2012年10月24日

初冠雪の日に白山大汝山2684mに登ってきました
山頂付近は厳冬期並みの寒さでした

大汝山頂に小さな避難小屋があります
小屋”存立経緯および利用心得”を書いた掲示パネル更新のためです

BlogPaint


















01 パネル担ぎ
中飯場まで雪が無かったのですがパネルを担ぐ風露草のゴマ塩頭のようにだんだん白くなってきます。





02 索道鉄塔上の写真のあたりで柳谷左岸の尾根を見上げたら巨大な鉄塔。
”あれか!ひどいもんが立ったと聞いていたやつは”とびっくり。
晩秋、藪が落葉で透けた今だから見えるのだろう。この夏には気づかなかった。
砂防工事資材運搬用索道鉄塔?。



03 索道鉄塔BlogPaint








今歩いている砂防新道(柳谷右岸尾根)の藪にも鉄塔の基礎らしい巨大な工作物が見える。来年にはここにも鉄塔を立て柳谷を渡る索道を付けるつもりなのだろう。
多分、工事用車道終点の中飯場からここへ資材を上げる索道鉄塔がもう出来ているかも。白山の玄関口とも言える砂防新道は名の通りの砂防工事現場を通り抜ける道になりそうだ。


BlogPaint甚ノ助小屋を過ぎるあたりからだんだん雪が多くなってきます。
トレールは
御前峰頂上まで続いていました。室堂から大汝山へは誰も行った跡が無く吹き溜まりでは膝までもぐるラッセル、なかなか進みません。

BlogPaintBlogPaint









09 小屋入口御前峰の隣りで18m低い2684mの大汝山、11時半着で昼食&
作業のつもりでしたが着いたのが下山開始予定の13時半。
入口が3分の1ほど雪で埋まっていました。小屋の後ろに残置してある剣スコップを掘り出してきて
除雪。外開きの扉をようやく開いて中に入りました。

BlogPaintBlogPaint















中は大変狭いのです。下に4人、左上の棚に2人の6人、無理しても7人
くらいしか横になって寝られません。それもそのはず、この小屋の前身は66年前、戦争中日本を空襲するアメリカ軍のB29爆撃機の来襲を見張り下に知らせる目的でつくられ、戦後は気象庁のロボット雨量計が置かれていた施設です。ロボット雨量計観測の必要がなくなり放置され朽ち果てようとしていた施設を4人の方が白山会を設立して貰い受け私財を投じ
避難小屋として修築したものです。

白山会の方々が亡くなられ、あるいは高齢化して維持管理が難しくなったのでこのほど白山会と金沢山岳会有志・日本山岳会有志でもって
大汝小屋管理会を結成し可能な限り維持してゆくことにしたのです。


加賀禅定道は奥長倉山避難小屋から室堂まで登り7時間ほど、岩間道・楽々新道は小桜平避難小屋から室堂まで登り5時間ほどの間に避難小屋が一つもありません。3登山道の通過点の七倉の辻あたりに避難小屋が絶対必要だと思います。
それはともかく白山神駈道登山を行う場合、大汝山のちっちゃなちっちゃな避難小屋でも頼みの小屋です。

これまで小屋に掲示してあった経緯文や利用心得を新しいものに代えることにしました。
パネルに印刷した日付が平成24年11月、それで管理会メンバーになった白山神駈道登山登山文化振興会の風露草が今年最後の登山機会の
本日、雪をかき分け登ってきたわけです。

BlogPaintBlogPaint









以下が新パネルで緊急避難以外の目的で利用しないようにと書いてあります。明り取りのため戸を開いたまま、氷点下の寒気に震え上がりながらの付け替え作業でした。


新パネル





































大汝山に登っても大汝小屋に気づかない方が多いようですが、七倉山から登ってきて頂上の大汝神社が見えたら少し離れた右側にある石室です。
BlogPaintBlogPaint


















午後3時、作業終了。
日没を気にしながら急ぎ下山しました。
13 夕日