ひさしはあるくよどこまでも

硫黄島、好きだー!!

おしらせ

大岩根 尚 の個人ブログです。
薩摩硫黄島で、遊んで暮らしています。

硫黄島でのガイド等のご相談は
planetary(アットマーク)musuhi.earth
までおねがいします。

ジオサイト看板、はずしました!!

台風24号が接近中ですね。

せっかく作った看板ですが、ぶっ飛ばされてはいけない、ということで外してまわりました。
調査のため滞在中の、九大の先生&後輩達にお手伝いいただきながら。

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硫黄島の長浜湾の沈殿物の研究をしている酒本くん。


看板、外してみてびっくり。
ねじ止めしてあったボルト&ナット&ワッシャーが、サビサビ!!

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実はここまでサビが浮いてるのは、看板設置した6ヶ所の中ではここだけでした。
ここ、標高 50 mくらいある場所なんですが、切り立った崖に囲まれた湾なので、西風の強風のときにはかなり海水の飛沫が巻き上げられます。わずか半年の間でこんなにサビサビになるなんて…!地形でかなり条件が違うことがわかって面白い。



持ち帰ったボルト&ナット&ワッシャーは一晩水に浸して塩抜きをし、
いま乾燥中です。

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サビサビになってるのが少ないの、わかります?

これから明日にかけて台風で家に閉じ込められそうなので、乾いたら磨いたり油まわしたり、手入れしようと思います。


GO! KANBAN!

ジオサイト看板つくりました〜 その3 大浦みどころ編。

そんなこんなで、ジオサイト「大浦」の見どころについて。

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ここは本当に海がきれいな場所なんですが、ジオ的に見てもらいたいのは、あっちの崖!
大きく曲がってうねったような地層が見えています。
これが実はすごいやつで、7300年前の超巨大噴火の痕跡なのです。


この地層自体は、マグマの飛沫が固まった粉末である火山灰や、マグマの泡が固まってできた軽石なんかが、谷間にたっぷりと溜まってできたもの。
それが自分の熱でもう一度融けてお互いにくっつき、溶岩のようになってしまったものなのです。

まじか!?って感じですが、これにはちゃーんと証拠が。
崖の面や、崖から剥がれ落ちて転がっているブロックをよーく見ると、レンズ状の黒い筋のようなものが見えます。この黒い筋、もともと軽石だったものが潰れてしまったもの。
運が良ければ、軽石の気泡の部分がつぶれて細長くなってしまってるものも見ることができます。

(写真あとで入れる)。


軽石をぼくらが常温でぎゅっと押しつぶそうとしても粉々になるだけ。
気泡が細長くつぶれることができるのは、軽石が高温で柔らかくなったからです。
その温度は、だいたい600度以上と言われてます。

つまり「この場所に、火山灰や軽石が冷える間も無くあっという間に数十メートルの厚さに積もり、さらにその地層が、軽石や火山灰も融ける600度以上の高温になった」という証拠を、この崖全体が大迫力を持って語りかけてくれているんです。

そう考えたらけっこーすごいでしょ?



このすごい出来事を引き起こしたのが7300年前の鬼界カルデラの大噴火(アカホヤ噴火)というわけですが、7300年前という時間や、これが鬼界カルデラの噴火によるものだ、ということはこの露頭を遠目から見たからだけではわかりません。




もうひとつ、このジオサイトの見所は、その下の地層です。
けっこうな高さの崖になっていますが、これは一枚の溶岩です。
これだけの厚さの溶岩を流した噴火が、アカホヤ噴火の前に起こっていたことを示しています。

先ほど紹介したアカホヤ噴火の地層では、マグマの飛沫だった火山灰や、マグマの泡だった軽石が飛んできて積み重なったものですが、こちらの地層はすごい厚みのマグマそのものがどろりと流れてきて固まったもの。これだけの厚みのあるマグマを噴出するって、、なかなかのすごい噴火です。

この噴火は一体なんだったのか!?
アカホヤ噴火との関係は!?
ひょっとして、前兆だったりするの!?
どのくらい前に前兆噴火が起こるの?

