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月明かりの信号所

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19 Jan

小田急ロマンスカー60000形 MSEを小田急の有名区間で撮影

小田急ロマンスカー60000形 MSE 60052F+60253F
↑小田急ロマンスカー60000形 MSE 60052F+60253F
現行の平日ダイヤでは、所定の形式で運転された場合 午後に小田急ロマンスカー60000形 MSEで運転される列車が連続する時間帯があるので、今回のように それを目当てに狙って撮るには結構オイシイです。

 今日は久しぶりに小田急ロマンスカー60000形 MSEを撮りたいと思い、小田急線内でも有数の撮影地の宝庫、小田急小田原線 渋沢駅〜新松田駅に撮影しに行って来ました。
 この駅間は、両駅周辺の集落を抜けると、四十八瀬川と川音川により渓谷状に形成された山間の川沿いの場所に線路が敷かれているため、沿線には風光明媚な景色が広がっていて優良な撮影地が多い事で有名です。この区間は、度々列車に乗って車窓の外を眺めていても非常に景色が良いと思っていた場所なので、一度は撮影しに出掛けてみたいとは思っていたのですが、二つの集落の間にある川沿いの限られた平地に存在するため、自動車を使わず最寄りの両駅から公共交通機関で移動した場合はアクセスが悪く、なかなか実際に出向いて撮影する事が今までありませんでした。実際 最寄り駅から山間部の区間まで移動する場合、どちらの駅からも片道徒歩30分以上は必須。渋沢駅、新松田駅の両駅前からこの付近のバス停を通過する地元のコミュニティバスや富士急行バスのバス路線の設定がありますが、どちらも運転本数は少なめで利用するならば事前に調べておいた方が良いと思います。
 今回は最寄り駅から徒歩で移動しました。駅からの道は国道など道の状態が良い道が殆どだったので、長時間歩いていても あまり苦にはなりませんでしたが、急がず普通に歩いていても結構 汗ばんだので、気温や湿度の高い夏場は辛いだろうなと思います。取りあえず今まで何度か列車でこの区間を通過していて撮影してみたいと思う箇所が何か所かあったので、そこに向かって歩いて行ったのですが、山間の区間で川が蛇行しているため、線路や道路と川が何度も交差し位置関係が変わり、思いのほか川が障害となり、撮りたいと思った場所に向かうにも そこへ続く橋が見つからず、事前に行こうと思っていながらも今日行く事が出来なかった場所も結構あったのでソコは残念でした。よくテレビゲームのRPGで、プレイヤーは主人公を上から見下ろすような形で俯瞰的に見ている事から、そこに何かがある事が解っていながらも、実際は木や壁などマップ上の障害物があってその時点では行けないなどと言うマップ構成がよくありますが、まさか現実でそれに近い感覚を味わう事になるとは思いもしませんでした。
 平日の午後は、車両の代走・形式変更が無い場合 小田急ロマンスカー60000形 MSEが短い時間の間に上下2本ずつ運転される時間帯があり、そこを狙って出かけました。午前中予定があり、それを済ませてからその足で出掛けたため、下りの1本目は移動が間に合わず撮影出来ませんでしたが、その他 3本はとりあえず撮影出来ました。
 今日実際に撮影に出向いてみて感じたのは、有名な撮影地だけありインターネット上のサイトや鉄道趣味誌などで度々この区間で撮影している写真を見かけてはいたものの、行く前から全体的に下り列車を撮っている写真が多かった印象があったのですが、やはり上り列車よりも下り列車に対して撮り易そうな場所が多いなと思いました。沿線風景が非常に風光明媚な区間なので、実際この区間で上り列車を撮影された写真も目にしたことはありますし、探せばいくらでも撮影出来る場所はあるんだと思いますが、今日は歩いていてあまりピンと来ませんでした。また線路や川沿いに生えている木は落葉樹が多く、現在は冬場で葉が落ちて見通しが良くなっていたので、夏場それらの木にビッシリと葉が茂るとまた状況も大きく変わるんだろうなと思います。今日も歩いていて「あの写真は恐らくココで撮られたんだろうな」と思った箇所が何か所かありましたが、その中には かつて写真で見た時よりも木の枝が伸びていて、現在はもう その写真の様には撮れなさそうに思える場所も何か所かありました。また四十八瀬川は水深が低く河原に降りられる場所もあるので、遮水性のズボンと長靴が一緒となった胸付長靴などを用意して川の中から撮ったら面白そうだなと感じる箇所も多数見かけたので、今度機会があればやってみたいなと思います。

小田急ロマンスカー60000形 MSE 60253F+60052FF
↑小田急ロマンスカー60000形 MSE 60253F+60052F
ココは渋沢駅〜新松田駅でも編成主体に撮影するので特に有名な場所です。1本通勤型電車の列車を撮影して、初めに付けていたレンズでは焦点距離が短いと感じ、もう少しレンズの焦点距離が長い物に交換して程なく列車が通過したため、あまりジックリと準備することが出来ず、撮影した時は、もう少し空を写し込みを少なくした上で望遠レンズで圧縮効果を利かせてバックの山を引き寄せて撮った方が良かったかな・・・などとちょっと後悔していました。ただ帰宅してジックリ見てみると、結構目立つ位置に特別高圧の架空送電線があり、あまり焦点距離の長いレンズにし過ぎると、かえって送電線が目立ってしまう気もしたので、幸い今日は空が曇っていませんでしたし、まあコレはコレで良かったのかなと思いました。

小田急ロマンスカー60000形 MSE 60053F
↑小田急ロマンスカー60000形 MSE 60053F
17 Jan

沿線の観覧車と

京成AE形(2代目) AE4F
↑京成AE形(2代目) AE4F
前々から北総線沿線にある観覧車を絡めて京成AE形(二代目)を撮ってみたいと思っていたのですが、今回チャレンジしてみました。現在沿線に建設中のメガソーラー発電設備が完成するとまた雰囲気もガラッと変わるのかもしれません。

