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高校の国語の授業だったと思うが、俳句を詠めという課題があった。
ちょうど友人を事故で亡くしたばかりだったので、その子を思って一句詠むことにした。
「偲ぶ」だと直接的すぎるかなあ。「想う」だとニュアンスが恋に寄っちゃうかなあ。
ということで完成した一句がこちら。


「人思い 仰ぎて見れば 盆の月」


出来の悪さはここではさておき、自分では自分の意図がきちんと盛り込まれたものになった、気がしていたが。

提出後国語の先生が解説付きで授業で紹介していった際、わたしの句を

「いいですね~。恋しい人を思って空を仰ぎ見るさまが伝わってきますね~」

みたいに評価していて、ものすごくがっかりした記憶がある。


いやいやいや、恋の句じゃなきゃいけないんかい。
恋の句だったら「想い」にするし、月だってわざわざ「盆」を選ばんよ。
「国語の先生」という言語のプロであるべき人にも伝わらないのか、という先方への残念感と、もちろん自身の拙すぎる言語能力にもガッカリしてしまい訂正する気すら起こらなかった。


いまさら改めて言うのもなんだが日本語ってほんとうに難しい。
難しいというより、繊細だと言ったほうが正しいのかも。


ほかの言語をまったく使えないので正しく比較はできないが、日本人の使う日本語ってのは実に奥ゆかしい。
和歌や俳句もしかり、ことわざや古い小説などにも随所に特有の奥ゆかしさというか遠回しな表現が見て取れる。
そういうものがとてもとても美しくて好きだが、わかるかどうかはまた別のお話だ。



直球で受け取っても嬉しいばかりとは限らない→言葉にすると不安になるの



夏目漱石が「I LOVE YOU」を「月が綺麗ですね」と訳したのは有名な話。
仮にリアルでそう言われたところで愛の告白だなんて微塵も気づけない朴念仁だが、そういう感性を持っている日本人は美しいなあと思うわけ。


それに感覚的に近いかわからないけど、漫画「吼えよペン」かなんかで島本氏が語っていたことがあって。
「一番伝えたい大事なことはサラッと言わせて、意味のない言葉こそ見開き大ゴマででかい文字で言わせるんだ」みたいな主張。奥ゆかしさや照れ隠しに繋がる日本人の感覚なんだなーって思いながら読んでた。


もちろんその受け取る側の感覚が正しいかどうかもわからない、ところが困った点でもあり面白い点でもあるんだろうけどね。


わたし自身は直球しか球種がない人だが、たとえばおなじ「好き」でも「like」と「love」ではぜんぜんニュアンスに開きがあるわけで。
自分が自信を持って投げ込んでいるつもりの直球でも、相手がどういうふうに受け取ってくれるかなんて相手にしかわからない。


そうなるともはや言語の問題じゃなくてコミュニケーションの問題なんだろな。

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島本和彦氏「吼えろペン」はこちらですが件の話はもしかして「新吼えろペン」だったかもうろ覚え。




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