慶應プロ野球ファンサークルsphere

はじめまして!このサークルは2012年に立ち上げたばかりです!みんなで野球を見に行きましょう!

はじめまして!

はじめまして!このブログを見てくださってありがとうございます!

このサークルは、野球トークができる友達を探し、野球を見に行き、野球への理解を深める・・・そんなサークルです!

少しでも興味ある方はkeiosphere.attabs★gmail.com(★は@にかえてください)まで、本当に気軽に連絡ください!

学部、学年は一切問いません!

Twitterアカウントはkeio_sphereです!イベント情報などをお知らせします!

みなさんと球場で会えるのを楽しみにしています!

公式wiki
http://www32.atwiki.jp/skyrskyr/pages/1.html

【Sphere春合宿2017】 2日目 キャンプ組

こんにちは、そして初めまして。今年度日吉代表の土志田(どしだ)と申します。以後宜しくお願いします。
今回も前回の朝日軍平山さんの記事に引き続き、春合宿二日目キャンプ組の様子についてお伝えしていきたいと思います!



キャンプ組の中でも、レンタカー組と電車組に分かれ、私は電車での移動を選択。私の他に電車での移動を希望した二人とともに宮崎駅を出発しました。ここで皆様気になるのが我々の呼称です。あちらが朝日軍なら、こちらはライオン軍といったところでしょうか。



車窓からの景色がきれいだろうと期待していた我々ライオン軍一行でしたが、海が見えたのはほんのわずかな時間で、大半は山の中を走り続けていました。これは、暗黒期をひた走ったライオン軍にどこか通ずるものがありました。そんな退屈な車内では、「ライオンは日本語であるのか」という議論が思いのほか盛り上がりました。



正直車で移動すれば良かったなぁと思いながら電車に揺られること1時間半、昨年リーグ優勝を果たした広島東洋カープのキャンプ地である天福球場を訪れました。まず驚いたのが人の数。平日だったにも関わらず多くのファンが詰めかけていました。
ただ、ライオン軍改称野球戦を見ようと州崎球場に詰めかけた観客の数には到底及びませんが…
キャンプ















早速ブルペンをのぞいてみると我が慶應義塾大学ドラフト
1位加藤拓也投手が投球練習をしているではありませんか!

 キャンプ2

ダイナミックなフォームから放たれる力強い球がキャッチャーミットに吸い込まれると、ズドンという低い音がブルペンに鳴り響いていました。彼には福士勇投手のようなタフな投手になってくれればいいなと思います。




グラウンドでは、侍JAPANのセカンド、菊池選手がフリーバッティングを行っていました。WBCに向け調整が進んでいるのか鋭い打球を飛ばしていました。

この文章はWBC後に執筆しているのですが、やはり菊池選手は大活躍でしたね。特に、オランダ戦で見せたファインプレーは、まるで忍者のようでした。守備で流れを持ってくることの出来る素晴らしい選手だなと改めて感じました。

しかし、準決勝のアメリカ戦では失点につながるエラーを犯してしまい、自身のホームランで追いついたものの、結局その
1点が勝敗を左右してしまいました。



あの打球を振り返ってみると、雨で濡れたグラウンドの影響でボールがイレギュラーし、菊池選手の右足に当たり、外野に抜けていってしまいました。野球に
たらればはありませんが、もしセカンドが左投げの選手だったらと思ってしまうのは私だけでしょうか? 

左投げだとグローブを出したときに、イレギュラーしたボールが右手のどこかに当たり、最悪シングルヒットで抑えられたのではないかというのが私の考えです。ここまできたら勘のいい読者の皆様ならお気付きでしょう。そうです、もしセカンドに鬼頭数雄選手を起用していたらどうなっていたのか


32分で首位打者になったものの、その年のライオン軍の勝率は24分。つまり、チームの勝率より打率の高い首位打者となったあの鬼頭数雄選手です。左投げの彼ならあの打球を処理できたのではないかなとどうしても思ってしまうのです。


いろいろ言ってきましたが、やはり菊池選手の活躍は世界の人々を驚かせたことでしょう。
それに、菊池選手の守備がなかったら準決勝までいけていたのかも怪しいところです。
それに、内野手の日本人メジャーリーガーは成功例が少ないので、ぜひメジャーで活躍する姿を見てみたいです。場所は再びドジャースタジアム、もちろんマウンドには前田投手です。

