2016年05月22日

槍ヶ岳をバックにウルトラすること。

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50年間「笑点」の司会をされていた桂歌丸さんが、今日の司会を最後に昇太さんに司会を譲ったわけですが、今夜の「NHKスペシャル」は「人生の終(しま)い方」という話で歌丸さんのことも取り上げてありました。また、35歳の末期がんのお父さんが幼い子どもたちや妻に伝えようとしている姿などもありました。


人が自分の死というものを意識した時、残された時間に、自分の思いを伝えようとするのですが、様々な環境に人はいて、その相手にどう伝えるのか。
自分には関係無いなんてことはないなと。

そして、受け止める人がいて、どう受け止めるかも様々。



振り返って、今の自分を人に伝える時、自分には写真を見てもらい、感じてもらうのが似合っているなと思うのです。


そして、もっと私のことが知りたいなと思われたら自由に見てもらえるようにしておくこと。
だから、今年の1月9日から5月9日まで、たくさんの写真を使って175話の自分の物語を書けたのかなと思えるのです。


まだまだ、素晴らしく楽しい思い出作りをしなきゃな。

また、この場所に行くぞ!




※2016年1月9日から2016年5月9日まで、生まれてからの自分の物語(全175話)を書いています。よかったら、最初から読んでみてください。



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2016年05月21日

巻物の手紙。

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以前、巻物の手紙をやっていたことがあります。

昨夜、あるお客様の家で、私が出した寒中見舞いが出て来ました。
なかなか力入れて作っていたなー。



よく、やっていたなと思います。




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7円はがき。

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7円のはがきが大量に出てきたのですが、もったいないので45円分の切手を貼って使っています。

郵便番号も、3桁2桁の時代のはがきです。
残念ながら、45円切手は無いようです。


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2016年05月20日

なすびがエベレスト。

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今朝の地元の新聞を読んでいて、謝罪無くオバマ大統領が広島に来ようとしているなら来るな!と言ってる国会議員Kの話とか、家族旅行を会議の経費にしていた東京都知事の話など、他にも諸々、広島も日本も大丈夫か!?と思えるほど情けなく、自分勝手な記事のオンパレードに嫌気がさしていたところ、あの電波少年の番組の中で、裸で景品生活をして異才を放っていた「なすび」さんが4年目にして8848Mのエベレストに立った話はよかったなと。


私の2013年の双六プロジェクトを思い出すな。


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2016年05月18日

前祝い!?

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明日から7月4日まで、お酒を控え、テレビも見ないという期間となりますので、来月3日の妻の誕生日の前祝い!?ということで、超久しぶりに井口台の「おかざき」に行きました。

さて、いよいよ明日から始まります。


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徳利。

caf3c741.jpg最近、日本酒のよさを感じていますが、この徳利は私の持っているものです。

手前の3つは備前焼で、兄の馴染みの窯元まで伺って、ずいぶん吟味して購入したものです。名のある作家さんのものなので、そこそこの値段がしました。

「一輪挿し」にもいいかな?と思いましたが、もったいないかな。


奥の2つは、福岡に住んでいた1990年頃、妻と有田焼祭りに行き、掘り出し物だと100円で買ったものです。当時は来客時に熱燗用に使っていました。


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本棚?アルバム棚?

babc80ab.jpg5月6日まで、約4ヵ月書き続けた「はるく物語」は、この本棚にあるアルバムなどがあったおかげでした。

年代毎にコメントを入れて整理しておくだけで歴史を振り返ることが出来ます。
写真はたくさん撮って来ましたが、アルバムに整理しておかないと、すぐに何の時のものかも忘れてしまいますからね。写真データをパソコンやネットに保存している人、いつか、見られなくなりますよ。



このアルバムに日記と手帳を加えると、さらに物語の中身が濃くなりますね。


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5時からウォーキング。

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毎朝、こんな景色を見ながらウォーキングしています。

今年も夏山に行きたいなと思いながらも、痛めた腰と足の具合次第かな。
椎間板ヘルニアをやっちゃいましたから。


広島市西区井口台から宮島方面の眺めです。


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2016年05月16日

雨上がりの虹。

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自宅ベランダから海を眺めると、きれいな虹が出ていました。


それだけで、嬉しい。


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2016年05月15日

2005年8月23日から。

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2005年8月23日、この日は私の母の誕生日ですが、この日にブログを始めていました。

今まで書いてきたことを、カラー印刷して7巻の冊子にまとめてみました。
そうなると、何を書いてきたのかを読んでみたいもの。


今月、広島にやって来るオバマ大統領が決まった、2008年11月6日の記事を見ると、一滴でも黒人の血が入っていれば黒人という、「一滴主義」に私は反応していますね。
こんなこと書いていたんだ。全く覚えておりませんでした。


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2016年05月14日

ポール・スミス時計。

2308f934.jpg夏用の時計のガラスにキズが入り、昨日、福屋駅前店の7階で、ポール・スミスの時計を購入しました。

電波時計で、ソーラーの時計でもあり、時間を合わせる必要や電池交換も不要と、世の中、便利になりました。

勤続20週ね記念にもらっていた金券を使って、約6万円のお買い物です。



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ミヤカグさんで風船教室。

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広島市佐伯区のミヤカグさんで、風船教室を開催しました。約1時間半、皆でいろいろ作ってみました。

最後に記念撮影しました。


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ひろしま岡山県人会。

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昨日は、「ひろしま岡山県人会」第3回総会・懇親会に初の参加をさせて頂きました。

あまり、県人会は意識していなかったのですが、皆さんと交流して楽しいひとときを過ごしていると、県人会もいいものですね。

カープの福井投手や野村投手、サンフレッチェの青山選手も参加出来るような時期の開催もいいかなと思いました。


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2016年05月13日

バルーンアート教室開催です。

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明日、広島市佐伯区利松3-5-19のナチュラルインテリア専門店「ミヤカグさん」で、バルーンアート教室を開催します。

開催日時は、5月14日(土曜日)の10時〜11時半。

参加希望者は、ミヤカグさんに電話予約するか、「ミヤカグすてきな暮らし」と検索して、Webから予約してください。
参加費は、風船の実費1000円です。

膨らませ方、結び方など、基本から優しく教えて差し上げます。簡単なものがどんどんと面白いように出来るようになります。

ミヤカグさんの電話番号は、082-928-1133です。

まだ、間に合います!


