わが町にしなり子育てネット

大阪市西成区で「いつでも どこでも みんなで 子育て」を合い言葉に、子育てサークルや施設、地域のボランティアなど多くの仲間が集まる緩やかなネットワークです。2000年に発足、今では約70の団体がつながっています。
詳しくは、わが町にしなり子育てネットのホームページをご覧下さい。

社会問題研究会 第71回報告 ●第71回 2018.11.28
テーマ「生きること 食べること その1 

この瞬間も、こわされ、それによって創造され、変化し続けるからだ。
命が宿る身体は、自分以外の生命体とそのつながりによって作られいます。
生きることと、食べること。
様々な視点で扱える、このテーマを、今回は言語聴覚士という仕事を担う人が書かれた「食べて死ぬ」レポートをもとに、みんなで考えてみました。

ファシリテーター 伊藤悠子さん(メディエーター/看護師)
話題提供 下井 茜さん(大阪府済生会泉尾病院 リハビリテーション科 言語聴覚士)

□「お食い締め」−死から生まれるもの
人生最後の食支援「お食い締め」は、広島県庄原市にある医療法人社団聖仁会より「人の尊厳を基本に最後まで食べる食支援をしてほしい」という依頼を受けた牧野日和さん(愛知学院大学/言語聴覚士)により考案された。
生後100日目に食べる真似をする「お食い初め」の対として、人生最後の食支援として誕生したお食い締めもまた決して食べることを前提にはしていない。

その条件やねらいは、
①患者が看取り期であること
②患者や家族が食べることを望んでいること
③同時に食べることが患者にとって苦痛にならない条件において食べることを検討している。

お食い締めについては、患者と家族が最期のときを有意義に過ごし、患者は「自己超越」感を得て、家族は死生観を育むことに主眼を置いている。

□お食い締め 事例1 
「お食い締めに好物の焼肉を食べて回復した男性」

最初のお食い締め支援患者は元医師だった。
看取り期宣告を受けた妻と息子は、以前より「最期に焼肉を食べさせなければ化けて出るぞ」と患者から言われていたそうで、二人はその願いを叶えたいと私に申し出た。
息子は現役の歯科医師だった。
そのとき私は患者の病室で焼肉を焼いたのだが、患者はその雰囲気を察し「おー、焼肉か!」と目を開けた。
そして焼肉数切れをすべてたいらげてしまった。
周囲は驚いた。
なぜならこれまで行った医学的介入はどれも奏功しなかったのに、焼肉がきっかけで患者は一瞬にして活気を取り戻したのだから。

患者が亡くなったのは、お食い締めを行ってから5年後だった。
この患者はお食い締めを契機に周囲と話ができるまでに回復した。
このような場合、看取り判断の妥当性を指摘する方もいるだろう。
しかし、多くの同じようなケースが看取りの宣告後に亡くなるのに比してこの患者は大逆転、回復を果たしたのである。
医学者にとっては不思議な話ではなかろうか。
この患者は、晩年、幸福感を口にするようになり家族は患者の死後においても「お父さんには素晴らしい最後にしてあげられた」と満足げであった。(牧野日和:看護技術2018−9.58)

□お食い締め 事例2
「孫の作ったケーキを食べ、人生に満足して亡くなったB氏」

B氏、男性、今、80年の人生を終えようとしていた。
ここは病院の個室。B氏の周囲には近親者が集まっていた。
B氏の老いた母、弟、妻、息子と娘、孫。
お食い締めは、孫娘が用意したケーキであった。
「おじいちゃんのおかげで調理師学校を出て、一流レストランに就職できたんよ。そこで初めて作ったケーキなの」。
B氏はまるで世界一の料理を食べるような顔で、深く何度もうなずきながらケーキを数口食べ、「おいしいな将来はええパティシエになるな」と言った。孫は喜んだ。大好きな祖父からの誉め言葉は、彼女の自尊感情を支えた。