 
キャンプ3















天福球場を後にした我々ライオン軍一行は次に埼玉西武ライオンズがキャンプを行っている南郷中央公園を訪れました(もちろんここも電車移動です)。皆さん誤解されやすいのですが、ライオン軍は西武ライオンズ、並びに西鉄ライオンズとは直接的には関係ありません。ライオン軍は、松竹ロビンスのもとになった球団です。その松竹ロビンスは、大洋ホエールズと合併し、松竹は球界から撤退してしまいました。ざっくりと言えば、現在の横浜
DeNAベイスターズに一番関係があります。



西武のキャンプ地である南郷中央公園には複数のグラウンドがあり、選手の移動を頻繁に見られたため、多くの選手からサインをもらうことができました。最近結婚を発表された野上投手からもサインをもらうことができました。(写真はメヒア選手)

キャンプ4

























そんな中気になったのがこの練習
キャンプ5





















全速力でバイクをこぐという練習。球界のご意見番張本勲さんなら、「こんなの遊びですよ」と言いそうですが、中村選手が必死にバイクをこいでいました。タイヤがかなり大きいので相当きついと思いました。

 

その他にもバランスボールを使ったトレーニングなど興味深いトレーニングを色々行っていました。



また、この日はバレンタインデーが近かったこともあり女性ファンがチョコを渡すシーンが多く見受けられました。永江選手が人気みたいでしたね。応援歌が素晴らしいのも人気の要因なのかなと勝手に思っております。そんなものを持っていない、貰えもしない我々ライオン軍一行は寂しくライオン軍球団歌『制覇に進む若き獅子』を歌いながら寂しく帰路についたのでありました。


戦機は熟す 今まさに

 
嵐と勢ふ 白熱の

 
鉄腕肩に 魂こめて

 
乾坤!拳る 秋いたる

 
見よ昂然と 眉上げて


制覇に進む 若き獅子


ラ・ラ・ラツ、ラ・ラ・ラ・ラ・ラ


ライオン野球軍



最後になりますが、私自身キャンプ地を訪れるのは今回が初めてで非常に充実したものでした。このブログの読者の方の中で、Sphereに加入したいという新入生がいましたら新歓でお待ちしています。野球にあまり詳しくなくても、野球が好きな人であれば必ず楽しめると思います。


かく言う私も、この文章を執筆するのにあたり、ライオン軍について一から勉強した身ですのでご安心下さい。

 

以上で私のブログを終わります。お付き合いいただきありがとうございました。




参考文献

 『広告を着た野球選手~史上最弱ライオン軍の最強宣伝作戦~』 ,河出書出版社,2015

 

【Sphere春合宿2017】2日目”観光組”

<プロローグ>     

 1

今回の記事「宮崎合宿2日目観光組編」は就活生部員の中から唯一宮崎合宿に参加した平山がお送りします。

 

今年のスフィア春合宿2日目は、広島や西武のキャンプを回る”キャンプ組”と宮崎の名所を巡る”観光組”にわかれて行動することになっており、私ははるばる宮崎まで訪れたのだから観光もしたいという思いから観光組を選択しました。プロ野球ファンサークルの合宿だからといって、プロ野球だけではなく、様々な楽しみ方ができるというところが素晴らしいですね。

 

ところで、就活生である私が今回の宮崎合宿に参加したのは、31日に開幕を控えた就職活動ペナントレースに備えるキャンプを行う為であり、就職活動を甘く見ているとか、インターン選考にすべて落ちて予定が空いた、などという理由によるものではないことをあらかじめお断りしておきます。

 

それでは「宮崎合宿2日目観光組編」の本編をお楽しみください。

 

[目次]

<プロローグ>

<朝日軍の結成>

<都井岬を目指して100キロ南下>

<馬と遭遇>

<ランチ>

<鵜戸神宮へ>

<モアイへ>

<鬼の洗濯岩へ>

<エピローグ>

 

<.朝日軍の結成>

観光組の朝は早い。7:30分にホテルのロビーに集合である。この日の宮崎市の日の出が6:58分であったことを考慮すれば、朝日軍(1941~45)と名のっても過言ではないだろうから、”宮崎合宿2日目観光組”などという冗長な呼び名をここで”朝日軍”と改名させていただくこととしよう。

 

では、最初に栄光ある朝日軍のメンバーを紹介しようと思う。

 

背番号1 、我らがSphere代表:渡邉君(2)である。彼こそが我々朝日軍を結成した張本人である。プロ野球ファンサークル代表であるにもかかわらず、プロ野球のキャンプではなく観光を選択するという、彼の姿勢に賞賛の拍手を送らずにはいられない。その破天荒な運営スタイルは往年の田村駒治郎氏を思い出させる。

 

