マダムの部屋

愛国女性のつどい花時計代表でもあるマダムが思った事など書いています。

2012年08月

今年も「戦史検定試験」が開かれます

 最近、さまざまな検定試験がありますね。名前を聞いただけで受けたくなるようなものもあれば、えっ、誰がそんな検定試験を受けるの?って不思議に思うものもあります。日本人は真面目で向学心が強いから、試験ていうものが基本的に好きなのかも知れませんね。ところで皆さん、「戦史検定」って知っていますか? 「戦史」=戦争の歴史です。ここでいう「戦争」とは1941年から1945年まで日本が英米を中心とした連合国と戦った、大東亜戦争のことです。

 戦史検定試験は今年で3回目を迎えました。試験日は平成241118日(日)、大正大学で行われます。受付は既に始まっています。ネットで申し込むこともできますし、本屋さんで扱っている所もあります。締め切りは1031日です。↓

http://www.senshikentei.org/

 81日から神保町の有名な書店「書泉グランデ」と秋葉原の「書泉ブックタワー」に「戦史検定コーナー」が設置されました! どちらも5階です。売り場には受験に役立つ参考書も豊富にそろっていますし、受検の申し込み受付けも行っています。8月28日からは紀伊國屋書店新宿本店3階にも「戦史検定参考図書コーナー」が開設されます! 近くへ行かれた時には覗いてみてくださいね。

 大東亜戦争のことを教科書では「太平洋戦争」って書いていますが、学校では「太平洋戦争」についてちゃんと教えているんでしょうか? おそらく授業時間が足りなくて先生が駆け足でぱっぱって教えたり、あるいは「日本がアジアを支配しようと思って侵略戦争を起こした」なんて教えているんじゃないでしょうか? 

 戦史検定試験を主催しているのは「戦史検定協会」ですが、この検定試験の目的は二つあるそうです。一つは大東亜戦争について正しい教育を受けていない若い人たちに戦史に関心を持ってもらい、真実の歴史を知るきっかけになったら、ということ。もう一つは海外にある戦死者の慰霊碑が長い歳月の間に傷んでしまっている状況を何とかしたい、ということです。
 大東亜戦争では中国大陸や太平洋の島々、東南アジアなど、広大な範囲が戦場になりました。かつての戦場だったあちらこちらの国に旧日本軍の兵士を悼む慰霊碑があるわけですが、戦後、日本政府も外務省もそれらの慰霊碑を事実上、放置してきました。旧日本軍の兵士の遺骨収集すらまともにやって来なかったのが現状です。本来ならば国家の責務として当然、やるべきことを戦後
67年間、やって来なかったのです。いくら敗戦国だからといって国を守るために亡くなった方々の遺骨を野ざらしにするというのは独立国としてあり得ないことです。「戦史検定協会」では受検料の一部を海外にある慰霊碑の修理・保全の費用に充てるそうです。

 実は私、去年、この「戦史検定試験」を受けたのですが、恥ずかしながら不合格でした 去年の試験と今年の試験問題はもちろん、違うでしょうが去年はかなり手強い試験だったという記憶があります。合格なさった方はかなり時間をかけて勉強なさったのではないでしょうか。私は不合格でしたが、でも受検して良かったなあ、と思います。大東亜戦争は世界戦争といってもいいぐらい複雑でスケールの大きな戦いでした。交戦国はアメリカ、イギリス、オランダ、フランス、オーストラリア、中国、ソ連・・・・そう、つまりほとんど世界中を相手に日本はたった一国で戦っていたのです。では、なぜ日本は戦ったのか・・・それを今度の検定試験に向けて是非、皆さんご自身に調べていただきたいのです。

 試験まであと2カ月以上あります。今年の秋は「戦史検定試験」にチャレンジしてみてはいかがでしょうか

 

  戦史検定協会

  〒102-0076  東京都千代田区五番町2番地 番町パレス303

                    ℡  03-6268-9939

 

 

在名古屋中国総領事館への土地売却を阻止する署名

 中国の日本に対する敵対行為が目に見える形になってきました。これまでは日本の領海を侵犯するだけでしたが今度は尖閣諸島に香港の活動家が上陸してしまいました。政府は「尖閣諸島は日本固有の領土」とお題目のように繰りかえし言いながら、実際にはこの活動家らをやすやすと上陸させてしまいました。船の没収もしない、罰金も取らない、「強制送還」というのは事実上の無罪放免です。これでは相手が図に乗るのは当たり前です。しかもそのあと「活動家らを逮捕した」という理由で反日デモが過激化し、丹羽駐中国大使の乗った車が謎の暴漢に襲われるという事態にまでなっています。

