古今東西の賢人仁者による人生相談シリーズ。
今日の回答者は、春秋戦国時代に活躍した韓非子こと韓非先生です。
【40歳男性からの人生相談】
私は中堅メーカーに勤めているのですが、この春の人事で左遷されてしまいました。自分で言うのもなんですが、同期の間でも出世頭で、20代の頃からトントン拍子で出世して、30代になるとすぐ管理職に上がり実績を上げ続けました。上層部の覚えもめでたく、去年から新規事業を企画することになったんです。けど、私の出した提案が社長の気に障ったみたいで……。
細かくは言えないんですけど社会福祉というか健康関係の事業を提案しました。少なからず投資はかかるんですけど、社会問題の解決にもなるし、長期的にみれば絶対会社の利益になるなんです。資料も、マーケットリサーチも完璧で、社内でもプレゼンは好評だったんですが、社長からは頭ごなしにNo。
社長は5年前に就任したばかりで、社内のことなんか全然わかってないんです。目先の事業ばかりに特化してたら同業他社に負けるし、社員の士気も下がります。あの手この手で持論を説明したんですけど、結果として、部下のいない名ばかり管理職のポストに左遷されてしまいました。
なのに、この前社長から健康医療関係の市場を攻めろって号令がかかったんです。部下の手柄を奪うなんて、ひどすぎます。意見だけ吸い上げて自分の手柄にして、私のことは窓際に左遷ですよ。ちょっと許せないですよね。自暴自棄な毎日が続いています。私はどうすればよかったのでしょうか。
【韓非先生の回答】
あなたは根本的に勘違いしています。正しい内容を上手く説明することは練習すれば、誰でもできます。難しいのは、トップの意を読み取って、自分の案を意に沿った形で提案出来るかどうかが難しいのです。どんな相手からも公平に正しい意見を汲んでくれる名君なんて、古来まれです。名君・名経営者じゃなくて、普通なんです。期待するだけ無駄です。
まず、最初に伺いたいのですが、あなたは社長の意を汲んで、何を考えているのか推測してみましたか?例えば、社長が短期的な利益を求めているのに、直近では赤字の事業を提案しても容れられるわけはありませんよね。もし社長がそういう考えを持っていたら、その意を汲んで、短期的な利益も回収しつつ、長期的にも伸びる案まで練り込むべきでした。
また、言い方にも気を使わなければなりません。簡潔に述べれば知識がないと言われ、丁寧に話すと長いと煙たがられ、気を使ってしゃべると臆病だと思われ、のびのび話せば傲慢だと批判されます。トップに話すことは難しいですね。
さらに言うと、およそトップに何かを説くときに、人格や行動を否定していはいけません。それとなく長所を讃え、欠点を繕いましょう。あなたの場合、”社長は会社のことをよく知らない”という態度をとっているようではいけません。”会社に染まっていない方が新鮮な意見を出せますよね!”と言わんばかりに、それとなく例を出しながら、相手の欠点を上手く繕ってあげることが大事です。
龍には逆さについた鱗が一枚あります。それを触ると、必ず触った人を殺します。龍だけではなく、どんな君主にも社長にも逆鱗はあるんです。逆鱗に触れないことが最も大事なポイントです。
要は、説くものの言葉が相手の心に引っかかるところがなくなって、そうしてから智恵と弁舌を思うままに発揮できるのです。トップと親しくなく疑われた状態では、言いたいことも存分にいえません。
こんな話を聞いたことがあります。台風である金持ちの家の壁が壊れたとき、その家の息子が”壁が壊れると盗人が入るよ”と言いました。隣人も同じことをいいましたが、ぐずぐすしている間に、ある夜強盗に入られました。その金持ちは息子の先見性を誉め、隣人を疑いました。同じことを説いても、結果は正反対です。真実や正しいことを知ることが難しいのではなく、それをどう活かすかが難しいのです。
