2009年09月22日

スカイライン・ジャパン ミニカーではないけど・・・独り言 

1980年代の初頭、当時のスカイラインといえば、「ハコスカGT−Rがグランプリで50勝の偉業を達成」。しかし「それを打ち破ったのがRX−3」「血統のS20を搭載した後継のケンメリGT−Rは排ガス規制の真っ只中の不運に見舞われて販売打ち切り」等の寂しい終息のキーワードばかり。そんな中、スカイライン・ジャパンが「日本が生んだ日本の名車」と名乗ってデビューを果たし、そのターボモデルがTVドラマ「西部警察」のマシンXとしてブラウン管を賑わしたものでした。また、当時の若者のステータスのひとつに自動車は欠かせない(!?)もので、免許を取り自動車を運転できることで一人前になった気分になる時代でした。
JAPAN_24bit_1_11983年の春のこと小生も「スカイライン・ジャパン」のステアリングを握ることになります。自分なりにその名前とスタイリングに納得したものでした。モデルは2000GTの4ドア後期型でカラーは白。その頃はスポーツドライブがターゲットではなく、ミーハー気分でのエクステリアばかりの車いじり(!?)。インチアップしたタイヤとホイールや後付けドアミラー(両方とも当時の車検でやっと認められるようになったもの)等でした。ジャパンをフロントから眺めて、ロングノーズに角目2灯のヘッドライトの精悍さがお気に入りでした。他にはパーソナル無線(懐かしい響き)も付けてました。仲間達との夜な夜なドライブを繰り返し、青春の1ページを刻んだわけです。(ちなみ世間一般にいう社会迷惑は致しておりません。)
JAPAN_R_150dpi_1_1ホリデー・オートという車雑誌があり(今でもある!)仲間うちで回し読み。巻末には毎回さまざまな改造車の写真が載り、それらのスペックや派手なペイントには感心(!?)させられる始末でした。そのホリデー・オートのある記事で驚愕したのが「ジャパンR」の登場でした。スペック(吸排気系はもとよりのメカニカルチューンが主だと思います)は良くわかりませんが、ケンメリGT−Rを彷彿させる、前後オーバフェンダーやリアスポにワタナベのホイール。フロントはエアダムで引締められたそのスタイリングは”R”の称号に相応しいものかと。記憶では、大阪のヒロレーシングというショップ(間違っていたらごめんなさい)が創りあげたものだったとか。(ジャパンRのことは、ネットで調べても情報が少ないです)ボディカラーにブルーをまとったジャパンRを一度は観てみたいものです。



hamukou1 at 22:30|PermalinkComments(0)スカイライン 

2008年11月15日

アルファ・ロメオ 155 155V6TI

155_1アルファ・ロメオ155は前身である75の後継として1992年にデビューそのスクエアなフォルムはイタリアのデザイン会社のI.DE.A(イディア)によるもので、5ナンバーサイズボディにエンジン横置きのFFを採用。2.0ツインスパークとQ4の2グレードをラインナップします。
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ツインスパークは75と同様に1シリンダー2プラグの2リッター直4DOHC8バルブ(140PS)を搭載。Q4は2リッター直4DOHC16バルブインタークーラー付ターボ(185PS)を積みデルタインテグラーレの4WDシステムを用いたホットモデルでした。
155_4モータースポーツの世界での活躍も目まぐるしく、アルファ・コルセによって開発された155V6TIは2.5リッターV6ターボ+4WDで武装され、1993年のドイツ・ツーリングカー選手権(DTM)に参戦するやシーズン22戦中14勝を上げて見事チャンピオンに輝きます。また1994年にはイギリスツーリングカー選手権(BTCC)を制し日本でも高い人気を得ました。
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1995年に大幅なマイナーチェンジを受け、3ナンバーサイズのワイドボディーとなり、ツインスパークは16バルブ化されるなどパワーアップ。ターボ+4WDのQ4モデルの他、2.5リッターV6モデルもラインナップされました。




hamukou1 at 06:47|PermalinkComments(2)アルファロメオ 

2008年11月04日

スカイライン・ジャパン

aa87d550.JPG1977年「スカイライン・ジャパン」のキャッチフレーズのもと、「日本が生んだ日本の名車」と名乗ってデビューしました。大ヒットしたケンメリの後継であることから当時の全国の発表会には記録的な動員があったそうです。プラットフォームは先代を流用していますが、ボディは軽量化と空力の向上が図られ、よりシャープで流麗なデザインとなりました。もちろん伝統のサーフィンラインや丸型テールランプも受け継がれています。エンジンはL20型直6ユニットを搭載。しかし折からの排出ガス規制に対応するための排ガス浄化システム(NAPS)により動力性能は大きくダウンされ、ライバルのトヨタ・セリカのCMでは「名ばかりのGTは道をあける」と皮肉られる始末でした。
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1979年にはマイナーチェンジが施され、ヘッドランプに角型異形2灯のデザインが採用となりロングノーズを活かしたより精悍なスタイルとなりました。1980年にはL20Eにターボを搭載したモデル(145PS)が登場し、スカイラインの走りを取り戻します。「今、スカイラインを追う者は誰か」というコピーが用いられその名に相応しいモデルとなったわけです。
20081104_022000GTターボは、TVドラマ「西部警察」の劇中車として人気を得ますが、残念ながらレース活動はありませんでした。



