2019年01月12日

  正岡子規の短歌 100


この日はカレーを作る事にした。

使ったルウは五種類であった。


DSC00359

この日の材料は『スーパーストアナカガワ』で買って来た極々普通の国産牛

約3.2㎏と玉葱とじゃが芋であった。


DSC00374

これらをいつもの大きな鍋の中にルウと一緒に入れた。

後は鍋が勝手に美味しく作ってくれるのであった。


DSC00375


DSC00376

そんな感じのカレー。


DSC00377


DSC00378


DSC00379


DSC00380

スタッフの皆と一緒に食べるカレー。

これがむちゃくちゃ美味しかった。

ほんまにえげつないほどに美味しいのであった。

この絶品のカレーを食べると幸せ一杯の気持ちになる。

まさに至福の喜びを感じるカレーなのであった。

カレーは2013年6月28日の金曜日から作り始めた。

1 正岡子規の短歌 100

1.1 朝日さす 寐ざめの窓に影見えて 花ふみちらし鶯のなく

1.2 敦盛の 墓弔へば花もなし 春風春雨播州に入る

1.3 いちはつの 花咲きいでて我が目には 今年ばかりの春行かんとす

1.4 いつのよの 庭のかたみぞ賤が家の 垣根つづきに匂ふ梅が香

1.5 鶯の ねぐらやぬれんくれ竹の 根岸の里に春雨ぞふる

1.6 美しき 鳥飛び去つて暮れぬ日の 春雨細し青柳の門

1.7 梅残り 椿つぼめる賤が家の 垣根にそひて曲り曲り行く

1.8 うらうらと 春日さしこむ鳥籠の 二尺の空に雲雀鳴くなり

1.9 売れ残る 雛やものを思ふらん 十軒店の春の夜の雨

1.10 岡の上に 天凌き立つ御佛の 御肩にかかる花の白雲

1.11 瓶にさす 藤の花ぶさ一ふさは かさねし書の上に垂れたり

1.12 くれなゐの 二尺伸びたる薔薇の芽の 針やはらかに春雨のふる

1.13 紅梅の 咲く門とこそ聞きて来し 根岸の里に人尋ねわびつ

1.14 小夜ふけて 櫻が岡をわが行けば 櫻曇りの薄月の暈

1.15 白きにはえ 赤きににほふ遠里の 櫻の色に絵かきは惑ふ

1.16 その昔 ありし二人のはらからが 摘みのこしけん痩わらびかも

1.17 太鼓打つ 雛は桃にぞ隠れける 笛吹雛に櫻散るなり

1.18 玉づさの 君の使は紫の 菫の花を持ちて来(こ)しかも

1.19 たらちねの うなゐ遊びの古雛の 紅あせて人老いにけり

1.20 月てらす 梅の木の間にたたずめば わが衣手の上に影あり

1.21 東京は 春まだ寒き雛祭 梅のさかりに桃の花を売る

1.22 ともし火の もとに長ぶみ書き居れば 鶯鳴きぬ夜や明けぬらん

1.23 菜の花に 日は傾きて夕雲雀 しきりに落る市川の里

1.24 ぬばたまの 闇に梅が香聞え来て 躬恒が歌に似たる夜半かも

1.25 春雨の しのぶが岡にぬれてさく 櫻をいづる傘の上の花

1.26 春の夜の 衣桁に掛けし錦襴の ぬひの孔雀を照すともし火

1.27 久方の 曇り払ひて朝日子の うららに照す山吹の花

1.28 人住まぬ いくさのあとの崩れ家 杏の花は咲きて散りけり

1.29 人も来ず 春行く庭の水に上に こぼれてたまる山吹の花

1.30 雲雀鳴く 空に星消え月落ちて 一筋赤く日上らんとす

1.31 笛の音の そことも知らず須磨の浦 夢路に似たる春の夜の月

1.32 古里の 御寺見めぐる永き日の 菜の花曇(ぐもり)雨となりけり

1.33 松の葉の 葉毎に結ぶ白露の 置きてはこぼれこぼれては置く

1.34 御社の 藤の花房長き日を はりこづくりの亀が首ふる

1.35 紫の 一本やいづれむさし野の 草むらがくれ菫咲く也

1.36 夕顔の 巻よむ春の夜は更けて 油乏しく灯消えんとす

1.37 世の中は 悔いてかへらずたらちねの いのちの内に 花も見るべく

