2017年02月19日


本番の舞台仕込みまで折り返しがやってきました。
焦りが隠せない細田です。

全体通しもひとまず終わり、これから各種調整に入ります。
演出以外の人に通しで観てもらったのは今公演では始めてだったので、結構ガチガチだったみたいです。
そして舞台装置もそろそろ何とかせねば…




さて先週の水曜日と木曜日の活動後は2日連続で舞台芸術学院の9期生の基礎科目発表会に行って来ました。ヴォイスやジャズダンス、朗読劇に研究公演、たっぷりの3時間でした。そして芝居を続けている大切な友人を観られたのと同時に身を置く環境による限界や違いも知りました。


「専門学校」は舞台表現をすること学ぶことを目的とした人たちがお金と時間を出して確実に演技の指導者や一定の環境等を買います。
それに対して「サークル」や「部活動」は舞台表現をしたい人が最低限のお金を出して時間をかけて環境を自分達で作るための権利を手に入れます。


そんな前提条件の違いの他にも、一括りに芝居と言っても日々の身体訓練でも全然違うことをしています。
高校時代は同じ環境で同じものを信じて稽古をしてきた後輩は今はとっても「動」の演技を鍛えています。ダンスをセンターで踊りたがらなかった人が今ではキレッキレのジャズダンスやミュージカルを…。
一方で白芸の現在の稽古では「動」の演技は好まれず邪魔になっていますが、昔は否定され続けた「静」の演技を今から身に染み付かせようとしています。
今では二人は全く違う訓練をしていました。



環境1つでやってることが全然違う。
演劇って面白いですね。
スポーツだとまたちょっと違うと思います。
得点を入れた方が勝ち。
早く走った方が優秀。
ですが演劇は目に見える数字で優劣はつきません。
別にスポーツを非難したいわけじゃありません。
目に見える数字で分からないからこそ、たくさんの系統の芝居があり演出家が、役者がいるんだと思います。


それなので軍隊のような環境で高校演劇をしてきた方々!
ぜひ「白芸の環境」で芝居をしてみませんか?

細田でした。


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2017年02月14日

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相も変わらずのろのろ更新の栗山です
白芸のない日は昼まで寝ているので家では寝太郎と呼ばれています、なかなか気に入っているあだ名です

2/9の稽古は白山交流館にて、行いました。
大きい装置の持込みはできないので大変ですが、
いつもと違う畳での稽古で役者の演技が目に見えて変わります。

色々と条件を指定しての稽古でしたが、少しでも芝居の糧となれば幸いです



春休みを利用して、色々なやりたいことに着手しています
その中の一つとして手塚治虫大先生の火の鳥を読んでいるのですが、これがとってもぐっと来ています

親戚のうちに手塚作品はあるので、小さい頃から触れる機会はありました
しかし、どうも他の漫画と違って進んで読む気には慣れずにいたのでした
改めてそれが何故だったのか、わかった気がします
手塚作品は文学を読む感覚に近いのです
脳や感覚のあらゆる場所を働かせて読まないと、表面をさらうだけになってしまいます
ですので、読後の満足感と疲労感が強い
漫画にそこまでの重さをきっと当時は求めていなかったのですね

ただ、今読むとその後に漫画文化が発展したことも納得の魅力があります
私が感じる火の鳥の魅力の大枠は自分で無意識に生み出している境、殻を破ってくれるところです
この話の中では人も動物も活躍するキャラクターも等しく、時に無惨に死にます
人は運命的に出会い、自然に助けられ、共生し、渦巻く何かに引き寄せられていきます
この縁のようなもの、最近の漫画にはあまりないものだと思っています
運命も出会いも、未来も選択できるような気がするけれど、実はそうでもない
確かに縁の力は弱まっているかもしれませんが、どこかに根づいているのですね、きっと

他にも性別、アイデンティティー、考え方あらゆるものが自分の中に入っては境を破っていきます

これはしっかり咀嚼して読まなければならないなあと思うのでした


劇団白芸hakugei04 at 23:43│コメント(0)トラックバック(0)

2017年02月09日


早いもので、もう2月になりました。
稽古開始からそろそろ一月が経とうとしています。


予算で落ちるものは早めに買いに行ったり、そもそも自己負担金を早く払ったり…
流石に2度目ということもあり、去年の反省をしっかり活かせていると思います。
そんな感じで舞台装置部や宣伝美術部はガンガンいっています。


