授業が終わり、帰りのHRも終わった。中学生にとってこの瞬間が最大の開放感に満たされる。HRが長引いたりするとどうしても、その長引く原因の生徒に苛立を覚えたりする。この15分が異常に長く感じるものだ。横山少年も待ち遠しい放課後を今か今かと仰望している。先生が帰りの挨拶を告げると、横山少年は一目散に廊下へ出た。
雪の感触を誰よりも早く踏んで確かめたい。その一心で廊下を走る。途中、急ぐあまり女子生徒とぶつかって突き飛ばした。外の世界への好奇心から女の子へのブレーキがきかなかったのだ。ドシンと尻餅をつく少女。廊下にカバンの中身が散らばる。教科書、プリント、えんぴつ、消しゴム。横山少年に向けて睨む目つきで威嚇した。
拾ってやる手間が億劫になり、「う¨ぅう¨」と唸って、睨みつけ逃げるように階を下り、一つ飛ばしで階段を降りていった。昇降口の下駄箱で上履きと外履きを持ち替えて、外履きを地面に叩き付けて素早く履き外へ出た。
もう何人分かの足跡が残っていた。横山少年は、まだ誰も踏んでいない雪を、まだ足跡がついていない雪の道を見つけてそこへ足を置いた。自らの体重が熱を持ったかのように雪を解かし、そこに自分の靴の跡が残る。何歩か歩いてすぐ振り向く。そこには自分が歩いて来た軌跡がまだ鮮明な白さとして残されていた。また、何歩か歩いて振り向く。ズシっズシっと確かな音が足から耳に伝わる。耳からではなく足から伝わるその音を聞くと得も言えぬ快楽へと変わる。
学校の敷地から出た。そこは、誰にも邪魔されない自分だけの世界。いや、銀世界だ。下校が唯一の楽しみ。そして今日は雪というおまけつき。なんて素晴らしいんだろう。
足の裏から確かな冷たさが伝わってきた。
横山少年「う¨ぅう¨」
うんざりする程冷たいその雪はいずれ痛さや痒さへと猛威を振るって自分に仕返しをしてくることを思い出した。靴からは水っ気が伝わってくる。もう靴下にまで浸透しているかもしれない。こうなったらもう手遅れ。仕方ない。気にせず帰路を楽しもう。
ズシっズシっと何歩か歩き振り向く。何歩か歩き振り向く。そうすると嬉しさがこみ上げて来る。足跡は消えずに見えるのだ。普段のコンクリートの地面ならけしてあり得ないことが起こっているのだ。周りには誰もいなかったのでこの作業に集中できた。今ほど幸せな時間は過去にはなかったかもしれない。横山少年はそんなことを思いながら雪道を楽しんだ。