2018年07月

2018年07月31日

  あっさりとして美味しい


『とらちゃん』はほんまに真剣に美味しかった。

その後俺は的屋のたっちゃんと二人でJR京橋駅前まで移動した。

先ず向かったお店は居酒屋の『満ぞく屋』であった。


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ここも京橋ではかなりの人気のある居酒屋である。

店内に入ると結構お客さんが入っていた。

我々は入り口近くのテーブル席に座った。

早速注文をした。

おまかせ、お造り3種盛と牛すじ煮込みであった。

先ずは『トップグロンEX』で乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!

引き続き瓶ビールで乾杯をした。


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乾杯ー!!


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お造り3種盛と牛すじ煮込み

美味しい焼肉の後の刺身がむっちゃあっさりとして最高に美味しいのであった。

居酒屋に入れば必ず注文しなければならないのがどて焼きか牛すじ煮込み。

居酒屋の基本的な必須アイテムなのであった。

『満ぞく屋』は店内が綺麗で接客も素晴らしい。

料理も美味しくてめっちゃ安い。

今後も大いに利用したいと真剣に思った。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『満ぞく屋』であった。











ほんでもって、ある日のおうち御飯。

この日はハヤシを食べる事にした。


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トマト味が効いたハヤシが最高に美味しいのであった。





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ヴァイキングには大まかに3つのやり方があった。

通商目的によるもの・通商目的+略奪(通商が不調の時)・初めから略奪目的。

ヴァイキングとは通商と略奪とは同意語だったと言う。

彼らはこの行為を行うのに「ヴァイキングに行く」と言っていたそうだ。

だから純粋な商人とは言い切れない。

区別が無い訳である。

ただ、これは特にヴァイキング独自のやり方ではなく「ギリシア神話」にも

オデュッセウスが帰途に島々に立ち寄り略奪をしたとも書かれているし、

中世、近世の海賊も同じである。

またBC1200年頃地中海で略奪行為を行った「海の民」も同様である。

日本でも倭寇(わこう)がある。

(但し倭寇は日本人とは限らないが)

また陸でも匈奴やモンゴル、トルコなど同じ事をやっていた。

ヴァイキングというのは、「入り江の民」、簡単に言うと、スカンジナビア半島の

沿岸部に住む住民を言う。

基本的には、農業と漁業、交易が基本的な産業になる。

交易の過程で、商談が決裂したり、特定の勢力に妨害された場合には、武力で戦う

事もあった。

国王が商品に関税などをかけている場合や商業組合などとの利害対立などがあると

武力行使が行われた。

しかしそれは、あくまで特別な場合であり、基本的には、故郷では農業や漁業、

遠隔地では交易が基本だった。

「ヴァイキングは海賊ではないが、海賊を行う場合もあった」が正解。





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h_t_tomoto at 06:30 

2018年07月30日

  今年8回目の『とらちゃん』


7月28日の土曜日『ホテルアゴーラ大阪守口』で大手ゼネコン主催の講演会が

あった。

講演会は3時から6時であった。

いろいろな講演会があるがこの講演会が一番長い。

私は3時から参加して5時過ぎに席を立った。

その後私は一人でタクシーに乗ってJR鶴橋駅前まで移動した。

そして向かったお店は焼肉の『本家とらちゃん 鶴橋駅前店』であった。


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今年8回目の『とらちゃん』であった。

この日の参加者は、Y先輩とN先輩と的屋のたっちゃんであった。

この日のメンバーとはお店のいつもの個室で待ち合わせをした。

待ち合わせ時間は6時であった。

ところが全員揃ったのがなんと5時45分ぐらいであった。

どんだけ時間厳守やねんと改めて思い知らされるのであった。

早速注文した。


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注文したオーダー

特上塩タン×一人前

特選サーロインステーキ×二人前

特上骨付カルビ×一人前

特選ハラミ×一人前

並のロース×一人前

タンツラ塩にんにく味×一人前

上ミノ×一人前

野菜サラダ×一皿

生ビール×飲めるだけ





我々が席に座るとTちゃま倶楽部専用の胡麻と葱の薬味と『とらちゃん』秘伝の

タレが用意されていた。


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Tちゃま倶楽部専用の薬味と『とらちゃん』の秘伝のタレ

この胡麻と葱の薬味はTちゃま倶楽部専用で他のお客さんに提供される事はない。

先ずは『ウコンの力』で乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!

引き続き生ビールで乾杯をした。


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乾杯ー!!


