2009年10月26日

マーケティング天国

1980年代末期、映画や海外ドラマでお茶を濁していたテレビの深夜帯で、フジテレビはオリジナルの番組制作に注力していた。
プレッシャーの少ない枠なだけに、実験精神に富んだ企画が多く、当時高校生だった自分は、その斬新さにハマってしまった。
おかげで、まともに通学できないほど、毎晩寝不足に(汗)

中でもとりわけお気に入りだったのが、『マーケティング天国』。
巷のトレンドをランキング形式やマーケティング分析で紹介するんだけど、城ヶ崎祐子のクールな話術と斜に構えたコメントが堪らなく好きだった。
まぁ今では珍しくもないスタイルだけど、当時は本当に革新的でした。

『YouTube』で懐かしい映像を発見したので、貼付け。









うーん、今見ても面白い。

番組は2年程度で終わり、その後は形を変えて、『はなきんデータランド』(テレ朝)や『EXテレビ』(日テレ)あたりに受け継がれた気がする。
おかげで、世間に「マーケティング」という概念が浸透したのでは?
そういう点で、この番組の功績は大きいかも。  
Posted by hagiwata at 21:05Comments(3)TrackBack(0)テレビ番組

2009年08月14日

東映ヒーロー&ヒロイン

のりピーに隠れがちだけど、東映スターの相次ぐ訃報にもビックリ。


■大原麗子

「何で麗子サマが東映?」といぶかしむなかれ。
60年代は東映の専属女優で、「第二の緑魔子」として数多くのズベ公(超死語)を演じていたのだ。
しかし、そこで花開くことはなく、70年代に渡辺プロに移籍してから、例の小悪魔路線でブレイク。
「ズベ公」は黒歴史ということで、インタビューで東映時代に触れるのはタブーだったらしい。

それはさておき、言うまでも無いけど、全盛期は比類なき麗しさで、加えて声も蠱惑的という、まさに「名は体を現す」。
日本の女優史において、トップクラスの美貌だったと思う。

その分、ワガママぶりもトップクラスで、週刊誌の記事が気に入らないと記者を呼びつけたり、ビートたけしの連ドラ『浮浪雲』では「麗子が一番じゃないとヤダぁ」とゴネて、無理やりタイトロールにさせたりとか、武勇伝多数。
まぁそんなエピソードも「美女の特権」として、決してマイナスには作用しなかったかも。

惜しむらくは、女優としてコレといった代表作を残せなかった点。
大根でもなかったのに、結局『サントリーオールド』のCMにとどめを刺す程度。
もっとも、これは彼女に限らず、十朱幸代・山本陽子など、映画全盛期以降に大成した女優たちの共通する宿命だけど。

そんな彼女も、90年代以降はあまり見かけなくなり、自分が最後に見たのはテレビの健康番組だった。
彼女の食生活に密着してたんだけど、主食が「ウィダーインゼリー」で驚いた。
アレをチューチュー吸うだけで、食事完了。
さすがに医者から「ヤバイですよ!」と注意されてたけど、本人は「どぉしてぇ?」と気にする風でもなかった。
あの食生活は明らかに寿命を縮めたんじゃないかと思うけど。


■山城新伍

ウチら世代にとっては東映の役者というより、大橋巨泉・関口宏に並ぶ「テレビ司会者の大物」としての認識が強いはず。
そのくらい、70年代〜80年代には数多くのバラエティを牛耳っていた。

といっても、この人自身を特に「面白い」と思ったことはないんだけど。
毒舌で過激なポーズを取ったり、居丈高に出演者をあしらったり、そのふてぶてしい態度で大物然とした風格が漂ってはいたけど(巨泉もそうだけど)。
なんであんなに偉かったんだろ?
役者としても、さほど大物ではなかったと思うけど。


両者ともご冥福をお祈りします。  
Posted by hagiwata at 23:10Comments(1)TrackBack(0)芸能人・有名人

2009年08月09日

この辱めをどうしてくれるの!

