2016年06月27日

バカ田大学。

b4db878c.jpgバカボンのパパの出身大学はバカ田大学。
早稲田大学の隣にあるという。校歌も早稲田大学の都の西北に似ている。

早稲田大学に行くようになった時、探してみると早稲田実業や早稲田ゼミナールは近くにあったけど、バカ田大学は無かったな。




※2016年1月9日から2016年5月9日まで、生まれてからの自分の物語(全175話)を書きました。長編です。
よかったら、「はるく物語」を最初から読んでみてください。



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2016年06月26日

カープのこと。

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「6月頃は、あんなことあったね」と、今年はならないかなと思いたいのですが、何度、裏切られたことだろう。




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2016年06月22日

撮影しているカメラマンがすごい!

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「撮影しているカメラマンがすごい!」


一昨年の百名山、昨年の二百名山の一筆書き踏破を成し遂げた田中陽希さんの歩きを振り返って、NHKプレミアで朝7時から昨年の二百名山の様子を放映していますが、ほんと、田中さんを撮影しているカメラマンが(田中さんの歩きより)すごいと感じてしまいます。

よく、あのアングルで、田中さんの前に後ろに撮れるものだと。
少し前に放映した戸隠山の蟻の塔渡り(戸渡り)の回もびっくりしました。あそこは田中さんも凄かった。
あの場所、滑落のニュースを何度か聞いたことがあり、私なら馬に乗る時のようにでしか越えられないかな。
田中さんが右足の捻挫で山小屋に数日停滞したこともありましたが、コースタイムよりいつも早く歩く割には結局、あの靴じゃ足を痛めて遅くなってダメだよと教えてくれてるように思えるし、危ないシーンに、「落ちたら命は無い」と毎回のように言う番組のナレーションも大げさかな。
大怪我するかもしれないけど、この場所は命は大丈夫だよというところが多々あり、NHKにダメ出し。



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2016年06月21日

お宝?(その7)サインとボール。

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昭和54年(1979年)のこと、大学1年生だった時の4年生に、当時、東京6大学野球を代表するスラッガーがいました。

早稲田大学野球部主将の岡田彰布さん。

昭和54年(1979年)のドラフト会議当日、阪神タイガースに1位指名された岡田さんは、西早稲田の安部寮近くで記者に囲まれていました。

そこに通りがかった私は、すかさず木村時夫先生の教科書にサインをもらったのです。

大学野球を代表するスラッガーの岡田さんは、その後、阪神でも大活躍し、監督としても手腕を発揮されました。

早稲田大学キャンパス近くに、野球部の球場・通称「安部球場」があり、よく夕方に練習を観に行ってました。
すると、岡田さんの打った打球が私目掛けて・・・。




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2016年06月20日

お宝?(その6)サイババの・・・。

9d89336e.jpg一時、サイババ。
手から粉のようなものが出て、ありがたく頂戴する映像が、テレビから流れましたが、サイババの手から出た粉のようなものの正体は一体何?

「サイババの・・・」と下岡さんからもらったけれど本物なのかな?



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2016年06月19日

お宝?(その5)ベルリンの壁。

003e262e.jpg1989年11月10日、東西を隔てていたベルリンの壁が崩壊しました。

壁の上でハンマーで壁を叩き壊すその衝撃的なシーンが映像として全世界を駆け巡ったわけですが、落書きのペンキで塗られた壁も印象的でした。

その崩壊した壁の一部がこれです。前職の川島織物時代にドイツに出張した安岡さんが崩壊した壁を見に行き、拾ったものをもらいました。

あれから27年。
歴史の証人のような一品です。






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2016年06月18日

お宝?(その4)。

677ba78b.jpg今日はポール・マッカートニーの誕生日なので、昨日のミミおばさんちの石ころに続くビートルズネタです。

これはリバプールのキャヴァンクラブのレンガの欠片です。

以前、キャヴァンクラブが改修された時、公式にレンガが売りに出て、ビートルズファンの友人の安岡さんが購入。
彼に、譲ってよ!と頼むと、レンガの角を金づちで割ってくれました。

