2018年04月

2018年04月30日

  贅沢感と存在感がうごめいて


黒毛和牛専門店でユッケや和牛のすき焼きトリュフ乗せ等色々と食して。


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こんなに真剣に贅沢感と存在感がうごめいていてその力を存分に発揮していた。

ほんまに最高に美味しいのであった。












ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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お好み焼きの粉で作った焼き物が真剣に美味しいのであった。





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中国史での五代十国から宋のあたり。

10世紀の東アジア世界は、中国周辺の民族が目覚めていった時代とも説明される。

どういう事かといえば、それまでの時代は中国文化の影響が絶大で、周辺民族は

漢字を中心とした中国文化と中国の歴代の王朝で積み重ねてきた政治制度

(律令制)などを導入する段階だった。

例えば、日本と中国の関係。

金印から遣唐使まで、基本的に朝貢を軸とした外交だった。

日本以外も同じ。

ところが10世紀になると中国の北宋と周辺諸国の関係は大きく変化してしまった。

北宋と遼の間に結ばれた澶淵の盟は対等な関係の国際条約といってもよいもので

あった。

もはや中国が圧倒的な力を誇る時代ではなくなったという事になる。

遼・西夏・金といった異民族の王朝は軍事面で宋を圧倒するまでになった。

また文化面でも契丹文字・西夏文字・女真文字を作成した事は中国の漢字文化から

の自立といえる出来事だった。

これは日本でも仮名文字が生み出され遣唐使の廃止といった民族的な自覚があった

時代である。

例えば、キタイ(漢文では契丹と表記した)という北方遊牧民が遼というそれまで

の遊牧民には無かった新しいタイプの国を生み出したという事が重要なポイント。

遼以後、女真人が金を、モンゴル人が元を、満洲人が清をそれぞれ建国した訳だが

契丹人の遼という国のノウハウが生かされている。

つまり、契丹人の経験が女真人・モンゴル人・満州人にも受け継がれているという

事になる。

極端に言えば、漢や唐といった中国の王朝が東アジア世界の主役であった時代から

10世紀以降は契丹やモンゴルといった北方民族が主役になる時代に変化した。





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2018年04月28日

  炭火の香りがする焼き鳥


この日はカレーライスを作る事にした。

使ったルウは三種類×2セットであった。


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この日の材料は『業務スーパー枚方高田店』で買って来た極々普通の国産牛