 一昨年、中国の漁船と称する工作船が海上保安庁の巡視船に体当たりしてきた事件から政府は一体何を学んだのでしょうか? そして相変わらず日本人が尖閣諸島に上陸する許可を政府は出さないのです。尖閣諸島を購入すると明言している東京都の調査団をすら島に入れない、というのは正気の沙汰ではありません。これは尖閣諸島を守るために13億円もの寄付をした日本国民に対する背信行為でもあります。

 

 こんな状況の中、名古屋にある中国総領事館が名古屋城前の一等地、名城住宅跡地(約3千坪)を買おうとしています。ここは東海財務局の所有する土地、つまり国有地です。国有地=国有財産です。有財産の使い道は当然、住民の公共性を優先して決められなければなりません。それなのに東海財務局はただ目先の利益に目がくらんでか、あるいはどこからの圧力によってか分かりませんが中国総領事館への売却を住民の意向を無視して進めようとしています。

 名古屋には既に総領事館があります。そのうえ約3千坪という広大な土地(本当に広い!)がなぜ必要なのでしょうか? 領事館の業務は主にビザの発行などですから本来、ビルの一室でも十分、事足りるはずです。日本と国交のある国ならすべて領事館を日本国内に持っていますが、なかにはビルの一室でやっている国もあります。まずこの広大な土地を買おうとする中国の意図を疑わなくてはなりません。

 皆さんは領事館というとどういうイメージをお持ちでしょうか?領事館というのは治外法権です。もし何かなかで違法行為をしていると分かっても日本の警察は入れないし、大使や領事を逮捕することもできません。つまり、そこだけが「中国国内」になってしまうのです。大使や領事というと、何かエリート外交官のように聞こえるかも知れませんが、共産圏の国の大使や領事はスパイか工作員と考えても間違いではありません。日本の情報収集や世論操作を任務としているはずです。

おそらく地元の商店街には地元経済を活性化したいという要望があるのだと思います。しかし中華街などができれば地元の経済が潤うという見方は甘過ぎます。たとえ中華街ができても中華系の外資が投資をして中国人が商売をして儲けるだけで、地元にはお金が落ちませんし、地元の雇用にも結びつきません。つまり、名古屋の市民には何のメリットもないだけでなく危険な話なのです。

このような危険な土地売却を阻止しようと今、署名活動が行われています。企画者は「東三河の教育を考える会」で、署名の提出先は東海財務局長、愛知県議会議長、愛知県知事、名古屋市議会議長、名古屋市長です。目標は1万筆ですがまだ5千筆程度、足りないそうです。ネット署名サイト(署名TV)から入ってください。ホワイトハウスへの署名よりもずっと簡単です 匿名でも署名できますので、ぜひ皆さん、ご協力をお願いします!   →  http://www.shomei.tv/project-1648.html

 

 

 

 

 

「幻」に終わった黄金時代

 私事ではありますが1980年代というのは私の青春時代でした。1980年、卒業を前にした私の友人たちは次々と一流企業に就職を決めていました。名前を聞けば誰もが知っている大手企業ばかりでした。当時はそれが当たり前だったのです。今のように4年制大学を卒業しても就職できず、ニートになる若者が何万人もいる、などということは到底考えられませんでした。私は出版社に勤めたのですが仕事はいくらでもありました。出版がまだ元気だった時代です。毎晩、深夜まで残業しても仕事が苦になりませんでした。給料をもらうようになった私たちはCDを買ったりウォークマンを買ったりディスコに行ったりしていました。何となく華やかで、右肩上がりの時代だったという記憶が残っています。

 そんな私にとって西村幸祐さんの『幻の黄金時代―オンリーイエスタデイ’80s』(祥伝社・1600円)はとっても懐かしい作品でした。自分の青春時代をもう一度たどるような気持ちで一気に読んでしまいました

 1980年、日本の自動車生産台数と鉄鋼の生産高がアメリカを抜いて世界一になりました。輸出工業製品の象徴ともいえる自動車で日本に負けたアメリカは猛烈な巻き返しに出ました。1985922日、ニューヨークのプラザホテルにアメリカ、イギリス、西ドイツ、フランス、日本の蔵相、中央銀行総裁が集まり、ドル高是正のための強調介入が決まりました。「プラザ合意」です。当時、1ドル=240円台だったのが2年後の1987年には1ドル=120円になりました。今は1ドル=79円です。

