ひさしはあるくよどこまでも

硫黄島、好きだー!

話しながら、歌いながら

沢山の方に応援していただき泣くほど嬉しいことがあった一方で、
このままではダメだと思う事もしっかりと残る。

その手応えは、どうも自分が大きく変わることに向かっての道筋を示しているっぽい。
がむしゃらに一生懸命やることはたぶん間違い。やり方を変える、考え方を変える、生き方を変える、それくらいのことを課さなくてはダメなような気がする。

ちくしょー、嬉しくてしんどい。
7:3くらいでしんどい。


誰かに相手してもらいたい気持ちを押さえ、ひさびさに孤独と向き合ってみる。
ついついfacebookを開きそうになる。
寂しさを紛らすため、時間をつぶすために安易に情報に依存してしまい、自ら進んで思考を薄めていることに気づいた。あかん。まだ覚悟が足りてない。


やっぱり僕は、きちんと自分と向き合う時間をとらなくてはダメ。
自分の真ん中がどこなのか。行くべきはこの方向でよかったのか。
すぐ分からなくなる。



もがきつづける32。



きちんと磨くこと。
毎日やること。
リズムを作ること。

微かな引っかかりを見逃さず、
襲いかかってくる鈍い感情に飲み込まれないように、
淡々とひたすらに前に。




あー、まじめになりすぎちゃいかん、てきとーに気を抜いて、と、まじめに考えてしまう。
もっと笑う。内省は必要だけど、独りで走り過ぎてもたぶん良くない。



鍛錬しつつも、話しながら、歌いながら、みんなでスゴいとこに行くのだ。

ありがとう、引っ越し、その他

 書く書くといいながら、相変わらず全然ブログかけてません。
 誰に謝るのかしらんけど、とりあえずごめんなさい。

 さて。11月下旬から、東京、高知、姫島、硫黄島、宮崎と動き回って、その間に講演が4回。地元テレビのインタビューと、ラジオにも出してもらって、来年の計画考えて打ち合わせやって。霧島とか開聞岳とか熊本とかにも遊びに行ったし竹原ピストルのライブにも行った!ので、時間に余裕がない訳ではないのだけど、やるべき事が遅れてたりもするのでそれはあかん感じです。





 こういう日々のなかでも感じてるのは、ありがたいなー、ということ。講演だったりメディアだったり、いろんな方々に自分の考えを知ってもらえるようになってきた。僕の考えているいちばん底の部分を伝えると、多くの人が共感してくれて、応援してくれるようになる。講演が次の講演依頼や企画の火種になる。面白い。まだやりたいことの1割もできてないけど少しずつでも進んでいる感はあって、人が動いてくれて、既にありがたくてしあわせな感じが、自分の方向性は間違えてないぞ、という確信とともに渦巻いてる。

 んで、いろんな方の支えを頂きながら最近とくに思うようになったのは、「恩返しがしたい」。自分ばっかりいい思いしてるみたいで、なんか申し訳なさすら感じるようになってきたので、自分ができること、身につけたことでできる人助けはできるだけやらなきゃ。バチあたるとまでは思わんけど、お世話になった人のためになることを何かやりたいってのをしきりに思うようになってます。なので僕をお世話してくれた方、今なら何でもしますのでご相談ください。もっとでっかくなって返せってんならそのためにがんばります。

 何となく頭に浮かんだので貼る。



 聞いてみたら「もっと誰かを愛したい」なんて言ってるけど、それも確かにいま思うことだなあ。



 そうだ、引っ越した。すてきなご縁をいただいて、鹿児島市の郊外、いい感じの田舎に引っ越した。薪風呂、ガレージ、椎茸牧場、裏山付き一軒家。

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 押し入れはカビだらけ、庭や裏山は草ぼーぼー、倉庫的な部分もまだカオス。下手に引き出しを開けようものならひ弱な女子は泣くレベルだったりするのだけど、それを少しずつ掃除して家が息を吹き返してくるのを感じるのが楽しい。本当に、少しずつだけど家が生き返ってくる感じがしてる。
 この家に来て本当に楽しいなーと思ってるんだけど、なんでだろうと考えてやっと分かった。それは「自然とつながってること」だった。裏山の竹林や庭木の梅に飛んでくる鳥、枯れ葉や枯れ枝など、季節を感じる自然がこの家にはある。で、きちんと手入れしてなかったらカビが生えたり蔓が絡んだり外においたゴミを何者かに荒らされたり牧場の椎茸も思うように育ってくれんかったり、着実に人間が作った秩序を乱しにかかってくる。なんか、やるべきことは正しいタイミングで丁寧にやんなきゃダメなんだぞっていう、自然とつき合う上で当たり前のメッセージを日常的にしっかり送ってくる感じ。ここの生活、好き。