約3.0㎏と玉葱とじゃが芋であった。


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これらをいつもの大きな鍋の中にルウと一緒に入れた。

後は鍋が勝手に美味しく作ってくれるのであった。


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そんな感じのカレーライス。


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スタッフの皆と一緒に食べるカレーライス。

これがむちゃくちゃ美味しい。

ほんまにえげつない程に美味しいのであった。

使っている牛肉と野菜の量が物凄く多い。

それにより想像を越える美味しさが表現される。

これ程に美味しいカレーは中々簡単には出会えないだろう。

カレーは2013年6月28日の金曜日から作り始めた。

山崎豊子「沈まぬ太陽」を現在のJALはどのように評価しているのか。

あの悲惨な事故から既に30年も経っていて当時を知る社員も相当数減ってきている

であろうから、特に評価をしているという事はないと思う。

当時は機内には山崎が当時連載していた新聞を置かないといった対応があったと聞

いた事もある。

国民航空(NAL)という建て前はフィクションでも明らかに日本航空だと分かるし、

経営陣の対応のまずさが詳細に記述されていたから、読者は当然実際のJALの対応

だと思った。

真相は相変わらず闇の中だが。

いずれにしても山崎に限らず当時の関連書籍を読み返してあの時何があったのか、

皆で振り返る必要はあると思う。

乗員乗客合わせて500名もの尊い命が失われたのだから。もう二度とあのような

悲惨な事故を繰り返さない事が山崎豊子さんへの最大の供養になると思う。

沈まぬ太陽の主人公である恩地を始めとする旧労組組合員に課せられた様な不当

人事が現代であったら、どうなるのか。

似たような事は今でもあると思う。

例えばオリンパスの事件がある。

オリンパスの社員は上司の不正を発見してコンプライアンスに通報した。

本来ならコンプライアンスはその上司に知らせずに調査をするべきだったがコンプ

ライアンスは上司に知らせたためでその様社員は配置変えになり、左遷の様に

なった。

それを不服としていると、嫌がらせが始り、人事から精神的に疲れている様だから

産業医に見てもらうよう言われるが、違和感を覚えて行かないようにすると、人事

は焦り執拗に産業医に診てもらうよう言う。

結局、企業はその社員は精神病と診断させて会社を辞めさせるつもりだった。

会社と上司、産業医と顧問弁護士はぐるで、これは顧問弁護士が考えてやった

事で、野村総合研究所なとでも同じやり方をされている。

裁判で明らかになったのは企業は顧問弁護士と結託してある宗教団体等を利用して

集団でその社員の後をつけて嫌がらせを言う等の行為をしていた。

その社員は家族で協力して嫌がらせの証拠をとり、裁判に勝利した。

この顧問弁護士は有名の様である。








昨日のお昼に用意されたのは『彩味鶏』と言うお店の『焼き鳥2段重』と言う

お弁当であった。


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焼き鳥2段重


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炭火の香りがする焼き鳥で結構美味しいのであった。

これならリピートしてもええと思った。








『トップワールド香里園店』で鰻専門店の『魚伊』の鰻の蒲焼きを買って来た。


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今回の『魚伊』の鰻の蒲焼きはいつもの一回り大きな物であった。

だから値段も一回り高い。

あっつあつの御飯の上に『魚伊』の鰻の蒲焼きを乗せた。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

真空パックに入った『魚伊』の鰻の蒲焼きの袋を開けた瞬間ののめり込む高鳴りを

押さえ切れずに小踊りのリズムを感じる。

香り豊になだらかなカーブを曲がり切りとほとぼりにたたずむ感触が堪らない。

大きな傘の中にいる事も許される瞬間であった。

『魚伊』の鰻の蒲焼きはほんまに最高に美味しいのであった。








『万代寝屋川宇谷店』でマグロの切り身を買って来た。

マグロの切り身を漬けにした。


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とりあえず炊き込み御飯を作った。


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炊き込み御飯の上にマグロの漬けをトッピングした。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

極々普通のマグロを漬けにする事で食感に高級感が生まれる。

このマグロの漬けと炊き込みご飯が絡み合って最高に美味しいのであった。








今週のおかず。





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ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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新たまとトマトのサラダが無茶苦茶最高に美味しいのであった。








そんな感じの土曜日です。

この週末も皆様にとって素晴らしいものでありますよう心からお祈り致します。

それではまた来週お会いしましょう。








4月21日の土曜日、交野のそろばん熱しと二人で飲み歩きをした。

来週からゴールデンウィークに入る為に、その記事は5月7日から載せます。

悪しからず。(^^♪






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反乱鎮圧後、唐の朝廷は長安に帰ってきますが都はすっかり変わり果てていた。

