2005年08月14日

自分を磨くとは?

リスクを自ら背負うということは、多くの人には理解できない行動かもしれませんが、これは非常に重要なことだと思います。
今の学生は特にやりたいこともないから、とりあえず大学に進学して、そこで少しの間我慢すれば安全に就職できるだろうという感じで、大学に来ています。
就職して、与えられた研究をやって、家族に安定した給料を渡してりゃ良いみたいです。

これに対する反論としては「やりたい研究を就職先で見つけるのと元から持っているのは大して変わらないだろうし、実際に企業で研究した方が大きなプロジェクトに参加できて面白いだろう。それで安定した給料をもらえるのだから、ベンチャーをやるよりもはるかに利口な選択だ。」
というものが予想されます。

理屈で言えばその通りっぽく聞こえるのですが、実は全然違います。
実際にリスクを背負ってでもやりたいと思うようなものを持っていれば、感覚で理解できると思います。

まず、勉強というのは量ではなく質です。
目標を持っていれば必死に勉強します。
勉強した期間は問題ではありません。
1、2年でも目標のために必死に勉強することが、力となります。
必死というのはがむしゃらにやるという意味ではなく、自分で考えて計画的にやるという意味です。
目標もなくだらだらと勉強しているのでは、いくら長期間勉強したところで、大して身についていません。
よく基本的な訓練を繰り返して苦労することで、研究能力が身につくものだと思って、効率の悪い勉強をさせる、またはする人もいるのですが、もったいないです。
大学でひたすら下積みの生活をして教授になり、いざ自分の研究に着手しようと思ったときには、脳細胞は衰え発想力は減少しています。
知識と技術は残りますがね。
若いうちは知識と技術は不足しているかもしれませんが、発想力があるので、研究を始めるなら急いだほうが良いのです。
そのためのサポート体制がしっかりしていることも重要であると思います。

就職して大きなプロジェクトに参加することが凄いことだというのは勘違いです。
大きなプロジェクトは大勢の人が関わります。
そのうちの一員として仕事をしているだけで、自分が全てやるわけではありません。
それならベンチャーであっても、共同研究という形で関わることはできます。
例えば、バイオベンチャーは製薬の課程でリスクの高い仕事を請け負うという性質から言って、重要な仕事をしているベンチャーの方が貢献度は高いのではないでしょうか?
大企業で地位があるということは、人から評価されやすいですが、少し頭の良い人はその人の価値をすぐに見抜けます。
大企業の人が実際に重要な仕事をしている人であればちゃんと評価するでしょうし、大したことをしていないのに自分は○○会社の社員だと威張っている人であれば、心の中でバカにしているのです。

また、リスクを背負うことは覚悟の表れでもあります。
自分をもはや成功するしかないという状況に追い込むことで、必死に努力するようになるのです。
自ら負荷を背負うことに対して何かの見返りを求めているわけでもありません。
過大に評価されることを望んでいるわけではなく、真の意味で社会に貢献できる人間になることを望んでいるのです。
貢献することに喜びを感じることができるので、苦労を苦痛とは感じません。
仮に誰からも評価されなかったとしても、それはそれでどうでも良いのです。
人からの評価や信頼とは大体理不尽なものですが、自分が意義のあることをしているという確信があれば良いわけです。

金を出したり、批判することくらい、誰でもできることだと思います。
実際にやる人がいなければ、何もできません。
リスクを背負うことができる人は何が本当に価値のあることで、どういった生き方が最も楽しいものなのかを知っているのです。
自分で新たなものを作れるということが非常に価値のあることだということを知っているのです。
自分に価値を付ければ良い人脈が作れることも知っているのです。
守られた環境にいれば壁にぶつかることもないでしょうが、人は壁にぶつかりながら進まなければ、強くなれないと思います。
体裁を気にして自分のやりたいことができないという人もいますが、意味のないプライドは捨てたほうが良いでしょう。
プライドばかり持っている人はカッコよくありません。
捨て身になれる人がカッコいいのです。

h_kanata at 02:19│Comments(0)TrackBack(0)

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