2017年03月19日

どうも、日誌を停滞させて役者の足を引っ張り気味の栗山です

稽古場もいよいよ佳境に入って参りました。
最近役者が今公演の芝居の大切な「何か」を見つけられた様で、エライことになっています。
演出としてはうはうはです

勝手に演技に必要なのは「酩酊感」だと思っています
今公演は特に必要になってきますので、役者にも是非舞台でトランスしてほしいものです(お客様に引かれない程度に)


たまには演劇人らしく、まともなことを書こうと思います
白芸の取り組みについても少し触れているので、これを読んでいる新入生の方があるのなら、読んでみてもいいかもしれません

一度団長の話で話した内容なのですが、話すよりも書く方が得意なので勘弁を。


「演劇と心理療法の類似点について」


 心理療法(セラピー)には様々な手法があるが、その中でも箱庭療法、絵画療法は演劇に導入されているワークショップに酷似している。

 白芸では演劇には演ずることを訓練する方法として筋力トレーニングや発声などの身体訓練とは別に、感性を磨き、自分の思う事、表現したいことを表に出せるようにするようなワークショップを行っている。
これらは上記以外にもさまざまな目的を持って作られ、行われるが、その中に絵を描くものがある。音楽を聴いて自分の思う様に絵を描き、他の人達と持ち寄って鑑賞をするもの、絵を数人で回しながら少しずつ描き足すものなどが挙げられる。
単に絵を描くという方法を取っても両者は似ているが、私が心理療法と演劇のワークショップが似ている思う最大の点は、言葉に頼らずに表現をするところである。
芝居は台詞の他にも身体の全てを使っての表現がなされるため、所作、マイムは勿論、舞台の空気を感じ取ること、他の役者の伝えたいことを感じ取る力、それらを消化し発信する能力も必要である。私もそのワークショップを行っているのだが、特に熱中してしまうのが、自分と対話をするようなワークショップである。

例えば、部屋を暗くして、音楽を流しそれに合わせてゆっくりと踊るものがある。
音楽を聴きながら自分が今何を感じているのかを認識することに集中する、そうすると自ずと体が動いてくる。部屋は暗いので周りは気にしなくてもいい。没入すること、自分のやりたいようにできることが何よりも楽しい。
この感覚は、治療を受ける患者の心情に似ているのではないだろうか。彼らが人の視線を気にせずに黙々と作業をする姿はワークショップのそれと重なる。
芝居におけるワークショップにはそれを受けるものが、表現をしやすく感じるよう、表現を許可するよう工夫がなされている。

別のワークショップにこんなものがある。一人が人の前に立ち自己紹介をするというものなのだが、ここで重要なのは聞き手である。
聞き手は自己紹介を聞いて努めて前向きなリアクションをする、更に話し手の周りに立って控えていて少しでも面白いことを言うと転ぶことがルールになっている。話し手は話すうちにどんどん楽しくなってくる、更に面白いことを言おうと積極性が出てくるのだ。
このワークショップの聞き手の姿勢は、セラピスト(療法士)の治療に取り組む心持に似ている。話し手と聞き手の関係性はまさにクライエント(患者)とセラピストの関係性である。
日本人は言葉に頼らない表現の方が楽なのかもしれない。

 芝居ではこうして役者に自信と演技の引き出しを作ってもらうのだが、治療の方では意思の疎通や、クライエントの閉じてしまったさまざまな回路を少しずつ広げようとしているように感じる。
クライエントの閉じた状態というのは、自分の心を認識できないことや、感情を適切に表現できないこと、認識したものを受け入れることができないことだと考える。

 私自身もワークショップを通してどこか心安らかになれる時がある。
芝居をしているものは知らず知らずの内に心理療法に近い物を受けていたのではないだろうか。芝居に初めて取り組む者は表現の回路が閉じてしまっている、自分から湧き上ってくる感情を演技として表現する方法を持たない。このことはクライエントにも共通する。役者は舞台の上で、クライエントは社会的に表現する術を育んでいるのだ。表現は抑圧を取り除き、心の負担を軽くする、その作用は図り知れない。


劇団白芸hakugei04 at 21:59│コメント(0)トラックバック(0)稽古場 │

2017年03月11日


更新が少しばかり遅れてしまいました。
先週は大きな出来事が2つありました。
本チラシが完成したということ、そして52期の刀根さんが稽古場に観に来てくれたことです。