お盆前の日曜、海だのプールだの、皆さんがアウトドアに興じる中、自分は連日のノリピー疲れで(ナニそれ)自宅で静養。
今回の騒動、いろんな点で面白かったので、忘れないうちにメモメモ(*..)φ))


【職質】

一番アガったのは、夫婦の職質シーン。
所持品検査で、

「これは精力剤です!」
「下半身の薬だから見せられない!」
「彼はデリケートなんで・・・」

と拒否るノリピー。
公衆の面前だというのに、ほとんど羞恥プレイな発言。

その後、夫に陽性反応が出た途端に泣き崩れたり、あげく夫に対して(警察に対して説もアリ)、

「この辱めをどうしてくれるの!」

と詰め寄ったり。
大映ドラマかYO(吉行和子・辺見マリ系)。
マイコーのリハ映像よりも映画化希望。



【薬箱】

「歌舞伎町や渋谷、六本木の通称『薬箱』と呼ばれるジャンキーの集まるクラブでは、VIPルームで酒井容疑者を見たという目撃情報が多数。」
「10年ほど前、六本木のクラブで異様にハイな状態になり、衣服を脱ぎ捨てて踊り狂っているのを見た。『ブリブリにキメてるな』と仲間と話したのを覚えている。」

など、一連の報道でノリピーがテクノ・トランス系の愛好者だったことも判明。
「クラブ=ジャンキー」って、いくらなんでも偏見すぎだと思うけど。
それから、「ブリブリにキメてるな」って言語感覚は、ある意味、ヤク中以上にヤバい(笑)

ただあ、トランスについては、ウチの職場の20代女子から、

「2000年頃、渋谷のクラブで開催されたテクノイベントにて、最前列で尋常じゃないハイテンションで踊り狂ってる女が居て、「何あの女」と怪訝に顔を見たらノリピーだった。」
「ノリピー1人で来てた。」
「ひとしきり暴れた後、途中退出してタクシーで消えた。」

という話を前に訊いていたので、意外ではなかった。
シャブも当時からキメたのかなぁ?

ちなみに、DJプレイではしゃぐ様子はYouTubeにアップされてましたね。





【出自】

謎の弟を含めて、ノリピーの血縁関係が見えてくる中、意外だったのは、実家がヤ○ザなことを知らない人が多かった点。
20年前に実父が事故死した際、「父親はヤ○ザ」だと大きく報道されたもんで、てっきり共通認識かと思ってたけど。
にしても、コギャル上がりの矢田亜希子も含めて、出自って異性の好みに色濃く反映されるもんだと、改めて思ったり。



【社長】

ノリピーと行動を共にしたといわれる「社長」も気になるけど、個人的には、サンミュージックの相澤正久社長がちょっと。。。
有名な相澤秀禎会長のご子息とのことだけど、その割には老け過ぎかと。
調べてみたら、相澤会長が79歳で、相澤社長が60歳。
19歳(!)の時の息子かぁ〜。
そりゃ老けてるはずだわ。



【事業】

「夫の事業が行き詰り夫婦関係が悪化云々」という報道を目にするけど、ノリピー自身の事業はすこぶる順調だったはず。
ノリピーは帽子のプロデュースを手掛けていて、「毎日帽子」「セレブな帽子」は楽天ランキングに入るほどのヒット商品だというのに。
ファッション性も実用性も高いと、ユーザー評価も上々。
香水も手掛けてるけど、こちらはイマイチみたい(^^;
帽子の販売は今後どうなるのかなぁ?

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Posted by hagiwata at 14:07Comments(1)TrackBack(1)芸能人・有名人

2009年08月02日

テレビの笑いを変えた男

元フジテレビプロデューサー・横澤彪のインタビュー本。
聞き手はアナウンサーの塚越孝。

横澤彪といえば、お笑い・バラエティを、ひいてはフジテレビ全体を変えてしまった辣腕であり、吉本興業移籍後は、大阪芸人をキー局に売り込んだり、東京発芸人を成功させたりと、吉本ブランドを全国区にした功労者でもある。
その業績は計り知れないが、特筆すべきはやはり、80年代前半に手がけた『THE MANZAI』『笑っていいとも』『ひょうきん族』などのバラエティ群。
それらのブレイクによって、お笑いの主軸をドリフ・欽ちゃんからBIG3へとシフトさせてしまったほど。
型破りで勢いがあって、まさにニューウェーブだったわけだが、当時自分は小中学生で、多感な時期を「横澤番組」と共に過した感があり、その強烈な洗礼をリアルで体感できたことは、結構幸福だったのではないかと思える。

