 18:56:11.05 ID:ArXQ6KQUo



時の神殿


少女「……」

少女「ここかな」




時の女神「…………」

女神「…………あら……お客さんなんて珍しい」

少女「こんにちは」



女神「あなたは……先代の勇者ですね。どうやってここに来れたのですか?」

少女「さあ。自分でもよく分からないよ……」

女神「そうですか」

少女「いまのが今の時代の勇者だよね」

女神「ええ。時を巻き戻した代償として、消えてしまいましたけれど」

少女「……」


少女「知ってる?先代の魔王と勇者は、相手にできるだけの苦痛を味あわせて殺したかったから、ほとんど剣術で闘ったんだ」

少女「魔力を使ったのは、せいぜい己の身の治療のみ」
   
少女「だから二人ともほとんど魔力を残して死んだんだ……」

女神「ええ。見てましたから」

少女「先代魔王……あいつの魔力は、いまの魔王の命を救ってたね」

少女「はい。これ使ってよ。さっきの彼、助けてあげて」

女神「魔力、ですか。でもこれは契約なのです。魔力ではだめなのです……命でなければ」

少女「意外と面倒くさいんだね」




748: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 18:58:47.94 ID:ArXQ6KQUo




少女「魔力ある者にとって、魔力の枯渇はすなわち死を意味する。……ってことは、魔力=命ってことなんじゃないの?」

女神「屁理屈です」

少女「君だって、彼に生きてほしいくせに」

女神「見ていて飽きませんからね」

少女「頼むよ。先代勇者として……世界を無茶苦茶にした功績を称えてよ」

女神「意味が分かりません」

少女「……先代勇者が成し遂げられなかったことを、やってのけたんだ……」

少女「私は間違えてしまったから……」

少女「だから彼にはご褒美が必要なんじゃないの?
   ほら、受け取っちゃいなよ。ほらほら」
   
女神「もう…………分かりました。一応理屈が通っているってことで、大目に見ましょう」

少女「やったね」

女神「ただし、あなたの魔力で購われるのは、彼の命の半分だけですね。結構消費してるじゃないですか」

少女「そう?ごめんごめん」



少女「ま、命があるだけいいよね」





749: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:01:44.00 ID:ArXQ6KQUo




女神「では、もう一度彼の魂を呼び戻しますよ。あなたの魔力を使ってしまえば、あなたはここに存在できなくなります。
   よろしいのですね?」
   
少女「よろしいよ。覚悟はできてる」

女神「そうですか。…………では」

女神「……あなたも、長い間お疲れ様でした。どうか向こうの世界ではお幸せに」

少女「……」






750: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:04:18.07 ID:ArXQ6KQUo


第九章 さよならだけが人生だ。




751: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:04:47.57 ID:ArXQ6KQUo



冥府




少女「…………」


少女「また来ちゃったな」


少女「もう戻れない」





752: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:05:19.82 ID:ArXQ6KQUo



ザッ……ザッ……


少女「鍵をあけて、扉を抜けたらまた生きなければいけないんだ」

少女「一から……またひとつの命として」

少女「……」

少女「足が震える……」



ザッ……。



少女「……」



……。


少女(いきたくない……)

少女(足が動かない)

少女「はあ……」ペタン

少女(無理だ。もう歩けない)





753: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:06:27.46 ID:ArXQ6KQUo



少女(……これは……湖かな)

少女(なにか底でたくさん光ってる。魚……?蛍?)