<余談>当時流行った改造車のターゲットにもなり、ボディカラーの「オールペン」はもちろんのこと、サス変更の車高落しではケンメリ同様にそのリヤサスペンションの仕組み(セミトレ)によりリヤタイヤが「ハの字」になるシャコタンスタイルの多くを見受けた記憶があります。20081104_0420081104_05







エアロパーツも流行り始めた頃でフロントのエアダムやリヤスポを装着したマシン?も雑誌を賑わせていました。他に、ショップから登場した「ジャパンR」はケンメリGT−Rばりのオバフェンが装着され、その迫力ある正統派スタイルが魅力的でした。
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2008年01月19日

MAZDA 787B 1991年ル・マン総合優勝

20080119_00マツダは1974年からロータリーエンジンでのル・マン参戦を始め、数々の挑戦の中で着々と成績を上げてきました。1992年からはFISAの規定改定でロータリーエンジンの参加ができなくなることとなり、1991年がロータリーエンジン参加の最後の年となります。(後に93年から参加可能になります。)
1991年、第59回ル・マン24時間レースにマツダからは前年の改良型である787Bが2台(#55 #18)と前年型の787が1台(#56)の3台のマシンがエントリーしました。エンジンは、4ロータのR26B型。700PSをたたき出します。
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6月22日のル・マン決勝レースは、午後4時にスタート。NA3.5リッターを積むジャガーXJR14やザウバーメルセデスC11、プジョー905と強豪揃いとなり、ポールポジションからスタートしたプジョー905をメルセデスが追い、それを追うジャガーという格好でレースは夜を迎えます。その後プジョーは夜もそこそこにリタイヤ、その後上位を占めた3台のメルセデスもトラブルに見舞われました。翌23日の朝日を見る頃には、トップのメルセデス1台をジャガーとマツダ787B(#55)が追い、2位争いを演じることとなっていました。昼には、マツダ787B(#55)が2位をキープしこのまま無理せずに走れば2位表彰台は確実だという中、マツダはラップタイムを1秒縮めるというアタックに出ます。それを察知したメルセデスも逃げの姿勢を講じますが、ラップ差3となった午後、ついにメルセデスはラジエータパッキンの漏れからオーバーヒートでピットイン。その後コースに戻るもリタイアとなってしまいました。
20080119_03こうして、マツダ787B(#55)は、午後4時過ぎにチェッカーを受け、日本車初とロータリーエンジン初の総合優勝を成し遂げることになりました。


■マツダ787B(#55)決勝1位/総合優勝
 362周、4923.2km
 ドライバー:V.バイドラー/J.ハーバード/B.ガショー

■マツダ787(#56)決勝8位 346周、4705.6km
 ドライバー 従野孝司/寺田陽次朗/P.デュドネ

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2007年08月18日

スズキ・スイフト スーパー1600 ラリージャパン2005

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2004年はイグニスでエントリーのスズキ。2005年のラリージャパンにはスイフトをベースとした、スイフト スーパー1600で参戦しました。主にヨーロッパを舞台に戦われるJWRCで活躍するスイフト スーパー1600が日本で走るのはこれが初めてで、その勇姿を披露することとなりました。結果、G.ウィルクス選手のドライブで、A6クラス1位、総合17位。P−G.アンダーソン選手も同クラス2位、総合22位で、A6クラスの1−2フィニッシュを果たし、そのポテンシャルの高さを強くアピールしました。
◇2005年モデル:スイフト S1600(G.ウィルクス)
◇2004年モデル:イグニス S1600(P−G.アンダーソン)

hamukou1 at 08:49|PermalinkComments(0)RALLY その他 

2007年08月17日

スバル・インプレッサWRC05 ラリージャパン2005

インプレッサの基本性能の高さは、初代レガシィの時代から基本構造をそれほど変えず、パーツやジオメトリのチューニングによって熟成されてきたもので、日本の公道にあふれるWRXがそれを証明するともいわれます。
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2004年のラリージャパン初代ウィナーのスバルのワークスチームは、WRC2005モデルで参戦。ソルベルグ選手が終盤までトップを快走しましたが、SS25で岩にヒットさせるアクシデントで残念ながらリタイア。チームメートのアトキンソン選手は3位となる結果でした。
◇2005年モデル:インプレッサWRC05(P.ソルベルグ/C.アトキンソン)


hamukou1 at 14:31|PermalinkComments(0)RALLY スバル 

2007年08月16日

プジョー・307WRC ラリージャパン2005

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2003年のフランクフルトショーにおいて、プジョーは307WRCを発表。206WRCの後継として、2004年のシーズンから投入されました。ベース車両は307CC。エンジンは206WRCの「XU9J4」から変わり、「XU7JP4」(アルミブロック1997cc、ギャレット製ターボ)を搭載。最高出力は300bhpを発揮します。トランスミッションはヒューランド製5速がエンジン後方に横置きされました。307WRCで出場が2年目となるラリージャパン2005では、エースドライバーのグロンホルムが総合優勝を果たし、シーズン2勝目をマークしました。
◇2005年モデル:307WRC(M.グロンホルム/D.カールソン)

