スーパー市電

  夏の暑い日。
 分別ごみ収集場の前を歩いていたら、大きなソファがあった。
 他の分別ごみは回収されなくなっていたので回収できませんと残されたらしい。
 大型ごみという分別なんだろう。本来有料で引き取ってもらう代物だが、強引に置いていったんだ。
 顔をあげてみる。じりじり暑い真っ青な空にむくむくと大きな入道雲がせりあがっている。
 間もなく土砂降りの夕立になる。このソファもびしょびしょになってとんでもないことになる。
 そのうち腐っていきボロボロの塊になるのは予想できた。
 だけど当然回収しないし捨てた本人も知らんぷり。
 それでも、自分はそれを見捨てていかなければいかない現実があった。

   数日後

 再びその場所に立ち寄る。ソファはどうなっていたのだろう。
 分別収集のところにはなかった。
 そして離れたところにあるバス停にそのソファがあった。
 バス停には屋根があったもののベンチがない。そのベンチ代わりに誰かが運んでいたみたいだ。
 ソファは濡れておらず、小学生の男の子と女の子の二人が腰かけてアイスキャンデーを分けて食べていた。
 この二人がまさか運んだ?100メートルも子供が運んでいくなんて信じられなかった。
 バス停のソファはそのあともベンチとしてそこにあり、たくさんの人が腰かけてバスを待っつ役目を果たした。
 セミが鳴く暑い夏だった。

 森永のダブルソーダーて発売終了になるんだってね。
 もう、こんな景色見れないのかな。


 "牛若丸"は、今日は隣町のスーパーの駐輪場で待っていた。
 水色の車体は前輪をラックに乗せられている。そこでロックされている。
 これじゃあ逮捕じゃないか。手錠をかけられた感じで"牛若丸"には不満だった。

 "牛若丸"は小さな子供の隆太の乗っている自転車の名前で彼が名づけたものだ。

 ただ、隆太の家族は個人のものの感覚はなく、お父さん、お母さん、隆太の共通の乗り物だった。
 今日はお母さんの用事だった。

 お母さんは今朝のチラシを見て、今日の買い物を決めた。

 鉄道の高架下のスーパーからお母さんが出てきた。
 まずは"牛若丸"の前に立つと、買い物の品物を入れたレジ袋を、買い物かごに入れた。
 そして自転車のカギを探そうとするがお母さんはポケットをさすりながら不思議な顔をした。
 どうやら落としたらしい。顔は困惑した顔になり眉毛がハの字になった。
 スーパーのロックは30分経つと自動的に有料ロックになる。300円払わなくてはならなくなってしまう。
 お母さんは、いったん買い物かごからレジ袋を出し、地面に置いた。
 そしてカギがかかっている後ろの車輪を無理やり宙に浮かせて車止めを外した。
 一旦バックするとロックライトが消える。しばらく待ってから前進させ再びラックにつけた。

 それをもう3回もしている。まだ見つからないみたいだ・・・・

 もう、あきらめてカギを切ってもらえばいいのに。
 "牛若丸"はそう思っていた。3回目の後は駐輪場はちょうど誰も来ないようになっていて静かだった。
「退屈でしょ?」
 上の方から誰かがしゃべりかけてきた。・・・
 いや、しゃべっているのではない。自転車の心に対し不思議な事に話しかけてきたようだった。

 何らかの超能力だろうか?
「おどろいた?」

 どうやら、本当に"牛若丸"に話しかけているみたいだ。だけど、自転車には上を見るような能力はない。
 もともと生きていないんだから見る必要はなかったのだ。
 だから、誰が話しかけているかわからない。不安になった。
「あ、そうか。自転車は見るなんてできなかったんだ」
 不思議な声は何か小さくつぶやき始めた。つぶやいているのか何かの呪文にも感じる。
 そのつぶやきが終わった時、"牛若丸"は途端にびっくりせざるを得なかった。

 見ることができないはずの前が急に見えだしたのだ。
 いや、前だけでなく後ろも前も、四方上下みんな見えるみたいだ。
 全く初めての経験だった。
「うわ!」
 思わず声まで出てしまった。その様子をケタケタと上の声・・・・天井の梁に座っている小さなネズミがわらっていた。
「君の仕業なの?」
「まあね、魔法をつかったのさ」
「魔法?」
「ツクモンって知っているだろう?」
「・・・・」
「道具なのに知らない?100年も道具が壊れずに使われると生き物になるというの」
 ああ、ツクモ神か。その言い伝えは"牛若丸"も知っていた。漢字で付喪神、あるいは九十九神となることもある。