…と疑問がでてきますが、実はこれらはまだきちんと解決されていません。
いま日本各地から研究者が硫黄島に集まり研究をしてくださっているところ。
成果に期待です。


というわけで、ジオサイト紹介その1、大浦港でした!
次は「カルデラ壁」のご紹介、のつもりです。

ジオサイト看板つくりました〜その2 大浦 看板の作り方編

前回は取り乱し、脱線してしまいすみませんでした。


そんなわけで、看板のはなし!

これから紹介する三島村・鬼界カルデラジオパークの看板は、基本的に「写真に描き込む」スタイルをとっています。これは、見えているものを証拠として事実を復元してゆく地質学のスタンスを大切にしたものです。

最初に紹介するのはここ、大浦ジオサイト。
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ここ、海がすっごくきれいで、素潜りに最高の場所です。

このジオサイトのみどころは高さ数十メートルの大露頭。火山灰や軽石が谷間を埋め、自分の熱でもう一度溶融し固まってしまった(溶結といいます) 様子がこの地層断面に見えているのですが、これについては次回書きますね。


というわけで、今回は看板をどうやって作ってったか、という話。

この「写真に描き込むスタイル」は僕がお客さんをご案内するときに、よくiPadで写真を撮ってその写真に書き込んで説明をする、ということが結構あったので、それがヒントになりました。ここでは、数年前に move emotions の高野仁さんが撮ってくださった写真をベースに看板をつくることにしました。
これが1回目の下書き。

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ここで見えている地層の名前や、ここで読み取れること、溶結という現象の説明を簡単に描きこみました。まー下書きなんでふざけてますよ。笑

これをもとに棚次さんがイラストレーターで描いてくれます。

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右上には「模式柱状図」が加わってます。
地層の積み重なり(粒の粗さ細かさの度合いや、どんな粒から成っているか、など)を図にしたものを柱状図といいます。この地域全域に見られる地層を模式的に表したものが「模式」柱状図です。
ここでは僕の下書きをもとにした手描き感のあるものですが、、次の以降のバージョンではもっとスッキリしてゆきます。

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ロゴやパンフレットとの統一感を出すためにデザインはシンプルにいこう、ここに入る文のボリュームはこのくらいで、みたいな話もしながら作り上げてゆきます。鬼界カルデラの噴火の推移の図も加えました。

こんな感じで、僕が手描きで描いて棚次さんがデザインして、それに僕がコメントを返し、、というのを繰り返して完成形に近づいてゆきます。


途中段階の原稿を棚次さんの Macbook から僕の iPad に Airdrop で送り、すぐに apple pencil でコメント入れて送り返して、、みたいな Apple の CM みたいなことを一緒に移動中のフェリーの中でやってたりもしながら、完成に近づけてゆきました。

そんなこんなで完成した看板が、こちら!
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模式柱状図に使った模様を実際の地層にも描きこんでわかりやすくしたり、この石が石材として使われてるよ、なんて人の生活につながること、もし硫黄岳が噴火したときのことを考えて、港から&火口からの距離を加えたりなど、チームで話しながら書き加えました。

うーん、いいものができたなあ。笑


そんなわけで看板完成。
ここで見える景色の面白さ、すごさを次回、解説します!


ジオサイト看板つくりました〜 その1

大変ご無沙汰しております、硫黄島の尚です。
早いもので、硫黄島に移住してもう1年と3ヶ月がすぎました。


書きたいことたっくさんあるのですが、気が向いたときにちょっとずつ書くことにしました。
今回は、昨年度のお仕事としてやらせてもらった、「ジオサイト看板」の話をさせてください。

ジオパーク関係ない読者の方もたくさんいると思うので簡単に説明すると、ジオサイトというのはジオパークの「みどころ」となる場所です。ジオサイトは景色がいい場所のことが多いけど、一般の方からみたら「ただの崖」にしか見えないような場所のこともあります。その筋の知識を持ってそこに立つと、地層とか地形に記録されてる土地の成り立ちを読み取れる、ような場所だったりします。

で、その筋の知識がない方でもその景色の面白さ、奥深さを感じられるようにサポートするのが「ジオサイト看板」です。各ジオパークそれぞれあるかもしれませんが、僕たちはそんな感じで看板を作ってます。

