2018年06月04日

  今年5回目の『とらちゃん』


5月31日の木曜日『ホテルアゴーラ大阪守口』で大手ゼネコン主催の講演会が

あった。

講演会は5時30分から始まり6時30分頃に終了した。

その後私は一人でタクシーに乗ってJR鶴橋駅前まで移動した。

そして向かったお店は焼肉の『本家とらちゃん 鶴橋駅前店』であった。

今年5回目の『とらちゃん』であった。

この日のお供は所長とドラゴン単品であった。

所長とドラゴン単品とはJR鶴橋駅の改札口前で7時15分に待ち合わせをした。

私が到着したのは7時頃であった。

すると二人は既にそこに立っていた。

流石であった。

Tちゃま倶楽部のメンバーは絶対的に時間厳守なのであった。

そんな感じの焼肉の『本家とらちゃん 鶴橋駅前店』


DSC06038


DSC06039

店内に入ると大山主任がいつもの素晴らしい笑顔で我々を迎えてくれた。

平日だと言うのに店内は結構お客さんが入っていた。

流石は『とらちゃん』であった。

我々が案内されたのはいつものレジの横の個室であった。

早速注文した。




注文したオーダー

上塩タン×一人前

特選サーロインステーキ×二人前

特上骨付カルビ×一人前

特選ハラミ×一人前

並のロース×一人前

タンツラ塩にんにく味×一人前

特上ミノ×一人前

野菜サラダ×一皿

生ビール×飲めるだけ




我々が席に座るとTちゃま倶楽部専用の胡麻と葱の薬味と『とらちゃん』秘伝の

タレが用意されていた。


DSC06047

Tちゃま倶楽部専用の薬味と『とらちゃん』の秘伝のタレ

この胡麻と葱の薬味はTちゃま倶楽部専用で他のお客さんに提供される事はない。

先ずは『トップグロンEX』する事にした。


DSC06042

乾杯ー!!


DSC06043

引き続き生ビールで乾杯をした。

乾杯ー!!


DSC06045


DSC06046

上塩タン

ここのタンは薄過ぎず厚過ぎず美味しさを味わうには最高の厚みである。

口の中に入れた瞬間から広がる泉に酔いしれる感じが堪らない。

最高に美味しいタンを味わえる。

ドラマのいきなりの演出に度肝を抜かれる。

ここのタンは真剣に美味しいのであった。


DSC06050


DSC06051


DSC06052


DSC06053

特選サーロインステーキ

この日も鹿児島産黒毛和牛A-5の最高級のサーロインステーキが用意された。

わざわざ寝屋川市から『とらちゃん』へやって来る最大の目的はこのサーロイン。

じゅっくりと常温で寝かされれている為サシが抜群の脂を滲み出している。

そのサシこそがサーロインの旨さその物である。

マッタリとした食感の中で寄せて来る甘味と旨味が堪能出来る。

このサーロインはほんまに美味しいのであった。

食べると笑みがこぼれる。

この瞬間こそが『至福の喜び』なのであった。


DSC06054


DSC06055

特上骨付カルビ

部位は『ともばら』

非常にキメの細かいサシが特徴的である。

ゆっくりと炙る様に焼く事で未経験ゾーンに入り込んでしまった感の甘味が

容赦なく飛び込んで来る。

邪道と呼ばれようがこのカルビの旨さの深さにはため息の連続だ。

サシから溢れる肉汁の旨さが先行して後から甘味がこぼれて来る

地上最強で完璧なカルビとはこの事を言うのであった。


DSC06057

特選ハラミ

ハラミ独特の癖を全く感じさせない絶品のハラミである。

食べてもハラミとは思えず奥深いロースを堪能している世界にほうふつと

湧き上がって来る。

最高に美味しいハラミなのであった。


DSC06056

並のロース

これが並だと誰が思うのだろうか。

食する口の中は上か特上の味わいが公然と王道にたどり着くのを迎え撃つ。

濃厚な旨さと甘味から想像を遥かに超える美味しさに疑問の余地すら現れないので

あった。

めっちゃ美味しい並のロースなのであった。


DSC06048


DSC06049

タンツラ塩にんにく味

ホルモン独特の脂が湧き上がって来ながらも全く臭味が感じられない。

食べた瞬間から甘味と旨味が濃厚に味わえる。

ビールのアテとしては最高の逸品なのであった。


DSC06058


DSC06059

特上ミノ

柔らかいモンゴイカの様に一回一回しっかりと噛み切れる。

一回一回噛み切る度に甘味と旨味が舌の上で踊り出す。

これ程に柔らかいミノは中々出会えないであった。

最高に美味しいミノがここにあるのであった。


DSC06044

野菜サラダ

キューピーのドレッシングがかかった極々普通のサラダであった。

骨付カルビの筋を焼いて食べる事にした。


DSC06064

骨付カルビは筋まで綺麗に焼いて食べるのが通である。

そして最後の最後は……。

最後の最後まで大切に残しておいたサーロインを焼いた。


DSC06065


DSC06066

最後まで大切に寝かしていたサーロインはかなり熟成されている。

その為、サーロインがトロントロンになっていた。

これがほんまにえげつないほどに美味しいのであった。

あったかいコーン茶で乾杯をして〆る事にした。


DSC06067

乾杯ー!!