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80年代は日本の黄金時代でした。旺盛な経済力を背景にさまざまな文化が発信されていて、社会は活気にあふれていました。その空気は今でも思い出せます。しかし、平成に入ってから日本は「失われた20年」といわれる経済成長のない時代に突入することになります。世界第2位の経済大国の地位は中国に抜かれ、円高でデフレで失業率も改善しません。毎年3万人以上の人が自殺しています。家庭も崩壊しつつあります。親が子を殺し、子が親を殺す異常な事件が少なくありません。学校教育は既に崩壊しています。いじめ自殺は後を絶たないのに、誰も有効な手が打てません。一体、なぜ日本はこんな状況になってしまったのだろうか? 今の悲惨な状況の原因は実は80年代にあったのではないだろうか、というのが著者、西村幸祐氏の問題意識です。

 今、日本が何をおいても解決しなければならないのは拉致問題だと私は思うのですが、その拉致問題が最初に報じられたのも1980年でした。198017日、産経新聞がアベック3組の謎の蒸発を報じたのです。しかし、なぜか他のメディアはこの記事を無視し、どこも後追い報道をしませんでした。1985年、スパイ防止法の制定が実現しそうになりましたが社会党、共産党、それに朝日新聞をはじめとする反日メディアのキャンペーンによって頓挫してしまいました。もしこの時、スパイ防止法が制定されていたら、その後の拉致はあるいは防ぐことができたかも知れません。

 中国の意を受けた香港の活動家に尖閣諸島に上陸されたり、韓国の大統領に竹島に上陸されたりするようになったのはつい最近ですが『幻の黄金時代』を読むと、わが国はもう80年代から周辺国に侵略されていたのだということがよく分かります。しかし、それを侵略だと見抜いていた人は一体何人いたでしょうか?

 日本が今の絶望的な状況をこれからどうやって打開していくのか、果たして打開できるのか、を考えるためにぜひとも読むべき本だと思います。お勧めです

 

 

 

 

 

「慰安婦」という表現は日本的な配慮

 韓国人の元慰安婦だったお婆さんたちが「自分たちは日本軍に強制連行されて無理やり慰安婦にされた」という嘘を世界中にばらまいたせいで「慰安婦」という言葉はすっかり有名になってしまいました。この文章を読んでいる皆さんは慰安婦=戦地の売春婦だということを既にご存知だと思います。では、なぜ当時の日本人はただの売春婦をわざわざ「慰安婦」と言い換えたのでしょうか? 本来ならば売春婦は売春婦と呼べばいいだけのことなのですが、戦場で明日死ぬかもしれない兵士にいっときの慰安を与えてくれる女性なのだから、という気持ちから「慰安婦」と呼んだのです。つまり「慰安婦」は決して蔑称ではなく、むしろともすれば蔑視されがちな女性たちに対する優しさであり、気配りの表われなのです。

 「売春」という言葉も考えてみればかなり文学的(?)な表現です。「春を売る」という表現は露骨な言い回しを嫌う日本人でなければ思いつかないかも知れません。今は「売春」自体が禁止されたのでその代わりに「風俗嬢」と言っていますよね? これも何となく曖昧で、分かったような分からないような表現でいかにも日本的だなあ、と思います。かつては「トルコ嬢」と呼んで、トルコから抗議が来て止めましたよね。これはいくら何でもトルコに対して失礼でしたね

 性に関する表現を比べてみるとそれぞれの国のお国柄がよく分かります。以前、韓国では売春のことを「淪落」と呼んでいました。「身を持ち崩す、落ちぶれる」という意味です。これはなかなか文学的だと思うのですが、10年ぐらい前から「性売買(ソンメメ)」という、ズバリそのものの表現になりました。ちなみにセクハラは「性戯弄(ソンヒロン)」、痴漢は「性醜行(ソンチュヘン)」です。やっぱり日本のほうが凝った表現だなあ、と思いませんか?

 私は韓国人を差別してこういう話をしているわけではありません。韓国人の言語感覚が普通であって、日本人がむしろ特殊なのだと思います。自分が日本人だから、というわけではなくいろいろ調べてみると、本当に日本人の民族性というのは珍しい、ユニークなものなのです。すべてのことに対してきめ細かい配慮をするし、非常に凝り性なのです。よその国だったら気にしないようなことも気にして、簡単に終わりにしないであれこれ工夫をするのです。それが日本の優れた技術力やアニメなどの文化の原動力なのではないでしょうか? 