 前々から北総線沿線にある観覧車は気になっていたのですが、今までわざわざ出掛けて撮る機会が無かったので、今回は現地の状況を確認がてら、観覧車とその周辺の建物を絡めて撮影に出掛けてみることにしました。
 今回はシチュエーション的には晴天時に完全順光状態を狙って撮りたいところでしたが、この場所は線路の向き的に列車側面が北側を向いているため、晴天時は列車に対して光線が完全順光になる時間帯はありません。ならば、順光と同じく列車の前面と側面に対して当たる光量がほぼ均等になる、列車に対して当たる光線が逆光状態となる時間帯をあえて狙ってみました。
 ただ出向く前に少し心配だったのが、絡めて撮るものが、頂上が地上から高い位置にあり構造的に骨組みの間から空の見える部分が多い観覧車なので、必然的に空を大きく入れなければいけないため、被写体に対して空が明る過ぎて真っ白になってしまうのではないかとちょっと不安でした。なので もし列車や観覧車とバックの空とであまりにも明度に差があり過ぎるのであれば、もう少し遅い時間帯まで粘って、空が夕方らく赤く染まるまで待ち、空を意図的に露出オーバーで白トビさせて撮ろうかなどとも考えたりしたのですが、現地に着いてとりあえず撮ってみると冬場で比較的太陽の光線が弱い事もあり意外に明度の差が少なくなんとか形には出来たので良かったと思います。

京成3050形(二代目) 3052F
↑京成3050形(二代目) 3052F
逆光状態で撮影しているため、列車が暗くなってしまい極端にシャッター速度を落としたのでガッツリ列車が被写体ブレを起こしています。ただ車体に書かれたナンバーがシッカリと読める程度には止まっていますし、また今回は列車が主役でそれだけを見せるような撮り方でなかったので、まあ列車が極端に暗くなるよりはコレで十分かなと割り切って撮りました。
16 Jan

E217系 特別快速の撮影に再挑戦

E217系(機器更新車) 横クラY-126編成
↑E217系(機器更新車) 横クラY-126編成
先週の金曜日に撮影を試みたものの、横須賀線内 西大井駅での人身事故によるダイヤ乱れで撮影出来なかったE217系 特別快速。今年3月ダイヤ改正での廃止前に内房線南部 単線区間らしい待合室のある島式ホームで一度撮っておきたいと思っていたので撮影出来て良かったです。

 今日は先週の金曜日に横須賀線内 西大井駅での人身事故によるダイヤ乱れの影響で撮影出来なかったE217系 特別快速の撮影に再チャレンジしてきました。先週の金曜日は所定の通過時刻を約20分過ぎても列車が通過せず、最寄り駅で確認したところ、横須賀線内人身事故によるダイヤ乱れで総武快速線の運用に変更となった以外の詳しい情報が回って来ておらず、最悪 運休・行き先変更 途中駅運転取り止めの可能性もあると言われたため、もし待ち続けて来なかった時は一番バカバカしいと思い、その時は即座に特別快速の撮影を諦めて久留里線の撮影に出かけてしまいました。一応その日の夕方に館山で確認してみるとE217系 4両編成が1編成いたので、下り列車は遅れながらも運転されたようでした。
 今年3月のE217系 特別快速廃止までに一度 内房線の南部単線区間らしい中央部に待合室が設けられた島式ホームで撮影してみたいと思っていたので今日はそれに挑戦してみました。内房線の君津以南は、このような島式のプラットホーム中央付近に待合室あるタイプの駅が非常に多く、特に君津駅〜館山駅の駅に関しては、相対式ホーム(対向式ホーム)の竹岡駅と、数年前に上り線側線路が撤去され列車交換不可能駅となった安房勝山駅以外は基本的に全て待合室ありの島式ホームになっています。なお館山駅〜安房鴨川駅は一部島式ホームの駅もありますが、単式ホームや相対式ホームの駅も多いです。待合室の壁面に記載されたホームの番線表示で、上り線側1番線の但し書きに木更津と並んで千葉・東京の記載があるのが君津以南の駅らしく良いなと思いました。

