2018年12月26日

  マグロの刺身が200円


その後向かったお店は『まぐろ食堂 天満のとらやん』であった。


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ここは私が事前に『食べログ』で調べておいた。

点数が3.53と高かったのでとりあえず覗いてみる事にした。

勿論生まれて初めての訪問であった。

店内に入るとわりと空いていた。

我々は一番奥のカウンター席に座った。

先ずはメニューを見た。


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見てびっくり。

マグロの刺身が200円って。

なんやこの安い値段は。

そう思ったから、注文は、刺身で、マグロと鯛を3セットであった。

先ずは『ウコンの力』で乾杯をする事にした。


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乾杯ー!!

引き続き生ビールで乾杯をした。


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乾杯ー!!


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マグロと鯛

マグロも鯛も素直に美味しいと思った。

と言うか、この値段でこの美味しさなら100点満点だと真剣に思った。

この瞬間『飲み歩きのレギュラー店に決定』と思った。

『まぐろ食堂 天満のとらやん』は機会があれば今後も大いに利用したいと真剣に

思った。

猛牛ポーズをした。


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猛牛ポーズ!!

そんな感じの『まぐろ食堂 天満のとらやん』であった。




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ほんでもって、ある日のおうち御飯。

この日は鍋を食べる事にした。


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海老フライを食べながらの鍋が最高に美味しいのであった。











ある奴が。

『この前なー。

ヘルスに行ってんやんか。

ほんなら、相手してくれた女が、

“コンドーム付けて”って言いよんねん。

失礼な奴やと思えへんか。

どう思う。

お金、払ってるんやで』って。

どう思うって言われても、そんなんどない答えたらええねん。

と言うか、なんで俺にそんな話、すんねん。

ヘルスでコンドームって、ほんま、どーでもええ話やんけ。

でも、まあー、普通はコンドームなんかは付けへんわな。

普通は生な訳で。

って、なんの話じゃー、ボケナスが!!




















ウェルキンゲトリクスを討った段階でガリアは安定したと言っていい。

ウェルキンゲトリクスはガリア人としては稀な非常に優秀な人物で、唯一、

歴史上、カエサルと対等に戦うことのできた人物としても有名。

もし、カエサルの元で数年でも軍務についてローマ式の軍隊を学んでいれば、

勝敗の行方は分からなくなっていたほど。

これほどの人物が出現するのは稀であり、ガリアの部族を一つにまとめられるほど

の人物は、ウェルキンゲトリクスが最初で最後だった。

それくらい、ガリア人とは共同で戦うというのが苦手だった。

ウェルキンゲトリクスと共に反ローマの主だった人物たちはほぼ消失したため、

その後は、親ローマ派が主流となった。

それまで、ゲルマン人の侵攻に悩まされていたのだが、カエサルの支配以降、

ローマ人がガリアを守ってくれるようになったため、ローマ側に立つメリットを

はっきりとガリア人が認識したからである。

五賢帝の最後の皇帝であるマルクス・アントニヌスの時代、それまで鉄壁を誇って

いたローマの国境が150年ぶりにゲルマン人によって突破されてしまった。

そして、ガリアの都市が襲撃されてしまう。

なので、別にガリア人が蜂起した訳ではない。

その後、18年間マルクスはゲルマン人との戦いに明け暮れることとなる。

短期に終結できなかったのは、マルクスの軍事的な才の欠乏からくるものだが、

不得意ながらも前線でまじめに指揮をとり、内政面では優れた才能を発揮させる

ことができたため、ローマにとっての致命傷にはならなかった。

グラディエーターの時代はマルクスの子コンモドゥスが皇帝になった時代だが、

父が18年間もゲルマン人を痛めつけてくれたおかげで、有利な状況で講和に望み、

ようやくローマに再び平和が訪れた時代でもあった。

なので、映画のそれはコンモドゥスの無能さをアピールするための演出であり、

嘘である。

ただ、将軍の中にはその講和に不満を持つ者も多かったのだが、18年も戦い続けて

決定的な勝利を収められなかった将軍たちが、あと2、3年あればゲルマンを征服し

てみせるといったところで、それを信用しなかったコンモドゥスの判断が本当に

間違えていると言えただろうか。

少なくともコンモドゥスはこの決断で20年間の平和をローマにもたらしている。

その後、父のように内政に専念すれば六賢帝と言われたかもしれないが、実際は

何もしなかったため、愚帝と烙印を押されることとなる。

ゲルマニア征服は初代皇帝アウグストゥスの時代に実行される。

しかし、実際に指揮をとったのは2代目皇帝となるティベリウスだった。

軍事的な才ならカエサルに十分匹敵したティベリウスは、快進撃を続けるも、

いや、それゆえにゲルマニアの制服の無謀さに気づく。

薄暗い森での戦いに長け、農耕に興味のない彼らは簡単に土地を捨て、家畜だけを

連れてもっと奥地にローマ軍を誘い込む。

平凡な将なら深追いをして瞬く間に彼らにやられてしまうと思ったのであろう。

ローマの敵はゲルマンだけではなく、実際に、ティベリウスが別の戦線に移った

途端、トイトブルク森の戦いでローマ軍は3個軍団が壊滅する(ゲルマニアに送り

込んでいた兵力の1/3)という悲劇に見舞われる。

いってしまえば、ロシアに踏み込んだドイツ軍状態になったということ。

また、ティベリウスは国境を押し上げることによって、ガリアとの距離が空く危険

も認識していたようである。

カエサルの定めた国境は背後のガリアにもにらみを利かすという意味もあったの

である。

ゆえにライン側が国境としては最適なのである。

これをアウグストゥスは理解できなかった。

また、後の時代は、ブリタニア、つまりイギリスに住むブリトン族が海賊として

ガリアを荒らすようになったため、ブリトン島にもローマ軍は侵攻する必要が

出て来る。

もし、ゲルマニアまで征服してしまっていたら、ローマ軍は4、5軍団は増強する

必要があり、財政上大きな負担となったうえ、大した安全も得られないという

状況になっただけであろう。

軍事費の少なさこそがローマ帝国の繁栄を支えた根本であり、無秩序に軍拡して

いく時代になった途端ローマは衰退していくのである。



h_t_tomoto at 06:30 
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