「ジオパーク認定されたはええが、看板でもつくれや〜」
的なことを地元の方からもずっと言われてたということもあり、作りました。

今回作った看板シリーズ、たぶんジオパーク業界初じゃなかろーか?という試みをやってみていたり、作るプロセスが結構面白かったので、それを関係者の方々にお知らせしたいという意図をもってこのブログを書いています。

ひとつ、今回の看板が面白いのは「業者率の低さ」です。
地質学的な内容は地質系の知識を持っている僕が考え、デザインは地域おこし協力隊できてくれたデザイナーの棚次さんが作り、盤面の設置は地域住民で穴掘ってセメント埋め込んで固定、というふうにやりました。盤面の印刷だけを鹿児島市内の印刷やさんにお願いしました。

そうそう、盤面の更新とか台風対策で看板を外すとかもやりやすいような作りにしてあります。

ちなみにデザイナーの棚次さんとは硫黄島の僕の家のお隣さんで、僕が囲炉裏でいわし明太を焼いて食べて「うんめ〜!!」と叫んでいるのを聞かれるような距離感です。ちなみにいわし明太とは、いわしを辛子明太に漬け込み、腹の中に明太を詰めたものです。いわし明太はおかずの中で最強の存在なのですが、福岡人もあまり知らなかったりするので要チェックです。いわしにしてみれば、その卵俺の子じゃね〜よ…勝手に腹にいれるなよ…って感じで、実に不本意だと思いますが、、あまりに美味なので勘弁してください。

いわし明太の美味しい食べ方としては、僕は囲炉裏または炭火で焼くのが状況的美味も手伝って最高だと思っていますが、時間がない時はアルミホイルを敷いてトースターで焼いたりします。火加減の調節もたいしてしなくていいのでお手軽です。ただ、焼いたあとはトースターが魚臭くなるので、翌朝パンを焼くときには多少の我慢が必要です。

そういうわけで、いわし明太をご購入されたくなったかたは、こちらからお買い上げください。
とくに好きなメーカーとかはありません。そこまでこだわってません。どこのやつを買ってもだいたい超美味です。

看板の話を書こうと思ったのですが、いわし明太の話で興奮しすぎて時間切れになってしまったので、写真1枚だけ載せておきます。えい。

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乞うご期待!!

奥義「暑いときには涼しいとこに行く」

夏になりましたねー。
やっぱ、夏はいいね!

みんな暑い暑いって言ってるけど、うまく付き合えば島の暑さは心地いいなーというのが最近の実感です。「暑いときには涼しいところに行く」という奥義を体得しました。笑

硫黄島の僕の家にはクーラーがなく昼間はくっそ暑いので、まず昼間は家に居ないようにする。笑。デスクワークが必要なときは、センター(公民館ね)の風通しのよい机をかりて仕事してます。窓際で明るく、風は通るから涼しいしベランダから絶景。遠くに屋久島。

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この環境はたまらんです。


誰かが道路の伐採作業(道路にも竹が生えまくるから自分たちで切らなあかんのです)やってれば手伝ったり、お客さん案内したり、カヤックのトレーニングしたり、すきなときに潜りにも行ける。暑いんだけど、ガンガン汗かいてガンガン水飲むから体調は最高。汗でミネラル出てるからか、お魚や貝が美味いのなんの!


昼間は暑いんだけど朝晩はちゃんと涼しくなるので、快適に寝られます。今夜は暑そうだな、という日は風通しのいいところにテント持ってって寝る。別に家で寝なくてもいいやん?島が家みたいなもんやん?これぞ奥義「暑いときには涼しいとこに行く」。なんか、、ほんと、いい暮らしさせてもらってます。毎日幸せ。

夕方の30分ほどの坂道ランニングもぼちぼち続けてて、くっそしんどいけどいい調子です。


こういう生活を1年間やってきて、不便な中に生活している方が小さな幸せに気づきやすいもんだなーってことがわかってきました。

掃除機もないので、ほうきと雑巾。
雑巾がけ、週2回くらいやってますが、なんか内側が整う感じあるのよね。

洗濯機はあと水道と排水の工事をちょっとやれば使えるんだけど、そこまでにいたってません。手洗いはさすがに面倒いけど、風呂入ったついでに洗っちゃう癖をつけたらなんとかなってきました。