少女「なんだろう」




ザッ………ザッ…………



少女「……?」

少女「だれ」


少年「……、…………」


少年「……そっか」

少女「?」


少年「……冥府はいつも夜なんだ」

少年「月はないけれど、そのかわり星がたくさんある」

少年「湖に沈んでるのは落ちてきた星……地面に落ちたのは白く光る花を咲かすんだ」

少年「となり、いいかな」

少女「……いいけど」


少女「あなたも死んだの?」

少年「うん。ずいぶん前だけどね」

少女「前……どうしてすぐ扉を開けないの」

少年「人を待ってたんだ」

少年「ここは鍵守のあの子がつくった再会のための世界だから」

少年「どうしても、なにを差しだしてもいいから……」

少年「もう一度……会いたくて」

少女「……」

少女「そう」





754: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:07:42.22 ID:ArXQ6KQUo




少年「きれいだね」

少女「え?」

少年「きれいな眺めだと思わないか?」

少女「きれい…………?」

少女「……きれい……」

少女「そう……かも……ね」

少女「……うん。そう思うよ……」


少女「こんなきれいな世界を……」

少女「並んでいっしょに見たかった人が、私にもいたはずなんだけど……ね」

少女「ぜんぶ忘れちゃったよ」

少女「ぜんぶ……」

少女「自分の名前すら、もう思い出せないの」



少年「ニーナ」

少女「え?」

少年「君の名前はニーナだよ」

少女「……ニーナ…………?」

少年「いい名前だ」

少女「……そうかな」




755: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:09:06.42 ID:ArXQ6KQUo



少女「あなたの名前はなんていうの」

少年「……僕は」

少年「僕の名前は、ハロルドっていうんだ」

少女「そう」



少女「ぅ……」ズキ

少年「…………その傷」

少女「もう死んでるのに、血が止まらないんだ」

少女「変だよね」

少年「剣が刺さってるんだ」

少女「……?」

少女「剣なんて刺さってない。傷だけ」

少年「いいや、刺さってる。君を道連れにしようとしてるんだ」




756: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:12:59.11 ID:ArXQ6KQUo



少年「ちょっと痛いかもしれないけどじっとしていて。剣を抜くよ」

少女「……!」ズキ

少年「境遇には同情するけど……お前なんかにこの子を渡すつもりはない」グッ

少女「いたい……っ やめて!!」

少女「もういいよ、傷なんてどうでもいいから触らないでよ!!」

少女「ずっと刺さってた剣なら、いまさら抜けるわけない! ほうっておいて!!」


少年「……君はもうひとりじゃない。独りなんかじゃないから」


ズッ……


少女「うぅっ……!」

少女「…………あ……血がとまった」

少女「傷が塞がってく……」

少年「もう痛くはない?」

少女「痛く……ない」

少年「よかった」

少女「……」





757: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:13:41.81 ID:ArXQ6KQUo



少年「じゃあ、そろそろいこうか。扉へ」

少女「……え」

少女「………………」

少年「どうしたの?」

少女「……」

少女「…………こわい……」

少年「……大丈夫」

少年「僕もいっしょにいくから。ほら、手をつなごう」

少年「ひとりなら怖いことも、ふたりでいれば怖くないよ」

少女「……」

少年「って、これは受け売りなんだけどね。はは」


少年「さあ、行こう」

少女「……うん」





758: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:17:01.86 ID:ArXQ6KQUo


ザッ……ザッ……


少女「さっき、人を待ってるって言ってたけど、いいの?」

少年「もういいんだ」

少女「ふーん……」



少女「……ねえ。そういえば、どうして私の名前を知ってたの」

少年「ん?」

少女「さっきはじめて会ったのに」

少年「…………」

少年「……本当は、はじめてじゃ、ないんだ」

少年「前にも会ってる」

少女「そうなの?」

少年「……うん」




759: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:23:04.78 ID:ArXQ6KQUo



少年「僕たち、ずっといっしょにいたんだ」

少年「僕が待っていたのは……君なんだ」

少女「え?」

少年「…………会いたかった。会って謝りたかった。会って、もう一度君の声が聴きたかった」

少年「もう一度君の笑顔が見たかった」


少年「……百年……ずっと、君のことを待ってたんだ」



少女「……」

少女「でも、わかんないよ」

少女「そんなこと……言われても……」

少女「…………ごめんなさい」


少年「そうだよね、こんなこといきなり言われても困るだろうね」

少年「ごめん」

少年「君がそんな顔する必要ないんだ。本当に……会えただけで嬉しいから」

少年「会えてよかった……」





760: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:24:26.64 ID:ArXQ6KQUo




少女「でも、あなたの目。あの木の葉っぱの色にすごく似てる」

少女「なんだか懐かしい色……」

少女「……きれい、だね」

少年「君の目の方がずっときれいだ」

少年「ひとつだけ、お願いがあるんだけど……聞いてもらってもいいかな」

少女「……なに?」

少年「僕の名前を呼んでほしい」

少年「『勇者』じゃなくって、僕の本当の名前を」

少女「いい……けど」

少女「えっと…………ハロルド」

少年「……ありがとう」



少年「ありがとう。ニーナ」





761: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:25:11.42 ID:ArXQ6KQUo



鍵守「……ああ」

鍵守「よかった。おかえりなさい……」

鍵守「かえってきて……くれたんですね」

少女「うん」

鍵守「ハロルドくん。あえてよかったですね」

少年「ああ……本当に」


鍵守「じゃあいまからトビラに案内しますけど……」

鍵守「その……ハロルドくんにはずっと昔に……説明しましたが……」

鍵守「あなたにも知っておいてもらわないといけないことがあります」

少女「なに?」

鍵守「現世で死んだ者は、魂の状態で冥界にきて、トビラをぬけてまた、新しい体をもらいます」

鍵守「新しい、生をはじめることになる……のです」

鍵守「あなたたちふたりは……いま魂の状態です」

鍵守「ですけど……あの……ちょっとあなたたちはとくちゅ……特殊で……」

鍵守「というのも、この冥界は、死者が死に別れた大切な者を待てるように、そしてもう一度会えるようにと……
   ボクがつくった世界なのですけれど」

鍵守「ふつうは人間だったら5年とか……10年とか……長くて50年とか……。魂のままでいるのはそのくらいなんです」

鍵守「待ってる相手もそれくらいでこっちにかえってくるので……」