その後B氏は「牧野先生と二人にしてくれ」と言った。
家族は退室し、私とB氏は二人きりになった。B氏はこう言った。
「先生ありがとう」「先生には、今からだれにも話していないことを言うよ。お墓にもっていこうと思ってた秘密や。先生だけには知っておいてもらいたい」
「戦争のときの話じゃ。ワシらが乗ったゼロ戦は、敵にうち落とされフィリピン沖の無人島に次々と不時着したんじゃ。その島で何週間か生きたんじゃが、食べる物がなくてなあ。仲間は次々と餓死していった。ワシには生きて日本に帰らなければいかん理由があった。それはな、ワシが故郷をたつとき、極貧生活の母と妹と交わした約束なんよ。絶対生きて帰るからそれまで耐えてくれって。そしてワシは死んだ仲間の肉を食ったんじゃ。正直そのことは未だにワシを苦しめよる」
「ところで先生どう思った?ワシの家族、ええ子ばかりじゃろ。ワシはここまでようがんばった。あんなできごとも乗り越えてワシはここまでやれるとは正直思わなかった。苦しい人生も、いま振り返れば無駄のない濃厚な80年だった。本当にすっきり。後悔も不安もない。最高の人生やった。先生は仕事ばっかりの人生じゃいかん。あの世に持っていける無形に財産を残しなさい。先生のことが好きだから言うんよ。わかったな。約束じゃよ。いつか三途の川で先生の余生をワシに報告じゃ(笑)。先生、残りの人生を楽しみなさい」 

まもなくB氏は亡くなった。
看取り期において食べることはオプションであり、それよりも患者の自己超越感を支えること、そしてその舞台を設けることがこの時期の支援の本質であろう。
(牧野日和:看護技術2018−9.59-60)
 
□お食い締め 事例3
 「死期を迎えた夫婦。夫のお食い締めを切望した妻」

C氏85歳。脳梗塞を機にからだが衰え約3か月間何も食べられなくなり、主治医より看取り期の宣告を受けた。
入院には妻が付き添い、主治医に何度も常食を食べさせたいと申し出るも、ミキサー食以外は難しいといわれた。
ある日ミキサー食摂取に耐えかねたC氏は、入院先の病院でこっそりまんじゅうを食べた。
C氏は窒息を起こし近くにいた看護師に助けられた。
C氏は医師から厳重注意を受けたが、その後もパンやおはぎを何度も食べ、窒息と救命を何度も繰り返した。
そしてとうとう病院側から退院を勧告された。

その後、C氏は私が所属する介護老人保健施設に入所した。
入所の際、C氏の妻はにっこり笑いながらも力強く言った。
「窒息して死んでもいいので、主人には普通の食物(嚥下食ではないもの)を食べさせてやってください」。
続いてC氏は「焼肉にしてください。死んでもいいですから」と付け加えた。

アセスメントでは食道入り口の開きが不十分であり、現時点ではミキサー食が妥当と思われた。
それでも私は、C氏の夢を叶えるため、まず口腔内でしっかり食塊をつくるトレーニングや、食道を開く目的でのど仏(咽頭)をしっかり上前方に動かすトレーニングなどを行なった。
C氏は熱心だった。時間を見つけては自主訓練を行なった。
C氏はこうして、徐々にミキサー食から歯ぐきですりつぶせる食事が摂れるまでに機能を高め、それに応じて食形態段階があがった。

ある日妻が私に面談を申し出た。そこで妻は言った。
「私、末期のがんになりました。あと1か月の命です。このことは主人には内緒にしてください。先生、私、自分が死ぬまでに主人が焼肉を食べるところを見たいわ」