唐の詩人杜甫(とほ)に「春望(しゅんぼう)」という作品がある。

非常に有名な詩。




国破れて 山河あり

城春にして 草木深し

時に感じては 花にも涙をそそぎ

別れを恨んでは 鳥にも心を驚かす

烽火 三月に連なり

家書 万金に抵(あた)る

白頭 掻(か)けば更に短く

渾(すべ)て 簪(しん)に勝(た)えざらんと欲す



杜甫は安史の乱で一時長安に幽閉される。

戦乱で荒れ果てた長安の風景を嘆いている詩。

「城春にして」の城とは長安のこと、繁栄していた長安が今では草ぼうぼうだ、

といっている。

戦火が三ヶ月もつづき、離ればなれになった家族からの手紙は万金の価値。

白髪頭もすっかり薄くなり、まったくかんざしさえさすことができない。

そんな意味である。











朱元璋と朱全忠の差について。

明の太祖朱元璋、五代後梁の太祖朱全忠(朱温、朱晃)……両人とも貧農から皇帝

まで成り上がった。

二人とも皇帝に即位したときの状況は似た様な物だと思う。

しかし、朱元璋はその後全中国を統一し、内容はともかく300年続く明王朝を打ち

立てることができ、朱全忠は中国の4分の一くらいの領土のままで終わり、最後は

後継者争いから実子に殺されるという哀れな最後だった。

この二人の差。

(1)朱元璋は幕僚、武将に恵まれ、(統一するまでは)彼らを大切にしたが、

朱全忠は恵まれず、実子、仮子を含め不必要なほど殺した。

(2)朱元璋は江南を統一した時点で元は内部分裂状態でまともの抵抗できず、

北征は残敵掃討のようなものだったが、朱全忠の周りには強敵が多かった。

(3)朱元璋の地盤は豊かな江南だったが、朱全忠の場合は中原で経済的に

不利だった。

・反乱の相手

・地盤の違い

という点が大きかったと思う。

特に豊かな江南を地盤としていたという点で朱元璋は有利であったと思う。

戦うべきライバルとしても統一王朝ではあったが弱体化しており内訌の為に統一

された軍を編成する事も出来なかった元を相手にした朱元璋と、「独眼竜」こと

李克用、李茂貞などの旧節度使や楊行密など各地に起った群雄と戦わなければなら

なかった朱全忠とでは難易度が数段違った様に思う。

朱元璋も対元の北伐戦よりも陳友諒・張士誠らとの戦いの方が苦戦しているくらい

なので、やはり朱全忠が置かれた戦略的な位置や情勢は厳しかったと言えそう。

「人間性」という面も大きかったのではないかと思う。

人間性と言うよりは「大義」と言った方が正確かもしれないが、朱全忠と朱元璋の

最も大きな相違はこの点にあると思う。

両者ともに王朝衰退期に登場しているが、これは百姓・庶民にとっての苦難の時代

であったと思う。

生活が破綻し治安も悪く社会不安が高まったからこそ叛乱は起り成功する事もある

のだから、二人ともに時節は得ていた。

その二人の王朝の規模が違っていたのは諸条件の他に「天命思想」があったのでは

ないだろうか。

「天からの命により王朝は起り、徳が離れると新たな人物に天命が下り王朝が交代

する」という感覚は中華において普遍的な感覚であった。

民の怨嗟の声が天に届き悪い王朝が滅んで徳のある新たな人物が王朝を起こすとい

う事は、一面では真実であり「王朝を倒す者」が必ずしも「新王朝の建国者」では

ない事もある。

五代十国という時代はまさにその一例ですが、やはり統一王朝を築くには軍事・経

済力という実力の他に、「徳」というものが無ければならなかったのではないだ

ろうか。

徳とは「人々に慕われ推戴されるべき要素」だと思いますが、朱全忠にはその種の

徳は感じられませんし当時の民衆もそう思っていたという事である。

卑賤な生まれは別としても、朱全忠はもともと塩賊であった黄巣の配下。

黄巣の力が落ちると裏切って唐朝に帰順し、更にその唐を裏切って簒奪し一国を

構えた朱全忠には徳が全く感じられない。

図らずも兄に「お前は元々賊徒じゃないか。それを取り立ててくれた天子様を裏切

って社稷を奪うとはなんという恩知らずか!」と叱責されているが、これが当時の

朱全忠への一般的な評価だったと思う。

確かに唐はすでに統治能力を失い形骸化した王朝ではあったが、裏切りに裏切りを

重ねた末に無道な殺人を重ねて滅ぼしてしまった朱全忠が「次の建国者」として

支持される事は無かったように思う。

朱元璋が倒した…というより追い払った元ウルスは「異民族王朝」だった。

後の清の例を見ても異民族だろうと何だろうが安定した生活をさせてくれれば構わ

ないというのが民衆の偽らざる気持ちだったと思うが、それがひとたび悪政を

行ったとなると怨嗟も強かったと思う。

朱元璋はまさにこのような時代の空気によって支持を受け王朝を開いたのだから、

これは大きな差であったと思う。

朱元璋は後の史家から「聖賢、豪傑、盗賊」を兼ねたり」と評されているように、

大粛清を行うかたわらで庶民には善政を布く複雑な人物。

恐らく殺した人物も朱全忠より多いが、朱元璋がこの種の蛮行を行ったのは王朝を

開いてからである。

白蓮教徒の乱が紅巾の乱の発端で紐帯でもあったのに建国の前後には白蓮教を禁教

とするなど利用主義も見て取れるが、人間性で言えば朱元璋より朱全忠の方が

「いい人」なのであろう。

いい人と言うよりは「単純で欲望に正直な人」であるが、これに比べて朱元璋には

底知れない恐ろしさがある。

言い換えれば、自分の権力基盤が盤石となるまで演技を続けていたかもしれない

朱元璋はその演技によって統一王朝の建国者にまで成り上がれたという事で、

そうした演技は天下を取る必要性から演じ続けられたという事になると思う。

裏切り者の代名詞であった「明智光秀」が決して天下を取れなかったように

朱全忠は天下を取れず、「律儀」を看板にして耐え抜き最後の最後に権謀術数の

限りを尽くして天下を取った家康と朱元璋はよく似ていると思うが、この世間の

評判・人間性の差が二人の朱の明暗の差であったと思う。





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2018年04月27日

  episode-131「ヒレステーキ定食」


元広島の衣笠祥雄氏が23日に死去したことが分かった。

死因は上行結腸がん(大腸がん)。

71歳だった。

2215試合フルイニング出場の記録を持ち「鉄人」として親しまれた。

87年にはプロ野球界2人目となる国民栄誉賞も受賞した。

76年盗塁王、84年打点王、MVP。

通算2677試合、2543安打、504本塁打、1448打点、打率2割7分。

96年野球殿堂入りした。

星野監督の時もびっくりしたけど、今回もめっちゃびっくりした。

非常に残念や。

昨夕そんな事を考えていた。

すると江戸っ子どんと姫がここにやって来た。


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そして「お疲れ様です」と言って私の横に勝手に座りやがった。

