2017年06月27日

  綺麗な切り込み


その後京阪光善寺駅前まで移動した。

そして向かったお店は『枚方焼肉冷麺館・新羅』であった。


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ここも事前に予約を入れておいた。

と言うか、最近は、その日に訪問する全てのお店に対して事前に予約を入れる事に

している。

そうする事に予定がすんなりと進むからである。

店内に入ると結構お客さんが入っていた。

我々は奥のテーブル席に座った。

早速注文をした。


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注文は、厚切り上塩タン、上ロース、上カルビであった。

直ぐに生ビールが運ばれて来たので乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!


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厚切り上塩タンと上ロースと上カルビ

厚切り上塩タンには綺麗に包丁で切り込みが入れられていた。

それを見た瞬間『めっちゃ丁寧な仕事をしているなー』と思った。

実際食べてみると厚切りでありながら切り込みが入っている為に食べた瞬間に

無茶苦茶柔らかい食感を堪能する事が出来た。

その柔らかさだけで『このタンが北河内で一番美味しいかも』と思ってしまうので

あった。

上ロースと上カルビもめっちゃ柔らかくてジューシーで旨味と甘味を存分に

味わえるのであった。

お店が綺麗で接客が素晴らしくて肉が美味しい。

まさに完璧な焼肉店なのであった。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『枚方焼肉冷麺館・新羅』であった。











ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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小さな金目鯛の煮付けが濃厚な味わいで真剣に美味しいのであった。






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よろしくお願い申し上げます!!

読み逃げは厳禁ですよ――!!

自分の携帯電話から。

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島崎藤村の『初恋』

この詩は藤村の「若菜集」に入っている詩の1つで最も有名な詩。

明治時代の信州が舞台だから、りんごが出て来る。

文語体である。



まだあげ初(そ)めし前髪(まへがみ)の
林檎(りんご)のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛(はなぐし)の
花ある君と思ひけり

…まだあげはじめたばかりの前髪が(娘になると前髪をあげる) 林檎の下に
見えたとき その前髪にさしている花櫛の花のように あなたのことが美しいと
思ったよ。


やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅(うすくれなゐ)の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

…やさしく白い手をのばして わたしに林檎をくれたのは 薄紅の秋の実(あなた)に
恋心を初めて持ちました。


わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃を
君が情(なさけ)に酌(く)みしかな

…わたしが思わずもらしたため息が あなたの髪の毛にかかるときに
楽しい恋の盃をあなたと酌み交わしたように感じてしまった。


林檎畑の樹(こ)の下(した)に
おのづからなる細道は
誰(た)が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ

…林檎畑の樹の下に 自然にできた細い道は 誰が踏み初めてできたもので
しょうかと 尋ねるあなたがとても恋しいよ。


最後の『誰が踏みしめそめしかたみぞと』は彼女から彼に聞いている。
彼女が彼に尋ねている。

初恋とはいえ、大人になってしまう少し手前の美しく若い恋の歌。
幼いわけではないです。
少し大人っぽい、15から16歳くらい。
いまの高1くらいのイメージ。
明治時代なので結婚するのも早かった。
和服をイメージする感じ。


…成人を迎え、大人の仲間入りをした女性に、あこがれを感じている少年の姿が
浮かんでくる。
そして相手の少女も、寡黙で純情無垢な存在ではない。
まだ幼さを残している少年をからかって楽しむ、小悪魔的な性格も兼ね備えた
女性像でもある。











島崎藤村。

①父正樹が牢死しました。

正樹は大作「夜明け前」の主人公・青山半蔵のモデル。

②明治29年に教師として仙台に赴任しました。

その時詩集「若菜集」を発表して文壇にデビューした。

ロマンチストな作風。

③明治38年に上京して自然主義小説として名高い「破戒」を発表した。

この作品は夏目漱石が大絶賛した。

小説家としての藤村が注目された。

④明治43年に妻を亡くした。

この時期姪のこま子が家事手伝いに来たが、彼女を妊娠させてしまった。

その為留学としてパリで過ごしたが、帰国してもこま子との醜聞は残り、

「新生」を発表して清算しようとした。

⑤藤村の事を、芥川龍之介は「老獪な偽善者」として憎んだ。

こま子との事を上記小説「新生」で清算しようとした事であろう。

こま子は海外に落ち延びた時に、自分は国内で生活していた事を憎んだだろうか。

あるいは藤村の日常行動に、何かごまかしを見つけたのだろうか。

未だ不明である。

しかしこま子との事は事実。

紳士的なロマンティストの藤村。

それでいてこま子の妊娠。

相反する藤村の性格がここに浮き彫りにされている。

⑥彼の作品は、「若菜集」「破戒」「夜明け前」「新生」が重要だと思う。

特に「破戒」「夜明け前」は、冒頭の文章が素晴らしく、つい引き込まれて通読し

てしまう。

美文では日本文学史上でも、屈指の小説家だと思う。





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2017年06月26日

  本当のバファローズファン


6月17日の土曜日、ちょっとした飲み歩きをした。

この日のお供はウルヴァリン・大樹であった。

ウルヴァリン・大樹とは3月4日の土曜日に初めて一緒に飲み歩きをしたので

あった。

あの時は変態のえて雄も参加して3人でJR福島界隈で飲み歩きをした。

ウルヴァリン・大樹とは今回で2回目になる。

先ず向かったお店は『焼肉 むらや』であった。


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我々は開店と同時に店内に入った。

それでも男女二人のお客さんが入っていた。

我々は中央辺りのテーブル席に座った。

早速注文をした。

注文は、上タン(塩)、上ロース、ハラミ、上ミノであった。

先ずは『ウコンの力』で乾杯する事にした。


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乾杯ー!!

何も言われなくともちゃんと『ウコンの力』を用意する。

これが出来た業者になる。

これこそがTちゃま倶楽部のメンバーとなる。

『ちゃんと用意しろよ』と言われてもすっかりと忘れてしまう。

こう言う奴は最低って事や。

引き続き生ビールで乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!