1.38 世の中は 常なきものと我が愛(め)づる 山吹の花散りにけるかも

1.39 我昔 住みにし跡を尋ぬれば 櫻茂りて人老いにけり

1.40 別れゆく 春のかたみと藤波の 花の長ふさ絵にかけるかも

1.41 赤き牡丹 白き牡丹を手折(たお)りけり 赤きを君にいで贈らばや

1.42 足引の 山のしげみの迷ひ路に 人より高き白百合の花

1.43 家ごとに ふすぶる蚊遣(かやり)なびきあひ 墨田の川に夕けぶりたつ

1.44 落つる水の 細くわかれて涼しくも 風にゆらめく玉簾哉

1.45 清水の 音羽の瀧の音高み 涼しくふくる夏の夜半かな

1.46 くれなゐの 牡丹の花の咲きしより 庭の千草は色なかりけり

1.47 立ちおほふ 雲のひまより青空の わづかに見えて梅雨明けんとす

1.48 たまたまに 窓を開けば五月雨に ぬれても咲ける薔薇の赤花

1.49 天竺(てんじく)の 棕櫚(しゅろ)の葉団扇上海(しゃんはい)の 

絹の絵団扇さまざまの世や

1.50 とばり垂れて 君いまださめず紅の 牡丹の花に朝日さすなり

1.51 夏の日の 旅行く人の影たえて 那須野の原に夕立のふる

1.52 夏の夜の 月の光し清ければ 加茂の河原に人つどひけり

1.53 夏の夜の 月をすずしみひとり居る 裸に露の置く思ひあり

1.54 何見ても 昔ぞ忍ぶ中んづく 隅田の夏の夕暮の月

1.55 ひぐらしの 谷中の杜(もり)の下陰を 涼みどころと茶屋立てにけり

1.56 見し夢の 名残も涼し檐のはに 雲ふきおこる明がたの山

1.57 水とのみ 思ひしものを流れつる 瀧はわきたついでゆなりけり

1.58 峰となり 岩と木となり獅子となり 変化となりて動く夏雲

1.59 靄深く こめたる庭に下り立ちて 朝のすさびに杜若剪(き)る

1.60 病む我を なぐさめがほに開きたる 牡丹の花を見れば悲しも

1.61 夕立の 今かくるらんすまの浦の 小舟にさわぐ沖つ白波

1.62 夕立の はるる跡より月もりて 叉色かふる紫陽花の花

1.63 夕立は 隣の里や過ぎつらん 蝉吹き飛ばす椎の葉の風

1.64 わが庭の 垣根に生ふる薔薇の芽の 莟ふくれて夏は来にけり

1.65 若葉さす 市の植木の下陰に 金魚あきなふ夏は来にけり

1.66 秋風の ふくとも見しかむさしのの 尾花をわけて人の行く也

1.67 秋の夜を 書(ふみ)よみをれば離れ屋に 茶をひく音のかすかに聞ゆ

1.68 秋晴れに 野を飛びわたる鶴むらの いつまでも見ゆる空のさやけさ

1.69 朝な朝な 一枝折りて此の頃は 乏しく咲きぬ撫子(なでしこ)の花

1.70 あたたかき 日を端居して庭を見る 萩の芽長きこと二三寸

1.71 稲妻の ひらめく背戸の杉の木に 鳴神(なるかみ)落ちて雨晴れにけり

1.72 岩ふみて 落ちくる瀧を仰ぎ見れば 空にしられぬ霧ぞふりける

1.73 奥山に 淋しく立てるくれなゐの 木の子は人の命とるとふ

1.74 籠にもりて 柿おくりきぬ古里の 高尾の楓色づきにけん

1.75 君と我 二人かたらふ窓の外の もみぢの梢横日さす也

1.76 草枕 旅路かさねてもがみ河 行くへもしらず秋立ちにけり

1.77 来し方を かへりむすればはろばろと 海の彼方に雁鳴きわたる

1.78 椎の枝 楢の梢を吹きくだく 野分の風よ萩もあらばこそ

1.79 聖霊(しょうりょう)の 帰り路送る送り火の もえたちかぬる

月あかりかな

1.80 露草の 朝露重み枝たれて 野川の泥によごれてぞ咲く

1.81 夏菊の 枯るる側より葉鶏頭の 紅深く伸び立ちにけり

1.82 野分せし 野寺の芭蕉ばらばらに ばらばらに裂けて露もたまらず

1.83 一桶の 水うちやめばほろほろと 露の玉散る秋草の花