そんなビッグネームではあるけど、この本を読むかぎり、氏の印象は「物分りのいいオジサン(オジイサン、か)」。
気鋭にありがちな主観で動く熱血漢には程遠く、逆にクールで客観的なタイプに見受けられた。
もちろん、生来「お笑い好き」ではあって、その分野に関して強いこだわりがあるものの、40歳過ぎてからのブレイクだったせいか、どこか諦観している部分も。
与えられた企画を淡々とこなした感じで、それが意外ではあった。
まぁ客観的ゆえにいろんなものが見えてきて、それが独自のアイデアや哲学に消化されて、仕事に生かされてる感じ。

ただ当然ながら、こういう人たちに共通する「反体制」な気質は、たとえ表には出さずとも、地下水脈的に漲っている気はした。
やっぱり、体制順応型じゃ斬新なものは作れないわけで。

インタビューは生い立ちから全盛期を経て、現在の業界にまで至り、いずれもプロデューサーならではの幅広い視点と鋭い感覚が息巻いていて面白かった。
とにかく「引き出し」が多くて、バラエティ好きなら頷ける点も多いし、非常に楽しめる本かと。

この本で得た新情報の中で、個人的に興味深かったのは、

■昭和41年頃(?)、堀越学園が運営する芸能事務所「堀越プロ」が存在したこと。
■東大生時代の亀井静香が、学園祭で犬を殺して「焼き鳥」として売っていたこと。

かな。


テレビの笑いを変えた男横澤彪かく語りきテレビの笑いを変えた男横澤彪かく語りき
著者:横澤 彪
販売元:扶桑社
発売日:2009-07-16
クチコミを見る
  
Posted by hagiwata at 23:46Comments(0)TrackBack(0)書籍

80sの亡骸〜ユーミン現象

未だ現役のビッグネームに対して「亡骸」呼ばわりするのもナンだけど、80年代末から90年代頭にかけての「一人勝ち状態」は、当時も今も「何でユーミンだけあんなに?」という思いは消えない。
あの現象についての総括はチラホラ散見するけど、人気が肥大した理由については、さほど分析されてない模様。
純愛ブームの時流にフィットしたとか、CDバブルのタイミングに上手く乗れたとか、要因は複合的ではあるんだろうけど、個人的には以下の2点が大きかったと思う。

ひとつは、ユーミンが冬の定番に成り得たこと。
83年からの年末アルバムリリースは既に恒例化していたけど、ファンにとっては風物詩であっても、外野にとっては単なるルーチン。
若者文化として定番化したのは、87年公開の映画『私をスキーに連れてって』の影響だと思う。
「恋人がサンタクロース」「BLIZZARD」などのウィンターソングが挿入歌に起用されて、一気に「ユーミン=冬」の図式が定着。
釣られて旧作『SURF&SNOW』が再び売れ出したりして、冬季における世間のユーミン熱は、この段階でかなり高まったはず。

あの映画の影響力は相当なもので、スキー人口は急増するわ、三上博史にスポット当たるわ、パッとしなくなってた原田知世も延命するわと、ユーミンに限らず、恩恵にあずかった関係者は多い。
まぁそれは映画自体のヒットというより、フジテレビでしつこく流れたCMによる刷り込み効果な気もするけど。

そして2つ目は、ユーミン自身の大量露出。
テレビに出なかったゆえ、目くらましされがちだけど、その分、雑誌媒体での宣伝活動はハンパなかった。
音楽誌や女性誌はもちろん、『セブンティーン』などのティーン雑誌にまで出てたし。
音楽・文化・恋愛・ファッション・ダイエットなどなど、そのターゲットによって切り口を変えつつ読者層に擦り寄り。
もちろん、新作の宣伝は抜かりなし。
あらゆる方面からのアプローチを敢行した結果、単なるアーティストの枠を超えた、トレンドリーダーに祭り上げられた感があった。
ユーミン側も、自身をカリスマ化することで、より信者の裾野を拡げる狙いがあったのかも。