私が「死去した」と言った。

江戸っ子どんと姫「ニコライ・セミョーノヴィチ・ゴロワノフ(ロシア語:Ник

олай Семёнович Голованов;Nikolay Semyonovich

Golovanov、1891年1月21日 - 1953年8月28日)はソ連の指揮者・作曲家です。

1924年5月にミャスコフスキーの《交響曲 第6番》など、数々の作品の初演を

行ないました。

日本語での表記は揺れており、ゴロワノフのほかゴロヴァノフ、ゴロワーノフ、

ゴロヴァーノフとしても知られています。

ソ連楽壇においては最高の評価を受け、ボリショイ歌劇場との関係は長年に

わたっています。

ガリーナ・ヴィシネフスカヤは自伝の中でゴロワノフのことをボリショイ歌劇場の

首席指揮者と呼び、失職という経験は恥ずべきものとの視点から、ゴロワノフの

ボリショイ歌劇場からの解雇と死について語っています」と言った。

私が「へ~っ、クラシック音楽にも精通しているんや」と言った。

江戸っ子どんと姫が「この辺は、ドン引きタツジさんとは違いますから」と笑い

ながら言った。

私が「ところで、野球には興味はないんか」と言った。

江戸っ子どんと姫が「最澄と空海ではどちらがより立派な坊さんだったのかを

考えてみました。

最澄=伝教大師(でんぎょうだいし)、日本天台宗の開祖。

伝教大師の偉業には空海は足元にも及びません。

なぜならば伝教大師は当時の混乱していた宗教界において、法華経を最上の経典と

して都を安泰させることを教えました。

これをみた嵯峨天皇は伝教大師の滅後7日目にはなったものの勅許を下し、延暦寺

が建立されました。

延暦寺は日本初の大乗戒壇です。

空海にこのような功績はありません。

また鎌倉時代までは延暦寺の座主(一般の寺院における住職と同義)とは日本仏教

界の最高権威を意味したものです。

しかし、悲しいことに延暦寺の跡を継いで座主(ざす)になった慈覚・智証と

いった人たちが真言宗の邪義を天台宗に入れてしまい、伝教大師の教えは破壊され

てしまったといえます。

近年、天台宗の座主が真言宗に挨拶に行くというようなことが報道されましたが、

名実共に天台宗が野に下ってしまったと思えます。

伝教大師は心から悲しんでいることでしょう。

ちなみに、空海の邪義とは、本師である釈尊よりも架空の仏である大日如来が上で

あるというもので、本末転倒の教えです。

したがって、真言宗の家には柱が立たないといわれ、家長あるいは長男が急逝する

ことが多く、女系家族ばかりで、また空海のごとくスリカエを日常でも行います。

栃木県足利市にいる知り合いの話では、足利市は真言宗が蔓延していますが、

婿養子が多い、あるいは離婚が早い、家長がみあたらないといった家が大変多い

ということです。

真言宗の総本山である高野山に行くと、「未亡人横町」という通りがあり、

また、「未亡人会」という石碑もあるそうです。

なお、これらはあくまでも空海と伝教大師の比較の上での話で、文底下種の立場か

らはもっと深いお話があります」と言った。

私が「ところで、最近の業績はどう」と聞いた。

江戸っ子どんと姫が「今のところは何と頑張れています。

この調子でなんとかノルマーを達成したいと思っています。

この前ランチで東大利町にある『がらく亭 遊びの食いしん房』へ行って来たん

です。

ここは色々な種類の定食があって結構美味しいです。

わたくしはいつもがらく亭御膳を注文しています。

わたくしがお店の中に入った瞬間死んでしまいそうなぐらいにえげつない悪臭が

したんです。

お店の中を見るとなんとあのハゲでエロの越後のちりめん性行為が奥のカウンター

席に座りながら真面目な顔をして生意気にヒレステーキ定食を食べているんです。

あのハゲの越後のちりめん性行為が普通の真面目な顔をして食事を普通にしている

姿を見てわたくしは真剣に驚きました。

本当にびっくりしました。

あのハゲ頭の存在そのもので仁義愛将軍様の下痢便も秋茄子は嫁に食わすなみたい

な物になります。

わたくしは心の中で“ざっ!けんなよ!!このハゲ~!!”と叫んでいました。

わたくしは気づかれない様に別の席に座ったんです。

すると“やーっ”と言って、ハゲ頭の越後のちりめん性行為がトレーを持って

わたくしの横に座るのです。

横ですよ。

普通は向かいに座ると思うのです。

常識の微塵も感じられないハゲの越後のちりめん性行為の行動には呆れるばかり

です。

パワーボムでもくらわしてやりたいと思いました」と言った。

私が「パワーボムって。

なんじゃーそれは。

プロレスの技やんけ。

でも、何となく言いたい事は理解出来る」と言った。

江戸っ子どんと姫が「越後のちりめん性行為の余りのキショクの悪さに吐きそうに

なります。

わたくしが越後のちりめん性行為にちょっと聞いてみたんです。

“ねえ、ねえ、越後のちりめん性行為さんはどうしていつも2017年の日本映画の

ホラー映画の『こどもつかい』に出て来る笠原蓮みたいな顔をしているんですか”

