慶應プロ野球ファンサークルsphere

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【Sphere2016春合宿】二日目・USJ編

どーもー初めまして!
最近のサファテの連投が少し気になっている、きくち です。
今回はもう一つの2日目としてUSJ班を紹介してみようと思います。

リア充ですね。

さてそんな中行ったUSJですが…
雨でした。クソ萎えますよね。どんくらい萎えるかというと暴投でサヨナラ負けするくらいクソ萎えますよね。
そんな中僕たちは早く起き開園に並びました。
ブログ2
運命の8時。さあいよいよ開幕。そんな中開始2分でズッコケました。
僕は某ロマ太郎選手の気持ちが分かったような気がしました。

まず始めに行ったのはハリーポッター!

慶應とハリーポッターの夢のコラボレーションです。これには谷○選手もビックリですね()
メガホンはやーしーさんが持参していました。
なんで持ってるんですかねぇ…
ブログ1
アトラクション自体は正直マジで楽しいです。朝イチで行くのがオススメ。そしてノンアルのバタービールがまあうまい。

他にもいろんなところ行ったけど雨のためジェットコースターは乗れず。その中で一番のハイライトはランサムゲームが楽しかったことですね()

ってことでまともに書けてないけどとにかくUSJは楽しかったです。
他にも銭湯に入って相棒を見たりとか。大富豪(普通のじゃない)やったりとか。

結論何が言いたかったのかというと

sphereはリア充サークルでした。

というわけで3日目のやーしーさんに続きます…


【Sphere2016春合宿】二日目・京セラ編

ご無沙汰しております。2016年度、副代表を務めさせていただくイトソ(伊藤)です。以下、少し長いですが、春合宿二日目、自分が参加した「京セラ班」の記事をお楽しみください。

3月8日夜。史上初の両リーグ1000安打を達成、そして両リーグ200本塁打にも王手をかけながらセ・リーグ通算199本塁打で引退し、「この(残りの)1本をファンの皆様の夢の中で打たして頂きますれば、これにすぐる喜びはございません」という名言をのこした昭和の大打者・大杉勝男選手に思いを馳せながら大阪の地を踏破するべく、志を同じくする5人の仲間が集結しました。

戦後多くの世界記録を打ち立てて「フジヤマのトビウオ」の異名をとった競泳選手・古橋廣之進くん。

1956年オフに起きた阪神タイガースのお家騒動「藤村排斥事件」の際には金田正泰率いる金田派、真田重蔵率いる真田派と並ぶ青木派を形成した元敏腕スカウトであり、現在は高橋ユニオンズの熱心なファンだという青木一三くん。

2010年の日本シリーズでは中日への愛とロッテへの愛の間で揺れに揺れたという中村くん。

大杉勝男と同じく岡山県に生まれ、受験する気など全くないのに大杉勝男の母校である関西高校のオープンスクールにわざわざ塾をさぼって出かけ、ろくに学校の見学もせず飯だけ食って帰ったという伊藤くん。

合宿一日目のクイズにおけるチーム戦で出題された「初代ポケモン(赤・緑)の時点で存在していたノーマルタイプのわざを答えよ」という問題で無双し、鼻息が荒いほっきん。

まずはこの5人が集まった経緯から話をしなくてはならないでしょう。

ビンゴ大会、クイズなどレクを終えたSphereのメンバーはここで翌日のチケットを夜のうちに買わなくてはならない「USJ班」と、そんなもの買う必要がない「京セラ班」に分かれることに。

正直自分も揺れていました。USJはまだ純真無垢な少年であった小6の修学旅行を最後に行っていない。既に成人し、小6の春からの9年間で色々なことを経験した自分の前に現れる恐竜さんやサメさんは以前と違った顔を自分に見せてくれるのではないだろうか。しかし4年ぶりの京セラドームも捨てがたい。ドームの天井の気持ち悪いリングに吸い込まれていくようなあの感覚もまた久々に味わってみたい。

結局自分は悩みぬいた末に「京セラ班」を選択。先ほど紹介した5人がここで集まりました。そのまま「京セラ班」は5人で決起集会へ。入った店の名前は「勝男」。勝男。勝男と言えばあの大杉勝男です。東映やヤクルトで主砲として活躍し、通算本塁打数と通算打点数が共に歴代9位という伝説の大打者・大杉勝男です。勝男の名前を聞いて血潮が湧き立たない野球人がどこにいるでしょうか。興奮した5人はその場の勢いでチーム名を「京セラ班」から「大杉勝男研究会1期」と改め、大杉勝男に思いを馳せながら大阪の地を踏破するということを目標に設定しました。そして、翌日の長旅に備えて各々眠りについたのでありました。

明けて3月9日朝。天気はあいにくの雨。
前日の申し合わせでは、10時に起きることができた人は、京セラに行く前に軽く観光しちゃおうということになっていました。10時に集まったのは伊藤、中村、ほっきんの3名。
とりあえず大阪といえば道頓堀なのではないか!ということで道頓堀へ。

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道頓堀といえば阪神ファンによる飛び込みが有名ですが、特に1985年の阪神の優勝以降、飛び込みが定番化したようです。その年の阪神が日本シリーズを戦った相手は当時最強のチームだった、広岡達朗監督率いる西武です。その広岡監督が1978年にヤクルトを率いて日本一になった際のヤクルトの4番打者といえば…?
そう、大杉勝男なのです。このように、大杉勝男研究会1期のメンバーはどのような場面であろうと、多少強引に大杉勝男に思いを馳せなくてはならないのです。

