団塊のさだまさし作 眉山映画化もう一度


東京の旅行代理店で働く咲子(松嶋菜々子)は、故郷の徳島で一人で暮らす母・龍子(宮本信子)が末期癌であと数ヶ月の命と知らされる。

ちゃきちゃきの江戸っ子で、気風のいい母は、「神田のお龍」として、沢山の人々から慕われてきた。
徳島に滞在し、母を看取ろうと決心した矢先、咲子は、母が自分に言わずに「献体」を申し込んでいたことを知る。

それはなぜなのか?やがて咲子は、母が残した箱から、まだ会ったことのない父のことと、母の想いを知っていく―



日本映画が復活しています。

お金ばかりがかかる、エンターテインメントに観客はあき始めているのはいい傾向だと思います。

この映画はきっと小品でしょう

でも皇后が見たいと試写会に訪れになりました。

平成13年2月に俳優、反町隆史と結婚し、女児を出産して以降、公の場で母の心境をあまり語らなかった松嶋が心境の変化を明かし熱演をしました。
 
 同作はさだまさしの同名小説を原作に、末期がんに冒され余命幾ばくもない母(宮本信子)に付き添う娘・咲子(松嶋)が、母の本当の心と深い愛を知り、心を成長させていく感動作です。
 
 父を知らず女手ひとつで育てられたという設定に松嶋は「子供にとって父親の役割は大きいと思います。

母親が父親の代わりを果たそうと一生懸命頑張っても、全部が子供に通じるものではなく、やはり所々で心がすれ違う。いろいろな切なさを感じます」と役を語りました。


この映画がどんなものかは、見てから書きたいと思います。

でも、団塊の世代が(さだまさし)言いたかったことの断片は察することが出来ます


「やさしさ」

です

「団塊ジュニア」団塊世代の子供に疎まれ

ダサイ

と言われながら、自分の軸を崩すことのない団塊をえらいと思えるのです

さだまさしがこの小説をどうして書いたかは分かりません

彼のバイオリンの音色のように

粘りつくものかもしれません

母親と娘の関係、ものすごく分かっていること(血)

ものすごく分からないもの

「なぜ???」

この工作をきっと表現しているのだと、推理です。

見ない作品の批評って、マジックみたいで面白い

眉山