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特上塩タン

食べて丁度良いタンの厚さはとはこの事を言うのだろうとしっかりと確認出来る

まさに黄金比のタンである。

わりとしっかりと焼く事で中の脂がじゅっくりと染み出して来る。

これこそはタン独特の旨味成分である。

薬味と一緒に口の中に入れた瞬間からあっという間に広がる美味しさの嵐。

いきなり襲い掛かって来る美味しさに十分に納得するのである。

ここのタンは真剣に美味しいのであった。


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特選サーロインステーキ

この日も鹿児島産黒毛和牛A-5の最高級のサーロインステーキが用意された。

わざわざ北河内から『とらちゃん』へやって来る最大の目的はこのサーロインを

食する事にあった。

我々が訪問するまでに常温でゆっくりと寝かされている為に運ばれて来た時から

美しいサシが浮き上がっているのが見た目で直ぐに分かる。

弱火で温めた網の上をゆっくりとスライドさせながら乗せる。

ゆっくりと焼くのは4面全て。

サーロインの4面を程よい感じで炙りを意識しながら焼いて行く。

するとマッタリとした食感を感じながらも甘味と旨味の塊が口一杯に躍り出す。

余りの美味しさに笑みがこぼれ出す。

究極のサーロインと呼べる絶品の一品である。

『至福の喜び』を味わえるのであった。


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特上骨付カルビ

部位は『ともばら』

非常にキメの細かいサシが特徴的である。

この独特のサシから醸し出される乱心の甘味はそんじょそこらのカルビとはレベル

が違う。

凝縮された甘味と旨味の豊作でお祭り騒ぎの大はしゃぎになる。

普段から食べ慣れたカルビからは超越した旨さと柔らかさの向こうにある心地の

良い弾力感を味わう事が出来る。

ここまで来るカルビはまさに神の域への突入だ。

地上最強で完璧なカルビがここで味わえるのであった。


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特選ハラミ

ハラミを語る事、それすなわち、人生は自分の思い通りにならないという悟り。

ハラミこそが人の生き方を表す聖域だと言えよう。

ハラミのサシが見事な物から殆ど入っていない物まで。

ハラミの好みは極右と極左と極端に分かれるのが事実である。

どちらを選ぶかでその人の人生が決まる的な要素は確実にあると言い切れる。

溢れんばかりの入り込んだこのハラミからは想像を遥かに超えた美味しさが

沸き上がって来る。

抜群の甘味と旨味で到底これがハラミだと認識出来なくなる。

ハラミを見事に超えた美味しさに濃厚なロースをほうふつさせられる。

無茶苦茶最高に美味しいハラミと呼ぶべき絶品である。


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並のロース

“これが並か”と疑いたくなるぐらいにそのレベルの高さに感銘する。

濃厚なサシから生まれるジューシーな甘味と旨味がどこからともなく湧いて出る

途切れる事なく巡り巡りそしてゆりゆられ不可思議なこの気持ちになる。

並のロースの美しさはさながら上質なロースを思い抱かせる。

遠い昔の特上ロースがあたかも昨日の事のように思い出される。

このロースを食すると明らかに価値観が変わる事の恐れにをののく。

正直“この並のロースで十分ではないだろうか”と禁じ手を声にしそうになる。

それぐらい素直に美味しい。

最高に美味しい並のロースなのであった。


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タンツラ塩にんにく味

この部位の正確な位置は不明である。

独特のサシを忍び込ませて食する者を楽しませる。

基本はホルモンなので独特の脂を沸き上がらせる。

この惜しげもなく染み出す脂がこのタンツラの神髄である。

ジューシーで甘味があって十分な旨味を大いに広げてくれる。

最高のビールのパートナーである。


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上ミノ

全く硬くはない。

柔らかくて美味しいモンゴイカと同じ食感である。

他店なら硬さを感じるがここのミノは全くそれがない。

少し焦げるまで焼く事で奥深くて香ばしい味わいになる。

これ程に美味しいミノは中々出会えないであろう。

最高に美味しいミノなのであった。


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野菜サラダ

キューピーのドレッシングがかかった極々普通のサラダであった。

骨付カルビの筋を焼いて食べる事にした。


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骨付カルビは筋まで綺麗に焼いて食べるのが通である。

あったかいコーン茶で乾杯をして〆る事にした。


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乾杯ー!!

このコーン茶を飲むと満足感でホットするのであった。

最後に猛牛ポーズをする事にした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの焼肉の『本家 とらちゃん 鶴橋駅前店』であった。

今回の集まりはN先輩からの依頼。

講演会で『久しぶりにとらちゃんへ行こうや』と言われた。

もう1年以上前の話やった。

『いつ空いていますか』と聞いた。

手帳を見ながら『この1年は埋まっているな』

この1年って。

なんじゃー、それは。

なんやかんやとこの日やっと空いた日が段取り出来た。

久しぶりの『とらちゃん』でめっちゃ喜んで頂いた。

その後は、N先輩とY先輩はタクシーに乗って北新地へ移動。

俺と的屋のたっちゃんはJRの環状線に乗って京橋まで移動した。

この日、ほんまに楽しかった。

続きはまた明日。(^^♪




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ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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とんかつと海老フライが真剣に美味しいのであった。





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ノルマン人=北ゲルマン諸族(デーン人、スウェーデン人、ノルウェー人)

