2018年06月28日

  確認してからオーダーする


その後京阪京橋駅西口出口前まで移動した。

そして向かったお店は『洋食キッチン FUJIO-KEN 京阪モール店』であった。


DSC06552


DSC06553


DSC06554

たまたまこのお店の前を通りかかった。

それで物凄く興味が湧いたので入る事にした。

我々は右手のホールの窓際のテーブル席に案内された。

早速注文をした。

注文は、デミグラスソースハンバーグ×2個であった。

先ずは『ウコンの力』で乾杯をする事にした。


DSC06545

乾杯ー!!

この『ウコンの力』はアルピナ・ハッピーが用意したもであった。

しかし、この日、結局俺は4本の栄養ドリンクを飲む事になった。

どんだけ栄養、付けんねんと真剣に思ったわ。

引き続き生ビールで乾杯をした。


DSC06546

乾杯ー!!


DSC06547


DSC06548


DSC06549

デミグラスソースハンバーグ

美味しい。

ほんまに、美味しい。

美味しい洋食屋さんの美味しいハンバーグって感じで。

これなら今後も機会があれば大いに利用したいと真剣に思った。

注文時に俺がメニューを見ながらアルピナ・ハッピーに向かって。

デミグラスソースハンバーグでええやろう』と言った。

アルピナ・ハッピーが『いいですね』と言った。

それで俺は『すいません、デミグラスソースハンバーグ、2個下さい』と言った。

その言葉にアルピナ・ハッピーが『2っ、2個ですか。1個じゃーないんですか』と

少し驚いていた。

まあー、普通なら1個のハンバーグを2人で分けて食べるわな。

この俺も2個注文した事に後で後悔する事になった。

注文時には腹具合をしっかりと確認してからオーダーする必要があると改めて

思い知らされた。

って、そんなん、最初から、直ぐに分かる事やんけ。

応用能力が全くなし。

猛牛ポーズをした。


DSC06551

猛牛ポーズ!!

そんな感じの『洋食キッチン FUJIO-KEN 京阪モール店』であった。











ほんでもって、ある日のおうち御飯。


DSC06448


DSC06449


DSC06450


DSC06451


DSC06452


DSC06453


DSC06454


DSC06455


DSC06456


DSC06457


DSC06458

コーン入りのおにぎりが無茶苦茶最高に美味しいのであった。






←ここを押して下さい!!

よろしくお願い申し上げます!!

読み逃げは厳禁ですよ――!!







 










パルティアとササン朝ペルシャの基幹となった民族はイラン系だが、前者はイラン

系遊牧民の一民族であるパルニ族であり、後者はイラン系定住民である。

パルティアはヘレニズム国家のセレウコス朝の混乱に乗じ東で分離独立した

ギリシャ系のバクトリアとほぼ同時期に独立した。

その後、息を吹き返したセレウコス朝のアンティオコス大王に一時屈服するものの

アンティオコス大王は西でローマに大敗し、パルティアはイラン高原、メソポタミ

アに進出できた。

パルティアの初期の歴代王はヘレニズム文化に感化されておりメソポタミア制圧後

は遊牧民にも関わらず都市に定住ギリシャの硬貨を真似、セレウコス暦に準じた

パルティア暦を採用、初期の歴代王たちはギリシャ文化の愛好家を自称し、ギリシ

ャ語でバシレイオス・メガロス(大王)と称したの。

アラル海南方にあったパルティア初期の首都ニサからは写実的なヘレニズム風の

彫像などが出土している。

マケドニアやセレウコス朝を滅ぼしたローマが進出してくるとして文化のギリシャ

色は薄れ、イラン風になるのだが、パルティアはゾロアスター教だけでなく、

多くの宗教信仰を容認した。

その中でもゾロアスター教でアフラ・マズダーより下位の神であるミスラ神信仰が

浸透する。

(これがローマに伝播しミトラ教としてキリスト教と覇を競うことになる)

パルティアの政治的特長は地方分権。

遊牧民であるパルニ族は定住民に比べ数的には劣勢であったため、都市を占領後も

地域を制圧するのでなく、都市と街道を抑える点と線的な支配体制だった。

地方分権であるためにイラン高原南西に位置するペルシス地方にはイラン系定住民

による地方王権が存在していた。

また軍事的には中央アジアのイラン系遊牧民サカ族の傭兵を多く雇いローマとの戦

いで勝利した事もある。

サカ族傭兵の力でローマのクラッススとの戦いで勝利した後に首都でギリシャ観劇

を見ていたパルティア王の元にクラッススの首を投げ込んだのはサカ族のスーレー

ンと呼ばれた武将で、彼からパルティア、ササン朝と続く貴族家系スーレーン家が

生まれた。

西欧でパルティアン・ショットと呼ばれる騎乗しながら後ろへ矢を放つ戦技は

元々サカ族のもので、パルニ族の騎兵は本来槍で突撃する重装騎兵だった。

そんなローマ軍との戦いで武功を挙げるサカ族だが、従順というわけでなく、

度々反乱を起こしパルティアの王も何人かこの反乱で戦死している。

パルティア後期、サカ族以外の地方反乱も頻発し、ローマとの一進一退の戦いで

疲弊していく。

一方ササン朝王権の始祖ササンはゾロアスター教の神官でペルシス地方王家の娘と

結婚。

その両親の子であるパーバクがペルシス地方王権を掌握し、パーバクの二男アルダ

シールがクテシフォンに攻め込みパルティアを滅ぼす。

それにより成立したササン朝は以前のパルティアの遊牧民的支配とは全く違う支配

体制となる。

政治的にはパルティア以来の大貴族家の存続は認めるものの中央集権化を

徹底する。

支配階層は定住民、遊牧民問わずイラン系とする。

イランの語源であるエーラーン=アーリア人、アーリア民族主義的となり、自らの

国家もパールス・シャフル(ペルシャ帝国)と呼ばず、エーラーン・シャフル

(アーリア帝国)と称する。

言語は以前のパルティアではギリシャ語も許されていたが、ササン朝ではパフラヴ

ィー(中世ペルシャ語)を公用語とする。

宗教的にはゾロアスター教を国教とし、聖典のあるセム系宗教(ユダヤ教、

キリスト教)に対抗して聖典アヴェスタを編纂させた。

中央集権化された強固なアーリア人の帝国を成立させるには妥協的、分権的な

パルティアの遊牧民的支配体制を打破せねばならなかった。





←ここを押してください!!

h_t_tomoto at 06:30コメント(0)トラックバック(0) 

トラックバックURL

コメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価:  顔   星
 
 
 
プロフィール

T-SIRLOIN

Hi. I'm "T-SIRLOIN", webmaster of "MEAT & SEA T-Chama Club". From Osaka, I'm broadcasting my weekend foodie tour, mainly with YAKINIKU. "We love Osaka. We love Buffaloes," is our motto, and we are Osaka's No.1 GENKI Club. Hope you like it.
  • ライブドアブログ