[ 2018年シーズン 玉サバ 初売り即売会!!]
玉サバ美人金魚 2歳限定即売
大人気!モンスターの子を販売します!!
2日間連続!即売開催!!
10/7(日)、8(祝)
時間:9:00-15:00
場所:丸新養鯉場ハウス前
※雨天決行
優秀な2歳の展示即売会を
10/7(日)、8(祝)
2日間連続で行います。
当日にかぎり通常価格の
半額の価格で提供させていただきます。
価格は手軽に楽しめる
3000円、5000円
1万円、2万円をメインに
準備し皆様のお越しを
お待ちしています。
☆売切れ御免☆早い者勝ち☆
ご来店された人だけへの大!大!大サービス!!
優雅で美しい姿を是非ご覧に来てください。
店名:丸新養鯉場
住所:〒947-0205
新潟県長岡市山古志虫亀3085
電話:050-1427-0937
携帯:080-8102-1918(担当者/田中)
URL:http://www.marushin-koi.com/
LINE ID:marushin3216
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LINEからもお気軽にお問い合わせ下さい。













2018年07月
大日養鯉場さんから新親鯉ガチャ子を導入!!
大日養鯉場、茂さんコレクション
ガチャ子 4歳 メス 75㎝
丸新の新親鯉として導入します!!
親鯉の名前は…
『DS(Dainichi Shigeru)ガチャ子』


Dainichi koi Farm
Shigeru san Collection
Gachako 4year Female 75㎝
From Dainichi to Marushin
Marushin New Parent Koi
Parent Koi Name is "DS Gachako"
ガチャ子 4歳 メス 75㎝
丸新の新親鯉として導入します!!
親鯉の名前は…
『DS(Dainichi Shigeru)ガチャ子』


Dainichi koi Farm
Shigeru san Collection
Gachako 4year Female 75㎝
From Dainichi to Marushin
Marushin New Parent Koi
Parent Koi Name is "DS Gachako"
大日昭和の純粋な血統の親鯉を導入!!
大日養鯉場さんで長く第一線で活躍した
茂さんコレクションの中のスーパースター!!
大日昭和の純粋な血統のオス親鯉を分けていただき
今年から丸新のオス親鯉として導入します!!
親鯉の名前は『スーパースター』
Dainichi Legend go to Marushin.
This parent koi has long been an ace position at Dainichi Koi Farm.
Super star presence in the Shigeru san collection.
This parent koi is the Dainichi Showa Original Blood Line.
Introduced to Marushin from this year.
Parent Koi name is "Super Star"
茂さんコレクションの中のスーパースター!!
大日昭和の純粋な血統のオス親鯉を分けていただき
今年から丸新のオス親鯉として導入します!!
親鯉の名前は『スーパースター』
Dainichi Legend go to Marushin.
This parent koi has long been an ace position at Dainichi Koi Farm.
Super star presence in the Shigeru san collection.
This parent koi is the Dainichi Showa Original Blood Line.
Introduced to Marushin from this year.
Parent Koi name is "Super Star"
The 14th TNPA All Thailand Koi Show 2018 椿賞
タイで開催された
The 14th TNPA
All Thailand Koi Show 2018で
丸新養鯉場 生産鯉の葡萄衣が
25部 椿賞をいただくことができました。
Surat fish farm 様おめでとうございます。
取り扱いをして頂いた
TAKOPKOI 様ありがとうございました。
The 14th TNPA
All Thailand Koi Show 2018
25bu Tsubaki Prize
Congratulations.Surat fish farm.
Breeder: Marushin Koi Farm
Handling: TAKOPKOI
Thank you TAKOPKOI.

The 14th TNPA
All Thailand Koi Show 2018で
丸新養鯉場 生産鯉の葡萄衣が
25部 椿賞をいただくことができました。
Surat fish farm 様おめでとうございます。
取り扱いをして頂いた
TAKOPKOI 様ありがとうございました。
The 14th TNPA
All Thailand Koi Show 2018
25bu Tsubaki Prize
Congratulations.Surat fish farm.
Breeder: Marushin Koi Farm
Handling: TAKOPKOI
Thank you TAKOPKOI.

