2018年07月14日

  道行名残の橋尽くし


この日はカレーライスを作る事にした。

使ったルウは五種類であった。


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この日の材料は『業務スーパー 枚方高田店』で買って来た極々普通の国産牛

約3.0㎏と玉葱とじゃが芋であった。


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これらをいつもの大きな鍋の中にルウと一緒に入れた。

後は鍋が勝手に美味しく作ってくれるのであった。


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そんな感じのカレーライス。


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スタッフの皆と一緒に食べるカレーライス。

これがむちゃくちゃ美味しかった。

ほんまにえげつないほどに美味しいのであった。

この絶品のカレーを食べると幸せ一杯の気持ちになる。

まさに至福の喜びを感じるカレーライスなのであった。

カレーは2013年6月28日の金曜日から作り始めた。

近松門左衛門作品について。

心中天の網島の終盤部分で、おさんが家の中から様々な着物を取り出す場面が

あった。

「箪笥をひらりととび八丈・けふちり緬の明日はない、夫の命としら茶裏娘のお末

が両面の紅絹の小袖に身をこがす。

これを曲げては、勘太郎が手も綿もない袖無しの、羽織もまぜて、郡内のしまつし

て着ぬ浅葱裏・黒羽二重の一張羅、定紋丸に蔦の葉の。

のきものかれもせぬ仲は、内裸でも外錦。

男飾りの小袖まで、さらへて物数十五色。」

取り出す着物の描写とおさんの心の内をうまく掛けて、行動と心情の両方がテンポ

よく書かれており、とても印象に残った。

これは「物づくし」「物ぞろえ」と言う、修辞をうまく使って物の名前を列挙する

歌詞なのだと解説にあった。

最も有名なのは、心中天網島の最後、「道行名残の橋尽くし」ではないか。

「移り香も何と流れの蜆川、西に見て朝夕渡るこの橋の、天神橋はその昔、菅承相

と申せし時、筑紫に流され給いしに、君を慕いて大宰府へ、たった一飛び梅田橋。

跡追い松の緑橋、別れを嘆き悲しみて、跡に焦がるる桜橋。」

平家女護島(通称 俊寛)の六波羅の段には、貝づくしと呼ばれますが、貝という

より海鮮づくしがある。

「千尋の底の波間を分けて水松布かる、和布荒布あられもない裸身に、鱧がぬら付

く鯔がこそぐる、がざみがつめる。」

現行では上演されませんが、曽根崎心中の序段にある「観音巡り」「…照す鏡の神

明宮。

拜み廻りて法住寺。

人の願ひも我如く、誰をか戀の祈りぞと、仇の悋氣や法界寺。

東は如何に大鏡寺。」

○○尽くしの趣向は、浄瑠璃発生以前の民間のざれ歌にあり、それが古浄瑠璃にも

使われ、近松門左衛門もこの趣向を採ったもので、近松以外の作家にも見られる。








昨日のお昼に用意されたのは『ステーキ&ワイン シュバルージュ』と言う

お店の『シュバルージュの厳選ステーキ弁当〈M〉』であった。


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シュバルージュの厳選ステーキ弁当〈M〉


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肉質的はまーまーな感じでそこそこ美味しかった。

まあー、極々普通な感じで、まあー、普通にリピートしてもええかなーと思った。








『平和堂フレンドマートビバモール寝屋川店』で『鰻師』と言うブランドの

鰻の蒲焼きを買って来た。


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あっつあつの御飯の上に鹿児島産の『鰻師』を乗せた。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

豪快にかぶりついても口の中であっという間に溶けだしてしまう柔らかさで

あった。

味わい的には濃厚な感じでめっちゃ御飯が欲しくなる絶品であった。

鹿児島産の『鰻師』も無茶苦茶最高に美味しいのであった。








『万代寝屋川宇谷店』でマグロの切り身を買って来た。

マグロの切り身を漬けにした。


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とりあえず炊き込み御飯を作った。


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炊き込み御飯の上にマグロの漬けをトッピングした。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

極々普通のマグロではあるが漬けにする事で高級感が生まれる。

このマグロの漬けとと炊き込み御飯が絡み合って最高に美味しいであった。








ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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ソーセージがパリッとして無茶苦茶最高に美味しいのであった。








今週のおかず。





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そんな感じの土曜日です。

この週末も皆様にとって素晴らしいものでありますよう心からお祈り致します。

それではまた来週お会いしましょう。

お相手はあなたの『T-SIRLOIN』でした。





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『アラビアンナイト』は、8世紀頃の西アジアで成立した説話集の事。

ササン朝ペルシア時代からの説話等をアラビア語に翻訳し、まとめたものとされて

いる。

このため、アラビアンナイトに登場する国名・地名は実在のものである事が多い。

「シンドバッドの冒険」は、『アラビアンナイト』の内の物語の一つで、アラビア

とインドの間を航海していた海上商人達がモデルとされている。

バグダッドは実在の都市であり、現在のイラクの首都。

アラビアンナイトの時代はイスラム帝国の首都だった。

チグリス・ユーフラテス川に挟まれた豊沃な土地にあり、またシルクロードの中間

に位置していた事から、国際的な交易都市として繁栄した。

『マギ』

アラビアンナイトに実際に出てくる国名そのものではないと思う。

ただ、モチーフにはしているのではないか。

『マギ』は、アラビアンナイトによらず、他にも現実の歴史から、ちょっと

もじっている様な言葉がいくつもある。

ウータン(ホータン・中央アジア)

カシュガン(カシュガル・中央アジア)

レーム(ローマ帝国・ヨーロッパ)

シンドリア(シンドゥラ・古代インドの名称)

パルテビア(パルティア+アラビア・西アジア)

ササン(ササン朝ペルシア・西アジア)