背番号2、我らがSphere先々代代表:榊原氏(4)である。我がサークルの発展のために常に尽力してくださった榊原氏もついにこの宮崎合宿をもってSphereから卒業されることとなった。朝日軍の名選手であった坪内道典氏が「野球名人」と称されたごとく、彼を「野球ファン名人」と表彰するべきではないかという議論が巷を騒がせている。ということはもちろんない。

 

 

背番号3、我らが朝日軍の紅一点:ななみん(4)である。西武ファンである彼女は午前中に西武キャンプを視察し、午後から朝日軍に合流するというプランを我々に提案し、実際に午後から合流した。しかし朝日軍の前にあるのはライオンズではなくライオン軍であるはずだから、彼女が視察したのは間違いなくライオン軍のキャンプのはずで、彼女は何らかの勘違いをしていたのだと私は推測している。彼女が栗山巧選手だと思った選手は恐らく鬼頭数雄選手であり、鬼頭選手のチーム勝率を超える打率を生み出す打棒に彼女が胸を打たれただろうということは想像に難くない。

 

背番号4、我らが朝日軍期待のルーキー:田垣君(1)である。彼以外の1年生は全員がキャンプ視察を選択した中において、彼は単身朝日軍に合流した。そのチャレンジングな精神はプロ野球初の満塁本塁打を放った岩田次男選手を彷彿とさせる。

 

そして背番号5、私平山である。

 

以上が朝日軍のメンバーである。

 

 

<都井岬を目指して100キロ南下>

 2

ななみんを除く朝日軍4名は定刻通りにホテルロビーに集合すると、トヨタレンタリース宮崎店へ移動し、事前に予約していたレンタカーに乗車。この日はバレンタインの前日ということで店員の方にポッキーをいただいたのだが、そもそもなぜSphereの合宿は当然のようにバレンタインに被っているのか。また、なぜ多くの部員が特に不平も言わずに当然のように参加をしているのか、という疑問が浮かんだが、この点については他の部員のためにも、そして何より自身のためにもあまり詮索しないほうがいいだろうと感じたので、この場での言及は避けたい。

何はともあれ朝日軍は都井岬を目指して南下を始めた。

 3

ドライバーは私である。私がハンドルを握るのは実に3か月ぶりであったが、出発直後にその旨を榊原氏に告げたところ「よお人を乗せる気になったな(呆れ)」という非常にありがたい激励の言葉をいただいた。

宮崎は山道や急なカーブが多く、ペーパードライバーの私には非常に厳しい道なりであり、道中、宮崎ナンバーの軽自動車や軽トラに後ろから幾度となく煽られた。これは”宮崎の黄禍”として語り継ぐべき忌まわしき記憶である。

 4

しかしながら宮崎の海岸線は景色も抜群で、ドライブするのは非常に気持ちがよかった。読者の諸君も機会があれば是非一度訪れてみてはどうだろう。

 

<馬と遭遇>

100キロの南下を終えついに都井岬に到着した我々を待っていたのは

 5

馬であった。

堂々と道路を闊歩している姿はたくましく、我々朝日軍の行軍にも全くひるむ様子もなかった。

 

 

続いて我々は展望台へ上ることに。

 

 

 7

抜群の見晴らし。絶景を見ることは旅の楽しみである。特にこの日は天気が良く、うっすらとであるが種子島を望むことができた。この時点ですでに日は高く昇り、朝日ではなくなっているが我々はなお朝日軍である。

 

なお展望台で見学をしている際に、田垣君が低くなっている天井に頭をぶつけて出血するというハプニングが発生したが、彼は弱音も吐かず、毅然とした態度でその後も旅を続行すると宣言してくれた。その目は「1イニングに12失点(=日本タイ記録)を記録した元朝日軍の内藤幸三投手の痛みに比べれば、この頭の痛みなど瑣末なものである」と語っているようであった。これこそ朝日軍の真骨頂である。

 

景色を堪能した我々は馬について学び、触れ合うことができるという”うまの館”へ移動することにした。が、なんとこの日は定休日で職員が在中していないという事態に。よもやの放棄試合である。

しかしながら馬には定休日がないようで、職員がいなくてもそこかしこに馬が。我々の目的は馬と触れ合うことであり、職員と触れ合うことではない。そこに馬がいるのなら全力で触れ合う、それが朝日軍のモットーである。

 8

合計で6匹ほどの馬が思い思いの動きをしていたが、その中の1匹だけが非常に人懐っこく我々に寄ってきてくれた。その様はメジャーリーガーのファンサービスに比肩すると言って過言でない。今にして思えば彼はアイアンホースと称されたかのレジェンド選手、カルリプケンjrの親戚だったのではないだろうか。