762: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:29:10.53 ID:ArXQ6KQUo




鍵守「でも、ハロルドくんは冥界で100年。ニーナさんは現世で幽霊として100年」

鍵守「魂の状態でいるのが、ふつうよりだいぶながいんです……」

少女「うん」

鍵守「じつは、種族の寿命を基準にして……あんまり長い間魂のままでいると……
   トビラの先の世界で、ちょっと問題がおきてしまいます」

鍵守「人の寿命がいま大体60年。それを考えると、100年はちょっと長すぎました……」

鍵守「魂のままでいた時間が長ければ……長いほど、因果がこじれて、来世での問題が大きくなってしまうんです」

鍵守「こればっかりはボクもどうしようもなくて……ごめんなさい」


鍵守「具体的にどんな問題かっていうと……」

鍵守「ほかの人より、ちょっと生きるのが大変な状態に……なります」

鍵守「自分の体だったり境遇だったり……人それぞれなんですけど」

鍵守「そこのところご了ちょ……ご了承いただきたいんです」


少女「私は……自分で逃げた結果だし、いいよ」

少年「僕も自分で決めたことだから、かまわない」

鍵守「そ……そうですか」





763: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:38:17.34 ID:ArXQ6KQUo




鍵守「これがトビラです。ボクがいまカギをあけるので」

鍵守「トビラを開いたら、なかにすすんでください」



鍵守「なにもこわいことはありません。おちついて、ゆっくり……すすんでください」

少年「うん」

鍵守「…………ボクは、あなたたちにあやまらなければ……いけません」

鍵守「……」

鍵守「すくってあげたかった……。かなしい運命から」

鍵守「でも……できませんでした。ボクにできたのは、冥界をつくることくらいで……」

鍵守「ごめんなさい」

少女「……」

少女「神様でも……創世主様でも、できないことってあるんだ」

鍵守「ボクは確かに創世を手伝いましたが、実際に行ったのはもうひとりの方です。
   様なんて……つけないでください。しがない番人です」

少女「……」ピラ

鍵守「あっ、フードはめくらないで……。おこりますよ……」

鍵守「……じゃあ、カギをあけますからね」




764: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:39:38.10 ID:ArXQ6KQUo


ガチャン


鍵守「……はい。それでは、いってらっしゃい」

少年「鍵守、ありがとう。世話になったね」

鍵守「あの赤目の女の子もちょっと前に彼といってしまったし……
   すこしだけここもさびしくなってしまいますね……」

鍵守「こちらこそありがとう。いってらっしゃい」


少年「行こう」

少女「……」

少女「……う……ん」




―――バタン



765: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:40:55.82 ID:ArXQ6KQUo






コツ……コツ……コツ……コツ……


……コツッ……


少女「……」

少女「……はあ……はぁ……」

少女「……やっぱりだめ。こわいよ……っ」ギュッ

少女「また……間違っちゃったらどうすればいいの」

少女「私は生まれちゃいけないんじゃないかな……」


少年「……」

少年「あのとき、僕たちは必死に正解を探してたけど」

少年「正解も間違いも……どこにもなかったんじゃないかって思うんだ」

少女「なかった……?」

少年「僕たちみんながみんな間違えていた。と同時に正しかったんだ」

少年「同じ気持ちを僕も君も、魔王も持ってた。みんないっしょだったんだ」

少年「だから、どうか自分を嫌いにならないで」

少年「もう……戦いはなくなったんだ。終わったんだよ」

少年「あのときもってた気持ちをみんなで持ち続ければ、同じ戦争はもう二度と起こらないはずだ」




766: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:45:36.95 ID:ArXQ6KQUo



少年「それでも君が自分を責めて、自分を痛めつけ続けるのなら……」

少年「次の世界で、僕がまた君に会いに行くよ。苦しみも悩みも全部分かち合おう」


少年「生きるのって、たぶん本質的に辛いことだ」

少年「親しい人たちとの別れは突然訪れるだろう。いつか必ず」

少年「誰かに自分の生を呪われたり……死を望まれることもあるかもしれない」

少年「岐路に立ったときには、誰も正解なんて教えてくれない」

少年「間違いだったんじゃないかって、いつだって後悔しながら歩き続けるしかないんだ」

少年「……それでも、僕が昔感じたように、きっと『生きててよかった』って思える瞬間が絶対あるよ」

少年「絶対に」



少年「だからいっしょに探そう」

少年「生きよう。またここにかえってくるまで……」

少年「君にまた会いに行くから」


少女「…………無理だよ」

少女「鍵守が言ってたじゃん。私もあなたも、自由に動ける体じゃなくなる」

少女「私、もう追いかけられない……」

少女「走っていけない……」

少女「あなただって、絶対私のこと見つけられないよ」

少女「……できない約束なら最初からしないで!」

少女「私……そういうの嫌い。大っ嫌い……!」



少年「どんな体だったとしても必ず君のこと探しに行くよ」

少年「絶対見つけに行く。誓うよ。そうしたら……今度こそ」

少年「今度こそ、いっしょに生きよう」





767: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:46:39.49 ID:ArXQ6KQUo




少女「あ……。体が」

少年「うわっ、本当だ」

少年「もうそろそろ……みたいだね」

少年「……」

少年「約束は必ず守るよ」

少年「それまで…………さよなら」


少女(消えちゃう……)



少女「待って……」

少女「待って」




少年「…………」

少女「………………………………………ハルっ……」

少年「!」

少年「……呼んでくれて、ありがとう」





768: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:47:36.08 ID:ArXQ6KQUo


――――――――――――――――
―――――――――――
―――――



鍵守「いってしまいました……」


鍵守「『さよならだけが人生』……ですか」


鍵守「さて……ええと……あなたはどうしますか?」

鍵守「魔剣さん……」

鍵守「そうですか……ここにいることにしたんですね」

鍵守「わかりました……」

鍵守「よろしくね」


鍵守「じゃあボクはまた仕事にもどります」

鍵守「落ちた星を空にはりつけてあげないと……」

鍵守「カンテラ、カンテラ……ええと」


鍵守「ふう。でもなんだか……ひと仕事おえた気分です」

鍵守「みなさんお幸せに……」

鍵守「あなたたちの幸せを、ずっとここでいのってます」





769: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:50:20.99 ID:ArXQ6KQUo


最終章 Mais les yeux sont aveugles. Il faut chercher avec le coeur.
    (目ではなく、心で)