 E217系と言うと、総武快速線・横須賀線から113系が引退したのが平成11年(1999年)12月で、湘南新宿ライン直通列車や横浜線・根岸線直通列車を除いた全ての普通(快速)列車が原則E217系で運転されるようになってから既に15年以上経っているため、もはやそれが当たり前と言う感じで、もう見ていて何も感じないファンも多いのかなと見受けられます。
 今回 E217系が登場してきた頃の事を思い返してみると、私は外観デザインなど含め結構好きだったのですが、当時は全体的にファン受けは悪かったように思います。大体はスカ色の総武快速線・横須賀線から113系を一掃していった戦犯のような扱いで、当時は特に神奈川県側 横須賀線沿線のファンからは「銀色の悪魔」呼ばわりされているのを聞いた事がありますし、そう言った表現が生まれた事を考えると、当時はまだ首都圏では普通鋼製車体で車体外板に塗装が施された車両が多数現役で活躍していた事から、やはり当時のファン感情としては抵抗があったのかなと思います。また今思い返してみても、確かに千葉県側は総武快速線・横須賀線から113系が撤退後も、グリーン車付の長大編成は見納めとなってしまったとは言え、引き続き房総ローカル線区ではスカ色の113系が見る事が出来たのに対し、横須賀線では普段全く見る事が出来なくなったので神奈川県側の113系や国鉄型車両のファンから反発が起こるのは当然の流れではあったのかなとも思います。
 その他 当時ファンから嫌われていた要因としては、単純に113系を総武快速線・横須賀線から一掃したと言う事以外にも多く見受けられました。当時よく見かけた代表的なものとしては、209系に続き短寿命のコストカットタイプの電車だったため内装など総じて全体的に安っぽかった事や、総武快速線・横須賀線の113系にも晩年の頃は一部車両にラッシュ時混雑緩和のためロングシート化改造車が投入されてはいたものの E217系は近郊型ながらそれ以上に編成中のロングシート車の比率が非常に高く またその座席自体もE217系の設計のベースとなった209系と同様座面が非常に硬く座り心地が悪いため長時間連続して乗車していると乗り疲れする物だった事、総武快速線・横須賀線の113系も晩年の頃は車体の老朽化により車体に出来た隙間から車内に吹き込む隙間風が酷く冬場は車内が寒かったが新型のE217系もE217系で乗降口が増えて片側4扉になり編成構成もロングシート車が主体になったので冬場は113系晩年の頃並みに車内が寒い、編成中のM車比率が減少する11両編成単独運転時に15両編成で運転時と同一の加速性能を維持するため制御装置から主電動機への出力電流の調整を行っているが11両編成単独運転時は加速や制動開始時のショックが大きく乗り心地が悪い・・・など登場時は結構ファンからは散々言われ放題だった印象が強いです。
 またこの車両の事を振り返る際には、何と言っても同じく総武快速線・横須賀線を走行する特急 成田エクスプレスの事を切っても切り離す事の出来ない関係にあると思います。JRの新東京国際空港(当時・現 成田国際空港) 空港ターミナルビル直下の成田空港駅乗り入れ開始と合わせて、JRも空港アクセス用特急として新型車両の253系を投入し、営業最高速度130km/h運転を行う特急 成田エクスプレスの運用を開始しましたが、成田エクスプレスの輸送好調を受けて順次列車の増発が進められていくと、当時 総武快速線・横須賀線の普通列車(快速列車)で使用されていた113系が、営業最高速度が100km/hで加速性能も低性能だった事が成田エクスプレスの更なる増発・速達化のネックとなりつつありました。そこで元々 総武快速線・横須賀線で使用されていた113系1000番台の中でも比較的製造年が古く状態の悪かった車両が淘汰・置き換えのタイミングを迎えていた事もあり、11両編成・15両編成で運転時に211系を超える加速性能を持ち、また併せて120km/hで営業運転可能な新型車両を総武快速線・横須賀線用として投入する事となり、209系の設計をベースに製造された近郊型電車がE217系になります。E231系 近郊型など後発の形式が登場して以降は、設計上 駆動装置の歯車比の値を小さくし高速運転への対応を図った事に起因する始動時の加速力の鈍さが度々やり玉に挙げられますが、当時求められていた走行性能をクリアするには十分な性能を発揮し、総武快速線・横須賀線の113系の全車置き換え完了・撤退後は全普通列車で営業最高速度120km/h運転化を開始して成田エクスプレスの増発・速達化に貢献しています。
 ただコレも「もしも」の話になってしまうのですが、主にE217系投入開始〜総武快速線・横須賀線から113系が撤退した頃にかけて、横須賀線沿線のファンが半ば愚痴のような感じで言っていたのをよく耳にした言葉が「もしも成田エクスプレスが無ければ総武快速線・横須賀線の113系も もっと長く見られたんじゃないのかな・・・」と言う意見でした。確かに同じく113系をグリーン車付 11両編成・15両編成で使用していた首都圏近郊・東京駅乗り入れ路線の東海道本線東京口の列車は、総武快速線・横須賀線から113系が撤退した平成11年(1999年)以降も、平成18年(2006年)まで113系を引き続き使用していましたし、また総武快速線・横須賀線で当時使用されていた113系は、品川駅〜東京駅〜錦糸町駅 地下トンネル区間乗り入れ対応・シートピッチ拡大車の113系1500番台を筆頭に、113系の中では末期に製造された比較的新しい車両を多く抱えていたので、確かに成田エクスプレスの速達化・増発が無ければ、かつて東海道本線東京口に211系投入した時に、113系の中でも製造年が古く状態の悪かった経年車のみを置き換え対象として新型車両の211系を投入して淘汰・置き換えを進め、113系の中でも比較的新しい状態の良い物は引き続き使用すると言う流れになっていたため、もしかしたら総武快速線・横須賀線でも、東海道本線東京口の時のような流れになってE217系による置き換え対象は113系の中でも状態の悪い経年車だけに留まっていた可能性も十分あったのかもしれませんね。また実際にE217系投入時に、まだまだ十分使用可能な状態にあった総武快速線・横須賀線の113系は多かったようで、総武快速線・横須賀線にE217系を投入した事で余剰となった113系1000番台・1500番台のうち状態の良かった車両は、房総ローカル線区だけではなく国府津に転属し車体塗装を湘南色に塗り替えて東海道本線東京口の列車で使用された物も多数存在します。
 ただ上にも書いたようにあくまでも「もしも」の話なので、E217系が投入された頃は、国鉄民営化直後のバタバタした感じも収束し始めてJRの方針が固まり出した印象があった頃でしたし、仮に成田エクスプレスの増発・速達化の流れが無くとも総武快速線・横須賀線には使用形式の統一・合理化の観点から新型車両を投入してイッキに全ての113系を淘汰置き換えを行う流れは起こっていたかもしれません。また総武快速線・横須賀線末期の113系の中には、本来4両付属編成として使用されていた編成に後から増結用の中間車を製造して組み込み11両編成化した物が結構多く存在していたため、全体的に編成を構成する車両の製造された年代や装備がバラバラでゴチャゴチャとしていた物が多かったのと、東海道本線東京口はボックス席部分のシートピッチ拡大車の113系2000番台が多数在籍していたのに対し、総武快速線・横須賀線はシートピッチ拡大車の113系1500番台はかなり少数派で、シートピッチが旧来の狭いタイプの113系1000番台が圧倒的に多数派を占めていたので、実際にどうなっていたかはわからないと思います。また横須賀線に関しては逗子駅で頻発に編成の分割併合を行うので互いに混結せず運用の共通化が出来ない異形式が混在するのは運用上不利だったと思います。また何よりもE217系が、三相かご型誘導電動機を使用したVVVFインバータ制御の車両なので、主電動機に直流電動機を使用した車両のように頻繁な整流子のメンテナンスが不要で電気回路の接点部分の少なく保守・整備面では非常に長けていたため、それも全車置き換えに踏み切る事となる大きな要因だったのではないかなと思います。
 上記したように私はE217系に対して登場時から結構好感を持っていたほか、前面のデザインが結構好きだったので未だに結構好きな車両です。この頃のJR東日本の新型車両は、工業デザイナーの故 榮久庵 憲司 氏が設立した「GKインダストリアルデザイン研究所」に依頼・協力して車両デザインを行うケースが多く、E217系もその作品の1つに当たります。確かに211系のイメージを抱いたままE217系を見ると、そのデザインの急激な変化に驚きを感じると思いますが、同じくGKインダストリアルデザイン研究所と共同でデザインされたJR東日本の215系 DDLを見た後ならば、確かにその意匠を引き継いで発展したようなデザインだなと感じると思います。GKインダストリアルデザイン研究所がデザインした物は、機能性や使い易さを損なわず利便性の高い物としながらも見た目のデザイン性の高いものを作り出すと言うコンセプトの物が多く、E217系もその意匠はシッカリと組み込まれていると思います。
 ただまあ未だにE217系にあまり好感を持っていないファン層からよく挙げられる点として「デザインにお金をかけるぐらいなら、長時間・長距離乗車する利用客層が見込まれる運用に入る車両なのだから、見た目よりももう車内の座席構成を見直したり少し座席を座り心地の良い物にして欲しい」などの意見を見かけます。その辺りの意見に関しては私もごもっともな意見だなと思いますね。過去にE231系 近郊型タイプの座席が、登場当初 座席が非常に硬く、営業運転開始後の座り心地が悪かったために利用客から不評で、製造途中から多少ながら座り心地の改善された座席に変更された他、従来型の座席で製造された車両でも座席の交換・座り心地改善が図られた車両も一部存在しました。E217系も単純に近郊型電車であるだけでなく、成田空港輸送用の快速 エアポート成田でもある程度使用頻度の高い車両でもあり、全体的に比較的長時間連続して乗車する利用客も多い運用で使用される車両なので、E231系の一部車両が座席の座り心地改善を行ったタイミングで、E217系も一緒にその辺りは改善して欲しかったなと思います。
 そういえば東京都心部と成田空港を結ぶ鉄道路線として、JRの東京駅〜成田空港駅と京成の京成上野駅〜成田空港駅の輸送状況を比較した際に、成田スカイアクセス線開業前・スカイライナー 京成本線経由時代は、有料特急の速達性では京成のスカイライナーよりもJRの成田エクスプレスが優勢だったものの、特別料金不要の列車に関してはE217系の快速 エアポート成田よりも、京成本線の一般通勤型電車を使用した特急列車(京成佐倉駅〜京成成田駅 通過時代)の方が速達性で優位にありました。それに運賃に関しては京成の方が安く、特別料金不要の空港アクセス列車運転本数もJRよりも多いため、総武快速線・横須賀線のE217系で運転されているエアポート成田は速達性や利便性、運賃面で全体的に中途半端な存在になってしまい、その頃は「JRは成田エクスプレス以外の成田空港への空港輸送に もうあまり関心が無いのかな?」と感じて何となく寂しく感じました。