それらの反響がマグマとして煮えたぎる中、「リフレインが叫んでる」という起爆剤も加わり、あそこまで大爆発したのではないかと。
振り返ってみると、そう思う。

ただし、私的には世間と反比例して、ユーミン熱は醒める一方でした(汗)  
Posted by hagiwata at 23:44Comments(0)TrackBack(0)80sの亡骸

2009年05月06日

80sの亡骸〜廃盤ブーム

5e058fa6.jpg「トシの割りに懐メロ詳しいよね」
いろんな人から、よくそう言われる。
自分に限らず、周りにはそんな人ばっかりだけど(笑)。

思い返すと、ヒット曲のリアル体験は、「二人でお酒を」「港のヨーコ」「ロマンス(ヒロリン)」あたりに端を発し、ピンク・レディー旋風が吹き荒れた77年頃から本格化していったように思う。
なので、70年代前半以前は完全な「後追い」なのだが、何をきっかけに後追いし始めたのかというと、自分の場合は「廃盤ブーム」だった。

1982年頃、歌謡界では「まちぶせ」「ハロー・グッバイ」「ダンスはうまく踊れない」など、埋もれた名曲を発掘してヒットさせる手法が流行り、また、ザ・タイガーズの再結成を契機に、GS再評価の動きも出てきた。
一方、評論界でも、近田春夫らによって筒美京平がマニアックに分析されたり、テレビ界でも『タモリ倶楽部』で廃盤紹介がコーナー化されたりと、巷では「廃盤ブーム」と呼べる現象が顕在化していた。

ブームに呼応して、ラジオでも「17才」「真夏の出来事」「赤い風船」「わたしの彼は左きき」など、筒美京平作品を中心としたラインナップが電波に乗る機会が増えた。
当時、ラジカセで歌謡曲をエアチェック(超死語)するのが趣味だった自分にとって、そうした懐メロに慣れ親しむのは、ごく自然な流れだった。

興味が深まると共に更なる音源を求めるも、ブームなだけに、70年代レコードにはそれなりの高値が付いていて(たとえば、南沙織のシングルは軒並み1000円以上だったと記憶する)、小学生には手が出る代物ではなかった。
ただし、当時の中古屋では、有線放送やジュークボックスで使用されたレコードが激安価格(50円以下)で売られることが多く、これを狙って漁るようになった。
ジャケットについては、一般で流通しているものではなく、一目でソレとわかる販促用なのが泣き所(写真)。
80年代後半になると、CDによる音源復刻が始まり、お手軽かつ高音質で懐メロが楽しめるようになったのは嬉しかった。

とまぁ、そんな感じで、今の自分が形成されていったような気がする。
あと、当時の廃盤ブームで不思議だったのは、内藤洋子「白馬のルンナ」が神曲として崇められていた点。
下手くそなうえに名曲でもないし、「一体どこに落としどころが?」といぶかしんだが、当時のオトナにとっては、内藤洋子自体が神だったことを、後になって知った。  
Posted by hagiwata at 06:08Comments(2)TrackBack(0)80sの亡骸

2009年04月29日

80sの亡骸〜ピーター・バラカン

27268794.jpg80年代を中心に、心に残った事象を振り返るコーナー。
記憶が途切れないうちに、書き留めておこうかなと。
思いつきで始めてみました(笑)。

第1回目のお題は「ピーター・バラカン」。
そう、あのやたら日本語が達者な怪しいガイジン。

今では信じられないが、80年代中盤、一部の洋楽ファンにとってはまさに「権威」だった。
当時ピーターは洋楽評論家で(肩書きは確か「音楽愛好家」w)、ボン・ジョビやマドンナといった主流を「ミーハー」で「くだらない」とせせら笑い、キュアーだのコクトー・ツインズだの、ヒットチャートと無縁なドマニア路線をプッシュしまくる、偏った嗜好で知られた。
そんなんでも、氏を崇めるシンパは相当数存在しており、「なぜお前がそんな上から目線?」という疑念なぞ挟む余地がないほど、全盛期のパワーは絶大だった。
『ポッパーズMTV』なる番組を有し、独断と偏見でセレクトしたPVを1時間垂れ流すという「電波ジャックか?」な内容にも関わらず、結構人気あったし、お店でピーターがCDを買うと、直後に同じCDを求めて客が列を成すとか、妙な都市伝説まで流布されるほど。
実際、自分と同じクラスにも「ピーターかぶれ」の男が居て、ピーター推しの洋楽をチェックしては、知識やセンスを共有した気になって悦に入り、にわか仕込みの知ったかなクセに、「この曲知ってる?」みたいに「俺ってセンスいいっしょ」アピールをするもんで、結構ウザかった。
小難しい音楽だもんで、すぐ飽きるんだけど(笑)。

