2017年09月23日

  牛肉を「煮込まない」


この日はハヤシライスを作る事にした。

使ったのは三種類のルウ×2であった。


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この日の材料は『業務スーパー 枚方高田店』で買って来た極々普通の国産牛

約3.0㎏と玉葱とじゃが芋であった。


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この日も鍋2杯のハヤシを作った。

材料をいつもの大きな鍋の中にルウと一緒に入れた。

後は鍋が勝手に美味しく作ってくれるのであった。


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そんな感じのハヤシライス。


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スタッフの皆と一緒に食べるハヤシライス。

これがむちゃくちゃ美味しい。

ほんまにえげつないほどに美味しいのであった。

「ハヤシライス」(2人分)

牛肉(少し厚めの薄切り) 150g

A

塩・粗挽き黒胡椒 各適量

ニンニクみじん 少量

玉ねぎ 中1個(150g)

マッシュルーム(白) 4個

無塩バター30g

B

トマトピューレ(ケチャップ可) 大さじ山盛り3

醤油 小1弱

チキンブイヨン 大2

生クリーム 大1

パセリみじん 適量

塩 適量

<下ごしらえ>

玉ねぎの上下落として縦半分切り、横5mm厚さに切る。

縦も5mm厚に切る。

Bを合わしておく。

チキンブイヨンは固形スープをお湯で溶いて使って下さい。

❶牛肉にAをふって手でもみ込む。

❷フライパンにバターを溶かし玉ねぎを焦がさないようにサッと炒める。

炒め過ぎてネットリとさせないこと!

❸マッシュルームを加えてさらに炒める塩少々で調味し皿に取り出しておく。

❹そのままのフライパンで牛肉をソテーする。

牛肉は短時間でサッと表面だけ火を入れて焼きたての感じを残す。

❺③を戻し全体を混ぜる。

Bを加えて手早く混ぜ合わせる。

❻生クリームを加えてもう一度全体を混ぜる。

ごはんと共に皿に盛り付け、パセリを散らす。

☆玉ねぎはシャキシャキした食感が残る程度に軽く炒め、肉もササッと炒めます。

煮込まずにソースベースで和える程度にします。

新玉ねぎで作るのがベストです。

普通の玉ねぎなら切って2分ほどレンジにかけてから軽く炒めると丁度いい感じ

です。

フレッシュ感を感じさせる玉ねぎと柔らかな焼きたての牛肉を「煮込まない」

美味しさを楽しむ料理です。








昨日のお昼に用意されたお弁当は『季節料理 和彩』と言うお店の

『黒毛和牛ステーキ御膳』であった。


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黒毛和牛ステーキ御膳


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牛肉と八寸と煮物が一緒に食べれて結構美味しかった。

これならリピートしてもええと思った。








万代宇谷店で丸大ハムの焼き豚を買って来た。

この焼き豚を使って美味しい焼き飯を作った。

その焼き飯でおにぎりを作った。


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これが無茶苦茶最高に美味しいのであった。








そうこうしていても、あの眼力浜っこすわ子がここにやって来なかった。

『ケツの穴から手ぇー突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたるぞ~っ!!』

これが眼力浜っこすわ子の決めセリフなのであった。

眼力浜っこすわ子は驚く程の絶世の美人である。

これ程の美人はそう簡単に会う事は出来ない。

どれ程の美人でも眼力浜っこすわ子に勝る者はこの世には存在しない。

本当にびっくりする程に美人である。

こんな話をすると変態のえて雄が喜ぶ。

何故喜ぶのかが分からない。








『トップワールド香里園店』で美味しそうな牛のカルビを買って来た。


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牛のカルビを美味しく焼き上げた。


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それをあったか御飯のおかずにした。

そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

カルビ独特の脂身の甘味が存分に生み出した絶品であった。

美味しいお肉を喰っているって感じで満足するのであった。








『万代寝屋川宇谷店』でマグロの切り身を買って来た。

マグロの切り身を漬けにした。


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とりあえず炊き込み御飯を作った。


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炊き込み御飯の上にマグロの漬けをトッピングした。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

極々普通のマグロではあるが漬けにする事で味わいが深まる。

このマグロの漬けと炊き込みご飯が絡み合って真剣に美味しいのであった。








今週のおかず。





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ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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ベーコンエッグが無茶苦茶最高に美味しいのであった。








そんな感じの土曜日です。

この週末も皆様にとって素晴らしいものでありますよう心からお祈り致します。

それではまた来週お会いしましょう。

お相手はあなたの『T-SIRLOIN』でした。






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読み逃げは厳禁ですよ――!!










「すき焼き」の起源は江戸時代のようです。

江戸時代、獣の肉を食べることはあまりおおっぴらに出来ることではなかったの

です。

ましてや農耕などに役立つ牛の肉などもってのほかでした。

そこで農民たちは獣肉を食べる時はこっそり外で農具の鋤(すき)をよく洗って

きれいにして火にかけて、その上に猪や鹿、鴨など肉をのせて焼いたと言われて

います。

これがすき焼きの元祖なのです。

この時代は味噌とか醤油などで味付けをしていたそうです。

肉としては牛肉はこの時代、食べる事が禁止でした。

農耕などで大いに役に立っていました。

しかし、文明開化の後は外国人の影響もあり牛肉食が盛んになったのです。











農耕文化圏について。

農耕文化圏には4つあり、根栽農耕文化圏、サバナ農耕文化圏、地中海農耕文化圏、

新大陸農耕文化圏がある。

中尾佐助先生の『栽培植物と農耕の起源』(岩波新書)によれば、農耕文化はあえ

て農耕文化基本複合(作物の品種、栽培技術や加工技術で、中尾先生の言葉によれ

ば「種から胃までの問題」)と農耕文化二次複合(農耕儀礼や農地制度)に分けら

れ、農耕文化基本複合は石器時代から現在までに世界に4系統(根菜農耕文化、サ

バンナ農耕文化、地中海農耕文化、新大陸農耕文化)しかないが、農耕文化二次複

合のほうはもっといろいろ変化しているそうである。

以上より、農耕文化圏とは中尾先生の言われる農耕文化基本複合の事だと考える。

同著によれば、イネの原産地は複数あり、オリザ・グラベリマの原産地は西アフリ

カ、オリザ・サチバの原産地はアジア(インド東部、ただし他の説もあるそうだ)

で、どちらもサバンナ農耕文化に含まれている。











基本的に「農耕民族」である日本人は季節の変わり目と農業作業のかかわりを強く

意識していた。

そのため「暦」も田植えや稲刈りに合わせたものを使用してきたと思う。

墓参りなども単に『宗教的な』意味だけでなく「春分」をいかに根付かせるかの

工夫であっただろう。

(クリスマスが『冬至祭』であった様に)

春分・秋分に最も近い戊(つちのえ)の日を「社日」といい、農耕の神を祭る。

「社」の字は「示」と「土」から成り立ち、土をつかさどる神という意味がある。

春の社日は農作物の種まきの時期なので、五穀の豊穣を祈る。

秋の社日は収穫の時期なので、初穂(その年最初に実った作物)をお供えして神様

に感謝を捧げる。

「戊」は十干(じっかん)の「土の兄」。

土の「気」が強まるため土いじりによくないとされ、現在でも社日には農作業を

休むよう伝えられている。

本来、日本人は「多神教」というか、自然界全てのものを敬う気持ちがあり、

「田畑」「水」「風」などすべてを『神』として来た。











人類の祖先。

アフリカの類人猿が人類の祖先。

より正確には現存する他の霊長類(チンパンジーなど)とヒトの先祖が進化の過程

で分岐した当時、彼らの生息域はアフリカ大陸に限られていた、という事になる。

少なくとも現時点での研究で明らかになっている範囲では、それを裏付ける様な証

拠が出ており、これを否定する材料が無きに等しい、という理由である。

(勿論、過去にさまざまな科学や生物分野で常識が覆された事例はある。

百年、二百年後に、新しい事実が発見されない、という保証はないが)