この妻の申し出を受け、時期尚早と思われたが、C氏に焼肉摂取を試みることになった。
C氏の目は一瞬にして輝いた。妻はほほ笑みながらC氏を見守った。
焼肉をC氏の口に入れた。
C氏は緊張の面持ちで咀嚼をし、そして慎重に嚥下した。
固唾を飲んで見守っていたスタッフたちが声をあげた。
妻がC氏の腕をつかみ上下に振った。「お父さん、良かったね」。
C氏は「先生、今の焼肉、ちいと小さくはありませんか」と言った。
C氏の言葉に、妻もスタッフも笑った。
だれもが涙あふれ、心震わす笑いだった。
その後、数日して妻が逝った。
ほどなくして妻の後を追いかけるようにC氏も逝った。
焼肉を食べたことがC氏と妻のお食い締めとなった。

これを書籍化することはC氏の妻と私の約束だった。
二人の死後、私は夫婦の息子に電話をして、掲載の許可を求めた。
初めて話した息子だったが「はい、牧野先生、待っていました。母から聞かされていました。いつかお父さんのことを執筆する許可依頼がくるから、はいと返事しなさいよって。先生、ぜひお願いします。亡くなった両親が、今を苦しむ人々の中で希望として輝いてくれたら幸せです」。
電話口で息子の声は震えていたが、そこには力強い意思、自信がみなぎっていた。
C氏の妻は自分に死期が迫っているというのに、C氏に対し気丈にふるまい、さらに自分の死後のことを心配して執筆の手配までしてくれていたのである。(牧野日和:看護技術2018−9.63-64)

□お食い締め 事例4
「食形態アップにより、その人らしさを取り戻し、家族と交流して亡くなったD氏」

介護老人保健施設入所中のD氏は、90歳で老人性認知症、ミキサー食摂取だった。
日中は目を開けているが焦点が合わず、まるで植物状態のような女性だった。
徐々に体力が低下し食思不振に陥ったD氏に対し、看取り期の判断がくだされた。
D氏はスタッフの声掛けにも反応しないが、唯一スタッフがミキサー食をスプーンで口の前に持っていくと口を開けた。
ある日、D氏は隣席の「羊羹」に手を伸ばした。
それを見た私は、D氏の目の前で羊羹をミキサーにかけ彼女の口に運んだ。
D氏は目を輝かせ、うれしそうに笑った。日頃見せない表情だった。

これに背中を押された私は、D氏の家族と話し合いの場をもつことにした。
多少危険でも食形態をアップさせるか、このままミキサー食で余生を過ごすか。
D氏の家族は息子から孫に至るまで現役の医者だった。
長男は言った。「何があってもよいですから、最期に母のために食べさせてあげてくださいと」。

それから我々の挑戦が始まった。
約半年かけて食形態段階をミキサー食から軟飯・軟菜食へとアップさせることに成功した。
この間、D氏の日頃の表情は大きく変わり「うまいのう、うどんが食べたい」などおしゃべりをするようになった。
これには家族も驚いた。
D氏は口から食べることの効果を知らしめる証人となった。
だれもがD氏は看取り期を脱したものと思った。

D氏の食支援後、家族の訪問頻度が増えた。
家族は訪問のたびにD氏から説教を受けた。
D氏は息子を現役の学生だと思っているようで「勉強しないと医者にはなれない、遊んでばかりいるな」と檄を飛ばした。
息子はD氏に頭が上がらず「勉強しますから、お母さん、堪忍してよ」と調子を合わせた。

D氏がある日苦しいと言った。
そこですぐに病院に搬送したが、治療のかいもなく亡くなった。
肺は真っ白だった。
バイタルサイン測定や聴診法でも異常は見つけられなかった。
D氏は誤嚥していたのである。
高齢期の患者の中にはバイタルサインに異常が出にくい人がいるのだ。
私は奈落の底に落とされたように思った。
私が余計なことを言ったせいでD氏は死んだのだ。
ミキサー食のままであればまだ生きていただろう。
私は看取り期支援の難しさと責任の重さ、アセスメントの難しさを痛感した。
そしてこの仕事を続ける自信を失った。

