2018年07月21日

  立憲君主制と議会政治


この日はハヤシライスを作る事にした。

使ったルウは四種類であった。


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この日の材料は『業務スーパー 枚方高田店』で買って来た極々普通の国産牛

約3.0㎏と玉葱とじゃが芋と人参であった。


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これらをいつもの大きな鍋の中にルウと一緒に入れた。

後は鍋が勝手に美味しく作ってくれるのであった。


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そんな感じのハヤシライス。


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スタッフの皆と一緒に食べるハヤシライス。

これがむちゃくちゃ美味しかった。

ほんまにえげつないほどに美味しいのであった。

この絶品のハヤシを食べると幸せ一杯の気持ちになる。

まさに至福の喜びを感じるハヤシライスなのであった。

ハヤシは2013年6月28日の金曜日から作り始めた。

*立憲改進党

明治前期の政党。

明治14年の政変で下野した大隈重信を党首に1882年(明治15)3月結党。

矢野文雄(竜渓)らの三田派、沼間守一・島田三郎らの嚶鳴社、小野梓・市島謙吉

らの鷗渡会が中心となって、イギリス流の立憲君主制と議会政治をめざし、都市の

商工業者、地方の資産家、知識人民層を基盤とした。

自由党と抗争し、党内対立から84年大隈らが脱党。

帝国議会開設後は民党として自由党とともに政府と対抗したが、次第に国権主義的

な色彩を強め、96年(明治29)3月立憲革新党など国権的小会派と合同し進歩党を

結成、解党した。

明治のはじめころに、たくさんの政治小説が書かれ、あるいは日本の近代国家とし

ての経営に、あるいは「自由民権」の考え方を広めるために影響力があったといわ

れている。

それらの多くは、西洋の書物の翻訳・翻案であったり、それらをベースに脚色した

ものであったのだが、中にはギリシア、ローマの古典をベースにしたものも

あった。

そういうもので有名なのは、矢野竜渓の「経国美談」(明治16年)である。

古代ギリシアの歴史譚をベースにしたもの。

また、ギリシアやローマではないが、ヨーロッパ中世のものとしては、トマス・モ

アの「ユートピア」が井上勤の翻訳により「良政府談」として、紹介されている。

この他、シェークスピアなんかも政治小説として利用されたが、彼は「近代」の

作家。

また、「プルターク英雄伝」もよく名前を聞く。

確かに日本に入って来たのはもっと後になってからだったと思うが、”立志伝”と

して読んだ、読まれたという話がよく出て来る。

青年達への心理的影響力が大きかったという意味で、近代化に貢献したといえるの

ではないだろうか。








昨日のお昼に用意されたのは『京都牛特選焼肉 縁-えん-』と言うお店の

『特選ハラミと鶏もも肉の香り揚げ御膳』であった。


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特選ハラミと鶏もも肉の香り揚げ御膳


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想像以上にハラミが柔らかくて唐揚げもしっかりと味付けされていて美味しかった。

これならリピートしてもええと思った。








『万代寝屋川宇谷店』でオーロラサーモンの切り身を買って来た。

オーロラサーモンの切り身を漬けにした。


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とりあえず炊き込み御飯を作った。


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炊き込み御飯の上にオーロラサーモンの漬けをトッピングした。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

オーロラサーモンを漬けにする事で味わい深くなる。

このオーロラサーモンと炊き込み御飯が絡み合って最高に美味しいであった。








ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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オクラがネバネバしてむっちゃ美味しいのであった。








今週のおかず。





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そんな感じの土曜日です。

この週末も皆様にとって素晴らしいものでありますよう心からお祈り致します。

それではまた来週お会いしましょう。

お相手はあなたの『T-SIRLOIN』でした。






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読み逃げは厳禁ですよ――!!











ユスティニアヌス帝は踊り子と結婚するという結構破天荒な私生活があった。

叔父さんのユスティヌスという軍人が東ローマ皇帝になったので取り立てられた

武将である。

上流階級出身ではなかった(農民の子)ので、上流階級の人々からは破天荒だと

思われたかもしれない。

叔父さんにはテオドラという女性との結婚を反対されたが、何とか説得して結婚に

成功する。

テオドラは、熊使いの娘であり、東ローマのミスコンで優勝した女の人だった。

踊り子でもあった。

ユスティニアヌス帝の治世の初期にニカの反乱というのが起きるが、ユスティニア

ヌスはこれに屈服して帝位を捨てて逃亡しようとしていた。

ここで奥さんテオドラが断固として徹底鎮圧を訴えたため、ユスティニアヌスは

肚を据えて弾圧する。

以後は、法学者トリボニアヌスに『ローマ法大全』を作成させたり、将軍ヴェルサ

リウスに遠征を命じ、宦官ナルセスなどを使いながら、東ゴート、ヴァンダルを

滅ぼし、西ゴートからは領土の一部を奪うなど、地中海世界の再統一を

成し遂げた。

(その前に東方のササン朝のホスロー1世とは不戦条約を結んいるが。)

 後は、養蚕技術を中国から導入したとか、ハギア=ソフィアを再建したとか…。











ヘラクレイオス1世の時に、軍管区制が使用された。

軍管区制なのに、その後、中央集権化が進んだ。

軍管区制の採用そのものと中央集権化の進展との間には直接的な因果関係はない。

ヘラクレイオス一世の時に軍管区制を採用する事で、軍管区長官が軍権と行政権を

併せ持つようになり、以前の様な中央集権的体制ではなくなり、軍管区長官の下に

各軍管区が独立的な動きを見せるようになった。

各軍管区は中央政府の統制の及ばない半独立政権のような様相を呈し、8世紀まで

度々反乱を起こした。

元々軍管区制採用以前は皇帝によって直接的に軍の統括が行われていたが、これだ

と同時多方面的な複数の敵国の侵略に対処できない事から、ヘラクレイオス一世の

時に、ある程度の大きさのある軍管区に分けて、各軍管区長官に地方ごとの行政権

と軍権を分け与えた。

これによって、同時に複数の敵国に侵攻されても、各軍管区長官が独自に防衛を

行って対処できるので、対応が出遅れる事もなくなった。

しかし、各軍管区の長官が権力を持ったことで、当然、各地方は独立的な動きを見

せる様になってしまい、中央集権化が進むどころか、逆に帝国崩壊の危険性を孕む

様になった。

軍管区制の採用には利点もあったが、弊害が大きかった訳である。

そのため、9世紀後半~10世紀に軍管区制度の制度改革が行われ、中央政府軍を創

設した上で、ある程度の大きさのあった軍管区をより細分化して、軍管区長官の持

つ権力範囲を縮小し、一つの軍管区で権力を持った程度では独立や反乱などができ

ない様にした。

これによって、10世紀から中央集権化が進んだ。

つまり、軍管区制の採用そのものが中央集権化をもたらしたのではなくて、後の時

代の軍管区制の改革が中央集権化をもたらした。

この10世紀の制度改革をもって軍管区制度が完成したと考えられているので、

「軍管区制度によって中央集権化が進んだ」という表現をされる事がある。










こんなオムライスが作りたい。





  











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h_t_tomoto at 06:29 
プロフィール

T-SIRLOIN

Hi. I'm "T-SIRLOIN", webmaster of "MEAT & SEA T-Chama Club". From Osaka, I'm broadcasting my weekend foodie tour, mainly with YAKINIKU. "We love Osaka. We love Buffaloes," is our motto, and we are Osaka's No.1 GENKI Club. Hope you like it.
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