研究の初期には単に化石人類(現在のヒトの祖先と想定される種の化石)や骨格を

調べていくと、アフリカ大陸で発見されたものがより古い時代/形であったという

点による「推測」だった。

この現世人類に進化する以前のものと想定される「今は絶滅している人類」の移動

の経路等も同様に化石や遺物などを調査して人類の移動の流れが研究されて行った。

その結果として「恐らくはアフリカ大陸を出発し、最終的に南アメリカ大陸等にま

でも生息域を拡げた」ようである事が判明した。

この「世界中へ広がる」のに約5万年も掛かっていたために各地で見つかる骨格等

の時代がズレていた。

アフリカ大陸以外の場所ではある時代まではヒト(の先祖)が居なかったとしか

考えられない訳である。

その後にDNAの研究が進歩した。

現代の人類について調べていくと大雑把に分類すると7系統に分かれることが判明

した。

更に詳しい調査を重ねた結果、遺伝情報を遡っていくと世界中のどのような人種も

最終的にはアフリカ系に戻って行く。

世界各地で一斉に(あるいは、少しだけ時期が違っても)人類が誕生したのだと

すれば、これは理屈に合わない結果となる。

現代でもアフリカに暮らす一部の民族はこのオリジナルの「ヒト」に近い情報を

今でも持っている。

DNAを追跡した結果、アフリカの初期人類の一部はそのまま大陸に残り、残りの

グループはユーラシア大陸へ渡り、そこから更に複数のルートに分岐して、インド

方面に向かった集団や北のヨーロッパなどへ向かった集団が居ることが確認された

訳である。

近年では人類は世界中のどこにでも移動出来るが人種の差が分かれた当時まで遡れ

ば一生かけても歩いて行ける範囲以外に移動する事は出来ない。

つまり、自身や数代前の先祖の国籍や居住地がどこであれ「人種が分かれた」頃に

住んでいた地域は人種別の身体的特徴から概ね推定出来る。





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2017年09月22日

  episode-101 「女の子を意識していた」


ミスタータイガースこと掛布雅之・二軍監督の退任発表は、これからCSに臨む阪神

の選手、そしてファンを大きく動揺させた。

2015年の就任から2年、掛布氏は着実に実績を積み上げていたからだ。

自主性に任せて“良いところを伸ばす”という掛布の指導方針。

個人的にはこの指導法が好きやな。

昨夕そんな事を考えていた。

すると江戸っ子どんと姫がここにやって来た。


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そして「お疲れ様です」と言って私の横に勝手に座りやがった。