風船王子はるくより


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2016年05月09日

はるく物語(その175「今日で2015年までの物語、完結」

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※2016年1月9日より私が生まれてからの物語を書いてきましたが、この第175話で終わりです。

約4ヵ月の長きに渡って読んで頂き、誠にありがとうございました。
載せた写真は1800枚近くになるかと思います。手元にある膨大なアルバムからスマホで接写して載せました。

書けない話も多々ありましたが、迷いながらも差し支えないかなと思ったものは書くようにしました。

仕事関係の話は、ほとんど書けませんでした。これは退職したあとに、振り返って書きたいなと。


初めて読まれる方、出来れば第1話から読んで頂けると嬉しいです。





和田治邦(わだはるくに)、昭和33年8月16日に、岡山県の東北部・美作町の医院で生まれました。

生まれて自分を意識し始めた時、置かれている家族の状況が当たり前なものとして受け入れるのは皆同じですが、厳格な祖父の貢(みつぎ)さん、鳥取県八頭郡出身の祖母のなみさん、父の直美さん、母の京(みやこ)さん、8歳年上の兄の安直(やすのぶ)さんがいる茅葺きの農家で自分の道を歩き始め、のちに4歳年下の修司くんが生まれました。

私の記憶にはかすかに、蚕が桑の葉っぱをむしゃむしゃ食べている様子が残っていて、米作だけでなく養蚕もしていたのですが、私の生まれた昭和33年から乳牛の牛飼いを始めたようです。牛の数はどんどん増え、小学生の頃、牛舎を建てて、頭数を増やして本格的な酪農を始めたのです。

この生まれた環境が、それからの私の生き方や考えに大きな影響を与えたことがよくわかります。
両親から教えられたこと、背中を見て感じたことが今に繋がっているんだなと思えます。

お父ちゃんやお母ちゃんの人生は何だったのかと時々思うことがありますが、日々の生活の大半を占めた酪農の仕事は、牛は盆正月でもどんな悪天気でも自分の体調が悪くても休むわけではありませんから、元旦でも搾乳はあり、餌やりや糞尿の処理をしないといけません。乳牛は子が生まれないと乳は出ませんから、定期的に出産があり、よく夜中に起こされて出産の手伝いもさせられました。朝早くから搾乳があり、夜遅くまで搾乳し、日中の米作や畑の農作業は毎日毎日続きます。決して楽ではなく、思い通りに作業が進まなかったり、収入が安定もしなかったはずです。
そんな中、3人の子どもを大学まで出してくれたことは、大変なことです。


今の私の仕事なんて、お父ちゃんの仕事から見れば、楽で比較にもならないような薄っぺらいもののような気がしてしまうのです。

この4ヵ月、自分の生まれてからの話を文字にしていく中で、自分以外のいろいろなものも見えましたし、浅くもあり、深くもある部分もあった57年間だったなと思いました。
今日の第175話で、私の人生は終わりではなく、まだまだ続きます。せっかく、ここまで書いたのだから、その思いを活かして、これからの人生を意識して生きてみたいと思っています。
男の平均寿命は約80歳、これからどんな人生が待っているのか、楽しみです。

では、ひとまず、これでさようなら。





この私の写真は、社会人になった2年目の1985年に、京都府宇治市の平等院近くの宇治川にある島のような場所でJさんに撮ってもらったものです。
あれから31年かぁ・・・。


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2016年05月08日

はるく物語(その174「お母ちゃんのこと」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。



私をこの世に産み出してくれた、京(みやこ)お母ちゃんのことを思うと、あまりに多くのことが思い出され、その中には後悔の念を感じざるを得ないことも多々あって申し訳なかったなと。
昭和3年8月23日生まれで、昭和2年竣工した大隈講堂の翌年に生を受け、太平洋戦争を体験した青春時代の話もよく聞きました。
作陽高校の前身、津山の作陽技芸に姫新線で通ったことも私と同じです。


反抗期と片付けてはいけないけれど、中学時代にお母ちゃんを泣かせたことがあります。こうやの裏の畑で見せた、あの悲しそうな顔を時々思い出します。ほんとにごめんなさい。


大学の入学式に青い服を着て東京までやって来て、村井早稲田大学総長の話した「時は命なり」の話のことを便りに書いて送ってくれました。私は舞い上がっていたのか、校歌は歌ったけれど、総長の話は全く覚えていませんでした。
(この、入学式の時の写真が、あとで大学が出した記念アルバムに載っていて、よ〜く見ると私もお母ちゃんも小さく確認出来ました。入学式の時の話に写真を載せていますので遡ってご覧ください)


お父ちゃんが体を壊したあと、お母ちゃんまで、体の調子がおかしくなってしまいましたね。
そんな中、親孝行のつもりで敬老会では2年連続風船モデルまでしてもらいました。


お母ちゃんは、日記を書き続けていました。毎年の大晦日あたりに、翌年の日記をプレゼントするのが恒例になりましたね。
亡くなったあとに、何冊かもらって読みました。農作業のこと、孫のこと、私らの帰省のことなど、細かく書いてありました。

お母ちゃんに似ているなと思うのは、こうして、書いて残すということ、写真を撮って記録を残すこと、地図や時刻表を見て躊躇なくあちこち行くことなど、私、そのものです。

そして、携帯電話が持ちたいと、77歳の時の年末にプレゼントしました。年末年始にメールのやり方などの特訓したところ、出来るようになりましたね。
「やっちゃん(私の兄)はメールが出来ないから困る」なんて言っていました。

私の誕生日に、私が産まれた日のことをメールしてくれたことがありましたね。プリントして持っていますが私の宝物です。(一番下の写真)


いろいろ書いても尽きません。
私の心の中には、まだまだ、お母ちゃんは生きています。



今日は母の日。
京お母ちゃん、ありがとうございました。



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2016年05月07日

はるく物語(その173「お父ちゃんのこと」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。



直美お父ちゃん、私をこの世に産み出してくれて、ありがとうございました。

太平洋戦争を生き抜き、婿養子として和田家にやって来て、息子たちを育てながら、米作に養蚕、酪農と働きづめでしたね。

お父ちゃんが亡くなった時、人の一生とは何なんだろう?お父ちゃんの人生とは何だったのだろう?と強く思ったのです。
終わりよければ、すべてよしとは言うけれど、終わりはよかったのか?よかったとしても、でもなぁと。


私なりに、お父ちゃん孝行のフリはしたように思いますが、もっともっと孝行したかったし、話をいっぱいいっぱい聞きたかった。



お父ちゃんの写真を見ていると、思いがこみ上げます。

ありがとうございました!