 それから最近、飲めないくせにとある飲み屋さんに常連になった笑。行ってもお酒でなくお茶ばかり飲んでるんだけど、そこの常連さんたちとは、ここ数年の誰にも相談してこなかったような個人的なことを相談してしまうような関係になってきてるのが面白いです。居場所ができつつあり、自分にも変化が出てきてるのかな。ちったー柔らかくなろう。


 鹿児島に来て1年と4ヶ月。東京に居た7年半とは全く違う仕事、生活、人間関係。蓄えてきたものが花開きながら、さらに枝葉をのばしてるような感じ。めいっぱい伸びて広がって、と同時に、次のステージに向けた蓄えもきちんと積み重ねてゆきたいなー。

伝書

稲盛財団、京都賞の受賞者講演会に行ってきました。

良かった!
すごく良かった!

 とくに響いたのは染め織りの人間国宝志村ふくみさんのお話。

 何かを失う覚悟をもってやらないと物事は成せないとか、泥臭く醜く厳しい日々を通してしか良いものは生まれないとか、生きることそのもので芸術と向かい合う姿勢とか、これまで生きてきて実感してきたことを確信を持ってことばに落として伝えてもらえた。あー、間違ってないなー、と、チカラをもらった。人生かけて考え続けものごとを高めて来た方に断言されたら、もう何もいらない。本当に有り難かった。

響いたので帰りに早速買った。
伝書―しむらのいろ
志村 ふくみ
求龍堂
2013-03



 草木も、土も、鉱物も、空も海も、「色」として世界の全てを見る視点。
 季節の移り変わりとともに色の移り変わりを感じること。
 染色を通じて天体の運行とすらつながること。
 一瞬しかない美しさに気づけること。

 短い文章の中にも、深く甘くて上品な味わいがあって、本当に贅沢な感じがした。

 自分にも同じ眼がついてて、同じ自然が目の前にあるのだから、自分にもそういう見方もできる、と思いたい。ただ、語彙がたりない。目の前の「その色」を表す語彙が自分にないと、その色を捕らえられない。自然の中のこの色が○○という色ですよ、ってそういうのどこで知れるんだ??


 それから、親や先祖がやってきたことを継ぐ、というのはとても重要なことな気がしてきた。
 代々家を継いでやってきた職人の世界ってのは、生活そのものが仕事だ。子供は、24時間365日、職人である親と生活をともにし、その隅々から技術以外のものも含めて自然と身につけてきたはず。そうして知識と技術と精神とが数百年かけて受け継がれ高められてきた。そうして日本独自の素晴らしい文化が育てられてきた。

 僕は「人間は自分の好きなこと見つけてそれに向かってやるべきだ」ってことをずっと思ってきたけど、そういう職人の世界って、ただの個人が興味を持って好きになって太刀打ちできるレベルの話じゃない。個人として到達できるよりも圧倒的な高みに立つことができる仕組みがそれだ。

 そんなことを考えてみると、自分の一族がやってきたことを探して、自分がそれを好きになるとか、引き継ぐみたいなことができれば、自分も自分以上の高みにゆけるのかもしれないなあと、思い至った。
 じゃあ僕の祖先は何をやりたいと思ってきたんだろう?
 大岩根家や近藤家の祖先を改めて知りたくなった。



 ご縁があって、普段お会いすることのないエスタブリッシュされた方々の少人数セミナーで話題提供をさせていただいた。今やってること、やりたいこと、僕がそれをやらなければならない理由などなどを話させてもらった。終わったあとの懇親会は本当に明るく楽しい時間だった。どうやったら物事を前に進められるかを考えていただき、本当に有り難かった。年も立場も分野も全然ちがうのだけど、こういう方々と日常をともにできたら楽しいだろうなあ!そういう場を自分も作りたい。

 そこで稲盛さんの本を読んでみては、とご提案いただいたので早速アマゾン。なんとその講演の日に発行された本があったので、これは何かのご縁と思って購入して読んでみてる。

成功の要諦
稲盛和夫
致知出版社
2014-11-25



 まだ途中だけども、やはり「自分を高めること」がいちばん大事だと、稲盛さんのことばから再確認中。優れた知識技術だけでなく、その使用を方向付ける人間性、哲学が一番大事!最近、きちんとそういうことを考えるための時間をとれていなかった。


 あっという間に12月。
 やることやって、きちんと自己教育やって、まずは手近なところを面白い世界に変えてゆく。
 がんばりまっしょい!