察するに、あなたは以前の経営陣や上司に好かれていたのかもしれませんね。私の時代にもいましたよ、あなたみたいな人がね。たとえば隣国の弥子瑕は若いころはイケメンで君主に気に入られていて、多少ルールを破ったり無礼なことをしたりしても、愛されていました。しかし、オッサンになって老いてくると、若い頃のルール破りや無礼を罰せられました。行動が変わったんじゃありません。トップの愛憎が変わったんです。トップを諌めようとするときには、自分が愛されているかどうかまず見極めましょう。
持論の正しさを知ることより、どのようにそれを説くか、そもそも自分の言葉を相手が聞いてくれる状態に持っていくのが大事なんです。あなたは持論の正しさを確信するところで終わっているから失敗したんです。
以上
”韓非子”説難第十二 岩波文庫 金谷治訳注より。
今日の回答者は、春秋戦国時代に活躍した韓非子こと韓非先生です。
【40歳男性からの人生相談】
私は中堅メーカーに勤めているのですが、この春の人事で左遷されてしまいました。自分で言うのもなんですが、同期の間でも出世頭で、20代の頃からトントン拍子で出世して、30代になるとすぐ管理職に上がり実績を上げ続けました。上層部の覚えもめでたく、去年から新規事業を企画することになったんです。けど、私の出した提案が社長の気に障ったみたいで……。
細かくは言えないんですけど社会福祉というか健康関係の事業を提案しました。少なからず投資はかかるんですけど、社会問題の解決にもなるし、長期的にみれば絶対会社の利益になるなんです。資料も、マーケットリサーチも完璧で、社内でもプレゼンは好評だったんですが、社長からは頭ごなしにNo。
社長は5年前に就任したばかりで、社内のことなんか全然わかってないんです。目先の事業ばかりに特化してたら同業他社に負けるし、社員の士気も下がります。あの手この手で持論を説明したんですけど、結果として、部下のいない名ばかり管理職のポストに左遷されてしまいました。
なのに、この前社長から健康医療関係の市場を攻めろって号令がかかったんです。部下の手柄を奪うなんて、ひどすぎます。意見だけ吸い上げて自分の手柄にして、私のことは窓際に左遷ですよ。ちょっと許せないですよね。自暴自棄な毎日が続いています。私はどうすればよかったのでしょうか。
【韓非先生の回答】
あなたは根本的に勘違いしています。正しい内容を上手く説明することは練習すれば、誰でもできます。難しいのは、トップの意を読み取って、自分の案を意に沿った形で提案出来るかどうかが難しいのです。どんな相手からも公平に正しい意見を汲んでくれる名君なんて、古来まれです。名君・名経営者じゃなくて、普通なんです。期待するだけ無駄です。
まず、最初に伺いたいのですが、あなたは社長の意を汲んで、何を考えているのか推測してみましたか?例えば、社長が短期的な利益を求めているのに、直近では赤字の事業を提案しても容れられるわけはありませんよね。もし社長がそういう考えを持っていたら、その意を汲んで、短期的な利益も回収しつつ、長期的にも伸びる案まで練り込むべきでした。
また、言い方にも気を使わなければなりません。簡潔に述べれば知識がないと言われ、丁寧に話すと長いと煙たがられ、気を使ってしゃべると臆病だと思われ、のびのび話せば傲慢だと批判されます。トップに話すことは難しいですね。
さらに言うと、およそトップに何かを説くときに、人格や行動を否定していはいけません。それとなく長所を讃え、欠点を繕いましょう。あなたの場合、”社長は会社のことをよく知らない”という態度をとっているようではいけません。”会社に染まっていない方が新鮮な意見を出せますよね!”と言わんばかりに、それとなく例を出しながら、相手の欠点を上手く繕ってあげることが大事です。
龍には逆さについた鱗が一枚あります。それを触ると、必ず触った人を殺します。龍だけではなく、どんな君主にも社長にも逆鱗はあるんです。逆鱗に触れないことが最も大事なポイントです。
要は、説くものの言葉が相手の心に引っかかるところがなくなって、そうしてから智恵と弁舌を思うままに発揮できるのです。トップと親しくなく疑われた状態では、言いたいことも存分にいえません。