いろいろとアナログな生活をしてて、気づいたり得たりしてるものも大岩根、というのが最近の実感。カラダを使う充実感、健康、小さな気づき。そういうものが幸福感を産んでる気がする。逆に、掃除機とかクーラーがあった鹿児島市内での暮らしでは、こういうこと感じられてなかったなあと振り返る。


便利になる代わりに幸せを感じる機会が減っているのであれば、それは一体何をやっているんだろうね?


とはいえ僕もPCは使ってるし、iPhoneも、アマゾンも利用して生活しています。鹿児島と硫黄島と、その他の各地を行ったり来たりしてるからこそ変化の一つとして面白く感じられてるのかな?便利さに飲まれないようにコントロールできる知性や見識を身につけたらええ感じだよ、ってことなのかな。


安定した収入とか目に見えた将来の保証、というのを一旦手放しリスクをとったからこそ得られてる素敵な暮らし。ほんと、やってみてよかったと今は思えてる。これから安定した収入と、将来の保証を自分で作る。自分個人で稼げて、どこでも暮らせるようになるのがいちばんのリスクヘッジだとおもう。助け合える仲間をつくることも。

自分にしかできないことをやる、というのもそれにつながる。
誰もやってないこういう生き方をすることで自分を売る、ってことも、ある意味仕事の一環なのかな、と思い始めた。まー、好きなように生きてるだけなんだけど。


こないだ石川直樹さんにお時間いただいて3時間くらい、散歩したり温泉入ったりしながら二人で話させてもらったのだけど、好きなように生きよう、とほんとに思った。これについてはまた書く。

南極で読んでたPole to Poleの本、今また読んでる。




そうそう、いまフィールド調査で長期滞在の大学生を同居人として預かってるのだけど、彼との共同生活もなかなかおもしろくていい感じです。こないだの台風で片付けちゃったけど、うちの庭にテント張って寝てました。気合い入っとる。
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もう2ヶ月くらい滞在してるんですが、最近髪が伸びてきて、寝起きはミスターサタンみたいなシルエットになってて毎朝じわじわくる。


3ヶ月前は逃げられてばっかりだったニャゴロとも仲良くなってきました。最近は呼んだら返事してくれるし、おさわりもできるようになってきた。

畑の作物はバッタとかカタツムリに食われまくってるけど、カボチャだけは超元気。
あいつらなんで雑草食ってくれないわけ?
もっとちゃんと育てられるようにしたいなー。



夏は始まったばっか。
気づいたらけっこう予定あって今年も忙しい夏になりそうだー。
バテんように、しっかり運動、しっかり食べる、しっかり寝る。
36才だけど、こっから頭もカラダもココロも強くしてくよー!

夏!!

地球と人とをつなぐお手伝いを。

こんにちは、尚です。
僕は相変わらず、硫黄島と鹿児島とを行ったりきたりしながら楽しく暮らしています。

最近は、学校で授業をしたり、硫黄島でテレビやwebや来てくださるお客さんに対してのガイドをしたりしつつ、そろそろ仕事しなきゃーとか思いながらあんましお金にならないようなこともいろいろやってます。硫黄島10日間ご案内したタッキーの番組はすげーよかったし、こちらのweb記事も、すげーかっこいい感じにわかりやすくまとめてもらってて嬉しい限りです。

とまあこんなことをいろいろやりながら、僕がやってるのは「地球と人とをつなぐお手伝い」なんじゃないかなのかなーということを意識し始めてます。

いったん職業としての科学者という立場を手放して様々な場所に行っていろんな方々と対話し感じながら、科学という大きな力を通して人やほかの生き物が幸せに暮らせるための『世界観』が僕たちには必要だと思うようになってきました。

