2018年03月14日

  ようやく『やっちゃん』の神髄が


その後向かったお店は『焼肉やっちゃん京橋店』であった。


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5時の開店と同時に入店した。

するといきなり満席状態になった。

ここの人気度が半端ない事を改めて思い知らされた瞬間であった。

我々は一番奥のテーブル席に座った。

早速注文をした。

注文は、上塩タン×200ℊとアカセン×100ℊ

先ずは『ウコンの力』で乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!

引き続き生ビールで乾杯をした。


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乾杯ー!!


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上塩タンとアカセン

2月の8日に『扇の要』と二人で『やっちゃん』に来た。

この時店主の薦めで初めてアカセンを食べた。

店主が薦める限りは絶対に美味しいと思った。

実際に焼いて食べた。

俺と『扇の要』の感想は全く同じであった。

『薦められたけど、普通やったな。

なんも思わんかったな』であった。

その後ちょっと考えた。

それから俺の心のどこかで『やっちゃん』のアカセンに対する何かがくすぶり始め

るのを物凄く感じる様になって来ていた。

それでこの日もアカセンを注文する事にした。

俺的に『今日はアカセンは半生焼きで食べてみよう』と思った。

先ずは上塩タンが運ばれて来た。

焼く前に全開になっている火を手を伸ばして自分で弱火にする。

そして焼き始める。

タンはいつもの様に網の端に置いて焼き始めた。

ゆっくりとタンの芯まであっためる感じで焼く。

芯まであったまった感じになると網の中心で一気に焼き上げる。

そうするとマグロのトロの様な食感になる。

正真正銘の厚切りタンが口の中に入れた瞬間からその柔らかさに度肝を抜かれる。

旨味と甘味が凝縮されたタンがジューシーに口の中で溶けるのを感じながら

美味しく頂く。

まさに関西屈指のタンがここにあるのだった。

次にアカセンが運ばれて来た。

タンと同様に先ずは網の端にアカセンを並べた。

並べたらアカセンを直ぐに網の中心に移動させた。

そしてほんの少しだけあぶる感じで焼く。

アカセンは半生の状態。

その瞬間に火を消した。

もうこれ以上は焼かない。

半生の状態をキープする。

その為に火を消した。

アカセンを赤い薬味に付けて食べる。

するとホルモンでありながら余りの柔らかい食感と旨さに衝撃を受ける。

思わず『これや、これや、この旨さや。

これがやっちゃんの力なんや。

俺の中にくすぶっていた物が一気に燃え上がった』とうなってしまう。

前回の2月の8日に『扇の要』と来た時は明らかにアカセンを焼き過ぎた。

その反省からこの日は半生で食べようと思った。

それが大いに正解であった。

この時ようやく『やっちゃん』の神髄が分かった。

『そうか、やっちゃんは、赤身ではなくて、ホルモンが売りなんや。

新鮮で生でも食べれるホルモンがお店の看板なんや。

だからいつも店主は“あぶるだけでいけます”と言っていたんや。

それなら今度はホルモン中心の注文で行こう。

しかもホルモンの全てはあぶる感じの半生で焼こう』

今後はこれで行きたい。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『焼肉やっちゃん京橋店』であった。

『やっちゃん』の神髄は“全てのお肉が生でも食べれますよ”だろう。

今の時代『牛肉を生で食べて下さい』は食品衛生法違反になるからな。




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ほんでもって、ある日のおうち御飯。

この日は焼肉を食べに行く事にした。

『焼肉と言われても、この辺で美味しい焼肉が中々やで』

とりあえず『食べログ』で調べた。

すると京阪交野市駅前に『家族亭』と言う焼肉店がヒットした。

とりあえず行ってみる事にした。

そんな感じの『家族亭』


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タン塩、ロース、カルビ、ハラミ、ミノ、アカセン、韓国風冷麺。

ここは『この値段でこの美味しさは滅茶苦茶ええやん』

こんなレベルの焼肉店であった。

機会があれば今後も大いに利用したいと思った。

レギュラー決定。

そんな感じの『家族亭』であった。






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王莽の新は歴代王朝に含まれている。

項羽の西楚や武則天の武周は歴代王朝に含まれないのか。

歴代王朝の数え方は一定しておらず、項羽の西楚や武則天の周は確かに省かれる

事は多い。

王莽の建てた新も同じく数えられない事の方が多いと思うのだが、西楚・武周は

数えず新は数えるとするならこれは存続期間に加えて「統治制度の有無」などの

違いからだと思う。

中国史でいう王朝交代は「易姓革命」とされる様に「姓を易える(変える)」事が

基本である。

皇帝家・王族の姓とは違う姓を持つ者が放伐・禅譲により王朝を開くという

意味だが、この王朝とは

・宗族による世襲制

・一定の土地と規模を統治する

・統治下の地域で同じ制度が採られている

という事を以て王朝と見做される事が多いと思う。

要するに、それまでの政治・制度にある程度の改変を加えて新たな統治を行った物

を王朝と呼んでいる訳である。

社稷として先祖を祀ったり霊廟を建てて廟号を贈ったりする事も必要なのだが、

この意味からするなら項羽の楚は条件を満たしていない。

「覇王」となった様に、各地に王侯を封じその中の筆頭という様な立場に自らを

位置づけた訳だが、項羽はかつての封建主義を採ったという事になるからである。

決して、それらの諸侯国を統治していた訳では無く、統一された制度を強制した訳

でもなく、各諸侯の自治に任せているのだから、これは統治したとは言えない状況

であったと思う。

封候の直後に叛乱を起こされたりした事も含めて、王朝とは呼べないと捉えられて

いる様に思う。

こうした統治・政治制度の面から言うのなら王莽の新は多くの変法を行っている。

周代の政治を理想とし儒教を根本とした政治体制を布き、華夷思想から周辺諸国を

殊更に蕃夷として格下げを図り、おかしな専売制を導入して経済を混乱させるなど

の総じて「悪政・暴政」であり、だからこそ各地で叛乱が起きた。

これは新が中華本土と周辺地域に渡って影響力を持っており、独自の政治制度を

布いていた証になると思う。

悪政であり多くの不満を呼んだが、その不満が叛乱となるほど広範な地域で悪政を

布いていたという事。

武則天の武周も唐律・唐制を基本にしながらも政治・制度の変革は行ってはいた。

王莽のように地名・官名の改変も行ってもいるが、こちらはまずまずの善政では

あったと思う。

ただ、武則天の場合は「中宗が復位している」事から王朝とは見做されない印象が

ある。

高宗の死後に太子だった李顕が中宗として即位⇒中宗を廃位して睿宗を即位させる

⇒禅譲を行って自分が即位する⇒自ら退位し中宗を復位させる。

というのが登位と退位の過程だが、これは歴史的に見ればあくまで「中宗・睿宗の

代だけの簒奪」に過ぎない。

李氏の復権という事なら前漢⇒新⇒後漢のように扱われた可能性があるのだが、

退位させた中宗が再び即位している事で、「政変」の様に考えられてしまっている

という事。

中国史上、空前絶後の女帝だったが、これは上記のような経緯により「唐朝の

イレギュラー」の様な意味合いで見られる事が多く、その為に武周も歴代王朝とは

見做されないという事の様だ。





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時間や社会にとらわれず 幸福に空腹を満たす時

束の間 彼は自分勝手になり 自由になる

誰にも邪魔されず 気を遣わず物を食べるという孤高の行為

この行為こそが 現代人に平等に与えられた 最高の癒しと言えるのである

※ドラマ「孤独のグルメ」実写版オープニングトークより







 



h_t_tomoto at 06:33コメント(0) 

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