 E217系もベースとなった209系のコンセプトを引き継いでいるため、登場から15年目を超えた辺りから引退・置き換えなどの噂が立ちましたが、現状は経年劣化が進んだ部品や、半導体部品を中心に部品の製造が終了し維持管理が困難になりつつあった部品を新たな機器に交換するなどの改造・処置を実施する機器更新工事が施された上で、引き続き使用されています。ただ機器更新工事を受けてからも、既に結構な年数が経ちましたし、そろそろ淘汰置き換えの話が出てくるのかもしれませんね。


↑今日は撮影後 夕方の上り特別快速列車に乗車しました。

209系2100番台 千マリC622編成&E217系 機器更新車 横クラY-126編成
↑209系2100番台 千マリC622編成&E217系 機器更新車 横クラY-126編成
現在 SL館山・DL勝浦の運転に伴い 館山駅北側留置線のうち5番線がSL基地として使用していてD51 498号機と12系客車が留置されているため、E217系 特別快速も日中時間帯留置される際の番線が留置変更されています。

209系2100番台 千マリC622編成
↑209系2100番台 千マリC622編成

209系2100番台 千マリC430編成+千マリC608編成
↑209系2100番台 千マリC430編成+千マリC608編成

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↑館山駅 ホーム上の車両乗車位置案内表示。まあ1日1往復・平日のみの運転のため特別快速用の乗車位置案内はありません。そのため以前何度か特別快速を利用した時に車両入線前に乗車位置がわからずに間違えて特急乗車位置に並んでいた利用客の方もよく見かけました。そういえばあまり気にした事がありませんでしたが、同じ乗降口が片側4扉の車両でも209系 4両編成とE217系 4両編成で乗車位置の差は無いのでしょうか?多分あるとしてもE217系は近郊型電車で、使用線区に踏切が点在する線区で高速運転を行うため、踏切事故や衝突事故発生時の乗務員保護・生存率向上の観点から運転台前部と後部にサバイバルゾーン、運転台後部乗務員扉付近にクラッシャブルゾーンと言う構造を設けていて、通勤型の209系より乗務員室が車両中心部に向かって広く取っているため、乗降扉の位置に違いがあるとしても先頭制御車の一番乗務員室寄りの扉くらいだと思いますが、今まであまり気にした事がありませんでした。
15 Jan