稽古場の方は「全体通し」(※1)に向けて稽古を進めています。
この段階での完成を見せなければなのでどっきどきです。
そろそろ第1段階目の完成品を作らなければならない時期です。


稽古場は今日も元気です。




(※1 全体通し:現役団員のスタッフに遠し稽古を見てもらってダメ出しを頂くイベント)


劇団白芸hakugei04 at 13:19│コメント(0)トラックバック(0)

2017年02月01日

先週の木曜日の稽古は装置の位置をちょいと弄って、本番で作ろうとしている舞台に向けて可能性の模索をしていました
置物の鴨さんが大活躍の回でした


演出として人として日々思うことですが、
見えないものを掴むことは大変に難しいです
私、哲学科に所属していまして、そういうものを扱う人々の奮闘記を学んでいるのですが去年度の神学に哲学思想を絡めた授業で特にそれが顕著でした
アウグスティヌスの「告白」とトマスアクイナスの「神学大全」を扱いましたが、
目的は違えど同じ「神」を語るのにどうしてこんなに違うんだろうと思いました
あ、念のために言っておきますが、私はノンクリスチャンですよ、かといって宗教に侮蔑的でもありません
キリスト教が生活に根付いていない人間が宗教をちょろちょろっと勉強したらこんなもん程度に聞いてください

端的に言いますと、アウグスティヌスは日常に基づいて、トマスは否定(神がどういうものでないか)によって神を紐解きます
前者の著書で有名なのは神が作った時間についての話です
二人の語る言葉に反さないように、他の可能性を模索するという無茶苦茶なレポートを書きました
アウグスティヌスの方のレポートでは、結果人間が時間を操る異能力があることが発覚しました
あくまで自分の中に流れている時間を操れるだけなのですが。
トマスの方は、神が増えたり減ったりしました。
人間は感覚器官を通して外界を感じ取っているので、本当の外の世界が正確にはわかっていません
見えている色一つ取っても、虫は感じ取れる色が人間より多いので世界が人間のものより色とりどりですし、犬などはその逆です
ただ生きるのに不都合はないので疑問を抱かないだけで、実際のところがどうなっているのか想像すると結構恐ろしいものです。
とどのつまり時間も神も感じ取っているのは人間です
見えないものはそれゆえに受け手がある意味で想像主です
受け手の思考の転換次第で対象物はいくらでもその形を変容させます
「時間」についても大方の認識は同じでも、細かな思想や、時間の過ごし方は人それぞれ、
また神についての同じ説明を聞いて納得しても実際にインプットされることはバラバラ

芝居で演出をすることはその無意識のインプットをコントロールしようとする傲慢なことです
一つの作品の印象を操作しようというのですから
しかし、芸術を作ることはそういうことなのです
責任は勿論伴いますが、私はそれでいいと思っています。

ですから、他の団員の力を借りながら、私はお客様にこういう風に感じ取って貰えたらいいなあという私のエゴでこの作品を作っていくのです

きっとそれでいいのです


都都逸がマイブームの栗山


劇団白芸hakugei04 at 10:29│コメント(0)トラックバック(0)

2017年01月27日


「もう終わりにしてやるぜ… お遊びはな!」




某天才児のようなことを心で唱えながらも打ち砕かれ続ける稽古の日々。
でも闘い続ける細田です。



稽古自体は読みを一周終えて、立ち稽古に入っています。その立ち稽古もそろそろ一周します。
テストにバイトに白芸と忙しかった1月も終わろうとしています。
これでようやく稽古に集中できると言うものです。

そろそろ本番の日程も決まるはずなので、一気にまた情報が流せると思います。
おおよそ本番の仕込みまであと2ヶ月。
精進していきたいと思います。(ぺこり)


劇団白芸hakugei04 at 17:48│コメント(0)トラックバック(0)

2017年01月23日

稽古場が二人ですと日誌が回ってくるのが早いですね。
そのうちネタが尽きそうです、うそです
立ち稽古が猛烈に進んでいます
正しく役者泣かせ、台詞を覚えているところまで進めていくスタイルッです

今回は少し変わった手法で演出をしています
用意している台本の解釈がいくつかあるのですが、繰り返し練習して、一周目はこの解釈、二週目はこの解釈と登場人物の可能性を役者に体験してもらい、感情を複雑化していく方法を実験的に取ってみています
最後はどんな風になるのでしょうか。
私にもわかりません