とはいえ、そんなブームも長くは続かず、88年辺りから急激に失速。
番組も終了し、アイデンティティを失ったピーターは、今度はブロードキャスターを標榜し、社会派路線へと転じる。
その後も細々と活躍はしているみたいで、何気にしたたかさを発揮。

それにしても、あのピーター現象は何だったのだろう?
当時、邦楽では『よい子の歌謡曲』や近田春夫の評論が注目されたりして、音楽にいわゆる「通好み」の目線が求められていた時代だったと思う。
洋楽にはそれをナビゲートする人材が居なかったので、そうした時流の要請に上手くハマったのかもしれない。
「本場のガイジンが推すなら説得力ありげ」な雰囲気や、YMOとの交流を喧伝したことなども後押しになったかも。

しかし、そんな通路線も、メインストリームとなる流行があって、初めてその対比が生きてくるもの。
88年頃から洋楽マーケットは急速に冷え込み、洋楽そのものが通好みになってしまった以上、ピーターのスタイルが形骸化したのは致し方ない。
洋楽人口の減少に比例して支持者も減ったのだろうし。
ある意味、80s洋楽ブームの仇花、か?  
Posted by hagiwata at 15:18Comments(0)TrackBack(0)80sの亡骸

2008年12月21日

狂った一頁

1926年(大正15年)に制作された日本映画で、「日本初の実験映画」「海外から評価を得た初の日本映画」として、どんな映画史にも必ず出てくる重要作品。

内容は、妻が入院する精神病棟で、小間使いとして働く夫の目を通して描かれる、非日常の世界。
あらすじは有って無きが如しで、現実と空想が交錯するイメージが延々と続く・・・・。

監督は後の時代劇巨匠・衣笠貞之助で、氏がこんな作品を撮っていたのも意外だし、脚本がなんと川端康成だったりして、嫌が応にも好奇心が刺激されるわけだが、残念ながらソフト化されておらず、観る機会が滅多に無い幻の作品。

と思ったら、「YouTube」で一部がアップされていた。







むぅぅ〜ん、シュールすぎ。
でも、嫌いじゃないです、こういうの。
全編通して観てみたいなぁ。

BGMがあるけど、本編は無音声無字幕なので、後から付け加えたものと思われ。  
Posted by hagiwata at 15:32Comments(1)TrackBack(0)映画

2008年11月15日

おいでをする人あんた誰

ウチの部署(システム開発)では長らく求人を募集していて、複数の人材紹介会社を通してはいるけど、なかなかイイ人が集まらない。
もっと裾野を広げるべく、求人情報サイトにでも出そうかと、思案中。
有名どころの『Find Job』では、どういうスタイルで求人を出しているのか、試しに覗いてみると。。。


仕事と画像は無関係かと。

信頼をアピールしたいのは判るけどw

モデルルームかよっ!

自転車屋かよっ!



狂ってるとしか思えん。  
Posted by hagiwata at 22:21Comments(0)TrackBack(0)おすすめサイト

赤い鳥逃げ・・・て

bdc725c8.jpgドアホ(笑)  
Posted by hagiwata at 21:48Comments(1)TrackBack(0)珍品系

2008年11月11日

食キング

5eac6db1.jpg「オロナミンセーキ」(卵+オロC)以上に無茶な提案。。。  
Posted by hagiwata at 00:13Comments(0)TrackBack(0)グルメ