私が「退任するみたいやな」と言った。

江戸っ子どんと姫「エーリヒ・クライバー(Erich Kleiber, 1890年8月5日 - 1956

年1月27日)はオーストリアのウィーン出身で20世紀前半を代表する指揮者の一人

です。

指揮者のカルロス・クライバーは息子です。

古典派から新ウィーン楽派までの作品で、引き締まった演奏を聴かせた

名指揮者でした。

プラハ大学で歴史と哲学を学びました。

学生時代から劇場通いを頻繁に行い、マーラーの指揮に影響され、自身も指揮者へ

の道を本格的に志すようになりました。

プラハ音楽院で指揮を学習した後、1911年に指揮者デビューしました。

以後、先達の歌劇場上がりの指揮者と同じようにダルムシュタットやマンハイムな

どの歌劇場で修行を積みました。

ダルムシュタット時代に接したニキシュのスタイルを真似つつ、次第に自己の指揮

スタイルを確立して行きました。

1923年にベルリン国立歌劇場の音楽監督に就任、モーツァルトやベートーヴェンな

どのオペラを指揮する一方で、ベルクの「ヴォツェック」やヤナーチェクの

「イェヌーファ」など新しい作品も積極的に取り上げました」と言った。

私が「へ~っ、クラシック音楽にも精通しているんや」と言った。

江戸っ子どんと姫が「この辺は、ドン引きタツジさんとは違いますから」と笑い

ながら言った。

私が「ところで、野球には興味はないんか」と言った。

江戸っ子どんと姫が「『不思議の国のアリス』の原作者ルイス・キャロルは少女

愛好家としても有名ですから、アリスに「ロリコンと言うか萌え要素」があるのは

偶然じゃないでしょう。

『白雪姫』は、実写の動きをトレースした『ロトスコープ』と言う技法にアニメら

しいキャラクター性をミックスしたものなので、誇張とリアリズムが混在している

所は、今の「萌え絵」に近いと言えるかもしれません。

イラストなどでも竹久夢二とか中原淳一などが描く美少女絵と言うのは昔から根強

い人気があったんですが、昔はそう云うものを好むのはどちらかと言えば女性ファ

ンが多かったので、当時のアニメの少女キャラの愛らしさも男の子より女の子を

意識していたのかも知れません。

ルイスキャロルの『不思議の国のアリス』とディズニー『ふしぎの国のアリス』

についてです。

ルイスキャロルこと数学者チャールズ・ラドウィッジ・ドジソンが書いた『不思議

の国のアリス』を基として作ったディズニーの『ふしぎの国のアリス』

この「ふしぎの国のアリス」についてです。

ディズニーの作った『ふしぎの国のアリス』はルイスキャロルの『不思議の国の

アリス』『鏡の国のアリス』の二つを混ぜて作った物です。

元々の『不思議の国のアリス』は道徳などを含まず、子供を楽しませるために

作った物としてされており、多くの言葉遊び含まれています。

ディズニーの『ふしぎの国のアリス』は子供が見ても分かりやすく楽しめる様に

なっているので、原作の様な多少高度な言葉遊びやジョークと言うよりも、ストー

リーで楽しむようになっていると思います。

また、ディズニーはアメリカ、原作はイギリス、制作された年代も違えば観客の

対象も異なるので、言葉遊びのみならず、様々な表現やキャラクター設定等も異な

る部分が多々あります。

因みに、ご存知かと思いますが、ルイス・キャロルは数学者でした。

知人の子供の姉妹(アリス含む)に作り話を聞かせていた物を、物語として書いたの

が「Alice in Wonderland」です。

数学者ならではのトリック、と言うか遊び、チェスの応用、等は中々子供向けとは

思えない内容ですし、やはり原作で読むと、あちらこちらに仕掛けがあって面白い、

また翻訳では表現出来ないものが多いと思います。

単なる小説であれば、翻訳でも大差ない場合もありますが、この作品に関しては、

是非原作を、とオススメしたいです」と言った。

私が「最近の売り上げはどう」と言った。

江戸っ子どんと姫が「例年通りの売り上げかと思っています。

余り無理はせずにマイペースで頑張っています。

この前ランチで香里南之町にある中華料理の『大三元 』に入ったのです。

店内はカウンター8人程と2人掛けテーブルが3卓です。

ここはボリュームがあって美味しいと評判の中華料理店です。

わたくしがお店の中に入った瞬間恐ろしい程の悪臭がしたんです。

お店の中を見るとあのハゲの越後のちりめん性行為がカウンター席に座りながら

真面目な顔をして生意気に肉野菜みそ炒めとご飯を食べているんです。

あのハゲの越後のちりめん性行為が真面目な顔をして食事を普通にしている事に

わたくしは驚きを隠し切れませんでした。

本当にびっくりしました。

あのハゲ頭を見ているだけで志村けんの『ダッフンだ』が出そうになります。

わたくしは心の中で“ざっ!けんなよ!!このハゲ~!!”と叫んでいました。

わたくしは気づかれない様に別の席に座ったんです。

すると“やーっ”と言って、ハゲ頭の越後のちりめん性行為がトレーを持って

2人掛けテーブル座っているわたくしの前に座るのです。

常識の欠片も感じられないハゲの越後のちりめん性行為の行動には呆れるばかり

です。

ローリング・ソバットでもかけてやろうかと思いました」と言った。

私が「ローリング・ソバットって。

なんじゃーそれは。

プロレスの技やんけ。

でも、何となく言いたい事は理解出来る」と言った。

江戸っ子どんと姫が「越後のちりめん性行為の余りのキショクの悪さに尿管結石

が尿道から出て来そうになります。

わたくしが越後のちりめん性行為にちょっと聞いてみたんです。

“ねえ、ねえ、越後のちりめん性行為さんはどうしていつも2013年制作のアメリカ

合衆国のホラー映画『死霊館』のウォーレン夫妻みたいな顔をしているん

ですか”って。

すると越後のちりめん性行為さんが“ウォーレン夫妻顔には天才肌が多いんだ。

ウォーレン夫妻顔は天性のものなんだ。

僕は変態のえて雄さんの様に寝屋川公園で『XVIDEOS』を見ながらマスったりは

しない。

僕の様な天才肌は最高のオナニーの道具(究極のアダルトグッズ)である

『TENGAバキュームコントローラー』を使って最強に興奮しながら大量に射精す

るんだよ。

僕の様なマザコン顔の天才肌が『TENGAバキュームコントローラー』を使い

こなすって凄いと思わないか。

『TENGAバキュームコントローラー』を使いこなすのは世間では僕だけだよ”と

意味不明な事をぬかすんです」と言った。

私が「マクロビー顔って。

何が言いたいのか理解出来ないな」と言った。

江戸っ子どんと姫が「越後のちりめん性行為さんはハゲ頭のアホみたいなピコ

太郎だと思いました。

アホみたいな顔をしたドン引きタツジさんは相変わらずクソ面白くありません。

それに会社の廊下でよく転んでいます。

わたくしはこのまま頑張って突っ走ります」と言って拳を突き上げた。


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相変わらずこのくだりがクソ面白くなくて笑いにもならない。

そう思った瞬間、沈黙となった。





江戸っ子どんと姫の服装と髪形がどう見ても豊田真由子に

似ている気がして仕方ない……。

『この、ハゲ~~!!』











『わいわい居酒屋 唐揚げ 備前屋』の唐揚げは中々美味しかった。

その後向かったお店は『やよい軒 香里園店』であった。


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最近の〆のお店は『やよい軒 香里園店』が鉄板になって来た。

まあー、安心の美味しい味わいだから心配いらないからであった。

ここは入り口で食券を購入するスタイルであった。

押したボタンは『しまほっけ定食』であった。

我々は中央辺りのテーブル席に座った。

直ぐに生ビールが運ばれて来たので乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!


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しまほっけ定食

しまほっけがしっかりとした肉厚でめっちゃ美味しいのであった。

ほんまに安心の味わいで美味しく頂けた。

今後も大いに利用したいと思った。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『やよい軒 香里園店』であった。











ほんでもって、ある日のおうち御飯。

この日は『551』で豚まんとかを買って来た。


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『551』の豚まんと海老焼売が無茶苦茶最高に美味しいのであった。





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h_t_tomoto at 06:35コメント(0) 

2017年09月21日

  普通に美味しい


『中国料理 再来』はそこそこ美味しかった。

まあー、機会があれば、また利用したいと思った。

その後『トップワールド 香里園店』の裏側を歩いた。

するとわりと新しい居酒屋と目が合った。

それで入る事にした。

入った居酒屋は『わいわい居酒屋 唐揚げ 備前屋』であった。


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この日は大雨であった。

その為店内に入るとお客さんは皆無であった。

我々は中央辺りのテーブル席に座った。

何を注文しようと考えていると女将さんが『ワンコインセットはどうでしょう』と

言って来た。

『それはどう言う内容ですか』と俺が聞いた。

『冷奴か唐揚げと生中のセットです』と女将さんが答えた。

それでそれを注文した。

直ぐに生ビールが運ばれて来たので乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!


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ワンコインセット

めっちゃ普通に美味しかった。

これなら普通にリピートしてもええかもと思った。

京阪香里園駅界隈で飲む時『わいわい居酒屋 唐揚げ 備前屋』も利用してもええか

もと思った。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『わいわい居酒屋 唐揚げ 備前屋』であった。











ほんでもって、ある日のおうち御飯。

この日はホーロー鍋で鍋を作った。


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ホーロー鍋で食べる鍋が最高に美味しいのであった。





←ここを押して下さい!!

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エルサレムの治安は「非常に良い」と言える。

ここは三つの宗教の聖地であり、それぞれを信仰する人達が同じ地域に

住んでいる。

なので、宗教的な理由での対立が発生すれば、それは即世界的な争いへのきっかけ

となるので、それを知っている現地の人達は、なるべく争いが起きないように工夫

して共存している。

また、イスラエル政府もそれは承知しているので、常に警察や軍隊で警備を行い

治安の安定に努めている。

なので、今までエルサレムでのテロや宗教的理由による住民同士の争いは殆ど発生

していない。

警備の厳しさがあるので、強盗やスリなどの犯罪も他の地域に比べて起きにくく

なっている。

エルサレムは複数の宗教の聖地。

歴史的な経緯から。

1.ユダヤ教

かつてエルサレムには、ソロモン王の建てた神殿があり、その中にはモーセの十戒

を納めた「契約の箱」と呼ばれる箱が置かれていた。

しかし、神殿はバビロニア軍によって破壊され、イスラエルの民(=ユダヤ人)は

捕囚として連れ去られた。

その後、解放されて帰還した民は神殿を再建し、世界中から巡礼者を集めたが、

やがてこの神殿もローマ軍によって破壊された。

そのような民族の苦難の歴史を象徴するのが、神殿のあった丘と、一部だけ残った

神殿の外壁である。

2.キリスト教

神の御子であり救い主である(と信じられている)イエス・キリストは、エルサレ

ムで十字架にかけられ、墓に葬られ、三日目に復活したとされている。

また、キリストの弟子たちがエルサレムにある家に集まって祈っていたところに

聖霊が降り、それによって教会の歴史が始まったとされている。

3.イスラム教

現在、イスラム教徒はメッカに向かって祈るが、元々預言者ムハンマドは、啓示を

受けた時、この教えはユダヤ教と同じであると考え、信徒たちもエルサレムに

向って礼拝していた。

また、ムハンマドはある夜、天使ガブリエルに連れられて天馬に乗り、エルサレム

まで旅した後、そこから昇天したと伝えられており、エルサレムにある

「金のドーム」とか「岩のドーム」として知られるモスクは、このムハンマドの

幻想的な旅の出発点とされている。

またそこにある岩は、ユダヤ人とアラブ人の共通の祖先であるアブラハムが、息子

イサクを神に捧げようとした場所であると言われている。











日本人の遺伝子のベースはモンゴロイドですがY染色体ハプログループの割合には

特徴がある。

1.D系統が約40%を占め、独自のD1bが殆ど。

アジアではチベットがD1であり、同系で分岐したと見られている

中国人や朝鮮人には全く見られず、縄文人(古モンゴロイド)の主力。

アイヌは90%がD1bである。

バイカル湖畔がその出自。

2.O系統O1bが、34%を占める。

殆どはO1b2系のO-47zであり、日本人全体の25~28%。

朝鮮人に多いのは、O1b2系のxO-47zであり33%.

