マダムの部屋

愛国女性のつどい花時計代表でもあるマダムが思った事など書いています。

日馬富士暴行事件の教訓

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 今回の日馬富士暴行事件の真相はまだ明らかになったわけではありませんが、週刊誌やネットニュースなどが少しずつ書いたりしているので、おおよそのことは分かってきました。日馬富士が貴ノ岩を殴ってケガをさせた、というのは表面的なことであって、その背景にあるのは相撲界の金権体質と、相撲協会幹部の見識のなさ、だったと思います。今、角界で起きていることは日本が移民社会になった時、おそらく日本全体で起きることであって、そういう意味では私たちはこの事件から教訓を得なければなりません。

 「相撲はスポーツではなく神事」だということは日本人力士なら何となく肌で分かることです。日本人は農耕民族だからです。農作業というのは天候頼みの部分が大きく、田植えが終わったら、あとはお天道様に手を合わせながらひたすら豊作を祈願するしかありません。台風が来ないように、病気が蔓延しないように、神様に祈ります。神様に喜んでいただくために力自慢の男たちが相撲を奉納した、というのは日本の若者なら何となく分かる感覚ですがモンゴル人にそれを理解しなさい、というのは無理があります。モンゴル人は遊牧民族だからです。水と食料を求めて大草原を馬で移動しながら暮らしてきたDNAを持つ民族に「相撲は神事だ」とか「横綱としての品格」などと言ってみたところで,所詮は頭の中の理解だけで終わるでしょう。日馬富士や白鵬が悪いわけではなく、「金のなる木」に目がくらんで、どんどんモンゴル人を相撲界に入れてしまった相撲協会や親方の責任と言えるでしょう。

 日本とモンゴルの生活水準の差があまりにも大きい、ということも遠因の一つだと思います。大関や横綱が稼ぐ金額はモンゴルで一生、楽に暮らせる金額のはずです。横綱といっても20代や30代の若者です。自分の力を過信するな、というのも無理があります。また場所の数が増えて、ガチンコ勝負をしていたら体が持たないので彼らが八百長をしていた、という指摘もあります。確かに場所の数が多すぎます。怪我をしたら稼げないのですから、怪我を避けたい、というのも心情的に分かります。つまり相撲界の抱えるさまざまな問題が絡み合って今回の事件が起きたということでしょう。

 モンゴルから日本にやってきた時、白鵬は痩せっぽちの若者でした。まだ日本語もたどたどしく、日本の習慣にも溶け込めなかったかも知れません。しかしモンゴル人力士が増えて、白鵬がそのトップの地位になると、彼は別の顔を見せるようになります。立ち合いで張り手を連発したり、もう勝負がついているのに相手力士を土俵の下に突き落としたりするようになりました。勝ち名乗りを上げたあと、祝儀袋を鷲掴みにして引き上げるしぐさなど、横綱の品格は一体どこへ、と言いたくなるファンもいたことでしょう。移民というのは、社会の中である一定の数を超えた途端に力関係が逆転してしまいます。今、アメリカやヨーロッパで起きていることは移民を増やし過ぎた結果、社会全体が無秩序になってしまったわけで、今回の事件の構造とよく似ています。

 相撲協会は今回の事件に学んで、モンゴル人力士の数を減らすべきです。場所の数も減らし、ケガをする力士が出ないようにしなければなりません。白鵬がモンゴル国籍のままで年寄りを襲名することは絶対にさせてはいけません。そのような抜本的な改革をせず、日馬富士を罰しただけでお茶を濁して事を済ませようとすれば、第二、第三の日馬富士事件が起きることでしょう。

 

 

 

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あの戦争は本当に無謀だったのか?

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 今日は128日です。76年前の今日、ハワイ、真珠湾の米太平洋艦隊の基地を攻撃することによってわが国は日米戦争を始めました。戦争に負けたことによって、戦後、アメリカによってこの戦争は「太平洋戦争」と呼ぶことを日本人は強要されましたが、本当は「大東亜(東アジア)戦争」と呼ぶべきです。戦域は太平洋だけでなく東アジアの広範囲な地域だったのだし、戦争の目的の一つが大東亜共栄圏の実現だったからです。

 戦後72年経った今でも、大東亜戦争は日本にとって「無謀な戦争だった」と言われつづけています。そして開戦の決断をした軍部は「愚かだった」と繰り返し、貶められつづけています。しかし、なぜそんな愚かな決断を私たちの先人はしたのでしょうか? 当時の日本の指導者はそれほど無能で無責任だったのでしょうか? そしてなぜ陸軍は「愚かだった」と非難されるのに、海軍は「開明的だった」と評価されているのでしょうか? 東條英機は本当に愚将だったのでしょうか? 山本五十六連合艦隊司令長官は本当に名将だったのか? そのような疑問を持った一人の研究者が一冊の本を著しました。『日米開戦―「秋丸機関」の最終報告書』(祥伝社新書429800円)です。著者は長年、日本の近現代史研究に取り組んでこられた林千勝氏です。

 林さんが「秋丸機関」と呼ばれた研究班の存在に気が付いたのはほんの偶然だったそうです。昭和16年(1941年)81日、アメリカは対日全面禁輸措置を打ち出し、イギリス、オランダもそれに追従しました。当時の日本は、石油はなんと9割をアメリカからの輸入に頼り、それ以外の国民生活に必要な物資も多くをアメリカに頼っていました。それを止められるということは、国民の最低限の生活すら立ち行かないということを意味します。これは日本に対する宣戦布告と同じです。こと、ここに至って帝国陸軍は戦争に突入した場合のシミュレーションをせざるを得なくなりました。そして戦争と経済は一体であるという認識のもとに、経済的側面からの戦争戦略を練る機関を作りました。それが「秋丸機関」でした。秋丸次朗中佐という人がリーダーだったからです。