ところで馬と言えば、歴史を通して日本のプロ野球団には馬を冠したチームが存在しない。賢く、格好も良く、力もある馬はチームのイメージキャラクターになってもおかしくないと思うが何故なのだろうか。日本では馬鹿と書くように馬には良いイメージがないからだろうか。この点に関しては後日、有識者会議を開きたいと思っている。

 

<猿島に接近>

 9

馬と別れを告げた我々はライオン軍のキャンプを視察しているななみんと合流をするために南郷へ車を走らせた。しかしその道中に”猿島”の文字を見つけた私は迷わずそちらへハンドルを切った。なにを隠そう、私はLamigoモンキーズファンだからである。

Lamigo島と言うことだからもしかしたらLamigirls(Lamigoのチアリーディングチーム)が練習をしているかもしれないと心を躍らせた私であったが、猿島へはボートを使わなければ渡ることができないということで上陸は断念。浜辺から猿島を望みつつ優雅なひと時を過ごす。

猿島の山は元統一の張泰山のごとく荘厳としており、穏やかな波が押し寄せてくる透き通る海はLamigo:王柏融のようなしなやかさであった。

10砂浜にはしっかりとSphereの足跡を残すことにも成功した。あたかもウェイサーのように見えるが、我々は誇り高き朝日軍であるということを忘れてはならない。

 

<ランチ>

予定通りななみんと合流を果たした我々はランチをとることに。野球場での一番の楽しみがビールを飲みながら焼き鳥を食べるということであるのと同じように、旅の最大の楽しみはその土地の料理を楽しむことである。つまり我々にとってランチを取る場所の選択は旅の命運を左右すると言って過言ではないのである。そしてそんな我々が今回利用したのが”えぷろん亭”さんである。

 

 

 11

 12

見た目も味も素晴らしい食事。海辺の店ということで海鮮が絶品であった。

 13

見晴らしも最高。

見た目よし、味よし、景色よしの3拍子揃った素晴らしいお店に一同は大満足のようであった。特に渡邉君は「これはマジック点灯」と語るなど、早くも朝日軍の優勝を予感したようであった。

 

<鵜戸神宮へ>

これまで約150キロのドライブをしてきた私、平山はついにここで疲労のためマウンド(運転席)を榊原氏に譲る。「朝日軍のエースとして541.1キロの道のりを完投したい」と思っていた私にとっては無念の途中降板であった。しかし信頼できる先輩救援投手がいることがSphereの素晴らしさである。

榊原氏の快調な運転で一行は鵜戸神宮へ到着した。

 14

 15

海に面した神社はパワースポットとして雰囲気満点。

鵜戸神宮は安産祈願で有名ということだったので、朝日軍の中で将来的に最も出産の可能性がありそうな、ななみんの安産祈願をしておくことに。しかしこの願いが発揮する機会を得るのかどうかについては全く不明である。

 16

 17

参拝を終えた我々は、「運玉」に挑戦した。これは「運玉」という砂を固めたような素材でできた球状のものを、海岸に面した岩にかかる御縄の中に投げ入れることができれば願い事が叶うというものである。朝日軍の一行は躍動感あふれるフォームから直球や変化球を投げ分け、そのうちの何球かを見事ストライクゾーン(御縄内部の水が溜まった場所)に投じることに成功した。もちろん朝日軍の願いは一つである。それは一言優勝だ。竹内愛一監督の胴上げだ。朝日軍が優勝した暁にはぜひとも「燃えよ朝日軍」というCDを出したいものである。ちなみにであるが、朝日軍の前身であるライオン軍の応援歌「制覇に進む若き獅子」はのちに歌詞を変えて西鉄ライオンズの「西鉄ライオンズの歌」となっていることはあまりにも有名な事実であるが、朝日軍に関しては応援歌があったのか否かも含め、資料がほとんどなく研究の余地がある領域であるといえよう。

 18

一応プロ野球ファンサークル的な発見としては広島東洋カープの必勝祈願絵馬があったことである。

 

<モアイへ>

鵜戸神宮を後にした我々は続いてモアイ像を見るため、サンメッセ日南へ車を走らせる。

19すぐに到着。有名な観光地ということで観光客が多数来場していた。私は太平洋を背に立つモアイ像の姿に圧倒されてしまった。特に太平洋の広がりは衝撃的で、田村駒治郎氏が戦後に球団名を「パシフィック」と改名したのも納得である。肝心のモアイ像についてであるが、モアイ一つ一つに意味があったのだが、モアイの顔を区別できるほど私の顔認識技術は高くないため、残念ながら忘れてしまった。