こんな話を聞いたことがあります。台風である金持ちの家の壁が壊れたとき、その家の息子が”壁が壊れると盗人が入るよ”と言いました。隣人も同じことをいいましたが、ぐずぐすしている間に、ある夜強盗に入られました。その金持ちは息子の先見性を誉め、隣人を疑いました。同じことを説いても、結果は正反対です。真実や正しいことを知ることが難しいのではなく、それをどう活かすかが難しいのです。
察するに、あなたは以前の経営陣や上司に好かれていたのかもしれませんね。私の時代にもいましたよ、あなたみたいな人がね。たとえば隣国の弥子瑕は若いころはイケメンで君主に気に入られていて、多少ルールを破ったり無礼なことをしたりしても、愛されていました。しかし、オッサンになって老いてくると、若い頃のルール破りや無礼を罰せられました。行動が変わったんじゃありません。トップの愛憎が変わったんです。トップを諌めようとするときには、自分が愛されているかどうかまず見極めましょう。
持論の正しさを知ることより、どのようにそれを説くか、そもそも自分の言葉を相手が聞いてくれる状態に持っていくのが大事なんです。あなたは持論の正しさを確信するところで終わっているから失敗したんです。
以上
”韓非子”説難第十二 岩波文庫 金谷治訳注より。
凡そ説の難きは、吾れこれを知りて以て以て之を説くことの難きに有るに非ざるなり。又吾れこれを弁じて、能く吾が意を明らかにするの難きに非ざるなり。又た吾れ敢て橫失して、能く之を尽くすの難きに非ざるなり。凡そ説の難きは、説く所の心を知り、吾が説を以て之に当つ可きに在り。説く所、名高を為すに出づる者なり。而るにこれを説くに厚利を以てすれば、則ち下節にして卑賤に遇すと見なして、必ず棄てて遠ざけん。説く所、厚利に出づる者なり。而るにこれを説くに名高を以てすれば、則ち無心にして事情に遠しと見て、必ず收めざらん。説く所、陰には厚利を為して、顕には名高を為す者なり。而るにこれを説くに名高を以てすれば、則ち陽には其の身を収むるも、実は之を疏んぜん。これを説くに厚利を以てすれば、則ち陰には其の言を用いながら、顕には其の身を棄てん。此れ察せざるべからず。
夫れ事は密なるを以て成り、語は泄なるを以て敗る。未だ必ずしも其の身これを泄らさず、而るに語は匿す所の事に及ぶ。此くの如き者は身危うし。彼顕わに事を出だす所有り。而して乃ち以て他も故を成さんとす。説く者徒に出出す所を知るのみならず、又其の為す所以を知る。此くの如き者は身危うし。異事を規りて当たる。知者これを外に揣りて之を得、事外に泄るれば、必ず以て己と為さん。此の如き者は身危うし。周沢未だ渥からず、而るに語は知を極む。説行われて功有れば則ち忘れられ、説行われずして敗有れば則ち疑わる。此くの如き者は身危うし。貴人に過端有り、而して説く者、明らかに礼儀を言いて以て其の悪を挑ぐ。此くの如き者は身危うし。貴人或いは計を得、而して自ら以て功を為さんと欲す。説く者与り知る。此くの如き者は身危うし。彊うるに其の為す能わざる所を以てし、止むるに其の已む能わざる所を以てす。此くの如き者は身危うし。
故に之と大人を論ずれば、則ち以て己を間すと為し、これと細人を論ずれば、則ち以て重を売ると為す。其の愛する所を論ずれば、則ち以て資を藉ると為し、其の憎む所を論ずれば、則ち以て己を嘗みると為す。其の説を径省にすれば、則ち以て不智と為してこれを拙け、米塩博弁なれば、則ち以て多と為して之を交う。事を略して意を陳ぶれば、則ち怯懦にして尽くさずと曰い、事を慮りて広肆なれば、則ち草野にして倨侮なりと曰う。此れ説の難き、知らざるべからずなり。
凡そ説の務めは、説く所の矜る所を飾りて、其の恥ずる所を滅するを知るに在り。彼に私急あるや、必ず公義を以
夫れ事は密なるを以て成り、語は泄なるを以て敗る。未だ必ずしも其の身これを泄らさず、而るに語は匿す所の事に及ぶ。此くの如き者は身危うし。彼顕わに事を出だす所有り。而して乃ち以て他も故を成さんとす。説く者徒に出出す所を知るのみならず、又其の為す所以を知る。此くの如き者は身危うし。異事を規りて当たる。知者これを外に揣りて之を得、事外に泄るれば、必ず以て己と為さん。此の如き者は身危うし。周沢未だ渥からず、而るに語は知を極む。説行われて功有れば則ち忘れられ、説行われずして敗有れば則ち疑わる。此くの如き者は身危うし。貴人に過端有り、而して説く者、明らかに礼儀を言いて以て其の悪を挑ぐ。此くの如き者は身危うし。貴人或いは計を得、而して自ら以て功を為さんと欲す。説く者与り知る。此くの如き者は身危うし。彊うるに其の為す能わざる所を以てし、止むるに其の已む能わざる所を以てす。此くの如き者は身危うし。