770: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:50:55.71 ID:ArXQ6KQUo



「家庭……ですか」

「そうですね……でも、まだちょっとそういうの考えられないですね」

「いつか、そのうち。じゃあ御馳走様でした。お代はここにおいておきます」


銅貨を何枚かテーブルにおいて、騒がしい店内を後にしたあの日から数年の月日が経った。


薬師はある町の波止場のベンチに腰かけて、がっくりと項垂れていた。
ついにこの日を迎えてしまった……。
30回目の誕生日である。


「ついに三十路か……」


あの日軽く流した言葉も、今になれば若干の真剣味を帯びてくる。
なんだか最近疲れやすい気もするし、この間は足首を捻った。
年だろうか。年のせいなんだろうか。




771: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:52:47.98 ID:ArXQ6KQUo



ずっといっしょに旅をしてきた愛犬も、そろそろ歩きまわるのが辛い年だろう。

家庭うんぬんはとりあえずなしにしても、どこかに腰を落ち着かせる時期がきたのかもしれない。

彼は背を反らして、天を仰いだ。
そもそも――どうして今まで旅をしてきたのだろう。


あの酒場の主人のように、何度か村や町に留まって暮らすことを勧められたことがある。
まだ少年だったころは一緒に暮らそうと誘ってくれた老夫婦さえいた。

その全てを断って、今のように薬を調合しながら根なし草の生活を続けていた理由は……


不思議な縁が続いて偶然自分が手にすることになった4通の手紙。
やはりそれが心のどこかに引っかかっているのかもしれない。

5通目は自分にしか見つけられないと思っていたのかもしれない。




772: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:53:18.34 ID:ArXQ6KQUo



でもきっと、5通目の手紙などなかったのだろうと彼は思った。
もともとこの広い海で、あと一通手紙を受け取ることができる可能性など天文学的なものだが
手紙が存在しないことはあまり考えていなかった。


手紙の差出人の女の子は、戦争を終えた後、勇者とともに平和に過ごしたに違いない。
海のない地で。二人仲良くいつまでも。
だからもう手紙を海に流すことはなかったのだ。


「定住するとしたら、どこらへんに住もうか……」


愛犬に話しかけてみる。フンと鼻を鳴らす音だけ返ってきた。
旅はやめちゃうんですか、と言ってるように聞こえた。


「お前もそろそろどこかでゆっくりしたいだろ」


大昔に時計屋の青年からもらった懐中時計を取りだして、蓋を開いた。
ラの音4つ、微かに鳴り響く。
そろそろ船出の時間だったので彼は立ちあがった。


旅の最後に向こう岸にある離れ孤島を訪れることに彼は決めた。
ウミネコの鳴き声が波音に絡み合う穏やかな夕暮れだった。





773: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:54:27.03 ID:ArXQ6KQUo




「お兄さん薬師?だったらあの孤島に行く必要ないよ」

「薬草に詳しい婆さんがずっと前から住んでるからね」


「なんだ。そうなんですか」
船を出してほしいと、港で暇そうに煙草を吸っていた船乗りに頼むと
そんなことを言われた。

若干肩すかしに感じたが、それならわざわざ行く意味もないだろう。


この港町からなら陸から移動するより海路をとった方が早いと判断したので、
船乗りに別の目的地を告げた。
定住の地として頭に浮かんだ場所のひとつだった。


子どもが多く、秋には金木犀の香りがひっそり漂う小さな田舎町。
近くの森では珍しい薬草もとれる。
そこで犬とともに静かに暮らそうと決めた。


「オーケー、あの町ね。じゃあ西だ。はい、乗った乗った。こっちね」



774: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:54:56.44 ID:ArXQ6KQUo



船の縁に片足をかけたときだった。
彼は動きを止めてきょろきょろと首を動かした。


「なんだ?」
船乗りが不審に思って声をかける。

「いま、なにか聴こえませんでした?」

「いや、何も。ウミネコじゃないのか」

「……」


聴覚に意識を集中させると、やはり気のせいではなかった。
海の向こうから、何かの音色が聴こえる。

そう、音色だった。
誰かが楽器を弾いている。




775: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:55:23.25 ID:ArXQ6KQUo



有名な曲だろうか。
彼は音楽に明るくないのでよく分からない。



――よく分からなかったが、心惹かれるものがあった。
まるで水平線の向こうから、誰かが自分の名を呼んでいるような……
呼び声のような音色だった。


「音楽なんて、俺には全然聴こえないけどなぁ」

「昔から耳はいいんです」

彼は笑って言った。





「……すいません。やっぱり進路変更して、あの島に行ってもらっていいですか」




776: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:55:51.94 ID:ArXQ6KQUo



* * *



女「はい。じゃあ今日はこれで終わり!」

女「みんな気をつけて帰ってね。寄り道しちゃだめだよ」

「「「はーーい」」」

エルフ「早く先生みたいにうまく弾けるようになりたいなー」

男の子「ぼくが一番先にうまくなるよ。ねっ先生」

女の子「ちがうよ。今日はあたしが一番上手だったもん」

女「みんな上手だったよ!大丈夫、すぐみんな私よりうまくなるよ」

女「今度は新しい曲教えてあげる。楽しみにしててね」

エルフ「楽しみー!」


ガチャ


女「気をつけてね。また今度」

男の子「さようなら!」

女の子「またね、先生!」

女「うん。またね!ばいばい」




女「……ん……?」

女「…………?」





777: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 19:56:33.67 ID:ArXQ6KQUo