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はるく物語(その172「はるく物語、うるとら世聞(うるとらせぶん)」)

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※2016年1月9日より約4ヵ月、私が生まれてからの物語を書いています。


「うるとら世聞」と書いて、「うるとらせぶん」と読みます。

私の早稲田時代の山仲間には、マスコミ志望も何人かいて、朝日新聞、日経新聞、読売新聞の記者になった同期がいます。
私もマスコミ志望で、NHKのカメラマンを目指しましたが、残念ながら敗退。
新聞記者にもなりたくはありましたが、同期の文才たちを見ていると、よくこんな文章かけるな〜なんて思ったのか、結局、新聞社を受けることはありませんでした。


時は流れ、1992年に転職してライフプランナーになった時、自分の思いをカタチにして発信しようと、個人新聞を手作りました。名称も何度か変えました。
「情報提供サービス」→「達人倶楽部」→「FPフォーラム」→「うるとら世聞」と。

その頃、私は「ウルトラマン」と呼ばれていた時期があり、私(うるとらまん)の思いを、世(せ)の中に聞(ぶん)いてもらうという意味や、「新聞」という意味も加味して出来た名前が、「うるとら世聞」です。
なかなかいい名前だと、当時、嬉しかったですね。


お客様が増えるにつれ、発行部数もどんどん増え、発行10年目には、地元の中国新聞の夕刊にカラー記事で取材を受けたこともあります。

モノクロコピーから、色紙に印刷となり、カラーとなりました。
文章を作り、イラストも手描きで、レイアウトを考えるのも楽しいですね。
友人の亀田孝志さんの会社にお願いして、だんだんと完成度もよくなり、現在、第198号まで発行しましたが、ある理由でひと休みしています。

この先、どうするのかな?




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2016年05月06日

はるく物語(その171「妻、広美さんのこと」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


結婚した時のことや新婚旅行の話などは、1988年の時の話で詳しく書きましたが、今年(2016年)で結婚から28年目となりました。

ちょっと変わった性格の私に、よくついて来てくれたと思います。
残念ながら、子育てはすることは出来ませんでしたね。
3回の流産があり、何度か広島大学病院にも行き、治療?をしましたが、私たちの子どもを見ることは出来ませんでした。

子どもを連想させるテレビ番組があると、(私が)チャンネルを変えていた時期もありましたが、本当につらかったのは私ではなく広美さんだったと思います。その後、あの時生まれていたら、小学生になったなとか、卒業式だなとか、入学式だなとか、大学生になったなとか、節目節目に思うこともありました。



1988年の新婚旅行の北アルプス縦走は、さぞかしびっくりしたことでしょう。今まで、無かったような体験をして、素晴らしい景色も見られましたね。

福岡に約2年半住み、広島に26年一緒に住みました。
結婚25周年の2013年、新婚旅行で歩いた、北アルプスの双六岳に25年ぶりに行き、槍ヶ岳〜穂高岳を眺められたのはよかったですね。

風船にもいろいろ付き合わせて、早稲田キャンパスでの稲門祭に何度も来てもらいました。心強かったよ。


体調の面でも、心配を掛けることが何度かあり、申し訳なく思っています。


まだまだ、これからが長いはずです。

健康に気をつけて、飲み過ぎず、人生を楽しみたいので、よろしくお願いします。



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はるく物語(その170「兄、安直さんのこと」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


やっちゃんこと、兄の安直さんは8つ年上ということもあり、ほとんどけんかをしたことは無いですね。

このブログに書き始めた「はるく物語」は、やっちゃんが作った「やっちゃんの鶏声小話」という自分の物語を書いた本がきっかけでもありました。
やっちゃんは、「お前も書け!」と言いましたが、本を書くのはどうかな〜と、差し支えが無い?範囲内で、ブログ書いてみることにしました。

1月9日から書き始めて約4ヵ月。やっちゃんのことは、実はいろいろ意識しながらも、あまり具体的な話は書けてないかもしれません。

林野高校から、長野県の信州大学農学部に進み、松本の会社に就職しました。私が中学3年生になる年です。やっちゃんが長野県でサラリーマンになったということは、自分が実家の酪農を継ぐのかな?と、自分の夢はありながらも漠然と思ったりしました。

が、祖父の貢さんが倒れたことで、兄は松本から由美子さんを連れて帰って来たのです。

その後、酪農をやりながら、3人の子育てを厳しくやりましたね。
私と弟のしゅーちゃんが高校、大学と進学し、お金も掛かりましたから、私ら弟2人が私立大学に行けたのも両親というより、やっちゃん夫婦のおかげであったことは容易に想像出来ます。

酪農が厳しい時代となり、3人の子どもたちの教育にもお金が掛かりましたね。その苦難の教育を乗り越えたあとも、3人の子どもたちのことでいろいろあったですね。

やっちゃんはある時から、お酒もタバコもやめ、ファッションと車に独自の個性を見せるようになりました。
この春、66歳。
まだまだ、仕事をやるようですが、健康に気をつけて、夫婦仲良くやってくださいませ。しゅーちゃんや私ら夫婦もよろしくお願いします。

今、やっちゃんは「学割が使える」ことも自慢です。
信州大学大学院の学生です
「農学博士」になるのかな?


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はるく物語(その169「弟、修司くんのこと」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


弟のしゅーちゃんこと修司くん。
4つ年下ということもあり、よく一緒に遊んだりしたし、けんかもしたですね。将棋に負けたりすると、駒を投げたりもしたように思います。

林野高校から名古屋の大学に進み、少林寺拳法部で鳴らした大学時代、社会人となり、ほんと、いろいろあって、波瀾万丈の人生を生きて来たなと思っています。

お盆やゴールデンウィーク、お正月の帰省時は一緒に地元の温泉に行ったりドライブしたり、帰省するのが楽しみです。

「明日から」ではなく、今日からダイエットして欲しいというのは、私の本心ですヨ、しゅーちゃん!