突然ですが、久しぶりに音楽を聞いて感動した話をします
きっかけは懇意にして頂いている、同じ東洋大学の演劇サークル曙さん
江戸川乱歩をモチーフに舞台をやっていらっしゃって、その客入れに某バンドの孤島の鬼を流していました。
そこから、その歌を歌っているアーティストの曲を聞きまくり、
切迫感と居直りに似た希望に満ち満ちた楽曲にハイになったのでした

音楽を聞くことは元々好きなのですが、なんだか初心に返ったような心持ちです
純粋に感ずること、体感すして心に反映させることがもっともっと出来るようになれるといいのですが。

誰かの足元を照らすサーチライトになりたい栗山でした


劇団白芸hakugei04 at 21:27│コメント(0)トラックバック(0)

2017年01月19日


53期の細田です。
遂に先週から新歓公演の稽古が始まりました。
今は台本の半分くらいは立ち稽古が出来る状態でしょうか?
去年の反省を活かし、今年はガンガン稽古を進めています。

更に、日々の身体訓練も今まで以上に真剣に取り組んでいます。
後輩が入ってきても恥ずかしくないような身体能力…大事ですよね。
しかしながら秋公演から少し間が開いてしまったこともあり、まだまだ体を解している段階です。

1月は試験にレポートに白芸と、とってもぎっしりで忙しいですが、まずは2月に控えている公開通しに向けて精度を上げていきたいと思います。


※公開通しとは
OBOGの先輩にきてもらい、芝居を見てもらいダメ出しをして頂く白芸行事。
「公開」と銘打ってありますが、一般の方はご覧になれません。ご了承ください。


さて、演出からのお題「自分の好きな場所」ですが…。これが考えても中々ピンとこなくて困っています。これはまた次の稽古場日誌の宿題と言うことで。
では今回はこの辺で。


劇団白芸hakugei04 at 18:09│コメント(0)トラックバック(0)

2017年01月14日

本日から稽古がスタートしました
演出として役者を追いかける様に、ぬるりぬるりとしかし確実に、進めようと思います

今回の日誌にはお題が出ています
自分の好きな場所、その理由
最近は北千住が自分の中で来てます
飲み屋や商店街の通りが駅から少し歩いた所にあるのですが、
クリーニング店や和菓子老舗の古風な外観、瓦屋根と去年にオープンしたばかりの飲み屋、個人経営の店が混在している不思議空間です

新しい店はどこも個性がぎらぎらしていまして、
いつも前を通るチョークで書いた怪しい猫が書いてある納屋の様な場所から珍しく光が漏れていると思って覗くと居酒屋だったり、
血文字の看板の洋服屋や、車が店内にある床屋、洋服で店内がちっとも見えない古着屋などどこも妖しい雰囲気を漂わせています
店の表に出ている灯籠やダーツの看板、馴染みのあるものと無いものがごろごろと
逢魔時なんぞに歩こうものならば、道行く人が同じ人間に見えなくなってきます

知らない場所に迷い込んだ様な不安な気持ちになる頃には日も落ち、
足早に駅に向かう道、なんだか気になって建物の間に目を凝らすと赤い頭巾を被ったお地蔵様が沢山立っている

新しい道を歩くとそんな体験ばかりするので、想像が膨らみます
自分がその町の一部になっていることに快楽を感じるのでした。

なんだか変態っぽくなってきましたので、今日はこの辺りで
以上、妖怪になりたい栗山でした


劇団白芸hakugei04 at 21:51│コメント(0)トラックバック(0)

2016年11月19日

※タイトルと記事の内容は無関係です。

52期の上野です。思いつきで決めました。
白芸に幼女はいません。あと邪鬼のひしめく恐ろしい集団なので下手に近づかないことをお勧めします。

記事を書いているのは金曜日ですが、内容は月曜日のスタッフ活動です。〆切遅れどころではないので即席ラーメンのごとくスピーディーに内容をまとめます。

【宣伝美術部】
ぬりえ

【装置部】
DIY

【制作部】
折り紙

【小道具部】
ゴミ拾い

です。ブログの読者の方のために補足しておきますと、宣美は宣伝用看板の色塗り、装置部は舞台に取り付ける棚を刀根くんが作ってくれました。制作と小道具はネタバレになってしまうので気になる方は舞台をチェケラして下さい。




