2019年01月04日

  料亭『岩元』のおせち


謹賀新年。


あけましておめでとうございます。


本年も宜しくお願い致します。











今日からいつもの様に普通に仕事。

特に何も変わった事はない。

この何も変わった事がないのが一番ええ。

何も変わらずこのまま年が行く事を願っているが。

まあー、中々そうもいかないのが人生ってものか。

まあー、マイペースで行ける事を熱望する。

そんな感じで今年もおせち料理はいつもの『匠本舗』からお取り寄せをした。

『匠本舗』が販売しているおせち料理は無茶苦茶真剣に美味しいのであった。


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『匠本舗』の料亭『岩元』のおせち











ほんでもって、ある日のおうち御飯。

この日はハヤシを食べる事にした。


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冷奴を食べながらのハヤシが最高に美味しいのであった。










 











フランク王国には、メロヴィング家、カロリング家、カペー家、フランコニア家、

ザクセン家が王朝としてある。

メロビング家のクロヴィス1世がフランク王国を建国したため、メロヴィングが、

フランク王国で一番最初の王朝という事になる。

カペー家は、西フランク王で、オドー、ロベール1世と王を出しており、その後

カロリング家に王位が戻り、カロリング家断絶後、ロベールの孫のユーグ・カペー

以後王位に復帰する。

一般的に、ユーグ・カペー以後はフランス王国となる。

フランコニア家は、東フランク王家の断絶後選挙で選ばれたコンラート1世のみで

ある。

サクソニア家は、コンラート1世に次期東フランク王に指名されてハインリッヒ

1世が東フランク王となった。

ハインリッヒ1世の子オットー1世が、皇帝になった後は、神聖ローマ帝国と

なった。

フランク王国の中にはメロヴィング朝以外に王朝は存在しなくて、

フランク王国=メロヴィング朝みたいな感じである。

フランク王国は、常に統一と分裂を繰り返してきた。

フランク王国を建国した、クロヴィス1世は、自分の子供三人に、フランク王国を

分割して与えている。

その後アウストラシア王国とネウストリア王国との2つになった。

アウストラシアとネウストリアの両国は、統一した1人の王だったり、別々の王

だったりしながらフランク王国のメロヴィング朝として継続してゆく。

それを統合したのが、両国の宮宰であったカロリング家のピピンだった。

ピピンの子が、カール大帝になった。

カール大帝の死後、領土は3分割され、それが、フランス、ドイツ、イタリアの

基礎になる。

この辺で分かりにくいのは王様は1人でも別々の国だということ。

東フランク王国のカール3世はイタリア王、西フランク王を兼ねるが、3つの

フランク王国が統一されたわけではなく、別々の国家として運営されている。

そしてカール3世の死後、またフランクでは別々の王が立つことになる。

また、王朝が代わってもフランク王国は存続して行く。

西フランクで、パリ伯オドー(ウード)がフランク国王になっても、フランク王国

のままで、オドーの子ロベール1世の後、またカロリング家に王位が戻り、カロリ

ング家断絶後、ロベール1世の孫のユーグ・カペーが西フランク王となる。

西洋では王朝よりも国家システムのほうが重要で、国家システムが継続する限り、

王家が代わっても同一国家とされる。

逆に同一の王であっても、国家システムが異なれば、別の国家として認知される。

この辺が東洋と異なる点。



h_t_tomoto at 06:31 
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