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上タン(塩)と上ロースとハラミと上ミノ

ここのお肉は全てが美味しい。

美味しいからリピーターになる訳で。

これは極々当たり前の話。

接客も合格点。

ただちょっとだけ店主に癖的な感じの違和感があるが……。

その辺は無視すれがええだけや。

ここのタンはかなりレベルが高い。

勿論その他のお肉も美味しい。

今回ウルヴァリン・大樹と二人で飲もうと思った理由は。

それはウルヴァリン・大樹がほんまもんのバファローズファンだからだ。

沢山の業者の連中がここのやって来るが中々ほんまもんのバファローズファンに

出会えないのが現実だ。

そんな中でほんまもんのバファローズファンのウルヴァリン・大樹がうちの担当に

なった時は正直嬉しかった。

同じ価値を持った者同士が同じ空間で同じ目標に向かって応援する。

それが『京セラドーム大阪』の外野席であったりする。

同じ価値を持った者同士の飲み歩きには面白いジャグ等必要ない。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『焼肉 むらや』であった。





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ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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『トップワールド 香里園店』で買って来た生のシラスが無茶苦茶美味しいので

あった。

全く癖がなくて新鮮そのもので最高の絶品であった。





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石川啄木のわが村に、初めてイエス=クリストの道を説きたる、若き女かな。

モデルとされているのは渋民小学校の代用教員をしていた時の同僚上野(うわの)

さめ子で、上野さめ子を歌った歌としては他に

わが庭の白き躑躅(つつじ)を
薄月の夜に
折りゆきしことな忘れそ

わがために
なやめる魂をしづめよと
讃美歌うたふ人ありしかな

あはれかの男のごときたましひよ
今は何処に
何を思ふや

もある。



この頃に書いた小説「雲は天才である」では上野さめ子らしい人物について

こう書いている。

若し此小天地の中に自分の話相手になる人を求むれば、それは実に女教師

一人のみだ。

芳紀ややすぎて今年正に二十四歳、自分には三歳の姉である。

それが未だ独身で、熱心なクリスチヤンで、讃美歌が上手で、新教育を受けて

居て、思想が先ず健全で、顔は?顔は毎日見て居るから別段目にも立たないが、

頰は桃色で、髪は赤い。

目は年に似合はず若々しいが、時々判断力が閃く。尋常科一年の受持であるが、

誠に善良なナースである。

で、大抵自分の云ふ事が解る。理のある所には吃度(きつと)同情する。

しかし啄木が渋民小学校に赴任して半年後に上野さめ子は本宮小学校に転任

なって、その時啄木はこう書いている。

予の親愛なる女友上野さめ子女史は、本宮村に転任になつた。四日、告別式を

あげた。

生徒は皆涙ぐんで居た。

予も心に泣いた。

送らるゝ人も涙であつた。

女史の告別の辞は、実に一言一句涙であつた。

(中略)

女史は二ケ年半の間、この渋民の小天地に於て「新婦人」の典型を示してくれた

人である。

真に立派な、男優りな、見識の高い、信仰の厚い人であった。

このあと啄木と上野さめ子が出会うことは無かったようだ。

なお昭和30年代半ば頃、70歳代になっていたさめ子は京都で私立幼稚園を経営しな

がら戦死した長男の妻や長男の遺児(さめ子にとっては孫)たちと暮していたそう

である。

また啄木の父は元住職でしたが、啄木の妹の光子は後にキリスト教の伝道師に

なっている。











石川啄木の魅力。

「ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく」

上野駅の石川啄木の霊魂。

岩手県は神秘的。

啄木と宮沢賢治がいるだけで。

石川啄木と野口英世二人の変人生。

東北は物凄くユニークな人多い気がする。

啄木みたいな人隣に居たらゲゲゲーとなるがもう昇天しているから腹もたたない。

優等生的な歌ばかでは物足りない。

啄木がいてくれないと。

悲劇的、短命の歌人。

短命の天才といえばアルチュール・ランボーや中原中也、金子みすず、宮沢賢治も

いるけど。

どんなに頑張ったってこんな歌浮ばない。

リアルすぎる。

燈影なき室に我あり 父母が 壁のなかより杖つきて出づ
小学の首席を我と争ひし友のいとなむ 木賃宿かな
石をもて 追はるがごとく ふるさとを 出でしかなしみ 消ゆる時なし

みぞれ降る 石狩の野の汽車に読みし ツルゲエネフの物語かな

みぞれ降る 石狩の野の汽車に読みし…だけだと陰鬱なだけだがツルゲエネフの

一語が加わるだけでぐんと帝政ロシアになりナロードニキになりニヒリズムに

なっている。

啄木はおそろしく共鳴したのだろう。

彼の日記にはヴナロードとかプロレタリアートとかいう言葉がさかんに出て来る。
革命前夜のロシアのインテリゲンチャみたい。

ツルゲーネフが住んでた広大なロシアの果てのその果てにシベリアがあってまだ

その果てに北海道があってそこを縦断する石狩平野がある。

みぞれの中を汽車が走る。

車窓で一心にツルゲーネフを読む啄木がいる。

名画になる。

ツルゲーネフが亡くなった3年後に啄木は生まれている。

石川啄木は石川五右衛門の生まれ変わりと思われてたみたいだが。

本当はもっともっと長生きして五右衛門でなくツルゲーネフめざしたかったの

だろう。

革命後のソビエトで評価されたと思う。


たはむれに 母を背負いて そのあまり 軽き(かろき)に泣きて 三歩あゆまず
はたらけど はたらけど猶 わが生活(くらし) 楽にならざり ぢつと手を見る
友がみな われよりえらく 見ゆる日よ 花を買い来て 妻としたしむ


かにかくに 渋民村は 恋しかり おもいでの山 おもいでの川
やわらかに 柳あをめる 北上の 岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに
ふるさとの 山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山は ありがたきかな





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2017年06月24日

  深みのある旨味を堪能


この日はハヤシライスを作る事にした。

使ったのは三種類のルウ×2であった。


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この日の材料は『業務スーパー 枚方高田店』で買って来た極々普通の国産牛

約3.0㎏と玉葱とじゃが芋であった。


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この日も鍋2杯のハヤシを作った。

材料をいつもの大きな鍋の中にルウと一緒に入れた。

後は鍋が勝手に美味しく作ってくれるのであった。


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そんな感じのハヤシライス。


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スタッフの皆と一緒に食べるハヤシライス。

これがむちゃくちゃ美味しい。

ほんまにえげつないほどに美味しいのであった。

野菜と牛肉を沢山使っているので深みのある旨味を堪能出来る。

最高に美味しいハヤシなのであった。








昨日のお昼に用意されたのは守口市にある『まるよ』と言う精肉店の『焼肉弁当』

であった。


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焼肉弁当


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お肉は牛のヒレ肉であるが食べると明らかに和牛であると確信出来る。

『この肉は和牛で美味しいな』って感じだろうか。

今後も可能な限り大いに利用したいと思った。

ここの弁当を紹介してくれたのが朝日の九ちゃんの後任の夕陽のガンちゃんで

あった。

ほんと、中々ええお店を紹介してくれて、ありがとうな、夕陽のガンちゃん。








この日も焼き飯を使ったおにぎりを作った。

今回使ったのは『平和堂 フレンドマートビバモール寝屋川店』で買って来た

日本ハムの焼き豚であった。


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日本ハムの焼き豚を使った焼き飯が無茶苦茶最高に美味しいのであった。








そうこうしていると、あの眼力浜っこすわ子がここにやって来た。


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いつもの様にハヤシとお弁当とおにぎりをパクッて行きやがった。