 道具が大切に100年も使われたら命が宿ると言われる。それは九十九年でダメになったら無念で化け物のようにもなるとも。
 道具にはあこがれの言い伝えだが、自転車が100年も乗られることなんてない。殆ど見込みがない夢の伝説だった。

「そう、僕はこのスーパーに住んでいるネズミでね。いろんな道具に出会ったよ。中には本当に長年生きて生き物になった道具もいた。
 そんな道具と付き合っているうちに自分も生き物になるの理屈が分かってきてね。このように魔法を使って一時的に道具をツクモンにできるようになったんだ」

 ・・・・とんでもない事をネズミは言いだした。

「自転車君、君は生き物になってない段階でもいろいろ感じていたんだろう?」
「え・・・・」
「道具っていうのは誰かが使って満足した段階から次第に気を溜めていく。それがいつの間にか物心つくようになってやがていろいろ考えだすんだ。
 もちろん道具だし表には出てこないよ。こうやって少しずつツクモンになっていくんだ」

 確かに、ロックされて不満に思う自転車なんてありえない・・・

「だけど、ネズミさん。君はそれを確かめれたのかい」
「ネズミは100年も生きれるわけないよ。だけど、お父さんお母さん、そのまた前の祖先から代々聞かされているんだ。
 だから寿命が2年くらいでもそういうことをわかっている」

 その時、駐輪場に一人の男がやって来たのでネズミは黙り込んだ。その男は手にハサミのような道具を持ち"牛若丸"の近くまで来た。
「とうとう鍵を切るのを頼んだんだね」
 "牛若丸"はそう言った。いや、男には聞こえない。その人間には聞き取れない声は天井のネズミに届いた。
「ちょっとおかしいよ」
 ネズミは言った。
「君のご主人様、一緒にいないじゃないか」
 ・・・・・じゃあ、なんでハサミを持って僕に触るんだい?
「考えられる事は一つじゃないか」
「・・・・・」
「自転車泥棒」
 男はハサミを車輪に絡めているリング錠のバーに近づけている。
「いやだ、誘拐される」
 "牛若丸"はおろおろしだした。だけど自転車は自転車。誰も気づくことはない。

 その時である。"牛若丸"のベルが急に激しくなりだした。

  チャリン!チャリン!チャリリーン!

 激しいベルの音は駐輪場に響き渡りその外にいる人達にも届いた。
「なんだなんだ!」
 ぎょっとして駐輪場をのぞく人。駆けつけてくる警備員。男の今まさに泥棒しようとする様子ははっきりさらされた。
「何をしてるの!」
 お母さんもびっくりしてやってきた。

 数分後にお巡りさんが来た。


 "牛若丸"が久々に隣町のスーパーの駐輪場に来たのはそれから半年がたってからだった。
 あの事件があってみんなあの場所に足を運びずらく、だいぶ日にちが経っていた。

 お母さんがスーパーに入ると"牛若丸"はそっとつぶやいてみた。
「ネズミさん」
 だけど、ネズミは出てこなかった。自転車はお礼を言いたかった。

 あの時、ベルを鳴らしたのは天井から飛び降りたネズミだった。ネズミは自転車のハンドルにしがみつくとベルをかじるように鳴らし続けたのだ。
 そして、みんなが駆け付けると一気に飛び降りて逃げてしまった。
 "牛若丸"とネズミがあったのはこれが最後だった。

 何度か呼びかけたけどネズミは出てこなかった。"牛若丸"はネズミ自身が以前言った2年しか生きられない事を思い出した。
 "牛若丸"はそっと自分のベルを鳴らしてみる。

  チャリン、チャリン、

「ネズミさん、僕も自分でベルを鳴らせるようになったよ。ツクモンに近づいているよ」
 自転車のベルの音は静かに駐輪場で鳴り続けていた。

彼の愛したのは横道を走る小さな路面電車だった。

彼が愛したのは親戚の家の横にある小さな木だった。

彼が愛したのはおじさんが作る少し焦げたパンだった。

彼が愛したのは静かな音を残して祈る小さな信仰だった。

その彼は上に従った自爆で消えた。

あるものは英雄と言った。

あるものは殉教者と言った。

またあるものは愛国者と言った。

周囲のものはみんな美しい言葉で彼の行為を称えた。



路面電車は自動車の波で消えてしまった。

小さな木は土地が高くなる経済の波で撤去されてしまった。

おじさんは年老いて消えて誰もパン屋を継ぐことはなかった。

彼の信仰は彼がいなければ誰も信仰することはなかった。

誰も彼の愛したものを護ることなんて考えもしなかった。

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