※補足

先ほど白芸を邪鬼の集団と書きましたが、脚色しすぎました。みんな日々何かと戦っているので修羅の集団と言った方が正確です。

※無駄話

修羅場はよく聞くけどそもそも修羅って何?という方もいるのではないでしょうか。修羅とは仏教の用語の1つで、人間界とは違う荒れた世界に生きる人々のことです。

仏教では生きている間に悩みから解き放たれない限り、6つある世界のどこかに生まれ変わると言われています。これが六道輪廻転生です。その6つの世界とは天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道のことです。

天道:天人の住む世界のことで苦しみは殆どなく、快楽のままに生きられる天国のような世界です。しかし、煩悩のうちに生涯を終えるので解脱することができません。あと死ぬ間際は結構悲惨です。

人間道:人間の世界で苦しみも多いけれど、楽しみもある。そして自力で悟りを開くことで解脱できる唯一の世界。

修羅道:阿修羅の住む世界で、生涯に渡って戦い続けます。怒りや苦しみが絶えない世界ですが、地獄のような場所ではない。また、自身の苦しみは自らによるところが大きい。白芸の人間はこの世界に生きながらにして修羅と化しています。

畜生道:牛馬に生まれ変わり、煩悩のままに生きる世界。他者に使役されるままで自力では仏の教えを知ることもできない。当然解脱もできない。

畜生道:餓鬼の住む世界。餓鬼はいつも腹を空かせていますが、食べ物を口にしようとすると火となって消えてしまうため、絶えず飢えと渇きに苛まれています。

地獄道:罪を償う世界。生まれ変わるというより大罪を犯して死んだらこの世界にぶち込まれる感じです。

仏教の教えでは生きている限り苦しみから解放されないから、解脱して輪廻の輪から外れることが人生の目標とされています。

けど、解脱するよりも来世は金持ちの子供になりたい!イケメンor美少女に生まれ変わりたい!そして人生を謳歌したい!という人もいると思います。確かにそれは人間の夢ですが、金持ち&美形=一生人生イージーモードというわけではないと思います。だって人生何が起こるかなんてわからないものだから。

俺は死んだら剣と魔法の世界でチート能力を発揮して美少女とにゃんにゃんするんじゃあ!という人もいるかもしれません。それもいいと思います。けど見たことも聞いたこともないので死なないとわからないことです。自分の前前前世はエルフでしたという方がいたら話を聞かせてもらいたいものです。

あともし異世界があったとしてもそこにエルフや獣人の美少女がいるなんて保証はない。気持ち悪い生き物が犇めくまさに地獄のような世界かもしれないというのが私の持論です。だから三途の川で異世界行きの切符を売っている怪しい輩がいてもホイホイ受け取ってはダメですよ!あの世にも悪徳業者がいてもっと悪いところに連れて行かれるかもしれない。自分に都合のいい世界なんてどこにもない。それは今世も来世も同じです。仏の導きのままに次の世界へ行きましょう。そして一生懸命生きるんです。

私の来世は東京のイケメン男子にしてほしいですが、本来の白芸の活動について詳しく書かないで蛇足ばかりツラツラ書くクソのような野朗なのでよくて貝だと思います。

海の生き物に生まれ変わりたい方がいたら仲良くして下さい。来来来世あたりでまたお会いしましょう。

https://youtu.be/Fk9hjB6zDpI

劇団白芸hakugei04 at 01:47│コメント(0)トラックバック(0)

2016年11月17日

どうもおはこんばんにちは
53期 生駒です

いよいよ本番が迫って来まして、若干の緊張感に白芸全体が包まれてきた今日この頃

皆さま如何お過ごしでしょうか?

テレビを見るとメルティーキッ◯のCMが流れておりまして、思わず あぁ、もうそんな季節か と思わずにはいられません 時間が経つのは早いものです
しかし、気になるのはあのCMのガッ◯ーどんどん化粧が濃くなっているよう(メメタァ

気を抜けば本当に時間は過ぎ去っていくもの
皆様も時間が”過ぎ去っていた”ではなく”消えていた”ということにならないよう

もう2016年のお尻が見えてきました
少々気が早いかもしれませんが、白芸公演「紙風船」を見て良いお年を ッハ〜ww

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