Bloga enneagramica (ブロガ・エニアグラミカ)

IT革命の先にある社会の創造に貢献することを目的として、拙いながらも文章を紡いでおります。 (管理人:enneagram)

努力して、わたしたちみんなが欲するような知識社会を未来に生み出したいものです。

焚書坑儒について

秦の始皇帝は、書物を燃やし、学者を大量殺害したということである。事実であろう。


とはいっても、秦の始皇帝の時代、書物はいたって貴重で希少であり、文字の読み書きのできる人間は、貴重で希少であった。だから、秦の始皇帝が書物の廃棄と学者の殺害をするというのは、よほどのことである。


結局、くだらない書物を大量に廃棄し、くだらない知識人たちを大量殺害したということであろう。


誤字脱字だらけで判読不可能な書物とか、とんでもないでたらめを並べる知識人とか、そういうのがお払い箱になったのであろう。そういうくだらない知識人には、自称「儒者」が多かったということで、「儒者」以外のいろいろな流派のくだらない知識人たちもまとめて処分されたということだと思う。


例えば、易経なら、「地天泰 天地否」というべきところを、「地天秦 天地胚」などと書いてある書物や、そういう間違った話をする知識人たちが片っ端から廃棄され、殺害されたというところなのだと思う。荀子のことを、筍子と言ったり書いたりする自称儒者も殺害されたりしたのだろう。


秦の始皇帝は、書物を廃棄し、知識人を殺害したが、なんでもかんでも廃棄と殺害を重ねたのではなく、どうにもならないものを選びに選んで廃棄し殺害したのだと思う。それでも、廃棄される書物も多数なら、殺害される自称知識人も多数だったのであろう。


結局、現代でなくても、秦の始皇帝の時代にも、くだらない書物とくだらない知識人は多数だったということである。秦の始皇帝も、きちっとした書物やきちっとした知識人は大切に扱ったはずである。


付記:例えば、兵法家で、商鞅はじつは孫子の弟子で(史実はそんなことはない)、秦が強国になったのは、法制のおかげではなくて、兵法が優れていたからだ(史実はそんなことはない。秦の兵站が強力だったから秦の軍隊は強力だった。)と主張する者もいただろうし、孟子は子路の一番弟子で(そんなことは不可能である)、のちに孔子の孫の子思の養子になった(そんな史実はない)ので、本当の姓は孔氏なのだけれど、孔子を畏敬するあまり、自分を孔夫子と呼ばれるのをおそれいって、孟子と自称していたと主張するような儒者もいたかもしれない。そういう、どうしょうもない悪質なでたらめを吹聴するような当時の知識人たちが片っ端から秦の始皇帝に死刑にされたのだろうと思う。秦の始皇帝をあまりに悪人扱いするのは、秦の始皇帝に対して公正ではない。秦の始皇帝は、知識に対する正義感のとても強い潔癖な君主だったと思われる。

科学哲学は、基本的に、哲学者の土俵である

バークリ、カント、ベルクソン、ラッセル、ホワイトヘッド、ケストラー、古くはフランシス・ベーコン、最近ではアルビン・トフラー、忘れてはいけないパラダイム論のトマス・クーンなど、哲学系の人たちの科学哲学の業績は素晴らしいものが多い。メルロ・ポンティの著作は読んだことはないけれど、きっと彼の業績も優れているのだろうと思う。


一方、自然科学者で科学哲学に大きな力を発揮した人達というと、クロード・ベルナールとかマイクル・ポラニーとか今西錦司先生とかあげられる例はすくない。ファラデーやオストワルドの業績は、科学教育の業績で、科学哲学の業績とはいいがたい。コンラート・ローレンツの意見は、科学哲学というより文明論である。


結局、自然科学者というのは、自然科学の業績を上げることに熱心で、「自然科学とは何ぞや」みたいな問を考えるのは得意ではないのだろうと思う。優れた剣豪で優れた刀鍛冶であるような人はきっとめったにいないと思う。優れた茶人ですぐれた陶工である人もめったにいないであろう。すぐれた料理人で優れた漁師である人もめったにいないはずである。自然科学と科学哲学の関係というのも、そういうものなのだろうと思う。


