2018年06月20日

タイトル『あの子がワキガじゃなければ、』

内容はまだありません。
怒られますね。
『あの子がワキガじゃなければ、』が男性視点の作品だとしたら、
アンサーソングとして『もしも腋臭じゃなかったら』という女性目線の作品も創れます。
夢は広がりますね。
怒られますね。
男性主人公は、僻(ひがむ)くん。
女性主人公は、卑(いやし)ちゃん。
怒られますね。
以降の記述は、その草稿かもしれません。否、ただの雑記かもしれません。


ラスト2行を読んだら絶対最初から読み返したくなる!で有名なミステリ作家さんのとある作品を読みまして。同様の触れ込みで大ヒットして映画にもなったあの作品はとても面白かったのに、今回読んだそれは、まあ、何ていうか、非常に残念で・・・。ネタバレになってしまうので、何がどう残念だったのか、感想は控えざるをえないのですが。
どんなミステリでも、もう、小説でも文学でも、ストーリーの説明や解説が本文中で出てきた途端、興醒めしてしまいます。地の文だったり誰かの台詞としてだったり。没入したいのに、いきなり「ああ、僕は文字を追っていただけだったんだな」と気付かされて、物凄く残念な気持ちになる。

あまり面白くない本を読んだ後には、必ず反動がやってきます。
過去に読んだ本でも新作でも、何かしら、面白い活字を欲してしまう。
そういう意味では面白くない本を読むことにも意義はある(笑)
そしてブックオフに走り、紀伊國屋書店を駆け巡り、Amazonを舐め回し、何冊もまとめ買いしてしまう。そうやって買って読んだ本の中に、まんまと上記の残念さを覆す作品があって安心しました。ミステリの残念さはミステリで晴らす。湊かなえさんありがとう。『告白』も面白かったけど今回読んだそれも面白かったです。

既読本の中で、あの悔しさを晴らしてくれるミステリを、と思って本棚を漁っていたら、京極夏彦『絡新婦の理』講談社文庫版が行方不明になっていることに気付きました。誰かに貸した記憶が微かにあるけれど、そのまま何年過ぎたかも分からないので、いまさら「返して!」と言うのも野暮だし、そもそも誰に貸したかを完全に忘れているので、「返して!」と言いようもないし。しかし久々に読みたい。と思ってまたブックオフ行ったり紀伊國屋巡ったりAmazon舐めたりして驚いたのが、もう講談社文庫のあの分厚い形式のサイコロ本は絶版?なのですね。いまや分冊版しか買えないようだし、やがては版元が別社に移る、なんて話もあって、今のうちに買っておかないと買えなくなる!と慌ててマーケットプレイスでポチる。翌日届いた辞書並みに厚い文庫を本棚の京極夏彦コーナーに納め、ほくそ笑む(読むのはまた今度)。


こんな具合に、久々に活字からイメージを摂取する日々です。
会津と東京を毎週往復しているメリットでもあります。
先日健康診断に行きまして、待ち時間に文庫を読んでいたので指をしおり代わりに挟んで胸部聴診のコーナーに入ったら、僕の倍くらいのお年と思しき女医さんが「良いわねそうやって少しずつでも空いた時間を見付けて本を読んだりしないとダメね忙しさにかまけて全然読まなくなっちゃってこれじゃいけないと思って私も何とか時間作るようにしてるんだけどこういうのは習慣よねダメダメ。はい健康です。これからもお元気で」と、聴診器を当てられることなく診察が終わった。まあ良いです。


気付けば6月。
幡ヶ谷の不朽の名ラーメン店『SOBA HOUSE 金色不如帰』が、移転していました・・・。
移転前に行っとくんだった大失敗です。家が近いゆえ、行列の少ない時間帯にふらりと入れるのを良いことにたまにしか行かなかったのですが、いざ遠く離れると、その有り難みを思い知りますね。家族とか友人とか恋人のそれと一緒です。当たり前のようにある時は思いもしないけど、当たり前じゃなくなったときに、大切だったんだなと知る。それじゃ遅いんですけどね。
ちなみに移転先は新宿、最寄り駅は新宿御苑前のはずです。
幡ヶ谷よりも一般の方が訪れやすくなったのかな。訪日客にも優しいですね。哀しいですけどね。

ラーメンの話ばっかりしてるわけにはいかない。
先日は高円寺で劇作家協会の『月いちリーディング』2018年6月にトークゲストとして出演してきましたよ。
まな板に上がった戯曲は、釘本光さんの『ときのものさし 〜帰郷〜』。
同席ゲストでお久し振りですな三条会関美能留さんとともに、作品についてがっつがつ語らいました。
昨今の月いちリーディングはお客様からの発言も非常に増えてきていて、活気があって非常によろしいなあと思いました。同時に的外れな意見が増えているのも事実で、これは何だろう、リテラシーというか、たとえばTwitterで展開される不毛な議論と炎上のような、掘っても演劇の鉱脈はないんじゃないか?みたいなところを必死に掘ってしまうようなそれで、意見が飛び交わないよりは飛び交ったほうが良いのだけれど、「個人的意見」と「戯曲の質を高めることに繋がる意見」の違いについてちゃんと認識しながら喋らないといかんなあと思いました。
ファシリテイター長谷さんから、この戯曲をより良いもにするために、最後に何か一言、と言われて、咄嗟に
「登場人物が自分の感情を説明するためだけに台詞を書くのではなく、台詞を言われた相手がどういう顔になっているかを想像しながら書くと、きっと変わってきますよ」
みたいなことを言ったら、色々な人がうんうん頷いてくれたのだけれど、さて、自分がこれを実践できているかですよね全ての弾は自分に跳ね返ってくる。怖い怖い。頑張ります。


ここまではこれまでの話。

続きは次の記事で。

hakoniwa_enbukyoku at 17:55│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote  | 

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