刀根さんは先月の公開通しの日は予定があって観に来られなかったので、改めて時間を作って来てくださいました。


普段の演出との一対一の稽古場に第三者が来るだけでもピリッとした空気が走るのに、天下の刀根さんが来て役者全員が緊張で戦慄いてました。


通しを観てもらったあとのダメ出しもとても嬉しかったですが、何よりも先輩がわざわざ足を運んで観に来てくれたということが一番嬉しかったです。


徐々に人に見られる機会も増えてきています。
このまま本番まで頑張っていきます!
細田でした。


劇団白芸hakugei04 at 09:11│コメント(0)トラックバック(0)

2017年03月06日

昨日は白山交流館での活動でした
白山交流館は新歓のこの時期でしか基本的に使わない施設です
入試などで学校に入れない時に他の場所をお借りして活動しています
畳で稽古をするのは新鮮です
しかし筋トレをする時だけはあの畳が敵に見えて仕方がありません
体幹なんかをやる時は体がずるずる滑りますので
ひいひい言いながら励んでいます


日誌のお題をほかの人に演出職務の乱用、半ば私的な興味で出していますが、
たまには責任を持って自分でもやります

「今まで生きてきてで死ぬかと思ったこと」

あれは幼稚園の頃に遡る
当時は砂遊びが園内の女の子の主流な遊びでありました
私も例に漏れず、比較的柔らかい砂の溜まっている滑り台の下で遊んでいました
夢中になって遊んでいました、真上にある鉄製の恐ろしい滑り台の存在も忘れて。
何かの拍子に私が立ち上がった時、滑り台に案の定といいいますか、勢いよく頭をぶつけました
私の頭に石をぶつけたような激痛が走ります
思わずしゃがみこむと、額を何かが伝う感覚、触れると真っ赤な血が流れているじゃあありませんか
傷を自覚した時に本当の痛みが湧いて参ります
頭が内側から脈打って頭痛が襲ってきます

誰かが人を呼んだのか、せんせが駆け寄ってきました
それからあれよあれよと園長先生に抱えられだくだくと頭から血を流しながら車で運ばれました
その間頭の傷には恐ろしくて触れられませんでしたが、なにやら薬のようなものを塗られた気がします
後で聞いてみますと、文字どうり頭をかち割っていたみたいです
針で縫ったとか縫わなかったとか

幼稚園の思い出はまだまだあります
流行っていたスカートを巻きつけてする逆上がりをしたら、
生地が腰に向かって縦に破けて死ぬほど恥ずかしい思いをしたり。
なんだか恥ずかしい思いばかりした思い出があります

なぜあんなに恥ずかしかったのでしょうね
全身の体温が上がるような、身を焦がすような、

この先そんな激情に駆られることはあるのでしょうか



劇団白芸hakugei04 at 13:04│コメント(0)トラックバック(0)

2017年03月03日

さて早いもので3月になってしまいました。
新入生歓迎公演の稽古も折り返しが過ぎました。


全体通しに公開通しと、人に見せる機会もちらほら出て来て緊張でわくわくどきどきが止まらない稽古の日々を過ごしています。


最近は「観てもらえることのありがたさ」を思い知らされることが多いです。
お客さんに観てもらえることがありがたいのは当たり前ですが、関係者に観てもらえるということも実はとってもありがたいことなのです。
今回の公演はまだあまり人に観てもらう機会がなく、はっきり言って客観的にどうこの芝居がみられているか不鮮明です。


それでも自分と、演出と、はたまたお客さんと戦い続けるんですけどね。
是非本番観に来てください。
きっと後悔しないものをお見せします。

今公演役者の細田でした。


劇団白芸hakugei04 at 13:13│コメント(0)トラックバック(0)

2017年02月25日

新歓だね、分かるとも。

今回はスタッフでの参加となりました戸田がお送り致します。

さて、スタッフ一同としてみればチェックポイントとなるであろう公開通しを迎えようとしております。チェックポイントです、ゴールじゃ無いんですよ?

予算会議を終え、ベニヤやら大道具の組み立てやらと、限られた時間の中でこなして参りました。ベニヤに関しましては、我ながら会心の出来であったかなぁと。

本日、演出家よりこのような事を言われました。
「人生の中で一度だけセーブ出来るなら何処でセーブするか?」と。

熟考しました、ええ。そして一つの解答に至りました。

私は、天界で家庭を選ぶ前にセーブをしようと考えております。悲しい事に、親と子というものは相性の良し悪しに関わらずに関係が出来上がってしまいます。どちらも選べないのですね、だから親も子もこんなはずじゃなかったと思うわけですね。

基本、人生の岐路に立たされる前にセーブを行うのでしょう。私にとって一番大きな岐路とは家庭選びでした。セーブを縛ったらどうなったかは言うまでもありませんね。このような記事を書くのですから。