古くはヴァイキングとほぼ同意だった。

このノルマン人が北ゲルマン地域以外に8~9世紀に侵略及び定住した国家や地域は

それと分かるような地名になっている。

フランス北西部の「ノルマンディー公国」、イングランドに征服王朝「ノルマン

朝」、南イタリアの「シチリア王国(オートヴィル朝)」

彼らは、デーン人と言われている。

ノース人と呼ばれるノルマン人は、北ドイツやフィンランド、西はカナダ、東は

ウクライナと広範囲に侵略をしている。

ウクライナの更に東、ロシア平原に侵入したノルマン人はワリャーグと呼ばれて、

「ルーシ・カガン」「ノヴゴロド」「キエフ」を建国し黒海まで南下して、ビザン

ツ帝国のコンスタンティノープルにも侵入している。

また、侵攻では無く同化されビザンツの傭兵にもなる。

ヴァイキングの故地のスカンディナヴィア半島近辺は8~9世紀ににデンマーク、

スウェーデン、ノルウェーなどの国が興り、10世紀には、北の海の島国アイスラン

ドが興る。

この頃、ノルマン人は、北欧神話から、キリスト教に改宗している。

地中海のノルマン人(デーン人)は、十字軍に従軍し「アンティオキア公国」を

作っている。

その後は独自の国家となり、スヴェーア人、デーン人、アイスランド人、ノース人

などへと分離し独自の道を行く事になった。

しかし共通言語の「古ノルド語」は、16世紀頃まで使われていた。

北欧神話の解読が比較的順調なのはこのせいである。

ノルマン人は11世紀中盤に南イタリアとシチリア島を占領して12世紀前半に僭主

(対立)教皇のアナクレトウス2世から王位を授けられる。

これがノルマン朝シチリア王国である。

このシチリア王国は通称両シチリア王国と呼ばれるが、実際は15世紀の一時期スペ

インのアラゴン朝の支配下に入った時と、ナポレオン戦役後のスペイン・ブルボン

家の支配した19世紀前半がこの国号を使用しただけである。

シチリアがナポリとシチリアに分裂したのはいわゆるシチリアの晩鐘という13世紀

後半の民衆反乱後。

従って両シチリア王国と回答すると、建国時のノルマン人の国号ではなく、イタリ

ア王国に編入される前の近代のシチリア王国を指すので、不正解という事になるが

通称でこの名前は使われているので、紛らわしいのは確か。





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2018年07月28日

  ピビンバを食べている感じ


この日はカレーライスを作る事にした。

使ったルウは五種類であった。


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この日の材料は『業務スーパー 枚方高田店』で買って来た極々普通の国産牛

約3.0㎏と玉葱とじゃが芋と人参であった。


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これらをいつもの大きな鍋の中にルウと一緒に入れた。

後は鍋が勝手に美味しく作ってくれるのであった。


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そんな感じのカレーライス。


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スタッフの皆と一緒に食べるカレーライス。

これがむちゃくちゃ美味しかった。

ほんまにえげつないほどに美味しいのであった。

この絶品のカレーを食べると幸せ一杯の気持ちになる。

まさに至福の喜びを感じるカレーライスなのであった。

カレーは2013年6月28日の金曜日から作り始めた。

歴史的に菊紋、桐紋は天皇、皇族のものとされてきた。

東本願寺に菊紋、桐紋を与えて天皇、皇族並みに扱うということである。

菊紋について。

鎌倉時代の初め、後鳥羽上皇は菊の紋章を大変好み衣装や牛車、調度品、懐紙まで

菊紋を印した。

それで朝臣たちは菊紋の使用を差し控えるようになり、これ以後菊紋は天皇家の象

徴となったと言われる。

桐紋について。

中国の故事に桐は鳳凰が住むめでたい木と言われてきたので、天皇家の紋と扱われ

たという。

菊紋は天皇家の私的な紋章、桐紋は政府機関(当時は政府機関は天皇家の機関と考

えられていた)の公的な紋章、替紋(副紋)的性質を持つ。

足利尊氏と豊臣秀吉は朝廷より菊紋、桐紋の賜与され、皇室に準じる扱いを

受けた。

徳川家康はこれを断り、葵の紋を使い独占した(徳川宗家と御三家以外の使用を禁

じた)

なお現行の勲章にも菊花章、桐花章(そのほか旭章、瑞宝章、宝冠章、文化勲章)

がある。

また栄典の一つである賜胚には菊紋と桐紋の2種類がある。

もちろん現憲法のもとでは栄典は内閣の助言と承認のもとで行わなければ

ならない。

また国は宗教的活動を行ってはならないから、現在は朝廷が東本願寺に菊紋、

桐紋を与えることはできない。








昨日のお昼に用意されたのは『炭火焼肉 牛味苑』の『特選カルビ弁当』であった。


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特選カルビ弁当


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相変わらず無茶苦茶美味しい。

兎に角お肉を食べた瞬間にお店の中で美味しく食べている味わいがする。

ナムルが全てあったか御飯の上に乗せてかき混ぜてピビンバの要領で食した。

すると美味しい焼肉と美味しいピビンバを食べている感じで最高に美味しいので

あった。

この食べ方。

是非とも真似て下さい。(^^♪








『トップワールド香里園店』で『宮崎産の鰻の蒲焼』を買って来た。


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あっつあつの御飯の上に『宮崎産の鰻の蒲焼』を乗せた。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