モンスター玉サバとは…
モンスター玉サバとは…
現在とても人気が高い親玉サバ
モンスター、スーパーモンスター。
この子供達がモンスター玉サバといわれ
丸新の主力となっております。
★Monster Short Tail★
モンスター ショートテイル

★Super Monster★
スーパーモンスター

現在とても人気が高い親玉サバ
モンスター、スーパーモンスター。
この子供達がモンスター玉サバといわれ
丸新の主力となっております。
★Monster Short Tail★
モンスター ショートテイル

★Super Monster★
スーパーモンスター

丸新玉サバの特徴
丸新 ジャンボ玉サバの歴史
丸新 ジャンボ玉サバの歴史
2004年に新潟県中越地震が
発生し山古志が壊滅しました。
中越地震で丸新の9割の玉サバが
死んでしまいましたが
残った1割の玉サバの中で
古くから山古志にいる純粋な血の系統に
30cmオーバーのとても大きく
体の良い琉金を交配させました。
その交配の中から出来た玉サバが
5歳時で40cmを超えた
親玉サバ『大王』になります。
この血が現在の丸新ジャンボ玉サバの
ベースとなっております。
長い歴史と風土の中で育まれ
現代に受け継がれた玉サバは
生きた伝統工芸品と言って良いでしょう。
丸新ジャンボ玉サバのベース 親名『大王』

2004年に新潟県中越地震が
発生し山古志が壊滅しました。
中越地震で丸新の9割の玉サバが
死んでしまいましたが
残った1割の玉サバの中で
古くから山古志にいる純粋な血の系統に
30cmオーバーのとても大きく
体の良い琉金を交配させました。
その交配の中から出来た玉サバが
5歳時で40cmを超えた
親玉サバ『大王』になります。
この血が現在の丸新ジャンボ玉サバの
ベースとなっております。
長い歴史と風土の中で育まれ
現代に受け継がれた玉サバは
生きた伝統工芸品と言って良いでしょう。
丸新ジャンボ玉サバのベース 親名『大王』

玉サバの歴史、最初の繁殖
History of Tamasaba, First tamasaba breeder?
(玉サバの歴史、最初の繁殖?)
■詳しい写真や本などは残っていませんので
誰が最初に作ったのかは不明ですが
山古志のお爺さん達の話しによると
1917年(明治)頃(今から約100年前)には
確実に山古志地域などで玉サバは確認されている。
当時の呼び方は『玉サバ』ではなく
『サバ尾』、『さばご』と呼ばれていた。
しかし第二次世界大戦が始まり1939年~1945年
食糧難になった日本は、日本軍からの命令で
鯉や玉サバを食料として食べられ数が激減しました。
この時に玉サバは『幻の金魚』と言われ
絶滅の危機になりましたが
それでも山古志の人々が全てを無くさないよう少し隠し
復活にも取り組んだおかげで
玉サバは復活し現在は世界の人を魅了しています。
「金魚伝承第三号」(2002年12月10日発行)によると
鯉師が作り始めたと言われているのが1966年頃。
玉サバに流金やコメットを交配させたり
三色玉サバを作ろうと朱文金を交配させたと書かれている。
この頃から、それぞれの生産者が作りだす色々な形の玉サバが作られ始めました。
また純粋な血統を守ろうと他の金魚の血を入れない生産者もいました。
新潟という地域は錦鯉を生み出したブランドだからこそ
生産者の技術が常にどこよりも進んでいて
品種改良も行われてきたからこそ
その技術や経験をもとにして
玉サバもこのように進化してきたんだと思います。
(玉サバの歴史、最初の繁殖?)
■詳しい写真や本などは残っていませんので
誰が最初に作ったのかは不明ですが
山古志のお爺さん達の話しによると
1917年(明治)頃(今から約100年前)には
確実に山古志地域などで玉サバは確認されている。
当時の呼び方は『玉サバ』ではなく
『サバ尾』、『さばご』と呼ばれていた。
しかし第二次世界大戦が始まり1939年~1945年
食糧難になった日本は、日本軍からの命令で
鯉や玉サバを食料として食べられ数が激減しました。
この時に玉サバは『幻の金魚』と言われ
絶滅の危機になりましたが
それでも山古志の人々が全てを無くさないよう少し隠し
復活にも取り組んだおかげで
玉サバは復活し現在は世界の人を魅了しています。
「金魚伝承第三号」(2002年12月10日発行)によると
鯉師が作り始めたと言われているのが1966年頃。
玉サバに流金やコメットを交配させたり
三色玉サバを作ろうと朱文金を交配させたと書かれている。
この頃から、それぞれの生産者が作りだす色々な形の玉サバが作られ始めました。
また純粋な血統を守ろうと他の金魚の血を入れない生産者もいました。
新潟という地域は錦鯉を生み出したブランドだからこそ
生産者の技術が常にどこよりも進んでいて
品種改良も行われてきたからこそ
その技術や経験をもとにして
玉サバもこのように進化してきたんだと思います。

