マダムの部屋

愛国女性のつどい花時計代表でもあるマダムが思った事など書いています。

2012年10月

ハロウィンの馬鹿騒ぎ

 毎年、この時期になると憂鬱になります。近所のスーパーがどこも一様に「ハッピー、ハロウィン!」などという垂れ幕をかけたり、店の一角に「ハロウィンコーナー」を設けてかぼちゃのお菓子や仮装用のお面とかいろいろな小物を売り出すからです。今日もスーパーに行ったら、なんとレジの店員が頭に奇妙な帽子をかぶっているではありませんか 仮装しているつもりなのでしょうが、こうなるとレジに並ぶ気持ちも急に失せてしまいます。

 昔からクリスマスとかバレンタインデーが嫌いでした。なぜキリスト教徒でもないのにその日一日だけ、キリスト教徒になってケーキを食べなければならないのか、が分かりませんでした。ケーキを食べたければいつでも食べればいいのに、その日に「みんなと一緒に食べなければならない」という付和雷同精神が嫌でした。本来、日本の習慣にないものなのに人がやるとこうも簡単に右へ習へ、をするのか本当に不思議です。

 ハロウィンというものが宗教行事であるということを日本人のうちの果たして何割の人が分かっているのでしょうか? もしよその国でこんなことをやったら「異教の教えを強制した」「信仰の自由を侵害された」という理由で大変な騒ぎになるはずです。同じキリスト教徒の中でさえさまざまな宗派があり、よその宗派との教義の違いや聖書の中の一節の解釈の違いからしばしば争いに発展します。一神教であるキリスト教やイスラム教はとりわけ細かな違いに敏感です。カソリックと東方正教会はミサの時に食べるパンがふっくらしているか、種なしのぺちゃんとしたパンか、の違いでいがみ合いました。第4次十字軍は東方正教会の都であるコンスタンチノープルを攻めて王を殺しています。一神教の信者にとって自分の信仰を否定されるということは相手を殺す十分な理由なのです。今、中東で起きている内戦や紛争はほとんどの場合、根っこに宗教対立があるのです。

 日本人の宗教に対する寛大さ、というかいい加減さ、というのは、こうして見ると本当に特殊なものだということが分かります。お寺の中に神社がある国なんて世界中、どこを探してもないでしょう。しかしこれは、日本人の良い面でもあります。八百万(やおよろず)の神を信じ、海にも神様がいて、山にも神様がいて、ご先祖様も祀り、英霊も祀り、クリスマスも祝う、この日本人の融通性のお蔭で私たちは宗教戦争とも民族戦争とも無縁に暮らすことができました。今、イラクやシリアで繰り広げられている果てしない憎悪の連鎖を見る時、日本が宗教対立と無縁な国であって本当に良かった、とつくづく思います。

 しかし長所と短所というのは背中合わせです。クリスマスやハロウィンぐらいならまだ許せるのですが、もっと大切な局面で日本人のこの寛大さが裏目に出るのではないか、ととても心配です。外国文化を排除しないということは外国人を排除しない、ことにつながります。日本を愛し、日本文化を尊重する外国人ばかりならいいのですが、そうではない外国人が最近、増えています。日本に住みながら日本語を話さず、自分たちのコミュニティの中でしか人と付き合わない外国人が増えています。それどころか積極的に日本文化を否定し、日本社会を破壊しようとする外国人がいます。その存在がどんどん大きくなって私たちの暮らしを脅かすようになっても、日本人は果たして彼らを排除することができるのでしょうか? 

 主権を守るということは時には冷徹に敵を排除する、ということだと思います。

 

 

 

子供を守れるのは親しかいない

 今日のNHK7時のニュースで「いじめによる自殺で子供を失くした親の会」というものがある、と報道していました。そこに出てくる親御さんたちは一人ずつ、自分の子供が学校でいじめられ、おそらくはそれが原因で自殺に至った過程について話しているようでした。このニュースを見た人の多くは胸を痛め、この親御さんたちに同情したことと思います。