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2016年05月05日

はるく物語(その168「金握り(マスカケ)」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


私の手相は、「金握り(マスカケ)」という手相で、小さい時から幸運を掴む手相だと言われていました。
母は、右手が「金握り」で、親に似たのかなと思ったりしましたが、今、振り返ると、今までの私の人生で出会った人、起こったことなど、その全ては偶然かもしれないけれど、必然だっように思えるし、この手相のおかげだったのかもしれないな。

写真の上の2つは私の左右の手相で、3枚目は母の右手の手相です。


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同級生とドライブ。

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中学時代の同級生と、懐かしの場所巡りをしました。
津山市の「くらや」さんで喫茶タイムも愉し。


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はるく物語(その167「2015年・稲門祭」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


稲門祭での風船パフォーマンスは、2014年を最後にしようと思っていました。
が、稲門祭実行委員会の担当者から打診を受け、頼まれたら断れない?性格からか、もう一回やってみるかな?と、今度こそ、最後の稲門祭の風船パフォーマンスとなりました。

5人の現役の早稲田の学生と、昔のゼミ仲間の安藤くん、妻のサポートで、かなりの数の風船を使いました。
昔の山仲間の川口くん夫婦もやって来てくれたり、大崎の青柳ファミリーもやって来てくれましたね。

文学部キャンパスの記念会堂が建て替えのため、稲門祭式典に使えず、大隈講堂が式典会場となったため、近くの早稲田キャンパスは大混雑。私のパフォーマンスも、大隈講堂前では出来ず、ちょっと戸惑いながらも旧図書館前の空間を確保してパフォーマンス。
風船教室は、11号館の1階で開催しました。
サポートの現役の早稲田の学生たちが意欲的で、私のあとも風船が無くなるまでやってくれました。素晴らしい!


前日、上野で、広島時代にお世話になった柳沢さんに再会し、昼間から一杯やりました。夜は夜で、高田馬場の居酒屋で、昔の山仲間たちと大宴会でした。




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2016年05月04日

はるく物語(その166「2015年・3193M北岳!」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2015年の夏山は、満を持して、富士山に次ぐ、日本第2の山、北岳(3193M)に登ることにしました。

メンバーは、私たち夫婦、長野市の高澤史納さん、津山市の志水康樹さん、早稲田の山の会の後輩工藤晴之さん。

しかし、増えた体重、弱った足腰。少々のにわかトレーニングにはきつかったです。
ですが、日本第2の山です。その登りも景色もさすがでした。

北岳山荘で飲んだ生ビールもコーヒーも美味しかったですね。

富士山をバックに、スーツ姿のウルトラマン。

よかった〜!


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はるく物語(その165「2015年・椎間板ヘルニアになった!」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2015年、それなりによくやったと思いますが、実は、北岳に登ったあと、数週間後に腰の痛みがあり、ぎっくり腰かな?と思ったのですが、どうも違う感覚があり、その間、騙し騙し、仕事もしていましたが、11月の下旬に長野市に出張した時に、知り合いの医師の高澤尚能さんに会った時、「和田さん、それ、ヘルニアですよ!」と。

整形外科に行き、MRIを撮ると、完璧な椎間板ヘルニアでした。結局、約4ヵ月、まともに歩けなかったですが、手術することもなく、体の力?日にち薬で回復しました。が、2016年の夏山は難しいかなぁ。




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はるく物語(その164「2015年・ポール・マッカートニー」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


神原のしだれ桜を見る度に、咲き誇る姿が、胸を張って「どうだ、まいったか!」と堂々と見せつけている姿に見えてしまうのです。人も桜も、地球誕生から生物が生まれ、違った進化を遂げた、同じ仲間だなとも。桜も自分自身のようだなと。

美味しそうに、きなこのあんころ餅を食べてるのは、縄文村の駅場さんのお孫さん。こんな子どもが、昔はいっぱいいたなぁと思うのです。

ポール・マッカートニーの日本公演がいくつかの場所であり、大阪の京セラドームでの公演を弟と行きました。70歳を過ぎて、これだけ元気なミュージシャンは稀です。チケット1万8000円は安くはないですが、その場を体験すると大満足な時間だったと余韻が残りました。あの、ビートルズのポール・マッカートニーを生で見られたのですから。

兄の馴染みの備前焼の店で、いくつかの作品を購入しました。兄の影響もあり、備前焼の魅力に引き込まれています。普通に器として使っています。


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はるく物語(その163「2015年・同窓会やポール・スミス」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2015年もいろいろなことがありました。
1月2日には、津山市のフォーク酒場たるで、作陽高校11組の同窓会を開催。お正月開催希望の人が多かったのでそうしたのですが、ちょっと少なかったですね。山田先生が出られた「何でも鑑定団」や「1976年の作陽高校体育祭」のビデオを見て、笑って飲んで話しての懐かしい時間を共有したひとときでした。

ポール・スミスの新しいワイン色の時計を購入したのもこのお正月。お洒落な時計だと言われますね。夏用のポール・スミスも合わせてはめてみました。

この年、やって来た「早稲田学報」を見ていたら、昨秋の稲門祭の時の写真が載っていました。このモデルをしてくれた女の子、嬉しそうだったな。

自宅近くのスーパーフジで買い物をしていたら、早稲田印のとんがりコーンを発見。早稲田ベア(大隈〜大熊)が載っていました。焼きりんご味もなかなかよかったです。

出張で福岡に行った時、川端通りの帽子屋さんで、これ買っちゃいました。ウサギの毛の帽子で高かったけど、気に入っちゃいました。寒い時期に、よくかぶっています。

前年に続き、またまた、アルパークの北海道物産展にやって来た船木和喜さんに再開。ちゃんと、金メダルを触らせて頂き、ツーショットさせて頂きましたよ。

ずっとやっている会社のファミリーパーティーの風船マン。助手の二人もよくやってくれました。


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はるく物語(その162「2014年、稲門祭」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2014年の稲門祭、天気も良くて、大隈講堂前のパフォーマンスは、参加型にして、皆で一緒に作ろう!をやりました!