このコーン茶を飲むと満足感でホットするのであった。

最後に猛牛ポーズをする事にした。

猛牛ポーズ!!

今回参加したドラゴン単品と所長は2回目の『とらちゃん』であった。

この二人が『美味しい、美味しい』と喜んでいた。

私はこの二人の笑顔を見るだけで満足であった。

そんな感じの焼肉の『本家 とらちゃん 鶴橋駅前店』であった。




DSC06040


DSC06041


DSC06060


DSC06061


DSC06062


DSC06063











6月2日の土曜日『リーガロイヤルホテル大阪 2階 桜の間』で大手ゼネコン主催の

講演会があった。

講演会は6時から始まり7時過ぎに終了した。

その後ささやかなながら的な懇親会があった。

懇親会は立食のビュッフェであった。


DSC06118


DSC06119


DSC06120

『リーガロイヤルホテル大阪』の食事も中々の物であった。

そんな感じの『リーガロイヤルホテル大阪』での講演会であった。











ほんでもって、ある日のおうち御飯。


DSC05926


DSC05927


DSC05928


DSC05929


DSC05930


DSC05931


DSC05932


DSC05933


DSC05934


DSC05935


DSC05936

ざるそばが最高に美味しいのであった。

そばつゆで一番気に入っているのが『ミツカン 追いがつおつゆ』である。

『追いがつお』は地味に美味しい。






←ここを押して下さい!!

よろしくお願い申し上げます!!

読み逃げは厳禁ですよ――!!

自分の携帯電話から。

自宅のパソコンから。

会社のパソコンから。

他人の携帯電話、パソコンから。

とにかく一杯押して下さい!!







  


















現在考証が終わり、真実に近いとされている歴史資料では、チンギス・ハーンの

生年すら分かっていない。

現在、1162年出生説が有力だが、他にも様々な説がある。

ざっくり見ると下の感じ。

1154年説:『蒙韃備録』

1155年説:『新元史』『集史』『元朝秘史』『南村輟耕録』『バナーカティー史』

『選史』

1162年説:『元史・太祖本紀』

1167年説:『聖武親征録』

生年すらはっきりしていないのだから、その出生の時のエピソードも当てに

ならない。

血の塊を握って生まれたというエピソードは『元朝秘史』に収録されているはずだ

が、『元朝秘史』は韻を踏んだ綺麗な文章ではあるが、その内容に関しては信憑性

が薄いと評価されている。

眉唾だって事。

イル・ハン国を建国したフレグ(フラグ)の母は、実はネストリウス派のキリスト

教徒だった。

この女性は、チンギス・ハンのライバルだったケレイト部の出身だった。

ケレイト部はモンゴル系の遊牧民だが、ネストリウス派を信仰していた人が多い

部族だった。

フレグ本人はキリスト教徒ではなかったが、キリスト教に親近感を持っていた

可能性がある。

実際に、イル・ハン国が成立すると、エジプトのマムルーク朝と対決することに

なった。

そのため、マムルーク朝と対立関係にあるヨーロッパのキリスト教国とも提携

しようとしたくらい。

キプチャク・ハン国の名前の由来は、キプチャク草原という地名にある。

キプチャク草原は南ロシアの平原地帯で、現在でいえばウクライナからカザフスタ

ンあたりになる。

キプチャク・ハン国の建国者であるジョチ(ジュチ)がこの地域を征服した時、

この地域に住んでいたのはキプチャク人と呼ばれるトルコ系遊牧民だった。

実は、このキプチャク系の遊牧民はムスリムの奴隷商人に捕まったりして、

イスラーム世界にマムルークとして売られてしまうケースがたくさんあった。

実際に、マムルーク朝初期の英雄であったバイバルスはキプチャク系のマムルーク

だった。

そういう関係があることから、キプチャク草原はイスラーム教が伝わっていった。

ちなみに、初期のキプチャク・ハン国はマムルーク朝と同盟を結び、イル・ハン国

とライバル関係にあった。

クビライ(フビライ)はチベット仏教のサキャ派の指導者のパスパを利用して

チベットを支配下に収めた。

パスパはクビライに仕え、国師(先生のような存在)として尊重された。

そのため、元朝ではチベット仏教が流行した。

チャガタイ・ハン国があった場所は東西のトルキスタンになる。

モンゴル帝国が征服する前のこの地域は、西遼が栄えていた。

この地域は、西部からムスリムが増加しつつあり、昔からの仏教徒なども暮らして

いた。

儒教は、この時期では漢人(漢民族)だけのものと考えてよい。





←ここを押してください!!

h_t_tomoto at 06:32 
プロフィール

T-SIRLOIN

Hi. I'm "T-SIRLOIN", webmaster of "MEAT & SEA T-Chama Club". From Osaka, I'm broadcasting my weekend foodie tour, mainly with YAKINIKU. "We love Osaka. We love Buffaloes," is our motto, and we are Osaka's No.1 GENKI Club. Hope you like it.
blogram投票ボタン←Ctrlを押しながら、この2つを押して下さい!!よろしくお願い申し上げます!!
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