hamukou1 at 06:54|PermalinkComments(0)RALLY プジョー 

2007年08月15日

シュコダ・FabiaWRC ラリージャパン2005

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シュコダは日本でのなじみがあまりありませんが、VWグループに属するチェコの自動車メーカーです。ファビアはVWポロをプラットホームとした兄弟車で、WRカーのファビアWRCは2003年シーズンよりデビューしました。2004年はヨーロッパのイベントのみの参戦でしたが、2005年シーズンはワークス体制でフル参戦しました。ラリージャパンでは、ベテランドライバーのA・シュバルツが総合10位の結果となっています。
◇2005年モデル:FabiaWRC(A.シュワルツ/M.ヒルボネン)


hamukou1 at 00:02|PermalinkComments(0)RALLY その他 

2007年08月14日

シトロエン・クサラWRC ラリージャパン2005

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市販のクサラは欧州で人気のFFコンパクトハッチですが、WRカーでは2リッターDOHCターボで315PSを発揮するエンジンと4WDで武装。車幅は広げられ、エンジンを30度傾ける事により搭載位置をより低く、後方へとフロントミッドシップ方式を採用。広がったトレッド幅と合わせて、より高いコーナリング性能を手にしました。ギヤボックスはシーケンシャル式6速セミオートマチック。もちろんブレーキも強化されています。2005ラリージャパンでは、ローブ/エレナ組が2位に入賞し、前年に続き2年連続でドライバーズタイトルを獲得。また、デュバル/スミーツ組も4位に入賞しています。
◇2005年モデル:クサラWRC(S.ローブ/F.デュバル)

hamukou1 at 07:35|PermalinkComments(0)RALLY その他 

2007年08月13日

三菱・ランサーWRC05 ラリージャパン2005

「ラリー・ジャパン」は、その前身のFIAアジア・パシフィック・ラリー選手権(APRC)「ラリー・北海道」をベースとし、2004年から日本国内で初めて開催された世界選手権(WRC)です。美しい自然を誇る北海道東部のグラベルを舞台にワークスチームが、ウィナーの座を争いました。
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2005年の三菱は、前年モデルを改良したランサーWRC05を投入します。エンジンは、伝統の4G63型DOHCターボをWRカー規則に基づきハイポテンシャルを発揮する開発とし、車幅の拡幅によるサスペンションの見直しでは、総合的に路面へのタイヤの追従性能・接地性能を向上。セミオートマチック式ギヤボックスの採用によるステアリングパドルシフトの実現など、戦闘力を大きく増しました。
◇2005年モデル:ランサーWRC05(H.ロバンペラ/G.パニッツィ)

hamukou1 at 19:54|PermalinkComments(0)RALLY 三菱 

2007年08月12日

ランボルギーニ・イオタ

538398e1.JPGイオタはスーパーカーブームのさなかでは、SVRが一般的でしたが、SVRはミウラベースからモデファイされたものでした。「本物のイオタ」は1969年頃、ランボルギーニ社がレーシングカーとして、FIAのレギュレーションの「附則J項」である、プロトタイプクラスの規定を満たすべく開発しました。このワンオフモデルは1972年に全損事故を起こしこの世から消滅しています。同様のプロトが他に存在したなどの噂がとりざたされるなど、そのミステリアスな存在もイオタの魅力です。
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hamukou1 at 22:57|PermalinkComments(0)ランボルギーニ 

2007年08月11日

ランボルギーニ・ミウラ

フェラーリの対抗場として開発されたミウラ。1966年のジュネーブ・ショーで登場しました。
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そのミドシップ・シャシーは、まるでレーシングカーそのものと言える構成で、搭載されるエンジンは4リッターV型12気筒DOHCというハイスペックなものでした。350PSのハイパワーに対して、初期型の車重はわずか980Kg。最高速は280Km/hに達しました。デビュー後も370PSのS、385PSを叩き出して、最高速290km/hへ至ったSVへと進化を遂げたミウラは、1972年まで生産されその後継をカウンタックに譲りました。

hamukou1 at 06:38|PermalinkComments(0)ランボルギーニ 

2007年08月10日

ランボルギーニ・カウンタックLP500S

e55abe06.JPGカウンタックはLP400から、ウォルターウルフ〜(75年)LP400S(77年)〜LP500S(82年)と進化を続け、1985年にはLP5000QVが登場します。12エンジンを4バルブ化、5200ccまで拡大し、最高出力は455PS。これはフェラーリ・テスタロッサを大きく意識したものでした。
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1988年には、ランボルギーニ社創立25年の記念モデルである25thアニバーサリーが販売されました。これがカウンタックの最終モデルとなり、1990年には生産が終了。後継のディアブロにフラッグシップの座を譲ります。


