白山神駈道の風露草(かみかけみちのふうろそう)

白山の古道 加賀禅定道(18km)と美濃禅定道(19km)の統一呼称。 白山最高峰御前ヶ峰2702mをはさんで加美(神)両道を股に掛け(駈け)る道が白山神駈道。あわせて37kmのこの道を一日で歩きぬけるのが荒行登山、二日で歩き通すのが難行登山、三日なら苦行登山。 加から美が順駈 美から加が逆駈登山。2011年8月から書き始めたこの道を愛し歩こう会のまじめでマニヤックなブログです。

第10回白山神駈道登山(加賀禅定道から美濃禅定道への順駈)。

9月20~21日 難行登山(一泊二日) 6名 歩き通す

9月21日 荒行登山(一日) 15名 歩き通す


白山神駈道登山。サポートは今年でお終い、今後は志のある方それぞれが計画を立て登山してください。時期は、7月では残雪で危険、8月は熱中症が心配、10月では山中で不時仮眠は寒すぎるで、やはり9月が最適です。

台湾中央山脈縦走さんざん顛末記(その4) 登山三日目 さんざんの撤退 白山神駈道の風露草

登山三日目 4月13日 
  
  暴風雨の中を撤退

ホッとする撤退決定

拉庫音渓小屋の土間が雨漏りでプール状態の大雨の朝、ガイド頭の羅さんがわたし風露草に

”撤退、今日中に嘉明湖小屋に引き換えす。出発、
7時”
と告げる。

ホッとし明白(ミンバイ=了解)出来れば下山口の
東哺温泉に車で行き、下山最後の八通関嶺越古道を登り返してみたい
と頼む。

わたしたち二人のことも考慮しての中止かもしれず、
みなさんに申し訳なくせめてそれくらいはと思う。それに、早く台北に戻るのでは東哺温泉からの戻りの手配が無駄、台北の滞在のアレンジで大変だろうと思ったからである。

ワヤクチャ悪天撤退行

②②1






拉庫音渓の渡渉。大雨にもかかわらず幸い水嵩はさほどでもなくみなさん、靴を脱ぎ裸足で渡って行く。






早朝の前進出発に遅れないようわたしが前日、靴下の上からしっかり巻いてやった連れ合いの足首テーピング、やむを得ず外す。でも羅さんがおんぶして渡ってくれた。それどころかわたしまでおんぶしてくれた、申し訳ない。訊けば66歳とのこと、羅さんの強さに感心する。向こう岸で連れ合いの足首を再度、テープで固定。

③4月14日 雷雨の中、嘉明湖避難小屋へ戻るしんどい登り y227












この間に羅さんとみなさん先に進み、連れ合いとわたしともう一人のガイド、胡さんの三人が最後となって
後を追う。長い長い登り返し、右前方からの強風は
ゴォ~っと一瞬も途切れることな吹きっ放し、身体が
浮き上がり空に舞い上がりそうで前進困難。
いくら亜熱帯の台湾でも4月中旬の森林限界を超えた
3000m以上の稜線。雷鳴とともに冷たいアラレが強風でバチバチ身体を叩くワヤクチャ状態
たまらず灌木の陰にしゃがみ込む。胡さんが道を外し、左の山陰の矮小な灌木帯の風下にルートを取ってくれた。これで右からの風が少し弱まり何とか前進。
道は小川になって水が流れ、ノロノロ歩きで深みを避ける。先に行ったみなさんの姿は全く見えなくなった。

お昼をかなり過ぎ、胡さんに言われてランチ休憩。
雨具を突き抜けて身体がかなり濡れ、あまりの寒さに、連れ合いはガチガチ震えている。
低体温症寸前状態、動かないと体温が下がり過ぎてまずいと思いろくに食べずにまた登り出す。向陽山北峰下の岩場を登り終え下りにかかるころ、香港の大柄な胡さんが迎えに来て連れ合いのザックを持ってくれた。嘉明湖小屋にあともう少しというところで羅さんも迎えに来て、わたしのザックも持ってくれるという。

”大丈夫、自分で担いで行く”と言ったら、

”わたしがリーダー、リーダーの言うことを聴け”といって強引にザックを下ろさせ担いでくれた。

⑤
午後3時過ぎ、嘉明湖小屋着。皆さんより3時間遅れであった。小屋の中は雨具など濡れ物が所狭しとぶら下がっていた。


着替えをしホッと人心地。ポーター兼コックの作ってくれた暖かい夕食がおいしい。怪我したポーターも何とか一緒に戻ってきている。

登山四日目 4月14日 

トイレに行って遭難?


