2018年07月11日

  安定した美味しさ


『ホルモン 徳いち』は真剣に美味しいのであった。

その後向かったお店は居酒屋の『満ぞく屋』であった。


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店内に入ると結構お客さんが入っていた。

我々は右手のテーブル席に案内された。

早速注文をした。

注文は、牛すじ煮込み、おでんで、玉子×2個と揚げ、串カツ5種盛りであった。

直ぐに瓶ビールが運ばれて来たので乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!


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牛すじ煮込みとおでんと串カツ

居酒屋の入るとどて焼きか牛すじ煮込みは必需品や。

絶対に注文しなければならない一品。

しかし『満ぞく屋』はほんまに居酒屋としては安定した美味しい味わいである。

繰り返すが日本橋の『正宗屋』相合橋店に匹敵する美味しさと雰囲気である。

この居酒屋が京橋に来たら外せないお店である。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『満ぞく屋』であった。











ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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おうちで作った手作りローストビーフが冗談なしで無茶苦茶最高に美味しいので

あった。





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16世紀どころか15世紀にはオスマン帝国は火器を自国生産している。

ヨーロッパでは使用が限定的だったがビザンツ帝国やオスマン帝国では早くから

武器として大砲を使っていた。

その他ビザンツには国外秘の火炎放射器の類の艦載兵器もあった。

現在の中東~中国は火器兵器の先進地域だった。

大砲の技術は15世紀既に多くの国の知るところになっていて、コンスタンティノー

プル攻撃時にビザンツ、オスマン両軍で最初から大砲があった。

その性能は低く、不揃いな石を飛ばすもので、射撃速度も遅いものだったし、

数発しか撃てないものもある程度だった。

但しオスマン帝国は15世紀にブルガリアの技師から技術提供を受けて従来の大砲の

数倍はでかい巨大射石砲を作りコンスタンティノープル攻撃に使用した。

15世紀は小銃が限定的で現代の銃のようなものは一般的ではない。

更に携帯小型大砲と言えるような筒を地面に固定して添えて撃つ程度のもの。

一方でサファヴィー朝は遊牧国家として後発組で、定住して長いオスマン帝国と

違って騎兵優先・主力の軍隊だった。

大砲・小銃の専門家と化していたオスマン帝国にチャルデランで敗れると、16世紀

後半にようやく銃砲専門部隊を創設した。

各国とも基本的に兵器全般は自国生産である。





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h_t_tomoto at 06:30 
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