hamukou1 at 07:09|PermalinkComments(0)ランボルギーニ 

2007年08月09日

ランボルギーニ・カウンタックLP400

1971年のジュネーブショーに登場したカウンタックLP500。斬新なデザインは大反響を呼んだもののその5リッターエンジンは、冷却効率が悪く量産化にはいたりませんでした。
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LP400の登場は1974年。搭載された4リッターのV12エンジンは、基本的にミウラのものと同じですが縦置きレイアウトとなりました。そのためミッションはエンジンの前方にマウントするドライブトレーンとし、コンパクト性を保ちます。また、ヒート対策のためボディに多数のエアインテーク、アウトレットが設けられました。わずか1065Kgのボディを、375PSのハイパワーで引っ張り、最高速度は300Km/hをオーバー。当時のスーパーカーブームの代表するマシンでした。

hamukou1 at 06:57|PermalinkComments(0)ランボルギーニ 

2007年08月08日

マツダ・RX−8 エイトの日・・・

2003年4月にマツダより登場した新コンセプトのスポーツカー。
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ボディデザインでは大きな起伏を持つフロントフェンダーやローター型をイメージしたボンネットバルジなど、スポーツカーにふさわしい躍動感ある個性的なスタイルで、運転する楽しさを提供してくれます。エンジンは新世代ロータリーエンジンのRENESIS。654cc×2の自然吸気で250PSを発揮します。また、エンジン重心が前車軸より後方に位置するフロントミッドシップマウントで50:50の前後重量配分を実現。走行性能と安定性が向上されました。インテリアでは、ホールド性を高めた4シーターバケットシート、1万回転まで刻まれたタコメーターなど、走りへのこだわりも忘れていません。
モデルは、グループCカーと同じチャージ・カラーです。

hamukou1 at 07:06|PermalinkComments(0)マツダ 

2007年08月07日

ランボルギーニ・ガヤルド

1ee59d8a.JPG2003年のジュネーブショーでデビュー。ボディにはアウディの技術を導入し、ランボルギーニ初のアルミスペースフレームが採用されました。ボディデザインは鋭角的なフロントライトを中心に、ダイナミックで個性的なもので、従来のガルウイングではなくヒンジ式ドアを採用するなど、4WDモデルながら車両重量は1430Kgに抑えられました。エンジンはオールアルミ製5リッターV型10気筒DOHCを搭載、520PSを誇ります。トランスミッションは6速MTと、e−ギアと名付けられた6速のセミATが用意されました。サスペンションは前後ダブルウイッシュボーン。ビスカス・トラクション・システムと呼ばれる4WDシステムは、グリップ状況や大きな荷重変化がある場合に駆動力配分を最適な状態に変動させるものです。

hamukou1 at 06:41|PermalinkComments(0)ランボルギーニ 

2007年08月06日

ランボルギーニ・ムルシエラゴ

9dfdb022.JPG2001年のフランクフルトショーで初公開されたムルシエラゴ。日本でも同年の東京モーターショーで公開されました。ディアブロに代わるモデルであり、アウディグループの傘下に入ってから最初のモデルでした。一目見てランボルギーニとわかるデザインは、ディアブロから継承されています。搭載されるエンジンは当初はV型12気筒6.2リッターでしたが、2006年のLP640では、V型12気筒DOHCエンジンは6.5リッターに排気量アップされ、フルタイム4WDと6速MTによって最高速は340km/hに達し、0−100mをわずか3.4秒で駆け抜けます。サスペンション、ギヤボックス、エキゾーストシステム、ブレーキ、エレクトロニクスといったあらゆる面が見直されクラスのトップに君臨する究極で最速のスポーツカーに仕上げられています。
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R−GTはレース仕様として、FIA−GTカテゴリーへの参戦を前提にしたモデルで、レギュレーションにより基本構造そのものの改造は施されておらず、オールカーボンのボディ、エアロパーツなどが装着されているものの、基本的には市販車の仕様となっています。


hamukou1 at 06:22|PermalinkComments(0)ランボルギーニ 

2007年08月05日

ランボルギーニ・ディアブロ

a68a890a.JPG1990年、カウンタックの後を受け登場したディアブロ。マルチェロ・ガンディーニによるカウンタック独特のボディデザインは受け継がれもちろんガルウイング・ドアも持っています。エンジンは、V12・5700ccを搭載。492PSを叩き出し最高速は323Km/hを誇ります。
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1996年には軽量化されるとともに500PSとなったSVが加えられ、その後の6.0グレードでは、6000cc・550PSまでパワーアップされました。

hamukou1 at 07:14|PermalinkComments(0)ランボルギーニ 

2007年08月04日

プリンス・スカイウェイ

6948f0f8.JPG2代目スカイライン(S50型)のバン(V51A−儀拭砲箸靴独稜笋気譴泙靴拭スカイラインに対して「航空路」を意味するスカイウェイとして名づけられたそうです。エンジンや機構そのものはスカイラインと同一ですが、 現在では当たり前となった後ろ開き式のリアドアを初めて採用し、「高級商用車」としてのイメージを高めることになりました。後のマイナーチェンジでスカイラインバンの名称となり、スカイウェイの名前は消滅しました。
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hamukou1 at 08:42|PermalinkComments(0)スカイライン 

2007年08月03日

ケンメリ・レーシング

0f98dcfa.JPG京商ビーズモデルのケンメリレーシングです。前回ブルーにひきつづき、グリーンのモデルがリリースされました。2色の違いについては調べがついておりません。モータショー展示モデルと保存車両の違いでしょうか。。。現在はプリンス&スカイラインミュウジアムに展示保存されています。
マシンについては、以前の投稿→ http://blog.livedoor.jp/hamukou1/archives/2007-04.html#20070423
で紹介しています。

hamukou1 at 06:55|PermalinkComments(0)スカイライン 

2007年08月02日

Mine’sR34スカイラインGT−R(’99)