今日もSL試運転に出かけました。

D51 498号機
↑D51 498号機

 元々の予定を延長して滞在しているため、今日も特段予定が無く、折角近くにいる事ですし、またSL館山号の試運転の撮影に出向いて来ました。今回も近場で軽く撮影。この場所は過去に何度か撮影しに出向いた事があるので列車が通過する時間帯は列車の正面にのみにシッカリと当たり、側面にはあまり光が当たらない半逆光状態になるのは事前に知っていたのですが、この場所は列車に対して緩い上り勾配となるので煙突から煙を沢山出ていれば良いなと思ったのと、半逆光を生かしカメラの設定でより赤みを持たせて撮影して夕方らしさが出れば良いかなと思いこの場所で撮影しました。
 ただ撮ってみて思ったのは、やはり普段SLをあまり撮影していないのでSLの写真写りをよく理解していなかったなと言うのが率直な感想ですね。まず列車のスピード感や風向きによりどの程度 煙が上に舞い上がるのかと言う事が掴めておらず、もっと煙がイッキに真上に上がるものだと思い込んでいたので列車の上を大きく空け過ぎたかなと思います。
 また機関車の発する煙の遮光力をかなり甘く見ていて、思った以上に豪快に煙を上げてくれていたので、逆に元々 半逆光状態で列車側面に当たる光量が少ない所に更に煙が光を遮って暗くなってしまったなと言うのが今回の感想です。よくよく考えてみると、SLの黒煙の黒い部分は、燃料の石炭を燃焼させた時に発せられる気体の色と言うよりも、石炭の燃えカスが塵状になって煙突から熱気と一緒になって噴出させられた物が殆どなので、確かに煙が光を遮って当然だなと思いました。ただこの場所を選んだ理由として、列車の最後尾に連結されたDE10が茂みに隠れて見えないので良いかなと思った事もその一つだったのですが、逆に列車側面に光が殆ど当たらなかったおかげで、DE10がより目立たなくなっただけでなく牽引している客車が12系客車っぽくならなかったため、コレはコレで良かったかなと思っています。
 既にSLが営業運転から退いていて、現在走るのはイベント用途の物だけなので、当然ながら走るとなると沿線が混雑するのは必至なため、SLよりも電気車やディーゼル車が好きな私としては なかなか撮影しに行こうと思い立つ事が少ないのですが、昨日も含め久しぶりにSLを撮ってみて、撮影経験不足からSL独特の煙の処理や光の反射の感覚が全然わからないなと感じたため、また機会があれば練習がてらタマにはSLを撮影しに出掛けても良いなと思いました。

D51 498号機
↑D51 498号機
高崎車両センターにイベント用として動態保存されているD51 498号機は、時期によって前側面の排煙器(デフレクター)やナンバープレートの変更や煙突に集煙装置が取り付けられたりするなど、ちょくちょく外観をいじって来る事がありますが、今年はD51でもかなりスタンダードに近い形態で千葉に来たなと思います。ただイベント用なので仕方がないのですが、毎回見ていて思うのは、不自然なまでにピカピカに綺麗に輝いてテカテカとした車体にどうしても違和感を感じてしまいます。先日撮影地で一緒になった方に数年前に撮った写真を見させて頂きましたが、それが数年前ナンバープレートが赤色の物を装着している時期の写真でした。個人的には標準的なタイプが好きなので、赤色プレートなどあまり変則的な車体装備やスタイルは好みではありませんが、ただ 赤色ナンバープレートだと不自然な車体の不自然な綺麗さが通常タイプよりも目立ちにくくて良いかなとも思いましたね。個人的にSLやディーゼル物は煤や煙や油などで車体が適度に汚れてくすんでいる方が好きです。ただ前回 D51 498号機が故障で牽引機をSLばんえつ物語用のC57 180号機が牽引しているSL列車を撮った際は、デフレクターが九州地方特有の門デフ・門鉄デフと呼ばれるタイプの物が装着されていて、九州にあまり馴染みの無い私としては結構ガッカリした記憶があるので、標準デフのD51が撮れただけでも今回は良かったです。
 日本のSLと言うと、軸配置が「2-C-1:パシフィック」の旅客機が一番花形なんだと思いますが、私はD51のような貨物機に多く存在した「1-D-1:ミカド」のタイプの物に好きな機関車が多いです。何となくですがミカド配置の機関車は、全体的に動輪径とボイラーのサイズのバランスが取れている機関車が多いような気がします。逆にC57は軸配置が「2-C-1:パシフィック」の機関車でスタイルが良いと言う事から比較的ファン人気の高い機関車ですが、逆に私は動輪径に対してボイラーが細過ぎる感じがするのと、煙突が長過ぎる感じがしてあまり好きではありません。
15 Jan

やはりこちらの方が性に合っていると思います

209系2100番台 千マリC603編成
↑209系2100番台 千マリC603編成
房総ローカル地区の普通列車に使用されるている209系2000番台・2100番台。全車両が元 京浜東北線用 209系0番台から改造された車両で、平成21年(2009年)に房総地区で運用開始した頃は、前任の主力車両113系とのギャップと、当時は209系0番台の一部車両がまだ京浜東北線で使用されていた事から、房総地区では営業運転開始から数年間は見ていてとても違和感を感じました。ただ流石に最近は大分 房総ローカル線区に定着してかなり馴染んで来た感じがします。