だから、ポアンカレなんかだとその著作や議論が言及されることがいろいろあるけれど、ハイゼンベルクもモノーもジェームズ・ワトソンも(当然ライアル・ワトソンも)プリゴジンも哲学者としては、それほどの科学哲学の業績を打ち立てたとはいいがたい。優れた科学者で優れた科学哲学者でもあったひとたちは、珍しい人たちである。


やはり、科学哲学は、自然科学者より哲学出身者のほうがはるかに向いている仕事なのだろうと思う。

合理主義の今後の運命

西洋でも、17世紀くらいまでは、あいかわらずギリシャ古典研究が学問の中心だったようである。


それが、17世紀後半あたりから、ガリレイやニュートンやライプニッツの自然研究の態度が大きく成功すると、人文社会分野でもマールブランシュやコンドルセやルソーやヴォルテールのようなフランスの思想家たちが18世紀になってからあらゆることの合理化論理化数理化を主張するようになる。これが、フランスの啓蒙思想である。中心が百科全書派であった。フランスの啓蒙思想は、18世紀後半から19世紀前半のヨーロッパ全体に大きな影響を持つことになった。


これに反する考えもあった。イギリスの法学者のエドワード・コーク、マシュー・ヘイル、ウィリアム・ブラックストン、エドマンド・バークらは、ギリシャラテンの古典の重視と、演繹推理より類比推理を重んじて、啓蒙思想とそれに至る流れに対決した。似たような考え方をしたのがフランスだとフェヌロンで、ドイツだとヘルダーとゲーテである。しかし、イギリスはともかく、大陸ヨーロッパで大きな力を持ったのは、啓蒙思想とその派生の合理主義、論理主義、数理主義、理性主義であった。


特に、ルソーの全体主義社会契約論は、ベンサム、フーリエ、コント、ヘーゲル、マルクス、エンゲルス、レーニン、スターリン、ヒトラー、ソレル、毛沢東、ゲバラ、ルカーチ、アルチュセール、グラムシ、ポル・ポト派などに大きな影響を与えた。


そういった、18世紀以来の数理主義と古典の否定みたいな考え方も、1991年のソ連の解体と、続く中国の市場経済導入で、現在の社会科学の中では力を失いかけている。


今後、数理経済学や金融工学が力を失うことは考えられないが、人文社会分野の学問のありかたは、ふたたび、古典の重視に向かうと思う。そういう時代になったら、18世紀後半のイギリスでエドマンド・バークが示した態度は、今後の人文科学や社会科学の模範とされるようになっていくと思われる。

「悲劇の誕生」の価値は不滅。しかし、「ツァラトゥストラかく語りき」はどうだかわからない。

「悲劇の誕生」は、今後もギリシャ古典研究者の学習必須の教科書であり続けることだろう。


しかし、「ツァラトゥストラかく語りき」のほうは、今後評価が低下する可能性があると思っている。


「ツァラトゥストラ」には、社会の技術上、制度上、政治理念上の記述は何もない。


自分は、「ツァラトゥストラ」が今後、特異な文学作品として記憶されることはあっても、思想的価値の評価は失う可能性があると思っている。


ニーチェ自身はのちに「悲劇の誕生」を否定し、「ツァラトゥストラかく語りき」を自慢し続けたが、これからの時代が大切に保存して重視するニーチェの著作は、「ツァラトゥストラ」ではなく、「悲劇の誕生」のほうかもしれない。


付記(2020.6.2):「悲劇の誕生」は、ギリシャ古典のみならず、世界のあらゆる神話、古典、民俗学の研究者の必読書と思われる。ニーチェの意見を真に受ける必要はないが、ニーチェの主張を傾聴はすべきである。


付記(2020.6.3):「ツァラトゥストラ」に感銘を受け、共感するひとはいつの時代にもたくさんいるであろう。わたしもそうだった。しかし、この作品の扱いは、そのうちに哲学書ではなく、文学作品であるという風になっていくと思う。ニーチェの哲学書、思想書の白眉の著作は、やはりなんといっても、ミシェル・フーコーに巨大な影響を与えた「道徳の系譜学」であろう。その第一論文の「よい」と「わるい」の語源学的説明は、何回読んでも素晴らしいと思う。