故に之と大人を論ずれば、則ち以て己を間すと為し、これと細人を論ずれば、則ち以て重を売ると為す。其の愛する所を論ずれば、則ち以て資を藉ると為し、其の憎む所を論ずれば、則ち以て己を嘗みると為す。其の説を径省にすれば、則ち以て不智と為してこれを拙け、米塩博弁なれば、則ち以て多と為して之を交う。事を略して意を陳ぶれば、則ち怯懦にして尽くさずと曰い、事を慮りて広肆なれば、則ち草野にして倨侮なりと曰う。此れ説の難き、知らざるべからずなり。
凡そ説の務めは、説く所の矜る所を飾りて、其の恥ずる所を滅するを知るに在り。彼に私急あるや、必ず公義を以
て示してこれを強めよ。其の意下しとする有り、然りて已む能わず、説く者因りてこれが為に其の美を飾りて、其の為さざるを少とせよ。其の心高しとする有り、而して実は及ぶこと能わず、説く者これが為に其の過ちを挙げて其の悪を見わし、而して其の行わざることを多とせよ。矜るに智能を以てせんと欲する有れば、則ちこれが為に異事の同類の者を挙げて、多くこれが地を為し、これをして説を我に資らしめ、而して佯りて知らずとして、以て其の智を資けよ。
相存の言を内れんと欲すれば、則ち必ず美名を以てこれを明らかにし、而して微かに其の私利に合するを見せ。危害の事を陳べんと欲すれば、則ち其の毀誹を顯かにして、而して微かに其の私患に合するを見せ。異人の与に行を同じくする者を誉め、異事の与に計を同じくする者を規せ。与に汚を同じくする者有れば、則ち必ず以て大いに其の傷無きを飾れ。与に敗を同じくする者有れば、則ち必ず以て明らかに其の失無きを飾れ。彼自ら其の力を多とすれば、則ち其の難を以てこれを概することなかれ。自ら其の斷を勇とすれば、則ち其の謫を以てこれを怒らすことなかれ。自ら其の計を智とすれば、則ち其の敗を以てこれを窮することなかれ。大意払悟する所無く、辞言繫縻する所無く、然る後に智弁を極め騁せよ。此れ、道りて親近して疑われず、而して辭を盡くすを得る所なり。
伊尹は宰と為り、百里奚は虜と為る。皆な其の上に干むる所以なり。此の二人の者は皆な聖人なり。然れども猶ほ身を役して以て進むこと、此の如く其れ汚なること無き能わざるなり。今、吾が言を以て宰虜と為すも、而も聴用せられて世を振うべくんば、此れ能士の恥づる所に非ざるなり。夫れ曠日久しきに離りて、周沢既に渥く、深計して疑われず、引争して罪せられざれば、則ち利害を明割して以て其の功を致し、是非を直指して以て其の身を飾し、此れを以て相い持す。此れ説の成るなり。
昔者、鄭の武公、胡を伐たんと欲す。故に先づ其の女を以て胡君に妻わし、以て其の意を娯ましむ。因りて群臣に問う、吾れ兵を用いんと欲す。誰か討つべき者ぞ、と。大夫関其思対えて曰わく、胡、伐つ可し、と。武公怒りてこれを戮して曰く、胡は兄弟の国なり、子これを伐てと言うは何ぞや、と。胡の君これを聞き、鄭を以て己に親しむと為し、遂に鄭に備えず。鄭人、胡を襲いてこれを取る。宋に富人有り。天雨ふりて牆壞る。其の子曰く、築かざれば、必將ず盜有らん、と。其の隣人の父も亦た云う。暮れて果たして大いに其の財を亡う。其の家甚だ其の子を智として、隣人の父を疑う。此の二人の説は皆な当たれるに、厚き者は戮と為り、薄き者は疑わる。則ち知の難きに非ざるなり。知に処すること則ち難きなり。故に繞朝の言は当たれるも、其の晋に聖人とせられて秦に戮せらるや、此れ察せざるべからず。