鰻の蒲焼のタレはどれを食べても濃厚が共通項である。

濃厚ではあるが全く嫌味ではなくてむしろ心地よくなる。

濃厚さを感じながら口の中に入れた瞬間からあっという間に溶け出す。

後は美味しさだけが残る。

『宮崎産の鰻の蒲焼』も無茶苦茶最高に美味しいのであった。








『万代寝屋川宇谷店』でマグロの切り身を買って来た。

マグロの切り身を漬けにした。


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とりあえず炊き込み御飯を作った。


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炊き込み御飯の上にマグロの漬けをトッピングした。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

極々普通のマグロを漬けにする事で味わい深くなる。

このマグロの漬けと炊き込み御飯が絡み合って最高に美味しいであった。


ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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冷やし中華が無茶苦茶最高に美味しいのであった。








今週のおかず。





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そんな感じの土曜日です。

この週末も皆様にとって素晴らしいものでありますよう心からお祈り致します。

それではまた来週お会いしましょう。

お相手はあなたの『T-SIRLOIN』でした。





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キリスト教のカルヴァン派とルター派について。

ルター派:信仰義認と聖書第一主義を中心とするルターの教義の信奉者。

反教皇・反皇帝の立場をとる、諸侯・勤労市民・農民に支持された。

ルター派の成立は、諸侯(領主)の自領内での教会支配権の確立に繋がり、

領邦教会制が成立した。

カルヴァン派:カルヴァンの教義を信奉する宗派。

ルター派と同じ様に福音主義の立場に立ったが、領主への服従は説かず、

不法な領主への抵抗を是認した。

また、予定説、禁欲と勤労を尊ぶ職業倫理が、西欧・北欧の勤労市民に受容され、

資本主義発展の精神的なバックボーンとなった。

ルター派とカルヴァン派は、本来は相違点よりも共通点の方がずっと多いのだが、

聖餐理解の一点において一致することが出来ず袂を分かってから(1549年「チュー

リヒ協定」以降)その相違が固定化されてしまった。

相違点・共通点について。

①聖餐論

ローマ・カトリック教会は、聖餐式で用いられるパンとぶどう酒は実際にイエス

・キリストの肉と血に変化するという「実体変化説」の立場だが、ルター派もカル

ヴァン派もこの説を否定している。

ルター派もカルヴァン派も聖餐式におけるイエス・キリストの実在を信じるが、

カルヴァン派の方はそれを「霊的」な意味で理解しており(象徴的な意味では

ない)、イエス・キリストはあくまで天におられ、聖餐式の際、聖餐に与る信徒が

彼のもとに「引き上げられる」と理解している。

②予定論(予定説)

ルター派とカルヴァン派の主要な相違として一般に理解されているのはこの点で

あるが、ルターもカルヴァンも共に予定論を確信していたのであり、予定説をまる

でカルヴァン派の専売特許のように見なすのは誤解である。

その説はアウグスチヌスに遡り、更には聖書に根拠を見出すことができる。

③義認と聖化

ローマ・カトリック教会が(元々はそうではなく堕落した結果であるが)「人間は

信仰だけでなくその行いにより義とされる」ことを主張するのに対し、ルター派も

カルヴァン派もあくまで「信仰により義とされる」こと、すなわち「信仰義認」の

教理を重んじている。

しかしカルヴァン派では、義認に加えて聖化(感謝の生活・・・義とされた者、

すなわち罪なしと認められた信仰者が、神に対し感謝の応答をなすこと)をも

強調し、ルター派はその点を軽視していると批判する。

これを簡単にまとめると、カトリックは戒め(旧約聖書の律法に代わる教会の

教え)に従って善い行いをすれば救われると教え、それに反対したルターは、

ただ信仰のみによって救われることを教え、「律法→福音」を強調した。

カルヴァンは更に、救われた者は強制されてでなく、喜んで戒めを守るようになる

(聖霊の働きに導かれて感謝の生活を送る)と教え、「律法→福音→律法」を

強調した。

以上の三点の他にも、教会論や礼拝論においても様々な相違点・共通点があり。

名称について。

カルヴァン派は必ずしもカルヴァンだけにルーツがある訳ではなく、ブツァーや

ツヴィングリにも由来する流れであり、ルター派におけるルターに比べられるほど

カルヴァン派におけるカルヴァンの影響力は大きくないと言いますか、(偏見かも

しれませんが)ルター派の人たちがルター大先生の教えを有難がるほどにはカルヴ

ァンに依存していないので、「改革派」と呼ぶのがより相応しいと考えられる。

「長老派」というのは教会の制度上の名前である。

改革派教会では、長老が教会を指導することが、教会という組織にとっては一番

良い方法であると考えられているので、教会政治上の仕組みとしては長老制を

取っているところが多い。

だから、「改革派」と「長老派」は同じ教派の教会と考えてよいと思う。

ただし、宗教改革が始まった頃には、「改革派」とは、カトリック教会に抗議する

という意味の「プロテスタント」や福音主義に立つ教会という意味の「福音派」と

ほぼ同じ意味で使われていた。

(※ルター派は今でも自分たちの教会を「福音派」と呼ぶが、これはアメリカで

有力な「福音派」とは違うので注意が必要)