R34GT−Rを、チューニングショップのマインズが長年得たフィードバックデータやその技術を結集し、ストリートからサーキットまであらゆるステージで最速を目指し、史上最強のGT−Rとしてリリース。チューニングされたRB26は630PSをたたき出します。
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アオシマ製モデルで、再現性は高く京商ビーズとならべても遜色ない出来映えだと思います。
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hamukou1 at 07:13|PermalinkComments(0)スカイライン 

2007年08月01日

amuse350Z CSL(’02)

c5dff7dd.JPGパワーハウス・アミューズ製のZ33フルエアロ仕様です。インチアップされたホイールタイヤとあわせ、迫力あるスタイルがよく再現されていると思います。ミニカーでは版権の関係からか、ノーマル仕様のものがほとんどですがこういった個性のあるモデルは大歓迎です。
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hamukou1 at 06:30|PermalinkComments(0)ニッサン 

2007年07月31日

ランチア・ストラトス シャルドネ・・・ほか

引き続きですが、CM’Sストラトスの他バリエーションです。
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1978年からのピレリカラーにもライトポッドカバーのついたモデルが追加。ノーカラーのストラトスはちょっと間抜け!?な感じさえします。1981ツール・ド・コルスで、フランスのプライベートチーム「シャルドネ」がストラトスの最後の優勝を飾りました。ブルーとその奥ともどもシャルドネカラーです。


hamukou1 at 07:48|PermalinkComments(0)RALLY ランチア 

2007年07月30日

ランチア・ストラトスHF 1977モンテ

20070731_2.JPGWRCのマニファクチャラーの代表格であったランチア。WRCの歴史に数々の戦績を刻んできたのがストラトスHFです。その中でもこのアリタリアのカラーリングが”一番”かと。。。1977年モンテの優勝車です。サンドロ・ムナーリがモンテカルロ3連覇を達成しました。
CM’Sから、ライトポッドカバーのついたバリエーションが追加されました。
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hamukou1 at 07:48|PermalinkComments(0)RALLY ランチア 

2007年07月29日

日産・R382

2dcdb8c2.JPG1969年の第6回日本グランプリで登場。R380〜〜〜R382へと。。ここで日産のレーシングマシン開発はその集大成を迎えます。V12・5954ccのGRX−3型エンジン。最大出力は600PS以上を誇るモンスターが富士スピードウェイに姿を現します。周回数120周を走りきったR382は、ライバルをすべて周回遅れとし、1−2フィニッシュ(黒沢、北野両選手)という最高の形でチェッカーを受けました。

hamukou1 at 06:35|PermalinkComments(0)ニッサン 

2007年07月28日

フェラーリ60周年。。。

20070728_2.JPG166MMとFXX。この2台の間には、約60年の時の流れがあります。それぞれとも、サーキットを走ることを目的としていることは共通です。レースのために自動車を作り続けてきたのがフェラーリであり、その歴史の中で50年の間F1に参戦しつづけていることもその一貫だと思います。また、フェラーリのアイデンティティである”赤”へのこだわりですが、販売されるうち7割が”赤”だそうです。ピニンファリーナでは、デザイン段階のクレイモデルさえ赤色に塗って、全体バランスをみるそうです。
a355aa30.JPG60周年を迎え、2007年6月、フィオラノのアニバーサリーイベントでは、1000台を超える”赤い跳ね馬”たちが集まり、往年のF1ドライバーによる走行会も繰り広げられ多いに盛り上がった模様です。アニバーサリーのコンセプトカーも噂され、その登場には期待が膨らみます。
ひとまず、京商ファラーリ4を中心とした紹介を終わります。

hamukou1 at 06:29|PermalinkComments(0)フェラーリ 

2007年07月27日

フェラーリ・330P4

20070727_1.JPG1967年の世界スポーツカー選手権に登場。その前身であるP3のV12エンジンのヘッドを3バルブ化。エンジンパワーは450PSまで上げられ、ギヤボックスの変更、マグネシウムホイールの採用等、各所の戦闘力と信頼性が向上されました。デビューレースであるデイトナ24時間レースで、330P4の3台の1−2−3フィニッシュ。シリーズではライバル勢のフォードやポルシェを抑えて、マニュファクチャーズタイトルを獲得しました。
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hamukou1 at 06:46|PermalinkComments(0)フェラーリ 