サポートの現役の学生や昔のゼミ仲間たちも、うまくやってくれ、今までで一番満足の風船パフォーマンスになったかなと思いました。5年連続の稲門祭の風船パフォーマンスでしたから、この年を最後にしようと思いました。


この秋の上京時に、1974年の中学卒業以来会っていなかった、浅田緑さん(森緑さん)と40年ぶりにお会いしました。懐かしかったですね。
浅田さんは林野高校に進学し、その後、「歌手になる」と林野高校を辞めて上京したとの風の便りがあり、ずっと気になっていたのですが、中学校全体の同窓会のあと、出席の無かった東京に住む浅田さん宛に手紙を送ったところ、このブログにメッセージがあり、やり取りをするうちにお会いすることになったのです。

この年も、稲門祭の前日の土曜日は、高田馬場のサンルートホテルに泊まりました。
早稲田の山仲間たちが大勢集まり、例年通りの大宴会となりました。



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はるく物語(その161「2014年いろいろ」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2014年、会社の有志と徳山港から、回天のある島に気合いを入れに行きました。太平洋戦争末期に、生きて帰ることなく人が乗り特攻するための兵器を見ることで、感じるものは大きかったですね。

高澤さんの広島三越でのストールフェアが始まり、春秋には多くのお客様が購入されています。親友の高澤さんのフェアが、私の住む広島で開かれている事実は嬉しいものです。その後、私のお友達の向井さん繋がりで、博多大丸でも開かれるようになり、日本中に広まりつつあります。

この年は、地元井口台のなかよし学級で、風船を使った授業を開かせて頂きました。集中力は凄かったですね。最後に、校長先生に風船帽子をかぶってもらって記念撮影しましたよ。


男性料理教室「匠の厨房」も、休む月もありながら、気分転換にもなるので、なるべく参加しています。パエリアみたいに簡単で見栄えのある料理が好きですね。家ではあまりやらないのがいけませんが。

自宅ベランダから空を見ていると、クジラがいたり、蚕の虫がいたり、時にはこんな不思議な一直線雲が現れたり。空を見るのが好きですね。雲がいろんなものに見えるのが嬉しい訳です。

同僚に、先森さんという人がいます。これまた同僚の田中博さんの奥様が似顔絵を描く達人で、いろんな人を描いていますが、先森さんの似顔絵がめちゃ似ていたので、色を付けてみました。

この年の冬、高澤ストールを首に巻いて、この帽子が私の定番でした。ウケ狙いではないながら、結構、好評でしたね。





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2016年05月03日

はるく物語(その160「2014年・金メダルの船木和喜さんと」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2014年の出来事で、特筆したいのは、長野オリンピックのジャンプ競技で、団体とラージヒルの金メダル、ノーマルヒルの銀メダル、船木和喜さんに会って話したこと。

アルパーク天満屋の北海道物産展で余市のアップルパイを販売されていたのです。3回、会って話して金メダルも触らせて頂きました。
あの感動の団体金メダルのシーンを思い出しました。

また、オリンピック中継や大相撲中継でお馴染みのNHKアナウンサーの刈屋富士雄さんともお会いしました。刈屋さんは私と同じ、1983年に早稲田大学の同じ学部の卒業で、実は私もNHK志望でした。私は受けましたが夢叶わず、刈屋さんはNHKの看板アナウンサーになられ、やはり、羨ましかったですね。

いろいろお話しましたが、数ヵ月前に、奥様を病気で亡くされていたことを知りました。

この年、ベランダで綿を作ったのですが、見事な花を咲かせ、秋には立派な綿が採れました。植物の不思議な力を間近で観察出来たのは良かっです。

春、横浜の皆さんも帰省して法事がありました。
田舎もだんだんと変わっていきます。



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もみまき。

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岡山県北、勝央町の実家で、毎年恒例のもみまきをしました。

昔むかしは苗床を作って、手植えの田植えでしたが、今は機械植えなので、こんなものを準備するのです。

毎年、5月の連休中の恒例の行事です。




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はるく物語(その159「2014年、蝶ヶ岳(その2)」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2014年の夏山の蝶ヶ岳は、前夜の大変な雷雨から一変して、槍ヶ岳〜穂高岳がよく見えましたし、夕焼けと朝焼けも素晴らしかったですね。西日本では、台風の影響もあり、北アルプスでも上空は風がかなり舞っていました。

蝶ヶ岳ヒュッテの近くには、高山植物の女王と称されるコマクサを見ることが出来ました。山で飲むコーヒーや生ビールは、いつもの何倍もうまいものです。
これを飲むために、山に登っているようなものかな!?


下山したくらいから雨が降り始め、ほんとに恵まれた夏山でした。
高澤さんの車で上田のホテルに向かい、夜は近くのお店で打ち上げをしました。
高澤さんの奥さんや、お母さん、息子の翼くんも参加して、大変な宴となりました。
翌日は、上田城など、長野観光を楽しんで、長野駅近くから、レンタカーで名古屋に向かい新幹線で帰広しました。


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2016年05月02日

はるく物語(その158「2014年、蝶でウルトラマンプロジェクト」)

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※2016年1月9日より、私が生まれた時からの物語を書いています。


2014年の夏山は、前年の「双六プロジェクト」に続いて、景色のいい山に行こうと妻と相談し、高澤さんとも1987年に行った北アルプスの蝶ヶ岳に行くことにしました。
新たなメンバーとして、作陽高校の同級生の志水康樹くん夫婦も参加となり、前日、豊科のホテルに泊まって、翌早朝に高澤さん夫婦の車で三ツ俣まで入り、高澤さんの奥さんは帰宅して翌日の午後、また、車で迎えに来て頂きました。
普通は名古屋からJRで長野入りしますが、この年の梅雨の豪雨で中央線の南木曽あたりの線路が流れ、お盆前まで不通になっていて、名古屋からレンタカーで長野入りし、帰りもレンタカーとなりました。


さて、蝶ヶ岳、良かったですね。
今回、槍ヶ岳〜穂高岳をバックにスーツ姿のウルトラマンをやりました。
パーコレーターで入れたコーヒーも、山小屋の生ビールも、この上なく旨かったです。



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岡山県北の田舎に帰省時。

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岡山県北、勝央町の田舎に帰省しています。
私の実家や妻の実家をうろうろしていますが、昨日は三兄弟で私の車(レガシィ)で備前市伊部に備前焼を見に行き、兄のよく行くいくつかの店に行き、気になった徳利を日本酒用と一輪挿し用に購入しました。
この、丸く出たのがとても気に入りました。
兄の馴染みのお店ということもあり、ずいぶん安くしてもらえました。


実家あたりは、5月の心地よい風が吹いています。
明日の午前中に、恒例の「もみまき」をする予定です。
実家の庭は、松の木などがかなり大きくなり、近いうちに伐ると言っていました。
下から3枚目の写真の建物は、私が生まれた頃からありましたから、ほんとに古い建物ですね。


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はるく物語(その157「2013年のこと」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2013年のある日、義父の武幸さんが日向ぼっこをしていて、庭の草取りをしていた妻が横に座った時の1枚の写真でしたが、義父が亡くなった今、とてもいい写真だったなと皆に言われます。義父の人生の物語が終わった時、関わった人たちの心の中にその人は生き続ける訳ですが、写真の果たすものは大きいと思うのです。