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『ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたるぞ~っ!!』

これが眼力浜っこすわ子の決めセリフなのであった。

眼力浜っこすわ子は絶世の美人である。

この世のどんなに綺麗な女性でも敵う事が出来ない程の美人である。

余りの美しさにただただため息しか出て来ない。

澄んだ瞳に眩いばかりの色白の肌をした美人。

それが眼力浜っ子すわ子である。

こんな話をすると変態のえて雄が喜ぶ。

何故変態のえて雄が喜ぶのかが理解出来ない。








『トップワールド香里園店』で鰻専門店の『魚伊』の鰻の蒲焼きを買って来た。


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あっつあつの御飯の上に『魚伊』の鰻の蒲焼きを乗せた。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

久しぶりの『魚伊』の鰻の蒲焼きであった。

『魚伊』の鰻の蒲焼きは真空パックに入っている。

その袋を開けた瞬間から炭火で焼かれた鰻とタレの香りがする。

何との言えない鰻の旨さが鼻の中を刺激するのであった。

芳醇で奥深い味わいを醸し出す『魚伊』の鰻の蒲焼きは本当に美味しい。

最高に美味しい鰻の蒲焼きなのであった。








『業務スーパー枚方高田店』で美味しそうな牛のカルビを買って来た。


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牛のカルビを美味しく焼き上げた。

それをあったか御飯のおかずにした。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

ジューシーな食感の中に旨味と甘味が凝縮されていて最高に美味しいのであった。

『しっかりと肉喰ってる』って感じなのであった。








『万代寝屋川宇谷店』でコシナガマグロの切り身を買って来た。

コシナガマグロの切り身を漬けにした。


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とりあえず炊き込み御飯を作った。


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炊き込み御飯の上にコシナガマグロの漬けをトッピングした。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

無茶苦茶柔らかいコシナガマグロの漬けと炊き込みご飯が絡み合って真剣に美味し

いのであった。








今週のおかず。





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そんな感じの土曜日です。

この週末も皆様にとって素晴らしいものでありますよう心からお祈り致します。

それではまた来週お会いしましょう。

お相手はあなたの『T-SIRLOIN』でした。






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森鴎外の高瀬舟。

喜助の弟の自殺を手伝うという行動は正しいか正しくないか。

正しくないという理由は喜助が罪人になったから。

弟は喜助を楽にしたいという理由で死んだ。

喜助は楽になったが弟は喜助に罪人になって欲しかった訳ではない。

評論で書きあぐねた時は先ずは自分の思考の癖を徹底的に疑ってみると光明が見え

無意識的な発想の過程こそを疑うべきなのではあいか。

自分の常識――思考様式や感性に合うか合わないかと表現すべきことを

正しい・正しくないという表現で代置していないか。

「正しくない」とは煎じ詰めればどういう意味か。

法律的な観点から見て正しくないのか。

道徳的な観点から見て正しくないのか。

論理的な観点から見て正しくないのか。

個人的な感情から見て正しくないのか。

この様に考えて行くと「正しくない」とは何だって事になって来る。

峻別すべき概念を「正しくない」という言葉でごたまぜにすると考えが発展して

行かない。

喜助は結果として弟を殺すが、そもそも弟が兄の為を思って自殺未遂をし、

その結果としてやむを得ず殺してしまう訳である。

「自殺」をテーマにした古典的名著にデュルケームの『自殺論』がある。

そこでは自殺といいうものは大きく三つに類別出来るとされる。

自己愛から来る自殺。

(自己愛的自殺)

他者の為に死ぬ自殺。

(利他的自殺)

歴史の激変に翻弄されて死に追い詰められてしまった自殺。

(アノミー的自殺)

 (なお宿命的自殺もあるが、詳しい論考は行っていないので除外)

喜助の弟は利他的な自殺(未遂)である。

弟の自殺未遂という行為一つにも歴史による文化的な区分が存在する。

また、鴎外が『高瀬舟』の執筆動機を闡明した、『高瀬舟縁起』では以下のような

記述がある。

「今一つは死に掛かっていて死なれずに苦しんでいる人を、死なせて遣ると云うこ

とである。

人を死なせて遣れば、即ち殺すと云う事になる。

どんな場合にも人を殺してはならない。翁草にも、教えのない民だから、悪意が

ないのに人殺しになったと云うような、批評の言葉がったように記憶する。

しかしこれはそう容易に杓子定規で決してしまわれる問題ではない。

傍からその苦しむのを見ている人はどう思うであろうか。

縦令教えのある人でも、どうせ死ななくてはならぬものなら、あの苦みを長くさせ

て置かずに、早く死なせて遣りたい云う情は必ず起る。

ここに麻酔薬を与えて好いか悪いかと云う疑が生ずるのである。

その薬は致死量ではないにしても、薬を与えれば、多少死期を早くするかも

知れない。

それゆえに遣らずに置いて苦しませていなくてはならない。

従来の道徳は苦しませて置けと命じている。

しかし医学社会には、これを非とする論がある。

即ち死に瀕して苦むものがあったら、楽に死なせて、その苦を救って遣るが好いと

云うのである。

これをユウタナジイという。

楽に死なせると云う意味である。高瀬舟の罪人は、丁度それと同じ場合にいたよう

に思われる。

私委にはそれがひどく面白い。」

また、庄兵衛は、どう思われるか。

あれは自分の分際をわきまえて、思考の最終的な結論をお上や権威に任せに

したがる、過去の庶民的な思想観念を人間化した人物である。

「庄兵衛はその場の様子を目の当たり見るような思いをして聞いていたがこれが

果たして弟殺しと云うものだろうか、人殺しと云うものだろうかと云う疑が、

話を半分聞いた時から起こって来て、聞いてしまっても、その疑を解くことが

出来なかった。

(中略)

