マダムの部屋

愛国女性のつどい花時計代表でもあるマダムが思った事など書いています。

2013年08月

朝鮮半島引揚者が見た地獄

 マスコミは報じませんが、今、静かなベストセラーになっている本があるのをご存知ですか? わが国が大東亜戦争に負けた昭和20年(1945年)8月、朝鮮半島から命からがら引き揚げた幼い姉妹の実体験を描いたノンフィクション『竹林はるか遠くー日本人少女ヨーコの戦争体験記(ハート出版・1500円)』です。著者はヨーコ・カワシマ・ワトキンズさんです。この本は英語で書かれ、1986年にアメリカで刊行されました。評判になって数々の賞を受賞し、中学校の教材としても採用されました。ところが朝鮮人が日本人を強姦するシーンが描かれているため、アメリカ在住の韓国人の組織的な妨害を受け、いくつかの都市で副教材から外されたそうです。韓国でも翻訳が発売されましたが、ただちに発禁となりました。待望の邦訳版が出たので、早速読んでみました。

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 ヨ―コさんは青森で生まれ、生後
6カ月で家族で朝鮮北部の羅南(現在の北朝鮮・咸鏡北道清津市)に移住しました。お父さんが南満州鉄道に勤務することになったからです。しかし日本の敗戦直前、身の危険を感じて羅南を脱出します。お母さん、お姉さんと3人、女ばかりの逃避行でした。お兄さんの淑世(ひでよ)さんは軍需工場に働きに行っていたため、一緒に逃げることができませんでした。お姉さんの好(こう)さんは16歳、ヨ―コさんは11歳でした。お父さんが満鉄に勤めていたためヨ―コさん一家は満州の共産ゲリラに追われる身となります。

 両親と兄、姉の愛情を一身に受けて、何不自由なく幸福に暮らしていたヨ―コさんは11歳で想像を絶する悲惨な体験をします。その体験を文字にするまでに長い年月がかかったのは当然でしょう。しかし、この本が今、翻訳され、多くの日本人の目に触れたことは本当に良かったと思います。

 815日、日本軍は天皇陛下の命令一下、一斉に武装解除に応じました。それは「世界史の奇跡」と呼ばれるほど見事なものでしたが当時満州や朝鮮半島、樺太などに住んでいたおびただしい数の民間人は軍隊に守ってもらえなくなってしまいました。ヨ―コさんは苦労しながらも幸い、何とか日本に戻ることができましたが、戻る途中で非業の死を遂げた人がどれほどたくさんいたでしょうか? もう戦争が終わり、軍隊が武器を捨てているにもかかわらず丸腰の民間人を襲って殺害したり、略奪したり、強姦したりするのは明らかに国際法違反です。そのことについて戦後、日本は一言も主張せず、ソ連や朝鮮を非難することもありませんでした。もちろん謝罪や賠償を求めることもありませんでした。敗戦国であるがゆえに何も言えなかったのです。

 私はこの本を読みながら何度も泣いてしまいました。特にヨ―コさんのお母さんがせっかく帰国を果たしながら精も根も尽き果てて駅のベンチで息を引き取ったシーンとか、お姉さんの好さんが妹には「学校の用事で遅くなる」と嘘を言って靴磨きをしていたシーンなど、涙なしでは読めません。しかし、悲惨な話ばかりではないところがこの本の魅力でもあります。幼い姉妹が智恵を働かせて幾度も危機を乗り越え、助け合って生き抜くたくましさには心から拍手を送りたくなります。読み終わったあとには爽やかな感動が残ります。是非、一人でも多くの日本人に読んでいただきたいと思います。お勧めですよ!

 

 

 

 

 

 

日本はまだ占領下にあるのか?

 815日の「終戦の日」、私は靖国神社にお参りしましたが、参拝客の多さに驚きました。あの猛暑の中、本殿前には長い列ができていて、みんな汗をぬぐいながら無言で参拝の順番を待っていました。参拝できるまで30分ぐらい待ったと思います。15日は平日でした。にもかかわらず今年は去年よりも14千人多い175千人が参拝したそうです。これは小泉元首相が参拝した年のあととしては最多だそうです