明け方、連れ合いがトイレに行って戻ってこない。

”ん!迷子になったのか?”と心配していると、羽毛服の表をビッショリ濡らして戻ってきた。

トイレの建物は外にあり、10mほど離れている。
ヘッドランプの灯りも先に届かぬ雨の暗がり、メガネのレンズも水滴で曇り周りの様子が分からなくて宿舎の建物を通り過ぎ、その先の別の建物に行ってしまった。そして溝に片足がはまりなかなか抜けられず、
小一時間”誰か助けて~”と叫んでいた。
ようやく自力脱出、建物の軒下で夜明けを待ちやっと戻ってきたとのこと。

スパッツ紛失と大怪我

朝食後、出発仕度。連れ合いのスパッツ片方が無い。


”両足ともに着けてからトイレに行ったけど、外れて落としたのかもしれない”
という。

宿舎からトイレ周辺まで念入りに探し回るわたし。

”みなさん待っているよ、早く来て”とせかす連れ合いの声。ややむかつき”無いよー”とどなる。
霧雨の中、全員そろって下山開始。

⑥
向陽山主峰直下の岩がゴツゴツの
巻道、わたしの前を歩いていた連れ合いが出っ張った岩に足を取られて手も着かず顔面からばったり倒れた。
ザックの重みで起き上がれずもがいているのを引き起こして見たら、髪の毛の生え際から上にかけて頭部がざっくり割れ、出血している。

ガイドの胡さんが救急処置。幸いメガネは割れず目も、意識も大丈夫。連れ合いのザックは雨蓋部分と本体に分けて他のメンバーが持ってくれ、わたしと連れ合いと羅さんの三人で最後尾をゆっくり下る。

”足場の選び方が悪いから転ぶんだ”と注意したら

”スパッツの無い左足の雨具の裾が尖った岩に引っ掛かってつんのめり、ザックが頭の方にずれその重みでつぶされるように転んだ”とのことだった。

⑦4日目 向陽山荘
雨もようやくあがってようよう向陽山屋着、
みなさんと合流、携帯食ソイジョイで昼食をとる。


⑧4日目 大雨で川になった登山道を下る⑨








⑩
林道まで下ってから道端の道程標をナンバーを数えながら、まだかまだか長い長い歩き。ザックのバランスが悪く語り部ならぬ傾がり部状態でやっと登山口着。

雨具などを脱いでいる連れ合いの左足を見て、

思わず 
”あんた、それ何や!”

左足のスパッツを外したら、その下にまたスパッツが。
同じ足に二枚重ねて装着していたのだ。

一同絶句 ”***!”

前々日の捻挫状態、前日の低体温症寸前状態、今日未明のトイレ行迷子状態で連れ合いは平常心を失い集中力を欠くようになっていたのだ。登山では平常心と集中力と体力が大切、これを欠けば事故直結