この年、やって来たポール・マッカートニーの公演を福岡のヤフオクドームにしゅうちゃん(弟)と観に行きましたが、約40曲をギターを換えながら水も飲まずに歌いきった71歳に驚きました。大相撲の福岡場所に現れたり、懸賞をアビーロード風に出したり、なかなかやりますね。


私が異常に柿が好きなことは以前書きましたが、江波に住む中東さんにたっぷりと柿をもらった年でもありました。柿の木があるのはいいものですね。


風船に関しては、井口台のTOYのライヴに登場したり、かしむら会に登場したりと、場を華やかにさせて頂いたりは相変わらずですね。


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はるく物語(その156「2013年のこと」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2013年、この年も広島稲門会では、カープの福井投手の激励会で始まりました。
私の故郷、岡山県北の出身であり、早稲田野球部出身であり、広島の球団の期待の星であり、活躍して欲しい思いは強いですね。

この年、手元にあった膨大な手紙やハガキ、年賀状を整理したのですが、年賀状の中に、毎年、プリントごっこで出している玉置哲広さんと、毎年、家族の写真年賀状を出している高澤史納さんの年賀状を並べて写真を撮ってみると、これがアートになりました。A3サイズのカラーコピーにして、二人に送りましたが、手元に普通は残していないのが年賀状です。
私も毎年、いろんな写真年賀状を出しましたが、1枚だけでも控えとして残しておいていたらなと思いましたね。


この年に会った有名人は、コニタンこと、金どこで名を馳せた小西さんと横川でお好み焼きを食べたり、U-23でサッカー日本代表監督だった関塚さん、今はジェフユナイテッドの監督をされていますね。

他には、倒れそうな地元の電柱の話をブログやFacebookに何度も取り上げて、建て替えを実現したり、朝のウォーキング時に、何度もゲンジ(クワガタムシ)を捕まえたり、田んぼアートが流行っている岡山県北で、NARUTOのアートに感動したり、大阪で、昔むかし好きだったいとこの順ちゃんと再会したり、1人の時は結構、おつまみを作って楽しんでいた年だったかな。特に、豚バラ肉を使ったしそ巻きはよく作ったなー。


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2016年05月01日

はるく物語(その155「2013年、稲門祭の前日は!」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2013年の稲門祭も前日から東京入りしてスカイツリー行ったりしたが、この日、卒業以来、会っていなかった歩行会の山仲間の同期、商学部の池谷さんと30年ぶりに会ったのです。

卒業してから、彼は転居先が不明になり、なかなかわからなかったのですが、時々、ネットで名前の検索をやっていた私は、それらしき記事を発見。彼が勤めていた高校に連絡し、移動先を調べて連絡して、伝言を伝えておいたところ、池谷さんから電話があったのです。

稲門祭の前日、池谷さんがちょうど東京に出張があったので、東京駅のカフェで30年ぶりに再開、楽しいひとときになりました。夜の高田馬場での旧友たちとの宴には池谷さんは参加出来ませんでしたが、翌年はサプライズゲストとして参加となりました。




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はるく物語(その154「2013年の早稲田稲門祭」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2013年秋の早稲田キャンパスでの稲門祭は、朝から土砂降りとなり、カメラマンとして高澤さんも早稲田キャンパスにやって来てくれましたが、残念ながら大隈講堂をバックの最高の写真は撮れませんでした。

パフォーマンスと風船教室は、11号館1階での開催となり、それなりに出来たかなと。青柳さんファミリーも、雨の中、やって来られました。花子ちゃんにモデルになってもらいました。

キャンパス全体での来客も少なかったと思います。
その分、風船パフォーマンスでは一人あたりもらえる風船はたっぷりありましたね(笑)。

1枚目の写真は、パフォーマンス前のサポートの現役学生らと記念写真。


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2016年04月30日

はるく物語(その153「2013年双六プロジェクト(その2)」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2013年夏の「双六プロジェクト」には、私たち夫婦に親友の長野市のシルクの達人、高澤史納さんが同行してくれ、大いにサポートしてもらいました。

私は、バテバテの登りでしたからね。
高澤さんは、ザックやウェアに靴など、一式を購入していました。着替えをたっぷり、カメラを2台にデカイ三脚など、とにかく、たくさん持って来ていました。
という訳で、双六岳だけで終わってはもったいないと、翌年も、その翌年も、夏山に行くことになりました。



双六大地から槍ヶ岳〜穂高岳を見て、高澤さんは、「ここかあ〜」と言いました。
高澤さんに、写真で何度も見てもらった場所に、彼も実際にやって来て感動していたはずです。
登りの時、バテバテの私のザックを、実は、持ってもらったりもありました!
ありがとー。


妻は、割りとひょいひょいと登りましたが、紫外線に気を使い、サングラスもあって、ダース・ベイダーのように見えました。
2枚目の写真の、妻の後ろに見えるなだらかな山が双六岳です。




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はるく物語(その152「2013年夏・双六プロジェクト」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2013年の夏、新婚旅行の時に北アルプスを歩きましたが、それ以来、25年目にして、懐かしの北アルプスの双六岳に行きました。

2013年8月3日の午前6時過ぎ、双六双六大地に立ち、槍ヶ岳〜穂高岳を眺めました。
素晴らしく本当に最高でした。スマホから、1枚目の写真をブログとFacebookにアップしましたら、Facebookには今までにないくらいのお祝いメッセージを頂きました。


新婚旅行以来、ちょうど25年ぶりの銀婚式旅行です。
結婚して約15キロ太り、足腰は弱り、南北アルプスなんて全く行って無かったわけですが、第144話に書いたように、約2年前の妻のけがの入院時の会話から、また、やって来ることになりました。

この2年間、「双六プロジェクト」と称して、このブログとFacebookに何度も、「行くぞ!行くぞ!」と記事にしました。行かざるを得ない状況にしましたし、毎朝、4時50分に起きて、約1時間のウォーキングを続けました。


この25年の間に、山は変わらないながら、環境はもちろん、ウェアやザックや靴など、道具大きくは変わりましたね。特に、トレッキングポールと言われる杖を皆んな持ってるし。携帯電話(スマホ)が山の中でも、だいたい使えることにも驚きました。



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2016年04月29日

はるく物語(その151「2012年の稲門祭」)

