マダムの部屋

愛国女性のつどい花時計代表でもあるマダムが思った事など書いています。

東京裁判史観を克服するために

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「東京裁判」という映画を見たことがありますか? 大東亜戦争終結後GHQ(連合国軍最高司令部)は日本を軍事占領し、戦前から戦中にかけて日本の指導者だった人たちを裁くための法廷を開きました。極東国際軍事裁判=東京裁判です。その中身は当時、明らかにされませんでしたがアメリカの国防総省(ペンタゴン)は法廷の様子をすべて撮影していました。それを基にして1983年、「東京裁判」という映画が日本で公開されました。監督は小林正樹です。

 戦争にはルールがあります。戦闘行為が終わり、条件を提示してお互いにそれを受け入れれば講和を結び、本来は戦争は終わります。しかしアメリカは勝者であるにもかかわらず敗者である日本の指導者たちを個人的に一人、一人裁きました。日本側は証拠を提出しても却下され、弁護士の人選も日本側に圧倒的に不利でした(日本のために戦ってくれたアメリカ人弁護士もいましたが)。これは国際法違反の暴挙であり、裁判の名を借りたリンチといえます。裁判という形を整えただけで判決は最初から決まっていたのです。

 アメリカ側の主張をざっくり言えば「満州事変から日中戦争、太平洋戦争にいたるまで日本は軍部、政治家、官僚が共同謀議をし、一丸となって世界制覇をもくろみ、それを実行に移した」「日本国民は軍部に騙された被害者だ」というものでした。今なら笑ってしまうような主張です。しかし「勝てば官軍、負ければ賊軍」で、日本側に反論は許されませんでした。元海軍大将、永野修身は「共同謀議とは片腹痛い。この法廷で初めて顔を合わせた人もいるというのに」と言ったそうです。しかし、アメリカの主張するこの荒唐無稽な理屈が今も「東京裁判史観」として日本人の自由な思考を妨げています。去年、安倍首相が発表した「戦後70年談話」も「東京裁判史観」に沿ったものです。

 第一次世界大戦後のワシントン体制から第二次世界大戦勃発までの日本国内の権力構造を克明に分析した『アメリカの罠にはまった太平洋戦争』(自由社・1500円)を読みました。著者の鈴木壮一氏は昭和23年生まれ。元銀行マンで、現在は「幕末史を見直す会」代表。鈴木さんは学校で習う日本近代史に疑問を抱き、銀行に勤めながら独学で歴史を学ばれたそうです。実社会で生きた経済を学ばれたことが太平洋戦争を見る視点に生かされています。歴史の専門家と称する学者が書く本よりもはるかに面白いです

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 軍隊、というと何となく戦闘員の集団だと思いがちですが戦前の日本には「陸軍省」「海軍省」という役所があり、予算の争奪戦を繰り広げていました。省庁というのはいつの時代も縄張り争いをするものなのでしょうか? アメリカを仮想敵国とする海軍はソ連に対する警戒心が薄く、ソ連を仮想敵国とする陸軍はアメリカへの警戒心が皆無でした。陸軍と海軍は対立し、外務省と陸軍も対立し、陸軍内部も「皇道派」と「統制派」に分かれて権力闘争がありました。これでどうやって「一丸となって世界制覇をもくろむ」ことができるのでしょうか?

 アメリカにとって日本が悪者であることは都合が良いでしょうが、私たちはいつまでも「東京裁判史観」に縛られていてはいけないと思います。もうすぐ戦後71年目の815日がやって来ます。アメリカの作り話である「東京裁判史観」から解放されるために是非読んでみてほしい、お勧めの一冊です。





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「水子の譜」の復刊を

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 「二日市保養所」を知っていますか? 最近はインターネットの普及でけっこう知っている人が増えた(私もその一人)ですが、新聞もテレビもずっとその存在に触れず、むしろ隠してきたのではないかと思われます。今年の514日、福岡県筑紫野市にある「二日市保養所」の「水子慰霊祭」に参加した元毎日新聞ソウル特派員の下川正晴さんが、その報告を今、発売中の雑誌『月刊 正論』に書いていらっしゃいます。タイトルは『「二日市保養所」70年目の記録―封印された引揚女性の慟哭』です。

 昭和2089日、突如ソ連軍が参戦し、満州とソ連の国境地帯に住んでいた日本人居留民はソ連兵の略奪、強姦をほしいままにされました。朝鮮半島から引揚げた日本人も朝鮮人に襲われ、殺害されたり強姦されたりしました。なかには妊娠した女性も少なくありませんでした。満州で、朝鮮で無念の死をとげた女性はどれほどいたでしょうか? 今となっては知る由もありません。