それは自然と人間をつなぐ(別々のものでなく、ひとつのものとして捉える)考え方のことであり、かつては神話や伝説や宗教がその役割をもっていた、そういうものだと思います。そういう科学的でないとされるもの(検証できないもの、観測できないもの)のなかに、僕たちが失ってしまった意味(実用的な役割)は存在していたのだなということも、理解し始めています。だからそういうのも一概に否定できんな、というところに今僕はいます。


これからの人間がどんな世界観をもって地球上で暮らしてゆくのか。
自然や生命との間にどんな関わりを選びとってゆくのか。



字幕つきはこちらに飛んでみてね。

この映画の世界観が好きで、こういう仕事(ってよくわからないけど)をしたいなと思っています。
(ひとまず、この映画の関係者をお呼びして、硫黄島で上映イベントをやることになりました…笑。)

最近、脳科学とか神経科学の研究がずいぶん進んで、もともと宗教が伝えてきた瞑想とか慈悲の心の効能が科学的視点から明らかにされつつあり、マインドフルネスが流行してきてます。こういう動きがもっともっと大きくなって、科学と、人間が地球と調和して生きてゆくための知恵がちりばめられた神話や伝説などこれまでバラバラに各地で編まれていた物語とが融合し、無駄に生命を傷つけることがない世界観ができて広がってゆけばいいなあ、ということを考えています。

人類が生き残る道はそれしかないんじゃなかろーか。
そのために自分がやれる仕事はどんなことだろうと、思索の日々です。

授業、ガイド、メディア案内なんかの仕事もそいういう視点からやれたら、ということを考えています。このことには、地球の歴史や仕組みを深く学び、研究し、様々な場所に身を運び味わった自分がやることに意味があるんじゃないか、とも思っています。

ただ「通訳」するのだけでなく、知識を受け取った子供たちや一般の人たちが、人と自然がつながる世界観を取り戻してゆけたら。そのためには、知識としての理解とともに、自然には絶対に勝てないこととか、人間の生活が本当の意味で自然に支えられてしか有り得ないことを、どれだけの人が思い出せるかということかもしれない。

それは、自然の中に身をおき、そこで自分の内側に立ち上がってくる感覚から個人が得てゆくもののような気がしています。どれだけ検索しても寒さは味わえないし、ふやけた手足を岩場の牡蠣で切ってしまうこともない(こないだ素潜りしてて怪我したんですw)。現場に身をおかないと知り得ないことってすごく多い。

つーか、部屋のなかにいてばかりもつまんないっしょ。






石川直樹さんは、きっと僕がいま考えている思索の先にいるひとなんだろうなあ。
すべての装備、だけでなく、立場とかお金とか、そういうものも全て知恵に置き換えて生きてゆけたら。

もっといろいろ手放せるなー。

クインシャーロットにて

ちょうど一年前の今頃のはなし。

カナダのクイーンシャーロット諸島をカヤックで回るツアーに参加しました。

ここはファーストネイションたちが140年前くらいまで住んでいたエリアで、南の端にあるスカングワイ島はトーテムポールが残っている世界遺産

星野道夫が静かな浜辺にカヤックで着岸し、森の中を歩き回り、朽ちかけてゆくトーテムポールに対面するのはこの島でのできごとです。




関空、バンクーバーを経由して飛行機とゾディアックを乗り継いで行ったは良いが、天候が悪くて全然漕ぎ回ることができず。波も風も強すぎて、目的のアンソニー島にも到達出来ず。
結局ある無人島で数日間キャンプでの滞在をすることになりました。

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島にはスプルースが林立していて、倒れ、朽ち、倒れた木からさらに何本も育ち、分厚く苔が生えています。この一コマの写真に、おそらく数百年のときが刻まれています。
こんな豊かな森の中、テントを貼って滞在しました。

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苔がふかふかで、すごく寝心地のよい我が家。4泊くらいしたのかなあ。


結局こぎ回ることはできなかったのだけど、結果としてこれがすごく良かった。
ある程度の食料と燃料は持ってって、メンバーが釣り具やタモを持ってきてたのでお魚釣ったり巨大なウニを拾ったりして、それをいただきながらの生活でした。