って。

すると越後のちりめん性行為さんが“笠原蓮顔には天才肌が多いんだ。

笠原蓮顔は天性のものなんだ。

郊外で起こった連続不審死事件を調べる新人記者の江崎駿也は、被害者の大人達が

死を遂げる3日前、何らかの事情でその大人達に関わっているこどもらが失踪して

いるという共通点や、その事柄と内容が一致する“こどもの呪い”の噂を知る。

さらに、彼の幼馴染の近藤創までもがその事件の被害者となり、それに関係して

いたこどもが事件の直前に口ずさんでいた歌を聞いた駿也は事件についてさらに

調べを進めていく。

一方で、駿也の恋人で保育士の原田尚美が、ふとしたことで自分が目をかけていた

児童の笠原蓮から怨まれ、例の“こどもの呪い”をかけられてしまう。

駿也はその呪いにより命を落とす3日後までに尚美を救うべく、彼女と二人で

“こどもの呪い”を調べその核心に近付いていくが、そこに事件の黒幕である

“こどもつかい”と7人のこどもの霊が姿を現した。

僕の様な天才肌は最高のオナニーの道具(究極のアダルトグッズ)である

『TENGAバキュームコントローラー』を使って最強に興奮しながら大量に射精す

るんだよ。

僕の様な笠原蓮顔の天才肌が『TENGAバキュームコントローラー』を使い

こなすって凄いと思わないか。

『TENGAバキュームコントローラー』を使いこなすのは世間では僕だけだよ”と

意味不明な事をぬかすんです」と言った。

私が「笠原蓮って。

何が言いたいのか全く理解出来ないな」と言った。

江戸っ子どんと姫が「越後のちりめん性行為さんはハゲ頭のアホみたいな

ピコ太郎だと思いました。

アホみたいな顔をしたドン引きタツジさんは相変わらずクソ面白くありません。

それに会社の廊下でよく転んでいます。

わたくしはこのまま頑張って突っ走ります」と言って拳を突き上げた。


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相変わらずこのくだりがクソ面白くなくて笑いにもならない。

そう思った瞬間、沈黙となった。











その後〆にお店に向かった。

〆はカレーうどんと決めていた。

そんな感じで向かったお店は『四国のうどん香里園店』であった。


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店内に入るとほぼ満席状態であった。

お客さんの入り具合でこのお店に対する中々の期待度が高まるのであった。

我々は入り口近くのカウンター席に座った。

早速注文をした。


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注文は、牛すじカレーうどん大盛りであった。

直ぐに生ビールが運ばれて来たので乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!


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牛すじカレーうどん大盛り

一口食べた瞬間から絶望と失望にさいなまれてカレーうどんの迷路でさまよう京阪

香里園駅前に戸惑う舌が撃沈された。

手打ちうどんではなくて単なる冷凍うどん。

明らかにこのうどんは冷凍うどんだと直ぐに分かった。

ドン引きタツジ『このうどんはいつも家で食べている冷凍うどんと全く同じ味

ですね』と言った。

京阪香里園駅前でカレーうどんが食べれるのは『上を向いて』『ゆでぞう』

そしてこの『四国のうどん香里園店』の3軒だけ。

探せばまだあるかもしれない。

しかし正味の駅前になるとこの3軒しかヒットしない。

飲み歩きの〆にどうしてもカレーうどんが食べたくなる。

それだけに今回の『四国のうどん香里園店』には相当な期待感を持っていた。

しかし残念や。

金まで出して冷凍うどんは喰いたくはない。

それなら家で喰う。

ほんまに残念や。

今後どうするか。

ほんまにどうしたらええんかが分からなくなって来た。

と言うか、冷凍うどんを扱いながら『四国のうどん香里園店』の客入りの多さは

一体なんなんだ。

一般ピープルは冷凍うどんを外食で食べる事を何とも思わないのか。

ほんまに大いに疑問を抱いてしまった。

猛牛ポーズをした。

猛牛ポーズ!!