2008年11月09日

今度のポテトは音がいい

芸能ネタ、ざっと振り返り系。


■フランク永井 死去

全盛期を知らないうえに、20年以上も隠遁生活していたので、訃報に触れても感慨は無し。
ただ子どもの頃、ご本人とお話した事を思い出した。

30年前、親の転勤で埼玉から神戸へ引っ越す際、自分一人だけお腹が空いて、新幹線の食堂車へ移動。
そこでフランク氏と相席したのだ。

「あっ、紅白とかに出てる人!」

顔を見てピンと来た。
氏は優しく話しかけてくれて、

「ボク、何歳?」「どこまで行くの?」

他愛も無い話をしたことを覚えている。
もしかしたら、すごくソックリな他人だったのかもしれないけど。
でも、紛れも無くあの顔だったんだよなぁ。



■小室哲哉 逮捕

逮捕の一報を聞いたとき「クスリ?」と思ったら、意外にも詐欺容疑。
無駄遣いしまくりで破綻という「日本版マイコー」的なしょっぱさがどうにも。

ただ、被害者の投資家って、怪しい過去がいろいろあるみたいで。
しかも、詐欺で共犯の木村某とは、裏で繋がりがあるとかないとか。
どうも一筋縄では行かない香ばしさがプーンと。

そういや、TKも実物を見かけたことがあって(こちらはマジで本物)。
10年位前、ビル管理会社に勤務していた自分は、大手広告代理店の役員室に現場研修で配属中。
その時、「こねっと」(懐っ)の報告会みたいなイベントがあって、てっちゃんが来たのだ。
社長以下、重役総出で頭を下げて、その花道を通り過ぎる哲にいさん。
絵に描いたような「肩で風を切って歩く」っぷりだけど、ロンゲ&白いスーツがほとんど狩野英孝で、貫禄なかったなぁ。

しかも、お茶を用意したら「ミネラルウォーターじゃないと嫌!」とゴネるし、水に飽きたら「ポカリ飲みたい!」と抜かすし、「エレベーターは貸切にしろ!」とかほざくし(無理)。
ハッキリ言って、印象はかなり悪かったです。



■若槻千夏 復帰

こないだ『さんま御殿』に出ていて、久々にテレビで見かけた。
金髪にイメチェンしたけど、それ以上に顔が・・・
パッチリ二重まぶた&真っ直ぐな鼻筋。

直した・・・よね?

ブロンドと長い前髪で、カムフラージュを目論み系?
潜伏明けのタレントは要チェック、かも。  
Posted by hagiwata at 18:35Comments(3)TrackBack(0)芸能人・有名人

2008年11月03日

Boom Boom Boom

22c41cf7.jpg特定アジアも凄いけど、ヨーロッパ勢もなかなか。  
Posted by hagiwata at 02:49Comments(0)TrackBack(0)書籍

ギンザ・レッド・ウィウィ

2c6a481e.jpg先日、友達と音楽談義をしてたら、デイブ「ギンザ・レッド・ウィウィ」の話題に(なじぇ?)。
デイブはフランスの歌手だけど、この曲はカネボウ化粧品CMソング(1976年春のキャンペーン)として、日本人スタッフが書き下ろした「ニセ洋楽」。

そこそこヒットしたので(オリコン30位、8.5万枚)、フレンチ&昭和歌謡ファンとしては、マストアイテム。
・・・なはずなのに、なかなか聞く機会が無いまま、存在は知りつつもずっとスルー(汗)
どんな曲かと音源検索してみた。



どうせキワモノな「おバ歌謡」だろうと思いきや・・・
あら、意外とイイ曲?

てか、これは知ってるゾ!
イントロはよーく覚えてますよ。
この部分がCMで流れていたのだろうか。

なるほどねぇ、この曲だったのかぁ。
思いがけず懐かしい曲と再会して、なんかスッとした☆(のは自分だけ)。

【デイブ豆知識】
1944年オランダ生まれ。
70年代、フランスでヒット連発した人気歌手で、ダニエル・ビダルやクレモンティーヌみたいな、日本でのみ活躍系の出稼ぎシンガーではないです。
80年代は落ちぶれたものの、90年代に入って、テレビの司会などで返り咲いたらすぃ。