千葉雅也さんはまだ若い

千葉雅也さんには、古典古代の重視に違和感があるようだけれど、千葉さんも、50歳を過ぎると、あるとき、アリストテレスや荀子や龍樹菩薩の破格の偉大さに気が付く日が来るはずである。


千葉さんが50歳をいくつか過ぎると、きっと、若い人たちに、古典古代を重んじるように説くようになり、ギリシャ語やラテン語やサンスクリットを学ぶことは大変良いことだというようになるはずである。


だいたい、千葉さんの専門のジル・ドゥルーズにしても、エピクロスやルクレティウスやドゥンス・スコトゥスを重視している。古典と無縁の大学者などいないのである。ミシェル・フーコーの先達のニーチェもハイデガーも、出発点は、ギリシャ古典学者だった。


千葉さんも、なぜそうでないといけないのかがわかる日がきっと来るはずだと思う。


付記(2020.6.1):私も、ある年齢になるまでは、ギリシャ古典や仏典や中国古典の価値などわからなかった。若いころは、量子力学や非平衡熱力学の議論や向精神薬などの生理活性物質の利用による意識の変容などにひどく関心を持ったものである。そういう議論のほうが、新しく高度で、新鮮だと思っていた。若いころは、最先端にこそ価値があると思ってしまう。ほとんどの人はそうだろうと思う。しかし、人生経験を重ねると、はるかな過去の賢人の洞察の深さや見通しの確かさに恐れ入り、最近の賢人たちの賢さも、過去の賢人たちからの学習の成果であることがわかってくる。


私の御恩ある武道の恩師も、お若いころは、自身の神道系流派の武道を紹介する書物で、剣術の効果の説明に、高度な力学的、数学的解説を加えられる記載をされるような方だった。この方は、きわめてすぐれた自然科学者でもある方である。その方が、老境に入って、私に助言してくださる書簡の返信をくださるときには、論語などのすぐれた中国古典を引用して私を指導訓育してくださるようになった。人生経験が蓄積されると、だれでも、まともに努力して生きている者ならば、はるかな過去の賢人たちの賢明さがわかるようになってくるのである。


千葉さんもとても優れた人だから、50歳をいくつか過ぎると、いま私の言っていることがよくわかるようになるはずである。千葉さんはまだ42歳だからよくわからないのである。人生経験を蓄積しないとわからないことはたくさんある。貝原益軒先生が健康で長生きするようにと教えられた理由はこんなところである。


付記(2020.6.3):人間、長く生きていると、あるとき、自分は大したことをしてこれなかったことに気が付くものである。


そして、何かのきっかけで古典の記述を調べて古典を読み直してみると、かつての賢人たちの恐るべき賢明さが了解できる時がやってくる。


その時、自分がいかに怠け者で卑小でつまらないみすぼらしい人間だったかを思い知るようになる。それにたいして、古代の偉大な賢者たちがいかに純粋で、ひたむきで、集中力と忍耐力にすぐれ、創意工夫に満ち、高貴な魂を持っていたかが理解できるようになる。


そういう風にして、じぶんが怠け者で、卑小なみすぼらしい人間であることに気が付くと、それからは、古代の賢者たちの偉大な模範に従って生きようと努力することになる。もちろん、古代の賢者のようにはまるっきり生きられない。


それでも自分が卑小なつまらない怠け者であったということに気が付くことが、自分もまた古代の賢者たちのようになる出発点で、そういう、古代の賢者の通った道を歩きなおそうと努力し始めることが、また、次の時代のあたらしい賢者たちの準備と用意につながるものなのである。


そういうことが分かったときは手遅れになる人が多いし、もちろん、一生そういうことがわからないで死んでいく人たちが圧倒的に多いわけだけれど、たぶん、千葉さんは、手遅れにならないで済む年齢で、私が今言っていることを思い知る日が来ると思っていますよ。
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