朝鮮人に日本型であるO-47zは、僅か4%しかいない。

よって、日本人と朝鮮人は別種である。

日本独自のO-47zは、中国人に皆無である。

これが弥生人の主力と見られる。

3.O2系統が16%~19%を占める。

華北系の中国人の7割近くを占めるタイプであり、朝鮮にも35%程度。

中国朝鮮系の渡来人と見られる、弥生人の第2勢力。

4.C1a1日本独自で5%程度だが特定地方に多い。

徳島10%、青森7.7%、沖縄6.8~8%。

アイヌは、C2が13~25%。

C1a1は、謎の種で、日本で生まれた。

近いタイプは、石器時代のハンガリーやスペインに見られ、僅かに現代のヨー

ロッパとネパールで見られる。

インド・アラビア・インドネシアで見られるC1bと同じ祖先と見られている。

日本最古の種か縄文人の一部とみられている。

5.NO及びN系統。

特定地域で多く見られる北方アジア系。

正体不明とされるが東アジア系のNは、遼河文明の担い手と見られる。

青森で7.7%など東北に多く(6.7%)、縄文人の第2グループ。

NOは原型グループだが、徳島のN系の主力で7%前後。

つまり、中国朝鮮系の因子は、16~19%しか見られず、この主力は中国南部から

来た弥生人と見られている。

以前は半島経由と考えられていたが、現在では海から直接やって来たという説が

有力になりつつある。

当初は少数であったが、高効率の中国式水稲栽培によってコメの収穫量が多く、

爆発的に人口が増えたと言われている。

D1bは、かつてD2と呼ばれていたタイプで縄文人の主力となった古モンゴロイド。

最も古いタイプのモンゴロイドで、コーカソイド(白人)が分化している。

従って、白人の特徴も含めて持つ古代モンゴロイド彫りが深くて毛深い、アイヌの

主力である。

チベットと同系統で分化したと見られている。

日本人の高い精神性は、この因子によるところも大きいだろう。

文化的には日本とユダヤの共通点が多く、強い影響を受けているのはほぼ

確実だろう。

元駐日大使であったエリ・エリヤフ・コーヘンがその著書でも多々指摘している。

コーヘンは、諏訪大社と剣山に度々足を運んでおり強い関心を示している。

コーヘン氏族は、大神官アロンと預言者モーセの兄弟の末裔であり、特別な待遇と

教育を受ける氏族である。

聖書やユダヤの影響は中国文明にも深く刻まれている。

シルクロードの商人として、ペルシャ人、ソグド人、ユダヤ人が中国に数多く住ん

でいて西方分化の大ブームが何度も起こっている。

オリエントの文化的影響が強い都市が幾つもあった。

日本は中国文明としてそれらを丸呑みにしている

中華文明の特徴である春聯(しゅんれん)や赤い牌楼・牌坊は、聖書の出エジプト

に由来する事が中国の学校教育でも取り上げられ始めている。

それが元で、中国のナショナルカラーは赤である。

日本の朱の鳥居も比べて見たら一目瞭然。

春聯や赤い牌楼・牌坊にソックリである。

シュメールは謎が多いが、紀元前3,800年頃から突如起こった高度文明である。

前段階のウバイド文明とはまるで違う。

近世ドイツで発明されたはずのエレクトロン合金の武器を持ち、陶器製の電池を

持っていた。

2院制議会を持つ共和制の都市国家で、現在のイラク付近にあった。

30日で1月、12月で1年、角度は360度という概念はシュメールのもので

ある。

未解明の粘土板が大量にある状態。

(しかし、イラク戦争時に意図的に破壊されたと言われている。

ユダヤ人の右派とキリスト教右派に不都合であった為)

古代オリエント諸国は全てセム系語族でアラビア人であった。

しかし、シュメールは孤立言語であって共通性がない。

が、シュメールの言語と日本語・朝鮮語は文法が同じである。

ユダヤ人はずっと後の時代になってオリエントに現れたセム駅語族だが、単語や

文化にシュメールとの共通性が多い。

最も古い家柄と自称しているが、元はシュメールの支配下民族ではないかとも

言われている。

シュメールの主神、エンリルは様々な名前で呼ばれる。

シュメールではミトラ神やバール神。

中東全域でこの神の信仰は広がり、フェニキア、ペルシャ、エジプト、バビロニア

でもそれぞれの名前で信仰された。

ミトラ神(バール神)は太陽神アンの息子で、風神(武闘神)。

牛の角又は牛の頭を持つ神とされ、インドに波及していてインド人が牛を神聖視し

て食べない理由になっている。

ヘレニズムでは、太陽神アポロンと習合していてヘラクレスの元にもなっている。

この神の神紋は、天皇家の紋章と同じ16弁菊花紋である。

それから派生したのがユダヤの紋章「六芒星」

ミトラ神(バール神)の影響は大きく、現代に至るまで中東では16弁菊花紋が、

叡智と繁栄のシンボルとして多用される。

ヘブライ人は、ヤハウエ(エホバ)を信じるユダヤ教の原型信徒だった。

しかし、ミトラ神(バール神)を信奉することも多く度々軋轢を起こしている。

ヘブライは、ミトラ神(バール神)を信奉する「北イスラエル王国」とヤハウエ

(エホバ)を信じる「南ユダ王国」に分裂している。

どちらも異民族に破れ、奴隷として連れ去られたが、後にユダ(ユダヤ人)は

エルサレムに戻ってきたが、イスラエル人は戻ってこなかった。

ユダヤ教・キリスト教では、イスラエルの10氏族が、偶像崇拝をしていた為、

神の怒りを書い散らされたとする。

偶像崇拝=ミトラ神(バール神)信仰であり、今もユダヤ人は失われたイスラエル

の10氏族を探しており、帰還法を制定した。

ミトラ神(バール神)はインド・中国を経由して何度も日本に入ってきている。

阿修羅(アシュラ)/大日如来・牛頭天王・四天王(毘沙門天)・弥勒菩薩など、

何れも元は、ミトラ神(バール神)である。

律令時代から本地垂迹説が言われ、スサノオミコトは牛頭天王の輪廻転生の姿で

ある権現とされ習合している。

つまり、ミトラ神(バール神)⇒ 牛頭天王≒スサノオミコトである。

シュメールには、スサノオミコトの八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治にソックリな

神話がある。

バール神によるヒッタイトの7頭の悪竜退治の神話である。

どちらも、酒に酔わして退治しており、鉄を手に入れている。

その為、バール神・スサノオミコト共に製鉄神とされる。

他にも、天照大神の天の岩戸隠れ神話など日本神話に酷似した神話がヒッタイトの

神話にある。

日本書紀は各豪族の神話伝承を元に編集された文書であることを考えると、天皇家

又は豪族に西方文化に繋がる氏族がいたことを示しているだろう。






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h_t_tomoto at 06:30コメント(0) 

2017年09月20日

  醤油の味が効いた感じ


『焼肉 むらや』は本当に美味しかった。

その後京阪香里園駅前まで移動した。

そして向かったお店は『中国料理 再来』であった。


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ここはいつも買い物に行く『トップワールド 香里園店』の近くにある。

店内に入るとなあー、なあー、お客さんが入っていた。

我々は奥のテーブル席に座った。

早速注文をした。

店内に入ると二組のお客さんが入っていた。

我々は手前のテーブル席に座った。

早速注文をした。

注文は、八宝菜と餃子であった。

直ぐに瓶ビールが運ばれて来たので乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!


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八宝菜と餃子

典型的な中華料理って感じで結構美味しかった。

そんなに油っこくなくて美味しく食べ易かった。

味わい的には『中華料理大幸』の味に醤油の味が効いた感じであった。

その為に食べていて御飯が欲しくなる感じであった。

お店の中もめっちゃ綺麗でこれなら今後も大いに利用したいと思った。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『中華料理再来』であった。











ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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トマト丸ごとのスープが無茶苦茶最高に美味しいのであった。





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ササン朝は宗教には寛大な国家なので大規模弾圧は起こっていないが、アケメネス