また、改革派の信仰がスコットランドに伝わった時、イングランド国教会の「監督

制度」に対立して長老制を強調したため、特に「長老教会」と呼ぶ様になった。

だから、イギリス系の改革派教会は「長老派」と呼ぶ。

「改革派」である事と「長老派」である事をどちらも強調する場合は、

「改革長老派」と呼ぶ様である。

日本でその点を強調している教会は、ウェストミンスター信仰告白の信仰に

立つまじめな教会だと思う。

他の教会が不真面目という意味ではないが、わざわざ「改革派」「長老派」

「改革長老派」と名乗るのは、(「ただ伝統的にそうしてきた」という場合もある

だろうが)常に聖書のみ言葉によって教会は改革されるべきである、という意識

が高い事を示しているのではないだろうか。











カール大帝 vs ユスティニアヌス

カール大帝が100%勝つ。

ユスティニアヌスはローマの再統一に成功するが、その指揮を執っていたのはベリ

サリウスという有能な将軍でユスティニアヌス自身は戦場に全く立った事はない。

戦争においてはユスティニアヌスは全くの素人で、というより無能。

お気に入りの宦官がベリサリウスに送るはずだった補給物資を横流しし、危うく

ベリサリウスの軍が兵站切れで全滅しかかった時も、降格だけで済ますなど、

前線の兵士たちの士気をさげるようなことばかりして、ベリサリウスの足を引っ張

りまくっていた。

統一した西ローマの領土もユスティニアヌスが送り込んだ高官たちの苛烈な税の取

り立てによって空洞化し、結局、西ローマの崩壊を早めるだけとなった。

とはいえ、外交や足元の東ローマでの開発などは非常に成功しており、正しい情報

が与えられれば適格な判断を下せる人物であったのは間違いなさそうである。

宦官制度というフィルターとユスティニアヌスの西ローマへの関心のなさが西ロー

マにとっては不幸だったといえる。

 一方のカール大帝は有能な父の跡を継ぎ、生涯50年近くも戦いつづけ、見事、

周囲のゲルマン蛮族を征伐し後のフランスを作った王。

イメージとして信長と秀忠のどっちが強いかくらいの差がある。

秀忠は将軍であっても家康からは江戸幕府を確立するというその統治能力を買われ

ていたという面が強い。

むしろ、東ローマ最高の武将であるベリサリウスとカール大帝ならどっちか。

その征服範囲からするとベリサリウスかもしれない。

彼は本国からは悲惨なほどひどい支援しか受けられないにも関わらず常に勝ち抜い

ており(それゆえ、お前6000人くらいの兵力でも十分西ローマ征服するとユスティ

ニアヌスから無茶ぶりをされ、慌てて皇帝に自ら陳情しに帰るはめになる)それを

考えるとかなり優秀な武将。










杉田水脈議員ってめっちゃアホみたいな女。

こんな奴が国会議員やってるとは。

こいつの話の持って行き方が極めて稚拙。

「生産性」を持ち出せば言葉尻をつかれて叩かれるのは当たり前。

この人の真意はLGBTが単に嫌いだから、このような稚拙な事を言ったのか、

それとも少子化対策にもっと税金を投入しろと言いたかったのか。

この人、国会議員なんだろう。

その辺の「おばはん」そのもの。

自分の政策(考え)を実現したいのなら、もっと話の持っていき方を勉強しないと

ダメ。

週刊誌を読んでいないので、よく知らないが。

この人の真意はなんなんや。

ただの炎上商法。

異常。

待機児童はいないとか言っていたけど実際待機児童いる。

待機親や子供一緒にいたいなどがあるが確かに親が子供と過ごす時間は必要だと

思うが今の母親ってパートなんかしているし好きでパートをしてる訳でもなく生活

の為にやっている。

この人に限らず国民の生活に興味がなく席が欲しいだけ。

杉田は自民以外の政党にも所属しており比例当選。

政治家なら自分の政策(考え)を実現したいのなら、もっと話の持っていき方を

勉強しないとダメ。

あれでは何もで実現できず批判を受けるだけ。

公に持論を主張し批判非難したいだけで、持論を実現させる気など全くないから

この様な言葉選びや話し方になってしまっている。

また「自民の大臣クラスの方に応援いただいた」とも主張しているので、特定の

自民議員へのアピールのためだけに発言しているのかもしれない。

wikiで調べて驚いたのだが、彼女は過去に「陰謀論」や「洗脳教育」など言って

いた様だ。

国会をテレビタックルやオカルト番組と同じに考えているのかもしれない。

二階氏は「考え方の多様性があっていい……」と逃げたが、考え方どうこうよりも

言葉の選び方、話の持って行き方は注意すべき。

二階氏の隣に小泉Jrがいたが……杉田議員の考え方といい、小泉Jrの子供保険の

考え方といい、実現させる気などさらさらなく、偏見の強い古株議員へのアピール

か、ただ単に選挙のために目立つための自己アピールしかしない。

だからどの発言も説得力に欠け底が浅さが明白。

アピールしかしない議員が増えている。

かなり人格に問題がある。

杉田水脈……wikipediaより。

「家族"は日本の一番コアな部分であり、旧ソ連崩壊後、弱体化したと思われてい

たコミンテルンは力を増し、日本がコミンテルン一派の活動の温床となり、一番の

ターゲットとなった結果、日本の家族制度の破壊を企むコミンテルンら日本を貶め

る勢力が保育所増設要望やLGBT支援などの"世論操作"を用いるなど、様々な工作活

動を仕掛けている」と主張。

典型的な陰謀論者。

陰謀論者は“自尊心が低いナルシスト”!? 自己中心的な「かまってちゃん」で

あることが判明(最新研究)

「自尊心の低いナルシスト」――これは一見したところ矛盾した話にも思えるが、

過去の研究によると、相反するような気質が個人の中で共存することは決して珍し

くないのだという。

ナルシストで自尊心が低い場合、人は他者から承認されたいという欲望を強く抱く

とともに、ふとしたことで他者から攻撃されていると感じてしまう。

つまり、「かまってちゃん」のような性格になるようだ。

「もしかするとナルシストは、自己中心的な自意識によって陰謀論を信じてしまう

傾向にあるのかもしれません」

「誇大妄想的傾向にあるナルシストにとって、陰謀論は膨れ上がった自己愛に強く

訴えかけてくるものがあるのでしょう」





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2018年07月27日

  episode-143「カレーつけ麺大盛」


22日放送のフジテレビ系「ニチファミ! 特捜!激撮!張り込み

マネースコープ」(後7時57分)で、元ヤンキース・井川慶氏(39)の

現在を追った。

現役復帰を目指す理由を「嫁さん。ずっと支えてくれてるので」と説明した

井川氏。

07年4億円を稼いでいた年収は現在0円だと語り「今すぐ仕事をしなくては

いけないっていうわけでもないので。ぜいたくしなければ、普通に生活して

いれば全然問題ないです」と話した。

井川慶か。

まだおったんやって感じや。

昨夕そんな事を考えていた。

すると江戸っ子どんと姫がここにやって来た。


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そして「お疲れ様です」と言って私の横に勝手に座りやがった。

