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日本高野連副会長など歴任した元成東高校の先輩 松井 衛さんが亡くなった。
・・・・・・・・・・残念です・・・・・・。
松井 衛先生と、もう一人の「松戸 健」先生、
両松先生で千葉の高校野球の全盛期を築いたのは昨日のように思い出します。
思い出すのは、両松先生が指揮を執る中での甲子園をかけて銚子商との決勝戦
0対0で迎えた銚子商8回裏の攻撃、2アウト2塁、バッターは大洋だったかプロに行った「根本」、
成東は中日に行ったセーブ王、蓮沼の「鈴木孝政」、このピンチに根本のバットは鈴木の速球に押されて
ふらふら〜〜と上がった力のないフライ、・・しめた!!打ち取った・・・
・・・・っと思いきや、球は1塁手、2塁手、ライトの中間にポトリ
2アウトであったランナーは全力疾走、ゆうゆうとホームへ・・ 万事休す。
結果は1対0
そして甲子園出場した銚子商は破竹の勢い、どこのチームを相手とせず、あっと言う間に全国制覇
その時の銚子商メンバーには土屋、篠塚、根本、阿天房、高野、など凄いメンバーがいた。
その時から悲劇の成東と呼ばれるようになり、松井 衛先生の元、成東をなんとしても
甲子園への怨念とも言える戦いが始まった。
そんな熱心さは凄いものでした。
好投手「押尾」をもって甲子園に出場したのはそれから20年後であった・・・・。
あの時の甲子園は球場全体を成高関係者で埋め尽くした。
その数2万人以上、丁度当時の文部大臣が成高出身の「石橋一弥」代議士。
文部大臣と言う公職にあるにもかかわらず成高応援のために仕事をほって
成高のために応援にこられて、マスコミにたたかれようが、平然として私人として、
応援にこられたのなど思い出いっぱいです。
これで千葉の高校野球の一世代が終わったように思えます。
・・とても寂しいですね。。。

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山武市戸田にある湧水です。
通りすがりに撮影して見ました。
大変ローカルな湧水ですが「戸田の名水」として地域の人には昔から親しまれていて今でもこの湧水を求めて、人の切れることのないほどの人気です。
日曜祝日にでもなると、順番待ちで30分もかかることもあります。
久しぶりに見てみたら、誰が整備したのか、コックもつけて綺麗になっていました。
ついでに賽銭箱までもついていた・・・・

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