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この写真は上代さんから。

海岸には、たぶん嵐とかで倒れた木が流されてきた巨大な丸太が転がっていて、焚き火し放題。

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何日もここでキャンプしてると、丸太をうまく並べて火力調節ができるコンロにしたり、温度上げるために朽ちた木の皮で火を覆ったり、着火のための枯れ枝がある場所のカンがわかってきたりと、身体が森に馴染むようになってきます。写真は野元さんから。

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ハクトウワシや鹿、アザラシ、アライグマ。そういう野生動物も多数遭遇しました。
ひとりで森を散策していてすこし心細くなっても、同じ土地を踏む彼らがいることで心が和みます。
上の2点の写真は上代さんから。

こういう生活をしていると、自然と心が静まってくるのを感じます。
余計な情報に心を奪われない安らぎや、
住みかがあり、食べものがあり、ここでどうにか自分が生きてゆけることへの安心感。


当時のファーストネイションたちは、どんな思いで日々を送っていたのだろう?
彼らも同じようにこの景色を見ていたのだろうし、
同じようにハクトウワシに敬意の眼差しを送っていたのだろうし、
そして同じように、魚を釣ったりウニを拾ったりして食べていたのだろう。


たった数日間でも僕たちは森の使い方を学び、体をなじませてゆくことができたのだから、数千年ここで暮らしていた彼らは圧倒的に高い技術や知恵を持っていたことは想像に難くありません。

そして、その知恵はもう失われてしまった。





今ここで生活しているぼくたちと彼らとの違いは、テントや燃料などを持ち込まず、ここにあるものだけで全ての生活を成り立たせ、数千年も生きてきたということ。家も、服も、船も、食器も、全てここにあるものだけで彼らは暮らしていた。

自分たちの暮らしが全て自然に支えられていることを知っているから、彼らは魚やウニが絶滅するような獲り方をしなかったし、林がなくなるような皆伐ももちろんしなかった。
自然が健全な状態であるおかげで自分たちが生きていられるという事実を、考えるまでもなく感覚として知っていたから。だから彼らは自分たちを生かしてくれる自然を敬い、大切にした。

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トーテムやカヤックに刻まれたどこか剽軽な印象のある独特の図柄は、彼らが尊敬と親しみを込めて自然界の仲間たちを表現したものだということが伝わってきます。丸太を少しずつノミで削りながら、その思いを刻み込んだのだろう、なんて想像します。



僕は、10年以上かけて地球の仕組みや歴史を学び、それを解き明かすための研究に携わってきました。その知識や経験から立ち上がった考えとして、自然を大切にしなくては、できるだけ環境負荷のない暮らしや文明を、ということを考え実践しているつもりだったけど、どこか自然と自分を切り離して考えていました。

生き物の命をいただいて生きている自分は、結局は自然の一部としてしか生きられない。
自然を大切にすることは、まさに自分のためだ。

そういうことが、この時初めて、体験の中から得た感覚として理解できました。




この経験は自分にとって大きかったなあ。




梅雨が始まって、静かな硫黄島の家で雨音をききながら思い出した話でした。






36才

 鹿児島に来てしばらく経った2015年、TEDxで話をさせてもらいました。先が見えない中でも必死に進み続けてきた日々が報われ、ヤッホー感が最高潮のときにお声かけいただいたTEDx Kagoshima。この動画、しばらくは恥ずかしくて見れなかったけど、なんか今なら見れるようになりました。ちょっと進んだからかなー。



 いつからだろう、ひょっとすると10年近く前からなんじゃなかろーか。自分が本当に好きだとか面白いとか思える仕事を作りたいなんて、この動画で話してたようなことをずっと考えながら動き続けてきたけど、昨年「むすひ」という会社をつくり、その器の中でようやくカタチになりつつあります。

 めっちゃ頭使って研究して、南極の寒さに耐えるために身体鍛えて、初めての強烈な寒さを身に染み込ませて昂りを覚えたり、同じ年の禅僧と出会ったことをきっかけに座禅をはじめてマインドフルな状態の心地よさを味わってみたり、むすひのメンバーの影響で深い共感のコミュニケーションを学んだり。そうやって、頭と身体と心を全部きちんと使って生きることが幸福感を高めてくれる、というのはこれまでの経験から確信していることです。そしてそれは、自然の中に身を置くことで得やすくなる。
 硫黄島ではそれができる。