 20

しかしそんなモアイの中で一人だけ異彩を放つモアイがいた。

彼は他の7体のモアイが仲良く並んでいる様子を、遠く離れたところから恨めしく見つめていた。聞けば、名を「縁切りモアイ」というそうだ。

 

哀愁漂う後ろ姿、大勢の中に溶け込めない様、他の仲よさげなモアイを羨ましく見つめる眼差しが、私に「彼はただのモアイ像などではなく、Sphere部員なのではないか」という疑問を浮かび上がらせた。その疑問はあっという間に前頭葉を駆け巡った。平成84月生まれの彼は現在大学生である可能性が十分にある。また宮崎というプロ野球のキャンプ地で育ったという地理的条件を考えれば、彼が野球好きであっても何らおかしくはない。そこまで考えて私は確信した。間違いない。彼はプロ野球ファンサークルSphereの部員である。

このことを代表の渡邉君に話したところ、人格者の彼は縁切りモアイの入部を快諾してくれた。今までずっと一人ぼっちだった縁切りモアイはきっと我々の訪問を待っていたのだろう。私は彼に来訪が遅くなってしまったことを謝ると同時に、これからは同じSphere部員として切磋琢磨していくことを誓い、サンメッセ日南を後にした。

 

<鬼の洗濯岩へ>

モアイと別れて数分、我々は旅の最後の目的地青島へ到着した。

21島へは車で乗り入れることはできないので、駐車場に車を止め徒歩で島に入っていく。

 22

島にはかの有名な”鬼の洗濯岩”が待ち構えていた。満潮になると見えなくなってしまうということで、見学時間としてはギリギリだったがギリギリの時間を操るのはSphereの得意分野である。

 23

青島では「よく当たる」というおみくじを引いたのだが、結果に納得がいかない某氏が引き直しを行うなど不正行為も行われた。私も可能であれば、おみくじを422本ほど引きたかったのだが、今回は神前ということで自重することにした。

 24

その後も波打ち際で遊んだり浜辺を探検をしたりと、朝日軍は朝日どころか夕日が落ちるまで全力で遊び尽くした。そして島の入り口付近に構えているお土産店では、店員さんの精力的な売り込みと豊富な品揃えの前に感動し、大量のお土産を買い込むこととなった。その合計品数は一説には202(うち自分消費用163)とも言われており、もしこれが事実であれば、1シーズンのお土産購入点数記録になると思われる。ようやくレンタカーに乗り込んだ我々は、この1日のペナントレース(観光)に思いをふけながら帰路についたのであった。

 

<エピローグ>

今回、朝日軍は宮崎の海岸線沿線の観光地をほぼ網羅し、言うなれば完全優勝を果たした。これはSphere史に残る快挙であろう。自分が歴史の一部になれたことを誇らしく思うと同時に、この快挙は私一人では決してなしえないものであったと感じている。そこで、今回の旅を支えてくれた方々にこの場を借りて感謝を述べたい。渡邉君、榊原さん、ななみん、田垣君、トヨタレンタリースの皆様、ありがとうございました。

 

そしてここからは現在のSphere部員と今後Sphereに入ろうと思っている人に向けてのメッセージとしたい。この記事を読んでいただければわかると思うが、プロ野球ファンサークルSphereには多様な人間が所属していて、それでいて様々経験ができる貴重な場だ。実は今回の旅の途中で榊原氏、渡邉君、私の3人で「Sphereは人を育てる」という話で盛り上がった。これは本当に間違いない。(もちろん私もSphereで育てられた人間の一人だ。) もし今、自分に自信がなくて「サークルなんてやっていけるのかな」「自分を受け入れてくれるかな」と悩んでいる人がいたら是非Sphereに来て欲しい。どんな人でも歓迎だ。たとえモアイ像でも。そしてSphereに入って色々学んで欲しい。人付き合いの方法、旅行計画の立て方、長距離ドライブ技術、、、本当になんでも学ぶチャンスがある。そして学びの中で自分を成長させて自信をつけていって欲しい。

 

現在のSphere部員のみんなは、自分がもうすでに色々なチャンスの中にいるということを再確認して欲しい。特に1年生(2年生)はもっと積極的に自分で行動を起こしていくべきだ。君たちは意思決定を上級生に任せがちのように見える。先輩に従っていくだけではなく、自分達が中心で何かをやるということにチャレンジして欲しい。君たちの挑戦に上級生も協力してくれるはずだ。上級生の技を自分のものにして、それを後輩にも伝えていく。「Sphereは人を育てる」の伝統をこれからも守っていって欲しい。

 25



livedoor プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