カタルゴ(カルタゴ・古代北アフリカ)

暗黒大陸(アフリカ大陸の古称)

トランの民(トラム語)

そういう歴史と絡めているところが、マギの面白みの一つだとは思う。

概要

『アラビアンナイト』とは、アラビア語でまとめられた説話物語集である。

日本では『千夜一夜物語』とも呼ばれている。

原題は『 ألف ليلة و ليلة (アルフ ライラティン ワ ライラトゥン)』。

意味は「千の夜と一つの夜」。

説話は、冒険商人たちをモデルにした架空の人物から、アッバース朝のカリフであ

るハールーン・アッ=ラシードや、その妃のズバイダのような実在の人物までが登

場し、多彩な物語を繰り広げる。

説話は様々な地域に起源をもち、中世のイスラム世界が生き生きと描き出されて

いる。

物語

妻の不貞を見て女性不信となったシャフリヤール王は、毎晩一人の処女を連れて来

るよう命じ、処女と寝ては翌朝になると殺すようになった。

三年もすると都から若い娘は姿を消してしまったが、それでも王は処女を連れて来

るよう命じた。

そんな王の命令に苦悩する大臣には2人の娘がいた。

姉娘のシャハラザード(シェヘラザードとも)は、父である大臣に「自分に王の伽

役をさせてほしい」と願い出る。

王と床入りが済んだシャハラザードは物語を語り始めた。

話が佳境に入った所で「続きはまた明日」とシャハラザードが打ち切ったため、

王は次の話が聞きたくてシャハラザードを殺すことを思いとどまる。

やがてそれが千夜続いたあと、シャハラザードが自分と王の間に生まれた子供を見

せると、王は喜び、シャハラザードを正妻として迎えた。

それぞれの説話はシャハラザードが語ったものとして紹介されていく。

時に、説話の登場人物がさらに説話を語り、そのまた登場人物が……と多重の枠組

みになることもある。











アラベスクは中世イスラム美術の形態。

幾何学模様などとも翻訳される。

それに対し、ミニアチュールとはビザンツ帝国を中心とするキリスト教世界の美術

形態で細密画とも呼ばれる。











ガザーリー。

ほぼ600年前にデカルトの思想の延長を体現していたと思う。

デカルトの思想の底が浅かったとは到底思えないが、近代西洋思想が格段に優れて

いるとは全く思えない。

結論を言えば西洋思想の方が断然上。

イスラムは無理とは言わないが、哲学が醸成するのは非常に難しい。

それはひたすらに宗教があるだけだから。

一方でヨーロッパというのは、古代ギリシャで論理学が最初に発展し、その派生と

して哲学が発祥した、という事がある訳で。

その後でキリスト教という宗教が勃興し、発達して行った、という経緯がある。

古代ギリシャの文明というものが何だったのかと言えば、それは実は神に逆らう思

想だった。

神を崇めながら、同時に神から独立し、人間自身の力で何かを築いていこうとする

文明だった。

つまりヨーロッパには人間が中心になろうとする思想と、同時に神を中心にする思

想とがぶつかり合っていた、という事。

そのぶつかり合いの中で哲学がどんどん発展し、ついにデカルトの登場によって近

代化に進む事が決定的になった、という事。

しかしイスラムには一つのものしかなかった。

イスラム教だけなんだ。

だからガザーリーも哲学を古代ギリシャから持って来た。

確かにすごい頭脳で、哲学の理解も深い。

でもそれがイスラム教を中心としたものにしかならなかった。

神の存在証明的な事を中心とした事が、ガザーリーの哲学を限定的にさせて

しまった、という事。

確かに理性の限界を示し、真理というものを神に預けた結論は素晴らしい。

でもそこには深さが無い。

その深さは相反するものが必要になる、という事。

人間中心の思想が無かったから、イスラムの哲学は深くはならないし、発展も

しない。

実際にガザーリーの後にはほとんど哲学が発展しなかった。

それと封建主義。

神を中心にして文明が発展するには、封建主義が必要。

封建主義というのは、宗教による人間の貢献度の度合いの階層だから。

絶対の思想。

そういう強烈な時代を経ないと、民族としてはどうしても弱い。

不合理の時代である。

西洋はそこから爆発的な合理主義の本流が生まれた。

だから西洋は今世界を支配している、という事。

その合理主義の本流がまた不合理の思想を呼び覚ます、という。

そういう二重螺旋の動的状態を生み出している。

ガザーリーは宗教の合理化に反発した。

でもそれが一度終わると、もう終わっちゃった。

まあ一人の人間として見た場合に、ガザーリーの思想は素晴らしいものだと言わざ

るを得ない。

でも浅いままで終わってしまったことも事実。

ガザーリーは『哲学者の矛盾』を著して、イブン・スィーナーらの哲学者の説の主

要部分を分析・批判し、イスラム哲学に壊滅的打撃を与えた。

そのため、彼以降のスンナ(スンニ)派世界では、イブン・ルシュドのアリストテ

レス研究を除いて、あまり見るべき業績が無くなったと言われている。

その著作が与えた影響も甚大だが、高名な学者であった彼がその地位(ニザーミー

ヤ学院教授)を捨ててスーフィーとなった事も、当時の人たちにとっては衝撃で

あったと思われる。

築き上げてきた学問的業績に頼らず、真理を追求するために徹底的に懐疑的であろ

うとした彼の姿勢は、学問をするということ自体の意味を考えさせられた。

彼はイスラム神秘主義こそ真理に至る道であるとして、この観点からイスラム諸学

を再解釈・再興しようとしましたから、後世の哲学者たちは神秘主義を無視できな

くなり、また神秘主義も哲学との接点を持った。





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h_t_tomoto at 06:30 
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T-SIRLOIN

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