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※2016年1月9日より、私自身の物語を書いています。



2012年。
早稲田キャンパスでの稲門祭の風船パフォーマンスも3度目となり、だいたいの要領もわかって余裕のパフォーマンスが出来ました。

妻と、昔のゼミ仲間の3人、そして現役の学生数人のサポートで、天気もよくてバッチリだったかな?
パフォーマンスも大事ですが、大隈講堂をバックの記念写真も決めたつもりです。妻は大隈講堂については、あまり感動は無いようですけどね。

稲門祭は日曜日の開催ですが、前日の土曜日の朝イチに新幹線で広島を出て東京入りして観光し、夜は学生時代の山仲間たちと高田馬場あたりで宴というのも定番になりました。
宿泊は高田馬場のサンルートホテルにしました。宴には私の同期はもちろん、ひとつ下の代の懐かしい顔も集まってくれましたね。幹事をしてくれた、とっつあんこと山口さんに感謝です。



広島では、「かしむら会」での風船マンが定番になりつつありました。風船パフォーマンスと言えば、もう、すっかり、ウサギが二羽の帽子になっていましたね。この年は、広島のご当地ヒーロー、メイプルカイザーさんの素顔を見てしまったです。


いやはや〜(笑)。




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はるく物語(その150「2012年・元宇品小学校で」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2012年の暑い7月のこと、広島県警にお勤めの知人の話から、元宇品の島にある小学校で風船パフォーマンスと風船教室をすることになりました。

教室から海が見える小学校は羨ましいくらいの環境でしたね。
この島の小学校も、だんだんと児童数は減っています。


風船やりながら、頭の中にユーミンの「瞳を閉じて」という曲が流れていました。



私の実家あたりの風景も、だんだんと変わりつつあります。昔から帰省の度に感じる田舎のにおいに、帰って来たなーと思うのです。
今はほとんど乗ることが無くなった姫新線の美作江見駅と美作土居駅は昔ながらの駅舎が味があるのですが、美作江見駅がある保険会社のCMに使われたことがあり、時々、カメラを持った人を見かけるようになりましたね。




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2016年04月28日

はるく物語(その149「2012年・11組同窓会など」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2012年、作陽高校11組の同窓会を古森菊美さんと志水康樹くんと企画して、お盆に開催予定としていたのですが、3月くらいに山田先生が共学道場の生徒を引率してオーストラリアに研修旅行に行った帰り、関西空港に着いてバスで中国自動車を走り、加西サービスエリアで休憩という時に乗っていたバスが柱に衝突の事故で大ケガをされ、幸い山田先生の命は助かり、生徒も大きなケガにならなくて学校に復帰出来たということがありました。この事故はテレビでも流れ、本当にびっくりしました。


山田先生のお見舞いに津山中央病院に伺って、先生と生徒たちの無事に安堵し、私たちは何があるかわからないから同窓会は先生が元気なうちに早めにやろうと、少人数ながらお盆に予定通り開催して、あの、「伝説の11組」時代を懐かしみました。次回は、お正月に大人数でやろうということになりました。山田先生はその後、「何でも鑑定団」に登場され、棟方志功の版画で1億円の鑑定で、びっくりさせてもらいました。


巻き寿司は我が家の定番の料理で、何かと巻くのですが、かんぴょうが実家から手に入らなくなって寂しい限りです。巻き寿司、好きです。おばあちゃんとお母ちゃんの巻き寿司を思い出します。


この年、マンションの大規模修繕がありました。建物も生き物です。メンテナンスで長生き出来ますね。


風船王子はるく、絶好調の時期で、SONYフェアでも大人気だったなー。
知り合いのピアノ発表会に登場したり、結婚披露宴で余興やったりはお手のものでした。

柏村武昭さんが、「かしむら会」をスタートされたのはこの年でしたね。
この時いた受付の美乃里さん、可愛かったですが、今は東京の人ですね。


下の抹茶パフェといちごパフェは、津山の「くらや」さんのもの。ちょっと、血糖値が上がりますが、うまい!




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はるく物語(その148「2012年の瀬古さんなど有名人」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2012年に出会った有名人を挙げてみると、稲門祭の瀬古さん、美容室アムのお客様感謝祭で、現カープ監督夫人の緒方可奈子さん、カープの福井投手に土生選手(誕生日が私と同じ8月16日)、早稲田の駅伝監督の渡辺さん、中電監督の坂口さんと佐藤選手(現京セラ女子駅伝部監督)。


ほとんど、早稲田繋がりですが、みなさん、それぞれに秀でた才能をお持ちであり、同じ人としても会話が出来ただけでも幸せだなと思いました。


そして、ザブングルの(「悔しいです!」の)加藤さん。新幹線に乗った時、横の席で「情熱大陸」の台本を長時間お読みでした。
私は勇気を持って、加藤さんに・・・。


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2016年04月27日

はるく物語(その147「2011年・ハローワセダ広島」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2011年の初冬だったかと思います。早稲田大学では日本各地で早稲田を知ってもらうイベント、「ハローワセダ」を開催しているのですが、広島でも開催が決まり、「バルーンアート」と「料理」の2つを同時開催し、2つのグループに別れてどちらも体験出来るという企画になりました。

私は、「クリスマスに間に合うバルーンアート」と題して、いつもの風船帽子をかぶって講師役をやりました。


もう、どうだまいったか!というくらい風船を使いました。大好評のうちに終わり、早稲田大学関係のホームページの中に、私の姿も登場していたのをあとで見つけて、ひとり、「うふふ♪」と喜んだのでした。


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はるく物語(その146「2011年・ウルトラマン倒れる!?」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2011年の夏、ウルトラマンエースは奥出雲に行ってしまったけれど、それまで立っていたベランダでは、やはり2メートル35センチと大きく、地震があれば慌てて帰宅するし、台風が近づくと写真のように倒しておりました。

すると、日常のように見ていた人は思うんです。
「ウルトラマンは台風で飛んで行ったん?」と。
見ている人がたくさんいたことを知ると、やっぱりウルトラマンはすごいなと思いましたね。


私が、サッポロビールファンであることは、以前書きましたが、ヱビスの瓶ビールに「ラッキーヱビス」と言われる、魚籠から鯛の尾っぽが見えてるものがあり、今まで何度か出会ったことがありますが、やはり嬉しいものですね。
ビールには、お好み焼きがピッタリですが、ホルモンうどんもピッタリです。
美作市の喜久屋のホルモンうどんを帰省の度に食べに行きますが、3日連続行ったこともあります。ホルモンうどん、ホルモン焼きそば、ホルモン焼き飯とね。
おばちゃんとの会話が、さらにうまくなる喜久屋のホルモンうどん。