読書欲が。(2)

最近読んだ本の続き。




 これも面白かった!たまたま続けて読んだのだけど、「感覚」を信頼した論旨はこないだ紹介した現実脱出論と共通。人間の「感覚」ってすげえんだぜ、ってところがすごーく納得できるところ。ただこっちは動作に伴う感覚を特に扱ってるのが違いかな。
 生身の人間がもつ能力のすごさ。生きることそのものが武術の訓練になるような考え方。二度と戻ってこない「いま、ここ」を、何があっても生ききるための時間や頭の使い方のはなし。内田樹さんや養老孟司さんにも共通するような、生きるということ全体につながるようなおはなしがやっぱり好き。細かく分けて分けて理解してっても生き物全体は分からないよ、って言う福岡伸一さんの考え方とも通じる。
 
 この辺りって、分解して記載してゆく(今の)科学の限界とも通じるような気がする。再現性があるからこそ積み重ねが可能だし、そうやって文明が発達してきたし、その方法に則って僕も研究してきたから、ものごとを伝えるのに科学以上の方法はないってことは骨身にしみて分かってる。でも、その出発点である「記載」にも限界がある。露頭をノートに書き写した瞬間に、切り落とされてしまった情報の方が多いことも、外に出て自然を観察すればすぐ分かる。

 感覚も、言葉にした瞬間に劣化する。例えばすんごい景色に出会ったとして、それをどれだけ緻密に言葉におとしたところで、その景色に触れたときに自分が味わった五感の快感を、読者や聴衆の体内に瞬間的に再現することは原理的にできない。って考えると、言葉を用いて論理的に伝えるっていうのは、感覚を伝える最高の手段ではなさそうだ。じゃあ何がそれをできるのか?ってわからんけどさ。芸術?

 ことばってのは、知識や感覚を伝えるための最善の方法だと思う。でも生身の自分はやっぱりそれだけでは扱いきれない部分を持ってて、ことばと生身の身体との間には隙間があるんだよってのを、この本を読みながら再認識。で、本の中で紹介されてる古武術家の甲野善紀先生は「考えたらダメ」とか言いながらいわゆる科学では説明できない動きを体得されてて、その隙間を埋めてる感じがすごい。youtubeで動画さがしながら悶絶コーフン。

 自分にとって進むべき方向性は、どうやらこっちの方にありそう。ひとまずアレを再開することに決めた。





閉鎖病棟 (新潮文庫)
帚木 蓬生
新潮社
1997-04-25


優しかった。すごく良かった。
僕はこんな風にひとに暖かく接することが全然ないなー、とも。
これは人生の大半を独り身で過ごしている僕の人格的欠陥でもある(笑)。無償の愛を提供したい気持ちもありながら、助けることが相手にとってプラスにならないような気もする。自分ができる限り独りで立とうと努力してるからでもたぶんある。このへんの距離感が、未だにわからん。だから、そんなことを考えなくていい相手、特に犬猫こどもを僕は好きなんだろうなー。








それから、読んだのはけっこう前になるんだけど、これ。すごかった。
多くは言いません、今からの季節にオススメかも。





有川浩すげえ!と思って読みあさってみたけど、ストーリーセラーがいちばんだった。

空の中 (角川文庫)
有川 浩
角川グループパブリッシング
2008-06-25




海の底 (角川文庫)
有川 浩
角川グループパブリッシング
2009-04-25



塩の街 (角川文庫)
有川 浩
角川書店(角川グループパブリッシング)
2010-01-23




つづく〜。

読書欲が。

 鹿児島に来てから、湧いてなかった読書欲。ここにきて一気に復活しました。新書だったり名著だったりお勧めいただい小説だったりベタ甘の恋愛モノだったり。書店に行ったりアマゾンの密林だったり、直観で買って乱読してます。最近読んだ本をまとめてご紹介〜。


海うそ
梨木 香歩
岩波書店
2014-04-10


 梨木香歩さん、初めて読んだ。南九州の離島で考古学的な研究をしている青年の話。その姿が僕に重なるのよね〜、と言われて読んでみまして。前半は退屈だなー、とか思いながら読んでたのだけど(初めての作家、慣れて何を言いたいのか分かってくるまでに時間がかかる)、慣れてきたら描写の美しさにふわ〜ってなった。移り変わる人や自然の営み、ことばと感情の隙間が埋まること、時間、そういうのが繊細に織り込まれてて、読み終えた後味の美しさがすごかった。丁寧なコーヒー飲んだ後みたいな、心地よい後味。ただ無心に漏れ来る光の帯よ、みたいな描写がどっかにあったんだけど、その風景がずっと頭に残ってる。きれい。忘れた頃にまた読みたい。早く忘れたい。






「自分」の壁 (新潮新書)
養老 孟司
新潮社
2014-06-13



 その部分ごとにはよく理解しながら読んでるつもりなんだけど、読み終わって自分が何を理解したのかわかんなくなった。世の中は白か黒かはっきり言えることなんてあんましないぜ、一つの考えに固執せずにはっきりしない気持ち悪さを抱えながら生きろ、みたいなところ?養老先生のやらかい考え方はやっぱり好きだなー。帯には「自分探しなんて無駄なこと!」って書いてるけど、養老先生冒頭からめっちゃ自分探しとった。帯は先生が書いたんじゃないよね?