苦から救って遣ろうと思って命を絶った。

それが罪であろうか。

殺したのは罪に相違ない。

しかしそれが苦から救うためであったと思うと、そこに疑が生じて、どうしても解

けぬのである」

しかし、ここまで考えたのに庄兵衛は最終的には思考を他者任せにしてしまう。

「庄兵衛の心の中には、いろいろに考えて見た末に、自分より上のもの判断に任す

外ないと云う念、オオトリエに従う外ないと云う念が生じた。

庄兵衛はお奉行様の判断を、そのまま自分の判断にしようと思ったのである。」

こういう態度はどう思うか。

「正しくない」と言う人が、庄兵衛に抱いた感想とどれくらい差異があるか。

そういう対比や引用を上手く行っていくと文章は重厚に展開して行く。

>喜助が罪人になったから。

>弟は喜助を楽にしたいという理由で死んだ。

>喜助は楽になったが弟は喜助に罪人になって欲しかった訳ではない。

法律的な観点から見て「正しくない」という意見。

戦後の日本は特に人命尊重のみが正義でそれ以外は間違っている。

また、法律に抵触しなければ何をやっても好いんだ、という一面的な考え方が幅を

きかせる様になった。

政治家や卑しい大人が法律には違反しないとか云って、マナーを守らなくなりつつ

ある。

その価値観の反映が見られる。

支配的な価値観を相対化する為には『正統の哲学 異端の思想』『自死の日本史』

とか。

自然科学の発想が人文科学にも忍び込んで来た結果生まれた、法律を含めた理論や

理屈の絶対化・絶対視というのは最近の事。

喜助は確かに楽にはなった。

表面的には飄々としていて良心の呵責が無いよう思われるあろう。

でもあれは自分の宿命を受け入れ不平を言わずに懸命に生きているからこその事。

現代日本の自分感情を満足させるのが正しい、と云う様な軽佻な生き方からは超絶

している。

喜助は法律的には間違っているが道徳的な点から見れば正しい。

この作品の根底にある悲劇性は日本の一律的な硬直した思想に絶えず懐疑という

矢を放ちづける。

この思想の永続性・重要性こそが『高瀬舟』が古典たる由縁である。

喜助の弟の行為は社会学的な行為から見れば利他的な自殺――その未遂と

云って良い。

この行為は絶えず光芒を放って日本の硬直した価値観を揺さぶり続ける。

近代における思考様式を持った当今の我々の理性を超然した何物かがそこには存在

するからである。

我々の生活には法律が寄与する所、大である。

しかし、それが全てではない。

その簡明な事実は、時として、驚くべき軽薄さによって閑却されてしまう。

文学に何か出来るか、と言う事が良く云われる。

飢えた人間一つ救えないという痛罵さえ受ける始末だ。

しかし、人はパンのみにて生くるのではない。

飽食した時に、必ず、思想を必要とするのだ。

法律もパンのようなものだ。

法律が我々の生活全てでは決して無い。

この法律が全てでないという事実、理性のみで人は救われないのだという事実を

『高瀬舟』は徹底して我々の面前に突きつける。

『高瀬舟』には下らない理屈など一つも無い。

ただ極限の状況に於ける、人間の悲劇的な行為と慟哭とがあるばかりである。

我々で今は理屈という流行の服を纏って気軽に、大事な者さえも、論理的でない、

正しくないと、それを断罪してしまう。

よくよく見ると、なんということはない。

庄兵衛が作中で行った、身分という桎梏によって対象の認識を固定したのと同じよ

うに、習慣的気楽さを持って、理論的、という狭い筋道を通って現象を一面的に

固定しているに過ぎない。

正しい・正しくないという認識の根源性そのものを問う『高瀬舟』は故に、

偉大である。

当今の世相は理論の俗悪な形態が、随所に頻出している。

自分の乏しい理屈を現実に当てはめて、それを「ロジカル」と称す新手の疫病まで

発生する始末である。

彼らのロジカルとは、よくよく見れば、朝の寝ぼけながらする挨拶のような者で

決して論理的でも何でも無い。

そこには心理も歴史も哲学も文学もありはしない。

『高瀬舟』は人間の一つの極限的な悲劇を考究し、表した偉大な芸術。

そんな偉大な古典だから、いくら自分が分かった気になっても、勉強を続けて

歳を重ねると、また汲むことが溢れ出てくる。

だからこんな風にいろんな考察を引き出してくれる。

人間は腹を満たせたら、蓄えを欲しがり、やがて欲望をどんどんエスカレートさせ

る生き物。

どこかで歯止めをかけないときりがないのは分かっているのに、やめられない。

庄兵衛は普通の役人だから、それなりに欲望も持っていたであろう。

庄兵衛の驚きは一般人の驚き。

鴎外は人間の欲望の愚かさも示したかったのだと思う。











高瀬舟。

弟殺しの罪で高瀬舟に乗せられて島流しにされる喜助は、なぜか晴ればれとして

いる。

護送の役目の同心・羽田庄兵衛はそれを不思議に思い、彼の心持ちを問うてみる。

喜助は島送りになったら食べさせてもらえる上に鳥目200文を頂戴して有難いと

言う。

聞けば、彼が犯した弟殺しというのは、自殺を図って死にきれず苦しんでいる弟に

手を貸し死なせてやったということだった。

庄兵衛は、喜助の安心立命の境地に感嘆した。

というのが……。

人の一生を考えると、病気であれば、この病気がなかったらと思う。

毎日の食うものがないと、食ってだけ行けたらと思う。

万一の時に備える金がないと、少しでも貯金しようと思う。

金があつても持つ多かったらと思う。

人はどこまで行っても踏みとどまる事をしない。

欲が出てキリがない。

それを今、目の前で踏みとどまって見せてくれるのが、この喜助という男だと庄兵

衞は気がついた。

「庄兵衛は喜助の安心立命の境地に感嘆した」とはそういう事である。

自分の欲を捨て去ることが、つまり「安心立命の境地」なのである。

もう一点は、庄兵衛はいわゆる“安楽死”の問題に大きな疑問を持った。

“安楽死”させてやる事は単なる殺人ではないと確信した。

*同心:江戸幕府の下級役人

*鳥目:〔昔の丸い穴あき銭の形が鳥の目に似ていることから〕銅銭のこと。

一両が10万円、200文は1両の1/20、今の500円。





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2017年06月23日

  episode-88 「不機嫌な人は幼稚に見える」


交流戦打率66人中65位、ヤクルトの山田哲人に何が起こったのか。

“得意”の交流戦でも成績上がらず不振にあえぐ山田。

山田は交流戦を得意としている。

そもそも2014年に打率.378(4本塁打15打点)で交流戦首位打者を取り、売り出した

のだった。

2015年は打率.309(5本塁打13打点)、2016年は打率.313、8本塁打21打点。

いつもと違う相手と対戦しても調子を落とすことなく数字を稼いできた。

しかし今季は66打数9安打3本塁打9打点、打率.136。

規定打席以上の66人中の65位と極端な不振だった。

信じられない数字やな。

やっぱり、WBCの影響かな。

昨夕そんな事を考えていた。

すると江戸っ子どんと姫がここにやって来た。


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そして「お疲れ様です」と言って私の横に勝手に座りやがった。