そんな感じの『四国のうどん香里園店』であった。

カレーうどんの迷路にはまり込んでしまった感じだ。




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ほんでもって、ある日のおうち御飯。

この日は寄せ鍋をした。


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お寿司を食べながらの寄せ鍋が最高に美味しいのであった。






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2018年04月26日

  ランナーズハイ


『焼肉やっちゃん』は本当に美味しかった。

その後京阪香里園駅前まで移動した。

そして向かったお店は『炭火焼肉 牛味苑』であった。


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ここも事前に予約を入れておいた。

店内に入ると結構お客さんが入っていた。

我々はいつものドアの近くのテーブル席に座った。

早速注文をした。

注文は、ロースとカルビと伊万里牛ハツ(心臓)であった。

直ぐに生ビールが運ばれて来たので乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!


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ロースとカルビと伊万里牛ハツ(心臓)

単純でかつ複雑なのが焼肉の焼き方。

焼肉は焼き手によって相当な味の違いが現れる。

半生、よく焼く。

焼き具合は人それぞれ好みがある。

人生ひとそれぞれの様に。

Tちゃま倶楽部の仲間と焼肉を食べる時は常に俺が焼く。

つまり全ての焼肉の焼き具合は俺の手にかかっている。

中には『もっと焼いて欲しい』と願っている者もいるかもしてない。

『自分はいつも半生で食べている』と言う者もいるに違いない。

そんな他人の意見を無視するかの様に俺は自分の世界だけで焼肉を美味しく

食している。

これが最高に美味しい焼き方だと勘違いもはなはだしいと思っている者もいるかも

しれない。

しかしこの俺と焼肉を食べる限りTちゃまワールドにどっぷりと嵌まって欲しいと

願っている。

どうしても嫌気が差すのなら上手に誘いを断って欲しい。

たいていの初参加者は驚く。

例えば焼肉の『とらちゃん』へ行く。

次のお店にJR玉造の『炭火焼肉キョロちゃん』に入ったとする。

そうすると大概の初参加者は『なんで、焼肉の後にまた焼肉を食べるんですか』と

疑問視する。

こんな話を美容室でするとそこの店主が『焼肉3軒のハシゴはあり得ない』と

大笑いをする。

確かに納得はするものの何でか知らんが焼肉を3軒ハシゴしてしまう自分の滑稽さ

にワクワク感を覚える。

マラソンで言うランナーズハイって所か。

または済んだ後の『賢者タイム』

これはちょっと違うか。

いやいや、ある意味同調している。

かな。

3軒もハシゴが出来る強靭な胃袋に感謝しつつ本能と欲望をむき出しに肉の旨さに

舌つづみをうつ快楽に酔いしれる。

注文したロースとカルビは並ではあるがそれを感じさせないその肌艶に思わず

笑門来福的にそそられるのである。

値段が安くて味わいが最高に素晴らしい。

ハツは滅茶苦茶新鮮さがあって本当に美味しい。

接客が最高に素晴らしい。

それが京阪香里園駅前にある『炭火焼肉 牛味苑』であった。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『炭火焼肉 牛味苑』であった。







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偶然なのか、それとも必然なのか、またはたまたまなのか……。

この日『炭火焼肉 牛味苑』で仁義愛将軍様と会った。

どうやら別の会社の慰労会があって皆を『炭火焼肉 牛味苑』に誘導したのが

仁義愛将軍様みたいだった。

『香里園に美味しい焼肉店がありますから、行きましょう』と言う感じで皆を

誘ったみたいだ。

仁義愛将軍様はドン引きタツジと江戸っ子ドン姫には『今日、皆を誘って、牛味苑

に行くから、T様には内緒にしとけよ』と言ってたみたいだ。

俺だけが全く知らずに、まあー、言えば、サプライズ的な感じであった。

ぶっちゃけ、牛味苑で仁義愛将軍様に会った時はびっくりした。

それはそれでおもろかったけど。

しかし、いきなりやったわ。

仁義愛将軍様がいきなりズボンを脱ぎだして。

『今からトイレでウンコをしますから、その様子を動画撮影して下さい』って

ぬかしやがった。

俺はお前とここで出会っただけでもびっくりしているのに、いきなりウンコ撮影を

してくれって……。

こっちも心の準備が必要やっちゅーのに。

そんな準備もできてへんのに。

いきなり、トイレで、ウンコしている姿を撮影してくれって。

そんなん、できる訳ないやろーう。

トイレでのいきなりのウンコ撮影なんか、そう簡単にできるもんではない。

今度は、カメラを手渡すから、自分でウンコ姿を自分撮りをやってくれ。

『I…サーモンです。わたくしは今、ウンコをしてます』的な感じで。

おそらく、多くの業者の女性は、おもっくそ、ドン引きすると思うわ。

ほんま、頼むわ。

今後も引き続き『牛味苑』を宜しくね!!











