2009年01月04日

買わない時代

この年末年始に色んな人と会って話をする中で、「あ…」と感じたことがあります。

マーケティング入門のような書物を読むと冒頭で大抵「生産指向→販売指向→製品指向→マーケティング(顧客)指向→社会指向」という風に移り変わってきていると書かれていたりします。これは乱暴にいうと、「作れば売れる(生産指向)」→「売り込めば売れる(販売指向)」→「良いものなら売れる(製品指向)」→「欲しいものなら売れる(マーケティング指向)」という風になります。

ここ20年くらいはマーケティング指向であることが重要だとされ、そのためにセグメンテーションやニーズの的確な把握などが色々と論じられてきたわけです。ニーズの多様化だとか多品種少量生産などという言葉は、ここから発せられています。その一環として、高付加価値などというのもよく言われます。

ところが恐らく潮目が変わったように感じるのです。需要が飽和しているというのはずっと言われ続けていることです。もの余りの時代と言われてきました。だからこそ差別化・個性化・高付加価値などによって選ばれる存在になろうという切り口でマーケティングの理論は進展してきました。そこには「選んで買う」というパラダイムであるという前提があります。

上記の生産指向からの移り変わりは、需要と供給の関係が変わるに従って遷移してきたものです。そこには一貫して「買う」というパラダイムがありました。しかし今、100年の1度(実際はどうであれ)とも言われる景気の節目の中であからさまになったのは「買わない」というパラダイムが堂々と成立するようになったということではないかと感じるのです。

例えばテレビです。昔は一家に1台という風情でした。それが個人に1台というところまで普及しました。テレビのない家庭というのは一風変わった家庭という見え方だった時代もあります。ですが今だとどうでしょうか? 「あ、うちテレビないんです」と言っても「あ、そうなんだ」と、格別変とも思われない時代になったと感じるのです。

自動車も然りです。あるいは固定電話もそうでしょう。今後は洗濯機なども下手するとそうなっていくかもしれません。コンビニが冷蔵庫の代わりになったと言われるように、コインランドリーやクリーニング屋さんが洗濯機の代わりになるかもしれません。新聞などは今や取ってないという家庭も多いのではないでしょうか。

そして携帯電話でさえ飽和点に達したとされています。今、それなりの年齢にも関わらず携帯電話を持っていないのは「買わない」という意志決定をしているケースがかなり多いのではないかと感じるのです。もちろんそこには積極的・消極的の両方があるとは思いますが、欲しいけど我慢しているというわけでもないように感じます。

生活必需品、特に消耗品はもちろん買うでしょうが、そうでないものは容赦なく個々人の価値観の中で淘汰されていくことになるでしょう。つまり「マス(大衆)」向けというものがどんどん減っていくように感じるのです。なくても困らないものがたくさん溢れている時代になったのでしょう。

そうすると、あって当然・あって嬉しい・ないと困る、というポジションを取らないと生き残れません。ですがその判断基準があまりにも多様化していてボリュームでコストをカバーするという風には出来なくなっていくように思われます。一方で、ではコストをプライスに転嫁出来るのかというと、恐らくそれも難しいでしょう。競合はたくさん存在しますし、何よりも「買わない」が基本になってくると変なプライスではそれだけで「あ、じゃあいいよ、いらない」となるでしょう。

マーケティング指向の次は社会指向になると言われて随分経ちました。その傾向は昨今かなり顕著になってきたように感じます。ではその先の「買わない」が当たり前の時代には、どういうアプローチが必要となるのか。まったくの個人的な考えでしかありませんが、キーワードとして「未来」「共に歩む」というものが重要になってくるのではないかと感じます。

これまでは商品の機能的特徴・もたらされるメリット・実績を伝えれば良かった。ですが、「買わない」時代は恐らくそれでは足りないのでしょう。「未来を描くこと」「それにコミットする」ということが重要になるのでしょう。などと書くと「それ何てCRM」「One to Oneじゃね」となるのは承知の上で、ただ恐らくニュアンスが相当に違う・変わるのだろうと感じています。上手く言葉に出来ないのですが、「買わない」【でも】「お付き合いする」というような、そういう関係性というか、別種の価値観・琴線に触れるものが必要なのだろうと思うのです。

特に私どものような、一度導入すると下手すると10年ほどもお使い頂くような高額なものであり、かつわかりやすい「もの」ではなく「仕組み」を提供する商売の場合、「いらない」「買わない」という風にお考えになられることが当然なのだと、そう考えて取り組む必要があると感じています。「タダでもいらない」とさえ思われるのだと、そう覚悟するところから始まるのだろうと。

結論があって書いてるわけではなく今の考えの断片を垂れ流しているだけなので、お読み頂いても「じゃあどうするのよ」というのがなくて恐縮しきりなのですが、明らかにこの年末年始で何かが変わったという空気を感じるので書き留めておきます。「買わない」時代の到来を覚悟する。可及的速やかに対処を考えなければならないことだと感じています。

habuakihiro at 01:14│TrackBack(0)仕事 このエントリーを含むはてなブックマーク

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