この欠片を見ていると、ジョンやポールがシャウトした時の汗が飛び散って染み込んでいると思えるのです。記憶エネルギーたっぷりの一品です。






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ポール74歳の誕生日。

b7d341a5.jpgビートルズのポール・マッカートニー、1942年6月18日生まれですから、今日で74歳になりますね。
「ジョン派かポール派か」と言われると、誕生日的に私はポール派です。
私の誕生日は8月16日と、ポールの逆さまですから。


60歳を過ぎても、70歳を過ぎてもロックンロールしているポール。
昨年、大阪の京セラドームでのポール・マッカートニー日本公演に行って、その元気な姿に恐れ入りました。
また、新曲を引っ提げてやって来るのかな。





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2016年06月17日

お宝?(その3)。

189db2f0.jpgジョン・レノンが幼少期に過ごしていたのが、ミミおばさんの家。
その、ミミおばさんちの庭の石ころがこれです。

この石ころを見ていると、ジョンが蹴飛ばしたこともあるのではないかと、石ころの記憶エネルギーを感じて思ってしまうのです。

リバプールに行ったことの無い私が、なぜ、この石ころを持っているのか。
饗場さん、ありがとうございます。






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夏用スーツ。

4d3e06c5.jpg数年、着ていなかった夏用のスーツを着てみる。
何とかウエストも大丈夫。

胸に正義を持って、今日も街中を歩きます。





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2016年06月16日

お宝?(その2)。

a34bdbb0.jpg西表島の星砂浜で、流れ着いていたサントリーREDの空き瓶に詰めた星砂。

西表島山中にあるという「幻の湖」に7人のメンバーで探検したあとのアフターで海を楽しんだ夏は、1981年8月。早や、35年前のこと。

私にとっては、熱い気持ちになる宝物ですが、他人にはゴミと同じなんだろうな。





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2016年06月15日

お宝?(その1)。

fa0ff961.jpg今まで、いろいろなものを集めたり、もらったり、あげたりして来ましたが、さて、これはお宝なんだかどうなんだか。

私以外の人が持っておく方がいいのかもしれないな?と思うものもありますが、シリーズとしてご紹介したいと思います。

第1弾は、昔むかし、テレビアニメで放映されていたスーパージェッターのソフビ人形がブリキの自動車に乗っているもの。
スーパージェッターは流星号に乗っているはずが、何でか車に乗っています。
仕事のお客様のお家で発見し、交渉の上、我が家にやって来ました。







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2016年06月14日

風船美人。

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NPO法人総合遠隔医療支援機構の総会が開かれ、記念講演と懇親会に参加させて頂きました。

井内先生のカンボジアでの乳がんの診断を、遠隔医療として広島でやっていることなどのお話がありました。

お医者さんがたくさんおられ、懇親会では乳がんの旬の話題で盛り上がりましたが、私もちょっとだけ、風船で応援させて頂きました。
事務の田中さん、風船が似合いますね。





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2016年06月12日

アボカドです。

635f841f.jpg我が家のベランダですくすくと成長しているアボカド。ここ数年、アボカドが好きでよく食べるんですが、いろんな料理に使えますね。

でっかい種を植木鉢に植えていたら、が出たんですが、食べられる実が出来たらすごいぞ。




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2016年06月11日

がんにはなる!?

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海老蔵さんの会見で、奥様の麻央さんが乳がんの治療をされているということ。

私自身、仕事柄、思うことは、「がん」にはなる。ならなかったら運がいいということ。それほど女性の若い世代に乳がんは多いです。

専業主婦や自営業の女性のがんの検診率は低いですが、早期発見出来れば、早期の治療で治る時代かなと。




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2016年06月07日

はるく画伯!?