私が「山田が不振やな」と言った。

江戸っ子どんと姫「ロベルト・ヘーガー(Robert Heger, 1886年8月19日 - 1978年

1月14日)は、ドイツの指揮者、作曲家です。

ストラスブール(当時ドイツ帝国領)の生まれです。

ストラスブール音楽院でフランツ・シュトックハウゼンに、チューリヒではロータ

ー・ケンプターに、さらにミュンヘンでマックス・フォン・シリングスの指導をう

けました。

バルメン、ウィーン・フォルクスオーパー、ニュルンベルクの歌劇場で指揮を

とり、1920年にバイエルン国立歌劇場第一指揮者に就きました」と言った。

私が「へ~っ、クラシック音楽にも精通しているんや」と言った。

江戸っ子どんと姫が「この辺は、ドン引きタツジさんとは違いますから」と笑い

ながら言った。

私が「ところで、野球には興味はないんか」と言った。

江戸っ子どんと姫が「赤髪の白雪姫漫画についてです。

全部で14巻あります。

セリフで語りすぎないのが一番の魅力です。

1から10まで説明してくれないので、えーっとつまりどういうことってしばしば

考えます。

セリフ自体濁すような言い方をすることがよくありますが、それが世界観や登場

人物にマッチしていて、それぞれの心情や性格がとても丁寧に描かれています。

情景での間の取り方がうまいというか、コマ割のうまさなのか…。

最近の人気作の中では他に見ないような雰囲気を持っています。

主軸は恋愛物ですが、恋に悩むとか相手の気持ちが分からなくて不安になるとか

そういう感じはなく、もっと落ち着いた大人の恋愛のような雰囲気です。

それでも、甘酸っぱいキュンはしっかり押さえているのですが。

恋愛物であり成長物であり、時にハラハラドキドキ時にほっこり、そんないろんな

要素がいっぱい詰まってます。

なんだか曖昧な表現ばかりですが、この作品の良さって説明しにくくて…。

ただおもしろい!キュンキュンする!って感じでもないんです。

いや、おもしろいしキュンキュンするんですけど、魅力はそれだけじゃないと

いうか…。

やっぱり最大の魅力は洗練されたセリフですね~。

すごく心に響きます」と言った。

私が「6月と言うのに全然梅雨の感じがせんな」と言った。

江戸っ子どんと姫が「本当です。

ひょっとしたら、このまま夏に突入するかもしれませんね。

この前、お昼ご飯に池田新町の『お好み焼きはここやねん』に入ったんです。

するとあのキショクの悪いハゲ頭の越後のちりめん性行為さんが普通に焼きそばを

食べているんです。

あのふざけたハゲ頭が生意気に焼きそばを食べいるんです。

わたくしは気づかれない様に別の席に座って食事をしたんです。

すると“やーっ”と言って、ハゲ頭の越後のちりめん性行為さんが皿を持って

わたくしの横に座るのです。

横ですよ。

普通は向かいに座ると思うのです。

余りの変態キッドにびっくりしました」と言った。

私が「変態キッドって。

中々面白い表現やな」と言った。

江戸っ子どんと姫が「越後のちりめん性行為さんが傍にいるだけで吐き気がします。

わたくしが越後のちりめん性行為さんに聞いてみたんです。

“ねえ、ねえ、越後のちりめん性行為さんはどうしてそんなにキッドみたいに幼稚

でキショクが悪いんですか”って。

すると越後のちりめん性行為さんが“幼稚みたいに見られるのは天才肌が多い

んだ。

この幼稚さは天性のものなんだ。

和田 秀樹著書の『感情的にならない本 不機嫌な人は幼稚に見える』

 (WIDE SHINSHO)と言う本があるんだ。

僕は、まあー、あんな感じかな。 

僕は変態のえて雄さんの様に寝屋川公園で『XVIDEOS』を見ながらマスったりは

しない。

僕の様な天才肌は最高のオナニーの道具(究極のアダルトグッズ)である

『TENGAバキュームコントローラー』を使って最強に興奮しながら大量に射精する

んだよ。

世間から幼稚がられている者が『TENGAバキュームコントローラー』を使いこなす

って凄いと思わないか。

『TENGAバキュームコントローラー』を使いこなすのは世間では僕だけだよ”と

意味不明な事をぬかすんです。

和田 秀樹の『感情的にならない本 不機嫌な人は幼稚に見える』と言う本を出して

来るって狂っていると思いました」

と言った。

私が「不機嫌な人は幼稚に見えるって。

その発想、中々ユニークやな。

しかし、その考え方、おもっくそ変わってるな」と言った。

江戸っ子どんと姫が「越後のちりめん性行為さんはハゲ頭のアホみたいなピコ太郎

だと思いました。

アホみたいな顔をしたドン引きタツジさんは相変わらずクソ面白くありません。

それに会社の廊下でよく転んでいます。

わたくしはこのまま頑張って突っ走ります」と言って拳を突き上げた。


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相変わらずこのくだりがクソおもろなくて笑いにのならない。

そう思った瞬間、沈黙となった。











ほんでもって、ある日のおうち御飯。

この日は『トップワールド 香里園店』で牛の肩ロースを買って来た。

すき焼き的に焼いて食べた。


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美味しさのレベルとしては中って感じだろうか。

点数で言えば67点って感じの美味しさであった。





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2017年06月22日

  9時20分頃が狙え目


その後向かったお店は『関東煮 きくや』であった。


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ここは常に行列が出来る超人気店なのであった。

今までの経験でどうやら9時20分頃に行くとわりと入りやすいと勝手に想像して

いる。

それで9時20分頃にお店の前に到着した。

すると速攻で中に入れた。

偶然なのか必然なのか。

この辺はよー分からないけどな。

根拠はないが、とりあえず9時20分頃が狙え目って感じだろうか。

私は左側のカンター席に座った。

早速注文をした。

注文は、ロールキャベツと梅焼きと玉子であった。

直ぐに生ビールが運ばれて来たので乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!


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ロールキャベツと梅焼きと玉子

非常にシンプルで滅茶苦茶美味しい。

『関東煮 きくや』には何度も来ているが来る度にここの人気度と美味しさに驚く

のであった。

しかし大阪でこれ程の人気店があるだろうか。

ほんまに感心するのであった。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『関東煮 きくや』であった。





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ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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サバの味噌煮が最高に美味しいのであった。






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太宰治の人間失格のはしがき。

写真を見て人間失格と言う説明を聞いた気がする。

こんなに人間や自分の事を否定出来ると言うのは、凄い。

例えば、自分がイジメにあったり、劣等感を持っていても、人は何らかの肯定感を

持つ事を見つけるのだと思う。

イジメにあっても、自分はイジメに耐える頑張りがあるのだ、とか。

どんなに不細工でも、俺には心がある、とか。

そうした執着心をここまで捨てる文章と言うのが「ある意味」凄い。

ここまで自分を否定すると言うのは、自惚れが全くないから出来ると言う長所が

あるのだろう

更にこのはしがきから、人間を理解しているから、それに到達できない否定がある

訳で、駄目人間である事に気づく自覚症状があるなら、人間失格と言うのは不正確

であろう。

つまり、人間の理想像が高いから、こう言う文章になってしまうのか。

人間を失格だと思うほど特別な存在である。

そして恐怖に感じるのは自身が病気だと気づいていない所。

そこに落ち度は感じない作品だと思う。

完璧主義、まさに完璧主義である、彼は。

そのジレンマが面白く後になって怖さや完璧主義の恐怖を感じる。

そういう作品だと思う。











人間失格

太宰治

+目次

はしがき

私は、その男の写真を三葉、見たことがある。

一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定され

る頃の写真であって、その子供が大勢の女のひとに取りかこまれ、(それは、その

子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹いとこたちかと想像される)庭園の池の

ほとりに、荒い縞の袴はかまをはいて立ち、首を三十度ほど左に傾け、醜く笑って

いる写真である。

醜く? 