ほんでもって、ある日のおうち御飯。

この日はカレーを食べる事にした。


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冷奴を食べながらのカレーが最高に美味しいのであった。






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唐は安史の乱で大きく傾いたにも関わらずその後約150年間持ちこたえた。

結局「傾いただけ」だった。

それも国ではなく城(首都)だけが。

楊貴妃は「傾城」であっても「傾国」ではなかったという事でもある。

首都が破壊されたからと言って、すぐさま国が亡びる訳ではない。

窮極、遷都すればいいだけの事。

そもそも安禄山の反乱というのは、さほど重要な歴史的ターニングポイントでは

ない。

いわば一つの軍事クーデターに過ぎない性質のものである。

それも、玄宗と皇太子、それに宰相の楊国忠が脱出に成功しているように

(しかも国忠一派は粛清され、加えて太子を即位させています。

つまり玄宗には身を守るだけの余裕があった)、軍事クーデターとしてはむしろ

「失敗」に等しい物だった。

そんな失敗したクーデター一つで揺らぐほど国というのは単純ではない。

むしろ中華大陸にいる殆どの人民や各地の役人にとって、それは影響や動揺すら

与えなかったはず。

人民にとって天子が誰であっても生活には関係ない。

殆どの地方役人にとっても同様。

現に、武則天が皇帝に即位した時も起こった混乱といえば皇族李氏の一部が粛清さ

れたぐらいの事である。

(勿論才気あふれる武則天と清廉で有能な宰相・狄仁傑のコンビがいたからこそ

為しえたことではあるが)

つまり安史の乱とは語り伝えられている程大した事件ではなく、歴史のほんの

一コマ、ちょっとした紛争に過ぎなかったという事である。

現に、唐朝が滅んだのは「牛李の乱」という牛僧孺と李徳裕の党派争いによる衰退

と塩商の勢力拡張だった。

特に後者の塩商の勢力拡張が決定的で、塩というのは生活必需品ですが、基本内陸

国である中国では塩は有力な財源だった。

末期の唐はその塩に重税を掛けていたが、塩商は自分の塩を安く密売していた

のである。

勿論人民は密売の塩を買い、人民は塩商と親しくなった。

加えて塩商には大量の財が流れ込み、その財力で塩商は軍閥とも組んで強大な勢力

となった。

その塩商から出たのが後に反乱を起こす黄巣と唐にとどめを刺す朱全忠である。

しかしこの流れから見て分かる通り、安史の乱とその後の節度使の成長というのは

殆ど関係がない。

(こじつけはできるが、それは「風が吹けば桶屋が儲かる」式の屁理屈に

過ぎない)

例え安禄山が反乱を起こさなかったとしても、党派争いと塩商の強大化は避けられ

なかった。

しかしながら、安史の乱は有名。

教科書に牛李の乱や高宗の乱(および塩商)が乗らない事はあっても、安史の乱が

乗らない事はない。

なぜかというなら、安史の乱が「ドラマ性に満ち溢れている」からであろう。

登場人物だけ見ても濃い。

形成の美女・楊貴妃に思い上がった宰相楊国忠、恋敵の玄宗と安禄山。

楊貴妃を中心にしたロマンス(玄宗は何度か楊貴妃を追い出している)や楊氏一族

の栄枯盛衰。

「隋唐演義」はこの安史の乱を最後にエンディングを迎えているが、

それもむべなるかなというところであろう。

それにグダグダの党派争いである牛李の乱も塩商人たちの伸長劇も安史の乱に比べ

れば「ドラマ性には欠ける」と言わざるを得ない。

歴史は、特に演義文化(民間の講談含む)などを花開かせた中国では一つの

「エンターテイメント」である。

それゆえに「本当は大した事のない」安史の乱がクローズアップされた結果

「安史の乱が原因で党が滅んだ」というイメージが出来た。

実際には、唐朝を多少揺るがせはしたものの、直ぐに復元する程度の事件だったの

である。

だから、唐はその後もしばらく続いた。





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2018年04月25日

  気が付かなかった


その後JR京橋駅前まで移動した。

そして向かったお店は『焼肉 やっちゃん 京橋店』であった。


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ここは事前に予約を入れておいた。

開店と同時に入ったと言うのに予約で座席の7割が埋まっていた。

流石は『やっちゃん』だと感心した。

我々は入り口近くのカウンター席に座った。

と言っても、ここはカウンター席のにであった。

早速注文をした。

注文は、上塩タン×200ℊ、ハラミ×200ℊであった。

お肉が提供されるのを待った。

待ちながら厨房を覗いていた。

出来上がった物をお客さんに手渡す。

『はい、ハツ刺しです』と言ってやっちゃんがお客さんにハツ刺しを手渡していた。

その言葉に俺は脊髄反応した。

『すいません、こっちにもハツ刺しをお願いします』と注文した。

先ずは『ウコンの力』で乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!