 36才になりました。

 幸せな人生を送るための自分探しのお手伝いを仕事としてやってくよってことは、別にオープンにしてないのだけど、面白いことに人生相談が来るようになってきました…僕の方がもう戻れないレベルで人生の迷子になっちゃってるのにいいの?僕に相談したらもっと迷子になっちゃうよ??笑。一気に何件かそういうの受けたので、そのうちの1人を硫黄島のうちに数日預かって一緒に暮らして、元気になって帰ってもらったり、なんてこともやってみてます。

 みんな就職してるからとか、就活してるからとか、定職についてなきゃいけないとか、30才までに結婚しなきゃとか、そういうのに尻たたかれて頭の中で「こうあるべき」を作ってしまって苦しくなりがちだけど、それはやっぱりハラから出てくる本音じゃないから苦しいんだと思う。
 一方で何が本音かっていったら、やっぱり今この瞬間身体が感じてること。温泉とか、火山ガスとか、見たことない海の色とか、、硫黄島で感じられる五感以上のものを全身で浴びたときに出てくる「反応」って、本当の自分自身の姿なんだと思う。島に来たらみんなマジで本当にいい顔して笑うのって、やっぱそういうことだと思う。

 そんなわけで、人生の迷子だーとか、本当に好きなことがわからないとか、そんなこと考えてる方はご連絡ください。硫黄島先輩が、地球がきっとヒントをくれると思うので、そこを繋ぐお手伝いさせていただきます。社員が自分らしい姿で働くための研修を硫黄島でできないか?っていうお話も企業さんからいただいて、進めてます。
 自分が持ってる能力をフルに発揮して楽しく生きてくことって本当に大切なことだと思うから(その人のためにも、家族のためにも、社会のためにも)、僕も本気でこれを仕事にして食えるようになりたい。その中で、自分も生きるよろこびの実感に触れ続けたい。なので、ご紹介よろしくお願いしますね、みなさん。

 人様にそういうものを提供するためには、自分自身がこれからも本当の自分の理想の生き方、暮らし方を追い続け、変わりることが必要だともちろん思う。36才はそうやって内側も外側も高めてゆくことを、きちんとやりたいな。

 楽しみも苦しみもいろいろ全部ひっくるめて、地球にあそんでもらいましょう。
 

My Way

取材を受ける中で、学生時代に熟読していた教科書を手に取った。
開いてみると、たくさんの線や書き込みがある。
地球の姿を少しでも知ろうと真剣に取り組んでいた当時の自分の姿が見えた。

ふと涙がこみ上げ、話ができなくなった。

あの感情はなんだったのだろうか。


退官を迎えた名誉教授の先生と時々お話しさせていただく機会がある。
先生は今でも真剣に研究をしていらして、自分の研究を通じて理解してきたことと、まだ理解できていないこと、知りたいことを楽しそうに語られる。お話を伺う度にその「豊かさ」に触れ、こみ上げてくる感情がある。

僕の心を動かしたあの感情は、一体何だったのだろうか。

自分が興味あることに没頭できる時間の尊さか、
知的探求の深みへ降りてゆくことの美しさか、
自分が今すすんでいる道の先に答えがないかもしれない、それでも進むことを選んでしまう好奇心か、
それとも過去に大切にしたものを慈しむ気持ちか。

研究、これほど人間らしい行為はないのかもしれない、とも思う。


研究をやめたことに後悔はないし、研究をしていたことにも後悔はない。
届かなかった未来に憧れる気持ちもない。

感情が動いたことの正体は未だによくわからないけど、それが自分にとって大切なものであることだけは確かだ。

僕は今ここにいて、新しい未来を創ろうとしている。
これが僕の道だ。




"we're our choices."

今の自分は、全て自分の選択の結果だ。
これからも、選択の結果が自分を作ってゆく。
これからの自分は、何者であろうとするのか。
そのために、何を選ぶのか。

10年後の僕は、今の選択をどんな気持ちで振り返るのだろう。



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