Bloga enneagramica (ブロガ・エニアグラミカ)

IT革命の先にある社会の創造に貢献することを目的として、拙いながらも文章を紡いでおります。 (管理人:enneagram)

[CD評] 志ん朝1 明烏・船徳  (古今亭志ん朝;ソニーレコード)

「船徳」は、話の筋が分かりづらかった。三遊亭圓楽師匠だって、不得意な話と思われるものもある、志ん朝師匠だって、すべてが名演という訳にはいかないだろう。

特別な日の屋形船くらいで、舟遊びがよく知られた道楽でもない今日、「船徳」みたいな話の情緒を聴衆に理解させるのは難しいところがある。集まってくる人が、みんな、落語と志ん朝師匠をよく知っている人ばかりではない。落語が初めての人もいる。そういう人も対象にして笑わせるのは、話によっては、やはり志ん朝でさえ大変なのであろう。

なにか、自分みたいな奴が志ん朝の落語をどうのこうの理屈をひねっているのは、志ん朝の落語にケチをつけているようで、自分自身で不興なところがある。志ん朝の落語を取り上げて記事を書くことは、当分しないと思う。それでも、以後全くしないというわけでもないかもしれない。それでも、今の自分に志ん朝を扱うのは、明らかに力不足であることを自覚している。

[CD評] 古今亭志ん朝1 お見立て・火焔太鼓  (古今亭志ん朝;ソニーレコード)

古今亭志ん朝の1999年の録音。

「火焔太鼓」は、古今亭一門の奥の手の出し物なので、これは気迫の塊のような名演のである。

三遊亭圓生師匠の場合は、はなしがうまい、なのだろうけれど、志ん朝の芸は、まず、わかりやすくて面白いが出発点である。落語は面白く無いとやはり価値の半分は実現していないと思う。

橘家圓蔵の「火焔太鼓」も聞いたことがあるけれど、あまりにコミカルで、初めから終わりまで全部笑いを取ろうとするような落語で、こういうのは上手すぎてかえって面白くないということになってしまうだろう。

ダラダラ長い話は避けたい。こっちが野暮ったくなってしまうから。

荒井由実の「中央フリーウェイ」は、当時シングルカットされなかった

荒井由実、後の松任谷由実がアルバムで「中央フリーウェイ」を発表したのは、1976年だった。発表当時から結構話題になっていたはずの曲である。

この曲は、当時の日本としては、3度の転調のある画期的な曲だった。プロデューサーの松任谷正隆氏も、東芝EMIも、シングルカットしようなどとは考えなかった。こういう曲をシングルカットするという発想そのものが日本ではなかったと思う。

それから10年経った1986年、小室哲哉が作曲し、渡辺美里が歌った「My Revolution」も3度の転調のある当時でもまだ劇的な展開の曲だった。これは、シングルカットされ、ナンバーワンヒットになった。10年の間に、多くの人の認識が変わったわけである。その後、小室哲哉の同様の試みによる快進撃は、ずいぶん長く続くことになる。

小室哲哉の試みが市民権を獲得すると、中島みゆきも、転調と変拍子の劇的な「二隻(にそう)の舟」を夜会とオリジナルアルバムで発表するようになる。中島みゆきも構想は長い間暖めていたのだろうが、小室哲哉の成功が軌道に乗るまでは、こういう曲の発表はためらっていたということなのだろうと思う。

先駆者荒井由実が試験的に行ったことを小室哲哉は徹底的に実行していった。小室哲哉が成功すると、他の人達もあとに続くことができた。小室哲哉の音楽の世界の大きな功績は、もっと広く知られても良いことだと思っている。

そのうち、ユーグレナを原料にした酒なんかもできるのだろうか

酒の原料はいろいろある。主として穀類だが、動物の乳で酒を作る民族もあるらしい。作ろうと思えば、バナナからでも、パイナップルからでも酒は作れるはずである。タカラ焼酎なんかは、効率を重視して、とうもろこしから焼酎を作っている。それが一番安く作れるのだろう。

これから、ユーグレナやクロレラから酒を作るようになったりするのだろうか。あるいは昆布とかわかめが酒の原料になることもあるのだろうか。

いずれいろいろな新規商品が開発されていくと思う。あるものは受け入れられ、あるものは商品化が見送られると思う。そして、多くは市場から姿を消すと思われる。

知識労働者というのでもない、アスリート、芸能人、デザイナーなどの

知識労働者というのでもない、アスリート、芸能人、デザイナーなどのシンボル労働者とでも言うべき人たちの社会的位置づけというものを、どう考えたらよいかがまだ大きな話題としては議論の対象になっていないみたいである。彼らはまだ、特殊な人達で、社会の飾りとみなされているようである。しかし、現代社会の中心は、彼らの方であって、いまやかれらは、社会の飾りではなく、社会の能力の規定者の側の人間たちである。

それらに加えて、プログラマーなども、ピーター・ドラッカーさえ想定していなかった現代の重要な社会的勢力である。

彼らも普通はなんらかの、普通は営利の社会的機関に所属し、その社会的機関の経営幹部になることはまれである。しかし、彼らは普通は自由業者である。業界規約の制約が大きくなければ、可能性として移動の自由の大きい人達である。

この人達の重要性が知識社会の勃興とともに非常に高まってきている。彼らの中には、知名度を利用して、政治家になるものさえいる。しかし、通常、彼らの政治的手腕は未熟である。複雑な現代社会の運営の中心を担える人材は、事実上皆無である。

おそらく、政治というのも専門職化していくことになろうが、各業界の政治運営はともかく、現代社会全体の政治運営は彼らの仕事にはまず成り得ない。しかし、彼らの生きる世界はますます敬重されるべきであり、彼らの意見は政治にとって重要な地位を形成していくことになると思う。

こういう点にはあまり対処が見られない。シンボル労働者とでも言うべき人たちは、あいかわらず、その影響力に比して、社会の飾りの地位に据え置かれ続けるのが社会正義であるかのような誤解が今でもまかり通っているような感がある。

知識社会が進展していくと、こういうことも、今後色々問題として取り上げられる機会が出てくると思っている。
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