 でも私は何か違和感を禁じ得ませんでした。子供を失くした方に対して失礼だ、と批判を受けることを覚悟の上で申し上げますが、この親御さんたちは何のために集まり、何を訴える会なのでしょうか? 学校の無責任さ、校長先生の対応の悪さ、教育委員会の体制の不備・・・いろいろあると思います。もちろん、私も先日の大津市のいじめ自殺の報道を見て学校の事なかれ主義や保身しか考えない教育委員会に対して憤りを禁じ得ませんでした。絶望すら感じました。ですから学校や教育委員会のシステム自体を根本的に変える必要があると思います。しかし、学校が「教育力」を失っているのは昨日、今日に始まった問題ではなく、何十年も続いていることです。なのに政治家や官僚は問題の本質から目をそむけ、むしろ既得権益を守ろうとするから問題が深刻化しているのです。

 文部科学省がすぐに抜本的な改革に着手するとは到底思えません。よほど政治家がリーダーシップを発揮しない限り、無理でしょう。だとしたら子供を守れるのは親しかいないんじゃないでしょうか?

 子供が自殺する、というのはよほどの異常事態なのです。それほどの異常事態であれば子供が親に直接、言えないとしても何らかの異変は必ずあるはずです。毎日、子供に接していれば子供が発するSOSに必ず気づくはずです。その時、表現はともかくとして、「あなたを守るためにお父さんは(お母さんは)とことん戦うよ。だからあなたも戦いなさい!」と言ってあげてほしいのです。その言葉だけで子供はとりあえず救われるはずです。子供にとって親というのは最後の拠り所なのです。親が子供のために必死にならないで誰が必死になってくれるのでしょうか?

 もう20年ぐらい前のことでしょうか、飯星景子さんというタレントが統一教会に入信したという事件がありました。こんな昔のことを私が覚えているのは非常に珍しいことなのですが、なぜ覚えているのかというと、飯星さんのお父さんが景子さんを脱会させようと、本当に必死になって統一教会と戦っていた姿が印象的だったからです。その努力の甲斐あって、景子さんは統一教会の洗脳から解放されたそうです。お父さんの執念が実ったのだと思います

 カルトに入信した子供を奪還するというのは本当に大変なことです。本人は洗脳されているわけですから、もちろん親の言うことを聞かないでしょう。タレントは広告塔になりますから、教会は絶対に手放すまい、とするでしょう。金力も権力もある巨大なカルト、統一教会を相手に戦うことは時に命の危険も伴います。それでも一歩も退かず戦う姿勢を貫いた飯星さんは本当に立派だったと思います。

 今の学校のいじめというのは、もはや子供の喧嘩の範囲をとっくに超えています。計画的だし、暴力的だし、憎むべき犯罪の域に入っていると言っても言い過ぎではないと思います。そんな暴力から子供を守れるのは親の断固とした戦う意思と行動だと思います。悩んでいる全国の親御さんに勇気を出していただきたいです

 

 

 

被災地からお礼状が届きました!

 9月末に花時計では東日本大震災の被災地へ支援物資を届ける活動の第8弾を行いました。それに対して南三陸町歌津で支援物資の取りまとめをして下さっているAさんのお母様さんからお礼状が届きました。ご報告させていただきます。

 この活動はジャーナリストの山際澄夫さんが音頭を取ってなさっている「段ボール一箱運動」に花時計も参加するという形でずっとやってまいりました。花時計のように団体で参加する場合もありますが個人で参加している人もいらしゃるようです。

 段ボール一箱運動 → http://minamisanriku1.blogspot.jp/2012/10/blog-post_11.html



 震災から17カ月という歳月が流れました。お手紙には「南三陸町では10月に焼却炉が完成し、よその市や町へ出さないで瓦礫の処理が本格的に始まりました。海岸の工事も始まり、少しずつですが前に進んでいます」と書いてありますが、現地からの情報によるとまだまだ多くの方が仮設住宅で過ごしていらっしゃるそうです。高台への移転なども話だけで終わっているようです



 これから東北は寒くなる時期です。生活にすぐに役立つもの、なかなか現地では手に入らないもの、今いちばん欲しいものを直接、電話でお聞きして送るという活動をこれからも続けていければ、と思っています。今回は花時計の会員さんの中からお手伝いいただける方を募りました。物資の購入、梱包、郵送にご協力くださった皆さん、本当に有難うございました。またこれからもよろしくお願いします!