後日、私は家族と対面し、深く詫びた。
涙が出た。震えが止まらなかった。
ところが意外なことに、長男が頭を下げている私を両手で抱きしめた。
「先生、ありがとう。この半年こそが私たちの知っているお母さんだったよ。私たちの母は自分らしく旅立ってくれた。先生が提案してくれたおかげだ。私たちは医者なのに自分の母親ですらちゃんと診なかった。先生から医者としての本分を教わったよ」。
その言葉に驚いて私は顔をあげた。
そこには、私に頭を下げるD氏の家族たちがいた。
みんな顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
(牧野日和:看護技術2018−9.64-65)

□ディスカッションによる参加者の語り
参加者Aさんの語り
私の母は流動食を嫌がりながらもがんばって食べていた。
時には涙を流すこともあった。
それは栄養をつけて治療を進めるために必要なことと説明を受け、家族としては応援するしかないのかという葛藤があった。
しかし、ほどなくして母は亡くなった。
父が亡くなるときは、それまで飲みもしなかったコーヒーを飲みたいと父が言ったので、一生懸命美味しいコーヒーを淹れるとわずか小さじ1杯程度だがコーヒーを口にした。
え、そんだけ?と思ったが、それは、私に父と最期のお別れができたという満足感を与えてくれる出来事になった。
そのときは意識していなかったが、まさに、あれはお食い締めをやっていたんだな、と腑に落ちた。
母のときとはずいぶん違う看取りになった。

参加者Bさんの語り
父はアルコール中毒で入院し、アルコール摂取はやめた。
その後、脳梗塞を患い食欲も落ちている。
そのような場合、「最期に何が食べたい?飲みたい?」と聞いたときにアルコールと言われたらどうしたらいいのかと悩む。

参加者Cさんの語り
訪問看護で出会った一人暮らしの高齢者が誤嚥により亡くなった。
安全を支える環境とリスクについて、在宅支援のあり方はよかったのかと悩んでいた最中だったので、研究会のテーマはタイムリーだった。
今在る時間を大切にしたい

□言語聴覚士

リハビリテーションに携わる専門家には、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士の3種類がある。
その中で言語聴覚士は、言葉によるコミュニケーションや嚥下に問題を抱える人への支援を主に行なっている。
話す、聞く、表現する、食べるなど、誰でもごく自然に行っていることが、さまざまな理由で不自由な状態にある人たち、刻々変化していく状況に気持ちや理解が追いつかず、「食べること」を望む家族や介護者の相談も受ける。
お食い締めの場面は一人ひとり違う。
何を食べたいか、食べたくないかという意向の背景にその方の人生があると感じる。
子どもの頃によく食べたものを懐かしんで「あれが食べたい」と言われる方。
戦争時代、イモばかり食べていたので、イモだけは絶対に嫌だと言われる方。
何か口にされるとしても、元気なときのようにばくばく食べるイメージでなく、ほんの一口を味わう、先ほどの、香りを味わう、そのようなことで満足される。
そこにその方の大切な人やたくさんの思い出が存在することを教えていただいている。

□死から生まれるもの それは「命の輝き」

食卓に並んだ食事。お野菜、果物、お肉、お魚・・・。
これらの食事は、何らかの命を殺めている。
このように、生物の「生」は、ほかの「死」によって成り立つ。
食材のために「死」は、われわれの「生」を支えるのである。
人の「死」は後を生きる者の「生」を育む。
愛する人の「死」は究極の苦しみを与える一方で、その経験が命の儚さをより実感させ、残りの人生を悔いのない、自分が納得するものにしようと検討する契機を与え続ける。
これこそが死から生まれる「命の輝き」なのである。

□命のつながり

西成には、かつて屠場があった。
屠殺とは言わない、牛を割るという表現をする食肉の文化がある。
それは、いかに牛を苦しませずに仕留めるかということに努める職人たちの誇りと自信である。