けれども、鈍い人たち(つまり、美醜などに関心を持たぬ人たち)は、面白くも何

とも無いような顔をして、「可愛い坊ちゃんですね」といい加減なお世辞を言って

も、まんざら空からお世辞に聞えないくらいの、謂いわば通俗の「可愛らしさ」み

たいな影もその子供の笑顔に無いわけではないのだが、しかし、いささかでも、

美醜に就いての訓練を経て来たひとなら、ひとめ見てすぐ、「なんて、いやな子供

だ」と頗すこぶる不快そうに呟つぶやき、毛虫でも払いのける時のような

手つきで、その写真をほうり投げるかも知れない。

まったく、その子供の笑顔は、よく見れば見るほど、何とも知れず、イヤな薄気味

悪いものが感ぜられて来る。

どだい、それは、笑顔でない。

この子は、少しも笑ってはいないのだ。

その証拠には、この子は、両方のこぶしを固く握って立っている。

人間は、こぶしを固く握りながら笑えるものでは無いのである。

猿だ。

猿の笑顔だ。

ただ、顔に醜い皺しわを寄せているだけなのである。

「皺くちゃ坊ちゃん」とでも言いたくなるくらいの、まことに奇妙な、

そうして、どこかけがらわしく、へんにひとをムカムカさせる表情の写真で

あった。

私はこれまで、こんな不思議な表情の子供を見た事が、いちども無かった。

第二葉の写真の顔は、これはまた、びっくりするくらいひどく変貌へんぼう

していた。

学生の姿である。

高等学校時代の写真か、大学時代の写真か、はっきりしないけれども、とにかく、

おそろしく美貌の学生である。

しかし、これもまた、不思議にも、生きている人間の感じはしなかった。

学生服を着て、胸のポケットから白いハンケチを覗のぞかせ、籐椅子とういすに

腰かけて足を組み、そうして、やはり、笑っている。

こんどの笑顔は、皺くちゃの猿の笑いでなく、かなり巧みな微笑になっては

いるが、しかし、人間の笑いと、どこやら違う。

血の重さ、とでも言おうか、生命いのちの渋さ、とでも言おうか、そのような

充実感は少しも無く、それこそ、鳥のようではなく、羽毛のように軽く、ただ白紙

一枚、そうして、笑っている。

つまり、一から十まで造り物の感じなのである。

キザと言っても足りない。

軽薄と言っても足りない。

ニヤケと言っても足りない。

おしゃれと言っても、もちろん足りない。

しかも、よく見ていると、やはりこの美貌の学生にも、どこか怪談じみた気味悪い

ものが感ぜられて来るのである。

私はこれまで、こんな不思議な美貌の青年を見た事が、いちども無かった。

もう一葉の写真は、最も奇怪なものである。

まるでもう、としの頃がわからない。頭はいくぶん白髪のようである。

それが、ひどく汚い部屋(部屋の壁が三箇所ほど崩れ落ちているのが、その写真に

ハッキリ写っている)の片隅で、小さい火鉢に両手をかざし、こんどは笑って

いない。

どんな表情も無い。

謂わば、坐って火鉢に両手をかざしながら、自然に死んでいるような、まことにい

まわしい、不吉なにおいのする写真であった。

奇怪なのは、それだけでない。

その写真には、わりに顔が大きく写っていたので、私は、つくづくその顔の構造を

調べる事が出来たのであるが、額は平凡、額の皺も平凡、眉も平凡、眼も平凡、

鼻も口も顎あごも、ああ、この顔には表情が無いばかりか、印象さえ無い。

特徴が無いのだ。

たとえば、私がこの写真を見て、眼をつぶる。

既に私はこの顔を忘れている。

部屋の壁や、小さい火鉢は思い出す事が出来るけれども、その部屋の主人公の顔の

印象は、すっと霧消して、どうしても、何としても思い出せない。画にならない顔

である。

漫画にも何もならない顔である。

眼をひらく。

あ、こんな顔だったのか、思い出した、というようなよろこびさえ無い。

極端な言い方をすれば、眼をひらいてその写真を再び見ても、思い出せない。

そうして、ただもう不愉快、イライラして、つい眼をそむけたくなる。

所謂いわゆる「死相」というものにだって、もっと何か表情なり印象なりがあるも

のだろうに、人間のからだに駄馬の首でもくっつけたなら、こんな感じのものにな

るであろうか、とにかく、どこという事なく、見る者をして、ぞっとさせ、いやな

気持にさせるのだ。

私はこれまで、こんな不思議な男の顔を見た事が、やはり、いちども無かった。











精神病理という点では太宰治も夏目漱石も共通しているが、『こゝろ』は滅びゆく

明治精神に主人公が殉ずる。

人間の深い精神性を掘り下げた作品だが、『人間失格』は第三者から見た自分と

実際の本質的な自分との著しい乖離に苦しみ悩む様を描いた私小説である。





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2017年06月21日

  美味しい肉汁が浮き上る


居酒屋の『なるとや』の料理は真剣に美味しいのであった。

その後向かったお店は『焼肉 五苑 玉造店』であった。


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店内に入るとわりと空いていた。

私は奥のテーブル席に座った。

早速注文をした。


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注文は、アバラ、ジューシーカルビ、やわらかハラミであった。

直ぐに生ビールが運ばれて来たので乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!