   
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国母である皇后陛下のお誕生日

 1020日は皇后陛下のお誕生日でした。とてもおめでたいことではありますが、78歳というのはやはりかなりのお年だなあ、と複雑な気持ちになりました。

 お誕生日に当たって宮内庁を通じて出された質問に対するお答えを読むと、皇后陛下の言葉の遣い方が素晴らしいことが分かります。いくら美人でも言葉遣いが乱暴だとがっかりしてしまいますよね? この質問に対するお答えは国民に対する気品ある言葉遣いのお手本として新聞やテレビがもっともっと報道する価値のあるものだと思います(でも、しないんですよね・・)。

 新年2日の一般参賀などの時に天皇陛下はバルコニーに出られて、年賀に訪れた国民に対して新年の挨拶を述べられます。その時、皇后陛下をはじめとする皇族方は少し下がった位置で、天皇陛下のお言葉を軽くうつむいて聞いておられます。その様子を拝見すると、天皇陛下と皇后陛下は決して対等ではなく天皇陛下だけが別格の存在なのだということが分かります。天皇陛下は「皇族」ではないのです。皇后陛下や皇太子殿下、秋篠宮殿下などの「皇族」は天皇陛下をお助けする、というお立場なのです。

 夫婦であっても対等ではない、このような皇室のあり方はおそらく今の多くの女性にとっては「女性蔑視」「男尊女卑」と感じられるかも知れませんね。でもそう感じること自体が戦後の日教組教育によって、あるいはマスコミによって刷りこまれた「男女平等」というイデオロギーなのではないか、と自分の「常識」を疑ってみる必要があるのではないでしょうか?

 「男女平等」を声高に叫ばなければならないほどかつての日本の夫婦の関係は不平等だったのでしょうか? 日本の女性はそれほど弱く、虐げられた存在だったのでしょうか? きちんと歴史を見れば日本女性は虐げられていたどころか、昔から驚くほど大切にされていたことが分かります。

 日本最古の女流小説である「源氏物語」はいつ書かれたか、知っていますか? なんと11世紀ですよ!11世紀といえば、世界では何が起きていたんでしょうか?1066年にノルマン人がイギリスを建国しています。かつては世界の半分以上を植民地にしていたイギリスですが建国は意外と遅かったのです。イギリスがようやく建国された頃、日本では既に女性が小説を書いていたのです これは驚くべきことです。女性の識字率は男性に比べてずっと落ちるのが当たり前です。今でも文字の読み書きができない女性がいる国はまだまだたくさんあるでしょう。しかも「源氏物語」はさまざまな訳者によって何度も訳され、今の私たちが読んでも十分楽しめる内容です。これも驚くべきことです。歳月が経っても内容が古びないのです。平安時代を生きた女性と21世紀の私たちの感覚がさほど違わないということを考えると、まさに日本は奇跡の国だと思います。

 いや、でもそれは貴族という特権階級の話で、庶民は文字の読み書きもできなかった、という反論が左翼から聞こえてきそうですね。そういう人には落語を聞いてもらいたいです。落語に登場する人物というのはほとんどが江戸時代の庶民です。おもな主人公は長屋に住む夫婦とか物知りのご隠居さんなどです。字が書けない男のところに手紙が来て、それをご隠居さんに読んでもらう話などがあります。しかし夫婦の会話を聞いてみると、驚くほど女房がしっかり者で亭主に対してズバズバものを言います。女房の尻に敷かれるちょっとのんびりとした、気のいい亭主の話がたくさんあります。これでも女性が虐げられていた、と言えるのでしょうか?

 表では亭主を立てて裏ではしっかりと財布の紐を締めるのが日本の伝統的な夫婦のあり方です。そこに「平等」という概念など必要なかったのです。しかし戦後、GHQ(連合国軍総司令部)の中にいた共産主義者によって「日本の女性は虐げられていた」という政治宣伝が行われました。男と女を常に対立関係に置いて戦わせ、家庭を破壊するのが彼らの目的なのです。かくして女性は何とか男性と対等になろうとして背伸びをすることになりました。家を守るよりも男性と同じようにキャリアを積んで高給取りになることが「自己実現」なのだと思い込むようになりました。そして離婚が増え、再婚した男性が前の夫との間にできた子供を虐待する、などという事件が増えることになりました。「男女平等」というイデオロギーによって私たちは本当に戦前の女性よりも幸福になったのか、ここで一度、立ち止まって考えてみたらどうでしょうか?