男「……あの」

女「この島にお客さんなんて珍しいですね」

女「こんにちは」ニコ

男「こん……にちは」

女「何にもない島だから、港町からの定期船くらいしか来ないの」

女「だから顔見知りじゃない人なんて久しぶりに見ました。ふふ」

女「なにかご用ですか?よければ案内します」

男「……用というか」

男「……さっきのはヴァイオリンですか?」

女「え?」

男「あっちの町の港でその音色が聴こえて……」

男「なんて曲なんですか」

女「タイトルは、まだ」

男「まだ?」


女「私がつくったの」




778: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:07:49.05 ID:ArXQ6KQUo


―――――――――――――
――――――――――
――――――


女「お茶いれるますね」

男「いや、おかまいなく。本当に」

女「気を使わないで。大抵のことは一人でできるから」


ギイ キィ……


女「それに、私のヴァイオリンを聴いてこの島に来たってことは、私のお客さんでしょ?」

女「せっかくのお客さんなんだもの。お茶くらいいれさせて。
  このあいだおいしい茶葉を薬師のおばあさんからもらったんです」

男「薬師の……」

女「はい。どうぞ」

男「ありがとう」

女「あなたも薬師さんなんですよね」

男「ええ」

女「じゃあ明日おばあさんに会いに行ってみたらどうかな。
  いろいろおもしろい話聴けるかも」

女「私も昔お世話になったんだ」

男「あなたの足は薬で治療中なんですか……?」

女「ううん。私の両足は生まれつき全然動かないの。薬でどうにかなるものじゃないよ」

女「ただちょっと痛い時があるから、そのときにおばあさんに薬もらってる」





779: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:08:51.94 ID:ArXQ6KQUo



男「……そうですか」

女「でも、別にいいの。車いすがあるから一人でも動けるしね。
  階段がひとりじゃ上れないのがたまに不便だけど」

女「小さいときは足が動かないことで色々悩んだよ。人よりちょっと大変だし。
  あなたも、分かると思うけど……」

女「……でも、大変なのって私だけじゃないよねって思って」

女「それにもし足が動いたとしても、やっぱり別の悲しいことや辛いことがあると思うんだ」

女「そう考えたら、足が動かない今も、嬉しいこととかおもしろいことたくさんあるし、
  結局どんな私でも私にしかなれないんだから、今はちっとも悩んでないよ」

女「ヴァイオリンは足が動かなくても弾けるしね。
  本当はチェロの方に最初憧れてたけど、今はヴァイオリンの方が好き」

男「……強い人ですね」

女「あはは。そんな真面目に捉えないで、話半分に聞いて」

女「……なんだかあなたってあまり初めて会った気がしなくて、つい話しすぎちゃうな」

女「ごめんなさいね」


女「ねえ、旅をしているって言ってたけど、どうして?」

女「よっぽどの理由があるんでしょ?」

男「いや、それほどの理由も実はないよ」

女「手紙とか、職業のこととかだけが理由じゃないでしょう?」

女「だって……盲目で旅をするなんて、人より何倍も大変なはず」

女「全盲なんですよね」




780: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:14:12.51 ID:ArXQ6KQUo



男「本当に理由はない。強いて言うなら、なんとなく、としか」

男「実際、もう旅も終わりにしてどこかに住もうと思ってたくらいだ」

女「そうなの」

女「この子は盲導犬? かわいい。寝ちゃったね」

男「いや、特別な訓練は受けてないけど、随分助けられたよ。この子は僕の目だ」

男「オリビアがいなければ……ああ、それがこの子の名前なんだけれど」

男「もし僕一人で旅をしていたら今頃どっかの山奥で白骨死体になっていたに違いない」

男「僕は人より道に迷うのが得意なんだ……残念なことに」

男「目が見えていれば全然そういうことなかったと思うんだけどね。目が見えていればね」

女「本当にそうかなぁ……」クスクス



女「……」

女「……あの」

男「?」

女「変なこと、言っていいかな」

男「え?」

女「初めて会ったのに、こんなこと言うの絶対変だと思うんだけど……」

女「…………髪、切った?」




781: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:15:03.28 ID:ArXQ6KQUo



男「…………」

男「……それ、旅をしていた間に何度かほかの人にも言われたよ」

男「みんな初めて会ったときにそれを言うんだ」

男「この懐中時計をくれた時計屋の人も……手紙を渡してくれたあの夫婦の奥さんの方も。
  髪を切ったも何も、これ以上長くしたことはないよ」

男「僕は男だし……貴族でもないから、髪なんて伸ばさないって。邪魔だしね」

女「ああ、そうだよね。なに言ってるんだろ、私」

女「あはは、ごめんね。気にしないで」

男「……あなたは……髪が長いんですね」

男「……」

女「どうして分かるの?」

男「音で分かるよ」

女「へえ……すごいね。そう、昔から伸ばしてる」

男「似合うよ」

男「短くても長くても……どっちも似合う」

女「え……?」

男「…………え?」

男「な……なにを僕は言ってるんだろう。す、すみません。決してその、ここには口説きにきたわけではなく……」

男「あ、怪しい者ではないんです。本当に!」

女「えっ、いや、あ、はいっ……怪しい者とは思ってないけど!」

女「えっと……あっ! そうだ。私もね、海から手紙の入ったビンを拾ったことがあるの。いま見せるね」

男「あ、はい。ぜひ」




782: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:21:37.97 ID:ArXQ6KQUo




ギィ……ギイ


男「……はあ」

男(ほんと何口走ってるんだ……なんかおかしいな)

男(ここに来てからなんだか変だ。妙に落ち着かないような……今までこんなことなかったのに)