 しかしマスコミはこの事実を伝えませんでした。その代わりに何を伝えたか、というとなんと! 武道館で行われた「全国戦没者追悼式」で安倍首相が「アジアへの加害責任と反省について言及しなかった」ことを大々的に報じたのです。靖国神社は武道館の目と鼻の先にあります。どうせ武道館に行くのならついでに靖国神社を取材してみよう、と考える記者は一人もいなかったのでしょうか? もし靖国神社に足を運べば、そこには戦没者の遺族だけではなく女性や若者も含む多くの国民が普通に参拝しているという事実に気がついたはずなのですが。

 なぜマスコミは「安倍首相がアジアへの加害責任に触れなかった」ことにこだわるのでしょうか? 今、発売中の雑誌「WILL」で、ジャーナリストの西村幸祐さんが「朝日新聞の<閉ざされた言語空間>」というタイトルの論文でこのマスコミの異常さについて分析なさっています。

 今から68年前の1945911日、GHQ(連合国軍総司令部)は「言論およびプレスの自由に関する覚書」を発表、日本のメディアに対する徹底的な情報統制を開始しました。914日、同盟通信社を配信停止処分にしました。同盟通信社はのちに共同通信社と時事通信社に分割されます。918日、朝日新聞を発行停止処分にします。919日、「プレス・コードに関する覚書」を発表して「大東亜戦争」という言葉と「八紘一宇」という言葉の使用を禁止しました。929日、「新聞と言論の自由に関する新措置」指令を出して、昭和天皇がマッカーサーを訪問した時の写真を掲載した新聞を「不敬」で発禁にした日本政府の処分の取り消しを命じました。108日、「自由の指令」を出して内務大臣らの罷免、思想・言論規制法規の廃止、特高の廃止、政治犯の釈放などを命じました。

 GHQはこれらの指令によってメディアに対して「いかなる政策ないし意見を表明しようとも決して日本政府から処罰されることはない」無限の「自由」を与えるように見せかけて、実はメディアをGHQの完全な統制下に置きました。それ以来、日本のメディアはGHQの御用報道機関となりました。

 GHQが特に神経をとがらせたのは、連合国や占領軍、東京裁判への批判、戦時中の連合国の残虐行為、原爆の悲惨さに関する報道でした。さらに占領軍兵士による殺人、強盗、強姦、買春の報道もすべて封じられました。実際には68カ月の占領期間中、米兵に殺された日本人は2,536人、傷害を負わされた者は3,012人いたそうです。米兵が日本女性を襲った事件は2万件、警察に報告されていますが報道されることはありませんでした。重要なことは日本の民間人が満州で、朝鮮半島で、樺太で殺害されたり強姦されたことも報じられなかったことです。つまり日本人の被害はまったく報じられず、日本人の加害者としての側面ばかりが捏造されて報じられました。その結果、日本人は自らが加害者である、と錯覚してしまったのです。

 昭和27年(1952年)428日、サンフランシスコ講和条約の発効によってわが国は占領下から解放され、独立しました。しかし、428日以降もメディアの中に強固に築かれたGHQの検閲システムは残っていたのです。新聞やテレビなどのメディアは68年経ってもいまだに日本人=加害者と報道しろ、というGHQの命令に忠実に従っています。「安倍首相がアジアへの加害責任に触れなかった」ことは彼らにとっては大事件なのです。

 815日の報道が正常に行われるまで、日本は相変わらずGHQの占領下にあるわけです。この異常な状態を私たちは何とか変えなくてはいけないと思います。



 

ミルピタス市にまた慰安婦像が!

なでしこアクションから続報が届きました。今度はカルフォルニア州ミルピタス市に慰安婦像が建ちそうな気配だそうです。断固として阻止しましょう。皆さんのご協力をお願いします!


 韓国ニュースによると、韓国系団体は来年8月15日光復節までにミルピタス市に少女像の建設を目指し、市議会に積極的にロビー活動を行うとのことです。

決議文はこちら

Resolution No. 8285 requesting investigation by U.S. officials of claims of sexual slavery in World War II

内容は

・橋下大阪市長発言への批判

・国際的な歴史学者によると20万の婦女子が強制的に日本軍の性奴隷になった

・日本政府に謝罪と賠償を求める

・米国政府に慰安婦問題の調査を求める

この慰安婦決議は朝鮮戦争休戦協定60周年記念決議と共に可決されました。下は、8月6日ミルピタス議会動画です。33~36分が決議の部分です。Dongman Han韓国サンフランシスコ総領事は「戦時中の性奴隷制度は人権問題である」として市の決議採択に感謝のスピーチをしています。