 最近、韓国では「慰安婦」という呼び方を止めて「性奴隷」と呼ぼう、という動きが出てきています。これは日本の加害性をさらに強調したいという気持ちからなのですが、「性奴隷」に比べて「慰安婦」の方がずっと優しい響きだということが韓国人には分からないのでしょうか? そんなに自分たちを惨めに表現したいという感覚がやはり韓国的だなあ、と思わざるを得ません。

「交流」という言葉に騙されてはいけない

 韓国の李大統領がわが国の領土、竹島に10日、上陸して以来、韓国との間にさまざまな問題が起きています。天皇陛下に対する侮辱発言、野田首相の親書を韓国側が送りかえす、といった普通では考えられないことが次々と起きています。そんな中、愛媛県宇和島市の小学生32名と付き添いの大人9名が21日から24日まで韓国に「交流」のために出発した、というニュースが流れました。このタイミングで韓国に行くというのはあんまりだと思い、私は宇和島市教育委員会生涯学習課に電凸しました。

 
 担当者の話ではこの事業はもう
21年も継続しているそうです。宇和島の全小学校の中から32名が選ばれて1人につき4万円、残りの費用はなんと宇和島市の税金が300万円も使われているそうです なぜ税金を使ってまでこの事業を継続するのか、という私の質問に対して担当者はいろいろ教えてくれました。韓国に「友好小学校」というのがあって、そこと宇和島市の小学校が姉妹提携をしているそうです。その関係で宇和島市の小学校のPTA連合会が「日韓友好少年少女の翼」という名の交流事業を計画して、それに市が補助金を出す、という形になっているようです。宇和島に在日韓国人がいるのではないか、という問いに対しては「そういうことはありません」という答えでした。

 韓国では反日教育をしていることを知っていますか? と聞くと「情報としては聞いていますが事実かどうかは分かりません」という答えでした。21年も韓国との交流事業をやっているのですから、韓国の教科書を取り寄せるなどして勉強してほしいです、と伝えておきました。電凸をするといつも思うことですが、電話に出た人の対応はおおむね丁寧です。こちらがかなり怒りを露わにしても非常に冷静で、答えられることはきちんと答えてくれます。企業の担当者よりも全体的に低姿勢です。しかし税金は自分のお金ではないせいか、どこか他人事、という空気も感じられます。

 「友好」とか「交流」という言葉になぜ日本人は弱いのでしょうか? 韓国語も知らない、韓国の歴史も韓国人の国民性も知らない小学生がほんの数日、韓国の小学生に会うことにどのような意味があるのでしょうか? こういう質問をすると必ず「国際性が身につくから」とか「国際人になるから」という答えが返ってきます。では「国際性」とは何なのか、「国際人」とは何なのか、という質問をしたらどう答えるのでしょうか? おそらく答えられないでしょう。つまり、何も考えていないのです。子供のため、というのならまず日本の中にある美しい自然や歴史的な建物を見せるべきです。自国のことも知らない小学生が外国のことを理解できるはずはないからです。

 同じ日本人同士でも簡単に仲良くなれないのに、外国人と簡単に仲良くできるはずがないということになぜ気がつかないのか不思議です。韓国人というのは一般的に率直で日本人よりエネルギッシュなので、付き合うと面白い部分はあります。こちらが「仲良くしたい」という意思表示をすれば向こうは喜んでしつこいぐらいに親切にしてくれます。でもそこに落とし穴があるのです。日本人が「仲良くしたい」という意思を見せることは彼らの優越感をくすぐるからこそ親切にしてくれるのだ、ということに日本人が気づかないのです。そして政治的な話題、たとえば竹島はどちらの国の領土なのか、というような話になった場合、日本人が「あれは日本の領土だ」ともし主張したら、韓国人は豹変して怒りだします。同じ人間がここまで態度が変わるのか、というぐらいに態度が変わるのです。相手をすっかり信用していた日本人はその時、裏切られたようなショックを感じることになります。まだ知識のない、判断力のない小学生を韓国のような国に行かせることはだから危険なのです。

 みんなで抗議の声を挙げましょう! ↓

宇和島市役所・    

宇和島市教育委員会 生涯学習課 ℡ 0895-24-1111

               Email kyoiku@city.uwajima.lg.jp

   

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