朝と違いゾロアスター教は王家の宗教ではなく国教としたので「強い形の推奨」は

あった様だ。

しかしササン朝中期からはゾロアスタ―教の中の新宗教ともいえるマニ教(3世紀

中盤開祖マニ)が勢力を伸ばして来た。

このマニ教というのはゾロアスター教を基底にした一種のごちゃまぜ宗教で、ゾロ

アスターの2元論を取り入れ、ユダヤ教・キリスト教・グノーシス主義(人間至上

主義)更にはミトラ教までの流れを汲んでいて、教義は仏教の様な経典を読み解く

形の宗教と言う。

なのでこのマニ教が勢力を伸ばして来たという事は、他宗教の原理主義者以外は迫

害する理由が無い訳である。

勿論各宗教至上主義の原理主義者は王に反抗する訳だから弾圧は免れないが、この

時以降(4世紀)からローマ帝国はキリスト教容認となって行くので、国境を接す

るササン朝はローマとのシリアの領土争いもあり政治的にもある程度の寛容さも

あったのだろう。

元々ゾロアスター教はかなり寛容な宗教である。

そこでササン朝は全盛期に突然新興宗教のイスラム原理主義に敗北してしまったと

いう事であろう。

尚イエスの位置づけはキリスト教徒内でも確立していない時期である。

ゾロアスター教は善神アフラ=マズダと悪神アンラ・マンユの両勢力が対峙し、

世界を舞台に戦いを繰り広げているという善悪二元論の教義を持つ宗教。

人はどのように生きるかによってどちらかの陣営に属する事になる。

人は、「三徳(善思、善語、善行)」を実践したか否かによって、死後に行われる

裁きで天国か地獄に行く事になる。

世界の終末時には善の勢力が勝利し、最後の審判の時に生者も死者も裁きを受ける

事になる。

その時に善の側に立っていた人々は、最後の救世主によってすべての悪が滅した理

想世界での永遠の命を与えられる。











アッシリアはとても歴史のある国だった。

アッシュル(アッシュール)は都市国家時代からのアッシリアの発祥の地でも

あった。

アッシュル市そのものはアッカドがメソポタミアを統一した頃から栄えていた。

因みに、アッシュルは都市名でもあり、都市の神の名前でもあった。

また、アッシリアはアッシュルを含むメソポタミア北部を指す地域名でもあった。

アッシリアはしばらくはアッシュル市のみの地方都市国家というレベルだった。

一時期はミタンニに服属していたが、ミタンニから自立すると、徐々に強大化して

行った。

アッシリアが軍事帝国化していくと、新しい首都がいくつか作られた。

一方、アッシュル市は宗教都市として栄えて行った様だ。

ニネヴェはセンナケリブ王が前8世紀末に首都として整備し、その後アッシリアが

滅亡するまで首都として機能した。

だから、ニネヴェはアッシリアがオリエントを征服した最盛期の首都と考えれば

よいと思う。

アッシリアは反乱を防ぐために被征服民を強制移住させたが、強圧的で過酷な支配

ゆえに結局は各地で反乱が起きてしまった。

強圧的な支配というものに利点が見出せない。

強制移住(大量捕囚)政策は、アッシリアのものが有名だが、実は、古代オリエン

トではアッシリア以前からよく行われていた政策だった。

アッシリアの行った強制移住は、それまで以前のものに比べて組織的・恒常的で

あったという事が大きな特徴といえるそうである。

強制移住の目的は、

1.占領地のエリートを根こそぎにすることで反乱の芽をつむこと

2.帝国の政策を実行に移すために必要な軍人・職人・労働者を帝国内の必要な場

所に供給すること

だそうである。

アッシリアの支配は恐怖による支配といえば分かりやすいかもしれない。

アッシリアの征服活動は残忍といえるもので、敵対した都市は徹底的に破壊し、

敵将を串刺しなどの残虐な方法で処刑したりしたそうである。

これは、少数の力で軍事的・経済的に支配する一つの方法だった様だ。

国家でも、個人レベルでも恐怖で人を押さえつける事はある程度可能であろう。

もっともその恐怖で押さえつける限界というものもあるはず。

個人レベルなら暴力と恐怖で押さえつけられ続ければ、最後に自殺してしまうなど

という悲しい結末もあるだろう。

もっと大きな人間の集まりならどうだろうか。

死んでも構わないというところまで追い込まれれば、後は命がけの反乱というとこ

ろに行きつくのかもしれない。

アッシリアの末期に関しては史料が少なく、よく分からない事も多い。

実際には、強制移住などに不満を持った民族が反乱を起こして、アッシリアが滅亡

したというほど単純ではない様だ。

アッシリアに対する反乱は、滅亡する時期だけでなく、帝国が拡大する時期にも頻

繁に起きていた。

つまり、ひとつは反乱を鎮圧する軍事力が優れていたかという事があるだろう。

アッシリアを滅ぼしたのは、メディアと新バビロニアの連合軍だった。

このうち、メディアに関しては、アッシリアの支配下にあった勢力ではない。

アッシリアからすれば、ただの外敵だった。

バビロニアは、アッシリアの心臓部の一つだった。

アッシリア王は、バビロニア王も兼任したり、重要な王族をバビロニア王にすえた

りと、バビロニア支配にかなり気を使っていた。

新バビロニアを作ったカルデア人に関しても、強制移住で移住させられた人々では

なく、元々バビロニア南部に居住していた人々だった様である。





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h_t_tomoto at 06:30コメント(0) 

2017年09月19日

  結構嵌まっている


『田中流焼肉専門店』は本当に美味しかった。

その後向かったお店は『焼肉 むらや』であった。


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ここも事前に予約を入れておいた。

店内に入ると結構お客さんが入っていた。

我々は中央辺りのテーブル席に座った。

早速注文をした。

注文は、上タン(塩)、上ロース、ハラミ、テッチャンであった。

先ずは『ウコンの力』で乾杯した。


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乾杯ー!!


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引き続き生ビールで乾杯をした。

乾杯ー!!


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上タン(塩)と上ロースとハラミとテッチャン

兎に角塩タンが美味しい。

最近テッチャンも気に入っている。

今まではテッチャンはそんなに食べなかった。

しかし『むらや』でテッチャンを食べる様になってから結構嵌まっている。

それ位に『むらや』のテッチャンは美味しい。

それに『むらや』の接客はほんまに素晴らしいのであった。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『焼肉 むらや』であった。

『むらや』の店主の村山さん。

あんまし、店内を、ウロチョロするん……。

止めた方がええで~~!!

宜しくね。(^^♪











ほんでもって、ある日のおうち御飯。

この日はホーロー鍋を使った寄せ鍋をした。


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この時期の鍋もそれなりに結構美味しいのであった。





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フランス人のシャンポリオン(1790~1832)だが、ギリシア語をはじめとする広い語

学知識から、ロゼッタ=ストーンの神聖文字の中の楕円に囲まれた文字が王の名で

あり、ギリシア文字のクレオパトラとプトレマイオスという語に対応するのでは

ないかと考えた。

更に、神聖文字は表意文字としてだけではなく、表音文字としても機能すると

推定して、ロゼッタ=ストーンの解読に成功している。











ピラミッドの目的は王墓説から異星人との通信説まで多岐に渡って類推されている

が決定的な説はない。

吉村先生の「太陽神との交流装置」説等も支持する人が多くいる。

流石に長年研究をされた人だけあって、見るべきものは多いと思う。

ファラオと太陽神ラーとの同一視や密接な関係などを考慮した説であり、何故巨大

にしなければいけなかったかという疑問にも「それだけ太陽に近づけたかったから

だ」という納得出来る答えが用意されている。

率直に言って無難すぎるとは思うが、学者らしい堅実な答えであると思う。

民衆全体の普遍的宗教観であった太陽神信仰と無縁である訳はないと思っていて

「国民全ての宗教的情熱により建造されたモニュメント」だったのではないかと

思う。

ピラミッドを作った人々には給料が支払われ宿舎もあり、グループごとに分けた

出勤簿が出土し落書きからは王を讃える内容が多く見られるなど、民衆もこの事業

に積極的に参加した事が想像出来る。

ナイル川氾濫期の農民の失業対策であったという説も考えると実利的な面もあった

かもしれないが、王も民衆も「太陽神への帰依」をする為と考え働いた結果に出来

たものなのではなかったかと思う。

石を積む時に崩れにくい形という事で四角錐になり、太陽に近づけるためにあれほ

ど巨大になったと推測する。

勿論、素人考えだし資料的な裏付けも乏しいとは思うが古代に長期に渡り多くの

労働者が喜んで参加して巨大な建造物を作れた要因は「宗教的情熱」で説明するの

が最も自然な気がするので、こういった推測になった。

因みにピラミッドに限らず、巨石などで作られた古代建造物は全て人力で作成可能

である様だ。

勿論、莫大な人員と工期が掛かるが当時の人々には機械などの文明の利器を使う

発想はないし、人力は当然の事と受け止められていたので現代人が想像するほど

困難を感じなかったのかもしれない。

逆に文明にひたりすぎた現代人が思い付けない方法・手段を古代人は知っていたと

考える事も出来る。

テコやコロやクレイドル、ソリなどが巨石文明がある地域では必ず出土するなど、

彼らは彼らなりに“文明の力”を使っていたという事なのだろう。

機械・器具などを抜きにした“人間力”だけで考えれば古代人の方が優れていたと

いう事になると思う。





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h_t_tomoto at 06:28コメント(0) 

