白山神駈道の風露草(かみかけみちのふうろそう)

白山神駈道は白山の加賀禅定道(18km)と美濃禅定道(19km)両古道の統一呼称。白山最高峰御前ヶ峰2702mをはさんで加美(神)両道を股に掛け(駈け)る道。加賀から美濃へ歩くのが順駈 美濃から加賀へ向かうのは逆駈登山、あわせて37kmの道を一日で歩きぬけるのを荒行登山、二日で歩き通すのが難行登山、三日なら苦行登山という。 このブログは神駈道広宣のため2011年8月から続けているものです。

白山神駈道登山のサポートは終わり、今は志のある方それぞれが計画を立て登山しています。登山時期は7月中は残雪で危険、8月は熱中症が心配、10月では山中での不時仮眠を考えれば寒すぎ、やはり9月が最適です。

9月某日午前0時加賀馬場白山ひめ神社から歩き出し、その日のうちに石徹白に到着。翌日、旧道を登り峠を越え美濃馬場白山長滝社まで歩かれた方がいます。 その方は別の日に長滝社から峠越で石徹白から白山を登拝、その日のうちに一里野登山口まで歩き、翌日白山ひめ神社に到着しました。この完璧な白山神駈道登山をされたのは東京の方です。どなたか再チャレンジし、その記事をこのブログに投稿してみませんか。

8月初め 家の周りの花 白山神駈道の風露草

動かない日ゼロがモットーなので

雨の日が続くので家の周りの今の時期の花を見て歩く。
名前の分からない花も多い。

連れ合いは花名音痴、

いつか花名姫様と散歩したいものだ( ´∀`)つ 



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わからない花




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犀川右岸10kmの自転車道を歩く 白山神駈道の風露草

桜橋~普正寺橋まで犀川右岸10kmの自転車道を歩く。




7月26日終日曇り空

連れ合いAboさん、今日は
高校生の孫のバレーボール部練習試合応援でいない。
身体を動かさない日「ゼロは無し子」のわたし風露草、仕方なく一人寂しく犀川河岸の散歩。
電動アシスト自転車で行こうと思ったが、
Aboさん「あなたの運転危ないからダメ」と反対。
仕方なく
バレーボール試合会場近くまで車で送ってもらいそこから町中を歩き桜橋より犀川自転車道路に入る。緩やかに下る道だが、最終ゴールの普正寺町金石まで遠く、へとへとになり、途中、ジョギンングしている何人もの私と似通った年の人に次々と追い抜かれ情けなくなる。

(地図の上でクリックし拡大して見て下さい)

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ならんで懸かっているJR北陸本線、北陸新幹線橋の下を歩いているとまず
新幹線、続いて在来線がゴーっと渡っていった。

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西部緑地公園付近で伏見川と犀川が合流している。
合流点中州にシラサギの営巣地があり沢山の白鷺が群れていた。示野橋横に緑地公園へ渡るための歩道橋が付けられており雪吊り橋になっていて趣きがある。

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渋谷工業の巨大な工場の横、
大豆田橋下に幾つもグランドがありこの日は少年サッカーの練習試合をやっていた。


このあたりから高峰桜千本桜植樹されていおり由緒を書いた石碑が立っていた。

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川幅が広くなり流れがゆったりしてくると遠くに緑の森が見え出す。普正寺の県健民海浜公園だろう。
ひどく疲れ、身体が傾きながら歩いているのがわかる。事故の後遺症である。
明日は、身体を動かすの休もうと思う。

雨がポツポツ振出し、傘をさす。海浜公園口のバス停で時刻を見たが1時間も待たなければならない。少し離れた済生会病院まで行きジュースを買い雨宿りしながらバスを待つ。
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金沢駅まで行き、乗り換えて夕方6時過ぎ帰宅する















鼠多門金沢城と思い出の石垣群  白山神駈道の風露草


金沢城思い出の石垣ネズミ多い(いな)
鼠多門




7月19日金沢城鼠多門再建工事完了一般公開開始がTVや新聞の ニュースになった。この日は初日で日曜日。きっと人で一杯だと思い翌20日(月)に行ってみる。一ヶ月前以来の探訪だ(ああ、ここにあったのか兼六園菊桜クローン 20200620日ブログ

前回同様、家から歩いて石川門に行き金沢城祉公園を横切って反対側の玉泉院丸に向かう。そこは昔、石川県立体育館があった場所でこの辺りの石垣群は見事、昔、わたし風露草も岩登りの練習によく通ったところだ。
玉泉院丸の先が鼠多門である。
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①石川門



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➁石垣刻印




















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金沢城祉がまだ国の所有地で金沢大学のキャンパスだったころ、 大学山岳部や市内山岳会の岩登りゲレンデとなり休日にはロープが下がり多くのクライマーが練習していた。たいていのルートはとても難しく身体が固くバランスの悪い風露草は落ちてばかりだった。



















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加賀藩2代目藩主利長の正室玉泉院が逝去したあとその住まいを庭園とし
玉泉院丸と呼んだ。戦後しばらくそこが石川県立体育館の敷地になっていた。近年、体育館を撤去、公園に戻された。
撤去前まで体育館の裏にあった石垣は人眼に付かなかったことでクライマーの岩登り練習ゲレンデになっていた。
国が金沢城址の大学敷地を石川県に売却、県は観光振興のため城址全体復活事業を始め、風露草が学んだ陸軍第七連隊兵舎を使った校舎も全て無くなってしまった。尾山神社に向かう鼠多門は
復元工事最後にあたる。

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鼠多門?ネズミタモン?

最初なんて変な名前だと思いました。息子と話していたら「海鼠塀」の鼠で鼠色が多い(黒い)からではないかと言います。

普通、城の泥壁は泥の剥落を防ぐため表面に漆喰を塗り格子型の目地で押さえます。漆喰といっても漆とは関係ない消石灰なので色はナマコの刺身的灰色で、海鼠型の白い目地で押さえてあり、それで海鼠壁と呼ぶようです(上の石川門の写真を見て下さい)。

土塀の構造













ところが鼠多門は松の煤で消石灰を黒色にした黒漆喰で目地も黒です。
なぜ鼠多門と呼ぶのかいわれは案内説明文に何も書いてありません。おそらく資料がないのでしょう。
そこで風露草、勝手に想像しました。黒鼠色ばかりの海鼠塀門だから鼠多門なんだろうと。どなたかご存知の方ございましたら教えて下さい。

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中に入ったらついこの前、能登の高爪神社奥宮で嗅いだのと同じ能登ヒバの良い香りがしました。
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鼠多門橋を渡って尾山神社境内を抜けてから引き返し石川門に戻ってAboさん御用達の
レストラン白鳥でランチを食べバスで家に帰る。

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