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アバラとジューシーカルビとやわらかハラミ

『焼肉 五苑』はしっかりと中まで焼く。

そうする事で美味しい肉汁が浮き上げって来る。

それを濃厚なタレを付ける事で御飯が欲しくなる焼肉となる。

ビールのアテとしても最高のお供なのであった。

『焼肉 五苑』はこんな感じだからついつい寄りたくなる。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『焼肉 五苑 玉造店』であった。











ほんでもって、ある日のおうち御飯。

『トップワールド香里園店』で買って来た生のシラスが無茶苦茶美味しいので

あった。


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大阪で生のシラスに出会えるって中々ない事である。

ほんまに真剣に美味しかった。





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源義経の家臣でお爺さんの名前。

十郎権頭兼房

娯楽性の強い軍記物「義経記」のみに登場する架空と考えられる人物。

源義経の正室である久我大臣の姫(架空人物)の守り役として登場、平泉まで付き

従い、最後は高舘に火をかけ義経の妻子を自害させ、火中に飛び込んで最期を遂げ

たとされる。

享年63。

常陸坊海尊

園城寺または比叡山の僧であったという人物で、義経らと共に平泉に逃れた。

しかし海尊がとある山寺に詣でて留守にしていた時に義経の館が襲撃され、結果的

に生き残ったとされる。

別の説では義経の遺児をつれて脱出に成功し、これを伊達氏の初代に託した

という。

その後山に入った海尊は数百年生きたといい、時折山を降りては源平合戦や義経伝

説を語って聞かせたとされる。

堀景光

義経の初期からの郎党で元々は商人だったともいう。

義経の九州行きにも同行。

船が難破した際も義経のそばを離れなかった数少ない人物だが、奥州には

同行せず、都に潜伏していた所を鎌倉方に捕縛された。

その後は不明。










島崎藤村。

ひとつ屋根の下に妻を失った42才の男とうら若い20才のお手伝いの娘がいる。

5月の夜更けのことだった。

男は女の部屋をのぞき見て寝乱れた姿に理性を喪失した。

よくある話といえばそれまでだが、男と女はただの主人とお手伝いという間柄では

なかった。

叔父と姪の関係だった。

男の名は島崎藤村、女は島崎こま子だった。

藤村の兄の娘だった。

「私は手や足をふりまはして闘ってゐた。

私はひどく打撃を受けた脚を感じた。

手を感じた。

顔を感じた。

けれども私は、夢の中に人生の苦闘をしてゐるだけだった。

(略)

私が眼をあいたとき、叔父の顔がひどく大きく見えたのに驚いた。

(略)

私はきっと、脚や手をはだけてゐたのだろう。

叔父は二階に上がって行った。

それがなんであったか分らない。

さうしたことが、意識されて行ったのはそれからであった。

わたしの前に展(ひら)かれた未知の世界は叔父にあっては、狂ひであったらう。

私にあっては偶然な不可解な夢としか思へないことだった。

がそれが私の人間として苦悩する孤独を悲しむ心と変って行った

新しい生涯が始ったのだ」

後に、といっても24年も経ってからだが、女はこんな切ない回想文を書いた。

(長谷川こま子『悲劇の自伝』婦人公論1937年5月号~6月号)

風化に耐えた記憶が痛々しく、彼女の受けた衝撃がよく伝わる文章である。

どうつくろっても、藤村は夜這いで姪のこま子を犯したのである。

けれども、男と女のあいだには余人の理解しがたいところがある。

ふたりは愛し合うようになるのである。

むろん順序が逆のようでも性から始まる愛もないことはない。

常識を超えた破倫は、この男女をどんな運命にいざなったのか。

島崎藤村の『破戒』を読んで……。








変態のえて雄が語ります。



藤村の著作は「家」というもの親族というモノの呪縛と自らの血脈について非常に

恐れ、また、その血を意識したうえで、ずっと題材としてきました。

一族の不幸と、その原因をもとめて、罪と罰と、破戒者としての自分を意識してき

ました。

藤村の生家は没落した旧家です。

馬籠の名家でした。

14歳の時に父を亡くしますが、何度も、キリスト者として許されざる罪、そして

周囲の人々を巻き込んだ、懺悔の告白ともいえる著作の発表によって、家族や友人

をも苦しめることにもなります。

藤村は、恥ずかしめを晒して生き続けて、周囲を苦しめて、また、身近な人の死を

何度も経験しています。

プロテスタント系である明治学院の出身で、20歳にして、同じプロテスタント系の

明治女学校(明治学院とはまったく別の学校です)の教師になりますが、1年もせ

ず女生徒を愛したことにより辞職しています。

また、ともに「文学界」の執筆者でもあり影響を受けていた北村透谷の自殺に

あいます。

キリスト教徒でありながら、自殺するということは、それだけでも罪であり、

また、その時期には長兄が公文書偽造の容疑で捕まっています。

また「破戒」を書いた前後の10年間くらいは、毎年のように、妻との間に生まれた

娘が3人産まれて次々と亡くなり、また長男、次男、三男、四女も生まれますが

四女の出産の際に妻が亡くなります。

この時期に「春」「家」を連載していますが、この頃から、次兄の娘である、

姪の島崎こま子と愛人関係になり、叔父が姪を妊娠させるといった事態となり、

3年間、パリ留学として日本から逃げることになります。

この間に、こま子は叔父の子を出産しています。

帰国後に、また、こま子との関係が復活しますが、翌年に、慶応大学の文学科に

講師としての職を得ると、これを清算しようと、ふたりの関係を「新生」で発表し

スキャンダルで、こま子は日本にいられなくなり台湾へ脱出します。

この「新生」について芥川龍之介は「これほどの偽善者に出会ったことがない」と

痛烈に主人公(作者)を批判しますが、これに藤村は「なぜ新生を書いたか、

判ってもらえない」と語っています。

この小説の中でも、棄教したはずのキリスト教を意識するかのように、罪深い

こと、犯した罪、血族の間柄、について言及していますが、父も、また妹と関係が

あったと記しています。

父や姉が精神の病で死去し(父親は座敷牢で狂死したとのこと)、また父も自分も

血縁者との性的な関係を持ち、廃人として描かれる兄は母の不倫によって生まれた

という事実、藤村自身も自分の妻の、愛人に向けた手紙を発見しますが、妻を愛す

るといったこともなく、肉欲のため離婚しなかった、とうそぶき、また藤村自身

も、一度逢っただけの女性への恋慕に気を向けています。

妹と近親相姦し狂死した父も、自分も姪と近親相姦となり子を生ませ、しかも姪の

母親は、自分の母とも叔母と姪という血縁であって、みなが淫蕩と狂気の血を引い

ている、と思い込もうとしていた節があります。

妹と近親相姦であり、そして狂死した父のこと、

罪を犯し入獄した長兄と、そのことで家が傾いたこと、

夫に責められもせず、不倫の子を生んだ母のこと、

不義の子として生まれ、淫蕩のうえ廃人となった三兄のこと、

そして、そんな一族の没落した生家のこと、

愛のないまま、結婚生活を続けて、

子を産ませるためだけの妻との性生活のこと、

7人もの子を毎年のように産んでは

また次々と子を亡くし、亡くなった妻のこと、

そして同じ血を引く、姪を愛人として子を生ませること…。

自分自身が本来は名家の血筋であり、優越する位置でありながら、その中には、

恥すべき家系といった意識がつねにありましたから、偽善の意識と、偽悪的な振る

舞いは、その「家」と「血」に対しての象徴ということもできます。

そんな意識が、肌の色や、目つきが違う、という侮蔑表現として、また、跳ね

返って自分たち一族こそが、他のヒトとは、すでに肌の色も目つきも、違って

見えているのでないかといった恐れでもあります。





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2017年06月20日

  イチボと言う部位


その後JR玉造駅前まで移動した。

そして向かったお店は居酒屋の『なるとや』であった。


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兎に角ここの料理は最高に美味しい。

店内に入るとこの日も結構お客さんが入っていた。

私はカウンター前のテーブル席に座った。

早速注文をした。

注文は、ローストビーフであった。

直ぐに生ビールが運ばれて来たので乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!


