2018年08月29日

  今日は肉の日


ある日のランチ。

この日の注文は、カレーライスであった。


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このカレーライス。

無茶苦茶コクがあって最高に美味しかった。











ほんでもって、ある日のおうち御飯。

この日はハヤシを食べる事にした。


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冷奴を食べながらのハヤシが無茶苦茶最高に美味しいのであった。





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大航海時代のスペイン・ポルトガルは没落した。

ポルトガルの場合は過度な海外進出による国内の空洞化が原因である。

当時のホケルトガルは人口100万程度の小国であり、海外進出により人口の国外流

出による国内産業の衰退が起こった。

その結果、国内産業はスペインに乗っ取られる事となり、最終的にはスペインに

併合され、その後はスペインの衰退に併せて没落して行った。

スペインから独立した後は、イギリスの実質的支配下となり、イギリスの搾取の

対象となった。

スペインの場合は、いくつもの条件が複合的に重なり、スペインを強国へと押し上

げた要素が、逆にスペインの衰退を引き起こす事になった。

1.スペイン国内の乾燥化による穀物の大幅原産。

スペインには、良質な羊毛を産するメリノ種がいた。

当時羊毛の大消費地であったネーデルランドの支配者であるハプスブルク家と婚姻

で結びついたスペインは、ネーデルランドにメリノ種の羊毛を売る事により国家収

入の多くを確保した。

そのためスペインは、羊毛の大増産を行い、森林を切り開き、既存の農地を牧草地

へと転換して行った。

その結果、大量の農民の失業と土地の保水力の低下が起こった。

大量の失業農民は新大陸への入植者となる。

土地の保水力の低下による穀物の生産減少が顕著になるのは、フェリペ2世の知性

の中頃からである。

穀物の不足からスペインは穀物の輸入国となり、支出の増大が起こった。

2.植民地の発展による国内好景気とスタグフレーション化。

新大陸の植民地は、スペインの延長線の形の植民地が形成された。

そのため必要物資もスペインと共通であったため、スペイン国内ではあらゆる物資

が不足し、好景気となった。

物価は高騰し、質の悪いものでも売れるためスペイン産の品質の低下が起こった。

また職人達は新大陸へ移住したため国内では益々品不足と品質の劣化が起こった。

しかし、植民地が自活する様になると植民地では高くて質の悪いスペインの物資の

購入をいやがり、スペインからの購入をイヤがる様になった。

スペインでは品質の良い物を造る職人が少なくなってしまったため、高品質の物が

再現できず、不況下のインフレであるスタグフレーションが起こり、経済が破壊さ

れた。

3.スペインの高関税。

スペインは新大陸との交易に多額の関税をかけていた。

そのため、関税のがれの密貿易が活発化し、スペインの収益を奪う事になる。

4.新大陸からの大量の銀の流入と減少。

新大陸からもたらされた大量の銀は、スペイン国内でインフレーションを引き起こ

した。

大量の銀が流入している間は、スペイン経済は回っていたが、銀の産出量減少に

より、スペイン経済は完全に行き詰まり、債務超過、スペイン政府の破産となり、

国家運営が困難となった。

5.ネーデルランド独立戦争。

ネーデルランド独立戦争により、約2万の兵力が常時ネーデルランドに常駐し多額

の費用を必要とする一方、戦闘による被害もあり、ネーデルランドの産業の衰退が

起こった。

6.スペインの大国意識。

スペインが経済的に苦しくなっても、大国意識からヨーロッパの紛争に介入し、

多大な支出を垂れ流していた。











レコンキスタ(スペイン語: Reconquista)は718年から1492年まで。

 約800年(正確には774年)