【おまけ】
「ウィウィ」のB面「ダンスはいかが?」
「ムーンライト・セレナーデ」の強引なカバー。
「キッスは目にして」みたいなモン?
こっちのほうが「おバ歌謡」かも。。。

  
Posted by hagiwata at 02:12Comments(0)TrackBack(0)音楽

2008年10月13日

キャッツ・ガイ



何これwwww


↓元ネタ

  
Posted by hagiwata at 18:01Comments(2)TrackBack(0)PV

侵略!イカ娘

ff79b68f.jpg金額もさることながら、量的にも万引きが可能なのだろうか?  
Posted by hagiwata at 00:15Comments(0)TrackBack(0)B級ニュース

2008年10月12日

東北フェ○

64440e55.jpgビックリしたなぁ、モウ。  
Posted by hagiwata at 21:39Comments(0)TrackBack(0)珍品系

2008年08月24日

ぼくらが子役だったとき

5abe4ebd.jpg著者:中山千夏
出版社:金曜日
発売日: 2008/08


往年の名子役・中山千夏が、かつて子役として活躍した14人にインタビュー。
『週刊金曜日』連載の単行本化。

対談相手は、松島トモ子・小林綾子・長門裕之・浜田光夫・四方晴美・柳家花緑・小林幸子・和泉雅子・水谷豊・風間杜夫・矢田稔・弘田三枝子・和泉淳子・梅沢富美男。
「ローティーンで芸能稼業に携わった人」という括りで、役者・歌手・落語家・狂言など、幅広いジャンルから人選しているのが特徴的。

てか、こういう企画自体が今まで無かったかも。
自身の子役体験を語る有名人って少ないし。
そういう意味では、芸能史を振り返る上で貴重な一冊だと思う。

実際、なかなか面白い本だった。
オトナ社会に身を投じる楽しさや苦悩を赤裸々に語ってるし、聞き手にも子役体験があるから、一層輿が乗ってる感じ。
また業種によって子どもあしらいも違ったりするようで、いろいろ発見があった。

概ね、子役体験については肯定的な人が多く、全否定派のインタビューも読みたかったけど、「子役時代を振り返るのもイヤ!」と対談を断られたケースも多々あったらしい。
あと、堕落系(皆●お●むなど)や超大型物件(安●祐●など)にも接触して欲しかったけど、それらが実現できなかった経緯も「あとがき」に記されていて(名前は出してないけど)、その辺も含めて面白かった。

個人的に気になったのは、皆さん子役時代の写真を披露している中で、弘田三枝子だけは「成長後」の写真しか載せていない点。
「成長前」のビジュアルはなかったことにしたいのだろうか?  
Posted by hagiwata at 07:36Comments(4)TrackBack(0)書籍

2008年08月20日

Hello,Again〜昔からある場所〜

4868f384.jpgノーコメント  
Posted by hagiwata at 07:38Comments(0)TrackBack(0)珍品系

2008年08月17日

団優太

dd4c8f54.jpgという役者を覚えている人は、一体どのくらい居るのだろう?

90年代初頭、『キモチいい恋したい!』『刑事貴族2』などの連ドラに出演して、トレンディ俳優(うげ)の一角を担っていた人。
母親が故・団令子(昭和30年代の東宝女優)ということで、当時の二世ブーム(高島兄弟・緒方直人など)にも便乗して大プッシュされていたのに、すぐに消えてしまった。
ルックスも悪くなかったのに、どうして?
あまりにも東幹久に似ていたから?
あの「濃さ」は2人も要らない、と言えば確かにそうかもだけど。

そんな彼は今、どこで何をしているのだろうか。
ふと気になり(なぜ気になる?)Wikiってみたら、なんと2006年8月に飛び降り自殺をしていた事が判明(享年38歳)。
ちっとも知らなかったです。。。

トレンディ後の人生を調べてみたら、いろいろあったみたいで。

■借金まみれ&薬物依存症に

■交通事故を起こして被害者を身障者に

■その被害者と結婚離婚を繰り返し

■奥さんへの凄まじいDV

などなど、絵に描いたような転落人生。
恵まれたスタートだったのに、どこでどう道を誤ったのか不思議でならない。  
Posted by hagiwata at 19:39Comments(0)TrackBack(0)芸能人・有名人