特別に話し合いもなく決議の報告のみで、最後に決議文を持って記念撮影

 ミルピタスにはウシオ電気やTDKなどの日本企業も多くあります。日本人も多く住むこの地に慰安婦少女像が建つのを絶対に許してはいけません。皆さんの御協力で沢山の抗議メッセージが届いたことにより、グレンデールの慰安婦像への疑問声がニュースに取り上げられ、ブエナパークでは今の処は議会の議題にならないことになっています。(韓国系議員がいるので今後も要注意)

 韓国系団体のロビー活動は相変わらず活発ですが、諦めたら負け、黙っていては認めたことになります。

ミルピタス市慰安婦決議への抗議と、慰安婦少女像計画への反対のメッセージをミルピタス市議会とメディアに送りましょう!

<参考ニュース>

Milpitas backs South Korea’s call for wartime sex slave investigation

by Ian Bauer, Milpitas Post POSTED: 08/14/2013 02:57:31 PM PDT

米政府に慰安婦問題の調査促す決議の採択慰安婦少女像推進(韓国語)

ニューヨーク=ニューシース 2013-08-09 10:26:08

<参考資料>

橋下 大阪市長 8月13日付け サンフランシスコ市宛て公開書簡

【日本語版】  【英語版】

<他参考>

・日本の一部のメアド(サーバー)からのメールがブロックされ届かないことがあります。Gmailからでしたら送れます。Gmailは無料で作成できます。Gmailアカウントの作り方 

・ 慰安婦問題英文資料集

・メールが苦手な方にお手紙を用意しました。このページの下の方の<お手紙ダウンロード>をご利用ください。

抗議のメールを送ろう!*********

以下、詳細は「なでしこアクヨン」ホームページにて

http://nadesiko-action.org/?page_id=4566

救援物資・第10弾のご報告

花時計では震災直後より、山際澄夫さんの「ダンボール一箱支援!」http://minamisanriku1.blogspot.jp/の活動に賛同し、皆様からの寄付金を元に救援物資を送り続けています。おかげさまで、この度10回目の物資をお届けすることができました。

前回の買い出し(平成25年3月)の時と比べて、ベトナム、台湾、タイ、マレーシアの製品が増えていることに気付きました。消費者の目が肥えて、いくら安くても安全面に不安のある中国、韓国製品は忌避されて売れなくなったからかもしれませんね。今回の買い出しでは日本製品の他に、新しく目にするようになったこうした国々の商品も応援する意味で良さそうなものをいくつか購入してみました。

南三陸町の復興は少しずつ進んでいるそうですが、未だに車で1時間のところにお店が一軒しかないという状況とのことでした。仮設住宅での生活が長引き、非日常の生活を続けるストレスは私たちの想像以上のことと思います。同じ日本人同士、気持ちを分かち合いながらこの活動を続けさせていただければ幸いです。

救援物資代の寄付を続けて下さっている皆様、また、先日の花時計三周年記念イベントでご寄付を下さった皆様、ご協力、応援して下さった皆様に、この場を借りてお礼を申し上げます。いつもありがとうございます。これからも女性の目線で必要不可欠な日用品を被災地に届けたいと考えておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。


                                          花時計・会計担当 結城

(左) 豆腐、ちくわ、揚げ、焼そば
(右)ヨーグルト、プリン、コーヒーゼリー、牛乳、ジュース、乳酸菌飲料原液
01冷蔵食品02牛乳ヨーグルト








(左)麦茶・緑茶・紅茶パック、コーヒー、クリーム、スティックシュガー、ココア、マンゴードリンク
(右)ふりかけ、お茶漬け、うどん、ホットケーキミックス
03飲み物04常温保存








(左)お菓子いろいろ
(右)ハム、ベーコン
05お菓子06ハムベーコン








(左)魚肉ソーセージ(うちの主人から差し入れです)
(右)石鹸(マレーシア製)、ビニール(タイ製)、スポンジ、ラップ、タッパー、洗剤、除菌クリーナー
07魚肉ソーセージ08台所用品








(左)綿棒(台湾製)、コットン、虫刺され薬、風邪薬、化粧水、乳液、シャボン玉、水風船
(右)トイレクリーナー、洗濯ばさみ(ベトナム製)、防虫剤、生理用ナプキン
09化粧おもちゃ10洗濯トイレ