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高1〜2年の頃のアルバムを開くと、やたら鉛筆や青ボールペンでイラストを描いてたものを貼って残しています。

男どアホウ甲子園にジョージ・ハリスンや金閣寺に蒸気機関車など。

蒸気機関車をよ〜く見ると、当時、好きだった女の子の名前が貨車に書かれていてドキッとしました。
今は昔の笑い話ということで許してください。




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「ヨーキル」と「マーキル」。

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当事者どうしにしかわからない言葉がありますが、私ら夫婦がよく使う言葉に、「ヨーキル」と「マーキル」という言葉があります。


例えば、山の店mont-bellで買った妻のお気に入りのシャツがあるのですが、山だけでなく、気に入っているためか妻は街中でもよく着ているのです。


私が「よ〜着るなぁ」と言うと、「そんなことない、まぁ〜着るくらい」だと。


「ヨーキル(よく着る)」と「マーキル(まあまあ着る)」という意味ですが、他の人が聞くとわからないでしょうね。


ちなみに、この写真で妻が着ているmont-bellのシャツは「ヨーキル」でして。





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2016年06月04日

博多キャヴァンクラブ、ブートレッグス。

f9b0a632.jpgこの数日、福岡に住むFacebookのお友達と、博多キャヴァンクラブでハウスバンドとして活躍していたブートレッグスの話題で盛り上がっています。

1986年〜90年くらいにチャッピーこと、吉井守さんをリーダーとしたバンドで、それは本物のビートルズのジョンよりうまかったと思えるくらい。
私の妻は博多キャヴァンクラブでビートルズの曲を覚え、本物のビートルズのCDを聴くと、「あっ、これ知ってる」なんて言ってました。

それ、逆じゃろ?


実は、ブートレッグスのオリジナル曲のレコード、ライヴの演奏カセットテープ、ビデオテープまで持ってる。



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2016年06月03日

ワセダ?

061e1c8c.jpg早春、大江戸かぁ!?


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妻の誕生日。

5fb14f6b.jpg 今日は妻の誕生日です。
早朝、5時から地元の井口台をウォーキングしながら、いろいろ話をしました。
結婚して28年目になります。何歳になったのかは、最大の極秘事項です。


この写真は、新婚の頃の京都の貴船神社です。


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2016年05月31日

ビートルズ「LETITBE」。

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46年前の1970年5月に、アルバム「LETITBE」が発売され、ビートルズは解散し、それは私がまだ小学6年生だったけれど、ポール・マッカートニーは27歳だったことにも驚きます。


その後、私が物事を考える時、ビートルズの解散した1970年を基準に考えるようになってしまい、その前後の出来事がいつ起こったのか、何年なのかがすぐにわかるので、妻は不思議がります。


もちろん、彼女がいてバラ色だった1972年の中学2年生の時のことも基準になっているんだけれど。


アルバム「LETITBE」の曲のほとんどは1969年の早い時期に録音され、ポールが26歳の声なわけで、昨年の日本公演のポールとはずいぶん声質は変わってしまいましたが、あのポールが73歳になっても元気にロックンロールしていることにも感謝ですね。



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2016年05月29日

カープ首位と早慶戦。

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昨日、DeNAに連敗したカープ。
それでも、2ゲーム差で首位は確かにカープファンなら気持ち良いですが、今日もDeNAに負けるようなことがあるとズルズル行くかもなんて、地元タクシーの中では言えないな。

昨年の春と秋のリーグ戦を連覇した早稲田は、昨日、慶應に負けて5位が確定。
今日の2回戦はやってくれるだろうと、自宅にいたらEテレの方を視てしまうだろうな。







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2016年05月28日

早稲田キャンパスにウルトラマン。

ddc6fd9e.jpg早稲田キャンパスにウルトラマンがいてもいいではないか?と、常に思っていましたが、昨日のオバマ大統領の広島入りのテレビ放映を見ていて、世界平和を思う気持ちは誰も同じだなと。

今年の夏山に向けて、槍ヶ岳をバックにウルトラマンするためにも仕事も体力作りもがんばらにゃと思うわけです。

自宅にいますが、近くにある地元の小学校の運動会の放送が流れて来ます。

心地よいですね。





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アボカドの芽が出ましたよ。

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私は、りんごとかびわとか、食べたものの種を植えて育てることをやるのが好きなんです。

アボカドも大好き。
種を植えていたら、芽が出ましたよ。

妻は、日本の広島のような気候では実は付かないと言いますが、やってみないとわからんじゃろう!?