 満州や朝鮮半島から命からがら引き揚げてきた日本人がたどり着く港は博多、佐世保、舞鶴、広島などでした。親を失い、一人で日本に帰ってきた孤児を迎える人は誰もいませんでした。なかにはお腹の大きい女性もいました。ボロボロになって祖国にたどり着いた女性や子供たちを収容する施設が博多駅近くの「聖福寺」内にあったそうです。下川正晴さんの記事の中に「聖福寮」のことが書かれています。「聖福寺」内にあった寮で、寮長は山本良健という医師だったそうです。

 戦後の日本では日本人を加害者として糾弾する言論は山ほどあっても、被害者としての側面を伝えるメディアはまったくありませんでした。「二日市保養所」を取材するジャーナリストもいませんでした。しかし唯一、福岡のRKB毎日放送の上坪隆さんというディレクターが1977年、「引揚港・水子のうた」「引揚港・博多湾」というドキュメンタリー番組を制作しています。それを書籍化した『水子の譜(うた)―引揚孤児と犯された女たちの記録』(1979年 現代史出版会)という本もあるそうです。希少本でなかなか手に入らないそうなので、それを是非、復刊してほしいです。

 「戦争と性被害」の問題はいつの時代にもありますが、「二日市保養所」の存在はあまりにも忘れ去られています。私たちはこの悲惨な事実をしっかりと形に残し、伝えていく必要があります。




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日清戦争前の朝鮮は・・・

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 「日本は朝鮮を植民地にした」という説を信じている人がいます。しかし「植民地にする」目的は自国の利益なのですから、植民地にする土地には何か魅力がなくてはなりません。例えばイギリスやオランダ、スペインなどが植民地にした土地は、ほとんど例外なく資源のある土地でした。あるいは良港や安価な労働力が魅力だった場合もあります。では19世紀終わりの頃の朝鮮には資源があったのでしょうか? 安価で勤勉な労働力が魅力だったのでしょうか? 肥沃な土地があったのでしょうか? 答えはすべてNOです。当時の朝鮮は、頼まれても欲しくないような貧しい土地だったのです。

 イギリスの女性旅行家、イザベラ・バードが朝鮮を旅して書いた旅行記『朝鮮紀行』が刊行されたのは1898年です。『朝鮮紀行』は欧米の女性が当時の朝鮮を直接、見て描いた貴重な作品です。しかし、『朝鮮紀行』が出る4年前に日本の男性が書いた朝鮮見聞記が実はあったのです。1894417日から616日にかけて『二六新報』という新聞(『二六新報』は明治26年、秋山定輔によって設立された新聞)に連載され、連載終了後に出版された『朝鮮雑記』という本です。著者は「如囚居士」となっていますが、これはもちろんペンネームで、本名は安達九郎(本間九介)という人のようです。その『朝鮮雑記』が私たちにも読める現代語訳で祥伝社から復刊されました。読んでみたのですがいやあーこの本、めちゃくちゃに面白いのです!

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 安達九郎という人について詳しいことは不明ですが、21歳の若さで朝鮮半島へ渡ったそうです。当時の朝鮮半島は中国(清)の属国状態で国民は貧しく、政治は腐敗していました。朝廷は統治能力を失い,清国を頼るかと思えばロシアを頼りにし、日本のことは「中国よりも格下の国」として見下していました。そんな朝鮮を日本の援助と指導で清から独立させることが東アジアを安定させ、ひいては日本を守ることにもつながるという考えを持つ若者が日本には少なからずいました。おそらく安達九郎もそんな志から朝鮮半島へ渡ったと思われます。

 安達九郎は朝鮮のあちらこちらを旅し、見たまま聞いたままを書き残しています。面白いのは旅の途中でスケッチを描いていることです。素朴ですが、当時の朝鮮の雰囲気がよく伝わってくる温かい雰囲気のスケッチです。著者は好奇心のおもむくままに、さまざまな場所に行きます。市場で、浴場で、宿屋で、娼家などで庶民の暮らしぶりを垣間見ます。庶民の生活水準の低さや不潔さ、怠惰で向上心に欠ける民族性、役人の腐敗ぶり、賄賂の横行、残酷な拷問などは手厳しく批判していますが朝鮮の自然の美しさ、素朴な人情などは評価もしています。

 なぜ日本は清と戦わなければならなかったのか、なぜその後、ロシアと戦わなければならなかったのか、そしてなぜ1910年に日韓併合が行われたのか・・・それはその前の歴史を知らなければ分かりません。物事にはすべて原因があります。その原因を知らないでいきなり「日韓併合」を教科書で教えられるので「日本は朝鮮を植民地にした」という思い込みに陥るのです。

『朝鮮雑記』はアジア主義という思想を持った一人の若き日本人が国家の独立とは何か、近代化とは何か、アジアの安定とは何か、といった壮大な思索をしながら書いたユニークな紀行文です。

 「日本は朝鮮を植民地にした」と信じている人に是非、読んでほしい一冊です



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