2012年07月29日

人の中で生きる

一年以上、ブログを更新していませんでした。

その間、東日本大震災が有り、日本中が大変な国難に遭遇しました、しかし、それでも我が日本は力強く歩み続け、粛々と立ち直ろうと努力しています。、そして今、世界ではロンドンオリンピックが開催されるなど、時間も世の中の動きも一度たりとも、じっとしていませんでした。

私たちの世界は、毎日の暮らしの中で、人と人の織りなす営みを中心に、感情を揺さぶられながら、
一日一ヶ月一年と答えを出し続けて、文化を形作っていくものだと、思います。
大きい営みで考えるとその積み重ねの中で、人々が選んだ代表などが決断した答えが、(もちろんそれは意に反する事もあるでしょうが)歴史を形作っていくと言う事です。

太古の昔、大地と海と自然の恵みしかなかった地球に、火を使う事を見つけ、作物を育てて継続して食糧を確保できる糧を見つけるなど、他の動物では成しえなかった営みを、人間は発見し積み重ねて今日が有ります。

その歴史の中で、人は人と接する事で喜びも悲しさも、成功も失敗も受け取り、地球の活動である大自然からは恵みも災厄も受け取りながら、時を積み重ねてきました。

生きていく手段としてのお金も、有り余るほど持ってはいても、やはりその豊かさを一緒に味わえる人がいなければ、単なる物でしかなく、孤独でさびしく、とても生きている幸せは感じられないでしょう。

そこに豊かさを共有できる人がいれば、その時初めてその豊かさに幸せを感じられるのではないでしょうか。
私の記憶で言えば、私の幼き時がそうだったように、貧しくても人と人のふれあいが有れば、物が無くても幸せであったと思います。

人の幸せは、人が介在してこそ、初めて真実に近づくのだと思います。


今年も日本の運命を大きく変えた終戦の日が近づいてきました。

私も50歳の大台を過ぎて、自分の子供が高校・大学と進む年齢になった時に、昭和18年の「学徒出陣」の記録映像を見るにつけ、勇壮な「抜刀隊」の音楽で行進し、意気揚々と国に奉仕する昂ぶりを感じていた我が子のような年齢の若者が、純粋に我が国のために命投げ打った事に感謝の気持ちしか出てまいりません。

若いからこそ、なんの打算も無く、それぞれ中国大陸、太平洋の南方と戦地に赴き、国のために亡くなった事を思うと、現在の日本に生きる私たちが国の停滞に指をくわえて眺めているばかりでは、彼らに対して恥ずかしく、、かっこ悪いのです。

彼らに戦地に行くように決めたのは、人である政治家。それは当時の戦況からすると命を捨ててくれと言う事。

たかが同じ人が決めた事で有り、逆らっても何が有るや、たいした事でもあるまいと今の私どもは思うのです。

しかし、それは判断を下す情報が、有り余るほどある今の私たちだからこそ言える事だと思います。
当時は「鬼畜米英」、負ければ日本はすべて無に帰すと言う事が大方の国民の持っている情報でしたから、
死んでも愛する家族、故郷を守ると思うのは当たり前ではないでしょうか。

現在の若者でもそうなれば戦うと思います。現役では戦えない私も、体に鞭打って戦うでしょうから。

戦争と言う、普段の社会生活とはかけ離れた世界を作り出すのも、他でもない人間。
いじめ、殺人、その人が生きている世界を奪うのも人間。自然の猛威よりもはるかに多くの命が、
同じ人間によって奪われているのが現実です。

すべては人が決めて実行してきた事です。
機械が、動物が決めてきた事ではない。たかが同じ人間が決めたストーリーなのです。

人が決めたルールの中で理不尽に死ぬのならば、「たかが人間のルール」と笑って撥ね退ければ良い。
人は必ず死にます。死亡率100%です。

死ぬ恐怖だけがあるなら、人の歴史は今と違った歩みが有ったでしょう。
しかし世のためを思う純粋な思想、人を愛するが為に命を投げ出す覚悟。そういう「死」が有って、人々は勇気づけられ、崇高な気持ちを持てるようになったと思います。

理不尽な「たかが人のルール」では死んではなりません。
もっと「納得する」死を人は選べるはずなのです。それが動物とは違う、人間の生きている意味だと思います。


29 016
29 069


ha12tori at 22:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2011年01月10日

気になる言葉

近頃気になる言葉。

この人、この子、この何々などの「この(此の)」は、自分とは違う人や物事を指す時に使う言葉です。

自分に対して一定の距離を置いて話す事で、自分とは違うという感情が入っている気がします。

それに対して自分と同じ事や身近な物事には、我が子や我が家など「我が」という言葉を使います。

私が気になるのは、「此の」と言う言葉を、政治家は元より一般の国民も、日本の事を呼ぶ時に使用するのを聞く事が多くなった事です。

「此の日本は」「此の国は」。

本来、正しいのは私の感覚から言えば「我が日本は」「我が国は」ではないでしょうか。

国を代表する政治家が、そう言えないのはもっての他ではないのでしょうか。自分の所属する政党は「我が党は」とちゃんと言えるのに。

日本の良いも悪いもすべて愛してこそ日本人です。

スポーツで世界で一番になった時、ノーベル賞を何人も受けた時、歓喜してはしゃぎ、良い時だけ日本人である事を自慢し、悪い時・所は「此の国は」と無意識に自分とは違う国のように言う、そんな卑怯な日本人は増えて欲しくないです。

政治家も「我が国、我が日本」としっかり言える人こそ、国政を委ねる事ができるのではないでしょうか。



木曾福島の菜の花畑みたま祭り6佐多岬







2010年05月09日

人の歴史と心の豊かさ

b8c7c244.JPG歴史を重ねれば重ねる程、人類の成熟度が増しているのかどうか疑問です。

確かに科学技術、知識は進歩しているのは明白で便利になっています。医学も進歩している為、寿命も伸びてきています。しかし、心の豊かさ、幸福感は果たして正比例で発達しているのか?

昔はあらゆる事が現在より未発達で、不便で不幸なんだと思うのはどうやら間違いだと思わざるを得ません。

それが日本だけの問題なのか世界全人類について言えるのか。

日本について言えば、遥かに昔の方が人の心は豊かで有り、現在が退却しているように思います。

現在は仕事の能率もIT技術の発達で早く合理的であり、映画もTVもデジタル技術の発達で素晴らしい映像が見られる、情報も素早く多量に手に入る、病気や怪我も医学技術の進歩で助かる命が増えた。

昔に比べればそれは雲泥の差でしょう。

だから現在の我々が賢く、昔の人が劣っているのか。

それはとんでもない、傲慢な考えだと思います。

医学の発達で考えると、死とは人間の力ではどうすることもできない、大いなる自然の力によって、心静かに受け入れていく出来事だと思うのです。

人間は我が寿命が五十年ならば五十年なりの人生を歩むだろうし、三十年ならば三十年なりの人生を心に受け入れて歩むと思う。

また死生感も、人間が作り出した神・宗教の教えではなく、自然への畏怖から生まれてきた感情だと思います。

心の豊かさはそんな自然の中から生まれてくると思います。

長く生きる事だけ、便利な生活だけが人間の幸福には繋がらないはずです。

私が好きな野球で例えると科学技術、医学技術がホームラン記録や打点記録と同じく減る事は無く、積み重ねて増えるだけであるのに対して、心の豊かさは打率と同じく増えたり減ったりするのかなと。

だから現在の日本が、心の豊かさは退却していると思うけれど、すべてだめなのではなく、何かの機会に豊かになる事もあると思います。

それには何が必要か、必死に考えなければならない。

ひとりひとりが自分が幸せな気持ちを持てた時間を、それも一瞬ではなく、ある程度長い時間感じられたのは、どんな時期、どんな場面、どんな環境だったか思い出さなければならないと思います。

私の事で言えば、それは子供の頃周りにたくさん有った自然で有り、一緒に遊べた多くの友達であり、優しくも厳しい父母・教師・近所の大人達に囲まれていた事だと思っています。