ウマイヤ朝の侵攻と西ゴート王国の滅亡。

6世紀初頭、フランク王国との戦いに敗れ、国家の重心をイベリア半島へ移した

西ゴート王国は、約1世紀をかけて半島全土を支配下におさめた。

589年にキリスト教アリウス派からカトリックに改宗していた西ゴートは、

イベリアのカトリック化を推進した。

一方、661年に建国されたイスラーム国家のウマイヤ朝は、積極的な拡張政策に

よって急速に勢力を拡大していた。

8世紀初頭までに北アフリカの西端まで版図を広げていたウマイヤ朝は、710年、

ジブラルタル海峡を越えてイベリア半島に上陸した。

この時は一部の都市を襲撃しただけだったが、西ゴート側の抵抗が弱いのを知り、

本格的な遠征軍を組織しはじめた。

翌711年、ターリク・イブン・ズィヤード率いる遠征軍がジブラルタル海峡を

越えた。

同年7月19日、ターリクはグアダレーテ河畔の戦いで西ゴート軍に壊滅的打撃を

与え、国王のロドリーゴを戦死させた。

王が死んだ西ゴートには後継者がおらず、その混乱に乗じてウマイヤ朝は支配領域

を拡大していった。

710年代の終わりまでに、ムスリム勢力はイベリア半島を北上し、カンタブリア山

脈以北およびピレネー山脈以北までキリスト教勢力を追い詰めていった。

この頃、イベリア半島南部はイスラムのアル・アンダルス(ヴァンダル人の

地の意、アンダルシアの語源)と名前を変えた。

征服した土地では新たな統治が始まっていた。

ウマイヤ朝はイベリア半島のキリスト教化を推進した西ゴート王国に比べて、

宗教に寛容だった。

ムスリムは被征服者に対して改宗を強制しなかったが、その代わりにジズヤ

(人頭税)を要求した。

ユダヤ教徒、キリスト教徒の区別なく、ジズヤを納めれば信仰を保持できた。

ただし、ある種の社会的格差は存在しており、そのためにイスラム教に改宗する

ものが相次いだ。

また、高額のジズヤが納められずに北部へ逃亡する者や、反乱に加わる者も

少なくなかった。











サザエさんとちびまる子ちゃんは日曜日の食卓の当たり前的存在。

ちびまる子ちゃんの場合、アニメ化された当初から作者であるさくらももこ先生と

事務所であるさくらプロダクションがが制作に関わっていた。

第1シリーズは全てさくら先生が台本を書き下ろしていますし、今はさくらプロダ

クションが監修となっている。

サザエさん、ドラえもん、クレヨンしんちゃんとは異なり、作者や事務所が制作に

関わっているのだから作者志望に伴いアニメ終了とはならない。

死因は乳ガンとの事で、万が一を想定して後々の事はさくら先生自身も考えていた

と思う。

死去されたのは15日で、葬儀諸々は近親者のみで済ませたとの事。

初七日を終えて事務所の方も落ち着いた後での公表…という感じ。

アニメだけでなく最近新しくコジコジのパチンコ台も出たばかり。

地元である静岡市の市内PRや私鉄の静岡鉄道等との広告契約も複数ある。

作者死去に伴い全ての契約を打ち切って事務所を閉じるとも考えにくく、

長谷川町子美術館と同様に著作権と原稿等々を管理するという事も含めて

事務所を継続し、その収益として引き続きアニメやパチンコ台、広告、

グッズ販売等から一切手を引く考えはないであろう。

さくら先生のご冥福をお祈りします。











今日は29日の肉の日。

あちこちの焼肉店ではお肉のサービスをしている。

半額セールもあるから今日は是非とも焼肉を。

てな、感じ。





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h_t_tomoto at 06:37 
プロフィール

T-SIRLOIN

Hi. I'm "T-SIRLOIN", webmaster of "MEAT & SEA T-Chama Club". From Osaka, I'm broadcasting my weekend foodie tour, mainly with YAKINIKU. "We love Osaka. We love Buffaloes," is our motto, and we are Osaka's No.1 GENKI Club. Hope you like it.
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