 今日も引き続き館山に滞在していてSL試運転があるので、また近場で簡単に撮影してきたのですが、併せて普通列車で使用されている209系も撮影してきました。内房線の館山駅〜安房鴨川駅間は一昨年3月のダイヤ改正以降 運転形態が千葉駅から安房鴨川駅まで直通する普通列車主体の運用から、館山駅〜安房鴨川駅を往復する普通列車主体に変更されて千葉駅方面へ直通する運用が殆ど無くなったため、日中は4両編成と6両編成がそれぞれ1本ずつが、約1時間毎で交互に館山駅〜安房鴨川駅をずっと往復しているような形になり、同区間で普通列車を撮影していると同じ編成に何度も遭遇する形になります。
 久しぶりに大ネタのSL試運転を撮っていて思ったのが、列車自体が希少価値の高いネタ物よりも、失敗しても次があるような、通常営業運転で使用されていて それなりに運転頻度の高い列車を日々色々と試しながら撮っている方が私は性に合っているなと思いました。また元々の好みもあって、やはりSLよりも電気車やディーゼル車の方が何だか私は撮っていてシックリする感じがしたので、今回SLを久しぶりに撮った事で「ああやっぱり自分が撮りたいと思うものはSLよりもこっちなんだな」と再認識する事が出来たと思います。まあ逆に今回久しぶりにSLを撮ってみて煙の処理やボイラー周りの配管の見せ方や、車体に光のよく当たらない側面の処理など明らかに自分のSL撮影の経験不足も感じたので、また機会があればSL物も撮って行きたいとは思いますけどね。

