2019年01月05日

  横溝正史と松本清張


この日はカレーを作る事にした。

使ったルウは五種類であった。


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この日の材料は『スーパーストアナカガワ』で買って来た極々普通の国産牛

約3.2㎏と玉葱とじゃが芋であった。


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これらをいつもの大きな鍋の中にルウと一緒に入れた。

後は鍋が勝手に美味しく作ってくれるのであった。


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そんな感じのカレー。


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スタッフの皆と一緒に食べるカレー。

これがむちゃくちゃ美味しかった。

ほんまにえげつないほどに美味しいのであった。

この絶品のカレーを食べると幸せ一杯の気持ちになる。

まさに至福の喜びを感じるカレーなのであった。

カレーは2013年6月28日の金曜日から作り始めた。

横溝正史の「八つ墓村」で自分で自分の首を刀で切り落とすとか「犬神家の一族」

で佐清の死体を逆さにして湖の底に付き刺すなんて事は実際に出来るのだろうかと

疑問に思ってしまう。

「砂の器」でも美女が列車の窓から撒いた数枚の紙きれを数日の内に数人の捜査官

の捜査だけで見つけ出すという事は実際に出来るのだろうか。

何だかこういう恐いシーンがただのコントみたいに思える。

推理小説が好きな人は読んだその時に「こんなことは実際にはあり得ない」と

分かってネタとして読んでいたのだろう。

横溝正史の金田一探偵って大体始めから犯人の目星はついているんだけど、あまり

にも犯人の生い立ちが可哀そうだから、1人目が殺された時に「あなたが犯人で

しょう!」とはすぐに告げないで、5人くらい惨殺されるまで犯行をやらせている

様な優しい人情派の探偵みたいな。

そう考えれば横溝作品は全部がネタで笑える。

「探偵小説」は「パズル小説」等とも呼ばれる事がある様に最初から「遊戯小説」

であって「リアリズム」とは対極にある物。

冒頭の事件は奇妙奇天烈であればあるほど魅力的なので探偵作家達は競って奇抜な

事件を考える様になり、短編時代は読者の想像力に委ねるような非現実的な物まで

現れ、戦前の国産探偵小説と言うのは、その「奇想」を楽しむ一握りのマニア向け

の閉鎖的なジャンルだった様だ。

横溝正史はこの「探偵小説」の継承者なので、論理的でありながらもまだ「奇抜さ

優先」みたいな傾向がある。

こうしたある種マニアックな「探偵小説」に異を唱えたのが松本清張で「奇抜な

トリックや風変わりな名探偵」などを排除し、日常的な事件を素人が解明し、

犯人の動機の解明などに重きを置く「社会派推理」と言うジャンルを生み出した。

では「社会派」はリアルかと言うと、ずぶの素人が事件を解明する時点で不自然と

言う他はなく、特に「砂の器」はSFまがいのおかしな機械が登場するなど清張らし

からぬ珍品。

警察小説等とは違い「謎解き小説」から「非現実的な要素」を完全に排除してしま

うと面白みが薄れると言う部分があるのかもしれない。

更に、こうしたミステリの映像化では不自然過ぎる部分は省略されたり、視覚的な

見せ場優先にしようとするため、原作では数行しか書かれていないことを膨らませ

るなど「原作とは別物」になるのが普通。

元々名探偵と言うのは、短編小説全盛期に短いページ数で「怪奇な事件を合理的に

解明するヒーロー」として生まれたものを長編時代になっても活躍させている

ので、長編ではどうしても「あっさり事件を解明させないような仕掛け」を加わえ

ざるを得なくなり、そのために、何だか探偵はわざと事件を起こさせているのでは

みたいな印象も与えてしまう訳である。











ほんでもって、ある日のおうち御飯。

この日は鍋を食べる事にした。


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ミニハンバーグを食べながらの鍋が最高に美味しいのであった。











そんな感じの土曜日です。

この週末も皆様にとって素晴らしいものでありますよう心からお祈り致します。

それではまた来週お会いしましょう。

お相手はあなたの『T-SIRLOIN』でした。










『やよい軒』で御飯何杯食べれるかの動画撮影は止めよう。

ほんまにくだらないから、真剣に止めよう。

『やよい軒』で御飯何杯おかわりできるかのチャレンジ程

バカげた事はない。

早くそれに気づいて欲しいと心から願っている。











  





