それは経済的な豊かさ、娯楽の豊かさとは別の次元の事でした。

人それぞれ豊かさを感じる事は違うと思うけれど、自分の住む国・地域・故郷・各世代の人々が心豊かにいる事が大切なのかなと思います。

それは自分も幸せになる事でしょうから。

我が日本。人気はある、あった政治家・政党の政策で地方は疲弊しています。国も疲弊していきそうです。自然も随分破壊されました。

もう海岸を埋め立てる、山を切り開く、川を堰き止めるなどはやめたいものです。

自然の豊かさだけではなく、国の富、国の伝統、誇りも外国に売り渡していく政治家もたくさんいるようです。

外国に謝るだけの人もいらない。親や祖父母の時代を悪く言う人もいらない。米国式の経済が一番だと思う人もいらない。

私たちが気を引き締めて、そんな輩に注意していかなければいけない時期かと思います。
言動を監視しなければならないでしょう。
人気や外面の良さ、会話の巧みさだけでなんとなく気分で選んではいけないなと思う。

人間は精神・魂を進歩していく為に地球に生を受けた生き物のはずです。

軍事・経済で世界を牽引している米国も、それに近づきたい中国も大国だろうけど心の豊かさという点ではたいした国ではないのです。

私の狭い視野で言えば、願わくは、我が日本人が心の豊かさで世界に先駆けて進歩していってもらいたいものです。

それが出来る民族のはずですから





佐多岬3錦江湾1紅富士と丹沢

2010年02月21日

とある星の話

その昔とある星の国では、心の状態がそのまま体の大きさになったとさ。

だから歳をとっても心が幼い未熟者は、いつまでたっても体は幼児のままで成長しなかったらしい。

人を傷つける言葉を話したり、暴力を振るおうとした者は、その行動に移った途端に体がしぼみ子供になった。

だから人を傷つけようにも子供の体で小さくなった為、反対にとっちめられてしまった。
そのせいか殺人や窃盗、傷害、詐欺など起こりようも無かった。

その逆で若いながらも心の成長した者は、大人の体になったとさ。

結婚も子供を産むことも大人でないと出来ない話だから、無論いつまでも心の幼い者は死ぬまで結婚も子供もできなかった。

時には親より子供が大人になってしまう事もあった。

頭で悪だくみを考えたり、人に冷たい気持ちを持っただけでは、そんなことにはならなかったらしい。
行動に移してはじめて体に変化が現れたということだ。

いままで体が大きかったのに、急に小さくなった為に「お前悪さをしただろう」といじめられる恐れもあったが、心配ご無用。
そんなことをすると相手よりもっと小さい体になってしまうのだから。

そうそうもう一つ大事な話があった。
子供の体になっても悪さを続けるとどうなるか。
どんどん小さくなって消えてしまったとさ。

悪者は去れと言うことだな。

ただほとんどの悪者は、心から改心するとすぐに大人になれるからだろうか、みんな必死に心の成長に努めて、大人になろうとしたらしい。


わが日本はどうでしょうか。
近頃、体はりっぱに成長しても心が幼い輩が多くなってきたような。
そんな者が結婚したり、子供を産んだりしたために、幼い命が犠牲になったり、社会生活の中でも殺人事件にいくまで、人を傷つけたりが多いのかもしれない。

やはり、とある星の物語のような心と体のバランスが良いのかもな。

近頃は娘も大きくなってきて、昔のようにいっしょに遊ばなくなったけれど、子供には心が成長していってもらいたいと思っています。



19鹿児島帰省 383
「ドジョウがとれたよ」と言う娘の声に「どれ」と見ている私です

2010年01月11日

日本が一番になる意味

今年は少しでも世の中の景気が良くなればと思います。

景気が良いとは、単純に言うとお金の流れが良くなる事です。
お金の流れが良いとは、これまた単純に言うと消費にお金が回ると言う事です。

淀んだ水が腐るように、お金も滞っていると死んでしまいます。
お金は使ってこそ生きてきます。

今の不景気もお金が使われないからにほかなりません。
日本はいっぱいお金が眠っているので、単純に他の国の不景気とは異質だと思います。
有るのに使われていないだけです。

私のかみさんの内助の功、家計のやりくり上手にはとても感謝しています。
私の一年に稼ぐお金の半分はかみさんの内助の功のおかげだと思っています。
ただ、それは家庭の中での話です。
それを国家のお金の使い方までに延長して考えると閉塞感が漂ってしまいます。

目先のお金をケチって、大きな損をしてしまう事があります。

先程行われた「事業仕分け」での一コマ。
さる女性議員が科学技術の研究費を削減する理由として「なぜ世界一じゃないといけないんですが?二位や三位じゃだめなんですか」の一言。
これは家庭のやりくりの次元のような気がしてなりません。

私は「日本は技術では世界一を目指さないといけない国なんだ」と思います。

彼の議員も真面目に国を思って言われた事だと信じたいですが、日本の歴史や成り立ちをもっと考えられたらと思います。

日本は資源も何も無い国です。
食べ物も自給できない。

無いないずくしの国なのにどうやってここまで生きてこられたか。
それは全国民が教育を平等に受けられ、その知識と手先の器用さによって培われた技術を売って、それらを買ってこられたからだと思います。

日本は相手が買ってくれないのには我慢できる国ですが、売ってくれない事には我慢できない。売ってくれないと餓え死にする国です。

だから先の戦争は売ってもらえなくて起こしてしまいました。
日本は他国と仲良くして、売り買いができる仲を保つ事が一番大切です。
「貿易立国」の国です。

そして少しでも優位に取引できる道具として、頭の中の資源「技術」を磨かなければなりません。

何事も一番を目指す努力をしないと二番にも三番にもなれないのです。
それは日本の死活問題です。

先日私が小学三年の時の日記を、久しぶりに懐かしながら観ていたら、友達との遊びの中で「三番になって良かったな」と書いたところが有りました。
そこに先生の一言「一番にならんといかん」と赤く書いてありました。

厳しくも優しく、大好きな男の先生でしたが、まさしくその通りだと思うし、こんな事を真剣に言ってくれた先生がいて幸せだったと思います。

厳しくも優しい「一番になれ」を言って行きたいです。
自分の子供、周りの子供、日本の為に。


小学三年の日記

2009年11月21日

夢のような話

久しぶりにブログ更新です。

今のご時世、政権交代が有り、昨年末のような暗い世相が無くなるかなと思っていましたが、
景気はなかなか良くならず、「デフレスパイラル」の恐れがあるなどとまだまだ先行き不透明です。

こんな時は誠実に自分仕事を行い、自分の力を磨き、家庭を大事に社会の為に堅実に生きていくのが一番
と、人生のマニュアルのように生きる事が一番ですが、やはり頭の中で夢想というか妄想というか、たのしい夢のような話を思う事が、心の健康には良いように思います。
それには宇宙の事など一番です。

さっそくですが、私の夢のような話。

私たちを取り巻く自然には、大きく分けて三つの基本的な力が働いています。ひとつは私たちを地球に留めている重力による引力、ひとつはクローンの法則で有名な電荷、そしてもうひとつは反対の磁極(北極と南極)の間の引力です。

ニュートンの近似的な法則によって引力は次の数式で表されます


F= Gmm’  ここでmは物体の質量、m’は別の物体の質量
    d2    dはそれらの間の距離、Gは重力定数

電荷はクローンの法則で表される

F= Cqq’  ここでqは正の電荷の量、q’は負の電荷の量
    d2    dはそれらの間の距離、Cは定数  

そしてふたつの磁極の間の引力は次の数式で表される

F= KMM’  ここでMは北極の極の強さ、M’は南極の極の 強さ
    d2    dは両極間の距離、Kは定数
              

それぞれ重力場、電場、磁場と条件や定数は違っていても、全くと同じと言って良い数式です。
これは自然更には宇宙全体を支配する基本法則があるのではないか。
一般相対性理論のアインシュタインはそう考え、死ぬまで追い求めたのが
「統一場の理論」でした。

