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私がレベル6のときに出会ってフレンド登録をかわし、
その後も何度もパーティーを組ませてもらった
とある男性ハンターから、ずいぶんひさびさにウィスパーチャットが届いた。

「こんばんは。いま、少しお時間ありますか?」



直感的に、「これはふつうの話じゃないな」と思った。

彼と話すのはひさしぶりだが、彼がどんな人だったかはハッキリ覚えている。
彼は、つねに相手の気持ちを想像しながらしゃべることができる人だ。
ウィスパーチャットを送ってくるときは、私に不安や混乱を与えないように、
「こんばんは。もしよかったら、今日も一緒に森林に行きませんか?」とか、
「○○のクエストがまだだったら、いまからやってみませんか?」とか、
必ず用件を先に伝えたうえで、私の都合や意思を聞いてくれていた人だ。

その彼が、用件を隠して「お時間ありますか?」とだけ聞いている。
明らかにおかしい。たぶん、なにかしら深い事情があるのだろう。
私は「こんばんは。時間ありますよ、大丈夫です」と
平静を装いながら返事をし、彼のいるブロックへと移動した。

彼は、メディカルセンターやクラスカウンターが目の前にある
ラウンジのソファに腰掛けていた。彼を見つけ、小さく手を振る私。
互いに「おひさしぶりです」とあいさつを交わし、私は彼の隣に座った。

「いきなりウィスパー飛ばしてしまって、すみません」
「いえいえ。ひさびさに会えて、うれしいです」
「どうしても、直接伝えたいことがあって」

ああ、やっぱり。彼にはなにか事情があるのだ。
あまりいい予感はしないけれど、まさか聞かないわけにもいくまい。

「なんでしょうか?」

私がそう質問すると、彼は少しのあいだ静かになり、
やがて言葉を慎重に選びだすように、ゆっくりと口を開いた。

「じつは、シップ移動をすることにしました」


PSO2には『シップ』と呼ばれるゲームサーバーが10個あり、
プレイヤーは、キャラクターを作成する際に
自分がどのシップに所属するかを選ぶようになっている。
所属シップが異なるキャラクターとは一緒に遊べないし、
いちど決めたシップは原則として変えられないので、とても重要な選択だ。

しかし、数ヶ月前に『シップ移動』という機能が実装されたことで、
有料ではあるが、作成済みのキャラクターをほかのシップに移せるようになった。
そして彼は、その機能を使って、この6番目のシップ『ケン』を離れようとしているのだ。

それはある意味では記念すべき新たな旅立ちであるが、
同時に、いままで出会ってきた人との離別を意味する。
だからきっと、もう会えなくなる私にさよならを言うために、
わざわざウィスパーチャットを飛ばしてきてくれたのだと思う。


「そうですか。さみしくなりますね」

しばしの沈黙のあと、私はそうつぶやいた。
ウィスパーチャットが届いた瞬間から
なんとなく「たぶん、そういう話だろうな」という予感はしていたし、
彼は悩んだり迷ったりしているわけではなく、
すでにシップ移動することをハッキリ決めていた様子だったので、
おおげさに驚いたり、引き止めたりするのは、なんだか違うと思った。

ふたりともこういうお別れには慣れていないせいか、
またもその場には少しの沈黙が流れ、今度は私のほうから口を開く。

「いつ移動するんですか?」
「もう、今日中には。ふらさんと話せたら、移動しようと思っていたので」

うれしいような、申し訳ないような、なんとも言えない感情がこみあげてくる。
もしかしたら、彼には私以外にもあいさつすべき人がたくさんいて、
ログイン頻度の低い私がたまたま最後になっただけかもしれないけれど、
それでも、このシップでの最後の話し相手に私を選んでくれたことを、とても光栄に感じた。


彼がシップ移動を決断したのには、ふたつの理由があった。
ひとつは、仲のよい現実の友人が最近PSO2を始めたらしく、
その人と同じシップで一緒に遊びたい、というポジティブな理由。
もうひとつは、別のオンラインゲームで知り合い、
一緒にPSO2を始めたフレンドと、最近になって仲違いしてしまい、
同じシップにいるのがつらくなってしまった、というネガティブな理由。