私が「復帰を目指してるみたいやな」と言った。

江戸っ子どんと姫「エトヴィン・フィッシャー(Edwin Fischer, 1886年10月6日

 - 1960年1月24日)は、スイス出身、主にドイツで活躍した名ピアニストで、

すぐれた指揮者、教育者でもありました。

バーゼルに生まれ、同地でハンス・フーバーに師事、1904年にベルリンに移り、

シュテルン音楽院でマルティン・クラウゼに学びました。

従って、クラウディオ・アラウとは同門ということになります。

翌年には早くも同校の教授となり、1914年まで勤めました。

後にはベルリン高等音楽院の教授にも就任しています」と言った。

私が「へ~っ、クラシック音楽にも精通しているんや」と言った。

江戸っ子どんと姫が「この辺は、ドン引きタツジさんとは違いますから」と笑い

ながら言った。

私が「ところで、野球には興味はないんか」と言った。

江戸っ子どんと姫が「清少納言は紫式部について直接、文章を残していません。

ただ、『枕草子』には紫式部の夫・藤原宣孝が金峰山に派手な衣装を着て参詣した

ことや従兄弟の藤原信経について「字がとても下手で書いた漢字や仮名は読めたも

のではない」と記しています。

清少納言は明るく社交的な性格で教養の高い人物だったと考えられていますが、

その一方で身分の高低によって態度が変わる性格だったのではと言われています。

『枕草子』では下級貴族の滑稽で品がない様子が繰り返し記述されていますが、

他の文献からは、そのような事項が見当たらないこともあり、 紫式部の夫や従兄

弟のついても事実とは異なる姿が描かれているのではないかと今では考えられて

います。

一方で紫式部は『紫式部日記』の中で、清少納言のことを「得意げに、自慢の

漢字を書いているようだけど、よく見ると間違っていて、大したことがない

(中略)こんな人の将来には、いいことがあるとは思えない」と記しています。

紫式部は内向的で控えめな人物だったと言われていますので、 『枕草子』で親族

のことをこっぴどく書き落とした清少納言のことを、苦々しく感じ、このような

辛辣な評価をしたのかもしれません」と言った。

私が「ところで、最近の業績はどう」と聞いた。

江戸っ子どんと姫が「今のところは何と頑張れています。

この調子でなんとかノルマーを達成したいと思っています

この前ランチで早子町にある『麺屋 楓華』へ行って来たんです。

ここは寝屋川市ではつけ麺が美味しいと評判です。

わたくしはいつも『つけ麺並』を注文しています。

わたくしがお店の中に入った瞬間死んでしまいそうなぐらいにえげつない悪臭が

したんです。

お店の中を見るとなんとあのハゲでエロの越後のちりめん性行為が奥のテーブル席

に座りながら真面目な顔をして生意気に『カレーつけ麺大盛』を食べているんです。

あのハゲの越後のちりめん性行為が普通の真面目な顔をして食事を普通にしている

姿を見てわたくしは真剣に驚きました。

本当にびっくりしました。

あのハゲ頭の存在そのもので仁義愛将軍様の下痢便も後悔先に立たずみたいな物に

なります。

わたくしは心の中で“ざっ!けんなよ!!このハゲ~!!”と叫んでいました。

わたくしは気づかれない様に別の席に座ったんです。

すると“やーっ”と言って、ハゲ頭の越後のちりめん性行為がトレーを持って

わたくしの横に座るのです。

横ですよ。

普通は向かいに座ると思うのです。

常識の微塵も感じられないハゲの越後のちりめん性行為の行動には呆れるばかり

です。

16文キックでもくらわしてやりたいと思いました」と言った。

私が「16文キックって。

なんじゃーそれは。

プロレスの技やんけ。

でも、何となく言いたい事は理解出来る」と言った。

江戸っ子どんと姫が「越後のちりめん性行為の余りのキショクの悪さに吐きそうに

なります。

わたくしが越後のちりめん性行為にちょっと聞いてみたんです。

“ねえ、ねえ、越後のちりめん性行為さんはどうしていつも1999年公開のアメリカ