結局彼はその場の統一は成し得ませんでしたが、今でもこれを追及している物理学者はたくさんいます。

現在ではこの三つの力以外に電子と原子、中性子のような粒子を形作っている強い力と原子核の崩壊もたらす弱い力など、ミクロの世界で働く力を合わせて四つ力の存在を認め、その中で電磁気力・強い力・弱い力は「大統一理論」として統一されようとしているらしいです。
重力を含めた統一理論はまだのようですが。

これらの理論と素粒子の動きを扱う量子力学という分野とで、宇宙の成り立ちなどの研究も随分進んでいるらしいです。

なんか数式や聴きなれない言葉ばかりですが、これらの研究の過程から原子力が生み出され、宇宙への理解が深まりつつあるんですね。

私がおもしろそうだなと思うのは、先の電荷と磁力については引っ張りあったり反発したりする、正負の相反する力が有るのに、重力についてはまだ見つかっていないと言う事です。

素粒子の世界でも電子に対して反電子、陽子に対する反陽子が実存するようです。それらで形成される分子は反分子、物質になると反物質ですね。
だったら法則を表す数式が似ているんだから、天才が現れて反重力を見つけられないかなと想像します。

反重力が見つかれば、いろいろな分野で応用できて、産業形態も激変するでしょうね。
新たな富も雇用も産み出して、今の景気不安なんか吹っ飛んでしまうでしょう。

まずは環境問題でいくと地上1メートルを走行する「反重力車」が生産されて消費の拡大を産み、タイヤの摩擦力は必要ないので「電力モーターエアー推進」でCO2は削減されるでしょう。 
道路はタイヤがいらない為、アスファルト舗装を全部剥がし、すべての道路に植栽をして熱帯夜もなくなり夏のエアコン電力も大幅に減る。
そして何より一番はそれだけ緑地が増えれば、CO2を植物が消費してくれる事ではないでしょうか.

まあタイヤの摩擦力が無いから車のブレーキはどうなるのという問題があるけど、それは電気的な反発力とかエアー逆噴射などで対処かな。

私がたずさわる建設現場でも、その恩恵は有ります。まず足場が必要なくなり、墜落災害などの事故の心配もいらなくなる。
鳶職は鉄骨を建てる以外で、足場を掛ける仕事は失業となりますが、それ以外に反重力で上下するステージの操作など、新しい仕事がでてくるかもしれません。

飛行機も墜落する心配がなくなり、タンカー並みの大型の飛行機が制作され利用客が増えて、料金が下がるでしょう。
「宇宙戦艦ヤマト」も作れるな。
ここでも大気圏にCO2をまき散らすジェットエンジンを止めて、墜落の心配がいらないのだから、雲の上に出て太陽電池による電気や原子力によるエアー推進で良いのかなと思います。

船や電車はどうなるのと言う疑問は有るけれど、電車は電気で動くのだから環境問題は無く、旅行の風情を楽しむ人がいる限り、利用客は減らないでしょう。

船も反重力を利用しつつ沈没しないようにすれば、船旅の好きな人や釣り好きな人がいるから無くならないでしょう。
ただ海運業はダメージあるかもしれないですが。

若い頃、反重力を扱った古典的SF「レンズマン」が好きでした。
猛スピードで飛んできたロケットが目の前でピタッと止まってしまう。
慣性の法則を無視した、重力から解放された世界を扱っていました。

想像すればどんどん夢のような話が膨らんで切りがありません。
暗い話題が多い中、明るい事でも考えて、難局を乗り越えていくのも良いかなと思うこの頃です。


昭和の子供昭和の子供昭和の子供

2009年03月21日

繋がる命

私は、公共の人の為に、建物を造る事を仕事としています。

そのために時には木を切ったり、草を刈ったり、池や沼地を埋めたりなど
自然を壊す事もでてきます。

まだ花が咲いている草木を、移植もできないままに切り倒したり、コオロギやバッタが跳ねる草むらを
土砂で埋めたりする時は、とても心が痛みます。

自然が好きな私には居た堪れない瞬間です。

一年以上前のこと。その時も病院を建てる為に、人口的に造った溜池でしたが、埋立てなければならなくなりました。

埋立るためにどれ程の土砂が必要か、測量していると、何かごそごそと蠢くものが。

ザリガニでした。

ハサミを高々と上げて、自分達を埋殺そうとしている私達に、必死に抵抗しているように見えました。

注意して見るとそこらじゅうにザリガニがいたんです

大きいのから小エビぐらいの小さいのまで。

私はバケツに集めて、他の場所に移す事にしました。

結局、百匹以上も集まり、そのうち小さい三匹を自宅で飼って、あとは自宅近くのザリガニが生息する小川に放しました。

「命を救えて良かったな」と思いながら、小さいザリガニを飼って一年近くが経ったある日、一匹のザリガニのお腹に何か密集する物を見つけました。

卵を抱いていました。

きれいな水を卵に送り込むために、せわしくお腹を動かして卵を揺らしているんです。

あの時、救った命が新しい命を宿したんだと分かって、私はとても感動してしまいました。

何もしなければそのまま死んでいた命だったのに、生きていたから新しい命を生み出せたんですね。

遠い昔から命が繋がって、今の私がいて、私の子供や子孫達が、遠い未来までまた命を繋げていく。

どこかで断ち切られていれば、存在しなかった私達だった。
救える命は救わなければならないんですね。。

命は決して粗末にしちゃいけないと、改めて教えてもらった気がします。


卵をだいたザリガニ
卵を抱いたザリガニ生まれたザリガニ母ザリガニは百匹程の子供が生まれた後、二週間ぐらいしてから死んでしまいました。
冬場で産卵して子育てして体力消耗してしまったんでしようね。
ただ子供たちは今でも元気に水槽の中を動き回っています。



ha12tori at 01:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!こころ | 自然

2009年03月16日

お気に入りの昭和歌謡曲第2弾

一年半前の続きです。昭和40、50年代前半の昭和歌謡の中で、私のお気に入りの曲を集めてみました。

ちょっとくせの有る曲やマイナーな曲も有りますが、聞いて良い曲だと感じてもらえたらうれしいです。


1.いとしのマックス  荒木一郎  昭和42年にこんな歌を歌うなんて荒木一郎は才能豊かな人ですね
 真赤なドレスを君に作ってあげたい君に〜


2.みんな夢の中  高田恭子  若い頃より、歳を重ねてからの方が味がでる歌手って、良いなと思います
 恋は短い夢のようなものだげど 女心は夢わ見るのが好きなの〜


3.私のハートはストップモーション  桑江知子  彼女も歳を重ねてからの方が綺麗だし、歌も素敵だと思います。デビューした頃と比べてみてください。
 あーあ私のハートはストップモーション〜


4.ふたりの舗道  風吹ジュン  なぜ「歩道」じゃないのか、理由が有るんでしょうね。
 あーっあなたに愛されて、あーっ歌うの、私の胸のここ〜


5.三色すみれ  桜田淳子  彼女の歌で一番好きな曲です
 手を出せば散りそうなそんな花びらを〜


6.あなたを愛して  BUZZ  亡くなった姉が高校の頃好きだった歌です。私も何度も聞かされて好きになりました。
 あなたを愛して愛して、もうどおでも良いんです私〜


7.東京娘  桜たまこ  とても味のある歌だなと思います。結構歌もうまいし
 おじさん 好きならば夢の中今〜


8.夏の恋人  長淵剛  今の長淵剛よりも、昔の彼の方が歌も歌い方も良いな
 長い黒髪を風になびかせている〜


9.砂に消えた涙  麻丘めぐみ  いろいろな人が歌っている中で彼女が一番かな
 青い月の光を浴びながら私は砂の中に〜


10.二人の世界  あおい輝彦  ドラマの歌ですが、栗原小巻がとてもかわいかったな、当時の私にとってはすごい年上の女性でしたけど
 冷たい風の街で僕は君と会った〜


