2018年06月12日

  中華の醍醐味


その後JR森之宮駅前まで移動した。

そして向かったお店は『中国創作料理 あかまつ』であった。


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店内に入ると結構お客さんが入っていた。

我々は中央辺りテーブル席に座った。

早速注文をした。

注文は、餃子と八宝菜と麻婆豆腐であった。

先ずは『チオビタゴールド』で乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!

引き続き瓶ビールで乾杯をした。


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乾杯―!!


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餃子と八宝菜と麻婆豆腐

創作と言うだけあって、中々の個性的な味わいであった。

全体的には非常に優しい味付けでありながらそこにはしっかりとした中華の醍醐味

をふっくらとした膨らみの中で包み込んだ美味しさであった。

いくら食べても全く飽きが来ない味わいであった。

『中国創作料理 あかまつ』は今後も大いに利用したいと思った。

猛牛ポーズをした。

猛牛ポーズ!!

そんな感じの『中国創作料理 あかまつ』であった。











ほんでもって、ある日のおうち御飯。

この日はカレーを食べる事にした。


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冷奴を食べながらのカレーが最高に美味しいのであった。











ちょっと遅い目のランチをした。

早速注文をした。

注文は、韓国冷麺であった。


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韓国冷麺

あっさりとした口当たりの中にしっかりとした出汁が効いて

めっちゃ美味しかった。





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チンギスハンと次のオゴタイの2代のハンに仕え、政治顧問として中国の統治に

ついて多くの助言や指導をした。

モンゴル族は基本、遊牧民であり定住農耕文化の中国についての知識に乏しい。

耶律楚材はできるだけモンゴル族の破壊的行動を抑え、中国の伝統的生活を守る

ように尽力した。

モンゴルとしてもそれまでの武断政治から文治政治に必然的に変化しなければ

ならない時期であり、耶律楚材の意見を多く取り入れるようにした。

モンゴルから見たら耶律楚材は漢民族ではなく契丹人であることが信用に

つながった。

五胡十六国時代の五胡から北魏、そして契丹族の遼、女真族の金と中国(中原)に

侵入した北方遊牧騎馬民族は、ほとんどが中原の文化に大きな影響を受けて、国家

の体制や、元々からの構成員であった自身の民族の生活習慣なども変えている。

北魏の“漢化政策”などは有名。

自分たちの生活の根本まで変革している。

後の時代の清なども辮髪などの自身の文化の漢民族への強制もあったが、儒教や科

挙などの中原文化の根本となる部分は自分たちが漢民族に合わせている。

しかし、そんな中、モンゴル族が建国した“元”だけは異彩を放っている。

科挙を廃止し、漢族の自身の政権への参加への途を閉ざし(漢人世候など、武力を

持った漢地の実力者は優遇している)、儒者を乞食より下の“最低の職業”と

した。

モンゴル至上主義の下、モンゴル人は第一身分、色目人(西域の人間)はその下、

第三は“漢人”(漢民族ではなく女真人や契丹人などをはじめとする金領統治下に

いた人々)、そして最低ランクに南人(南宋治下にいた漢民族)を置いている。

フビライは中華文化なんか別に尊敬してない。

彼にしたら漢民族は家畜のようなもの。

家畜は多ければ多いほど自身の家産は豊かであり、つまりは“実力もある”と

見られるが、家畜を尊敬し崇拝する牧民はいない。

牧畜の民であるモンゴル人は武力に劣った漢民族を尊敬したり、その文化を尊崇す

る事はなかった。

モンゴルが中国を征服する前にイスラムやインド、ヨーロッパ、地中海文明などを

知っていた事も、彼らが中国文明を特別視しなかった大きな理由。

五胡や北魏、契丹や女真は中国以外のそれに匹敵するかそれ以上の文明との接触は

なかった。

「モンゴル人は中国文明を尊敬尊重し、敬い、愛していた」とするのは中国人

(漢族)とその手による歴史書の捏造。

例えば、チンギス・ハーン、オゴタイ・ハーン時代に両ハーンに重用され、

「野蛮人に文明の素晴らしさを教えた文明的な中国人」と中国の歴史書に残る

耶律楚材は、ペルシャ語、アラビア語、ラテン語などの資料には一切登場しない。

本人が“中書”(漢民族の官製では大臣になります)と自称していたが、実際には

モンゴル語の書記局の書記でしかなかった。

ちなみに書記局の長はチンハイと言うウィグル人。

耶律楚材はその下の通訳に過ぎない。

中国の『元史』では「優遇されてフビライの厚い信頼を勝ち取っていた」はずの

史天沢や厳実は一度も大規模な遠征軍等の司令官にはなっていない。

なったのはモンゴル人のバヤンやアジュなどモンゴル人。

そして、元王朝の自称の正式名称はイエケ・モンゴル・ウルス(大モンゴル帝国)で

ある。

“大元”はあくまで、中国人に対する自身の名称。





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h_t_tomoto at 06:28 
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