映画の『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』に出て来るブラック・ヒルズみたいな

顔をしているんですか”って。

すると越後のちりめん性行為さんが“ブラック・ヒルズ顔には天才肌が多いんだ。

ブラック・ヒルズ顔は天性のものなんだ。

1994年10月、モンゴメリー大学映画学科に在籍する三人の学生、女性監督の

ヘザー、撮影担当のジョシュ、録音担当のマイクは、その土地に今なお残る

伝説の魔女「ブレア・ウィッチ」を題材としたドキュメンタリー映画を撮影する

ために、メリーランド州バーキッツビルのブラック・ヒルズの森に向かう。

だが、森の中で撮影を続ける三人は、不可解な現象にまきこまれ、想像を絶する

恐怖を体験し、そのまま消息を絶った。

手掛かりが発見されないまま、やがて捜索は打ち切られる。

しかし事件から1年後、彼らが撮影したものと思われるフィルムとビデオが、

森の中で発見されたのだ…。

本作品は、彼らの残したフィルムを再構成し、映画化したものである…という

設定となっている。

僕の様な天才肌は最高のオナニーの道具(究極のアダルトグッズ)である

『TENGAバキュームコントローラー』を使って最強に興奮しながら大量に射精す

るんだよ。

僕の様なブラック・ヒルズ顔の天才肌が『TENGAバキュームコントローラー』を

使いこなすって凄いと思わないか。

『TENGAバキュームコントローラー』を使いこなすのは世間では僕だけだよ”と

意味不明な事をぬかすんです」と言った。

私が「ブラック・ヒルズって。

何が言いたいのか全く理解出来ないな」と言った。

江戸っ子どんと姫が「越後のちりめん性行為さんはハゲ頭のアホみたいなピコ太郎

だと思いました。

アホみたいな顔をしたドン引きタツジさんは相変わらずクソ面白くありません。

それに会社の廊下でよく転んでいます。

わたくしはこのまま頑張って突っ走ります」と言って拳を突き上げた。


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相変わらずこのくだりがクソ面白くなくて笑いにもならない。

そう思った瞬間、沈黙となった。











ほんでもって、ある日のおうち御飯


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茄子の辛炒めが最高に美味しいのであった。





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2018年07月26日

  『炭火焼肉 牛味苑』はキャンセル


『ホルモン 徳いち』はほんまに美味しかった。

その後京阪京橋駅の西口出口に向かって歩いた。

懐かしいマクドナルドの前を通った。

ここは大学生の時によく入ったものだ。

少し歩いていると居酒屋の『徳田酒店 プロムナード店』の前を通った。

『徳田酒店』は京橋には何店舗かある。

おそらく3店舗ぐらいかな。

『徳田酒店』は京橋では非常に人気のある居酒屋で、まあー、言えば、

日本橋の相合橋商店街にある『正宗屋』に匹敵する。

店内を覗くと男性店員と目が合った。

その男性店員がピースサイン的なポーズをした。

『お二人ですか』と言っているポーズであった。

それで俺がOKのポーズをした。

俺は思わず『ラッキーやんけ。すんなりと入れる』と思った。


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店内に入ると満席状態であった。

この活気溢れる賑わいが堪らなく心地よくなるのであった。

我々は奥のカウンター席に座った。

早速注文をした。

注文は、おばん盛り5種であった。

直ぐに生ビールが運ばれて来たので乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!