11.妖精の詩  アグネス・チャン  彼女の歌で一番好きな歌です。曲調が何か良い感じがして。
 風の吹く、草笛の さわやか青い草原の


12.今夜は踊ろう  荒木一郎  もう40年も前の歌ですが、今聞いてもとてもかっこいい。
 蒼い星の光が遠く瞬く浜辺にはね今宵も〜

 
13.夜の訪問者  小川順子  私が中学生の頃の歌でラジオで良く流れていました。ちょっと異質の良い曲です
 雨のにおいが十九のこの胸濡らす〜


14.あの鐘を鳴らすのはあなた  1972.和田アキ子と聖飢魔Ⅱバージョン  どちらも捨てがたく、歌がすばらしい
 あなたに会えて良かった あなたには希望の匂いがする〜(1972.和田アキ子)
 あなたに会えて良かった あなたには希望の匂いがする〜(聖飢魔Ⅱ)


15.夢でいいから  いしだあゆみ  これもいろんな人が歌いましたが元祖の彼女が一番かな ただ唄はは麻丘めぐみです
 夢でいいから もう一度あなたに逢いたい〜


16.港の見える丘  平野愛子  終戦後のとても古い歌ですがとても好きで。横浜に実在する公園の命名の由来になった歌だそうです。
 あなたとふたりできた丘は港が見える丘〜


17.夜霧よ今夜もありがとう  石原裕次郎  浅丘ルリ子との同名の映画は切なくて良い映画でした
 忍び逢う恋をつつむ夜霧よ 知っているのかふたりの仲を〜


18.恋する夏の日  天地真理  この歌も良いんだけど彼女の存在自体がとても良い。 見ていると思わずこちらの顔もほころぶくらい、笑顔が明るくて。
 あなたを待つのテニスコート 木立の中残る白い〜


19.悲しくてやりきれない  フォーククルセイダーズ  どこか切なく心に残る歌です
 胸にしみる空の輝き 今日も遠く眺め〜


20.さらば愛の季節  ヒデとロザンナ  「愛は傷つきやすく」と同じくらい好きな曲です
 たそがれの停車場にひとり立てば 雨降り映画のように〜


21.SOMEDAY  佐野元春  私の恋も失恋もすべて思い出す青春の歌です
 街の唄が聞こえてきて 真夜中に恋を抱きしめた あの頃〜


風吹ジュン桜田淳子石原裕次郎荒木一郎

2008年05月06日

大切な心

故郷にいる姉から「俺は君のためにこそ、死ににいく」はとても良いよと言われ、レンタルで借りて見ました。

なんたる不覚。これを昨年映画館で見なかった事を恥じて悔やんでしまいました。

連休中、九段下の国土地理院に行った際に靖国神社の英霊に感謝のお参りをしたばかりで、こういう映画こそ私の子供や妻にも見てもらいたい映画なのにと。(子供にはまだ意味が分らないかもしれないですが)

私は幼い頃から親父やお袋から鹿児島の空襲の時の話を聞かされました。

親父など「グラマンが機銃掃射をしてきたから、川に潜って難を逃れた」などリアルな話を聞かされました。

お袋からは「終戦間際に鹿児島の上空を2機のB29が飛んで行ったのを見たけど、あれは広島か長崎に原爆を落としに行く飛行機だったのかも」なども聞きました。

「真黒な」って形容詞入ってから違うかもしれないけど。(今の知識でいくとB29はジュラルミンの銀色の機体と知っているから)

いや、もしかしてお袋も戦後原爆の話を聞いて、銀色のそのB29を黒色と思いこんだのかも。原爆投下後に放射能を含んだ黒色の雨が降ったから。

帰省した時にたまに行く知覧の平和祈念館とか、正月に行く靖国の遊就館(この館名の意味はなんだろう?)で拝見させていただく隊員の凛々しい顔を見るにつけ、

「この人達や戦争で亡くなった方たちが亡くなったのは日本の大損失だな」と思ってしまいます。

家族や知人に宛てた遺書が「これが19や20才の思う事か」それに達筆なことに驚いてしまいます。

私利私欲の無い、大義・大きな信念を抱いて命を捧げた人に、私はなにか大きなものに包まれた安心を感じてしまいます。

幼い頃に親に感じた「守られている」という優しさと似た感覚です。

近頃考えられないような犯罪が起きます。大昔から有る貧困による犯罪や人間関係のもつれからくる犯罪だけでは無く、心の病からくる犯罪のなんと多いことか。

それじゃ「今の日本人がだめなのか。今の若者がだめなのか。あの頃の日本人と違うのか。」

私は決してそうは想わない。

今はあの頃と違って情報が多く価値感が多量に有って、選択肢が多すぎるために、決断できる性格や価値観を持つ人が先を進み、優柔不断で思慮深い優しすぎる人が後手を踏むシステムになっているに過ぎないと思う。

自分が生きている事や生まれた事に意味を見いだせないでいる。みんなあの頃と同じく尊い人なのに。

でもいざ日本に危機が迫ったら、同じだろうなと思います。

あの頃と同じ状況。

家族、親友、友人、仕事仲間が日本の為に死んでいったら、残されていく自分も愛する家族、恋人、故郷の自然、日本の国の為に死んでいく事に恐怖を感じないのではと思います。

今の時代に時代劇を親しむ心、戦争で亡くなった人や特攻隊で亡くなった人を理解できる気持ち、敬う心が有るのだから、日本人としての本性は変わらない。

それは島国故に外敵も来ず、平穏無事に暮らしてこれた民族の、平和を望む気持ちからくる、それを壊すものに対する恐怖心、敵愾心。

日本の自然、暮らし、人を愛する自然に根ざした宗教心。死を前提とした死生観。

イスラムの死んで酒池肉林ができるという死生観による自爆とは違う、なんの現世利益も死後利益も無い、純粋な、他人の、日本人の、公の為に、大きくはアジアの為に命を捧げる事ができた日本人の子孫だから。

人命より物量が豊かだった外国の方には到底理解できないことみたい。

「このままじゃ日本はいけない」と思っている人はたくさんいますよ。
それが大きな動きにはならなくても、少しずつ変わっていくと思います。

学生運動華やかなりし頃、間違った心で反政府運動をやり、だから民心がついて来なかった愚にも気付かなかった、今だに日本の為にならない人を抱えた世代には分らないだろうけど。

その世代に必要だったのは「愛する人を亡くした愚かな親達に、自分たちの優秀さ」を見せるのではなく、「愛する人を守るために命を捧げた親たちの高尚な気持ち」を受け継ぐ事だったのだと思います。

私は微力でもその気持ちを伝えたいと思います。そんな人がたくさん増える事を靖国神社に行くたびに祈っています。

靖国神社何年か前に見た「きけ、わだつみの声」で緒方直人が南方の島々で戦死した仲間たちに「みんな、帰って来ーい」と叫ぶシーンが印象に残っています。
ほんと、みんな帰ってきて欲しかった


2008年05月05日

懐かしい昭和の故郷

この連休中に九段下に有る国土地理院関東支所に行ってきました。

目的は私の故郷鹿児島の、2万5千分の一縮尺の古い地図を、昔を思い出しながら、虫めがね片手に眺めたいなと思ったからです。

昭和41、44年の旧版地図をそれぞれ一部500円でコピーしてもらいました。

他にもそこで、閲覧中に興味をそそられる物を見つけました。

それは日本各地をいろんな年代で、空中撮影した写真を公開するシステムです。

鹿児島市を例にとると、戦後すぐの昭和22年米軍撮影から平成17年の撮影まで。

焼け野原の故郷が数年ごとの写真でどんどん変わっていく。

私も地図と並行に眺めながら、今は亡き父や姉がこの辺に元気でいたなとか、幼い私もここにいたんだななどと、時間が経つのも忘れて見てしまいました。

失ったなつかしい道路、裏山、古い校舎の母校、浜辺、町並みが残された写真を
「国土変遷アーカイブ空中写真閲覧システム」で見てみてください。

見たい地域を入力し、年代は入れないで検索すれば良いと思います。その次に出てくる撮影ポイント地図で観たい個所をクリックすると写真が出てきます。
拡大したい時は200dpiで見てください。
ふたつの時代も見比べられるし、拡大や部分コピーも通信販売しているようです。