 よい!こういう感じ!ノーモアマッチョ!でかい企業を作ってしまったら大量に金を集める必要がある。そこに乗ってしまったらそこでしか生きていけなくなる。しかしそもそも金という概念が存在しない時代から人は生きてきたんだから、金がなくて生きてけんハズがない。だからと言って極端にエコエコしましょうみたいな硬直した思考じゃなくて、実際に乗っかっちゃってる資本主義の恩恵を充分に感じながら、地球規模での持続可能なやりかた、人のつながりの良さを考えてく、みたいなところ。資本主義と別のレイヤーにきちんと体重をかけて、資本主義が破綻したときのための抜け道をつくりながら生きる、そんな感じのしなやかな暮らし方。これが島でできたらいいな〜。やらかくてしなやかなしくみ、作りたい!





 レイヤーといえば、坂口恭平さんの「独立国家の作り方」もすごくエキサイティングだった!んで新著。現実脱出論。
現実脱出論 (講談社現代新書)
坂口 恭平
講談社
2014-09-18


 これもたまらん!自分の感覚という究極の主観に正直であり続けながら、同時に躁鬱病をもつ自分のからだを乗り物として捉えたり、現実を他人とみなしてめちゃくちゃ客観的に捉えることができるセンス。これはあり得ん!尋常じゃないレベルの賢さ(情報処理能力の高さ?)に脱帽。鳥肌モンだった。
 それからもう一点。躁鬱病を創作活動の武器にしているところ。人間には、背が高いとか足が速いとか人それぞれの身体能力的な特徴があるように、脳みその働きにも指向性がある。創作が得意とか事務処理が苦手とか手伝いが絶妙に上手いとか、性格も含めたそういうの。これを自分でよく捉えてそれを活かす生き方をした方が、人はわっしょいできると思うのです。これは僕、今回の転職で(もう1年経つけど)すっごく感じてるところ。で、坂口恭平さんは、躁鬱病という脳みその特徴、操縦不能のモンスターを創作活動のタネにしてしまってる、ってのが僕にとって超ヒットでした!
 感覚への信頼と、高度な知性と、どっちも本当にツボ。もうどきどきわくわくしながら読み進めました。いつか一緒に仕事したいなー!


 思い出しながら、ぱらぱら読み返しながら書いてみてるけど、、もったいない。読みながらもっといっぱいいろいろ感じてたハズなのに!!とか言いつつ、今日はこのくらいで。おやすみなさい〜。

元気です、もりもりやってます。

 8月以来更新できてなかった!

 けっこういろいろ動いてます。この期間、夏場はジオ系でない島イベントが多かったので、対外的なことを中心にやってた。

 あ、いっこだけ。8月の終わりに大島くんとやった花火づくりは大ヒットー!
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 エナジー使っただけあった!
 全て天然原料で線香花火を作るツアーをやりました。硫黄島の硫黄、黒島の炭。硝石も天然のもの。
 島のこども達とツアーのこども達とが一緒になって教室に入って、花火をつくるのです。

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 和紙に火薬を載せて、
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 くるくる巻いてくと
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 花火になる。
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 火をつけてわっしょい楽しみました。
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 一緒にやってくれた大島くん、筒井さんに本当に感謝!

 この様子をNHKの全国放送にのっけてもらったのがきっかけで、展開が開けてきています。番組を見て「面白いから話しよう」って電話をくださった方がいて、ひとまず、と思って会ってみたのですが、県内の教育関係者に紹介していただいたり、経済同友会(経団連の鹿児島版)での講演を企画してくださったり、、面白いくらいに三島村をアピールするチャンスをもらっています。どんどん三島ファンが増えてます!!カメラマンさんとの打ち上げで連れてってもらった飲み屋でもこれまたご縁があり、これまであまりやれていなかった、歴史関係の方面にもつながりができてきています。なんか、今ほんとすげえ。

 情報は発信したら集まってくるものだ、というのをどこかで聞いたけど、本当なんだなーと実感。
同時に「薄いつながり」の人が増えている訳だから僕の意図が正確に伝わるように本当に気をつけないと、とも。