2017年09月18日

  超人気の焼肉店


9月16日の土曜日『ラポールひらかた4階大研修室』でちょっとした会議があった。

会議は4時から始まった。

私は30分程出席して直ぐに退出した。

その後いつもの様に飲み歩きをした。

この日のお供はカズ・チンペイであった。

先ずは京阪萱島駅前まで移動した。

そして向かったお店は『田中流焼肉専門店』であった。


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この日の的屋のたっちゃんの本名で予約を入れておいた。

気が付けば全てのお店に予約を入れる時は的屋のたっちゃんの本名でしている。

なんでか知らんが。

店内に入るとお客さんは数名だけであったが席は予約で満席状態であった。

ほんまにここは寝屋川市では超人気の焼肉店なのであった。

我々は2階の左手のテーブル席に案内された。

早速注文をした。


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注文は、上ロース、ハラミ、焼きタン、焼きハートであった。

先ずは『トップグロンEX』で乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!

引き続き生ビールで乾杯をした。


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乾杯ー!!


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上ロースとハラミと焼きタンと焼きハート

ゆっくりと焼きながら少し辛みのある濃厚なタレで焼肉を食べると滅茶苦茶御飯が

欲しくなる。

しかし飲み歩きで御飯はご法度者やで。

御飯食べたら飲み歩きはでけへん様になるもんな。

『田中流焼肉専門店』の焼肉は本当に美味しい。

美味しいから何度も訪問するのであった。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『田中流焼肉専門店』であった。




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この日は『スシロー枚方茄子作店』へ行って来た。


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『スシロー』は土・日は無茶苦茶混んでいる。

しかし平日の早い時間帯ならめっちゃ空いている。

時々無性に『スシロー』のお寿司が食べたくなるのであった。

誰しもがそう言うお気に入りのお店ってあると思う。



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ティグリス川の南側を流れる大河でアナトリア東部の山岳地帯を源流として大きく

蛇行しながらシリアを経てイラクに入り、メソポタミアの平原部を通ってペルシア

湾に注ぐ、全長2800mの西アジア最長の河川である。

現在では途中でティグリス川と合流するが、古代には河口は別でした。

ユーフラテス下流ではメソポタミア最古のシュメール人都市文明が形成された。

ギリシア人が「エウフラテス」と呼んだので一般にユーフラテス川というが、現地

ではフラート川(アルフラート)といっている。

ユーフラテス川は別名「銅の河」という意味のウルドゥ河と言われる。

それは都市文明を支えた青銅器の原料の銅がペルシア湾からこの河の水運で運ばれ

たからである。

ティグリス川とユーフラテス川にはさまれた地域がギリシア時代から「川の間の地

域」を意味するメソポタミアと言われる様になった。











【文明の誕生に至る経過】

(旧石器時代、獲得経済、生産経済、新石器時代、灌漑農業、都市、金属器、文字)

人類は、出現以来、打製石器を用いて狩猟・漁労・採集といった「獲得経済」に

よる生活を営んだ。

この時期を「旧石器時代」という。

しかし、地球が温暖化すると人類の生活様式は大きく変化し、9000年前の西アジア

を中心とする地域で農耕・牧畜といった「生産経済」への移行が始まった。

また同じ頃、磨製石器や土器が用いられるようになり、人類は「新石器時代」を

迎えた。

初期の農業は初め雨水に頼り、肥料も施さない方法で行われていたため、生産が

不安定であったが、必要な水を人工的に供給する「灌漑農業」が導入されると、

農業生産力が向上・安定した。

農業生産力の向上・安定に伴い、人口は増大し、生産物の余剰が見られるように

なった。

各地域の間でそうした生産物の余剰を交換する貿易が行われるようになり、貿易の

中心地は「都市」として発展した。

次いで、都市を中心に周辺地域も併せて支配する都市国家が成立した。

この頃には青銅器や鉄器などが用いられるようになり(「金属器」時代)、

「文字」も発明された。






【メソポタミア文明の特徴とメソポタミアの歴史】

(ティグリス川、ユーフラテス川、シュメール人、アッカド人、アムル人、

楔形文字)

“川の間の地域”という意味のギリシア語に由来するメソポタミアは、「ティグリ

ス川」「ユーフラテス川」流域をさし、民族系統不明の「シュメール人」が

前3000年頃からウル・ウルクなど多数の都市国家を形成した。

これらの都市国家では神権政治が行われ、「楔形文字」が作られるなどシュメール

人独自の文化も花開いた。

しかし、国家間の戦争が絶えなかったためシュメール人の勢力は衰えていった。

シュメール人の勢力が衰えると、セム系の「アッカド人」の王であるサルゴン1世

がシュメール人の都市国家を征服してメソポタミアを一時統一した。

アッカド人の国家が滅びた後、「アムル人」が活躍し、アムル人はバビロン第1王

朝を建設した。






【エジプト文明の特徴と古代エジプトの歴史】

(ヘロドトス、ファラオ、ナイル川、ピラミッド、古王国、中王国、新王国、

死者の書、神聖文字、太陽歴)

前5世紀のギリシアの歴史家「ヘロドトス」が「エジプトは『ナイル川』の賜物」

と述べたように、エジプトはナイル川の増水により農耕で栄えたため神官たちは

天体を観察しながら、ナイル増水の時を調べた。

こうしてできた暦が「太陽暦」である。

また文字は独特の絵文字を発達させ、鳥、獅子、秤といった絵の形を字にした

「神聖文字」が用いられた。

精神世界について、エジプト人は死後の世界に対して独特の関心を持っており、

彼らの死後の世界を描いたものとして「死者の書」を残した。

古代エジプトの歴史は、大きく「古王国」(前2700~前2200年頃)、

「中王国」(前2100~前1700年頃)、「新王国」

(前1600~前1100年頃)の3つに分けられ、古王国時代には

「ピラミッド」が造られた。






【古代オリエントの統一について】

アッシリアとアケメネス朝ペルシアの支配の方法の違い。

(アッシリア、エジプト、リディア、新バビロニア、メディア、バビロン捕囚、

アケメネス朝、ダレイオス1世)

「アッシリア」は前671年に「エジプト」を征服し、全オリエントを統一した。

しかしアッシリアは支配地に重税を課しと圧政を布いたため、諸民族が反乱し、

前612年には都ニネヴェが陥落してアッシリアは滅亡した。

アッシリアの滅亡後、オリエントは4つの王国に分裂し、オリエントでは、

「エジプト」、小アジアの「リディア」、メソポタミアでは「新バビロニア」、

イラン高原の「メディア」の4王国が分立した。

内、新バビロニアは、ユダ王国を滅ぼし、ユダ王国のヘブライ人はバビロンに

強制的に連行された。

これを「バビロン捕囚」という。

オリエントを再統一したのは、「アケメネス朝」ペルシアである。

これは、前6世紀に、イラン高原で、ペルシア人が台頭して建国した国である。

第3代のダレイオス1世 Dareios I のときに、領土が拡大し、西はエーゲ海北岸か

ら、東はインダス川までの、大帝国になった。

アケメネス朝ペルシアは、「アッシリアと異なり」、服属した被征服民や異民族に

対しては、かれらの宗教には干渉せず、かれらの信仰や慣習を尊重するなど、

「柔軟な措置」をとった。





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2017年09月16日

  量が物凄く多い


この日はカレーライスを作る事にした。

使ったルウは三種類×2セットであった。


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この日の材料は『業務スーパー枚方高田店』で買って来た極々普通の国産牛