昭和34年鹿児島昭和34年鹿児島市内写真

2007年12月31日

ありがとう

今年2007年も残すところ後5時間ほど。

今年もいろんな出来事が公私共に有って、あっと言う間に過ぎ去っていきました。

このブログも今年始めて、いろんな方が遊びに来ていただいて、とても感謝しています。

ありがとうございました

来年もみなさんが良い年でありますように。

またいろんな事が有るでしょうが、夢と希望を持って「上を向いて歩いていきましょう」


ha12tori at 18:51|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!こころ | 人生

2007年11月25日

キングギドラが出そうな空だった

この連休中に「続・ALL WAYS 三丁目の夕日」を観てきました。

ALL WAYS 三丁目の夕日冒頭いきなりの?場面。

やはりゴジラは平成の新宿副都心の高層ビルを壊すより、昭和30,40年代初頭の古びた瓦屋根の木造家屋や耐震強度大丈夫かなビルを壊す方が、しっくりくるなって思いました。

スマートな平成ゴジラより「総天然色映画」のゴジラが良いです。


私の幼い頃のトラウマなのか、私は故郷の鹿児島の桜島に、夕日で赤く染まった雲がかかり、うすら暗くなってきた青空を見ると、キングギドラが飛んでくる錯覚を覚えてしまいます。

そのトラウマが、昭和39年正月映画として上映された「地球最大の決戦」のキングギトラが遠くの空から近付いてきて、街を破壊する場面からだった事がわかりました。 
「キングギドラ来襲」

まだ4,5歳だった私が、親戚一同と正月の為に買った洋服で、年に一度の映画鑑賞。怪獣映画なのに立ち見で、父親に肩車されて観た記憶が有ります。

うすら暗い映画館の中で初めて観たキングギドラの登場シーンは、今観てもかっこいいです。 「キングギドラ初登場場面」


地球最大の決戦
この作品が実は、黒澤明監督「赤ひげ」の撮影が延びた為に急遽、代役として製作されたのを後で知りました。

昭和の懐かしい香りがする、ゴジラ映画でも特に好きな映画です。




2007年11月11日

おおらかなプロレス黄金時代

私が亡父とふたり、プロレス中継を楽しんだ昭和40年代〜昭和51,2年までは本当の意味での「プロレス黄金時代」だったような気がします。

馬場・猪木の最強BI砲のタッグマッチがおもしろかった日本プロレス時代。


BI砲相手はザ・デストロイヤー、ボボ(私の田舎では卑猥な言葉)・ブラジル、フレッド・ブラッシー、フリッツ・フォン・エリックなど個性の強いレスラーばかりでした

中堅レスラーにも大木金太郎、吉村道明などがいて、ボボ・ブラジルと大木金太郎のココナッツバットと一本足頭突きのヘッドバット合戦、吉村道明の口を大きく開けながらの逆転の回転えび固めも味があって、おもしろかったです。

「タイガーマスク」もこの時代が背景ですね。「恐怖レスラー」などの特集も週刊マンガでよくやってました。

後にボボ・ブラジルが試合前に、贈呈された花束を食べるようになったのは、なぜだかわからないけど。


日本プロレス隆盛の陰で、国際プロレスという団体が有って、そこで活躍していた「豊登・サンダー杉山」コンビのタッグマッチもおもしろかった。

豊登・サンダー杉山ふたりとも素足で試合をし、ベアハッグやボディスラムなどの怪力技の豊登と、尻もちしているだけだけど「雷電ドロップ」という名が付く程、有名なヒップドロップのサンダー杉山が猪木・馬場とは違う雰囲気のプロレスをしていました。

なにかフニャフニャした四の字固めでエースに成り切れなかったグレート草津。

若いビル・ロビンソンとカール・ゴッチの試合も国際が舞台でした。アンドレ・ザ・ジャイアントは「モンスター・ロシモフ」だった。



そんな古き良き日本プロレス時代から猪木・馬場がそれぞれ団体を旗上げし、アメリカにコネが強く、有名な外人レスラーを豊富に招聘できる馬場に対して、猪木は今までタブーとされていた他団体の日本人エースレスラーである、ストロング小林との試合で対抗しました。

アントニオ猪木ストロング小林ボクシングなみに調印式を行い、そこで小林が猪木を殴り倒して、おおいに試合前に盛り上げてくれました


ふたりの顔は似ていてストロング小林をあまり知らなかった私も、すぐ覚えてしまった。


其の頃の猪木は揉みあげを生やしていて、とてもかっこよかった気がします。


試合会場は蔵前国技館、異様な人気でテレビの前でワクワクして待っていました。


実際の試合も太鼓を打ち鳴らして、まるで決選の雰囲気。猪木の額が割れて血まみれになり、バックブリーカーで小林に抱えあげられ「あの猪木が負けるのか」と思うほどダメージを受けていた。


A猪木対S小林その頃見られない日本人同士の試合だったから、余計に凄惨な感じがしたんでしょうね。


猪木にとっは最後となるジャーマンスープレックスホールドで勝った試合でしたが、この時に首を痛めて、猪木は二度とこの大技は使わなくなってしまった。


この後猪木は大木金太郎、タイガー・ジェット・シン、ビル・ロビンソンと名勝負を繰り広げて、あの「異種格闘技路線」へと入っていきました。



8の字固めジョニパワーズのNWFという、怪しい団体の世界タイトルの猪木に対して、馬場の方はNWAという正統派団体のチャンピオンになったりドリーファンクやサンマルチノ、ドン・レオジォナサン、ジャック・ブリスコなど有名な外人レスラーを多数よんで対抗していました。

ジャンボ鶴田ただ、私がこの頃好きだったのは「チャイニーズ・カンフー」のリズムにのって紹介される、ラッシャー木村と平手で叩き合う「試練の十番勝負」の若きジャンボ鶴田でした。



体も大きく、跳躍力も有って「4種類のスープレックス」の切れ味も豪快な鶴田がかっこよく見えたものです。




試練の十番勝負この頃のプロレスは猪木が「卍固め」「バックドロップ」決めたら必ず勝てる、

反対にタイガー・ジェット・シンにブレーンバスター決められたら負けるという、

必殺の大技が有り、レスラーに特有のあだ名がつくようなドラマが有って、    

芝居を見ているようなおおらかな楽しさがあった。



今のプロレスはスピードと技の豊富さではおもしろいけど、格闘技の要素が大きくなってきて、ギスギスした感じがしてしまう。

もっと想像力を膨らませてくれる、楽しい芝居のプロレスが観てみたいな

2007年11月03日

好きなアーティスト 浜田省吾・南佳孝

好きな歌手のアルバムでも、すべての曲が良いかと言うと、なかなかそうでも無い事が多いけ

ど、浜田省吾のアルバム「愛の世代の前に」はほとんどが好きな良い曲です。

1979年末の古いアルバムですけど、これには1992年にヒットした

「悲しみは雪のように」がもう収録されているんですね。

浜田省吾

アルバム試聴はこちらからhttp://www.sonymusic.co.jp/Music/Arch/SMER/ShogoHamada/index.htmlのサイトで「愛の世代の前に」を検索

「愛の世代の前に」PV

「悲しみは雪のように」PV


もうひとり、南佳孝も好きなアーティストです。

私が学生の頃、アルバイト先の有線放送から「つま先立てて、海へ〜♪」と流れてき

て、歌詞は郷ひろみの「セクシー・ユー」に似ているけど、歌い方や声や曲調がどう

も違うし、こっちの方が全然良いんで「誰なんだろう?」と探した記憶があります。

南佳孝

アルバム試聴はこちらからhttp://www.sonymusic.co.jp/Music/Arch/SR/YoshitakaMinami/index.html

「スローなブキにしてくれ」動画

「モンロー・ウォーク」動画

2007年10月27日

人の命

先日私の好きなドラマのひとつ「医龍」で、一人の医者は一万人の人を助ける事を目指し、医龍は目の前の一人の患者を助ける為に全力を尽くす、という対比を見せてくれました。