1.84 もしほやく 畑もたえて須磨の浦に ただすみのぼる秋の夜の月

1.85 望の夜は 恋しき人の住むといふ 月も面をながめつつ泣く

1.86 夕されば 波うちこゆる荒磯の 蘆のふし葉に秋風ぞ吹く

1.87 夜嵐の 名残もしるくうつむけに 倒れて咲けるおしろいの花

1.88 夜もすがら さわぐ野分の音絶えて 雨戸くれば垣なかりけり

1.89 わが憩ふ うしろの森に日は落ちて あたまの上に蜩の啼く

1.90 我が心 いぶせき時はさ庭べの 黄菊白菊我をなぐさむ

1.91 朝日さす 森の下道我が行けば ほつ枝下枝の雪落つる音

1.92 新しき 庭の草木の冬ざれて 水盤(すいばん)の水に埃(ほこり)

うきけり

1.93 折りてかざす 紅葉の枝に雫して しぐれの雨は猶霽れずけり

1.94 鉢に植ゑし ことぶき草のさち草の 花を埋めて雪ふりにけり

1.95 日にうとき 庭の垣根の霜柱 水仙にそひて炭俵敷く

1.96 吹きたまる 木の葉の上に山茶花の 花ちりこぼれしぐれふるなり

1.97 佛立つ 道のべ柳落葉して 供へし菊に時雨ふるなり

1.98 ましらふの 鷹据ゑて立つもののふの 笠に音してふる霰かな

1.99 もろこしの 女神がつけし白玉の かざしに似たる水仙の花

1.100 よき人を 埋めし跡の墓の石に 山茶花(さざんか)散りて掃く人もなし

正岡子規の句「西行庵 花も桜も なかりけり」

なぜ、西行庵で桜についての句を詠むかというと、西行が「願わくば花の下にて

春死なん、その如月の望月のころ」という歌を残したほど桜を始め、自然を愛した

人だから。

西行庵は吉野山中の小さな庵で桜や紅葉の名所だがが、子規が訪ねたときは桜も

何もない時期だったという。

桜満開で、人が大勢訪れる時に行かないのが子規らしいのかもしれない。

西行の愛した桜はないが、この静かな季節もいいものだ、と。

この句は、「見渡せば花ももみぢもなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」という藤原

定家の歌も下敷きにしている。

花も紅葉もなく、漁師の粗末な家があるさびしい風景だけれど、そのさびしい風景

が夕暮に赤く染まっていく景色もまたしみじみと心に残る。

そして、西行も、同じ「秋の夕暮れ」で終わる有名な歌を残している。

つまり「花も桜もなかりけり」 で西行の桜の歌と定家の歌を思い出し、そこから

さらに西行の「秋の夕暮れ」を思いだすという、連想の働く句になっている。











今週はお弁当はなかった。











『トップワールド香里園店』で『宮崎県産の鰻の蒲焼』を買って来た。


DSC00335

あっつあつの御飯の上に『宮崎県産の鰻の蒲焼』を乗せた。


DSC00336


DSC00337

そして食べた。

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

いつまで鰻の値段が高いのかと思いながら美味しく鰻の蒲焼食する。

いつまで『鰻の蒲焼』のコーナーが続けられるのかちょっぴり不安になりながらの

美味しく鰻の蒲焼食する。

この日も鰻の蒲焼を堪能しながら思いっきり幸せを感じる。

そのまま口の中に入れると直ぐに溶け出す満足感に喜びを覚える。

噛む事を忘れながら甘味と旨味が沸き上がって来るのを喉の奥で感じる。

『宮崎県産の鰻の蒲焼』も最高に美味しいのであった。











『万代寝屋川宇谷店』でマグロの切り身を買って来た。

マグロの切り身を漬けにした。


DSC00355

とりあえず炊き込み御飯を作った。


DSC00356

マグロの漬けを炊き込み御飯に乗せて食べた。


DSC00357


DSC00358

これがもーう!!