2007年07月26日

フェラーリ・F430 Challenge

448f561a.JPG2005年のフランクフルトショーでF430のワンメイクレース仕様が登場。フェラーリチャレンジ「Trofeo Pirelli」は最高レベルのワンメイクレースで、ヨーロッパ10カ国から集まったドライバーによって戦われます。
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V8・4.3リッター、490PSのエンジンには一切、手が加えられていないもののギヤレシオの変更や電子制御デファレンシャルのキャンセル。センターロックホイールの採用やサスペンションの強化。カーボン・セラミック・ブレーキの採用など、サーキット志向のモディファイが各部に施されました。また徹底的な軽量化により、車両重量は、ノーマルモデルを200kgも下回る1250kgを実現しました

hamukou1 at 06:30|PermalinkComments(0)フェラーリ 

2007年07月25日

フェラーリ・512TR

80年代の傑作車、テスタロッサのマイナーチェンジ版として、1992年に登場した512TR。
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ランボルギーニ・ディアブロなど後発のライバルに負けないスーパースポーツとして、最新のテクノロジーでリファインされました。それまでエンジンを支えていたサブフレームは剛性アップと軽量化のために、シャシーフレームと一体化されました。前後ホイールは18インチに拡大と同時に、大径化されたベンチレーテッド・ディスクによってブレーキも強化されます。テスタロッサ以来の180度V12・48バルブエンジンは、ボッシュ・モトロニック型インジェクションの採用などにより425PSを発揮。カタログスペックでの最高速は300km/hをオーバしました。

hamukou1 at 06:31|PermalinkComments(2)フェラーリ 

2007年07月24日

ディーノ・246GTS

1971年登場のディーノ246GTの最終型からは、ボディパネルがプレス加工で製作されるなど、量産体制が進められます。
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更に1972年、北米市場をターゲットにラインナップに加えられたのが、タルガトップタイプのディーノ・246GTSです。樹脂性のルーフ・パネルを簡単な着脱式とし、ボディ補強のため、両サイドのクオーター・ウインドゥがなくなり、代わりにスリットが設けられました。エンジンはV6・DOHC2418cc。195PSを発揮しました。

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2007年07月23日

フェラーリ・599GTB Fiorano

575マラネロに代わる、新世代12気筒ベルリネッタとして2006年に登場。
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ロングノーズ・ショートデッキのデザインは、往年のベルリネッタと現代のフェラーリらしさを融合した精悍なスタイルとなりました。シャシーは、アルミ・スペース・フレームを採用し軽量化を実現。パワーユニットはエンツォ用をベースとしたF140C型・5999ccを搭載、620Hpを発揮します。ミッションは6速MTとパドルシフト付きのF1マティック。F1マティックは、「F1スーパーファスト・システム」と呼ばれるギア・ボックスを採用し、変速時間を0.1秒にまで短縮しました。

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2007年07月22日

イタリアン・レッド その2

27edcdd7.JPG引き続き、近年までのイタリアン・レッドのマシン達です。フェラーリF1ではマルボロのスポンサードカラーの明るい赤となりますが、やはりこくのある深い赤がイタリア車の魅力の一つだと思います。

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2007年07月21日

イタリアン・レッド

20070721_red2.JPGここしばらく、京商フェラーリ4を中心に紹介を続けていますがちょっと一息。。。モータースポーツの世界でのイタリアのナショナルカラーは、赤。まさにラテンの情熱を表すにふさわしいイタリアン・レッドに身を任せた往年のマシン達です。こういった並べ方ができるのも多くのモデルがシリーズ化されリリースされてきたおかげです。小スケールのミニカーですが味わい方はいくらでもあるかと。。。

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2007年07月20日

フェラーリ・412

前身の400iのV12ユニットを4934ccにスケールアップし1985年に412が登場。フェラーリの2+2スタイルの代表格です。
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365GT4/2+2以来のリアに向かうほど低くなるテールエンドは、当時のデザイントレンドにあわせ、若干のハイデッキとされました。生産車は大部分がAT車となり5速MTはオプションに近い小数派となります。1気筒あたりの排気量を車名とするというフェラーリの伝統を守る唯一のモデルであった412ですが、365GT/4以来の20年近い時の経過で旧態化は進み、その後は8気筒のモンディアル、92年には新設計された56GT2+2へと、2+2スタイルが引き継がれました。


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2007年07月19日

フェラーリ・275GTB

1964年のパリ・サロンでデビュー。ピニンファリーナによるボディデザインは、ロングノーズとダックテールで250GTOの流れを汲みます。
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エンジンは3285ccのV12SOHC。パワートレーンはトランス・アクスル方式が採用され前後重量バランスへの配慮がされ、サスペンションはダブル・ウィッシュボーンと走りの性能が追求されました。後にエンジンはDOHC化され275GTB/4(4バルブの意)にアップグレードしました。

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2007年07月18日

フェラーリ・360GTC

2003年の登場。GTカーの360N−GTの発展型として開発されました。
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ダウンフォース取得のための大型リア・ウイング、あわせてフロントスカートおよび、ディフューザーの採用により空力性能は一段と向上。各部の軽量化も図られ1100Kgの車重を実現しました。エンジンは360モデナ以来の3.5リッター90度V8で、445PSを発揮。ギヤボックスは6速シーケンシャルが組み合わされました。GTの実戦で積み上げられたテクノロジーやノウハウが存分にフィードバックされ、各部のポテンシャルが向上しています。