「双六プロジェクト」で、2013年の夏に、1988年に新婚旅行で行った双六岳に行くと決めて、毎朝のウォーキングを始めていましたが、1988年の双六岳で出会った山口大学のワンゲル(お揃いのシャツがエンジ色で、早稲田カラーと同じでした)の人たちのことを、このブログに書いたところ、「この写真を撮ったのは私です」と、ブログ記事にコメントが入ったので驚きました。今は福岡県警にお勤めと言われたかな。23年目にして、こんなメッセージを頂けるのもSNSやブログの時代になったのですね。


呉市に、大和ミュージアムという戦艦大和の博物館があり、結構、賑わっていながらなかなか行ってなくて、一度は行っとかないと話にならないと行ってはみたものの、私が気になったのは零戦と回天だったという事実。


秋の早稲田キャンパスでの東京入りの時は観光を兼ねてあちこち歩きます。体操競技をやってた時だったな。
そして、おせちは全て手作りがいいですね。


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2016年04月26日

はるく物語(その145「ピーター・フランクルさん」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2010年の9月に、妻と福岡に行き、松田玲子さんや江頭美和さんと会ったのですが、その時、福岡市の天神で大道芸をやっている人を見てびっくり。

この人、数学者でもあるピーター・フランクルさんで、NHKテレビとかでよく見かけた人でしたから、何でまたこんなところでやってるのかなと、パフォーマンスの終了を待って聞いたのです。

すると、時々、感覚を鈍らせないために、出張とかで出掛けた時には路上のパフォーマンスをやるようにしているんだとか。
私も、ある意味、風船パフォーマーですから、何となく気持ちもわかるし、これが大事なことなんだなと思いましたね。もちろん、ツーショットお願いしました。


天神に行くと、行ってしまうのが紀文のマグロ丼。
久しぶりだから、自分へのご褒美だよとウニたっぷりを頼んでしまいます。これで、2800円なり。

東京、早稲田に出掛けた時には、1982年に西表島で出会ってからのお友達の吉田さんとぶらぶらしたり、別の機会には南海キャンディーズの漫才を聴いたりと、東京を楽しむのは忘れていないですね。


福岡の天神もいいですが、実家にある天神山。
この山が暗くなるくらい雲が立ち込めると、雷が鳴り土砂降りになると小さな頃から聞いていました。

稲の上を風が吹いて、フワッと夏の稲の匂いを感じた田舎の風景も遠い昔です。


そう言えば、キャンディーズと言えば、メンバーになっていた、ウイメンズダイナミクスという女性の集まりの会に、原田真二さんがゲストでやって来て、生キャンディを聴いた時、鳥肌立ちました。


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2016年04月25日

はるく物語(その144「双六プロジェクトの始まり」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2011年の6月のことです。
妻が高齢の父の身の回りの世話をするために、岡山県美作市の実家に帰省していたのですが、車を運転して広島に帰って来ると、右手のあちこちに内出血していて、かなり痛いと言うのです。

これはいかんと、浜脇整形外科に連れて行ったところ、右手の肘の骨が砕けて引っ張られてかなり上に骨が行ってると。

妻は右手に傘をさして、左手に荷物を持ったまま滑って右手の肘を打ち、骨が砕けたようです。
まあ、約3時間、よく運転して広島に帰って来たものです。


全身麻酔で手術となり、約2週間の入院となりました。しかし、手術室に入る時は、やはり、心配だし、泣けますね。待つ時間も長かったですね。


入院している間、毎日、少しの時間でも病室に顔を出しに行きましたが、入院している時の1日は長く暇な訳です。


私が整理しているたくさんのアルバムも持参して、一緒に北アルプスを歩いた1988年の新婚旅行の時のアルバムを見ていた時、私が、「もう、こんな山には行けないな・・・」なんて言ったところ、妻は、「また、行きましょう!」と言ったのです。



結婚してから15キロ太り、足腰も鈍(なま)っている私には、無謀とも思えましたが、2年後の2013年は結婚25周年の銀婚式の年だし、2年かけて体を作ろうと、2013年に北アルプスの双六岳から槍ヶ岳〜穂高岳を眺めようと、ブログやFacebookで宣言したのです。


すると、長野市の親友の高澤さんが同行したいとの申し出があり、また、亡くなった早稲田の山の会の親友松田くんの奥様が、「双六プロジェクト」と命名してくれ、こうして、双六岳に行くぞ!と、計画が始まったわけです。




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2016年04月24日

はるく物語(その143「2011年タイガース田んぼ」)

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※2016年1月9日より、私が生まれてからの物語を書いています。


2011年3月9日に、愛車黒ベンツに乗って、やっちゃん(兄)らーが広島にやって来ました。
養鶏業に勤めるやっちゃんが、養鶏に関する得意先に顔を出す機会を利用して、気になる?広島にちょっとだけ来たかったんだと思います。

せっかく広島に来たんだからと、近くにあるお好み焼き屋さん「じゃんぼ」で皆でわいわい食べました。
我が家で作るお好み焼きは関西風ばかりなので、たまに誰かがやって来ると、近くの「じゃんぼ」か街中のお好み村にお連れしたりですね。広島のお好み焼きは、焼きたてをヘラで切って口に運ぶのが通のように言われすが、鋭利なヘラは危ないので私は箸を使う方がいいな。


石見の縄文村が好きでよく行きますが、オーナーの駅場さんとの会話が楽しみなんだとわかります。
それに、私が行くといろいろなお酒を飲ませてくれます。「死神」という日本酒、なかなか駅場さんに似合うと思いませんか?


数ヵ月に一度、歯のメンテナンスをしてもらっている武田歯科医院の皆さんに、私の個人新聞「うるとら世聞」に登場してもらったり、宇品のトロンちゃんのパン屋さんのイベントに、メロンパン色のウサギ帽子をかぶって登場したのもこの頃でした。


ところで、私の故郷の近く、岡山県美作市の作東インターのそばの田んぼに、「トラちゃん田んぼ」と言われる、阪神タイガースのキャラクターをアートした田んぼが毎年現れて、10月の刈り入れ時には元タイガースの選手も参加しての大イベントっぽくなっていたのですが、さらに他の地区にジャイアン田んぼや英田町にはカープの福井投手のお父さんが田植えに参加したカープ田んぼも現れて、これは12球団のすべてが登場するまち起こしかと思ったら、タイガース田んぼがいち早く無くなってしまいましたね。継続することは、大変なことなんです。




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