引き続き生ビールで乾杯をした。


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乾杯ー!!


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ココロ刺しと上塩タンとハラミ

ココロ刺しは初めての注文であった。

ココロは心臓。

心臓を刺しで提供する焼肉店は大阪では『炭火焼肉牛味苑』と『天平 心斎橋店

(テンペイ)』ぐらいだと思っていた。

それが『やっちゃん』でも提供されていた事にちょっと驚いた。

俺は余りメニューは見ない。

と言うか、余り生ものには興味がない。

生センマイとかは全く興味がない。

それで今まで『やっちゃん』にココロ刺しがあった事に気が付かなかっただけで

ある。

今後はしっかりと意識したいと思った。

相変わらず上塩タンもハラミも滅茶苦茶最高に美味しいのであった。

特にここのタンだけは他店では絶対に味わえない美味しさである。

『やっちゃん』のお肉を食べると『ここに来て良かった』と真剣に思う。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『焼肉 やっちゃん 京橋店』であった。





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ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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牛肉の炒め物がむっちゃ美味しいのであった。






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司馬遷と史記について。

元々馬遷の父も史官だったが、なにか罪を得て罰せられてしまう。

死刑ではないが。

その悔しさを、息子でやはり史官であった遷にも語っていたようだが、遷自身も

武帝から罰せられた。

北方異民族との戦争で、李陵(りりょう)という将軍が負けたので武帝はそれを

処罰しようとしたのだが、「前後の事情からして負けるのは当然で、処罰は妥当で

はない」と、遷は李陵を弁護した。

客観的にみて、ほぼその通りなのだが、武帝は遷も罰し、宮刑に処した。

これは、男性器を切り取ってしまう刑罰で、士大夫(しだいふ)にとっては最大級

に屈辱なものだった。

並みの人物なら自害してしまうところだが、司馬遷は父のこともあり、その悔しさ

を歴史書編纂にぶつけた。

そうやってできたのが史記である。

基本的には紀年式で著述され、帝王、あるいは帝王に準ずる者のを「本紀」

(ほんぎ)、諸侯クラスの人物のを「世家」(せいか)、それ以外で、忘れられる

には惜しい人物たちのを「列伝」(れつでん)として記述した。

特に本紀は、「天下への影響力」という視点で書かれたので、実際に帝王になって

ない項羽は本紀で書かれ、実際に皇帝にはなっているが、政治的実権の無かった

恵帝は本紀で書かれず、当時の実力者だった呂太后が本紀として書かれる、

などの特徴があった。

顔真卿について:唐代の書家である。

楷書の形成や発展に、関わりがあるようである。

安禄山について:雑胡(ざっこ)、つまり漢族にとって異民族同士での混血児

だった。

武将としても実力があったので、複数の節度使(せつどし、文官職である知事と

武官職である方面軍司令官を合わせたような役職)に任命され、そのひょうきんな

性格で玄宗皇帝に気に入られていた寵臣でもあった。

しかし、楊貴妃の縁者で、やはり玄宗の寵臣だった楊国忠(ようこくちゅう)と

仲が悪く、節度使として地方に行ってる間に讒言されるなど、寵臣としての立場は

徐々に悪くなって行った。

そしてついに楊国忠排除を名分に挙兵する。

これが、安史の乱の始まり。

最終的には洛陽占領に成功したが、そこで自ら皇帝に即位したことで、後継者争い

が勃発、最後は息子の安慶緒(あんけいちょ)に殺された。











福田次官のセクハラ発言に違和感がある。

今日ね…抱きしめていい?ってあまり知らない女性に言うものか??

完全に前々から親密に近いて…ネタにする気だったのではないか??

一般の女性から見てどう思うのか??

どういう経緯で音声が録音されたのかというのは報道されない。

他に人がいる所であの発言をしてたとしたら福田次官は頭おかしいレベル。

多分、女性記者と二人のシチュエーションで録られてるとしか思えない。

その女性記者誰の指示でそこまでやったのか……安倍政権潰しに絡んでそう。

二人のシチュエーションだとしたら女性記者も女をちらつかせて何か聞き出そうと

してるのだろうし、そこだけ切り取るのはおかしい様な気がする。

セクハラやパワハラは概念としてはあるが、具体的に対策を実施しているのは

日本では内閣府と防衛相のみであり、実際には各人の努力義務に留まっている。

つまりセクハラは現時点ではマナー違反程度の認識であり、マナーを犯すことは

悪い事という認識はあっても、それで処罰されるものではないというレベル。

単に協議が進んでいないというのが実情であろう。





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