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地元新聞はどう伝えたか。

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昨日のオバマ大統領が広島を訪れ、原爆ドームをバックに原爆慰霊碑前でスピーチをしました。

地元の中国新聞はどう伝えたのかを精読しました。
私はとても評価出来ることだと思いましたが、識者?と言われる人たちの評価はひどいものでした。
「格調もなかった」「中身のない演説を歓迎するのは間違いだ」「言行不一致。任期切れを来年に控え、レガシー(遺産)づくりに広島が利用された感もする」などなど。
元広島市長のコメントを読みながら、あなたが市長だった頃、どんなにあなたの市長としとの行動にがっかりしてきたかを思い出していました。





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2016年05月27日

自転車を買おうかな?

7c78a5bb.jpg福岡に住んでいた、20代の独身の頃、こんな感じで会社に通勤していたのですが、腰を痛めたこともあり、今、自転車に乗りたくて乗りたくて。

早朝のウォーキングをサイクリングに変えてもいいかな。

どこで買うのがいいかな。
どなたか、アドバイス頂けると嬉しいです。




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槍ヶ岳をバックにコーヒー。

588b3b1e.jpgそろそろ、今年の夏山をどうするのかを考える時期になりました。
痛めた腰(椎間板ヘルニア)の具合次第でもありますが、だいぶ回復してきていますし、夏山に行く!という気持ちが体作りの励みになります。

2年前の北アルプス蝶ヶ岳でのこのシーン。
槍ヶ岳〜穂高岳をバックに、スーツ姿でコーヒーを飲む幸せ。

また、やりたくなって来ました。
山小屋で、風船パフォーマンスもやりたいしね。




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2016年05月26日

こんなところに健司さんが。

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よく行く「縄文村」のすぐ近くだし、予定が無ければ早稲田野球帽を被って参加したいところですが、行けないなー。

この人も早稲田マン。
弟の次晴さんと一緒に大学に入学した時、誰があんな活躍をする人になると予想しただろう?

しかし、また、こんな田舎に健司さんが行くんだから地元の人は嬉しかろうね。




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2016年05月25日

ぶち打つけえ。

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地元のRCCテレビがカープ中継をする時のみ、新聞の番組表に粋な遊び心の文字を並べてくれます。

昨日、ぶち打って首位のカープですが、今日は打たんじゃろうと思っていたら、今日も、ぶち打って9点も入れてるなー。




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2016年05月22日

槍ヶ岳をバックにウルトラすること。

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50年間「笑点」の司会をされていた桂歌丸さんが、今日の司会を最後に昇太さんに司会を譲ったわけですが、今夜の「NHKスペシャル」は「人生の終(しま)い方」という話で歌丸さんのことも取り上げてありました。また、35歳の末期がんのお父さんが幼い子どもたちや妻に伝えようとしている姿などもありました。


人が自分の死というものを意識した時、残された時間に、自分の思いを伝えようとするのですが、様々な環境に人はいて、その相手にどう伝えるのか。
自分には関係無いなんてことはないなと。

そして、受け止める人がいて、どう受け止めるかも様々。



振り返って、今の自分を人に伝える時、自分には写真を見てもらい、感じてもらうのが似合っているなと思うのです。


そして、もっと私のことが知りたいなと思われたら自由に見てもらえるようにしておくこと。
だから、今年の1月9日から5月9日まで、たくさんの写真を使って175話の自分の物語を書けたのかなと思えるのです。


まだまだ、素晴らしく楽しい思い出作りをしなきゃな。

また、この場所に行くぞ!




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2016年05月21日

巻物の手紙。

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以前、巻物の手紙をやっていたことがあります。

昨夜、あるお客様の家で、私が出した寒中見舞いが出て来ました。
なかなか力入れて作っていたなー。



よく、やっていたなと思います。




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7円はがき。

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7円のはがきが大量に出てきたのですが、もったいないので45円分の切手を貼って使っています。

郵便番号も、3桁2桁の時代のはがきです。
残念ながら、45円切手は無いようです。


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2016年05月20日

なすびがエベレスト。

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今朝の地元の新聞を読んでいて、謝罪無くオバマ大統領が広島に来ようとしているなら来るな!と言ってる国会議員Kの話とか、家族旅行を会議の経費にしていた東京都知事の話など、他にも諸々、広島も日本も大丈夫か!?と思えるほど情けなく、自分勝手な記事のオンパレードに嫌気がさしていたところ、あの電波少年の番組の中で、裸で景品生活をして異才を放っていた「なすび」さんが4年目にして8848Mのエベレストに立った話はよかったなと。


私の2013年の双六プロジェクトを思い出すな。


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2016年05月18日

前祝い!?