一万人を助ける…、一万対一人で絶対的にスケールの大きさからして、一万人を助ける努力の方が正しく見えるのですが、果たしてそうでしょうか。

多くの仕事に置いて、あまり目先の細かい事ばかり気にしていると、大きな仕事はできません。

細かいことばかりにエネルギーを取られて、肝心の全体を完結するためのエネルギーが残されないからだと思います。

ただ、それは物、金を扱う仕事で有って、命を扱う仕事では無い。

人の命も一万人ともなると、戦争で戦死者何万人という発表と同じく、統計になってしまう。

「ひとりひとりの死は悲劇でも、何万人ともなると統計である」と旧ソ連の独裁者スターリンは言っていました。

近頃問題になっている、旧厚生省の薬害事件も、そこで関わっていた官僚が人の命を統計的に眺めていたからではないか、と思ってしまいます。

ひとりひとりの死には、その人と関わった多くの人の悲しみや無念が有った事を、人の命を扱う人は忘れてはいけないだろうと思います。

それができない人は、そんな仕事を選ばない方が良いとも言えますね。


2007年10月16日

亀田騒動とありし日の大場政夫

ボクシングを愛するひとりとして、今世間を騒がしている「亀田一家」の話は、次元の低い話で、早く収束して終わって欲しい話です。

素晴らしいスポーツであるボクシングのそれも「世界タイトルマッチ」で、なぜあれほど醜態をさらけ出す選手が出てくるのかが、信じられません。

これもボクシング団体の増加、ウェイトの細分化によるチャンピオンの粗製乱造が原因だと思います。

1970年代のボクシング世界では考えられない、お粗末な選手なのに。

ちょっと前の辰吉丈一郎にしろ、亀田にしろ「カシアスクレイ」のマネごとしても足元にも及ばないんだから、背伸びしなければ良い。

亀田の場合は40過ぎた父親のちょっと精神世界のずれた人が、売れっ子よろしく悪態をついて、世間に不快をまきちらし、「わしの世界だから好きなようにさせい、自由だろ」と開き直る。

今の世の中ではびこる悪習が、ボクシングの世界から見えなくなるのが、私個人としては、とてもうれしい限りです。

1970年代に亀田と同じく世界フライ級でチャンピオンだった、今は亡き「大場政夫」の激闘する姿を重ね合わせれば、いかに今の亀田がお粗末な選手なのか、百の言葉より説得力が有ると思います。

大場がタイトルを取った試合 対ベルクレック・チャルバンチャイ戦はこちらから


大場政夫2大場政夫1大場政夫3

2007年10月14日

お気に入りの昭和歌謡曲

昭和40年代にヒットした昭和歌謡の中で、私のお気に入りの曲だけを集めたオリジナルCDを作りました。

動画のある歌はURLに接続してください

1.さらば涙と言おう  森田健作  私の田舎では日曜の朝10:00から放送していました
 「さよならは誰に言う さよならは悲しみに~♪」
  
2.生きがい  由紀さおり  曲調が良い。この歌の中の女性は思い出を追って、現実から心が離れているのかな
  「今あなたは目覚め たばこをくわえてる~♪」
 
3.女の子なんだもん  麻丘めぐみ  振り付けがかわいい
  「何も欲しくはないは あの人がいるだけで~♪」 
  
4.空に星があるように  荒木一郎  何とも言えず味わいの有る曲です
  「空に星があるように 浜辺に砂があるように~♪」
  
5.いいじゃないの幸せならば  佐良直美  近頃この歌の良さが分かってきた
  「あのときあなたと口づけをして あのときあの娘と別れた私~♪」
  
6.青春に賭けよう  西城秀樹  爽やかな感じが良い
 「涙をふいて僕と 歩いて行こうよ この道は戻れない 青春と言う季節~♪」

7.私の彼は左きき  麻丘めぐみ  上品な可愛さが好きです
  「小さく投げキッス するときもするときも~♪」
  
8.太陽がくれた季節  青春の旅 青い三角定規  この歌でドラマを思い出す
   
  「君は何を今 見つめているの 若い悲しみに 濡れた瞳で~♪」
  「昨日の夢に住んでいられずに~♪」
     
9.みかん色の恋  ずーとるび  なんか楽しい歌です
  「好きなんだ 好きなんだ 逆立ちしたいほど~♪」
   
10.夜間飛行  ちあきなおみ  喝采より好き あと「黄昏のビギン」も良い
  「最後のさいごまで 恋は私を苦しめた~♪」
  
11.私だけの十字架  ファースト・チリアーノ 特捜最前線のED、クロードチアリとよく間違えられる人
  「星の揺れる港を ふたり見てたあの日に 肩に受けた口づけ~♪」
  
12.花のように鳥のように  郷ひろみ みずみずしい感じの歌
  「髪の毛小指であーったわむれ 微笑むしぐさがあーっ素敵さ~♪」

13.恋の暴走  西城秀樹  '75年の真夏を思い出す曲
  「嫌いになれるなら 教えてほしいのさー 恋に恋に引きずらーれ~♪」

14.愛の美学  ピーター  低音の魅力と幻惑される曲調
  「あの日一日よ もう一度来い~♪ 嵐の去った後で 私は~♪」

15.ひまわり娘  伊藤咲子  歌が上手な人でした 最近は良く懐かし特集で目にします
  「誰のために咲いたの それはあなたのためよ~♪」
    
16.センチメンタル  岩崎宏美  岩崎宏美は他にも良い曲たくさん有ります
  「夢のようね 今の私 幸せ あの日 巡り合えたあなた~♪」
  
17.北国行きで  朱里エイコ  きれいな足でした もう亡くなったんですね
  「つぎの北国行きがきたら乗るの スーツケースをひとつさげて~♪」
   
18.夜明けのスキャット  由紀さおり  透きとおるような歌声
  「ルールールルルー~♪愛しあう ふたりは~♪」
  
19.しあわせの一番星  浅田美代子  ほのぼのとした感じが良いですね
  「夕焼け小焼けで うちに帰る道 小石をそっと蹴る あしたも晴れる~♪」
  
20.水色の恋  天地真理  はじめて好きになったアイドルでした。かわいかったです
  「さよならの言葉さえ 言えなかったの 白雪姫みたいな心しか~♪」
  
21.17才  南沙織  昔は色の黒い人だなと思ってましたが今見るときれいな人だったんですね
  「誰もいない海 ふたりの愛を確かめたくて~♪」
 
22.はじめての出来事  桜田淳子  鼻にかかった歌声でした
 「口づけのその後で おしゃべりはしないで 泣き出してしまうかも~♪」
 
23.愛は傷つきやすく  ヒデとロザンナ  間奏のトランペットの音色が何とも切ない感じで好きです
  「自由にあなたを愛して愛して 私はこんなに傷ついた~♪」
  
24.さよならをするために  ビリーバンバン これは「二丁目三番地」の主題歌とは違ったよなーって気がします。 
  「過ぎた日の微笑みを みんな君にあげる 夕べ枯れてた花が~♪」

25.さらば恋人  堺正章  堺正章の歌で一番 「街の灯り」も良いけど
  「さよならと書いた手紙 テーブルの上に置いたよー ~♪」

26.別れてよかった  小川知子  なんか今の人は当たり前でやってる事がしたかったみたいです
  「シャララ 別れてよかったわ あなたみたいな人と~♪」
  
このCDは1966年~1975年までの中からメインで、編集しました。それ以降の年は次回にまた作ってみようと思います。


天地真理西城秀樹二丁目三番地由紀さおり

2007年10月08日

子供の躾

近頃CMで他人の子供でも躾の意味で叱りましょう、そんな身近なコミュニケーションを、もっと取りましょうと言うものが有ります。

私の小さい時はごく当り前の風景でしたが、今では私を含めて他人の子供を叱る、という事はしなくなりました。

CMの中でも母親役の女性が、「どうして私の子供を他人が叱るのか」と疑問を口にする場面があります。
それに対して父親役の男性が、なぜ必要な事なのか説明をしている。

「子供の躾は地域のみんなでやるものだ」と当たり前の事を言ってるだけですが、そういう事も新鮮に聞こえるほど耳にしなくなりました。

私が親に叱られたのは、飛び出しして車に轢かれそうになった時に父親に、身ごった雌猫に紙屑を投げていたずらをした時に母親に叱られた記憶が有りますが、
後は先生や近所のおやじ、おばさん、友人の親に叱られた記憶の方が多いくらいです。