(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!!(゚Д゚)旨~い!! 

スーパーメチャ旨い!!

メチャクチャ旨ーい!!

であった。

極々普通のマグロを漬けにする事で味わい深くなる。

このマグロの漬けと炊き込み御飯が絡み合って最高に美味しいであった。











今週のおかず。




DSC00311


DSC00312






DSC00313


DSC00314






DSC00315


DSC00316






DSC00353


DSC00354










ほんでもって、ある日のおうち御飯。

この日は鍋を食べる事にした。


DSC00248


DSC00249


DSC00250


DSC00251


DSC00252


DSC00253


DSC00254


DSC00255

鱈を使った鍋が無茶苦茶最高に美味しいのであった。











そんな感じの土曜日です。

この週末も皆様にとって素晴らしいものでありますよう心からお祈り致します。

それではまた来週お会いしましょう。

お相手はあなたの『T-SIRLOIN』でした。










日産自動車(Nissan Motor)のカルロス・ゴーン一連の不正行為で逮捕・起訴に

フランス捜査当局による日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長への

東京五輪招致を巡る贈収賄疑惑の刑事訴訟手続き。

ポーランド情報当局による中国通信機器大手「華為技術」(ファーウェイ)の

ポーランド法人に勤める中国人の男と、通信会社勤務のポーランド人の男の

計2人についてスパイ活動を行っていた疑いで逮捕したとか。

まるで映画の世界みたいた。

『MOZU』と言うドラマと劇場版を見たけど。

ほんまにくだらなかった。

見て時間の無駄をしてしまった。

世の中どうなっている事やら。











セルジューク朝と同時代に中央アジアを支配したトルコ系イスラーム王朝で、

東西トルキスタンのイスラーム化をうながした王朝はカラハン朝。

セルジューク朝(1038~1157)

カラハン朝(10世紀半ば~1212/1232)

*カラハン朝:中央アジアに成立した最初のトルコ系イスラム王朝。

建国後イスラーム教に改宗し、999年にイラン系イスラーム王朝のサーマーン朝を

滅ぼして、東西トルキスタンを統一し、中央アジアに初めてイスラームの思想と

文化を導入した。

王朝は緩やかな部族連合体であったため、11世紀半ばには完全に東西に分裂した。
 
(「世界史用語集」「詳説 世界史研究」など)

1055年にセルジューク朝がブワイフ朝政権を打倒してバグダードに入城した時に、

アッバース朝のカリフからスルタンの称号を得て、世俗的支配権を一任された。

ゆえに、11世紀の勢力図でセルジューク朝が支配していた事になる。

1070年にビザンツ帝国にマンジケルトの戦いで大勝と、イエルサレムの占領が

十字軍を招く結果となり、11C末から内紛と十字軍の混乱でセルジューク朝は

次第に分裂して行った。

12世紀なかば、具体的年数をどこにするかは問題だが、セルジューク朝が分裂崩壊

し、これに乗じてアッバース朝のカリフの権威が回復する。

これで12世紀の地図にアッバース朝が再登場する。

1258年にモンゴル帝国のフラグの軍勢にバグダードが陥落し、アッバース朝の

カリフはエジプトのマムルーク朝に逃亡保護される。

その後、フラグがイル=ハン国を建国したので、これをもってアッバース朝は

完全に滅亡した。



h_t_tomoto at 06:30 
プロフィール

T-SIRLOIN

Hi. I'm "T-SIRLOIN", webmaster of "MEAT & SEA T-Chama Club". From Osaka, I'm broadcasting my weekend foodie tour, mainly with YAKINIKU. "We love Osaka. We love Buffaloes," is our motto, and we are Osaka's No.1 GENKI Club. Hope you like it.
⇐ここを押して下さい!!
  • ライブドアブログ