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明日から7月4日まで、お酒を控え、テレビも見ないという期間となりますので、来月3日の妻の誕生日の前祝い!?ということで、超久しぶりに井口台の「おかざき」に行きました。

さて、いよいよ明日から始まります。


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徳利。

caf3c741.jpg最近、日本酒のよさを感じていますが、この徳利は私の持っているものです。

手前の3つは備前焼で、兄の馴染みの窯元まで伺って、ずいぶん吟味して購入したものです。名のある作家さんのものなので、そこそこの値段がしました。

「一輪挿し」にもいいかな?と思いましたが、もったいないかな。


奥の2つは、福岡に住んでいた1990年頃、妻と有田焼祭りに行き、掘り出し物だと100円で買ったものです。当時は来客時に熱燗用に使っていました。


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本棚?アルバム棚?

babc80ab.jpg5月6日まで、約4ヵ月書き続けた「はるく物語」は、この本棚にあるアルバムなどがあったおかげでした。

年代毎にコメントを入れて整理しておくだけで歴史を振り返ることが出来ます。
写真はたくさん撮って来ましたが、アルバムに整理しておかないと、すぐに何の時のものかも忘れてしまいますからね。写真データをパソコンやネットに保存している人、いつか、見られなくなりますよ。



このアルバムに日記と手帳を加えると、さらに物語の中身が濃くなりますね。


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5時からウォーキング。

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毎朝、こんな景色を見ながらウォーキングしています。

今年も夏山に行きたいなと思いながらも、痛めた腰と足の具合次第かな。
椎間板ヘルニアをやっちゃいましたから。


広島市西区井口台から宮島方面の眺めです。


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2016年05月16日

雨上がりの虹。

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自宅ベランダから海を眺めると、きれいな虹が出ていました。


それだけで、嬉しい。


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2016年05月15日

2005年8月23日から。

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2005年8月23日、この日は私の母の誕生日ですが、この日にブログを始めていました。

今まで書いてきたことを、カラー印刷して7巻の冊子にまとめてみました。
そうなると、何を書いてきたのかを読んでみたいもの。


今月、広島にやって来るオバマ大統領が決まった、2008年11月6日の記事を見ると、一滴でも黒人の血が入っていれば黒人という、「一滴主義」に私は反応していますね。
こんなこと書いていたんだ。全く覚えておりませんでした。


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2016年05月14日

ポール・スミス時計。

2308f934.jpg夏用の時計のガラスにキズが入り、昨日、福屋駅前店の7階で、ポール・スミスの時計を購入しました。

電波時計で、ソーラーの時計でもあり、時間を合わせる必要や電池交換も不要と、世の中、便利になりました。

勤続20週ね記念にもらっていた金券を使って、約6万円のお買い物です。



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ミヤカグさんで風船教室。

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広島市佐伯区のミヤカグさんで、風船教室を開催しました。約1時間半、皆でいろいろ作ってみました。

最後に記念撮影しました。


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ひろしま岡山県人会。

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昨日は、「ひろしま岡山県人会」第3回総会・懇親会に初の参加をさせて頂きました。

あまり、県人会は意識していなかったのですが、皆さんと交流して楽しいひとときを過ごしていると、県人会もいいものですね。

カープの福井投手や野村投手、サンフレッチェの青山選手も参加出来るような時期の開催もいいかなと思いました。


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2016年05月13日

バルーンアート教室開催です。

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明日、広島市佐伯区利松3-5-19のナチュラルインテリア専門店「ミヤカグさん」で、バルーンアート教室を開催します。

開催日時は、5月14日(土曜日)の10時〜11時半。

参加希望者は、ミヤカグさんに電話予約するか、「ミヤカグすてきな暮らし」と検索して、Webから予約してください。
参加費は、風船の実費1000円です。

膨らませ方、結び方など、基本から優しく教えて差し上げます。簡単なものがどんどんと面白いように出来るようになります。

ミヤカグさんの電話番号は、082-928-1133です。

まだ、間に合います!