 209系投入以前の房総ローカル線区の普通列車と言うと、国府津から転属してきた113系後期製造車両だけでは置き換え切れずに残っていた113系1000番台 初期車置き換え完了のため、高崎から余剰となり転属してきた211系3000番台がいましたが、それはあくまで少数派で、依然として主力は113系と言った様相でした。
 そんな中で改造・転属してきた209系は、113系とは製造された世代や製造コンセプトが全く異なり、房総地区に投入当初はかなり異彩を放っていたと思います。房総ローカルへの転用に際して、外観的にも車体のラインカラー帯が明るい色に変更された他、前面排障器(スカート)が従来の黒色の骨組み状の物からグレーに塗られた大型な板状の物に交換され、全体的に前面の印象が明るくなり、一瞬 完全新製車の様にも思えたくらいだったと思います。順次投入が進み平成23年(2011年)に幕張所属の113系、平成25年(2013年)に同じく幕張所属の211系に全車両の置き換えが完了し、房総ローカル線運用の普通列車が全列車209系化されて以降も、私は近年まで京浜東北線で都心部を走っていたイメージが強く、沿線で見ていて違和感をあまり感じる事があまり無くなるまでに、私は数年間かかったかなと思います。
 最近のJR東日本の一般型電車は、車体外観側面の外板のうち、幕板と腰板がヘアライン加工、中央窓付近の外板がダルフィニッシュ加工と言う形態が一般的となったのに対し、209系は車体側面無塗装部分全体にダルフィニッシュ加工が施され、あえて車体の金属光沢を全体的に弱め、見た目を くすんだ感じに仕上げたスタイルなので、今となっては、外観デザインは最新スタイルからは退いた一世代前のグループに属する車両となりました。また最新のE129系やE235系は、ステンレス車体ながら車体外観の部材の継ぎ目が目立たないJ-TRECの次世代の標準車体シリーズsustinaを採用し、E233系などとはまた外観のイメージがまた大きく変わったため、併せて209系もまた更に前世代的な物になりつつあるのかもしれません。209系のデザインが最新のスタイルで無くなった事により、逆に相対的に見て真新し過ぎる感じが取れて、ローカル区間で見ていて違和感が少なくなった要因の一つかもしれませんね。その点は東北地方 交流電化区間 ローカル運用向けの701系辺りにも同じく言える事かもしれません。
 また上記したように、大規模改造を施したとは言え都市部通勤用の電車が房総ローカルに転用された事も投入当初違和感を覚えた大きな要因かと思います。確かに113系が投入して以降は、製造年が古く状態の悪い113系を他線区で使用していた比較的製造年の新しい113系で置き換えたり、実際受け入れた車両が全てロングシート車ではあったものの車両の括りは近郊型に属する211系3000番台が投入されたりする事は今までにもあったものの、原則として暫く房総ローカル地区へ通勤型電車の投入が無かったので、209系の投入当初は違和感が大きかったと思います。ただよくよく考えてみると房総地区の直流電化時に普通列車用に投入されたのも、73系電車など元々都市部の通勤輸送で活躍していたロングシートタイプの旧型国電でしたし、その時とは情勢が全く違いますが、そう言う目で見るとそこまでおかしな流れではないのかもしれません。そうすると元々が通勤型だったと言う事ではなく、国鉄の要素の無い純JRの車両だったことが違和感を感じた大きな要因だったのかなとも思います。
 今 この記事を書くのに自分でもド忘れしていた事を思い出すためにもう一度色々と確認をしていたのですが、209系が房総地区のローカル運用に投入された初年が平成21年(2009年)と言う事実を思い知り「もうそんなに経つのか・・・」とかなり驚かされました。営業運転への投入初年が平成21年(2009年)とは言え実際に運用に入り出したのは下期の10月からの運転開始だったので、純粋に投入初年と現在の年との差だけで見た時とでは いくらか感覚の差はあるかとは思いますが、それでも私の中では正直まだ投入されてまだせいぜい3、4年くらいのような感覚があったのでちょっと驚きましたね。
 209系自体が、元々 車両寿命と製造コストの適正化を図るため、登場時のコンセプトの一つに「寿命半分」を掲げていた車両なので、登場時にそれを聞いた時は「本当に15〜20年で引退して解体されるのか?!」とかなり疑心暗鬼だった記憶があります。209系はJR東日本が製造したコストカットタイプの電車、一部ファンからは「走ルンです」の俗称で呼ばれる事のあるシリーズの電車で本格的に量産化された車両の第一弾になります。
 寿命半分と言うコンセプトは、ただ単に耐用年数の短い安上がりなものを作ると言う事で掲げられたものではなく、通常 209系以前の一般的な新型車両は、車両自体の耐用年数は約30〜40年間程度は十分使用可能な構造の物が多かったものの、登場時の状態からあまり大きく手を加えたりせず内装旅客設備や電装品、走行機器・・・などを ほぼ原型のままで使用し続けた場合、登場・運用時から15〜20年間程度経過すると、旅客設備や装備の陳腐化が進んで来る傾向にあり、その時の情勢や用途、使用状況により実施される規模の差はありますが、製造から丁度そのくらいの時期を迎えると、引き続き車両を継続して使用するため車両の更新・修繕改造が実施される事が一般的になっていました。ただ経年による車両装備の陳腐化を補うために既存の車両に手間と予算をかけて修繕するのであれば、むしろ既存車両を修繕改良するよりもその時点で新型車両に置き換えてしまった方が合理的だと言う考えから、209系以降の車両からは、車両の製造コストを抑えながら従来の車両であれば車両の更新・修繕改造を受ける時期に相当する、車両の新製・使用開始から15〜20年間の使用期間を目途に車両製造し、そのタイミングで新型車両に置き換える事を想定していた事から、登場時のコンセプトの一つとして「寿命半分」掲げたものになります。
 実際 登場時にはそのようなコンセプトを掲げていたので、当初は15〜20年間程度使用した段階で廃車予定だったものと思われますが、実際は普通鋼製の車両と比較した際に錆による腐食の問題が殆ど無いステンレス車体であった事もあって、209系も一部車両は、登場時のコンセプト通り登場から15〜20年程度で廃車・解体となりましたが、結果的に大多数の車両は、半導体部品を中心に、部品の経年劣化による故障の多発していた箇所や使用部品の生産終了などにより維持が困難になりつつあった箇所など、車両の安定的な運行や車両状態の維持が難しくなり始めていた箇所の修繕・改造を中心に走行機器の更新工事を施した上で現在も引き続き使用され続けています。ただ209系2000番台・2100番台も、もうあと2年経つと更新改造・営業運転開始からも10年目を迎えるので、その頃に何かしらの置き換え計画が出て来るのかもしれませんね。
 またこの209系2000番台・2100番台を初めて見た時は、最近のJR東日本の車両転用改造にしては改造内容が かなり手が込んでいるなと思いました。211系3000番台が房総地区に投入された際に、編成の車両構成がオールロングシートな点と、元々セミクロスシートの113系 6両で運転されていた列車をオールロングシート5両の211系3000番台で置き換えられたため、利用者から大ひんしゅくを買ったと言う事が前段であったため、その反省からか209系は転用に際してここまでしっかりと改造したのかなとは思います。ただ最近は部品の共通化や工法の確立、部材の簡素化などにより新型車両の製造価格が大幅に低下したので、逆に209系2000番台・2100番台のように、大量の既存車両に手の込んだ改造を施すくらいなら新型車両を投入してしまった方がむしろ安上がりではないのかななどと思う事もあります。ただ今のご時世、もしもローカル線区向けに他線区で使用していた車両の改造・転用するのではなく、新型車両を投入するとなった場合、新潟地区の115系置き換えのために投入されたE129系のような、編成の最小単位が2両など短く、またワンマン運転用機器が付いた車両が投入が検討されて、併せて末端閑散区間のワンマン運転化が議題に挙がり検討される事は避けられないと思うので、恐らく裏では そういった政治的な事も絡んでいて、そんなに単純な事ではないのかなと憶測してしまいます。またもしもそうなった時はワンマン運転をするにしても途中駅での運賃清算まで運転手が行うフルワンマン方式なのか、それともドア開閉・出発時のホーム安全確認のみ運転手が行い運賃清算は駅で行う都市型ワンマンなのかで色々と揉めそうなので、個人的な感想としてはそうならなければ良いなと思っています。

209系2100番台 千マリC419編成
↑209系2100番台 千マリC419編成

209系2100番台 千マリC603編成
↑209系2100番台 千マリC603編成

209系2100番台 千マリC603編成
↑209系2100番台 千マリC603編成
14 Jan

少しはネタ慣れしておかないといけないですね(D51 498号機 SL館山号 試運転)

D51 498号機
↑D51 498号機
今日を含め、1月21日(土)・22日(日)の本番の前に合計5日 運転予定が組まれているSL館山号の試運転列車。房総半島南部としては珍しい小雪散る中での撮影で、空が曇っていたのであまり空を入れたくなかったのですが、今回の撮影地は線路が列車に対して緩い上り勾配となっているため少しは煙を上げるかなと期待して列車の上を大きく開けて撮りました。ただあまり煙を上げず、白い空が目立ってしまいましたね。