 学会だったり講演だったりがこのところ多かったので、肝心の島の方に全然行けておらず、島の皆さんと一緒に作り上げる、という部分ができてない。これからもっとその部分をきちんと作り込んでゆかないと。ゆかないと。外野ばっかり盛り上がっても仕方ない。

 僕が島に住んでれば日常的な隙間時間を使って考えを伝えたり聞いたりも簡単にできるんだろうけど、、物理的に離れてる、ってのはやっぱ厳しい。ちょっとだらけた時間の無駄話って、潤滑剤として重要だと思うんだけど、それがわざわざ電話、だとなんか緊張しちゃってうまくできない。望まず疎遠になってしまってる感がある。こりゃいかん。



 1週間くらい前から、また早起きを始めた。今のとこ5時起き。シャワー浴びて、布団たたんで部屋掃除して、軽い筋トレして、坐禅、そのあとちょっとだけ勉強。でももっと早く起きたい。

 でっかい夢を実現させるには、夢を描くだけじゃダメ。将来、夢を実現させた自分って、今の自分とは何かが違っているはず。なにがしかの成長があったからその夢が実現できたはずだ。その姿に自分がなるためには、いつも通りの今日を過ごしてちゃダメなのは目に見えてる。その姿になるために、明確に何かを変える必要がある。それは「意識」という形のないモノだけではだめで、行動パターンであることが必要だと僕は思う。慣れ親しんだ日常から決別して自分はそっちに向かうのだということを、意図的に繰り返し行動して習慣づけて、自分の深層に叩き込む。ある程度の痛みを伴ってもやり遂げる覚悟が必要。

 僕にとって、早起きからの一連の流れがそれ。2年前、今の状態は全く見えてなかったけども、自分はもっとチカラを発揮できるはずだと信じて努力を続けた。毎日、自分の奥底の気持ちを引き出そうと動き続けた。それが今のこの面白い状況、チカラを発揮できる状況につながった。しんどかったあの生活の成果が今のこの面白さだ。
 
 で、最近。チカラを発揮できる面白い状況になってきてるのをいいことに気持ちが緩んできてて、努力ができてなかった。やるべきことをきちんと自分に課してなかった。正直に言うと逃げてた。こりゃーいかんですよ。僕はまだここで止まりたくないもん。というわけで一念発起。毎日日記を書いて、その日をきちんと消化して寝るようにする!します!!

 こういうことを書いたのは、もちろん自分を奮い立たせるため。ご縁があって素晴らしい先輩方と知り合いになれたのだけど、まだ知り合いでしかない。ああいう方々の「仲間」になれる自分でありたいと思った。そのためにここで、きちんと弱点と向き合って克服して、もっともっと人生が面白くなる方向に自己教育をして、自分をデザインして、おもろいオッサンになってやるぜと、そういう気持ちなわけです。日々生まれてくる怠け心と闘って、海賊王におれはなる!!

 そんなわけで、できる限りまた日常の思考を書き留めてゆこうと思いまーす!

おもしろいことになってきてもすえ。その4

この記事の続きです。

 なぜ1000年も昔から硫黄島みたいな小さな島が知られていたのか?

 それは『古くから硫黄の産地だったから』です。

 何のひねりもなくてごめんなさい(笑)。下に紹介した本では、「硫黄」を軸にして中国の歴史記録を丁寧に読み解いて歴史的背景を考え、またそれを日本の文書記録と読み比べることで硫黄流通史の推論をすすめてゆきます。これがすごく面白い!!




 1000年前、というのはちょうど中国で火薬が使われるようになり普及してきた頃と一致します。当時、宋は周辺諸国と交戦準備状態にあり、大量の火薬を必要としていたらしい。しかし中国(特に宋が支配していたエリア)には火山は少ないので、火薬の原料となる硫黄が手に入らない。輸入する必要があった。どこから?近隣の火山から。というわけで火山列島である日本からは大量の硫黄が中国へ輸出されていたようなのです。

 現在の石油、とまでは言い過ぎかもしれませんが、火薬の原料としての硫黄は超重要な軍需物資。薩摩硫黄島はその硫黄を大量に産出するわけですから、当時から注目されていて当然、というわけです。

 そしてこの本の中で触れられていた硫黄島にまつわるくだり。少し時代は下って18世紀ですが、佐藤中陵の随筆「中陵漫録」巻九・硫黄の項にこんなことが述べられています。

 硫黄の用尤広し。薬に用いるは久きを貴ぶ。信州の鳥目鷹目の類皆絶なり。その他、会津の泥尻、肥後の阿蘇山等にあり。しかれども、薩州の硫黄島は、天下随一なり。
訳:硫黄の用途は広い。薬用とするには年月をへたものが貴重とされる。信州の鳥の目・鷹の目という種類の硫黄は絶品である。そのほか会津の泥尻や肥後の阿蘇山などにも産出する。しかし、薩摩の硫黄島の産が天下随一である。

 どうやら硫黄島はただの硫黄ではなく「天下随一の」硫黄を産する場所として有名だったようなのです。
やっぱり硫黄岳サマ、素敵(ハート)!