風船王子はるくより


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2016年05月09日

はるく物語(その175「今日で2015年までの物語、完結」

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※2016年1月9日より私が生まれてからの物語を書いてきましたが、この第175話で終わりです。

約4ヵ月の長きに渡って読んで頂き、誠にありがとうございました。
載せた写真は1800枚近くになるかと思います。手元にある膨大なアルバムからスマホで接写して載せました。

書けない話も多々ありましたが、迷いながらも差し支えないかなと思ったものは書くようにしました。

仕事関係の話は、ほとんど書けませんでした。これは退職したあとに、振り返って書きたいなと。


初めて読まれる方、出来れば第1話から読んで頂けると嬉しいです。





和田治邦(わだはるくに)、昭和33年8月16日に、岡山県の東北部・美作町の医院で生まれました。

生まれて自分を意識し始めた時、置かれている家族の状況が当たり前なものとして受け入れるのは皆同じですが、厳格な祖父の貢(みつぎ)さん、鳥取県八頭郡出身の祖母のなみさん、父の直美さん、母の京(みやこ)さん、8歳年上の兄の安直(やすのぶ)さんがいる茅葺きの農家で自分の道を歩き始め、のちに4歳年下の修司くんが生まれました。

私の記憶にはかすかに、蚕が桑の葉っぱをむしゃむしゃ食べている様子が残っていて、米作だけでなく養蚕もしていたのですが、私の生まれた昭和33年から乳牛の牛飼いを始めたようです。牛の数はどんどん増え、小学生の頃、牛舎を建てて、頭数を増やして本格的な酪農を始めたのです。

この生まれた環境が、それからの私の生き方や考えに大きな影響を与えたことがよくわかります。
両親から教えられたこと、背中を見て感じたことが今に繋がっているんだなと思えます。

お父ちゃんやお母ちゃんの人生は何だったのかと時々思うことがありますが、日々の生活の大半を占めた酪農の仕事は、牛は盆正月でもどんな悪天気でも自分の体調が悪くても休むわけではありませんから、元旦でも搾乳はあり、餌やりや糞尿の処理をしないといけません。乳牛は子が生まれないと乳は出ませんから、定期的に出産があり、よく夜中に起こされて出産の手伝いもさせられました。朝早くから搾乳があり、夜遅くまで搾乳し、日中の米作や畑の農作業は毎日毎日続きます。決して楽ではなく、思い通りに作業が進まなかったり、収入が安定もしなかったはずです。
そんな中、3人の子どもを大学まで出してくれたことは、大変なことです。


今の私の仕事なんて、お父ちゃんの仕事から見れば、楽で比較にもならないような薄っぺらいもののような気がしてしまうのです。

この4ヵ月、自分の生まれてからの話を文字にしていく中で、自分以外のいろいろなものも見えましたし、浅くもあり、深くもある部分もあった57年間だったなと思いました。
今日の第175話で、私の人生は終わりではなく、まだまだ続きます。せっかく、ここまで書いたのだから、その思いを活かして、これからの人生を意識して生きてみたいと思っています。
男の平均寿命は約80歳、これからどんな人生が待っているのか、楽しみです。

では、ひとまず、これでさようなら。





この私の写真は、社会人になった2年目の1985年に、京都府宇治市の平等院近くの宇治川にある島のような場所でJさんに撮ってもらったものです。
あれから31年かぁ・・・。


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2016年05月08日

はるく物語(その174「お母ちゃんのこと」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。



私をこの世に産み出してくれた、京(みやこ)お母ちゃんのことを思うと、あまりに多くのことが思い出され、その中には後悔の念を感じざるを得ないことも多々あって申し訳なかったなと。
昭和3年8月23日生まれで、昭和2年竣工した大隈講堂の翌年に生を受け、太平洋戦争を体験した青春時代の話もよく聞きました。
作陽高校の前身、津山の作陽技芸に姫新線で通ったことも私と同じです。


反抗期と片付けてはいけないけれど、中学時代にお母ちゃんを泣かせたことがあります。こうやの裏の畑で見せた、あの悲しそうな顔を時々思い出します。ほんとにごめんなさい。