男(お茶を飲んで落ち着こう)ゴクゴク



女「あったあった。これだよ、はい……」

女「……あ、そっか。 私が今読むね。えっとね、差出人は書いてないんだけど、書き出しはこう」

女「『結婚おめでとうございます』」

男「ゴボッ!!」ビチャ

女「えっ!?」

男「げほっごほごほげほ! すっ……すみませっ……」

女「大丈夫!? 服が汚れちゃってるよ。いまタオルもってくるから」

男「いや本当に大丈夫。気にしないで。それより」

男「けっ……けけ、結婚なさってたんですね……。旦那さんは今どちらに?」




783: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:23:17.08 ID:ArXQ6KQUo



女「あはは。私は結婚してないよ。これは浜辺で偶然拾っただけだから、私宛じゃないと思う」

男「えっ? ……あ、そうか」

男「……続きを読んでもらえますか?」

女「うん。ただちょっとよくわかんないこと書いてあるから、悪戯かなにかだと思うけどね」


『結婚おめでとうございます。

 あなたたちがそうなってくれて本当にボクもうれしいです。


 さよならだけが人生です。


 ですけど。

 さよならだけが人生ならば、また来る春はなんでしょう。

 さよならだけが人生ならば、めぐりあう日はなんでしょう。


 未……ちがう。末永くおしあわせに。 


 P.S. こちらとそちらではじかんの流れがちょっとずれているので
      もしかしたらこれがとどくのも変な時期かもしれません。』




女「文字も子どもの字みたいだし……とくに誰かにあてた手紙でもないのかな」

男「確かによく分からない内容だね」

女「うん」

男「でも、いい言葉だな。また来る春」

女「……そうだね」





784: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:24:21.06 ID:ArXQ6KQUo


女「……」

男「……」

女「……」

男「……なにか僕の顔についてるかな」

女「えっ!?」

女「な、なんで私が見てること分かったの」

男「なんとなく分かるんだ」

女「ええっ……」

女「………………ひとつ、お願いがあって」

男「?」

女「……嫌なら断ってくれてもいいんですけど……」

女「目を……開けてもらってもいい……かな」

女「あなたの目、見てみたいの」


男「……」

男「……」スッ

男「見ても……面白いものじゃあないよ。はは」

女「…………」

女「あなたの目の色、自分で見れないなんて……本当に……もったいない」

女「……すごくきれいな緑色……してるんだね」

女「緑色っていうのは……森の色。木の色だよ。……優しい色」

女「……私……」


ぽたっ


男(……水?)

女「わっ……!? なにこれ? やだ、勝手に…………ひっく」

女「きゃーーごめんなさい!お客さんの前でこんな……うぅっ……なんか……
  自分でもよく……分からない……んだけどっ……」




785: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:29:04.63 ID:ArXQ6KQUo



女「涙が…………ひくっ……止、まらなくってっ……ごめんなさ……」

男「…………………………気にしないで」

男「何故か僕も……全く同じ症状に見舞われて大混乱なんだ」ボロボロ

女「へ……? ああっ ほんとだ! ぐすっ…… 大丈夫!?」

男「三十路になってまでこんな滂沱のごとく涙を流すことになろうとは……」

男「…………今日は……なんだか……おかしくて」

男「ここに……来てから、ずっと……変なんだ」


男「………………今からもっと変なこと言ってもいいだろうか」

女「……はい」

男「……今日が初対面のはずなんだけれど……」

男「ずっと君を探していた。……そのために……旅をしていた」

男「自分でもおかしなこと言ってるって分かってる。でも、今言わなければいけないような気がするんだ」

男「生まれる前から、ずっと会いたかった……」




786: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:29:37.03 ID:ArXQ6KQUo



女「…………私も変なこと言うね」

女「…………ずっと」

女「ずっと、ずっと……君が見つけてくれるの待ってたよ……」

女「……会いたかった……私も、生まれる前から、君に会いたかった……」



ガシッ


男「……あの!!」

女「えっ」

男「……………………っ」

男「たぶん一番変なこと、今から言うよ」

男「色々順番ふっ飛ばしてるっていうのは分かってる!」

女「えっ?え?」

男「………………僕と」



―――――――――――
―――――――
――――




787: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:30:27.31 ID:ArXQ6KQUo



――――
―――――――
―――――――――――


女「…………!」

女「…………っ」

女「……」

女「……、…………は……はい」

女「…………」グス

女「…………よろこんで……っ」

女「……私も。……君と…………」



女「……今度は」

女「……おいていったり……しないでね……」






788: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:34:43.51 ID:ArXQ6KQUo


エピローグ letters from the SEA to SEE her.
   the color of the dress SHE wears today is...




