2018年08月11日

  ヒウチとモモ


この日はカレーライスを作る事にした。

使ったルウは五種類であった。


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この日の材料は『業務スーパー 枚方高田店』で買って来た極々普通の国産牛

約3.0㎏と玉葱とじゃが芋であった。


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これらをいつもの大きな鍋の中にルウと一緒に入れた。

後は鍋が勝手に美味しく作ってくれるのであった。


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そんな感じのカレーライス。


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スタッフの皆と一緒に食べるカレーライス。

これがむちゃくちゃ美味しかった。

ほんまにえげつないほどに美味しいのであった。

この絶品のカレーを食べると幸せ一杯の気持ちになる。

まさに至福の喜びを感じるカレーライスなのであった。

カレーは2013年6月28日の金曜日から作り始めた。

神楽坂と文豪。

その昔、この地帯は花街だったので風情があった。

路地を入れば石畳の道がお洒落である。

高級割烹もあり芸者さんがいらっしゃったり、今ではかなり減ってしまったが今で

も古くからある器のお店が残っていたり、グルメなお店がいっぱいある。

近くにはフランスの学校があり和と仏の融合的な要素もある。

また近くに出版社も多いせいか、文豪が愛した街とされている。

老舗の文具店もあり、オリジナルの原稿用紙もある。

神楽坂下の不二家のペコちゃん焼きが結構美味しいらしい。

夏目漱石や有島武郎、永井荷風、尾崎紅葉、与謝野晶子など多くの文豪が神楽坂を

よく訪れていた/住んでいた。

出版社が多かったから。

料亭が多かったから。

相馬屋の原稿用紙がお気に入りだったから。

理由はいろいろと考えられる。

広津和郎とか江戸川乱歩や都筑道夫とかその他の人の小説から受けた感じだと。

1)昔は、東京の感覚的な範囲が今より狭かった。

雑司ヶ谷辺りはまだ町外れという感じだが、池袋となると完全に郊外。

新宿・渋谷もほぼ同様。

従って、神楽坂界隈の「感覚的な東京」に占めるウエイトも現代より相対的に

高かった。

2)交通の便

神田・九段あたりから早稲田方面にいく近道。

地下鉄のない時代は坂下の都電停留所で都電で大回りするのと歩きでいくのと、

コストパフォーマンスの差が小さかった。

(バスが走るようになると、早稲田行きの通り道となったが)

都電のなくなった夜道を当時は郊外住宅地の早稲田辺りまで歩いて行くとなると、

あの辺りに入っていくことになる。

当時の交通機関の事情及び歩いて移動することも多かった時代感覚でいうと、神田

辺りにも歩いて行ける範囲で、早稲田や雑司ヶ谷よりも近い、手頃な距離感の場所

だったのではないだろうか

3)歓楽街

今は、粋なお店が多い花街のような印象が強いが、昭和の初め頃には映画館・寄席

などもあったらしく、山の手では赤坂などと比べると庶民的な繁華街としての存在

感もまた高かったのだと思う。

4)新潮社がある

「出版社が多かった」というより、文芸出版社としては有数の新潮社があることの

意味が大きかったと思う。

今だと編集者との打ち合わせは神田の喫茶店となるところ、神楽坂周辺のお店に

誘われる形になって(たとえば、宇野浩二が精神的におかしくなった時、新潮社で

出前を取らせているけど、料亭ではなく、普通の飲食店・喫茶店にも彼ら作家の馴

染みの店が多かった印象がある)、作家も土地勘を持ちやすく馴染みやすかったの

ではないだろうか。

早稲田大学の学生にとっては、現在は西武新宿線や地下鉄東西線および中央線沿線

に安い下宿・アパートを求めやすいから、JR高田馬場駅を中継地にする人が多いと

思うけど、そちら側の開発が進んでいなかった時代には、都心に近い方面に下宿し

ている学生が多かった訳で、神楽坂の繁華街は早稲田大学の門前町的な要素も今よ

りはずっと強かったらしい。








昨日のお昼に用意されたのは『松坂牛卸 松坂御苑』と言うお店の

『松坂牛焼肉とすき焼き弁当(タレ)』であった。


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松坂牛焼肉とすき焼き弁当(タレ)


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焼肉はヒウチと言う部位ですき焼きはモモであった。

両方とも結構美味しかった。

これならリピートしてもええと思った。








『トップワールド香里園店』で『宮崎産の鰻の蒲焼』を買って来た。


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あっつあつの御飯の上に『宮崎産の鰻の蒲焼』を乗せた。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

箸を入れた瞬間から身が簡単に切れるぐらいに柔らかい。

実際口の中ではあっという間に溶け出す快感が味わえる。

独特のタレの味わいが絡み合って最高の演出を心置きなく楽しめる。

『宮崎産の鰻の蒲焼』も無茶苦茶最高に美味しいのであった。








『万代寝屋川宇谷店』でマグロの切り身を買って来た。

マグロの切り身を漬けにした。


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とりあえず炊き込み御飯を作った。


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炊き込み御飯の上にマグロの漬けをトッピングした。


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そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