約3.0㎏と玉葱とじゃが芋であった。


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これらをいつもの大きな鍋の中にルウと一緒に入れた。

後は鍋が勝手に美味しく作ってくれるのであった。


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そんな感じのカレーライス。


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スタッフの皆と一緒に食べるカレーライス。

これがむちゃくちゃ美味しい。

ほんまにえげつない程に美味しいのであった。

牛肉と野菜の量が物凄く多い。

それにより想像を超越する味わいが表現される。

これ程に美味しいカレーは中々簡単には出会えないだろう。

カレー開始は2013年6月28日。








昨日のお昼に用意されたお弁当は『船場和月』と言うお店の『懐石膳 吉野』で

あった。


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懐石膳 吉野


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典型的な懐石弁当って感じで優しい味わいの中にしっかりと出汁が効いていた。

これならリピートしてもええなーと思った。








『万代宇谷店』で買って来た焼き豚を使った焼き飯のおにぎりを作った。

それをおにぎりにした。


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これがほんまに滅茶苦茶美味しいのであった。








そうこうしていても、あの眼力浜っこすわ子がここにやって来なかった。

『ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたるぞ~っ!!』

これが眼力浜っこすわ子の決めセリフなのであった。

眼力浜っこすわ子こそが絶世の美人である。

本当に美しい。

びっくりする程に美しい。

美しさに余りにその顔は輝きを放っている。

これ程に美しい女性はそう簡単に出会う事が出来ないだろう。

眼力浜っこすわ子はどんなに綺麗な女優でも敵う事が出来ない程の美人である。

こんな話をすると変態のえて雄が喜ぶ。

何故変態のえて雄が喜ぶのかが理解出来ない。








『トップワールド香里園店』で鰻専門店の『魚伊』の鰻の蒲焼きを買って来た。


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あっつあつの御飯の上に『魚伊』の鰻の蒲焼きを乗せた。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

真空パック入った『魚伊』の鰻の蒲焼きの袋を開けた瞬間から奥深い香りが

立ち込める。

物凄く柔らかい食感と芳醇な味わいが一気に襲って来る感じで滅茶苦茶美味しい。

『魚伊』の鰻の蒲焼きは最高に美味しいのであった。








『万代香里西店』で美味しそうな牛のハラミを買って来た。


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牛のハラミを美味しく焼き上げた。

それをあったか御飯のおかずにした。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

ハラミは独特の味わいと柔らかい食感を持っている。

それがハラミを美味しく楽しむコツみたいなものだ。

ハラミは弱火でじゅっくりと焼く事で甘味が増して行く。

ハラミの柔らかい食感が最高に美味しいのであった。








『万代寝屋川宇谷店』でマグロの切り身を買って来た。

マグロを漬けにした。


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とりあえず炊き込み御飯を作った。


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炊き込み御飯の上にマグロの漬けをトッピングした。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

漬けに入れるのは醤油、うどん出汁、ごま油、生姜である。

これらの旨味成分がマグロにしゅんで漬け独特の味わいが生まれる。

このマグロの漬けと炊き込みご飯が絡み合って最高に美味しいのであった。








今週のおかず。





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そんな感じの土曜日です。

この週末も皆様にとって素晴らしいものでありますよう心からお祈り致します。

それではまた来週お会いしましょう。

お相手はあなたの『T-SIRLOIN』でした。






←ここを押して下さい!!

よろしくお願い申し上げます!!

読み逃げは厳禁ですよ――!!







 











ヘブライ人は元々神化身や天使を信じていた。

創世記の最古の資料であるヤハウェスト〔J〕(最古といっても王国成立期以降)

にも主なる神の化身や御使いが出て来るが(例.18章の三人の客。

内一人は化身で残りの二人は御使いという事になっている)、これはヘブライ人

本来の考え方なのか。

それとも他国の宗教の影響なのか。

よく、旧約聖書の信仰は神と人間との質的断絶にその特徴があり、神が人に化した

り、天使のような中間的な存在はいないみたいな事を言う人もいるが、J資料以前

の時代(BC9以前?)のヘブライ人の信仰特性を知る事は出来る。

聖書の神ヤハウェも初めはどこかの部族神。

「主はシナイから来られ、セイルから...パランの山から」(申332)

「神はテマンから来られ、聖なるかたはパランの山から」(ハバクク37)

下記のように主張する学者もいる。

1、族長時代の神はヤハウェではない、多数の神々の中から一神を選んで礼拝する

宗教を“一神礼拝” という。

守護神礼拝は、多分に一神礼拝的性格を持っている。

族長たちが、モーセ時代以降の激しい異教排撃と無関係なことは、彼らが一神教徒

ではなく、一神礼拝者であったことを示していると思われる。]

石田友雄『ユダヤ教史』世界宗教史叢書4 (山川出版社、1980), 23-24.」という

こと。

2、近年の考古学的調査によって、当時のイスラエルの実情を窺い知ることができ

る貴重な碑文資料が複数発見されている。

ヒルベト・エル・コムやクンティレット・アジュルドでは、「ヤハウェとそのアシ

ェラ」という記述がみられ、また紀元前5世紀のアラム語の契約書からは、ヤハウ

ェとアナト女神を祀っていたことがわかる。

(ピトス碑文)

これらの碑文資料は、当時のイスラエルが、実際には多神教世界であったという

ことを物語っている。

「古代イスラエル唯一神教の成立とその逆説的特質」

3、宗教社会学者のロバート・ベラー

人間の進化における宗教、パート7:モーセと一神教

古代のイスラエルは一神教ではなかった。

イスラエルの元来の神はエル(EL)だった――これはイスラエルという名前からも

明らかである(「イスラエル(Isra-el)」とは「エルが支配する」の意味――

訳者註)。

もしこの民族名が「ヤハウェが支配する(Yahweh rules)」を意味していたならば、

それは「イスラ・ヤフ(Isra-yahu)」となっていたはずだったからだ。

しかも、エルは唯一の神ですらなく、多くの神々や精霊や先祖を表わす総称的な

名前であったとも考えられるのである。

エル神は彼の妻である女神アシェラを介してヤハウェを生んだ。

われわれが再構築することができる限り、エル神についてのあらゆる神話は、

エル神を別の多くの部族神と争う一柱の(あるいは幾柱かの)部族神として描いて

いる。

元来、このことはヤハウェイにも当てはまることだった。

ーーーー

4、古代イスラエルにおける一神教と神の再定義

1)マーク・・スミス

今日、ほとんどとは言えないまでも多くの研究者が、一神教の由来を聖書の初期の

時代に求めるのは行き過ぎであると考えている。

一神教ならば、ヤハウェの「前」(ヤハウェの「ほか」という翻訳もある)に

「他の神々」が存在することを認めようとはしないはずだからだ。

一神教的思想は紀元前7世紀から6世紀に生まれたとする説である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

イスラエル宗教連合 (続) : ヤハウエ礼拝の発展

裕福な多神教徒が礼拝に利用していた約2000年前の祭壇がイスラエルの墓地で

発見された。

ナショナルジオグラフィック ニュース 2010/5/31











ヤハウェ神の母は「聖母マリア」とは違う。

「キリスト教的には」ちょっと違う。

ヤハウェが三位一体の神。

だけど、マリヤが生んだのは「子なる神」としてのイエス・キリスト。

---

結局のところ、「神の母」という称号について、モプスエスティアのテオドロスが

心配したのは誤解だった。

神は本質的に「生まれなき者」であり、「生まれある者」というのは人の本質。

ゆえに「神の母」という称号は「生まれなき者」と「生まれある者」という二つの

本質を一緒くたにしてしまっているのだと。

そうではなく、「生まれなき者」と「生まれある者」は厳密に区別されねばなら

ない。

「生まれある者」として生まれるのは、イエスの人性によるものでなければなら

ない。

それゆえマリヤには「キリストの母」という本質論的に矛盾しない称号が相応しい

のだと。

コンスタンティノポリスの主教ネストリウスは、こうしてイエスの人性を守ろうと

したテオドロスの意見を採り入れ、「神の母」という称号を止めるよう各地に呼び

かけた。

ところが、これに猛反対したのがアレクサンドリアの主教キュリロスだった。

なるほど、2つの本質を区別するまでは良い。

だが、そのままではイエスが二つの実体を持つことになってしまい、「子なる神」

が分裂してしまう。

(当時、一つの実体には一つの本質というのが常識だった)