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2007年07月17日

フェラーリ・F40 Competizione

1992年東京モーターショーに出展。フェラーリ・F40をベースに限定10台が生産されました。
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フロントカウルに大きく開けた冷却用のエアアウトレット、リトラクタブルから変更された4灯式ヘッドライト、可変リアスポイラー、ディフューザーなど、エクステリアはベースとは大きく異なります。また、徹底した軽量化により車重は1025kgに抑えられました。搭載されるパワーユニットは、2,936cc・90度V8。ツインターボはタービンとインタークーラーの大型化により780PSを発揮。ワイド化されたグッドイヤー製のレーシング用のスリックタイヤに伝えられるビッグパワーは、70Km/hを超える最高速をマークしました。

hamukou1 at 06:36|PermalinkComments(0)フェラーリ 

2007年07月16日

フェラーリ・FXX

2005年、世界でわずか29人という限られたオーナーのためのサーキット専用モデルとして、FXXが発表されました。
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オーナー自身がテストドライバーとして開発に参加するシステムで、シートやペダルの位置はドライバーごとにセッティングされます。また、プロドライバーによるドライビングレッスンや、国際レベルのサーキットイベントに参加する権利も与えられました。カーボン製のボディは、エンツォ・フェラーリをベースとして大幅に空力性能が改善され、ダウンフォース性能は40%上回ります。ミッドシップに搭載される6262ccのV型12気筒エンジンは、800PS以上をたたき出します。ギアボックスはF1の技術そのものが採用されており、ギアチェンジに要する時間は100ms以下、タイヤはブリヂストンと共同開発した19インチ・スリックを装着。ブレーキもFXX専用にブレンボ社により新開発されました。なお、30台目のFXXはミハエル・シューマッハにプレゼントされました。

hamukou1 at 09:46|PermalinkComments(0)フェラーリ 

2007年07月15日

フェラーリ・F50GT

「公道を走るF1」をコンセプトに限定生産された、フェラーリの50周年記念モデルのF50。
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ミドシップマウントされる4.7リッターV12エンジンは520PSを発揮、最高速は320Km/hをマーク。これをベースとして、BPR−GTシリーズ参戦をターゲットにF50GTは開発されました。マクラーレンF1−GTR、ポルシェ911GT1、メルセデスCLK−GTRなどのライバルとの戦いが期待されましたが、FIAにホモロゲに申請はされたもののフェラーリ経営陣の都合(!?)から、実戦へ投入されることはありませんでした。


hamukou1 at 20:50|PermalinkComments(0)プロト・GT 

2007年07月14日

メルセデス・ベンツ CLK−GTR

eeb3fbf9.JPG1992年のスポーツカー世界選手権(SWC)の終焉後、FIA直轄としては5年ぶりの耐久レースの復活となるFIA GT選手権に、メルセデス・ベンツはCLK−GTRを投入しました。Cカー同様のモノコックとカーボンコンポジットのボデイに、6リットルV12エンジンを搭載し600PS以上を発生しました。当時のGT1規定では1台でも市販モデルが存在すればホモロゲが取得でき、まさにレーシングカーとして開発されたマシンがロードカーとしても存在したわけです。1997年、シーズン序盤は苦戦したものの、第4戦のニュルブルクリンクで初優勝を遂げ、終わってみれば、11戦中6勝をマーク。AMG・メルセデスのコンストラクターズとB・シュナイダーのドライバーズのダブルタイトルを獲得しました。

hamukou1 at 20:33|PermalinkComments(0)プロト・GT 

2007年07月13日

メルセデス・ベンツ C291

12cc01fb.JPG1991年、レース名称が変更されたスポーツカー世界選手権(SWC)にメルセデス・ベンツはC291を投入しました。搭載されたパワーユニットは、3.5リッタ−NAの180度V12エンジンで、公称600PSを発揮するものの、クランクシャフトの中間からギヤ・アウトプットする複雑な構造等の不安定な要素もあり、ル・マンの出走もなく、シリーズでは目立った戦績はありませんでした。最終戦のオートポリスでは、ミハエル・シューマッハ/カール・ベンドリンガー組が優勝を果たしています。

hamukou1 at 22:46|PermalinkComments(0)プロト・GT 

2007年07月12日

メルセデス・ベンツ Sauber C9

7435fb41.JPGその前身のC8は、1986年に登場します。1955年のル・マン最悪の事故以来、メルセデス・ベンツはル・マンに出場することはなく、実に31年ぶりのカムバックを果たしました。
1989年に登場したC9は伝統のシルバーカラーをまとい、ジャガーやポルシェなどの強敵を抑えて1952年以来のル・マン優勝を果たし、シルバーアローの復活を告げました。

hamukou1 at 07:22|PermalinkComments(0)プロト・GT 

2007年07月11日

ニッサン・R88C

08ea7d43.JPG1988年、ニッサンのグループCカーとして、全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権、およびル・マン24時間レースに出場しました。前シーズンにニッサンが購入したマーチ87Gのモノコックシャシーを改造し、3リッターV8ツインターボのVRH30を搭載。ニッサン3年目となるル・マンでは、カーNO.23の星野 一義/和田 孝夫/鈴木 亜久里組が286周で残念ながら、リタイヤ、カーNO.32のAllan Grice/Mike Wilds/Win Percy組は344周(4656.040Km)で14位の成績を残しました。
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あくまでマーチ87Gの改良版で暫定的なマシンでしたが、ニスモのメンテナンスエントリーで、フルワークス体制で臨んだ初めてのシーズンとなり、ニッサンはこのマシンにより耐久レースにおけるチームの総合力を高めていくこととなりました。