さらに余談なのですが、道頓堀と言えば自分は映画『ブラック・レイン』を思い出します。アメリカ製作の映画なのですが物語の舞台は大阪で、日本の刑事とアメリカの刑事が協力して日本の凶悪犯と戦う話です。
その映画の中での、ギラギラさが強調されて描かれた、「アメリカ人から見た大阪」が印象的で、道頓堀のわれわれが写真を撮ったこの辺りもまさに映画の中で事件の舞台として登場します。
その映画に日本のベテラン刑事役として出演し、主役級の活躍を見せるのが高倉健です。その高倉健は映画会社・東映の所属俳優としてキャリアをスタートさせました。そして大杉勝男が最初に所属し、プロ野球選手としてのキャリアをスタートさせた球団は、その東映が親会社である東映フライヤーズなのです。ここにも繋がりが。
このように、研究会では野球に限らず様々な角度から大杉勝男に思いを馳せるのです。
広岡ヤクルトの4番打者としての大杉勝男、そして高倉健と同じく「東映」からスターとしての一歩を踏み出した人物としての大杉勝男。その双方に対する熱い思いを胸に抱いたまま、われわれは道頓堀を後にしました。

その後京セラで残りのメンバーと合流し、オリックス対ヤクルトのオープン戦を観戦しました。残念ながら試合の内容は全くと言っていいほど思い出せません。特記事項としてはボグセビックにホームランが飛び出し、どうやらその際大杉勝男研究会1期のメンバーがテレビに映ったらしいということくらいでしょうか。申し訳ない話なのですが、自分も少し試合中に寝ておりました。

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しかし試合の内容より大切な要素が隠れていました。この日の対戦カードでピンと来る方も多いでしょう。オリックスの前身球団といえば西宮の勇者・阪急ブレーブスです。オリックス対ヤクルトは言ってみれば阪急対ヤクルトみたいなものですね。かなり無茶なことを言っておりますが。そう、阪急対ヤクルト!ヤクルトが先にも述べた広岡監督のもと、1978年に球団史上初の日本一を達成した際の日本シリーズのカードなのです!
もうここまで来ればお分かりですね。3勝3敗で迎えた後楽園球場での第7戦。ヤクルト1点リードの6回、ヤクルトの主砲・大杉勝男が阪急・足立光宏から放った大飛球はレフトポール際へ。判定はホームラン。これに阪急の上田利治監督が1時間19分にも及ぶ抗議を行うも判定は覆らず。そのままリードを保ったヤクルトが初の日本一を達成しました。
この日われわれの目に映っていたのはボグセビックのホームランではありません。38年前のあの日、大杉勝男によって放たれた、阪急の4年連続日本一の夢を打ち砕くレフトへの大飛球と、上田監督の猛抗議だったのです。

京セラの後の行動予定を全く決めていなかった研究会の面々。とりあえず、試合後は2014年のSphere春合宿でも数人の部員が訪れたという「なんばパークス」、すなわち大阪スタヂアム(大阪球場)跡へ向かうことに。大杉勝男が通算100号本塁打を放ったのは大阪球場。その時の相手投手はあの「最後の30勝投手」、皆川睦雄です。

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なんばパークスで大杉勝男の通算100号本塁打と皆川睦雄に思いを馳せて興奮が止まらない研究会の面々
(研究会の全員で写っているのがこんな変な写真しかなくて申し訳ないです)

お次は西日本で最も高い建物、あべのハルカスへ向かいます。大杉勝男の1973年の三振数は56、あべのハルカス内に設置されているエレベーターの数も56。かなり苦しいですが、研究会の面々は豪快に三振する1973年当時の大杉勝男の姿を想像しながらエレベーターに乗り、展望台からの景色を楽しみました。

こうして大杉勝男研究会1期は、大杉勝男に思いを馳せながら大阪の地を踏破するという目標を達成し、解散したのでありました。大杉勝男選手の偉大な業績の数々は、いつまでもわれわれ研究会1期生の心の中で輝き続けることでしょう。そして、その偉大な業績の数々を多くの人に伝えていけたらと考えています。

この記事は本来二日目のものなのですが、三日目についても少しだけ触れさせていただきます。
三日目は完全に自由行動で、自分は青木一三、ほっきん、前副代表のワンダーさんと共に神戸へ向かいました。

2014年春合宿の記事にもあるように、神戸タワーのすぐ傍にはオリックスの選手を中心に、阪神淡路大震災からの復興を願う多くのプロ野球選手のサインが記されたモニュメントがあります。
そこで一際われわれの目を引いたのがボニチ選手のサインです。

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ウエスタンリーグ初の三冠王として有名なあのボニチです。外国人選手であってもこのように神戸のモニュメントに名前を刻んでいることを知り、なんだか嬉しくなりました。われわれの横では女子高生の集団がワイワイしていましたが、おそらく、ウエスタンリーグ初の三冠王であるボニチと、イースタンリーグで2年連続の三冠王になった西武のポール、どちらが最強の「二軍の帝王助っ人」であるか、という議論をしていたに間違いありません。二軍での三冠王は歴代でも庄司智久、ボニチ、ポール、迎祐一郎の4人しかいないのですが、誰が一番人気なのでしょうか。

とにかく楽しい三日間でした。このくだらない文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。二日目・USJ編の記事もお楽しみに。

文責:イトソ
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