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付き出し

この付き出しの本気度は半端ない。

いきなりの付き出しの余りの旨さに感嘆するだけなのであった。

まあー、言えば、『とらちゃん』のいきなりの塩タンの旨さに匹敵する。

正直、ここの料理は全てが真剣に美味しいのであった。


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ローストビーフを食べていると、女将が『それはイチボと言う部位やねん』と

言ったので俺が『お尻の所やな』と返事とすると『何でも、よー知ってるな』と

女将が答えた。

その女将は毎回来る度に俺の事を『うち、お兄ちゃんの事、好きやわ』と言って

くれる。

しかもその言い方がめっちゃ軽い。

本気度、全くなし。

全く感じられない。

『うち、お兄ちゃんの事、好きやわ』って。

この言われ方。

的屋のたっちゃん曰く。

『流石は、イチボを提供するだけあって、イボ痔が痛くなりますわ』

って、なんのこっちゃー。

ほんま、日ハムのメンドーサよりも、めんどーさ。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『なるとや』であった。




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ほんでもって、ある日のおうち御飯。



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牛のもも肉が最高に美味しいのであった。





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三島由紀夫の『金閣寺』

全部をちゃんと覚えている訳ではないが、金閣寺は幼い頃に母や父の尊敬の対象と

して刷り込まれていたが、母の浮気行動によるトラウマや期待の大きさから来る

強迫観念や僧侶の遊郭の遊び?(内容は忘れた)による堕落の実態等があり、その

イメージとのギャップにより悩んでいたのだったと思う。

幼い頃から自分の障害等からコンプレックスがあり、美の象徴としての金閣寺が

あったが実際には古くなっていたり、僧侶は女を連れていた。

母も貞淑な妻ではなく不貞を行っている。

性は汚ならしいと言う印象がついており、性交渉を試みるが上手く行かない。

常に母や金閣寺が自分を統率する権威の様に立ちはだかっていると思う。

自分はコンプレックスを乗り越えて精神的に自立したいと思うが、それが金閣寺の

イメージが邪魔をする。

金閣寺と母のイメージがダブるが、そこからの自立のために金閣寺を燃やしてしま

いたいと……。

想像の金閣寺は美しいがそれは虚無だからこそで、火を付けると決めてから見た

金閣寺は美しいと思う。

裏に向い外に向かって逢着すれば即ち殺せと言う臨済宗の言葉がある。

執着するものは解脱の邪魔になるので殺せと言う事の様だが、主人公は金閣寺の

幼い頃からの執着は即ち親の執着でもあり、権威への執着みたいな物もあると思う

が、本人が人間的に生きていくために捨てるべき物なのだと思う。

解脱なのかも知れないが、火を付けて煙草を吸って生きようと思う。

幼い頃から自分を支配する物からの解脱の意味かも知れない。

もしくは本当の意味の解脱の意味かも知れない。

金色の寺は果たして煩悩の塊かも知れない。











川端康成と三島由紀夫のノーベル賞を巡る問題について。

徳岡孝夫はドナルド・キーン(以下、キーン)との共著で次の様な事を述べて

いる。

ノーベル文学賞の順番が日本に回って来た時、川端康成と三島由紀夫の名が出た。

どちらに与えても不都合はない、という判断だった。

ところが、最終的な決定を下すスウェーデンに日本文学の専門家がいない。

英訳、独訳から推測する他ない。

幸い(あるいは不幸にも)1957年のペンクラブ大会に日本に来て2週間ほど滞在し

たスウェーデンの文学者がいた。

他にエキスパートがいないものだから、彼はノーベル賞委員会に対して重要な助言

をする役を与えられた。

ところが、その人物はキーンさんが訳した『宴のあと』を読んでいた。

『宴のあと』は都知事選挙に取材したもので、登場人物は革新党の候補である。

そんなところから『宴のあと』は政治小説で、書いたミシマ・ユキオはきっと左翼

だろうという事になった。

彼の助言をいれて、ノーベル賞は、より《穏健》で日本的な美を書いた作家、

川端康成に授賞する事になったというのだ。

(『悼友紀行 三島由紀夫の作品風土』)

三島は当時日本ペンクラブ会長だった川端康成に、ペンクラブが裁判(『宴の

あと』がプライバシー侵害として訴訟になった)を支援してくれる様に頼むが、

川端はあたかもそれと引き換えの様に、自らのノーベル賞受賞のための推薦文を

三島に書かせている(昭和36・5・27付三島宛書簡による)。

キーンが明かした、川端が受賞した内実は次の様なものだ。

彼(川端)は、確かにこの受賞に値した。

それでも今もって私は、どういう訳でスウェーデン・アカデミーが三島でなく

川端に賞を与えたのか不思議でしょうがない。

1970年5月、私はコペンハーゲンの友人の家に招待された。

同席した客の一人は、私が1957年の国際ペンクラブ大会の時に東京で会った

人物だった。

日本で数週間を過ごしたお蔭で、どうやら彼は日本文学の権威としての名声を得た

様だった。

ノーベル賞委員会は、選考の際に彼の意見を求めた。

その時のことを思い出して、居合わせた客たちに彼はこう言った。

「私が、川端に賞を取らせたのだ」と。

この人物は政治的に極めて保守的な見解の持ち主で、三島は比較的若いため過激派

に違いないと判断した。

そこで彼は三島の受賞に強く反対し、川端を強く推した結果、委員会を承服させた

というのだ。

私は、そのことを三島に話さずにはいられなかった。

三島は笑わなかった……(『私と20世紀のクロニクル』

川端は、三島の死に愕然とした。

川端は不当な判断が行われたと感じていたかもしれない。

満足のいく作品を何も書けないまま川端は、日本文学の国際的評価を高めるのに

役立つような企画に打ち込んだ。

彼は1972年秋に開催される外国人日本文学研究家会議の発起人だった。

最後に川端に会った時、彼はこの会議について熱っぽく語っていた。

しかし会議が始まる6ヵ月前、川端は自殺を遂げた。

大岡昇平によれば、ノーベル賞が三島と川端を殺したのだった……

(同じ『私と20世紀のクロニクル』)





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h_t_tomoto at 06:28コメント(0)トラックバック(0) 
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