昔者、弥子瑕、衛の君に寵有り。衛国の法、窃かに君の車に駕する者は罪刖なり。彌子瑕の母病む。人間かに往きて夜弥子に告ぐ。弥子矯りて君の車に駕して以て出づ。君聞きてこれを賢として曰く、孝なるかな。母の故の為に、其の刖罪を忘る、と。異日、君と果園に遊ぶ。桃を食いて甘しとして尽くさず。其の半ばを以て君に啗わしむ。君曰わく、我れを愛するかな。其の口味を忘れて以て寡人に啗わしむ、と。弥子色衰え愛弛むに及び、罪を君に得たり。君曰く、是れ固嘗て矯りて吾が車を駕し、又嘗て我に啗わしむるに余桃を以てなせり、と。故に弥子の行は未だ初め変わらざるに、而も前の賢とせらるる所以を以てして後に罪を獲たる者は、愛憎の変あればなり。故に主に愛有れば、則ち智当たりて親を加え、主に憎有れば、則ち智は当たらず。罪せられて疏を加う。故に諫説談論の士は、愛憎の主を察して而かる後に説かざるべからず。夫れ龍の虫為るや、柔狎して騎るべきなり。然れども其の喉下に逆鱗径尺なるもの有り。若し人これに嬰るる者有らば、則ち必ず人を殺す。人主にも亦た逆鱗有り。説く者能く人主の逆鱗に嬰るること無くんば、則ち幾し。
相存の言を内れんと欲すれば、則ち必ず美名を以てこれを明らかにし、而して微かに其の私利に合するを見せ。危害の事を陳べんと欲すれば、則ち其の毀誹を顯かにして、而して微かに其の私患に合するを見せ。異人の与に行を同じくする者を誉め、異事の与に計を同じくする者を規せ。与に汚を同じくする者有れば、則ち必ず以て大いに其の傷無きを飾れ。与に敗を同じくする者有れば、則ち必ず以て明らかに其の失無きを飾れ。彼自ら其の力を多とすれば、則ち其の難を以てこれを概することなかれ。自ら其の斷を勇とすれば、則ち其の謫を以てこれを怒らすことなかれ。自ら其の計を智とすれば、則ち其の敗を以てこれを窮することなかれ。大意払悟する所無く、辞言繫縻する所無く、然る後に智弁を極め騁せよ。此れ、道りて親近して疑われず、而して辭を盡くすを得る所なり。
伊尹は宰と為り、百里奚は虜と為る。皆な其の上に干むる所以なり。此の二人の者は皆な聖人なり。然れども猶ほ身を役して以て進むこと、此の如く其れ汚なること無き能わざるなり。今、吾が言を以て宰虜と為すも、而も聴用せられて世を振うべくんば、此れ能士の恥づる所に非ざるなり。夫れ曠日久しきに離りて、周沢既に渥く、深計して疑われず、引争して罪せられざれば、則ち利害を明割して以て其の功を致し、是非を直指して以て其の身を飾し、此れを以て相い持す。此れ説の成るなり。
昔者、鄭の武公、胡を伐たんと欲す。故に先づ其の女を以て胡君に妻わし、以て其の意を娯ましむ。因りて群臣に問う、吾れ兵を用いんと欲す。誰か討つべき者ぞ、と。大夫関其思対えて曰わく、胡、伐つ可し、と。武公怒りてこれを戮して曰く、胡は兄弟の国なり、子これを伐てと言うは何ぞや、と。胡の君これを聞き、鄭を以て己に親しむと為し、遂に鄭に備えず。鄭人、胡を襲いてこれを取る。宋に富人有り。天雨ふりて牆壞る。其の子曰く、築かざれば、必將ず盜有らん、と。其の隣人の父も亦た云う。暮れて果たして大いに其の財を亡う。其の家甚だ其の子を智として、隣人の父を疑う。此の二人の説は皆な当たれるに、厚き者は戮と為り、薄き者は疑わる。則ち知の難きに非ざるなり。知に処すること則ち難きなり。故に繞朝の言は当たれるも、其の晋に聖人とせられて秦に戮せらるや、此れ察せざるべからず。
昔者、弥子瑕、衛の君に寵有り。衛国の法、窃かに君の車に駕する者は罪刖なり。彌子瑕の母病む。人間かに往きて夜弥子に告ぐ。弥子矯りて君の車に駕して以て出づ。君聞きてこれを賢として曰く、孝なるかな。母の故の為に、其の刖罪を忘る、と。異日、君と果園に遊ぶ。桃を食いて甘しとして尽くさず。其の半ばを以て君に啗わしむ。君曰わく、我れを愛するかな。其の口味を忘れて以て寡人に啗わしむ、と。弥子色衰え愛弛むに及び、罪を君に得たり。君曰く、是れ固嘗て矯りて吾が車を駕し、又嘗て我に啗わしむるに余桃を以てなせり、と。故に弥子の行は未だ初め変わらざるに、而も前の賢とせらるる所以を以てして後に罪を獲たる者は、愛憎の変あればなり。故に主に愛有れば、則ち智当たりて親を加え、主に憎有れば、則ち智は当たらず。罪せられて疏を加う。故に諫説談論の士は、愛憎の主を察して而かる後に説かざるべからず。夫れ龍の虫為るや、柔狎して騎るべきなり。然れども其の喉下に逆鱗径尺なるもの有り。若し人これに嬰るる者有らば、則ち必ず人を殺す。人主にも亦た逆鱗有り。説く者能く人主の逆鱗に嬰るること無くんば、則ち幾し。