 秋丸次朗は昭和7年、陸軍経理学校をトップで卒業したあと、東京大学経済学部で三年間、学びました。満州に渡り、関東軍参謀付きの経済参謀として満州国経済建設の主任をしていました。昭和14年、つまり日米開戦の二年前に秋丸中佐は満州から呼び戻されて新しい任務を任されます。来るべき日米戦争に備えて敵国の経済力、戦力を詳細に分析して相手の弱点をつかみ、日本の経済力、戦力の持久度を見極める、という恐ろしく重要な任務でした。

林千勝
 この本の第一章は数字や表が多く、退屈に感じる読者もいるでしょう。これは「陸軍省戦争経済研究班(秋丸機関)」の報告書をそのまま読者に見てもらおう、という林氏の考え方の表れだと思います。報告書を読者が読みながら当時の陸軍省内部でどのように開戦が決断されていったのか、という過程を追体験する、というのが本書の仕掛けです。

 第一章を読み終えれば第二章「帝国陸軍の科学性と合理性が、大東亜戦争の開戦を決めた」は楽に読めることでしょう。そして第三章「山本五十六連合艦隊司令長官が、大東亜戦争を壊した」で衝撃の事実が明らかになります。もしこれが事実なら、これまで大東亜戦争を論じ、陸軍を断罪してきた歴史学者や作家の視点は180度、覆ることになります。

 「陸軍が暴走して戦争を引き起こした」「国民は軍部に騙された被害者だった」と信じている人に是非、読んでもらいたい一冊です

 

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「教育無償化」は亡国への道

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 安部首相は「少子高齢化」がさも悪いことであるかのように言うのですが、なぜ「少子化」と「高齢化」がいつもセットで語られるのか、不思議に思っています。そもそも「少子化」と「高齢化」はまったく違う現象だし、「高齢化」は悪いことではないはずです。「高齢化」が悪いことのように語るのは、お年寄りに対して失礼です。

 「少子化」をお金の問題のように語るのもおかしいですよね。戦前の日本は今より生活レベルは低かったでしょうが「貧乏人の子沢山」でした。子供の少ない家でも45人いるのは当たり前で、多い家庭は10人ぐらい子供がいた訳です。兄弟といっても齢が離れていて、上の子供が下の子供の面倒を見るのは普通でした。私の祖父は明治生まれで、家は味噌醤油屋で、田舎のことなので中学を出たら子供は家業を手伝うのが当たり前でした。兄弟のなかで大学まで進んだのは祖父一人でした。そのことを祖父は一生,恩に感じていて、自分の甥や姪の面倒をよく見ていました。冠婚葬祭の時には祖父の兄弟や従妹たちがぞろぞろ集まってきたものです。

 生活が豊かになり、女性が高学歴になり、自分の自由になるお金を手に入れれば「少子化」になるのはある程度、仕方ないことであって日本だけの現象ではありません。韓国も台湾も日本以上に離婚が多く、その結果、日本以上に「少子化」です。日本はまだマシな方ではないでしょうか? 20代で結婚すれば4人ぐらい産む女性はけっこういるのですから。

 今の日本が抱える問題で深刻なのは「少子化」ではなく、真のエリートを育てる教育機関がないこと、だと思います。子供の数が問題なのではなく、中身が問題なのです。先の衆議院議員選挙で話題を呼んだ「お騒がせ議員」山尾議員も豊田議員も東大法学部卒というご立派な経歴です。朝日新聞の記者もNHKもおそらく高学歴の社員を採用しているのでしょうが、あの体たらくです。では東大が問題なのか、といえばそうではなく、慶応大学では女子大生を酔わせ、輪姦して現場を撮影するという凄いのがいました。その男子学生6人は全員、不起訴になりました。主犯格の男が朝鮮人なので、横浜地裁はどうも「忖度」したようです。これでますます大学内での性犯罪が増えるでしょう。これでも親は自分の娘を大学へ行かせたい、と思うのでしょうか。

 先日、ちょっと用があって母校の大学へ行ったのですが、私が在籍していた頃のボロ校舎がいつの間にかホテルのようになっていて驚きました。夜になるとネオンが輝いて、一瞬、学校であることを忘れそうでした。今の大学の経営者にとって学生(と、その親)はお客様なので、お客を呼び込むために校舎を新築したり、いろいろ投資が必要です。その分、大学の授業料は上がります。だから政府は「授業料無償化」で有権者の歓心を買おうとします。しかし、大切なのは教育の中身ではないのでしょうか。 

 学生の側にも問題があります。自分が何を学びたいのか、将来、何をしたいのか、も分からず「とりあえず大学ぐらいは行っておかないと」気分で行く子が多すぎます。そういう子は四年間、バイトとサークルで過ごして、結局、年齢を重ねるだけです。それでいて「大卒なのに、こんな仕事はしたくない」と変なプライドだけはあって、就職しても長続きしません。それなら大学など行かない方が本人のためでもあり、社会のためではないでしょうか。

 戦後日本の学校教育のシステムでは「みんな平等に、同じことを教えることが良いこと」なので、エリートは育ちません。政府も文部科学省も教育に競争原理を入れる気はないのですから、結局、このままエリートは生まれずに日本は衰退の一途をたどるのでしょうか。



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