それを受け取る子供の私の方も純粋に恐れをなして聞いていたのでしょうが、そんな叱られる中で自然と矯正されたような気がします。

自分が受けた大人からの恩恵は、大人になった私が今度は返す番なんでしょうね。


ha12tori at 23:33|PermalinkComments(4)TrackBack(0)clip!人間関係 | 生活

2007年10月02日

日本の誇り その2

日本の昭和史は複雑です。

国内では今、沖縄で教科書の記述についてもめていますし、国外では相変わらず中国、韓国がいちゃもんをつけてくるし。

果たして何が正しいかはどんな視点で昭和史を見るかでしょうけど、私は「日本が好きだから、悪く考えたくない」をベースに考えています。

テレビ朝日・朝日新聞のごとき、悪い部分だけ煽るマスコミは信用できないですから。

ペリーが浦賀に来ないで、鎖国を続けていたら、どんな文化が花開いただろうなと思います。結構日本独自の良い文化たくさん有ったんですよね。

経済的には今以下だっただろうけど、戦争もしなかっただろうし(ロシアが攻めてきたかもしれないけどね)。

ひと昔前までアメリカは西部劇が人気有りましたが、どうもあれは先住民との問題からか、今は映画でもテレビでもやりませんね。

それに比べて日本では、いつの時代になっても時代劇(チャンバラ)は、映画でもテレビでも途切れる事なくやってます。

自分たちの祖先である、侍の歴史が好きだし、誇りを持っているんでしょうね


荒野の素浪人
    「荒野の素浪人」好きでした。三船敏郎は良い俳優だったな。

2007年09月29日

一年の長さ

いもので今年ももう10月です。

子供の頃は一年はとても長く、歳を取る程一年が短く感じるのはなぜかなと思う時があります。

単なる思い付きだけど、時間の尺度と年齢は分数なのかもと思いました。

一歳の一年は1/1で1.0、小学4年生は10歳だから1年は1/10で0.1、40歳は1/40で0.025、なんと100歳だと1/100で0.01と小さくなります。

時間の流れる速さは大人も子供も平等のはずなのに、年と共に時間を感じる係数が小さくなるんですね。だから短く感じてくるんじゃないかと。

楽しい時も時間は短かく感じますね。逆に嫌なことをやっている時、つらい時は長く感じます。
それって生き生きと生きている人は人生は短く、自分を見失っている人は長く感じるのと同じことだろうなと思います。

気持ちの持ち様は数字では表せませんけど、ひとりで嫌な事考えていても誰も止めてはくれませんから、自分が止めるしかないですよね。

どうせ自分の力で解決できない問題は、身に降りかかってくることないんですから、余り考え込まない方が身の為かなと思います。

難しそうでも実は、その人の持っている力で解決できる問題しか来ないようになっているはずです。
私にはビルマの政情不安をどうするかなど決してきませんから。


ha12tori at 03:34|PermalinkComments(4)TrackBack(0)clip!人生 | こころ

2007年09月26日

人がいるから宇宙は有る

宇宙がどうなってるかなんて、人間しか興味がない話です。
遠い昔から空には、星が輝いて、「早く私の正体を見つけてください」と問いかけていました。

人がそれに気付いたから、今ではいろいろ発見、探査ができて少しずつだけど宇宙がどうなっているか、理解できるようになってきたんですね。

それと共に文明も向上したんじゃないかなと思います。

いつも目線より下ばかり見ていたら、せっかくの宇宙への大事な扉にも気づかなかっただろうな。

人も自分だけ見ていたら、回りの大事な人やチャンスを見失うんだろうね。
自分が欲しい豊かさは、やっぱり人と大自然が運んできてくれると思います。

ちょっと心苦しい時は、一寸周りの事考えてみると良い事有るかもしれません。

上には上が有ると言う意味でおもしろい動画がありました。星の大きさを比較した動画です。http://jp.youtube.com/watch?v=DU2i9diMfxU


ha12tori at 23:31|PermalinkComments(3)TrackBack(0)clip!こころ | 人生

2007年09月25日

豊かさ

コップからあふれた水は、ただ流れてどこかへと消えてしまうだけ。

のどの渇きが癒されて、それでもなおコップからあふれた水があるならば、のどの渇いた人にあげれば良いじゃない。

あふれた水さえも抱えてしまっては心の病、体の病になってしまうよ。

コップに少ししか無い、自分の渇きも癒されてないのに人にあげれば恩をきせたり、見返りを求めたりしてしまう。

見せかけの偽善はすぐ分かってしまう。無理をして自分を良く見せる必要なんてないはず。実寸大の自分を理解してくれる仲間をたくさん作れば楽しい人生だな。

競争して豊かになるのはおかしい話です。
競争じゃなく、協力で豊かになると信じているよ。


ha12tori at 23:57|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!人生 | こころ

2007年09月23日

行動こそ真なり

ひさびさにブログ書き込みます。
盆休みに鹿児島へ帰省した時に綺麗な自然、おいしい食べ物、旧友に触れて「なぜ、私は鹿児島で生活していないのかな」と考えました。

19歳で鹿児島から離れて、いろいろ試行錯誤で取捨選択して、それで今の生活、場所に住んで生きているんだろうけど、年を重ねる程自分の生まれ育った所が恋しくなります。

実際そこで生活をすれば、良い事ばかりでは無いんでしょうけどね。

何が自分にとって幸せなのかと問いただした時に、家族の幸せ、経済的な豊かさ、自分の好きな事が自由にできるなどいろいろ有るだろうけど、自分の人生をちゃんと生きているかどうかが重要なんじゃないかなと近頃、つくづく感じます。

そして自分の人生を「生きている」と感じるのは、やはり考えた事、やりたい事を行動している時じゃないかと。

馬鹿げた、子供じみた考えでも行動する行為こそが、優れた考えで行動しない事よりも大切だろうなと思います。

自省も含めて、これからは自分の人生をもっと、ちゃんと生きていきたいです。


ha12tori at 18:24|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!人生 | こころ

2007年08月07日

鹿児島まで車で帰省

明日から車で鹿児島に帰省します。

自宅からオフクロのいる鹿児島の実家まで、ちょうど1440辧
東名、名神、山陽、九州の各高速道路を使って、高速代約二万七千円、ガソリン代
約一万二千円、食事代家族四人で約一万円の片道五万円の長旅です。

たぶん休憩しながらで、一日半かかるだろうな。

ひとりの運転なので大変は大変だけど、途中で休憩するサービスエリアで、その土地でしか食べられないラーメンとかお菓子とかを食べるのは、とても楽しいんです。
それと景色をカメラで撮っていくのもおもしろい。

それとお気に入りの歌が入ったCDを聞きながら、また子供たちはDVDを見ながらと、案外楽しい旅なんですね。

鹿児島では、今回は思い出巡りでもしようかな、と思っています。
桜島とか自然の景色ばかりじゃなく、小さい頃遊んだ公園とか、道路とか、学校とかを写真に納めてみたいです。

良い写真があれば、このブログの「自由な写真帳」で公開してみます。


ha12tori at 19:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!生活 

2007年07月31日

愛する日本

たまに一人きりになりたい時があります。

つまり人との関わりが煩わしく感じる時が有るってことです。
でもそれは一日とか半日とかの話で、次は逆に人恋しくなってしまう。

ところが世の中にはまったく人と関わりを持ちたくない人もいるようです。

ただほんとに関わりを持ちたくなければ、人が作った物を使わないとか、食べないとか徹底すれば感服しますけど、結局はそうはいかないので関わりを持っているのと同じことなんですよね。