それで転倒し怪我したのか。大事故にならなくて良かったと心から思う。

⑪
羅さんはお山に向って手を合わせお辞儀。日本人と共通するその姿に心打たれる。

⑫

登山口で整理体操、
記念撮影。




⑬

迎えのマイクロバスに乗り、
花蓮の玉温泉まで行き宿泊。



⑮連れ合いとわたし、羅さんは治療のため病院へ。
7針縫う大怪我だったがお風呂OKでホッとする。
治療費は台湾側が払ってくれた、謝謝。





日本山岳会上高地登山研究所に泊って遊ぶ  白山神駈道の風露草  

日本山岳会上高地登山研究所

④
河童橋の少し上流、梓川右岸の樹林帯の中にあります。
わたし風露草と連れ合い、岳友のSさんの3人で5月15~16日、その山研に泊り山歩きをしました。


5月15日は
錫杖岳前衛フェースの岩壁にタッチ

8年ぶりに錫杖岳に行きました。歳なのでもう岩登りは
出来ませんが連れ合いにわたしやSさんが遊んだ山を見せてやりたくて、前衛フェースの基部まで登りました。

①















②途中、靴を脱ぎ裸足でクリヤ谷の渡渉させられました。錫杖沢から二ルンゼ押し出しを詰めて何とか岩壁にタッチ。神奈川の若者2人が錫杖で一番難しい白壁をフリーで登っていました。命懸けの登攀者の真下の岩壁基部で山菜の珍味コシアブラをたくさん収穫した我ら3人。

慎重に錫杖沢を下り、また冷たい素足の渡渉、午後4時に上高地の山研(さんけん)に入りました。

⑤さっそくビール。緊張の錫杖で
ノドがカラカラ、”フ~、うまい”。夕食はおでんを作りました、その他の持ちこんだ惣菜もたっぷりあって
お酒がどんどん進みました。

5月16日は
明神池までのんびり自然観察トレック

⑥左岸で往き、右岸で戻りました。

Sさんは野鳥や野草に詳しく、勉強になりました。


⑧二輪草の満開の時期。化粧柳の林床は一面の二輪草、狂い咲き?の三輪草もありました。

⑨















⑩
嘉門次小屋で連れ合いとSさんは山かけざるそば、わたしはビールと台湾の
行動食の
あまり物のソイジョイで昼食。

⑪山研で同宿した村井さん77歳。
昨日、若い仲間と明神岳の東稜を登ったとか。15年前の冬、瓢箪池にテントを
張り吹雪の東稜と格闘していた自分を思い出しました。

⑬
午後、山研を引き払い、
河童橋の下流、梓川右岸の上高地温泉ホテル温泉に行く。



⑫途中にウエストン碑がありその真向かいの梓川左岸に六百山と霞沢岳がでんと鎮座。修学旅行の高校生が時間を持て余しながら見学に回っていた。

⑭猿が3匹、
池に浸かって何やら食べている。梓川の右岸、左岸どちらの遊歩道も猿の糞だらけ。気をつけないと踏んでしまう。

焼岳直下の上高地温泉ホテルの風呂、800円でビックリ仰天、”たっけ~”。上高地の物価暴騰はひどい。

帝国ホテル前からシャトルバスに乗り、平湯のアカンダナ駐車場に止めてあるSさんの車で帰路に付く。
2日間の好天、金沢に着く少し前に土砂降りになる。

台湾中央山脈縦走さんざん顛末記(その3) 登山二日目  白山神駈道の風露草

曇り時々雨の長い長い二日目


向陽山屋~拉庫音渓山屋


⑩
(図は
クリック、拡大してご覧くだ
さい)

6時小屋出発早々から樹林帯の急坂をそれなりの速さで登るので息があがる。
霧雨状態で雨具は脱げない。

①展望台森林限界を過ぎて
展望台だという場所まで来る。
写真撮影を終えた
先行パーティに代わって我々も集合写真を撮る。

景色が見えても見えなくてもここでの写真がお決まりらしい。後で地図で何が展望出来るのかしらべてみたが、どうやら向陽大崩壁を覗き込む場所のようだ。

②嘉明湖小屋
何も見えないし、足の遅い我々なので向陽山3602mに
登らず巻道を通って
嘉明湖避難山屋
3350mに
向かう。

③
小屋で
昼食、持参の携帯食と先行していたポーター兼コックが作ってくれた暖かい
麺類をいただく。

3462mの向陽山北峰から急な下り、また登り返
し3496mの三叉山(サンチャシャン)に向かう。

④4月12日 三叉山 y182三叉山は台湾百岳の一山だというがこれといって特徴のないお饅頭山である。
とはいえ、今回の登山で最初
④detail
のピークゲットになるのでわれわれ金沢から来た4人そろって集合写真を撮る。

