子供の頃、童話で”ガリヴァー旅行記”を読まれた方も多いと思います。小人と国と巨人の国へいったガリヴァーの冒険譚。映画にもなっていますね。ですが、ジョナサン・スウィフトの書いた原作は、とびっきり大人向けの小説であり、18世紀のイギリスを代表する風刺文学作品であることをご存知でしょうか。

童話のイメージと原書のイメージのずれがあまりにも大きいので、一言で説明することは難しいです。そこで、今回の記事では、かいつまんで原書のストーリーを説明しながら、”ガリヴァー旅行記”の知られざる7つの事実をご紹介することに致します。



1) 作者は政治ジャーナリスト
以前に別記事でも紹介しましたが、作者であるジョナサン・スウィフトはアイルランド人です。(過去記事:アイルランドの涙)。当時のイギリスはトーリー党とホイッグ党の二大政党時代。スウィフトはロンドンで、トーリー党に肩入れした文書を発表し、また政治活動にも奔走していました。最終的にはホイッグ党の勢いが強まったことで出世の機会を断たれ、ロンドンを去ってアイルランド愛国主義者として活動しました。

ちなみに同時期に政治ジャーナリスト&スパイとして活躍したライバルに、ダニエル・デフォーがいます。彼は引退後に執筆した”ロビンソン・クルーソー”の作者として知られています。二人とも政治の世界から文学の世界に転身して、歴史に名を残しました。


2) 作品中には皮肉と風刺がいっぱい
そんな政治の世界にどっぷり身を浸していたスウィフトの小説ですので、至る所に政治的なメッセージが隠されています。例えば、最初にたどり着いた小人の国=リリパット国。ここでは、才覚ではなく、綱渡りが最も上手い者が大臣になるという設定で、大変滑稽なのですが、それだけではありません。これは英国首相であったウォルポールを嘲笑ったものです。ホイッグ党のウォルポールは、スウィフトにとっては政敵でした。

それだけではありません。リリパット国では、卵の剥きが原因で隣国と戦争状態にありました。これは英仏両国の戦争をなぞらえたものであり、違う見方をすれば英国国教会とカトリックの対立は”卵の剥き方程度のしょうもない理由”と模した痛烈な皮肉でした。前篇に渡って皮肉と風刺に彩られているのが、ガリヴァー旅行記の魅力です。


3) 正式なタイトルは結構長い。
そんなガリヴァー旅行記。原題は少し長いんです。
"Travels into Several Remote Nations of the World, in Four Parts. By Lemuel Gulliver, First a Surgeon, and then a Captain of several Ships"です。和訳すると”船医から始まり幾つもの船の船長となった、レミュエル・ガリヴァーによる世界秘境の旅、四編”でしょうか。よく知られている小人の国と巨人の国は、それぞれ第一編と第二編です。それでようやく半分いかないくらい。童話では後半部分が過激すぎてカットせざるをえなかったのでしょう。


4) ガリヴァーは日本にも来ていた。
後述する第三篇で、ガリヴァーは日本にも到着しています。この作品で唯一出てくる、実在の国への旅行記ですね。オランダ人のふりをして日本に到着し、江戸幕府の将軍にかけあって、踏み絵の廃止を願い出ています。踏み絵を要求する日本との通商を続けるオランダへの批判でしょうか。スウィフト自身はカトリックの司教なので、プロテスタントに対しては批判的です。(これに限らず何かにつけて批判的なのですが)


5) ”天空の城ラピュタ”の名前の元ネタになっている。
ジブリの名作アニメ、”天空の城ラピュタ”はみなさん一度はご覧になっていることでしょう。このラピュタという名称はガリヴァー旅行記に由来しているのです。作中で、第三編は”ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブ、日本への旅行記”となっています。しかし、内容は全く関連がありません。せいぜい空中に浮かんでいる島であることくらい。

なんせ、このラピュタ(La puta)という言葉は、元々スペイン語で売春婦という意味なのですから。この国では、全男性市民が高い技術を持った科学者ですが、男たちはみな黙考しており、目の前で何が起きても反応しません。したがって、用事があるときには”叩き役”と呼ばれる奴隷男性が、男たちを叩いて起こすのです。さらに市民の妻たちは退屈なので、叩き役と日夜(時には夫の目の前で)情事に耽っているのです。

まさに破廉恥!この国の描写は科学を盲信する啓蒙主義者に対する風刺です。当時アイザック・ニュートンが会長を務めていたイギリスの研究機関、王立教会への批判でもありました。


6) ヤフーの語源にもなっている。 
第四編で、ガリヴァーはフウイヌム国への最後の航海を行います。そこは気高い精神と高い知能を持った馬のような生物フウイヌムの国でした。彼らの悩みは、ヤフーと呼ばれる、毛むくじゃらで好戦的で、輝く石を求めて見にくい争いを続ける生物の存在です。問題は彼らが人間そっくりの見た目をしていることでわかるように、とうとうスウィフトは人間全体を風刺の対象にしたのです。
やがて、ヤフーは粗野で乱暴な者を表す英語となり、企業名であるYahooの由来となりました。


7) ガリヴァーが人間嫌いになる所で物語は終わる。
次第にヤフーを嫌い、フウイヌムになろうとしたガリヴァー。帰国後は家族とも滅多に接することがなくなり、一日中厩舎で馬を見て過ごした、というところで物語は終わります。あまりの衝撃のラストに、昔の英文学者は、スウィフトは晩年人間嫌いで狂気じみていたと考えていました。(今は研究が進んでおり、晩年もロンドンをたびたび訪ねて昔の友人と付き合いがあったことがわかっています。)
しかし、それほど激しく風刺を重ね、終に人間全体への批判を行った、風刺作家スウィフトの筆の鋭さは切れ味抜群だったのです。


いかがでしたか。子供の頃読んだ童話とはイメージが変わっていることと思います。スウィフトのキレのある文章を、一度大人になってから読んでみても面白いかもしれません。

以上

ガリヴァー旅行記