大学の入学式に青い服を着て東京までやって来て、村井早稲田大学総長の話した「時は命なり」の話のことを便りに書いて送ってくれました。私は舞い上がっていたのか、校歌は歌ったけれど、総長の話は全く覚えていませんでした。
(この、入学式の時の写真が、あとで大学が出した記念アルバムに載っていて、よ〜く見ると私もお母ちゃんも小さく確認出来ました。入学式の時の話に写真を載せていますので遡ってご覧ください)


お父ちゃんが体を壊したあと、お母ちゃんまで、体の調子がおかしくなってしまいましたね。
そんな中、親孝行のつもりで敬老会では2年連続風船モデルまでしてもらいました。


お母ちゃんは、日記を書き続けていました。毎年の大晦日あたりに、翌年の日記をプレゼントするのが恒例になりましたね。
亡くなったあとに、何冊かもらって読みました。農作業のこと、孫のこと、私らの帰省のことなど、細かく書いてありました。

お母ちゃんに似ているなと思うのは、こうして、書いて残すということ、写真を撮って記録を残すこと、地図や時刻表を見て躊躇なくあちこち行くことなど、私、そのものです。

そして、携帯電話が持ちたいと、77歳の時の年末にプレゼントしました。年末年始にメールのやり方などの特訓したところ、出来るようになりましたね。
「やっちゃん(私の兄)はメールが出来ないから困る」なんて言っていました。

私の誕生日に、私が産まれた日のことをメールしてくれたことがありましたね。プリントして持っていますが私の宝物です。(一番下の写真)


いろいろ書いても尽きません。
私の心の中には、まだまだ、お母ちゃんは生きています。



今日は母の日。
京お母ちゃん、ありがとうございました。



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2016年05月07日

はるく物語(その173「お父ちゃんのこと」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。



直美お父ちゃん、私をこの世に産み出してくれて、ありがとうございました。

太平洋戦争を生き抜き、婿養子として和田家にやって来て、息子たちを育てながら、米作に養蚕、酪農と働きづめでしたね。

お父ちゃんが亡くなった時、人の一生とは何なんだろう?お父ちゃんの人生とは何だったのだろう?と強く思ったのです。
終わりよければ、すべてよしとは言うけれど、終わりはよかったのか?よかったとしても、でもなぁと。


私なりに、お父ちゃん孝行のフリはしたように思いますが、もっともっと孝行したかったし、話をいっぱいいっぱい聞きたかった。



お父ちゃんの写真を見ていると、思いがこみ上げます。

ありがとうございました!



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はるく物語(その172「はるく物語、うるとら世聞(うるとらせぶん)」)

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※2016年1月9日より約4ヵ月、私が生まれてからの物語を書いています。


「うるとら世聞」と書いて、「うるとらせぶん」と読みます。

私の早稲田時代の山仲間には、マスコミ志望も何人かいて、朝日新聞、日経新聞、読売新聞の記者になった同期がいます。
私もマスコミ志望で、NHKのカメラマンを目指しましたが、残念ながら敗退。
新聞記者にもなりたくはありましたが、同期の文才たちを見ていると、よくこんな文章かけるな〜なんて思ったのか、結局、新聞社を受けることはありませんでした。


時は流れ、1992年に転職してライフプランナーになった時、自分の思いをカタチにして発信しようと、個人新聞を手作りました。名称も何度か変えました。
「情報提供サービス」→「達人倶楽部」→「FPフォーラム」→「うるとら世聞」と。

その頃、私は「ウルトラマン」と呼ばれていた時期があり、私(うるとらまん)の思いを、世(せ)の中に聞(ぶん)いてもらうという意味や、「新聞」という意味も加味して出来た名前が、「うるとら世聞」です。
なかなかいい名前だと、当時、嬉しかったですね。


お客様が増えるにつれ、発行部数もどんどん増え、発行10年目には、地元の中国新聞の夕刊にカラー記事で取材を受けたこともあります。

モノクロコピーから、色紙に印刷となり、カラーとなりました。
文章を作り、イラストも手描きで、レイアウトを考えるのも楽しいですね。
友人の亀田孝志さんの会社にお願いして、だんだんと完成度もよくなり、現在、第198号まで発行しましたが、ある理由でひと休みしています。

この先、どうするのかな?