極々普通のマグロを漬けにする事で味わい深くなる。

このマグロの漬けと炊き込み御飯が絡み合って最高に美味しいであった。








今週のおかず。





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ほんでもって、ある日のおうち御飯。


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ショップチャンネルで購入した『金華さばの塩焼き』が無茶苦茶最高に美味しいの

であった。







そんな感じの土曜日です。

この週末も皆様にとって素晴らしいものでありますよう心からお祈り致します。

それではまた来週お会いしましょう。

お相手はあなたの『T-SIRLOIN』でした。





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読み逃げは厳禁ですよ――!!











レコンキスタは歴史上のやった事。

国土回復運動の事。

元々イベリア半島は西欧人がいて、西ゴート族などが建国した地域だったがやがて

北アフリカよりイスラム勢力が侵攻して、イスラム教国になってしまった。

西欧人達はフランス国境近くの北部に散り散りになり、結集してキリスト教の国を

取り戻そうとした事を言う。

キリスト教勢力がイベリア半島を奪還しようとした事をレコンキスタと言う。

レコンキスタのレは英語でいうところのRe。

コンキスタは英語でいうとConquest=征服……という意味。

レコンキスタの意味は再征服という事になる。

レコンキスタ(スペイン語: Reconquista)は718年から1492年まで約800年(正確

には774年)続いた。

ウマイヤ朝の侵攻と西ゴート王国の滅亡、6世紀初頭、フランク王国との戦いに敗

れ、国家の重心をイベリア半島へ移した西ゴート王国は、約1世紀をかけて半島全

土を支配下に収めた。

589年にキリスト教アリウス派からカトリックに改宗していた西ゴートは、イベリ

アのカトリック化を推進した。

一方、661年に建国されたイスラーム国家のウマイヤ朝は、積極的な拡張政策に

よって急速に勢力を拡大していた。

8世紀初頭までに北アフリカの西端まで版図を広げていたウマイヤ朝は、710年、

ジブラルタル海峡を越えてイベリア半島に上陸した。

この時は一部の都市を襲撃しただけだったが、西ゴート側の抵抗が弱いのを知り、

本格的な遠征軍を組織しはじめた。

翌711年、ターリク・イブン・ズィヤード率いる遠征軍がジブラルタル海峡を

越えた。

同年7月19日、ターリクはグアダレーテ河畔の戦いで西ゴート軍に壊滅的打撃を

与え、国王のロドリーゴを戦死させた。

王が死んだ西ゴートには後継者がおらず、その混乱に乗じてウマイヤ朝は支配領域

を拡大していった。

710年代の終わりまでに、ムスリム勢力はイベリア半島を北上し、カンタブリア山

脈以北およびピレネー山脈以北までキリスト教勢力を追い詰めていった。

この頃、イベリア半島南部はイスラムのアル・アンダルス(ヴァンダル人の地の

意、アンダルシアの語源)と名前を変えた。

征服した土地では新たな統治が始まっていた。

ウマイヤ朝はイベリア半島のキリスト教化を推進した西ゴート王国に比べて、宗教

に寛容だった。

ムスリムは被征服者に対して改宗を強制しなかったが、その代わりにジズヤ

(人頭税)を要求した。

ユダヤ教徒、キリスト教徒の区別なく、ジズヤを納めれば信仰を保持できた。

ただし、ある種の社会的格差は存在しており、そのためにイスラム教に改宗する

ものが相次いだ。

また、高額のジズヤが納められずに北部へ逃亡する者や、反乱に加わる者も少なく

なかった。

レコンキスタは再征服の意味で、昔キリスト教国家だった西ゴート王国だった地域

を、イスラム勢力から取り返す行動を後の人達が再征服(レエ・コンキスタ)と

呼んだもの。

十字軍は、キリスト教の異端や、異教徒に対してそれらの勢力を正統キリスト教に

強制改宗させるために派遣された軍を言う。

狭義では、聖地奪回のために対イスラム勢力に対して派遣された軍を言う。

(第○回十字軍といったもの)

広義では、異端や異教徒に対するものも含まれる。

(アルビジュワ十字軍は、フランス南部の異端であるカタリ派討伐のためだし、

対フス派十字軍は、チェコの異端であるフス派に対してのものなどである)





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h_t_tomoto at 05:51 
プロフィール

T-SIRLOIN

Hi. I'm "T-SIRLOIN", webmaster of "MEAT & SEA T-Chama Club". From Osaka, I'm broadcasting my weekend foodie tour, mainly with YAKINIKU. "We love Osaka. We love Buffaloes," is our motto, and we are Osaka's No.1 GENKI Club. Hope you like it.
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