 世代的なものなのか、元々私があまりSLが好きなわけではないので、昨日 下りのE217系 特別快速が予定通り撮れていれば、今日以降運転が予定されているSL試運転&SL運転当日は撮影せず、昨日の午後の上りの特別快速に乗って帰ろうと思っていたのですが、昨日 横須賀線 西大井駅での人身事故によるダイヤ乱れの影響で、撮影を予定していたE217系 特別快速が撮れなかったため何となく煮え切れず、次の特別快速運転日の月曜日にもう一度撮影にチャレンジする事にしたため急遽 滞在期間を延長する事にしました。
 そこで延長して滞在しているのであれば今日は 1月21日(土)・22日(日)の2日間で運転が予定されているDL勝浦・SL館山の試運転の設定があったので、折角ですし撮影しに出掛ける事にしました。まあ私自身 SLにそこまで興味が無いとは言え、好きなSLの形式を挙げるならば私はD51、D52、C59辺りの形式が好きなので、むしろ好きなSL形式ではあるものの、わざわざ出掛けてまで撮影しようとまで思う事の少なかったD51を撮影する機会が出来て良かったかなと思います。
 上記したように、私自身がそこまでSLが好きなわけでもないので、SLの撮影経験自体が少なく。また最近は沿線に撮影者が大勢集まって来るようなファン人気の高い 所謂 ネタ列車でも、なかなか出掛けたり苦労してまで撮りたいと言う程ものが殆ど無かったため、しばらくネタ物を撮っておらず、普段日常的に運転されている車両を自分なりに楽しく撮ろうぐらいの感覚で撮影してかなり気楽にやる事に慣れていたため、暫くこのネタ列車で人が大量に集まって来る雰囲気を味わっておらず、正直今日は少し雰囲気に呑まれたと言う感想ですね。そういえば最近 鉄道趣味誌などで「〇〇形式が引退間近!!撮影地特集!!」のような記事を見ても、その形式に特段思い入れがある訳でも無かったり、過去に一度撮影していて それなりに満足していたりで、今後出掛ける時の参考にしようとは思っても、わざわざその車両を追いかけて撮影したり乗りに行こうと思う事も少なかったと思います。ただ最近は たまたま私がそこまでネタ物で撮りたいと思う物があまり無いと言うだけで、今後 現在は当たり前のように走っている車両が引退時期を迎えて結果的に人気が高まりネタ化してしまい、この先いつ自分の興味を引くネタ列車の運転が設定されるかわからないので、今日SL試運転を撮影してみて「このままだと撮りたいネタ列車が出来た時に対応出来ずバタバタとしてしまいそうだな」と感じてタマにはネタ物も撮らなければいけないなと思いました。

 今日は朝の段階の気象予報では晴れのち曇りの予報で降水確率もかなり低かったため、雨などが降る事は全く予想しておらず、「天候が少しでも曇らず持ってくれて通過するときに太陽に厚雲が掛かっていなければいいな」くらいの気持ちで出掛けたのですが、通過の3時間前くらいから空が全体的に暗い雲に覆われてしまい それから暫くして雪らしき物がちらついてきて来たと思うと直ぐに本降りの みぞれ が降って来たので驚きました。元々 撮ろうと計画していた訳ではなく、昨日急遽撮ろうと思いついたのでそこまで今日一日で何回も撮りたいと言う執着も無く、今回は何処かで一度撮影した後 長時間停車している列車を自動車で列車を追い抜いてもう一度別の場所で撮影したりはせずに、狙った1ヵ所での撮影のみに絞って早めに現地で準備をしていました。ただ上記のように、ここ最近 私がコレと言ってネタ物の列車を撮っておらずネタ慣れしていなかったため、試運転とは言え 当日どの程度の人がどのくらいのタイミングで集まるのかと言う感覚が無かったので、通過予定の約4時間半前からスタンバイと結果的に やや過剰なまでに早い時間帯からスタンバイしてしまったため、暫くその場で一人だった時間が長かった事もあって待ち時間の寒さが堪えました。
 今日は通過の2時間くらい前から徐々に人が集まり始め、通過約1時間前頃に沿線に警備の警察官や警備職員の方が巡回を始めた頃には撮影場所には自分を含め5人程度しかいませんでした。ただ通過30分前を切ると、一度何処かで撮影して自動車で列車を追い越してもう一度撮影しようとやって来た人が一気に押し寄せて来たようでかなり人が増えてしまい、路肩に駐車した自動車を移動するように警察官や市役所職員に促されてトラブっていたり、後から現地に来た撮影目的ではなく見物に来た近隣住民の方や後から来た撮影者が、道路の路肩や線路脇など撮影に邪魔な位置に自動車を止めたりと結構ゴチャゴチャとしていましたね。正直今日は自動車で撮影しに行かなくてよかったと思いました。
 趣味で撮影しているので、気楽にやりたいと言う気持ちからこう言う雰囲気が好きでないので 私が あまりネタな列車に飛びつかなかったと言うのもあるのですが、逆に久々にこう言った大ネタ物を撮ってみて、今後 いざ自分の撮りたいと思うネタ列車が出来た時のためにも、スケジュールが合えば たまにはこういったネタ物の列車も撮っておかなければいけないなと今日は痛感させられました。

D51 498号機
↑D51 498号機
今日は小雪がちらつく程でかなり厚い雲が広がっていたため光量が少なく厳しい条件での撮影になりましたが、とりあえず何とか形には出来たと思うので良かったなと思います。また見物目的の近隣住民の方や、後から現地に到着した撮影者が事前に何時間も前からその場所で撮影の準備していた撮影者の事などお構いなしで邪魔な位置に自動車を道の路肩や線路脇にガンガン路上駐車していきましたが、元々ある程度これは想定していましたし、また私がそこまでSLに執着が無いせいもあって「まあイベント物だし、まあそれらしくて良いかな。後ろも旧型客車じゃなく12系客車で後ろにDE10までついてるし・・・」と、今日は割り切って撮っていたのでまあコレもコレで良かったかなと思います。ただ個人的にSLはヘッドマークなど掲げていない方が好きですが、こう人だかりや駐車車両が写っていてイベント感ある時は逆にヘッドマークがついていた方が様になるかなとは思いましたね。

209系2100番台 千マリC609編成
↑209系2100番台 千マリC609編成

209系2100番台 千マリC404編成
↑209系2100番台 千マリC404編成
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