789: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:35:14.40 ID:ArXQ6KQUo


冥府



鍵守「……」

鍵守「……」


時の女神「創世主様」スタスタ

鍵守「……ん……?」

女神「何用でごさいましょうか」

鍵守「……?」

鍵守「なにが……?」



女神「えっ。あなた様が今日冥府に私をお招きになったではありませんか」

鍵守「……そうでしたっけ……?」

女神「えーー、お忘れになってたんですか」

鍵守「ごめんね……。ここはちょっとだけ時間の流れがいびちゅ……歪だから
   たぶんボクにとっては大昔に、あなたのこと呼んだんだとおもいます」

鍵守「……それより、ボクのこと創世主なんてよばないで」

鍵守「ボクは確かに創世のてつだいをしたけれど……あくまでてつだい。
   いうなれば副創世主みたいなものです」

鍵守「本当の創世主はもうひとりの彼ですので……ボクはしがないただの番人です」

女神「と申されましても。私にとってはあなた様もあの方も等しく、尊き創世主様です」

女神「……あの方にはまだお会いしたこと、ありませんけれどね」




790: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:35:59.86 ID:ArXQ6KQUo



鍵守「まだ彼は自我をもっていないから……」

女神「自我がなく、この世界を創造したというのですか?」

鍵守「うん。そういうものです……」

女神「は、はあ」


女神「でも、人々は創世主様が『勇者』をお選びになっていると思っているようですが……
   そこのところはどうなのです?」

鍵守「彼は……創世主は……まだ自分が神だと気づいてません」

鍵守「だから彼はこの世界そのものの意志……手は風、足は大地……意志は人々の総意」

鍵守「『勇者』を選ぶのは創世主であるといえるし、この世界そのものの意志だともいえますね……」

女神「あら。初耳ですね」

鍵守「きかれてなかったので……」

女神「……『まだ』自分が神だと気づいてないということは、今後気づくこともあるのでしょうか」

鍵守「あるかもしれません。ボクのときのように……いつか……ね」

女神「そうしたらいつかお会いしたいものです」

鍵守「ボクもです」





791: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:37:41.21 ID:ArXQ6KQUo




女神「ところで、なにをなさっていらっしゃるのですか?釣りですか?」

鍵守「はい。釣れるの、まってます」

女神「魚でしょうか」

鍵守「いいえ……」


鍵守「釣れるまで」

鍵守「少し昔話につきあって、もらってもいいですか……」

女神「はい。勿論」

鍵守「ボクは……ボクはほんとに、あの子たちのことたすけてあげたかったんです……」

鍵守「あんな悲しいことはやめてほしかった」

鍵守「でも……どうしてもできませんでした。
   もし無理に流れをねじまげてしまったら、この世界が根本からむじゅんをはらんでしまいますので」

鍵守「そしたら世界はぱらどっくすに飲み込まれてぜんぶ死んじゃうんです」

女神「ええと……矛盾を孕むとはどういうことですか?それで消えてしまうって?」

女神「私の名にかけて言いますが、時の流れは一方通行で、戻ることなどありません」

鍵守「うん……それは、そうですけれど、そうじゃない次元もあるということです」

女神「いや、ないです!!時間を管理する私が断言しますが、そんな次元ありません!!
   あるとしたら、どこにあるんですか!?鍵守様!?」

鍵守「あっ……うん……、やっぱりなかったかも……」

女神「はぐらかさないで教えてください!!私の沽券に関わります!!」

鍵守「ねえ……お菓子たべますか?」

女神「お菓子なんかに私は釣られませんよ!!!」モグモグ




792: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:45:50.72 ID:ArXQ6KQUo



鍵守「あなたが管理している時間は、『あなたが存在している時間』なので……
   それ以外の時の流れを観測することはできません……」

女神「……」

鍵守「例えば……5分前にこの世界ができたとして、あなたはそれを感知することができるでしょうか」

鍵守「『世界がたった今つくられたことを知らないあなた』が創造されたら、それは可能でしょうか……」

女神「それは、無理でしょうね」

鍵守「……そういうことです」

女神「あなた様はそれを観測できるということですか?」

鍵守「ボクと、彼だけ……」



鍵守「……この世界をつくったとき、ボクたちはとっても無邪気でした」

鍵守「でも、ボクがあるキッカケを経て、神になる資格があるのだと気づいたとき……」

鍵守「……なんてことをしてしまったんだろうって……」




793: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:46:21.91 ID:ArXQ6KQUo



鍵守「いまだからはなすけれど……」

鍵守「あの日、大きな分かれ道の日……道はふたつしかなかった」

女神「……?」

鍵守「『勇者』が勝って、魔族が全滅するか。『魔王』が勝って、人間が全滅するか……」

鍵守「実際は前者の方になったわけだけど……もし後者になってたら、
   百年後の次の世代の魔王と勇者は、立場が完全にぎゃくになっていたでしょう」

女神「勇者を討伐しに魔王が勇者のもとへ?」

鍵守「そう。そして見逃してくれと頼むのが勇者だったでしょう。
   魔族に戦争をいどむつもりはないといって……」

鍵守「どっちがどっちだったとしても、道はけっきょくひとつにもどります」

鍵守「あの和平の日を経て、現在へと……」

女神「……それはおかしいです。道はふたつしかなかったなんて……変です」

女神「未来は未定事項です。各々の五万とある選択肢の果てに決定されるものではないですか。
   二つしかなかったなんて信じられません」

鍵守「うん……それも、あなたたちの次元のはなしです」

鍵守「既定事項から遡ってつくられた未定事項という可能性もあるんです」

鍵守「この世界の根幹はあの日にありましたから……」

女神「……。ならば本当に人間か魔族、どちらかは必ずあのとき全滅しなければならなかったのですか」

鍵守「そう……なぜならば」



鍵守「仲直りのためには仲違いが必要で」

鍵守「和平のためには諍いが必要です」

鍵守「絶対的な平和のためには……徹底的な戦争が」






794: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:47:51.79 ID:ArXQ6KQUo




鍵守「ボクが気づいたときには、なにもかもおそかった」




鍵守「……さっき言った通り、だからむじゅんをはらませずにボクができることといったら」

鍵守「ここをつくることくらいでした」

鍵守「……あのまま、人の彼らも、魔族の彼らも、愛する人にもう会えないのは……あんまりかわいそうだったので」

鍵守「さよならだけじゃない世界をつくりました。それが冥界」


鍵守「ボクにはそれくらいしかできませんでした……だから」

鍵守「創世主なんて、よばれるほどのものじゃないんです」

女神「……それくらいしか、だなんて仰らないでください」

女神「正直に申し上げて、あなた様の今のお話は……よく分からなかったのですが」