そこで、キュリロスは「受肉」を重んじた。

受肉によって「生まれなき者」は「生まれある者」になった。

だが「生まれなき者」の本質が消えたわけではない。

二つの本質は混ざることなく、変化することなく、分離することなく、結合して

一体となる。

互いの本質を残したまま結合した一つの本質が、一つの実体、一つの「子なる神」

に対応するのだと。

ゆえに、「神の母」という称号は「受肉によって『生まれなき者』が『生まれ

ある者』になった」ことを示す、矛盾しない称号であるのだとキュリロスは

主張した。

---

432 年、キュリロスはエフェソス公会議を開催した。

ところが、関係者全員が集まる前にキュリロスは会議を始め、ネストリウスの

罷免を決議してしまった。

その4日後にアンティオキアの主教ヨハネが到着。

事情を知ったヨハネは激怒し、自分たちの総会議を開いてキュリロスの破門を

宣言。

キュリロスもまたヨハネを破門し、膠着状態に陥った。

433年、事態を打開すべく、キュリロスとヨハネが密かに会談を行った。

こうして、エフェソス公会議の決議文として知られる「キリストは、神性において

父と同一実体、人性において我々と同一実体、二つの本質は一体」が宣言された。

だが、「二つの本質は一体」ということだけを過度に強調したコンスタンティノポ

リスのエウテュケスによって、新たな騒動が持ち込まれた。

彼は「キリストの人性は神性に溶け込んで一体となった」と言い、彼の主張は単性

論と呼ばれた。

この混乱を収拾すべくビザンツ皇帝レオ1世は451年、カルケドン公会議を開催し、

エウテュケスの単性論を否定した。

そして「キリストは、混乱・変化・分裂・分離なしに、二つの本質を持ち、二つの

本質の属性は損なわれず、一つの実体、一つの子なる神となる」と宣言した。

これを両性論と呼ぶ。

ところが、これに驚いたのはキュリロス派とヨハネ派の面々だった。

せっかくエフェソス公会議であれほどの犠牲を払い、「二つの本質に一つの実体」

という矛盾を、「受肉によって結合した一つの本質」として解決したのに、カルケ

ドン公会議は時間をエフェソス公会議以前に巻き戻してしまった。

どうなっているのだと。

こうして、シリアとエジプトでは大混乱に陥った。

カルケドン公会議を受け入れた人々は皇帝派(マルキ派)などと呼ばれ、一方、

カルケドン公会議に反対する人々は一緒くたに単性論派と呼ばれた。

実際には、彼らでさえ単性論には反対だったにもかかわらずね。

ビザンツ帝国は皇帝の面子にかけてカルケドン公会議の決議を広めようとし、ある

いは妥協案を提示した。

だが、それらの試みがすべて失敗に終わり、ゼノン帝の治世に入ると、帝国は

非カルケドン派を弾圧し始めた。

非カルケドン派の面々は、今日ではシリア正教会、コプト正教会、そしてエチオピ

ア正教会、アルメニア正教会と呼ばれる。

彼らもまた、キュリロスの流れにあるので、聖母崇敬を持つ。











ヤハウェが「三位一体の神」は聖書の誤解か。

ヤハウェがキリストの「父なる神」ではなく「三位一体の神」だと主張する人が

いる。

旧約聖書でイスラエルの神といわれている「ヤハウェ」は新約聖書では「キリスト

の父なる神」と言われていると理解しているが。

「レムナント」で知られる聖書神学者ならぬ聖書解説者の久保有政氏は御自身の

サイトで次のように述べている。

(久保氏が言うから正しいとは限りませんが参考まで)

先の千年王国ではキリストが地上において人々と共におられました。

しかしその後の新天新地では、キリストだけでなく、キリストの父なる神ヤハウェ

ご自身も、人と共に、人のただ中に住んで下さいます。

「見よ。神の幕屋が人と共にある。神は彼らと共に住み、彼らはその民となる。

また、神ご自身が彼らと共におられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取って

下さる。

もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない」(黙示二一・三~四)と記されて

います。

神ヤハウェご自身が、人々のただ中に住んで下さるのです。

「私はこの都(新エルサレム)の中に神殿を見なかった。

それは万物の支配者である神であられる主と、小羊(キリスト)とが都の神殿だか

らである」(黙示二一・二二)とも預言されています。

神ヤハウェと、御子キリストご自身が、人々のただ中におられて共に住んで

下さるのです。

「キリストの父なる神ヤハウェ」という表現で分かる通り、久保氏の聖書理解では

「ヤハウェ=三位一体の神」ではなく、「ヤハウェ=父なる神」であり、

「キリスト=子なる神」との関係は一体ではあるが区別されると言われています。

「ヤハウェ=三位一体の神」という理解では、「父、子、聖霊」における「一体」

と「区別」が認められても「父=ヤハウェ」ではないので、久保氏の理解とは

異なることになります。

三位一体とは、「父なる神=ヤハウェ」、「子なる神=ヤハウェ」、「聖霊なる神

=ヤハウェ」です。

しかし「父なる神≠子なる神≠聖霊なる神」というように区別可能な存在でも

あります。

しかし本質は一つです。

★ ゼカリヤ 13:7

【剣よ、起きよ、わたしの羊飼いに立ち向かえ/わたしの同僚であった男に立ち向

かえと/万軍の主は言われる。羊飼いを撃て、羊の群れは散らされるがよい。

わたしは、また手を返して小さいものを撃つ。】

万軍の主=父なる神

羊飼い=イエス・キリスト

【わたしの同僚であった男に立ち向かえ】とありますが、「同僚」とは、

「同じ地位にある者」を意味します。

つまり、父なる神とイエスが同等の地位にあるという意味です。

この言葉は、イエスの神性を示していますそして、父なる神がヤハウェであるなら

ば、同等の地位を持つイエスもまたヤハウェなのです。

【羊飼いを撃て、羊の群れは散らされるがよい。

わたしは、また手を返して小さいものを撃つ】とありますが、これはイエスが

十字架にかけられた時、弟子たちは散り散りになりましたが、この聖句の成就で

ある【羊の群れは散らされる】出来事は、紀元70年に起こりました。

エルサレムは崩壊し、イスラエルの民は世界に離散する民となりました。

この悲劇は、小さいもの(子どもたち)をも襲いました。

★ ピリピ 2:6~8には次のようにあります。

【キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは

思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられ

ました。

人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで

従順でした。】

この聖句は、イエス・キリストが神であり人であることを教えています。

人でなければ死ねません。

また、神でなければ罪人を救えません。

★ Ⅰコリント 8:6

【わたしたちにとっては、唯一の神、父である神がおられ、万物はこの神から出、

わたしたちはこの神へ帰って行くのです。

また、唯一の主、イエス・キリストがおられ、万物はこの主によって存在し、

わたしたちもこの主によって存在しているのです。】

唯一の神=父なる神

唯一の主=イエス・キリスト

ところが、申命記10:17では、次のようにあります。

【あなたがたの神、主は、神の神、主の主、偉大で、力あり、恐ろしい神。】

要約すると次のようになります。

【あなたがたの神、主(ヤハウェ)は、神の神(唯一の神)、

主の主(唯一の主)、偉大で、力あり、恐ろしい神。】

つまり、Ⅰコリントで語られている教えは、「唯一の神=父なる神」がヤハウェで

あるように、「唯一の主=イエス・キリスト」もまたヤハウェであるという

ことです。





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h_t_tomoto at 06:27コメント(0) 
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Hi. I'm "T-SIRLOIN", webmaster of "MEAT & SEA T-Chama Club". From Osaka, I'm broadcasting my weekend foodie tour, mainly with YAKINIKU. "We love Osaka. We love Buffaloes," is our motto, and we are Osaka's No.1 GENKI Club. Hope you like it.
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