 さて、ここでやっと話がその1につながります。
 「その1」の5段落目くらいに「その先生は、もう一人の先生と組んで、歴史火薬の原料となっている硫黄の産地をつきとめる研究をされてるとのこと。」と書きましたが、これがまたすんごく面白い。

 歴史的な硫黄の産地を突き止めるには普通、上に紹介したように古文書を読み解くのが当たり前の手法です。でもこの方法って、実は「古文書の記載に間違いがない」という仮定の上にのみ成り立つもの。しかし産地偽装なんて現在でもあるわけで、、と考えると、この仮定が必ず成り立つと断定はできない。「天下随一の」硫黄を産する硫黄島産を騙れば高値で取引できた可能性もある(文学作品ではありますが、藤原明衡「新猿楽記」には、言葉巧みに他人の心を欺き、はかりごとをもって人の目をごまかす「八郎真人」という商人の姿も描かれています)。書き間違いだってあり得るわけですしね。

 そこでこちらの先生方の登場。先生方はある画期的な方法で産地を特定しようとされているのです!
その手法とは「同位体」を使った化学分析(同位体ってのは、例えば酸素原子なら16,17,18の3種類の重さのものがあるように、「同じ名前の原子だけど重さが微妙に違うやつら」のこと。)。硫黄は20種類以上(Wiki)の同位体を持っていて、例えば今日とってきたこの硫黄の中に、どの重さの硫黄同位体がどれくらいの比率で含まれてる、ってのが火山によって多少ちがうよ、ということが知られているみたい。

 そこで1.それぞれの火山から硫黄をとってきて同位体比を分析し、2. 歴史資料の火薬をもらってきて、その中の硫黄の同位体比を分析し、3. どの火薬の値がどの火山と同じ値か?ってのを調べてやれば、歴史資料中の硫黄がどこの硫黄なのか特定できてしまう、というわけです。同位体比はいわば火山の指紋のようなものなので、産地偽装や書き間違いはありえない。したがって「古文書の記載に間違いはない」という検証不可能な仮定をふまずに、硫黄の産地を確認することができる、というわけ。ね、画期的でしょ?(ちなみにこういう研究って、考古学に科学のメスをいれる「分析歴史学」というジャンルの研究になるらしいです。新しくてカッコいい!)

 今回こられた二人の先生方はこういった研究をされていて、「1.それぞれの火山から硫黄をとってきて同位体比を分析」するために硫黄島の硫黄を採取しに、と考えて僕に連絡してくださったわけなんです。それも、ちょうど僕たちが花火遊びをするために「硫黄の純度分析、誰かに頼みたいな〜」って探してるときに。友達と企ててた花火遊びと、知り合いの先生の分析歴史学の研究がたまたまこの時期にこの硫黄島でクロスした、というわけ。なにこの偶然!!

 そんなこんなで、その1、その2その2で紹介した調査の風景は硫黄岳の硫黄をとりに行ってるとこなのです。

 しかし、なんと偶然はこれでは終わりませんでした!

つづく!!

おもしろいことになってきてもす。その3

 昨年12月に書きかけで止まってた記事がありまして、やっと続きをかきはじめました。
 まずはこちら2本をご覧くださいませ。

おもしろいことになってきてます。
おもしろいことになってきてます。その2。

 そんな訳で硫黄島に関する昔の記載を辿ってゆくと、なんとなんと平家物語に行き着くのです。

祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。奢れる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき物も遂にはほろびぬ、ひとえに風の前の塵に同じ。…

 高校だか中学だかのときに暗記させられながらも、漢語調のリズムの良さが心地よくてなんか好きだった平家物語。まさかあれから10数年経ってわざわざ原文を探して買うことになるとは。純粋に受験勉強のためだけと思って勉強してた古文の知識が、こんなところで役にたってます。原文読んでも意味がそこそこ分かる。受験勉強ありがたやー。