もし、生まれる前のセーブが禁止だとしたら、私はセーブなんてせずに死んでいくと思いますね。貴重な権利でも一番良い点に当てられなければ意味がありませんから。そして、親を大切にできる人は是非ともその幸せを噛み締めて生きて下さい。


劇団白芸hakugei04 at 09:04│コメント(0)トラックバック(0)

2017年02月23日

3/19の活動は午前中に長距離やダンスをしてから、午後、筋トレと稽古でした
週に4回の活動でしっかり体を鍛えているとなかなか効きます
私長距離が大の苦手で、高校の時も壮絶な二クラス合同最下位争いに参戦していたほどの実力なのですが、段々走っていて辛くなくなってきました
筋トレでは、体幹トレーニングや腹筋、背筋もこなし、これは新勧で痩せるわあと思ったのも束の間。

食べる量も増え、腹の中は硬いのに、回りはぷよぷよです。


春一番がやってきてから、突き刺さるようだった風が柔らかくなって来ましたね
私の回りでも梅が咲き始めています
都内の至る神社で梅祭りが行われていることを割と最近知りました
牡丹、梅、桜、紫陽花、つつじ、薔薇と東京に居ても沢山の種類の花祭りがあり、大学の側でも多くを愛でることができます
昔の人は花に思いを託していました
そのような心に私も憧れますが、
今の時代はストレートに早く、が求められ私自身もその中で育ってきましたから、昔になぞらえて気取ったことを考えてもそれは仮初に過ぎないのだと、寂しく思います

しかし春は好きです


わたしゃ奥山 一もと桜 八重に咲く気はさらにない


劇団白芸hakugei04 at 20:03│コメント(0)トラックバック(0)

2017年02月19日


本番の舞台仕込みまで折り返しがやってきました。
焦りが隠せない細田です。

全体通しもひとまず終わり、これから各種調整に入ります。
演出以外の人に通しで観てもらったのは今公演では始めてだったので、結構ガチガチだったみたいです。
そして舞台装置もそろそろ何とかせねば…




さて先週の水曜日と木曜日の活動後は2日連続で舞台芸術学院の9期生の基礎科目発表会に行って来ました。ヴォイスやジャズダンス、朗読劇に研究公演、たっぷりの3時間でした。そして芝居を続けている大切な友人を観られたのと同時に身を置く環境による限界や違いも知りました。


「専門学校」は舞台表現をすること学ぶことを目的とした人たちがお金と時間を出して確実に演技の指導者や一定の環境等を買います。
それに対して「サークル」や「部活動」は舞台表現をしたい人が最低限のお金を出して時間をかけて環境を自分達で作るための権利を手に入れます。


そんな前提条件の違いの他にも、一括りに芝居と言っても日々の身体訓練でも全然違うことをしています。
高校時代は同じ環境で同じものを信じて稽古をしてきた後輩は今はとっても「動」の演技を鍛えています。ダンスをセンターで踊りたがらなかった人が今ではキレッキレのジャズダンスやミュージカルを…。
一方で白芸の現在の稽古では「動」の演技は好まれず邪魔になっていますが、昔は否定され続けた「静」の演技を今から身に染み付かせようとしています。
今では二人は全く違う訓練をしていました。



環境1つでやってることが全然違う。
演劇って面白いですね。
スポーツだとまたちょっと違うと思います。
得点を入れた方が勝ち。
早く走った方が優秀。
ですが演劇は目に見える数字で優劣はつきません。
別にスポーツを非難したいわけじゃありません。
目に見える数字で分からないからこそ、たくさんの系統の芝居があり演出家が、役者がいるんだと思います。


それなので軍隊のような環境で高校演劇をしてきた方々!
ぜひ「白芸の環境」で芝居をしてみませんか?

細田でした。


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2017年02月14日

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相も変わらずのろのろ更新の栗山です
白芸のない日は昼まで寝ているので家では寝太郎と呼ばれています、なかなか気に入っているあだ名です

2/9の稽古は白山交流館にて、行いました。
大きい装置の持込みはできないので大変ですが、
いつもと違う畳での稽古で役者の演技が目に見えて変わります。

色々と条件を指定しての稽古でしたが、少しでも芝居の糧となれば幸いです



春休みを利用して、色々なやりたいことに着手しています
その中の一つとして手塚治虫大先生の火の鳥を読んでいるのですが、これがとってもぐっと来ています

親戚のうちに手塚作品はあるので、小さい頃から触れる機会はありました
しかし、どうも他の漫画と違って進んで読む気には慣れずにいたのでした
改めてそれが何故だったのか、わかった気がします
手塚作品は文学を読む感覚に近いのです
脳や感覚のあらゆる場所を働かせて読まないと、表面をさらうだけになってしまいます
ですので、読後の満足感と疲労感が強い
漫画にそこまでの重さをきっと当時は求めていなかったのですね