どちらの理由がより大きいのかは、私にはわからない。
言葉の雰囲気からは、後者のできごとが彼の心にずいぶん重く
のしかかっているように感じられたけれど、それはあくまで推測だ。
彼はやさしくて、いつも私の気持ちを尊重してくれていた人だから
質問すれば正直に答えてくれそうだけれど、それはしないほうがいい気がした。

私がすべきことは、いや、したいことは、ただひとつ。
いま、彼は私のためだけに時間を取って会ってくれているのだから、
私も彼のためだけに、私たちにしかできない話をしよう。そう思った。

「いろんなところ、行きましたね」
「ですね。ふらさんと最初に会ったのは、森林でしたっけ?」
「そうです。私が初めて森林探索に行ったとき、開始直後に入ってきてくれました」
「よく覚えてますね」
「覚えてますよ!楽しかったですもん。
 そのあと、火山だって何回も一緒に行きましたしね」
「火山といえば、崖の上のへんなところにキーが出て
 障壁解除ができなかった事件、ありませんでしたか?」
「ああ、ありました!手詰まりになって、けっきょくリトライしましたね」
「あれ、ジャンプしてミラージュエスケープで取れるらしいですよ」
「ええええ!?」

ひとたび始まった思い出話は、とぎれることなく何十分も続く。
私に対して「よく覚えてますね」と感心した彼だけれど、
話していくと、彼だって同じくらい、いろんなことを覚えていた。
私が彼との冒険を心から楽しんでいたように、
彼も私との冒険を楽しんでくれていたのだといまさらながら実感し、うれしくなる。



そして、最初にウィスパーチャットが届いてから1時間半くらい経っただろうか。
ついに彼がログアウトし、シップ移動を実行する時間がやってきた。

「本当にありがとうございました」と言い、会話をまとめようとする彼。
しかし、私はある思いつきから、
「あ、ちょっと待ってください」と彼を制止し、こう続けた。

「つかぬことをお伺いしますが、チームにいちどでも所属したことはありますか?」
「いや、ないですが……」
「そうですか。いや、私もないんですけどね。ちょっとだけ待っててください」

そう言うと、私は近くにいるチームカウンター係員に話しかけ、
おぼつかない手つきで初めてチームを作成し、彼をメンバーとして招待した。
わけもわからぬまま招待を承認し、即席チームのメンバーとなった彼に語りかける。

「このチームはいま適当に作ったもので、あなたがシップ移動したらすぐに解散します。
 そして、ひとつだけお願いがあります。シップ移動が終わったら、
 あっちのシップにいる称号カウンター係員に話しかけてください。
 私が最後にどうしてもあなたに伝えたい言葉を、その人に預けてあります」

唐突に、しかも一方的にしゃべってしまったから、うまく説明できたかはわからない。
でも彼は、理由を聞かずに「わかりました。必ずそうします」と言ってくれた。

その後、私たちは互いに「それじゃあ、また、いつかどこかで」と別れを告げる。
私はログアウトする彼を静かに見送ったあと、
作ったばかりのふたりきりのチームを解散した。



PSO2には、プレイヤーの功績を称える『称号』というシステムが存在する。
特定のレアアイテムを入手するとか、クエストを一定回数クリアするとか、
あらかじめ設定された条件を満たすと、それに応じた称号が
称号カウンターで授与されるようになっていて、
そのなかには、「チームにいちどでも参加する」ことによってもらえる称号も存在するのだ。
私は偶然にも、そのことを少し前に情報サイトで目にして知っていた。

チームにいちどでも参加することで
もらえる称号の名前は、『君はひとりじゃない』。


彼はやさしくて、落ちついていて、賢くて、
本人は無自覚なのだろうけれど、憎らしいくらいにかっこいい人だった。
だから、最後くらいは、私がかっこつけさせてもらったっていいだろう。

新たな世界に飛びこむ彼の勇気ある第一歩が、
私の遠回しなメッセージによって、少しでも軽くなればいいな、と思った。