平家物語〈1〉 (岩波文庫)
梶原 正昭
岩波書店
1999-07-16


 この平家物語の中に「俊寛」という坊さんと、その仲間達にまつわる件があります。この俊寛ぼーずがなかなかロックな野郎。「平氏にあらずんば人にあらず」とまでいわれた平一族転覆の陰謀を企ててやがります。しかしその密議がばれて捕らえられ、康頼、成経とともに島流しの刑にあってしまいます。そうして流されてきたのが「鬼界が島」。この鬼界が島、というのがなんと今の薩摩硫黄島のことなのです。



 ちょっとこれ、硫黄島の紹介が面白いんすよ!原文といっしょにみてくださいな。
 意訳は僕がてきとーにしてます。間違ってたら教えてください。

さる程に、法勝寺の執行俊寛僧都、平判官康頼、この少将相ぐして、三人薩摩潟鬼界が島へぞ流されける。
意訳:俊寛、康頼、成経の3人は薩摩の鬼界が島へ流された。


彼島は都をいでてはるばると、波路をしのいで行く所也。おぼろけにては船も通はず、島にも人まれなり。
意訳:この島は都をでてはるばる波を分けて行くところだ。なかなか船も通わず、島にも人はあまり居ない。
…ふむふむ、確かに。鹿児島から4時間かかるし、今でも週3便、人口100人ちょいだもんなあ。


おのづから人はあれども、此土の人にも似ず、色黒うして、牛の如し。
意訳:ごくたまーに人は居るが、本土の人には似ても似つかず、色が黒くて牛のようだ。
…黒くて牛のようだ、ってそりゃひどいな。


身には頻に毛おいつつ、云詞も聞知らず。男は烏帽子もせず、女は髪もさげざりけり。衣裳なければ人にも似ず。
意訳:その身体には毛が覆っており、言葉を聞いても理解できなない。男は烏帽子もせず、女は髪もさげていない(?)。服も着ておらず(?)人でないようないでたちだ。
…当時の島民は、まさかの裸だったのですかね?
しかし人でないようだっておいおいこれはさすがに言い過ぎじゃないか!?


食するものも無ければ、只殺生をのみ先とす。しづ山田を返さねば、米穀のるいもなく、園の桑をとらざれば、絹帛のたぐひもなかりけり。
意訳:食べるものがないので狩りや漁で生きている。田畑を耕さないので米穀の類いもないし、養蚕もしないので、衣料品もなかった。
…畑が少なくて漁でってのは今とも似てるなあ。
 

島のなかには、たかき山あり、鎮に火もゆ。硫黄と云物みちみちてり。かかるがゆえに硫黄が島とも名付けたり。
意訳:今には高い山があり、常に火が燃えている。硫黄というものにあふれている。そのために硫黄が島とも名付けられている。
…硫黄岳大先輩ーーー!!1000年前から頑張ってらっしゃったのですね!硫黄をバンバン作ってくださってたのですね!かっこ良過ぎです!おら感激で涙がとまらねっす!


いかづち常になりあがり、なりくだり、麓には雨しげし。一日片時人の命たへてあるべき様もなし。
意訳:常に稲妻が走り、麓は雨が多い。片時も人の命が続くような場所とは思えない。
…たしかにそう見えるときもある、もんなあ。



 ちょっと脱線が長かったですが。そんなわけで、硫黄島の歴史を調べてみるとなんと平家物語にも登場することが判明。しかもその記載、誇張しすぎなところはあるけども今の硫黄島に似てるところがあったりとか、なかなか面白いじゃんか!

 しかし何故、今の鹿児島市内の人にも8割型知られていない(僕の印象)硫黄島が、1000年も昔に、都の人々に知られていたのでしょうか?その答えが、上で紹介したくだりに隠されているのです!

つづくー!!

2014/6/7-8 ワンデークルーズ × 2

2014/6/7-8 ワンデークルーズ。
 好評のワンデークルーズをまたまた開催。今回も楽しんでいただきました。
 ちなみにワンデークルーズってのは、枕崎便のフェリーを利用した日帰りツアーのこと。通常便のフェリーの運行は、鹿児島から黒島片泊港までを2日かけて1往復するんだけど、枕崎便のときは片泊港を出たあとに枕崎まで行きます。これだとお客さんは3島まわって日帰りが可能ってことでツアーにしちゃったのがワンデークルーズです。
 各島では地元の方々が趣向を凝らしたおもてなし。魚の加工食品とか野菜とか手作りのお土産品とか、島の方々が考えて作ってくれたおみやげを、短い上陸時間で買うことができます。
 また、朝から晩までずっと船内に居ることになるのでお暇でしょう、ってことで船内では僕が諸々の解説をします。出航直後に見える霧島連山やシラス台地を眺めながらの姶良カルデラの話に始まり、鬼界カルデラの大噴火、硫黄島長湾とか沖縄トラフの海底熱水の話、今すすめてるジオパークの話、などなど、島々のことをもっとよく知って楽しんでもらい、次は泊まりがけで来たいな、と思ってもらうための知識を満載してお送りします。
 三島村総出でお客さんを喜ばせにかかってるようなイベントですね。そう考えたらすげえ。
 以上、長くなったけどワンデークルーズの説明でした。