女神「冥界があるこの世界が私はすきです。再会のチャンスが与えられているこの世界が好きですよ」

女神「あの二人も……無事会えましたしね」


女神「……まあ……出会った初日にあんなことを言いだしたのにはちょっと驚きましたが」クス

鍵守「ボクは……かおが赤くなりましたね……」

女神「あらまあ」

鍵守「わかいって……いいですね」

女神「子どもの姿のあなた様がそういうとちょっとシュールですねぇ」




795: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:55:00.24 ID:ArXQ6KQUo



女神「あれも、運命ですかね」

鍵守「運命だなんてことばで形容するのは、ふたりにしつれいですよ」


鍵守「たしかに冥界においての再会はボクが機会を用意ちたけれど」

女神「……」

鍵守「用意、し、た、けれど……二度目の再会は彼らだけの力で果たしましたから」

鍵守「神の力も……ボクの力も、運命の力も借りずに……」

鍵守「あの子が呼んで、あの子がさがしだした……」

女神「……そうですね。仰る通りです」




796: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:55:39.25 ID:ArXQ6KQUo




鍵守「かたちあるもの、いつかはすべてなくなります」

鍵守「ほんとうに大切なものは、いつだってかたちのないものですから」

鍵守「目ではなく心で探さなければ……みつかりません」

女神「ええ」

鍵守「だから……」


鍵守「あなたは永遠をしんじますか」

女神「……信じたいですね。神すら知り得ぬその果てに続くものを」

鍵守「永遠があるとしたら……きっとそれもかたちのないものに宿るのでしょうね」

鍵守「そしてもし色がついているとしたら……」

鍵守「たぶん緑色なんじゃないかなってボクはおもいます」


女神「……どうしてですか?」

鍵守「えびゃー……」

女神「……はい!?」

鍵守「…………エヴァーグリーンです」

鍵守「朽ち果てぬ緑ですよ」




797: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:56:23.76 ID:ArXQ6KQUo



ピクッ


鍵守「……あ」

女神「あら……浮きが動きましたね。かかったんじゃないでしょうか」

鍵守「きたっ……」



女神「…………ビン?」

鍵守「はい……あの子からの返事がはいってるんです」

鍵守「これをまってたんです……」

鍵守「だれかから返事もらえるのってボクはじめてで。うれしいものですね」

鍵守「あけてくれますか。ボクにはコルクがかたくて、あけられません」

女神「え? あ、はい。分かりました。……ってもしかして」

女神「……まさか、このために私を呼んだんじゃ……」

鍵守「はい。このためだけにあなたをよびました」

女神「ええええっ……せっかくあなた様に冥府にお招きいただいたと思ったのに!」

女神「用事ってこれですか!!もうっ!私も暇で仕方ないというわけではないんですよっ!」





798: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:58:28.62 ID:ArXQ6KQUo



* * *


母「…………また言うけど」

母「全く、電撃どころじゃないわね」

女「お母さん。その話題はもうやめて」

女「だって……しょうがないでしょ。いまそうしなきゃって思ったんだから」

女「時間は無限じゃないんだよ」

母「別に責めてるわけじゃないわ。からかって遊んでるだけ」

女「なお悪いよ!私で遊ばないで」

母「まあ、でもほんとにいい人が見つかってよかったね」

母「あの人ならお母さんも安心してあんたを預けられるわ」

母「それになかなか……ねえ? あんたも結構面食いね。私そっくりよ。
  お父さんも昔はね~~そりゃあ色男でね~~」

女「わっ……私は違うよ。別にそんなので選んでないもの。ってだから、からかうのやめて!!」

母「ほほほ」




女「……いままでありがとね。……本当に」

母「よしてよ。遠くに行っちゃうわけでもあるまいし」

母「……二人で幸せにね。支え合って生きてくのよ」

母「ほら。鏡見なさい。あなた今とってもきれいよ」

女「…………ありがと」


母「じゃあ、私はみんなと外で待ってるからね。楽しみにしてるわ」




799: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 20:59:31.13 ID:ArXQ6KQUo



コンコン ガチャ


女「あ……」

男「あれ?もしかしてお義母さんいない?」

女「もう外でみんなと待ってるって」

男「そっか」


女「……」

女「……すごく似合ってるよ」

女「惚れなおしちゃいそう。なんちゃって。あはは」

男「僕は……今日ほど自分が盲目であることを悔やんだ日はないよ」

男「でも、見えなくたって分かる。とても素敵だ」

男「だれよりもきれいだよ。愛してる」

女「……………………」

女「……あのね……そういうこと真顔でさらっと、しかも急に言うのだけはやめてほしいかな」

女「やめてほしいかなっ!!」

男「そんなに照れなくてもいいじゃないか。頬が熱いよ」

女「照れてないよ!この部屋が暑いだけ!私も愛してる!!」

男「ありがとう」




800: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 21:00:23.39 ID:ArXQ6KQUo




男「そろそろ行こうか。時間だ」

女「うん。外でみんな待ってるよ。なんか緊張するね」

女「君が旅してるときに出会った人たちも来ているんでしょう?」

男「ああ。ありがたいことに」

男「初対面でプロポーズしたって言ったら、呆れられたけど」

女「だろうね……まあオーケーした私も私なんだけど……」

男「はは。じゃ、つかまって」ヒョイ

女「え!? ちょっと……なにしてんの!?」

男「なにって……車いすで行くつもり?」

男「せっかくのドレスなのに、それじゃあんまり見えないじゃないか」

女「いいよ車いすで!こんな……私もそんなに若いお嬢さんってわけじゃないんだから恥ずかしいよ」

男「触れてた方が君がちゃんといるって分かって安心できるんだけど、だめかな」

女「……うぐ……。…………でも重いでしょ」

男「軽いよ」

女「……もう。また絶対みんなにからかわれるよ……もう!わかったよ」

女「……絶対……はなさないでね」

男「もちろん」




801: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 21:00:56.38 ID:ArXQ6KQUo




ゴーン……ゴーン……ゴーン…………



女「あ、鐘が」

男「そろそろ行こうか。扉の先に」

女「うん……」

女「……いっしょにね」

男「ああ。今度こそ……二人で生きよう」



女「……ねえ」

女「私……今、生きててよかったって思ってるよ」

女「本当に幸せ」

男「……僕も」





802: ◆TRhdaykzHI 2014/04/11(金) 21:02:29.05 ID:ArXQ6KQUo




女「迎えにきてくれて、ありがとう……」


男「……君に会えて本当によかった」



男「……待っててくれて、ありがとう」



――ガチャッ……





――バタン











                 おわり


次回 勇者「世界崩壊待ったなし」