そういった命というものが、ほかの生き物たちによって受け継がれていく。
われわれも自然の一部として、自分たちの細胞の内部の一つひとつの記憶にほかの命をつないでいっているのだということを、食文化を支えている地域というのは知っているのではないか、という気がしている。

亡くなるときに口から食べたいとこだわる人は多くいらっしゃるが、それは食物を食べるということだけを意味していないのではないだろうか。
記憶の共有であるとか、自分が食べていないのにそこで家族が食べている姿を見て口元に笑みを浮かべるなどといったことは、食、命、そして、死がその前提にあるというつながりの存在を感じさせられた。

今日、このように考えるということが、間に合わなかった人がいたとしてもその人たちに対して呼び寄せることになるのではないだろうか。
「何度でも会えるよ」というようなことも感じたりする。

(お知らせ)
次回の社問研(第72回)は、12月21日(金)松原高校 木村悠先生をお招きしています。
次次回の社問研(第73回)は、1月25日(金) 大阪大学 野坂祐子先生をお招きしています。

石井記念愛染園わかくさ保育園 西野伸一



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「社会問題研究会」のご案内 ● 定例第4金曜日
日本の社会は福祉問題を縦割り行政による系列化・細分化といった 合理的な方法で解決しようと取りくんできました。
しかし、福祉課題は、地域で生まれ、地域に定着しています。
「地域福祉の発想」がそこに ないから対応がばらばらになる。
地域が福祉ニーズの「発生の場」で あるなら、そこを「解決の場」そして「予防の場」となるためにはという視点で考える研究会「社会問題研究会」を開催します。
≪通算72回Since2012≫ 
第72回テーマ
松高版「子ども食堂」の取り組み
 ~「産業社会と人間」の授業をきっかけに~

ある授業をきっかけに貧困や生活保護への自己責任論を 知った当事者の生徒が、自分の生い立ちを仲間に語る中で、
その問題と真正面から向き合い、自ら「つながりを生む居場所」を提案し、具体化する。
支援をされる客体から、支 援をする主体へと変容していく子どもたちの実践報告。

話題提供 木村 悠さん(大阪府立松原高校 教員)
12月21日(金) 19:30~21:00
会場 わかくさ保育園
お申し込み・お問い合わせ:わかくさ保育園 西野伸一まで 
℡ 06-6633-2965 
Fax06-6633-2970
 メール nishipe3322@@yahoo.co.jp



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わが町にしなり子育てネット12月度 子育て支援定例会議の開催について

12月のわが町にしなり子育てネット「子育て支援定例会議」を下記の通り開催しますので、ご出席のほどよろしくお願いいたします。

zikai01
1 日 時  12月13日(木) 午後1時30分~3時30分
2 場 所  西成区子ども・子育てプラザ 2階
(大阪市西成区梅南1丁目2−6 ☎06-6658-4528)
3 議 案
① 開会挨拶(代表)
②連絡・情報交換など
③「くうねるあそぶin西成公園」について
④「子育ての集い」の開催について
⑤ワークショップ
⑥その他
※議案の内容や次第は、変更する場合もあります。ご了承ください。
※資料等の準備が必要な場合は、前日までに事務局宛てご連絡ください。
◆欠席される場合は、西成区子ども・子育てプラザまでご連絡をお願いします。
電話/FAX:06-6658-4528
メールアドレス:nishinariku-plaza@@@@osaka-kosodate.net


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第71回テーマ
 生きること、食べること その①
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会場 わかくさ保育園
お申し込み・お問い合わせ:わかくさ保育園 西野伸一まで 
℡ 06-6633-2965 Fax06-6633-2970  
メール nishipe3322@yahoo.co.jp(申込先)
第72回は、12月21日(金)に開催します。
ゲストは松原高校の木村先生をお招きします。
是非ご参加ください。

第69回社会問題研究会報告2018.8.27(月)
テーマ 西成高校における反貧困の学びと支援
    西成高校の現状と課題
PDFファイルにてご覧頂けます。→**


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