 さて今回のワンデーくるーず。筍のシーズンということもあり、子供たちが朝採りにいった筍を売ってくれてたり、島の素材を使った島弁当を地元の婦人会の方々にお願いしたらこれがまたがすっげー美味しかったりと、各地でのおもてなしがまたまたパワーアップしてて泣けました。

  毎回硫黄島の皆さんが見せてくれる、入出港時のジャンベ&アフリカンダンスのおもてなし。



 毎度ながらお客さんの反応もすごく、すっごくよいです!お客さんがどんだけ喜んでくれてるのか、島のみなさんに直接見せてあげられないのがほんとに残念。最近は「口コミで聞いたのだけど次の開催はいつですか」ってお問い合わせが入ったり、参加者の方が fb で申請くださったり、広報的なツテを紹介してくださったりと、参加者の方がサポーター的な動きをしてくださることもちらほら出てきています。ありがたや〜。
 もっともっと内容濃く&面白くして、島の人にもお客さんにも喜んでもらえるものに仕上げたいなー!

2014/5/25-30 硫黄岳ガイド講習

 長いこと更新できてなかったです。
 僕は相変わらず元気です、もりもりもりもりやってます。いろんなことやって真剣に遊んでます!

 丁寧に一つずつ書いてゆきたいのだけども、なんか最近ふにゃふにゃしてて、それだけのメンタルエナジーが注げずでした。ここ数年でいちばん部屋がとっちらかってたし、早起きもできてないし、うーん、認めたくないけども、いま緩んでます。出張が多くて食事のコントロールができず、ってのがいちばんの原因なのかなあ。やっと整える気がノってきたので早めに帰って自炊してきちんと草と魚と米を食べ、部屋を掃除し、気持ちをちょっとスッキリさせました。さて早起きして勉強!将来への積み重ねを再開します!と宣言して自分を奮い立たせてみる。

 複数の仕事が並列で動いてて(こういうの苦手)なんとかこなすのに精一杯なのがヤな感じ。日常の仕事とは違う将来に向けた明確な積み重ねのための時間を意図的にとらないと、当然ながら成長できてる実感はない。これが微かなイライラの原因かなー。それどころか、思考力も論理的な構成力も回転速度も落ちてきてるような気がしてる。「もっとマシな人間になりてえよ」って野宮も言ってたけど、僕もいつもそう思う。もっときちんとしんどいことやって、オモロいオッサンに近づきたいなあ。

 というわけで、日常の思考をきちんと整理するためにブログを再開します。どんだけ書けるかわかんないけど。

 つーわけで、前回投稿の法政大実習以来やったことを少しずつ。


2014/5/25-30 硫黄岳ガイド講習
 南極観測隊で100日間生活をともにした山岳ガイドの赤田さんに来ていただいて、硫黄岳登山のためのガイド講習をやってもらいました。
 あ、一応書いておくと、硫黄岳は20年くらい前まで山頂域に鉱山があって重機が出入りしてたのですが、道が崩れてるし火山ガスがけっこう危険なため現在は立ち入り禁止。現在は立ち入り禁止。しかし鳥肌モノのすっっごい見所があるので、これをなんとか一般の方でもみれるようにしたいなあ、ということでまずは安全体制の確保をというのが今回の趣旨です。特別に許可を得て入山します。

 島のみなさんに集まってもらって、ロープワークや安全に対する考え方のレクチャーの後、実際に山に登りました。
写真 1
 ジャングルジム使って、基本的な結び方を練習。


写真 2
 うさぎちゃん結び。


写真 4
 硫黄をざくざく踏みしめながら登ります。一見固い岩場のように見えますが、硫黄、火山灰、礫が集積したものに、硫酸塩かなにか?がコーティングしているだけでかなり脆いです。安息角近いところはけっこうずるずると滑って登りにくい。


写真

写真 5
 山頂の三角点を越えたら観れる景色。これは感動!!

 島じゅうから湧き出る温泉と海流とが織りなす模様です。下見、講習、登山道整備と、3日連続で山頂に行ってこの景色を観ましたが、毎日この模様は変わります。語りたくなる景色、誰かを連れてきたくなる景色。硫黄島やるねえ、ほんとに。
 この景色を皆さんに楽しんでもらえるように、少しずつですが、準備をがんばりますよー!

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