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おばん盛り5種

味付けが無茶苦茶最高に美味しい。

全ての料理が手作り感が素晴らしくて最高に美味しいのであった。

そりゃー、これだけ人気があるなーとめっちゃ納得するのであった。

満足、満足の『徳田酒店』であった。

『徳田酒店』は今後も大いに利用したいと真剣に思った。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『徳田酒店 プロムナード店』であった。

その後京阪香里園駅前まで移動した。

そして『炭火焼肉 牛味苑』へ行こうとした。

しかしこの時点でむっちゃ腹一杯になっていた。

おそらく『徳田酒店』のおばん盛り5種が効いて来たのを感じ取る瞬間であった。

それで予約を入れておいた『炭火焼肉 牛味苑』へはキャンセルの電話を入れた。

そんな感じで7月21日の飲み歩きはこれで終了となった。

また来週ね。

京阪香里園駅前で猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!










ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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デカい冷奴が想像を超えた美味しさでめっちゃ満足するのであった。





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フランク王国の発展

ゲルマン人の大移動の混乱の中で481年クローヴィスが北フラン地にメロヴィング

朝フランク王国を建国した。

クローヴィス)は全フランク人を統一し、496年にはカトリック)派キリスト教に

改宗した.8世紀になるとメロヴィング朝の権力が衰えて宮廷の長官である宮宰が実

権を握るようになった。

宮宰カール=マルテル)は732年、イベリア半島から侵攻してきたウーマイヤ朝の

イスラム軍をトゥール・ポワティエ間の戦いで撃退し、西方キリスト教世界をイス

ラム教徒の侵攻から守った。

それで、その子はピピン3世は751年にメロヴィング朝)朝を廃して王位につき、

カロリング朝をひらいた。

このピピン3世はローマ教皇の支持を受けたので、北イタリアのロンバルド王国か

らラヴェンナ)地方を奪い、これを教皇に寄せて、最初のローマ教皇領とした。

フランク王国はピピン3世の子カール大帝の治世に最盛期を迎えた。

カール大帝はイベリア半島のイスラム教に反対する遠征を行った他、北イタリアの

ロンバルド王国を征服し、また東方から移動してきたモンゴル系のアヴァール人

撃退し、さらに北東のザクセン人を服従させるようなドイツを征服して、西ヨーロ

ッパ地域の主要部分をほぼ平定するようにしました。

また、中央集権的な支配体制を整え、学芸を推奨しました。ローマ教皇レオ3世は

800年にローマ皇帝の帝冠をカール大帝に応じて、フランク王国をローマカト

リック教会の政治的保護者として、西ローマ帝国の復活を宣言した。

しかしカール大帝の死後内紛がおこり、その孫たちによって843年にヴェルダン条

約、ついで870年にメルセン条約が結ばれ、東フランク王国(ドイツ) - 西フラン

ク王国(フランス)、イタリアが成立して西ヨーロッパ世界の基礎が

できあがった。

しかし、外民族の侵入が激化カロリング朝があいつで断る絶望と王権は一気に弱体

化した。

領主間で自らの地位所領を確保するため、双務的契約により主従事を結ぶ

封建制作した。

ヨーロッパの封建制は古代ローマの恩貸地制と古ゲルマンの従軍制が結びついて

成立した。

領主の所領は荘園を単位とし、農民は農奴とよばれ賦役や貫納他、移住の自由が

ない結婚税や死亡税が課せられれ、教会にも十分な一税をおさめた。

西ローマ帝国は紀元前27年にオクタビアヌスが元老院から「アウグストゥス

(尊厳者)」の称号を受け、プリンケプス(第一市民)として事実上の帝政を

行ったのをスタートとする。

その後、ローマ帝国は巨大化するが、そうなると統治にいろいろと支障が

出て来て、結果395年に西ローマ帝国と東ローマ帝国に分裂する。

西ローマ帝国は476年に滅びる。

西ローマ帝国を滅ぼしたのはゲルマン人傭兵隊長のオドアケルでその背景には

375年より始まるゲルマン民族の大移動があった。

西ローマ帝国が滅んだ後、ゲルマン諸民族はローマ領内に進入しいくつかの王国を

建てるが、これらの興亡の末に西ヨーロッパに君臨したのがフランク王国である。

フランク王国はカロリング朝のチャールズ大帝(シャルルマーニュ)が800年委教

皇レオ3世からローマ帝国の帝冠を授けられ、西ローマ帝国の復活がなった。

ここにキリスト教と結合した西欧世界が現出した。





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プロフィール

T-SIRLOIN

Hi. I'm "T-SIRLOIN", webmaster of "MEAT & SEA T-Chama Club". From Osaka, I'm broadcasting my weekend foodie tour, mainly with YAKINIKU. "We love Osaka. We love Buffaloes," is our motto, and we are Osaka's No.1 GENKI Club. Hope you like it.
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