それと同じようなことで、日本に住みながら日本の事を大切に思わない人がいます。
中国や韓国にわざわざ反日の火種を焚きつけたり人です。

そういう人は日本の事を「この国は」と言います。「わが国は、日本は」とは言いません。自分の国で有りながら、自分には関係無い国のような言い方です。

ほんとに日本が嫌いなら、日本の交通機関、公共施設を使用しない、日本のサービスも利用しなければ良いんですが、それはやらないんです。卑怯ですね。

日本人に生まれ、日本に育てられたにも関わらず、自分の生きてきた中で日本の良さを見つけられず、大きな声で他の国の悪意に賛同までしてしまう。

そんな人は日本には必要ないと思います。

子供も勉強できなくても、そんな卑怯な人にだけはなって欲しくないな。
恥を知る人、祖国を愛する人になって欲しいです。


2007年07月30日

渥美清の「寅さん」

自分に残された命が、あと半年と宣告された時、大部分の人は「好きなことをやりたい」と、家族との時間を増やしたり、趣味に走ったり、宗教的なものにすがったりするだろうな、と思います。

私だったらやはり、家族といっしょにいたいと思うでしょう。

ところが、中には仕事に没頭する人もいます。
お金を稼ぐ手段、生活の為だけの仕事だったら、そうは思えないはず。
嫌いでは無くても、残された時間の中までやろうとは思えません。

おそらくその人にとって、「好きなこと」とは、だすさわっていた仕事だった、と言うことなんだろうと思います。

それができるのが、天職なんでしょうね。

好きなことを仕事としてできるなんて、なんと幸せなことでしょう。
渥美清は俳優と言う仕事が、天職だったんでしょうね。
だから残り少ない命を、映画の中で燃やし尽くしたんだと思います。松田優作もそうでしたね。

渥美清の「寅さん」って、年を重ねてくる程に好きになってくる映画です。浅丘ルリ子との掛け合いが特に好きです。

「寅さん」の言葉で話す優しさ、無言の優しさ。笑顔の優しさ。
男はやはり優しくないとダメですね。冷たい男は生きる価値無しじゃないでしょうか。

だからこそ天職の映画の中で、いつまでも「寅さん」の渥美清は生き続けるんでしょうね。


寅さん

男はつらいよ−寅次郎失恋四十八夜のサイトはこちらからhttp://cinema-magazine.com/old_page/cinemac/flash/torasan.htm


ha12tori at 21:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!ヒーロー | 人生

2007年07月28日

禁煙のちダイエット

昨年の今頃、禁煙を初めて丁度一年がたちました。

禁煙して良かったことは、食べ物がおいしいこと。においに敏感になったこと。
朝起きた時に頭がすっきりしていること。偏頭痛がなくなったこと。
時々胸が痛かったのがなくなったこと。お小遣いが貯まり出したこと。
体を動かしたくなること。禁煙できたという気持ちの満足感があること。

マイナスだったのは体重が増えたこと。これはたぶん口寂しいのを食べ物に転嫁したからだと思う。

5キロ太ってしまった。
それでここ一か月でダイエットに挑戦しました。

朝ごはんはカスピ海ヨーグルトとバナナ一本と牛乳。昼食はごはん茶碗一杯分の
愛妻べんとう。おかずは少々。夜食は普通に食べるが、ごはんは茶碗一杯で終わり。
腹は減るけど、2,3日おきに夜食前に焼酎とつまみで晩酌しました。

結果は4キロ減で、今のところダイエット成功中。
このまま6キロ減を目標にがんばろうと思っています。
ダイエットも食べながらでも、気持ちを持ち続ければ良いみたいです。
これは他の事にも言えるかもしれませんね。


ha12tori at 17:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!生活 | こころ

2007年07月23日

魂の浄化

毎日の社会の事件や事故の中で、身の廻りや仕事の中で「どうしてそこまで、人に冷たくできるの?、ひどいことが言えるの?」と思える方がいます。

肉体の暴力は、はっきりと社会的に処罰されますが、言葉の暴力による心の傷害は、見えないから処罰されないで続けられてしまう。

人に対してそのような行為を行う本人も、実は心が傷ついていることが多いんじゃないでしょうか。
ストレスや焦燥感を癒す術が分らず、人の心を傷つけて、その行為によって解消する方向へ向かってしまう。

よく耳にする、学校への理不尽な要求をする親もそうなんだろうと思います。
その行為が更に自分の心を傷つけていることが分らない。

子供の虐待も、親の心が傷ついているから行われてしまうのかもしれません。
妻や親への暴力も、本人の心が傷ついているから行われるのかもしれません。

親から愛情を受けて育った人は、自分の子供にも同じように接する事で、自然と子育てができるけれど、親の愛情が足りなかった人は、子供との接し方が分らない。

人が何かの使命を持って生まれてきたとするならば、心に傷を受けた人は、自らは人の心は傷つけない、親の愛情が足りなかった人は、自らは自分の子供に愛情を注ぐ。その克服、心の葛藤は、たぶんものすごく大変な事でしょうね。

でもそれが、その人の生まれてきた使命なんじゃないかなと思います。
負の連鎖を断ち切る、魂の浄化のような気がします。

それができた人は、廻りの人より幸せになれるんじゃないかな。いや、なってもらいたいですね。


ha12tori at 12:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!こころ | 人生

麻丘めぐみ

近頃の女性芸能人は、かわいくて、スタイルの良い人も多いですね。とても洗練された感じがします。ただ、かわいいけど個性を感じない。

後で思い返すとみんな同じに見えて、区別がつかないんです。歌も同じ。たぶん私が年とったことが大きい原因でしょうけど。

私の同年代は芸能人でいうと山口百恵とか岩崎宏美、松田聖子、榊原郁恵。
ちょっと下の世代が小泉今日子、河合奈保子、中森明菜です。

かわいい人もいたし、もうちょっと磨かれた方が良いかなって人もいたけど、覚えられる個性がありました。

そんな中で私よりちょっと上の世代に「麻丘めぐみ」という、完璧にかわいくて、スタイルの良い理想的な女性がいました。

「女の子なんだもん」「私の彼は左きき」「芽ばえ」「アルプスの少女」
歌も振り付けもかわいいし、声も透きとおった感じで良かった。
今でもテレビに出てきますが、歳を重ねても年相応にかわいい顔をしています。

彼女の歌の中で独自の持ち歌では無いけど「砂に消えた涙」って歌も良いですね。
いろんな人が歌っているけど彼女が歌うのが、一番良い。

彼女に限らず、昭和の流行歌は、ちいさい子が振り付けをマネしたり、いろんな世代の人が歌を口づさむ事ができたんですよね。
麻丘めぐみ

「砂に消えた涙」http://jp.youtube.com/watch?v=nQ_kpV3wFK4
「芽ばえ」「女の子なんだもん」「私の彼は左ききhttp://jp.youtube.com/watch?v=U00dOoPp5coの辺り


2007年07月19日

無理をするな!

体を壊すと、いくらおいしい食事でもおいしくないし、食べられなくなる。楽しい映画も見られない、きれいな自然も堪能できない。趣味もできなくなる。

健康有っての生活の楽しみ、人生の楽しみだと思います。

また心が病んでいては、楽しい事も楽しくないし、うれしい事もうれしく感じなくなる。

お金を稼ぐ事もその為の仕事も大切だけど、健康を害するまで、心を病むまでする必要など、全く無いんじゃないかなと思います。

なんの為の仕事やお金なのか、本末転倒に成らないように、注意しないといけないような気がします。

「無理をするな!」と自分にも、家族にも、仕事の同僚にも、周りの人にも、声を掛けるようにしていきたいですね。


ha12tori at 15:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!こころ | 人生