※救援物資の写真はクリックで拡大できます。

レシート





買い物  44.499円
送料    3.852円
----------
●合計  48.351円






11受け取り
南三陸町の世話役様。
丁寧に小分けにして配っていただきました。
暑い中ありがとうございました。




外務省のあきれた実態

 去年の春、ソウルの日本大使館前に建てられた「慰安婦少女の像」を見に韓国まで行きました。その時、大使館の正面玄関の道一本はさんだ真ん前に像があることに驚きました。大使館はその国の顔です。在外公館の目の前に、実際は存在しなかった「従軍慰安婦」の像を建てられて大使や参事官はなぜ撤去を要求しないのか、本当に不思議でした。本来なら大使館を閉鎖して外務大臣が大使を本国に召還してもおかしくない大問題だと思います。わが国の外務省は一体何をしているのか、本当に不思議でした。

 いわゆる「慰安婦問題」は今はアメリカを舞台にして韓国側の激しいロビー活動が繰り広げられています。730日、ロサンゼルス近郊のグランデール市にやはり「慰安婦少女の像」が建ち、その除幕式が行われました。グランデ―ルに住む日本人が像の建立を阻止すべく立ち上がりましたが、結局像は建ってしまいました。その時も在米日本大使館はまったく動こうとしなかったそうです。

 日本の主張を世界にむけて発信し、日本の国益を追求するのが仕事であるはずの外務省がまったくその機能を果たしていないのはなぜなのでしょうか? 外務省の内部は一体どうなっているのか知りたくて『外務省の罪を問うーやはり外務省が日本をダメにしている(自由社・1,400円)』を読んでみました。著者は「新しい歴史教科書をつくる会」会長の杉原誠四郎氏です。

 外交のプロである外交官を養成する制度が日本にできたのは明治26年(1893年)です。翌年、第1回の外交官領事官試験が行われ、4名の合格者がでました。難関を突破して外交官になったのだからさぞや優秀な人材だったのだろうと思うのですが、杉原氏によれば「試験で外交官を選び、養成するという発想そのものが既に問題をはらんでいた」そうです。外交官というのはペーパーテストで優秀ならなれるという性質のものではない上に、合格者がごく少数なので、合格者は在任中無事に勤めさえすれば定年まぎわには世界のどこかの国の大使になれます。ほとんどの外交官にとっては自分の在任中、相手国ともめ事を起こさずに無事に過ごすことだけが関心事になってしまうわけです。

 外交官試験はあまりにも不評だったので平成12年(2000年)に廃止され、今は一般の国家公務員試験で採用されているそうです。しかし国益に対する無関心は相変わらず外務省を蝕んでいます。

 日本の役所は徹底して減点主義です。他人と違う目覚ましい働きをしてもさほど評価されず、何か問題を起こしたら出世の道は絶たれます。しかし昭和16127日午後220分、日本軍の真珠湾攻撃から約1時間遅れて野村吉三郎特命全権大使はアメリカ側に「最後通告」を手渡しました。このことが日本軍の「騙し打ち」だとのちのちまで日本が非難される原因になりました。しかし野村大使はその後責任を取ることなく、戦後、参議院議員を二期務めています。逆に開戦前、ナチスに迫害されていたユダヤ人6千人にビザを発給し、命を救ったことで有名な外交官の杉原千畝は戦後、外務省に残ることを許されませんでした。外交官にはキャリア組とノンキャリアの専門職組があります。杉原千畝は専門職組であったためキャリア組の嫉妬を買ったのではないか、と言われています。

 著者の杉原さんが外務省に関心を持つきっかけとなったのは昭和57年(1982年)の教科書誤報事件だそうです。日本の歴史教科書で「侵略」を「進出」と検定で書き換えさせた、とマスコミが報じて中国が反発した事件です。実際にはそんなことはなかったのですが、マスコミが例によって偏向報道をしたのです。この時、外務省は誤報であると知りながら官房長官に「政府の責任で是正する」という談話を出させました。さらに教科書の中の近隣諸国(=中国、韓国)に関する記述に対しては検定意見を付さない、という悪名高い「近隣諸国条項」を文部科学省に作らせたのも外務省だそうです。こういう事例を見ると外務省とはまさに「害務省」だと言わざるを得ません。

外交は国の運命を左右するだけに、外務省の闇は非常に深刻なものです。この本を読んで是非外務省の実態を知っていただきたいと思います。

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