⑤2
三叉山の下に、「天使の涙」の別名を持つ台湾随一美しいといわれる嘉明湖(ジャンミンフー)がある。上から覗き込むだけにして
先を急ぐ。

⑪
⑥ポーター台湾山岳会スタッフは

要所要所で
横断幕を広げ全員の記念撮影。
岳民族のポーターもカメラ係り、”辛苦了(シンクーラ ご苦労様)”です。

嘉明湖からの長い長い下り、連れ合いの足取りがおかしい。問いただして見ると 左足首が痛くて力が入らず、段差や急斜面で踏みこたえられないとのこと。どうやら捻挫状態らしい。このままでは危険と思い、靴下の上からテーピングを施してやり連れ合いとわたし風露草、そしてガイドの胡(ホ)さんの3人だけ別行動でゆっくり下ることにする。
先行する皆さんが固まって止っている。ポーター兼コックの一人が泥土でスリップ、膝の靭帯痛めたので皆んなでその荷持つを分け持ちしようとしていたところであった。

⑦

ようやく拉庫音渓山屋の見える所まで下りてきた。


⑦渡渉 y194
橋が無く浅い流れだが
渓を渡渉しなければならない。
連れ合いはガイドにおんぶしてもらって渡った。


⑧拉庫音渓山屋拉庫音渓山屋は外観はきれいだが、中は雨漏で土間はプール状態、マットレスは一階も二階もベチャベチャに濡れている。

⑨ガイドたちは何とか排水し拭って、どうにか上がって休めるようにしてくれた。
ポーター兼コックの3人、1人はケガしているのだが頑張っておいしい夕食を作ってくれた。

今後のこと

まだ、2日目。あと6日間、毎日長時間歩かなければならない。
連れ合いは今は軽い捻挫、テープで固定して何とか歩ける
状態だがこの先、ひどくなる可能性が大きい。みなさんの足手まとい、本人も楽しくないだろうし、何よりも事故の危険
がある。天候は増々悪く、外は大雨になってきた。

ガイドリーダー羅さんにわたしから”明日、2人で引き返したい。大丈夫、ガイドはいらない”と申し出る。
羅さんは”その場合は、全員撤退になる”と言う。
我々にガイドを付けないわけにはゆかない。2人しかいない
ガイド、そうなれば残り1人で6日間8人を案内することになり、それは無理。だから全員撤退ということらしい。

怪我したポーターはどうするのか”と尋ねたら、”ヘリコプターで救助する”とのこと。
我々も、費用を払うからそのヘリに乗せてもらいたい”と申し出たら、”天候が悪いのでいつ飛んでくるか分からない。だから、いっしょに前進しましょう”との返事。

もし、突っ込んで動けなくなったらそれこそにっちもさっちも
行かなくなる。メンバーの何人かが帰りの飛行機に間に合わなくなることもあり得る。
わたしが英語、漢字筆談で英語の出来ない羅さん相手に粘っていたら、香港メンバーが
英・中語で間に立ってくれた。
羅さん、携帯通話可能な小屋の外に出て中華山岳会本部と相談。全員、前進の指示があったようで、わたしを説得するためわたしが親しくしている日本語堪能な張玉龍さんを呼び出す。暗い小屋前の降りしきる雨の中で、傘をさすだけでも通話困難になるので濡れながら張さんと話し合う。
下山口の東哺(トンブ)温泉側から迎えのポーターを出すから、明日は皆さんと一緒に前進して欲しい
そう言って電話は切れた。納得がゆかず再度、かけ直して
わたしの心配を強く訴えたが、”前進してくれ”の繰り返し。
皆さん全員が登山中止になっても切ないこと、それでやむを得ず、とうとう”明白(ミンバイ=分かりました) ”と答えて電話を切る。
羅さんと胡さんは相談し、”明朝、小雨なら前進。大雨だったら小屋で1日停滞し、明後日引き返す”とわたしに言い、それから他の方々にも説明する。

不安だが仕方がない。明朝6時出発にもたつかないよう、
連れ合いの両足首とも寝る前にしっかりとテーピングする。
夜来の風雨は増々強まり、寝袋の脇に雨漏りのしずく、土間もサンダルが浮くほどの水溜りが出来るが、
なるようになるさ”と腹をくくってしっかり眠る。

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