hamukou1 at 07:11|PermalinkComments(0)プロト・GT 

2007年07月10日

ニッサン・スカイライン・ターボC

1cda22fa.JPGニッサンのグループCレース参戦のうちハセミ・モータースポーツからは、LM04Cが1984年のJSPC第2戦の富士500キロから、ニッサン・スカイライン・ターボCとして出場しました。エンジンは、水冷DOHC4バルブ・直列4気筒ターボ・2089cc(FJ20/LZ20B)で、最高出力は570PSを発揮します。ただし戦績はあまり振るわず、第3戦の富士1000キロの4位にとどまります。ドライバーは長谷見昌弘/都平健二選手でした。1985年の第3戦からはVG30型エンジン搭載のマーチ・85Gに切り替わりました。
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hamukou1 at 07:30|PermalinkComments(0)プロト・GT 

2007年07月09日

BMW・V12LMR

104b6960.JPGBMWは1998年以降、新開発のオープンプロトをル・マンに投入します。F1復帰に向けてウイリアムズをパートナーとしたBMWは、その開発したV12エンジンの実戦テストを思惑もあり、V12LMRを1999年ル・マンに参戦させました。メルセデスのアクシデントやトヨタGT−ONE(片山右京)の怒涛の追い上げなど強豪が並み居る中、V12LMRは見事に総合優勝(NO.15)を飾りました。

hamukou1 at 07:05|PermalinkComments(0)プロト・GT | BMW

2007年07月08日

ニッサン・R390GT1

ニッサンは1986年〜90年までの5年間にわたり、グループCカーでル・マン24時間への挑戦を続けてきました。その後レギュレーション変更に伴い参戦を中断していしたが1995年からは、R33GT−Rの出場でル・マンに復活します。
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1997年には、満を持して開発されたR390GT1をル・マンに投入します。カーボン製モノコックのシャシーにコンポジットのボディが乗せられ、そのミッドに搭載されるエンジンは、3495cc・V8DOHCにIHI製ツインターボのVRH35L。600PS(ブースト制限)でした。3台出場のR390GT1は、予選ではマーティン・ブランドルトップタイムをマーク。本選では、星野一義/エリック・コマス/影山正彦組の23号車のみが12位で完走するにとどまりました。僅か半年の期間で開発されたマシンですが翌年の活躍に大いにつながる成果を果たしました。

hamukou1 at 12:56|PermalinkComments(0)プロト・GT 

2007年07月07日

ポルシェ911GT1

ポルシェ911GT1と名付けられたその車は、ポルシェがワークス体制でル・マンに勝つために送り込んだスーパーウエポンです。
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ル・マンレースのバリア・テストに合格するため、世界中の安全強度基準に合格している993のフロントセクションを流用し剛性の高めたボディは、カーボン素材を用いた徹底的な軽量化が施されます。エンジンはギアボックスをリアセクションに移し、ミッドシップに911初の水冷ボクサーをマウント。操縦安定性の向上が図られました。ポルシェがル・マンに勝つ為に作られた純然たるレーシングマシン、まさにプロトタイプのようなマシンでした。1996年のルマンでは、マクラーレンF1を押さえて、総合2位、3位(クラス1位、2位)を獲得し驚愕のデビューを果たしました。

2007年07月06日

スカイライン生誕50周年

ffeb1684.JPGしばらくはスカイラインを中心に紹介してきました。今まで投稿の中で何度か記していますが、今年はスカイライン生誕50周年。初代のALSI型から半世紀を駆けぬけてきたスカイライン。日本経済の発展とともに歩み、そのレース活動では数々の伝説や逸話を掲げてきた、まさに日本のGTカーです。既に世界進出も果たしていますが、最新型のV36型は秋にデビューするクーペモデルも控えており、更なるグローバルを目指した世界のGTカー、スカイラインの飛躍に期待が膨らみます。
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2007年07月05日

JGTC スカイラインGT−R(R34)2003

4e216cc9.JPG2003年の全日本GT選手権に3台参戦したスカイラインGT−Rの中で、B.トレルイエ、井出有治両選手のドライブで活躍したのがチームインパルのカルソニック・スカイラインです。シーズン2勝を獲得するなど速さをアピール。この年をもってJGTCでの活動を一時休止するGT−Rのラストランとなった最終戦を、優勝という結果で立派に締めくくりました。
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2007年07月04日

JGTC スカイラインGT−R(R34)2002

全日本GT選手権(JGTC)の2002年シーズン、GT−Rは、ニスモとカルソニックから3台が参戦しました。
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伝統である直6エンジン(RB26DETT)を、シーズン途中でV6のVQ30DETTに切り替えることにもなりました。フロントヘビーであった前後バランスを改善、2800ccツインターボで500PSオーバー等戦闘力をアップしますが、スープラ&NSXも想定以上に早く、苦戦を強いられるシーズンとなりました。カルソニックNO12は、星野一義/田中哲也選手、ザナヴィニスモNO22は本山哲/ミハエル・クルムのマシンです。また、第5戦をもって星野一義選手が現役を引退したシーズンでもありました。

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