アタナシウス派とアリウス派の決定的な違いは、キリストを人間の予言者とみなす

のか、神性を帯びた特別な存在とみなすのかの違いになる。

アタナシウス派では、キリストは特別な存在(三位一体)とみなすが、アリウス派

では、他の予言者と同じ人間であるとみなす。

ネストリウス派、単性派、カルケドン派は、共にアタナシウス派になる。

こちらも、キリストの立場についての存在についての違いになる。

ネストリウス派は、「キリストは人間として生まれ、神性を帯びて、三位一体の

存在になった。」とする。

単性派は、「キリストは人間として生まれ、神性を帯びて、三位一体の存在と

なった後、人間性は神性に吸収され、神性のみのそんざいとなった」とする。

カルケドン派は、「キリストは、神性を帯びた特別な存在(三位一体)として、

この世に生を受けた」とする。

そのため、単性派、ネストリウス派では、聖母マリアは、単なる普通の女性に

すぎないが、カルケドン派では、神性の子を産んだ特別の存在とみなす。

ネストリウス派においては、あくまで神性を帯びた人間であり、神ではないため、

キリストへの崇拝は否定される。(崇敬になる)

単性派においては、ネストリウス派と同じくマリア信仰の否定があるが、キリスト

は神性だけの存在、つまり神となるから、キリストへの崇拝は認められる。

また単性派においては、クキリストの処刑は否定される。

(神が処刑されることはない)

そのため、キリストが十字架いで処刑された事は、キリストが見せた幻であり、

当然キリストの復活も無かったとする。

カルケドン派は、やはりキリストの扱いの差により、カトリックと正教会に分裂

する。

「父なる神(エホバ)と子なる神(キリスト)と聖霊は一体である」とするのが

カトリック。

「父なる神(神性)と子(人間)と聖霊(人間を導く使命)が一体となった者が

キリストである」とするのが正教会である。

どれが正統で、どれが異端なのかは、単に勢力争いで勝利した側が、正統とされ、

敗れた側が異端とされたにすぎない。

「人性が神性に吸収された」というのは、確かにカルケドン会議で否決された単性

論なのだが、現在の非カルケドン派が奉じる単性論はまた別なのだ。

(だから、一性論とか合性論などと呼んだりする)

歴史的経緯の話をしているのではない。

現在では、合同教会の例もあるし、教派が混じりあって来ており、変遷している。

だから、過去にネストリウス派は異端とされたが、現在では異端ではないとされて

いる。

特に、ネストリウス派のアッシリア教会では、カトリックとの一体化が進み、

マリア信仰の復活が一部で生まれている。

コプト教やヤコブ派などの単性派においてもカトリックとの一体化が起きている。

しかしそれは現代の話であり、分裂当時の話ではない。

カトリックと正教会の違いは「聖霊」が神から出ているのか(正教会)、それとも

神と「神の子」の両方から出ているのかである。

(カトリック)

ここで問題にしなければならないのは、なぜカトリックは、聖霊が、父と子から

出なければならないのかということ。

本来のニケーア・コンスタンティノープル信条では、「聖霊は、父より出でて」と

なっている。

しかし、なぜかラテン語に翻訳された時は、「聖霊は、父と子より出でて」と

なっている。

ローマ教会は、最も重要な部分を単純な翻訳ミスをしたのだろうか。

だれも翻訳ミスに気が付かなかったのだろうか。

出席者は、ラテン側でも多くいたはずですし、誤訳を読んだ人が気がつかない

はずはない。

とすれば、ここは意図的に誤訳されたとしか思えない。

ではなぜ、意図的に誤訳されたのか。

それは、キリストの扱いが東方教会とラテン教会で異なったから。

ラテン教会はキリストを神と一体化させていれば、聖霊がキリストから出ていない

事はあまりにも不自然である。

しかしキリストが神ではない存在であれば、聖霊が子より導かれない事は、当然の

事になる。

そういった目で見た場合、後の聖像問題による東西教会の分裂も見えて来る。

「父と子と聖霊、そして三位一体」、これをカトリックでは、「父なる神、子なる

キリストと聖霊は一体」とするのに対して、東方教会では、「神の神性と人間、

そして聖霊が一体となった存在がキリストである」と考えていたためである。

カトリックにおいて、「父と子と聖霊は一体である」とする考え方は、近代以後に

確立したものであり、東西教会の分裂時には、漠然としたものであり、確固たるも

のではなかった。

そういったものが確立してくるのは、トリエントの公会議以後になる。



h_t_tomoto at 06:31 
プロフィール

T-SIRLOIN

Hi. I'm "T-SIRLOIN", webmaster of "MEAT & SEA T-Chama Club". From Osaka, I'm broadcasting my weekend foodie tour, mainly with YAKINIKU. "We love Osaka. We love Buffaloes," is our motto, and we are Osaka's No.1 GENKI Club. Hope you like it.
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