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2016年05月06日

はるく物語(その171「妻、広美さんのこと」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


結婚した時のことや新婚旅行の話などは、1988年の時の話で詳しく書きましたが、今年(2016年)で結婚から28年目となりました。

ちょっと変わった性格の私に、よくついて来てくれたと思います。
残念ながら、子育てはすることは出来ませんでしたね。
3回の流産があり、何度か広島大学病院にも行き、治療?をしましたが、私たちの子どもを見ることは出来ませんでした。

子どもを連想させるテレビ番組があると、(私が)チャンネルを変えていた時期もありましたが、本当につらかったのは私ではなく広美さんだったと思います。その後、あの時生まれていたら、小学生になったなとか、卒業式だなとか、入学式だなとか、大学生になったなとか、節目節目に思うこともありました。



1988年の新婚旅行の北アルプス縦走は、さぞかしびっくりしたことでしょう。今まで、無かったような体験をして、素晴らしい景色も見られましたね。

福岡に約2年半住み、広島に26年一緒に住みました。
結婚25周年の2013年、新婚旅行で歩いた、北アルプスの双六岳に25年ぶりに行き、槍ヶ岳〜穂高岳を眺められたのはよかったですね。

風船にもいろいろ付き合わせて、早稲田キャンパスでの稲門祭に何度も来てもらいました。心強かったよ。


体調の面でも、心配を掛けることが何度かあり、申し訳なく思っています。


まだまだ、これからが長いはずです。

健康に気をつけて、飲み過ぎず、人生を楽しみたいので、よろしくお願いします。



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はるく物語(その170「兄、安直さんのこと」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


やっちゃんこと、兄の安直さんは8つ年上ということもあり、ほとんどけんかをしたことは無いですね。

このブログに書き始めた「はるく物語」は、やっちゃんが作った「やっちゃんの鶏声小話」という自分の物語を書いた本がきっかけでもありました。
やっちゃんは、「お前も書け!」と言いましたが、本を書くのはどうかな〜と、差し支えが無い?範囲内で、ブログ書いてみることにしました。

1月9日から書き始めて約4ヵ月。やっちゃんのことは、実はいろいろ意識しながらも、あまり具体的な話は書けてないかもしれません。

林野高校から、長野県の信州大学農学部に進み、松本の会社に就職しました。私が中学3年生になる年です。やっちゃんが長野県でサラリーマンになったということは、自分が実家の酪農を継ぐのかな?と、自分の夢はありながらも漠然と思ったりしました。

が、祖父の貢さんが倒れたことで、兄は松本から由美子さんを連れて帰って来たのです。

その後、酪農をやりながら、3人の子育てを厳しくやりましたね。
私と弟のしゅーちゃんが高校、大学と進学し、お金も掛かりましたから、私ら弟2人が私立大学に行けたのも両親というより、やっちゃん夫婦のおかげであったことは容易に想像出来ます。

酪農が厳しい時代となり、3人の子どもたちの教育にもお金が掛かりましたね。その苦難の教育を乗り越えたあとも、3人の子どもたちのことでいろいろあったですね。

やっちゃんはある時から、お酒もタバコもやめ、ファッションと車に独自の個性を見せるようになりました。
この春、66歳。
まだまだ、仕事をやるようですが、健康に気をつけて、夫婦仲良くやってくださいませ。しゅーちゃんや私ら夫婦もよろしくお願いします。

今、やっちゃんは「学割が使える」ことも自慢です。
信州大学大学院の学生です
「農学博士」になるのかな?


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はるく物語(その169「弟、修司くんのこと」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


弟のしゅーちゃんこと修司くん。
4つ年下ということもあり、よく一緒に遊んだりしたし、けんかもしたですね。将棋に負けたりすると、駒を投げたりもしたように思います。

林野高校から名古屋の大学に進み、少林寺拳法部で鳴らした大学時代、社会人となり、ほんと、いろいろあって、波瀾万丈の人生を生きて来たなと思っています。

お盆やゴールデンウィーク、お正月の帰省時は一緒に地元の温泉に行ったりドライブしたり、帰省するのが楽しみです。

「明日から」ではなく、今日からダイエットして欲しいというのは、私の本心ですヨ、しゅーちゃん!


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