ただ、今読むとその後に漫画文化が発展したことも納得の魅力があります
私が感じる火の鳥の魅力の大枠は自分で無意識に生み出している境、殻を破ってくれるところです
この話の中では人も動物も活躍するキャラクターも等しく、時に無惨に死にます
人は運命的に出会い、自然に助けられ、共生し、渦巻く何かに引き寄せられていきます
この縁のようなもの、最近の漫画にはあまりないものだと思っています
運命も出会いも、未来も選択できるような気がするけれど、実はそうでもない
確かに縁の力は弱まっているかもしれませんが、どこかに根づいているのですね、きっと

他にも性別、アイデンティティー、考え方あらゆるものが自分の中に入っては境を破っていきます

これはしっかり咀嚼して読まなければならないなあと思うのでした


劇団白芸hakugei04 at 23:43│コメント(0)トラックバック(0)

2017年02月09日


早いもので、もう2月になりました。
稽古開始からそろそろ一月が経とうとしています。


予算で落ちるものは早めに買いに行ったり、そもそも自己負担金を早く払ったり…
流石に2度目ということもあり、去年の反省をしっかり活かせていると思います。
そんな感じで舞台装置部や宣伝美術部はガンガンいっています。


稽古場の方は「全体通し」(※1)に向けて稽古を進めています。
この段階での完成を見せなければなのでどっきどきです。
そろそろ第1段階目の完成品を作らなければならない時期です。


稽古場は今日も元気です。




(※1 全体通し:現役団員のスタッフに遠し稽古を見てもらってダメ出しを頂くイベント)


劇団白芸hakugei04 at 13:19│コメント(0)トラックバック(0)

2017年02月01日

先週の木曜日の稽古は装置の位置をちょいと弄って、本番で作ろうとしている舞台に向けて可能性の模索をしていました
置物の鴨さんが大活躍の回でした


演出として人として日々思うことですが、
見えないものを掴むことは大変に難しいです
私、哲学科に所属していまして、そういうものを扱う人々の奮闘記を学んでいるのですが去年度の神学に哲学思想を絡めた授業で特にそれが顕著でした
アウグスティヌスの「告白」とトマスアクイナスの「神学大全」を扱いましたが、
目的は違えど同じ「神」を語るのにどうしてこんなに違うんだろうと思いました
あ、念のために言っておきますが、私はノンクリスチャンですよ、かといって宗教に侮蔑的でもありません
キリスト教が生活に根付いていない人間が宗教をちょろちょろっと勉強したらこんなもん程度に聞いてください

端的に言いますと、アウグスティヌスは日常に基づいて、トマスは否定(神がどういうものでないか)によって神を紐解きます
前者の著書で有名なのは神が作った時間についての話です
二人の語る言葉に反さないように、他の可能性を模索するという無茶苦茶なレポートを書きました
アウグスティヌスの方のレポートでは、結果人間が時間を操る異能力があることが発覚しました
あくまで自分の中に流れている時間を操れるだけなのですが。
トマスの方は、神が増えたり減ったりしました。
人間は感覚器官を通して外界を感じ取っているので、本当の外の世界が正確にはわかっていません
見えている色一つ取っても、虫は感じ取れる色が人間より多いので世界が人間のものより色とりどりですし、犬などはその逆です
ただ生きるのに不都合はないので疑問を抱かないだけで、実際のところがどうなっているのか想像すると結構恐ろしいものです。
とどのつまり時間も神も感じ取っているのは人間です
見えないものはそれゆえに受け手がある意味で想像主です
受け手の思考の転換次第で対象物はいくらでもその形を変容させます
「時間」についても大方の認識は同じでも、細かな思想や、時間の過ごし方は人それぞれ、
また神についての同じ説明を聞いて納得しても実際にインプットされることはバラバラ

芝居で演出をすることはその無意識のインプットをコントロールしようとする傲慢なことです
一つの作品の印象を操作しようというのですから
しかし、芸術を作ることはそういうことなのです
責任は勿論伴いますが、私はそれでいいと思っています。

ですから、他の団員の力を借りながら、私はお客様にこういう風に感じ取って貰えたらいいなあという私のエゴでこの作品を作っていくのです

きっとそれでいいのです


都都逸がマイブームの栗山


劇団白芸hakugei04 at 10:29│コメント(0)トラックバック(0)