 話がそれてしまいました。皇后陛下、お誕生日おめでとうございます。いつまでも美しく、気品あるお姿を私たちに見せていただきたく存じます。

 

 

 

生活保護費が食いものにされている

 私が職場へ行く途中の道に奇妙な不動産屋があります。店舗の中は無人で電気もついていないのに、看板は昼でもネオンでピカピカしていて、文字が横に流れています。まるでバーやスナックのようなハートマークが流れたあとに「生活保護受給者・母子家庭・保証人なし・困窮者歓迎・なんでも相談に応じます」という文字と電話番号が流れるのです。これはどういう不動産屋なのでしょうか? 皆さんのお宅の近くにもありませんか?

 これは、いわゆる「貧困者ビジネス」ではないか、と思います。仕組みはよく分かりませんが、普通のアパートやマンションには入居できないような人や外国人に部屋を世話しているのでしょう。しかし、店の雰囲気から何か怪しい、違法な匂いを感じるのです。誰かに仕組みを調べてもらいたいな、とこの店の前を通るたびにいつも思うのです。

 長引くデフレ不況の影響か、日本の生活保護費は増大の一途をたどっています。厚生労働省は24日、7月の全国の生活保護受給者が2124,669人で前月比9,192人の増加と発表しました。受給者数も増加率も過去最多、だそうです。前の月に比べて約1万人も増えている! 本当に深刻な状況です。平成23年度のわが国の生活保護費の合計を知っていますか? なんと33兆円ですよそのうち外国人に払われているのが1200億円ですよ

 

 生活保護法は昭和25年(1950年)に施行されました。その第1条には「生活に困窮するすべての国民に対し・・・」と書かれています。つまり外国人に生活保護を支給するのは法律違反であり、また憲法違反なのです。ところが当時、大阪に住んでいた韓国・朝鮮人が長田区役所を襲撃して暴れまわりました。彼らの度重なる乱暴狼藉や恐喝に耐えかねて昭和29年(1954年)5月、当時の厚生省社会局長の1通の通知によって違法であるはずの外国人への生活保護支給が「人道上の観点から」というあいまいな理由で始まってしまいました。厚生省は暴力に屈して法律を曲げたのです。それが今に至るまで60年以上、ずっと続いているのです。

 それだけでも異常な事態なのですが、さらに驚くことに厚労省は1020日までに、生活保護を受給している在日外国人の国民年金保険料について、本人が申請すれば全額免除する方針を決めたそうです。この決定に対して自民党の片山さつき議員がツイッターで「保険料免除以前に外国人の生活保護は憲法違反なので、早急に禁止してほしいです」とつぶやいていますが、これは正論だと思います。

 日本人でも25年以上払い続けなければ国民年金を受給できません。私の知人のご主人はあと数ヶ月で25年になるという時に亡くなってしまい、結局奥様は遺族年金を受給できなかった、という話を聞きました。それがなぜ外国人が、しかも生活保護を受給している人が年金をもらえるのでしょうか? 

 生活保護費をもらうということは国の厄介になって生きる、ということです。昔の日本人にとっては屈辱でしかなかったでしょう。健康な体を持っていれば誰でも働いて、わずかでも収入を得て、税金を納めることが国民の義務であり誇り、というのが「常識」だったからです。今でもほとんどの日本人はそういう「常識」を持っているはずです。しかし韓国・朝鮮人や中国人といった反日外国人にそういう「常識」を求めるのは無理ですから、法律を変えるしかありません。そうしなければ本当に必要な人が受給できず、自殺したり、餓死したりする深刻な事例がますます増えるでしょう。

 そもそも貧困者にお金を与える、という発想からまず変えるべきだと思います。働かないでお金がもらえれば働こうという意欲を失うのは当たり前です。人間は楽をすれば堕落するものです。お金を与えるのではなく現物支給をすべきです。そして3.3兆円というとてつもない金額を国防費に回し、尖閣諸島を守るために使ってほしいと思います。



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