先のカイナンの見てもドーピングの根が深いのはいくつかの理由があると考えている。

そもそも多くの人がドーピング手を染めているとされるが発覚しないばかりか、発覚してもそこまで大したペナルティにならないケースが多い。

過去7人いる彼らはタイトル剥奪とギャビを除いて出場停止となったが、アカデミーから破門になるわけでもなく、いつも通りアカデミーで指導も練習も続けるしスポンサーだって継続的に契約される。

彼らのインスタグラムを見てみても出場停止期間中も普通に練習しているし、IBJJF以外のプロ柔術やAJPやADCCの試合には普通に出場できる。

これはおそらく最新の発覚者であるカイナンも同様だ。

他の競技であれば活動禁止などの制裁を与えることができる。

試合の出場停止にくわえ練習場の使用禁止、指導の禁止など競技活動の多岐にわかるケースがある。

ムンジアルのドーピングはタイトル剥奪も陽性になった1回限りだが、他競技ではドーピングを行っていたとみなされた期間中全てのタイトルが剥奪される。

柔術の場合はこういったペナルティの弱さがどうしても薬物検査がドーピングの抑止力につながらない部分だ。

100歩譲ってIBJJFは1プロモーションであって柔術全体の統括団体ではないから仕方ないとしても、納得できないのは柔術界全体が薬物使用に理解がある所だ。

ドーピングが発覚した選手はその時こそ大々的に報道こそされるが、先にも書いたようにアカデミーで普通通り活動できるし、パウロ・ミヤオを見てもわかるように世界的な柔術家として多くの注目も集めていることは発覚前も後も変わらない。

というのも柔術家は薬物が蔓延しているという背景を知っている以上、発覚するかしないかは運次第だと認識している。

またドーピングはチーチング行為ではあるものの練習するためにドーピングしているという側面から、柔術仲間からすれば練習熱心な柔術家だ。世界王者ともなれば人より多くの経験を積んだ優れた選手だ。

なんだかんだいって柔術の世界は柔術の仲間どうして形成されており、いくらドーピングしていても結局それを含めて柔術仲間と認識される。

個人的にはこの柔術の内輪感は随所で感じられ、これが柔術の発展を妨げていると考えている。

それは柔術家の良くないところとして、一般の人たちにどう見られるかを意識しないところだ。いくつか例を上げたい。
よく柔術家がいう言葉として「柔術は見てもわからないやってみて面白さがわかる」という言葉だが、そんなのやったことない素人に言ってどうするのかなとよく考える。

世界に目を向けるとムンジアルという世界最高の舞台で紳士協定が平然と行われるのも果たしてどうだろうか。
選手同士はそれでいいかもしれないが、一般の人たちからすれば柔術に興味を持ち動画を観たとき世界一が紳士協定による決定されることを理解できるだろうか。

柔術の謳い文句として「子供から大人まで年齢に関係なく誰でも安全にできるスポーツ」とあるがその反面、海外ではドーピングが横行している事をダブルスタンダードと考えているだろうか。

柔術家は柔術の技術的な指導に関しては試行錯誤しているが、その前に柔術やってない人にはどう見られるスポーツなのかを今一度認識しておく必要がある。